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Cappuccino 日記(2003/12)

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12/1

6時半に起床し、朝から温泉で毒気を完全に抜き去る。幸せの極致。

その後ホテルを離れ、湯布院から耶麻渓へ。すっかり散ってしまった紅葉の跡に
少々落胆しつつ、個人的にはワクワクしていた。なにせ、道中では、7月の旅行で
通った耶麻渓ダムの横や、「道の駅・山国」の横を通過したからだ。帰ってきたよ ^_^

その後、耶麻渓を離れ、ツアー一行を乗せたバスは西の方へと歩みを進める。
大宰府へ向かう際、鳥栖 J.C.T. を通過。おお、ここがあの有名な・・・と思い、
バスがぐるぐるとループを回る間、道路の構造を注視。思っていたよりは小さい
規模だったけど、確かに、噂に聞いたとおりのクローバー構造。いくらでも
Uターンできそうだ・・・またいつか、自分のクルマで来てみたいものだ。

大宰府天満宮へ。ここは、町全体が天満宮な感じで、雰囲気作りはとてもいい。
名物の餅は、まぁ旨いことには違いなかったが、ごく普通のあんころもちだった。
駐車場付近にコロッケ屋があり、そこで「金賞コロッケ」ってのが売られていた。
なんでも、全国コロッケコンクール(?)みたいなもんで、金賞を取ったらしい。
120円だったので、試しに1つ買ってみる。ちょっと油っぽいが、確かにうまい。
やっぱり、九州にまずいものなし、である。恐るべしは九州、美食の地。

夕方に、福岡空港へ到着。ここから、航空機で伊丹へ舞い戻る。せわしない旅だが
やはり九州は食い物と景色で裏切られることのない土地だったことを再確認。
必ずや、来年の夏〜秋頃にまた、この地を訪れたいと思った。

帰りの航空機だが、行きよりも大きな航空機だったせいか、揺れは僅少で
めちゃ快適。少なくとも 300系ひかりには圧勝で、700系にもケンカ売れそうだ。
伊丹到着後、高速バスで京都へ戻る。駆け足だったが、楽しい旅だった。。。



こうして、猛烈な勢いで週末に遊んだせいで、次の日からの仕事では
疲れがぜんぜん取れず、かなりキツイ思いをしたのは言うまでもない・・・


12/6

夜から続く雨天にて、路面は水溜まりができるほどのウェット。
ひさびさの マターリ休日ということで、ブーラブラ 買い物に出かける。

雨がしびしびと降り続く中、カプのエンジンを始動。たった二週間ほど
乗らなかっただけだが、エンジン始動後のベルト鳴きがすごい。キュルキュル。
鉄製クランクプーリーの表面が適度に錆びてるのか、まぁ、何なのか。

いや・・・それどころか、何かが回転体に当たっているようなペチペチ音まで。
音の出所を調べてみるが、どーもタイミングベルトカバー付近っぽい。うーん。
タイミングベルトカバーの蓋(ゴム製の小さい奴)を外し、覗いてみるが
特にテンションが下がっている気配なし。小さくブルブルと震えながら、
ベルトは健気に回っている。カバーに軽く手を触れてみても、振動は無い。
わからん。買い物から帰ってきても同じ音が鳴ってたら、気にしよう。今は無視。

暖気完了後、ゆっくりと車庫を出る。路面温度はかなり低くなっているが、
フロントから受けるグリップ感は悪くない。っていうか、かなりマシな感じだ。
いったい今まで、どれだけ酷かったんだろう。なんぼサスが動かなかったのか。

川沿いの安全な道路にて、前後左右の安全をしっかり確認してから、60km/h 程度で
強めのブレーキ。あのグリップ感なら、と思う間もなく、簡単にフロントがロック ^_^;
んだこりゃー。結局、根本的にはあんまり改善されてないんじゃないか・・・。

んが、踏み込みかたを遅くして、サスを縮ませてから強く踏んでいけばロックしない。
サスが突っ張り気味なんだろうな。路面にあったブレーキの踏み方が肝心ってか。
・・・本当は、優秀な ABS があれば、それでカタが付くんだろうけど -_-;



一通りの買い物を終え、帰宅。結局、変な音はきれいサパーリ消えていた。
やはり、機械ものは定期的に使わないとダメだ、ってことだな。
一ヶ月も放置してたら、エンジン掛からなくなりそう(汗)


12/7

9時半ごろ、起床。さて、どうしようかな・・・10時半頃まで
いろいろ考えた結果、kens-aku さんにお誘い頂いていたジムカの練習場所へ
行くことにした。今月は中山サーキットに行かないから、これが今年最後の走行。

ルーティングは、名神京都東 I.C. → 名神吹田 I.C. で一旦下道へと降り、
近畿道沿いに走って川を渡ってから、阪神高速守口線 守口 I.C. → 環状線 →
大阪港線 → 湾岸線 → 助松 I.C. まで抜け、下道を走って到着・・・って感じ。
時間と費用を、できる限りバランスさせてみた結果。雁ヶ原までの片道分で、
高速道路を往復で利用できる。・・・そう考えると、雁ヶ原って遠いのな ^_^;

必要最小限の荷物を助手席に詰め込み、いざ出発。タイヤは Vimode のまま。
本当は「街乗り用」として買ったから、無暗に摩耗させたらダメなんだけど -_-;



いつものように京都東 I.C. から高速に乗り、吹田 I.C. まで名神を南下。
吹田 I.C. を降り、中央環状を南に向かって走る。交通量は思ったより少なく、
予想していたよりもいいペースで走れる。っていうか、スピードオーバーが恐い。
制限速度は 50〜60km/h。不幸にも(?)車列の先頭になったので、70km/h 程度で
ゆっくりと走り、イラチが来た人が追い越していってくれるのを待つ。しかし、こういう
時に限って、みんな大人しい。いつまで経っても私が先頭。速度取締り状況が不明
なので、この速度をじっと維持したまま走る。ああ、都会の道路は走りづらい;

淀川にかかる橋を渡る頃に、右車線キープに変更。「阪神高速」を示す看板を
頼りに走っていくと、緩い右カーブの終り頃に、急に現われる右方向への分岐。
近畿道の高架の下を走っているようだが、ここが阪神高速守口線への入り口だ。
危ない危ない。右車線キープじゃなかったら、咄嗟に反応できないところだ。

阪神高速と近畿道の高架が交わる点を少し過ぎたところの交差点で、右折待ち。
回りをよく見ると、「690円」と書かれた札をもったおっちゃんが、クルマの間を
ウロウロしている。・・・なんだありゃ?最初は意味がわからなかったが、
推測するにアレは阪神高速の回数券を売っているのでは?と思った。
オフィシャルなのか、そうでないのか、そのへんはまったく不明であるが。

右折後、すぐに左車線に入る。少し進むと、すぐに左折。阪神高速の高架手前を
曲がると、そのまま守口 I.C. の入り口の登り坂。そこを越えると、料金所。
車列のない ETC レーンをスイッとくぐり抜け、再び高速道路へと戻る。

料金所を抜け、少し走ったところで Hオービスのお出迎え。90 程度まで落とし
無難にやり過ごしたところで、いきなり渋滞開始。・・・って、阪高に入る前から
ここが渋滞していることは判っていた@FM-VICS。R1 で迂回する手もあったが
渋滞の原因は、都島付近の工事による車線規制だ。先頭位置が判ってるので
渋滞に飲み込まれていても、それほどイライラせずに済む。優雅に(?)
FM ラジオから流れる歌に耳を傾けながら、マターリと渋滞に参加。

渋滞を抜けたあと、守口線を一直線に南下し、環状線に入る。先ほどの渋滞中に
VICS で入手した情報によると、東大阪線〜大阪港線と環状線が交わる付近は、
真っ赤っ赤の渋滞。実際、今回はその通りで、本町通付近まで近づいたところで
一番右端の車線〜右登りカーブ(大阪港線合流)をびっしり埋める車列を見た。
こりゃダメだ。そのまま環状線をぐるりと回り、阿波座の方から左折で 16号へ。
こちらはまったく渋滞なし。スイスイと16号を西に進み、天保山で湾岸線へ。

ここまで来れば、もう渋滞知らず。助松 I.C. まで、開けた景色の中を一直線。
南港を過ぎると、左手に見える景色の中のビルは、背の高さを一気に低める。
一方、右手には化学コンビーナートと思しき、悪臭を放つ建物群が並び出す。
京都人としては、つい「大阪」と一言で言ってしまいがちな南方の地域だが、
同じ大阪でもちょっと移動すると、色々な姿を見られるものだ。面白いな。

助松から先は、別料金。構造物の陰に隠れるように設置された(?)I.C. を降り、
湾岸線沿いに作られた、人里を離れたような無機質風味の道路を延々と走る。
途中、大津川大橋を越えたところにある COSMO にて給油し、昼飯を買えそうな
コンビニを地図で探索。走行中の道路を離れ、少し内陸側に行けばある様子。
・・・が、遠回りするのが面倒くさいので、パス。昼飯なんぞ喰わなくても、
死なんわい。GS で飲み物だけ購入して、そのまま目的地へ。



目印がなく(実は、目印があることは帰り道で判明したのだが)わかりにくい
入り口の交差点を曲がり、先へと進む。突き当たりっぽいところでさらに曲がり、
さらに先へと進むと、今度こそ本当の突き当たり。「進入禁止」と書いてあるが
先へ進む。そのうち、ラジコンやってる人や、クルマやバイクで走り回る人が
沢山居る場所へと辿り着く。驚いた。こんなに沢山、中に人がいるとは(汗)

こりゃ、かるがも団の人を探すのに難儀するなぁ・・・と思いつつ、右往左往。
しかし見当たるのは、バイクの模擬レースに勤む人や、空ぶかしの練習をする
暴走族のにいちゃん、そしてクルマやバイクががなり立てる騒音をものともせず
岸壁から釣糸を垂らす太公望ばっかり。どこにも、軽四の姿が見当たらない。

海から吹き付ける冷たい風の中、誰も来てないかと思い、呆骨丸さんに連絡。
曰く、kens-aku さんは既に到着されている、とのこと。もう一度、探索に戻る。
探索範囲を広げ、さらに奥地へと進んでいくと・・・えらく狭い隙間を抜けた
先のちょっとした広場に、白い AZ の姿をハケーン。ようやく、合流を完了。



そこは、岸壁沿いにある小さな広場で、完全な袋小路だった。岸壁には、数名の
釣り人が陣取り、思い思いに糸を垂らしていた。彼らとは、距離が離れていない。
こんな場所で走るのは、ちょおっと申し訳ないような気もした。が・・・しかし、
背に腹は代えられない。我々も、走る場所を求めてわざわざ京都から
此処まで来ているように、練習できる場所探しに必死なのだ。

適当に走ってもいいようだった(他には誰もいなかった)ので、荷物を下ろして
走行準備。といっても、空気圧と減衰力の調整のみ。減衰力は前後とも 4段戻し、
空気圧は前後とも 180kPa 程度。クルマ側には「小細工」をなるべくせず、
普通のセッティングにおいて、リアから姿勢を崩す練習を行う。

適当にコースを作り、適当に遊んでみる。思ったよりも場所が狭かったため、
2速全開(80km 程度)から姿勢を崩して曲がる練習ができなかったのが残念だが
パイロンコースの味を思い出す、いい練習をすることはできた。基本的には、
サイド、もしくはパワースライドによって、姿勢を崩していくことになる。

さて。感触だが、サイドターンの時はさておき、通常走行においては、なんだか
嫌なネバリ方をするリアが、姿勢を崩すことを徹底的に妨げる。そりゃあそうだ。
こんな好条件(舗装は荒れておらず、低温ながら完全ドライ)の下、こんな低速で
横Gが溜まるような長いカーブもなく、単に直線でフットブレーキを踏むだけで
姿勢を崩せるようなクルマは、怖くて街乗りできん罠 ^_^;

しかし、雁ヶ原の下パレットだったら、同じタイヤを使っていても、
もっとうまくドリフトできたんだけどなぁ。なんだろう、この、タイヤ4本を
制御下におけていない、このもどかしい感触は。もっと素直に動いてくれよぅ。

てなわけで、雁ヶ原での「長いカーブの途中からフットブレーキで曲げる」動きと
違って、こちらでは進入ではケツを出せないので、進入では大人しく。ごく普通に
曲げておいて、鼻先が十分に沈んで「曲がる体勢」に入ったら、フォルアアァァァ! と
1速でアクセル全開して姿勢を崩す。本当は2速でやりたいところなのだが、
パワーが足りなくて、2速ではテールの動きを維持できない。辛い ;_;

しばらく遊んでいると、やがて白インテRがやってきた。前田さんだった。
ちょうどいい機会なので、客観的に自分のクルマの状態を見るため、前田さんに
乗って確認してもらう。その結果、フロントが突っ張るというか、素直に動かない
という意見。リアの動きは、まぁなんとかなるらしい。うーん、そうなのか。
冷静に考えてみれば、一番制御下におけていないのはフロントだな。

指摘されたとおり、フロントの減衰力を 4段戻しから 8段戻しまで下げて
もう一度乗ってみてもらう。結果、このほうが断然動きがいい、との話。ならば、
ということで、私も乗ってもう一度確認してみる。・・・確かに、よくなってる、
かも。「かも」ってのは、その瞬間は、差があんまり理解できなかったから ^_^;
思うに、あまりにもフロントに頼らない運転が身についてしまっているからか。

折角なので、ついでにフロントの車高を 15mm 上げる。プリロードは変更せず。
するとなぜか、動きが若干いい感じになった。先ほどと比べ、同じ舵角に対して
曲がらない感じはあるが、切り込んでみれば、ちゃんと曲がっていくようだ。
なにより、ステアを切ったときのフロントの動きが、さっきよりも断然いい。
見た目はほとんどノーマル車高みたいだが、速いのならばこれでいい。



・・・ふと気付くと、パドック(仮)に、白いカプチーノと黒いデルソルが
止まっていた。その横には、女性が1名ずつ(男性の姿は見えなかった)。
はて、白いカプチーノのほうは、どこかで見たことあるような・・・しばし考え、
名阪E走行会@5月で見たことを思い出す。カーボンボンネットの艶やかな黒色と
ボディーの白色の取り合わせが妙にきれいだったので、すごく印象に残っている。
その白いカプチーノが、なんでここに?と思ったら、kens-aku さんつながりで
来られた、とのこと。ほへ。kens-aku さんとお知り合いの方だったとは・・・
いったい、世間が狭いのか、kens-aku さんの顔が広いのか・・・。

で、何をやりに来たのかと思ったら、ジムカーナの練習に来たらしい(当然?)。
前田さんや kens-aku さんが助手席に収まり、あれこれと指南しているようだ。
ちょっと驚く。女性を主人公にしてみたジムカ同人誌を書き続けるにあたって、
是非ともその心情をインタビューさせて欲しい、と思ってしまったりした ^_^;



さて。グリグリ遊んでいるうち、フクモトさんとともに遅れてやってきた呆骨丸さんが
助手席へと乗り込んできた。私の記憶では、助手席に人が乗ると、ケツが出にくく
なったような気がする。・・・これはいい機会だ。ちょっと、確認しておこう。

結果、速度が乗らないこともあって、リアタイヤをカンカンに暖めてしまうまで
やはりリアが出ない。サイドを引いて無理矢理回し、リアタイヤを暖めてみるが
その後も、2名乗車だとどうもケツが不意にしか出ない。サイドの反応も遅い。
遅いから、ノーズターンとドアターンをタイミングで使い分けるのも難しい。

あまりにも動かないリアに業を煮やし、「ならば振り返してケツを出してやる」と
決めた。丁度これから向かう先には、狭めの間隔で並んだ3つのパイロンがある。
ここを「6」の字の形でクリアしてみよう。下側の「○」の部分が、いい練習場。

まず、小さいRの左カーブへと突っ込む。左にステアを切ってアクセルを開け、
目一杯に横Gをため込む。頃合を見計らってアクセルを一瞬抜き、それに合わせて
ステアを右へ切り返す。右に溜まっていた横Gが左へ移るタイミングで、ふたたび
アクセルを全開。当然のように、リアはブレーク。カウンター方向へステアを入れ
右手側に見えるパイロンを、右フロントの先で掠める。鼻先は急速に右へと転回。
しかし全体としてはもっと大きなRを描いてカーブを曲がる。いい感じの動き。
惜しむらくは、そこからの立ち上がりの姿勢をうまく作れなかったことか ;_;

こんな走り方をしているうち、ふっと思ったことがあった。
最近「暴れると遅い」という固定観念で凝り固まってしまってたけど、
これぐらいまでの動きなら、いっそ暴れているほうが、速いんじゃないだろうか?
・・・とりあえず、ありとあらゆることをやってみる。今やらないで、いつやる。
とにかく走る。走りまくる。いろんなパターンで走る。肥やしになるはずだ。



こんな感じで、調子にのってリアを滑らせてグイグイ走った結果・・・
装着してからわずか5ヶ月で、リアタイヤが終わりかけになってしまった ;_;
ただ・・・終わりかたは、今まで見たことがないパターンだった。肩よりも速く
センターグループの溝が摩耗。丸くなったが、まだまだ溝が深く残っている肩と、
なぜか、あと 1mm ぐらいでスリップサインに到達しそうなセンターグループ。
・・・つまり、ホイールスピンさせ過ぎってことか。ちょっと慎もう ;_;

その後、走行開始後数十秒で、ロアアームとナックルの接続部がぽっきり折れて
いきなり自走不能になった悪の14@フクモトさんの修理が完了するまで待ってから
京都へ向け、19時半過ぎに帰投を開始する。帰りは、行きと同じルートを選択。
1台前を走っていた前田さんが 最寄の I.C. から素早く阪神高速に乗って
景気良く去っていく中、私はマターリと下道を走って、助松 I.C. へ。

助松 I.C. から乗った湾岸線で、「クルマの動きが自然になったなぁ」と感じる。
ステアを切ったら、切っただけ素早く頭が入るのだから。すごく楽な気分だ。
結局、カプチーノはノーマル車高が一番いいようにできてる、ってことか?
思い通りに鼻先が入る、すごく自然なフィーリングに心地好さを感じながら
湾岸線 → 大阪港線 → 守口線へと阪神高速を渡り歩く。ストレスを感じない。

守口 I.C. で高速を下り、中央環状で川を渡り、吹田 I.C. から再び高速へ。
その後、特に渋滞もなく、そのまますんなりと 21時半には帰宅完了。


12/13

今週こそ、本当に何のイベントもない、久々の完全な休日である。

こういう時を利用して、カプのメンテナンスをしなくては。ってことで、
早速ミッションオイルとデフオイルを交換。前回交換から、まだあまり距離は
走っていない(2000km ちょい)のだが、サーキット1回とジムカーナ3回を経て
それなりにヘタっているであろうことと、ミッションについては濯ぎおよび確認の
意味があることと、今年最後の走行が完了したという理由から、交換を実施。



まずは朝から買い物に出かけ、駆動系のオイルを十分に暖めてから抜き取る。
特に、デフについては粘度が高い(80W-140)なので、冬はこうしないと抜けない。

まず、デフオイルを抜く。抜き取ったデフオイルは、いつもと同じく問題はなし。
ドレンの磁石には、超微細な鉄粉が僅かに付着するのみ。REDLINE は最高である。

デフオイルを抜いたあと、ミッションオイルを抜く。アンダーカバーを外して
下から上を見上げる。。。なっ、無い。ミッションとマフラーフロントパイプを
固定する M10 のボルトが無くなっている。なんでここのボルトが無くなるんだ!
ミッションを積み替えたとき、締め忘れたか?と思ったが、それもあり得ない。
振動か、熱か・・・そのへんのストレスが原因で、緩んで落ちてしまったのか。
・・・放置するわけにもいかんので、ディーラーに行って注文せねばならない。
(ピッチが一般的なものと異なるので、そこらでボルトを買っても使えない)

かなりションボリな気分に陥りつつ、ミッションオイルを抜く。わずか 2000km と
思えないぐらいに黒くなったオイルが落ちてきた。やっぱり、濯いでおいて正解。
しかし、鉄粉の量は、今までと比べると明らかに少なかった。鉄粉の粒も細かい。
鉄辺などは出てこなかったので、このミッションはいい買い物だったと言える。

ミッションオイルが抜けきったところでドレンを締め、ミッションオイルを注入。
投入するオイルは、REDLINE の MT-90。しかしこれ、前回入れたときの MT-90 と
異なり、色はかなり黄色かった。前回は、間違いなく赤色っぽかったはずなのに。
そういえば、ポリ製ケースの外に巻かれているラベルのデザインも、少し違う。



左側が、キノクニで買ったモノと同じデザインのラべルで、右側が違うラベル。
・・・いつの間にか、マイナーチェンジが行われていたのだろうか?

気にはなるものの、いまさら引き返すこともできない。ミッションオイルの注入を
終え、引き続きデフオイルの注入へ。こちらは、高粘度で時間がかかるため、
その間にカプの下へ潜り、アンダーカバーを固定する 10本のボルト、および
10個のボディー側の埋め込みナットのネジ山を、タップとダイスで整形する。
埋め込みナットはかなり痛んでいたようで、タップの抵抗感は強かった。
抜き取った廃油をタップに付け、切削油代わりにしてモクモク切り込む。



アンダーカバーを付け直し、デフオイルの注入が完了した時点で、軽く試走。
やっぱり RedLine のデフ/ミッションオイルは(コストも含めて)最高である。
シフトアップもダウンも、レッドゾーンまで回した後からでもスコスコ入る。
回転が合わないときは、シフトレバーの動きをシンクロで止めてくれるのも
(ガサツな自分としては)実にありがたい。デフの効きも、明らかに復活。

少なくとも、デフは REDLINE を使い続けているが、それでもコレである。
やっぱりオイル管理は大事なんだ、ということが判る瞬間である。



日が暮れてから、高校時代のクラブ関係の忘年会へと出席。
あれから 12年も経ったけど、僅かな例外を除き、ほとんどのメンバーが
良くも悪くも、当時から変わってないようだった(人のことは言えないけど -_-;)
唯一の例外は、2名の子供を連れてきていた後輩。大きいほうの子供は、小学生。
確か、以前見たときは、ベビーカーに乗っていたような気がしたもんだが(汗)

まぁ、なんというか・・・何かに追い回されていた最近の時の流れから外れて、
琥珀色の輝きを放ちながら漂う、マターリ とした時間を過ごせたのは、幸せ。


12/14

昨日に引き続き、今日も特にイベントなし。

昼前ぐらいに起床し、冬の柔らかな日射しの中で、洗車&ワックス掛け。
室内は、ダッシュボードだけアーマオール塗布。窓ガラスはフクピカで清掃。
ついでに、ボンネットを開けて、ざっくりと目視点検。いくつか問題あり。

1.

ブレーキリザーバタンクの上から、若干のブレーキフルード漏れが発生。
滴り落ちるほどでは無かったが、リザーバの蓋付近にフルードが溜まっていた。
はて・・・リザーバタンクの蓋が劣化してきたのだろうか?要経過観察。

2.

オルタに掛かっているVベルトの内側表面が、ひびだらけ。
回転中も、テンション不足で震えている。伸びがひどくなってきたようだ。
そろそろ交換してもいい頃。ストックしてある古い奴を使うか?新品を買うか?

3.

バッテリーの液面に若干のバラツキあり。2000/10 に交換してから3年だから、
そろそろ、予防整備ということで交換したほうがいいかな?と思ったり。



来週末にまとめて消耗部品を注文し、年始年末で交換しようかと思った。

洗車後、水切りを兼ね、ガソリン給油のために GS へと出向く。
寒くなっているせいか、走り始めは、ギアの入りがあまり良くない。だいたい
5〜6km ほど走って駆動系のオイルが暖まると、いい感じになるのだが。一方、
デフは走りはじめから、めちゃくちゃ効いてる。車庫からクルマを出すときなど、
矢鱈にデフがでしゃばり、タイヤを引き摺る音が激しく聞こえる ^_^; しかし、
3万km 走っても、まだまだデフは衰えた感じ無し。助かるなぁ>Redline

メモ:

アイドリングで、若干のバラツキ感。プラグを見ておいたほうがいいかも?


12/15

今年一年の総決算、ということで、クルマ関係で掛かった諸費用を再確認。
なんだかんだで、結構かかってるなぁ・・・と、増えぬボーナスと見比べ、溜息一つ。



ところで、この作業の最中、ものすごく気になることがあった。
11月末の KURO ちゃん宅への往復にて、京都東〜泉南まで高速道路を使った
わけだが、ETC の前払割引ページを参照して高速料金を確認してみたところ、

京都東〜泉南は 200km 弱なのに、ETC 長割が適用されていることに気付く。

本来かかるはずの高速料金から 100円引きになる金額が、引き落とされていた。



JH のページによれば、ETC 長割は300km 以上連続して高速道路を走った場合に
適用されるはず。
実際、11月頭の京都東〜伊那では、300km 未満なので割引なし。

なんじゃこりゃ?何かの間違いか?と思い、JH の ETC 長割適用料金計算ページで
京都東〜泉南までの高速料金を計算させてみる・・・たっ、確かに割り引かれる。
どうやら、何かのエラーで ETC 長割が適用されたというわけではないようだ。

今一つ釈然としないが、まぁ安く済んだんだから素直に喜ぶことにする ^_^;


12/20

・・・雪だ。ここ数年の間、12月中に降ることのなかった雪が、
いきなり降ってきた。しかも、かなり大量に。本当に珍しい。

道路に積もっているようなら、スタッドレスに履替えて外に飛び出しても
よかったけど、残念ながら道路には積もっていなかった。うーん。

それはそれでおもしろくないし、また、中途半端な雪であるからして、
路面コンディションの悪化をナメきったおっさんが、雨の日と同じように走り
交差点等で止まりきれず、突っ込んでくる可能性が高い。というわけで外出せず
家の中でモソモソ作業。JARTIC のページで、通行止め情報を見て過ごす。



昼過ぎ頃、なんとなく思い当たることがあり、EP82 の空気圧をチェック。
全てのタイヤで、空気圧は 190kPa まで低下していた。220kPa まで加圧する。
今まで、あまり意識してなかったけど・・・タイヤの空気って、結構抜けるよな。


12/21

20日中降り続いた雪も、夕方頃にはほぼ止み、夜間は空に星が瞬くまでに回復。
まぁしかし、こういう時は昼間に濡れた路面が、放射冷却のせいで夜間に凍結
っていうパターンになりがちだ。用心して走ってよ、世の中の非雪国ドライバー。

・・・と思っていたら、洛西のほうで夜遅く、停止したバスに追突した阿呆が
居た模様。朝刊の記事によれば、路面が凍結していて、止まれなかったらしい。
正直、相当に想像力が足りないのだろうかと思った。1t 以上はある重たい鉄塊を
ハガキ大の接地面4つで動かしてんだから、ちょっとは頭働かせて転がせよ -_-;
路面凍結が予想されたら、十分に車間距離を開けて走るのが当然だろうが・・・



そんなニュースで賑わう新聞を読み終えてから、ちょっとした買い物に出かける。
やっぱり、橋という橋にすべて、塩カルが撒かれた形跡があった。撒いた人は、
ちょっとエラい。ただ・・・盛り塩みたいになっている部分があったのは疑問。
ああいうのは、薄く広く撒かないと、意味がないんじゃなかろうか・・・?

買い物の際、近所の用品屋に立ち寄り、EP82 のワイパーブレード(運転席側)購入。
ゴムが劣化して、水の拭き上げにムラが出ていたため。NWB の替えゴムを選択。

ついでに、なんとなく思うところがあり、バルブ売り場に立ち寄る。色々な品物が
販売されている。その中に、少し前から気になっていた、IPF の SUPER LOW BEAM X
が売っていた。\3k。H3で 65W だから、標準品より 10W もハイワッテージである。
ちょっと欲しくなった。というか、鳥目の私としては、かなり欲しい・・・

買い物を終えて帰宅し、一息ついてからタイヤの空気圧をチェックする。
一週間前に、全て 180kPa に合わせていたはずだが、改めて計ってみると
右フロントを除き 175kPa まで圧力が下がっていた。右フロントは 170kPa。
(やはり、右フロントタイヤのみ、超スローパンクチャー気味・・・(;_;))

寒くなったから、全体的に圧が下がったのか?全て 190kPa まで加圧しておく。


12/23

件のハイワッテージバルブだが、朝方に SAB に行って探索するが、発見できず。
諦めて(?)近所の用品屋にて購入。\3k。パッケージを通してのバルブの外観は
普通のモノと全然変わらない。フィラメントも同じ。ホンマに明るいんやろうか?

買い物の往復路にて、1→2 速のシフトアップで微妙なひっかかり感あり。
フィーリングがあまり良くない。やはり、MT-90 は何かが変わってしまったか?

天候がいいこともあり、タイヤのグリップは良好。峠道を抜ける間、フロントの
グリップを十分に信頼し、がんがん突っ込んでいくことができる。いい感じだな。
やっぱり、ノーマル車高最強なのだろうか。そんな思いを強くする。



昼から、AZ-1 氏がやってきた。AZ-1 の E/G オイル交換。抜いたオイルは
色や匂いなど、全て良好だった。いい感じ。なお、今回投入したニューオイルは、
FKマッシモ STREET-S(5W-30)。4L で \1.4kだったか。コスパはかなり高い。
低速で E/G をブン回したりしないのなら、このクラスを選択するのが賢明だ。

で、お駄賃(?)として、余った 1L ほどのオイルを頂く。これに、QuakerState
余りオイルを足すと、だいたい 1.8L ぐらいか。あと 1Lをどこかで調達して、
混ぜ物オイルにして EP82 に放り込むかな。4E-FE は頑丈だから(?)



夜になって AZ-1 氏が帰宅してから、朝方に購入しておいたバルブを交換。
カプを車庫からちょっとだけ動かし、ステアを切り込んでインナーフェンダを外し
古くなったバルブを取り外す。まずは右側から作業を開始したのだが、数ヵ月前に
ライト Assy を脱着した際、ちょっと作業をミスっていたようだ。ライト Assy と
ボディーの鉄板の間に、ヘッドライトの配線が噛み込まれていた(大汗)
よく、配線が切断されなかったな・・・恐る恐る、配線を引っ張り出す。

思わぬ出来事に時間を取られつつ、とにかく古いバルブを取り出す。



・・・真っ黒やん。しかも、ガラスが歪に膨れてるし(汗)

バルブ円筒部分の先端近くの側面に、ポコっと膨らんでいる部分が見えると思うが
ここは元々、円筒の一部として平坦だった部分。ちょうどこの下にフィラメントが
鎮座されているワケで・・・うーん、なんでこんなところが膨れるのか(怖)

また、ガラス内面に、フィラメントから立ち込めた黒い汚れがムラムラ付着。
黒い汚れは、向こう側においた白い紙が見えなくなるほどの濃度に達している。
ハロゲンサイクルが正常に動作せず、フィラメントから蒸発した原子が付着?
いずれにせよ、寿命近しといったところだ。このタイミングで交換して正解。

そんなに光量は落ちていないような気がしていたのだが、日記を手繰ると
このバルブ(KOITO 競技用高効率バルブ)の使用開始日は、1999/10/31 だった。
・・・ってことは、丸4年使っていた計算になるのか。そりゃ、4年に渡って
少しずつ光量が落ちてきていたら、気付くも気付かないも無いわいな ^_^;

なお、交換作業の際に気付いたことだが、右側バルブを固定するクランプ金具が
変形して、バルブがしっかり固定されなくなっていた。正月のうちには、分解して
ヘッドライトAssy 近辺の清掃ついで、このへんもちゃんと直したいなぁ・・・



バルブの交換完了後、さっそく確認。エンジンを始動していない時に点灯しても
それほど光量が変わった気がしなかったのだが、始動すると明らかに明るい。
クリアバルブだから、色は若干黄色っぽい。しかし、以前よりは白くなった。

確認のため、ちょっと走りに出かける。やっぱり、明らかに明るくなったようだ。
ハイを点灯しても、全体的な明るさはあまり変化なし。今までは、ローだけだと
薄暗く、ハイを点灯すると明るくなっていた。ローが十分明るくなった証拠だ。
普段より、地面の状況がよく見える。また、光軸の微妙な狂いもよく見える ^_^;
左側の光軸が、ちょっと内側向き気味っぽい。これまた、正月休みのうちには
どこかの壁を利用して、光軸を合わせ直すことにしよう・・・。

確認のため、昼間に通った峠道をもう一度通る。昼間は安定して曲がれた記憶の
あるカーブだったが、同じ程度の速度でも全然曲がれない。フロントが逃げる。
なんだろう?と思って路面を見ると、アスファルトの見た目が妙に黒いことに気付く。
凍結・・・とは言わないまでも、少なくとも路面に水分が出ているのに違いない。
こういうのも良く見えるわけで、やはりライトが明るいことはいいことだ。



結果に満足して帰宅。その後、道具類の後始末ついでに、在庫 E/G オイルを確認。
結局、約 2Lほど存在した。2つの缶に分かれていたオイルを、1つの缶に混ぜる。
混合後、匂いを嗅ぐ。なぜか、ちょっとミッションオイル臭い。なんでだろう?
と思ったが、QuakerState SPLENDOR 自体が、ちょっとミッションオイル臭い
オイルであったことを思い出す。何か、変なものを混ぜたかと思ったよ ^_^;


12/27

朝から、雪がちらつく。二週連続の降雪だ。今年は、冬らしい冬になりそう。

というわけで、カプチの街乗り用タイヤを、いよいよスタッドレスに交換する。
今年で3シーズン目に突入する MZ-03 だが、溝はバリバリ、ゴムも柔らか。
もう少しは使えるだろう。125kPa まで低下していた空気圧を、180kPa に。

交換後、タイヤの感触を掴み直すため、近所の電機屋へと買い物に出かける。
交換中に降雪が収まったため、路面は溶けた雪ですっかり濡れている状態。
ウェット路面に弱いスタッドレスのグリップ力の低下は、目に見えて著しい。
「急」がつく挙動は辛い。特に、ブレーキングは早めに開始するよう、留意。
この先しばらく(2ヶ月ほど)は、こんな感じで安全運転、安全運転。

とはいえ、アスファルト路面であれば、それほど敏感になる必要はない。
問題は、立体駐車場などに多く存在する、平滑仕上げのコンクリート路面だ。
実際、某電機屋の立体駐車場から出る際など、下へと降りていくループにて
いつもよりも少し遅めに降りていったはずだったのにも関わらず、曲がるところで
フロントが完全に「抜け」、全然曲がれないという状態に陥る。慌てて、軽く
ブレーキを踏んで減速を試みるが、まるで凍結路面にでも迷い込んだかのように
クルマはゆっくりと滑り続ける。おかしい、雪道でもここまでは滑らないぞ。

結局、速度が出てなかったことが幸いして、壁と仲よくなる迄に停車を完了。
いずれにせよ、そのままでは曲がりきれない角度で停車してしまったため、
バックして切り返し。なんで、こんなところで切り返しせにゃならんのだ・・・

結論:

普通の雪道より、濡れた平滑コンクリート路面のほうがコワイ・・・


12/28

明日から、コミケ 65 の2日目/3日目に参戦。

本を買いにいくだけでなく、いつものようにジムカ本を売りに行くのが目的。
問題は、今回のジムカ本に記述するネタの軸が定まらず、2日前まで1ページも
描けていなかったことにある。なんとかネタを捻りだし、とりあえず3P分の
原稿を描き上げたのが、今朝早くになってから。いあ、ぎりぎり (-_-;)

10時頃に床から這いだし、昼過ぎには最終ページを埋める1枚絵を描き上げる。
これで最低限の原稿は揃ったので、あとは印刷。思ったような大きさになるまで
何度も何度も印刷をやり直し、印刷を完全に終えたのが 17時前。



あとは、出発時刻までに、原稿以外のブツの準備を進めるだけだ。
少し気が楽になる。出発予定時刻は、20時過ぎ。今回は、前田さんの移動手段
(車)に、便乗させて頂く形となる。全ての準備を整え、連絡を心待ちにするが
20時半を過ぎても、一向に連絡が来る気配が無い。少し心配になり、電話。

電話は問題なく繋がるが、バックグラウンドのノイズが聞こえてこない。
はて。移動中ではないのだろうか?結果としてはその通りで、大草さん待ち状態。
仕事のスケジュールの都合上、別行動となる予定だった大草さんだったが、予定が
急遽変更になり、明日から参戦可能となったらしい。そのため、出発時刻は
2時間ほど後ろにずれ込むことになった、とのこと。

時間ができたので、急いで描き上げた原稿を点検。結局、デッサンが狂っていた
最終ページの1枚絵を修正。出発が遅れたのは、むしろ幸いであった (^_^;)

修正した原稿を鞄に詰め、ほっこりしていた 22時40分頃、ようやく連絡が。
自宅を出発して 1km 弱ほど坂を下り、道が広い場所にて待ち合わせ。ちょうど
待ち合わせ場所に到着する寸前、太い排気音を響かせたワークスが横を通過。
あぁ、あれが今回の箱船・大草さんのワークスか。苦労せずに合流完了。



というわけで無事に、大草さんワークスの後部座席に収まる。
東京向けのワープ開始。最初のうちは、まだ起きていることができたが
やがて、激しい眠気が襲ってくる。浜名湖 S.A. にて夜食を補給すると、
眠気は一気に加速。そのまま、軽いまどろみの中に落ち込んでいく・・・

しかし、すんなりと眠りに落ちることができず。うまく、睡眠のための姿勢を
作れないためだ。その原因は、後部座席のヘッドレストが無いアルトの設計だ。
ヘッドレストが無いため、頭を安定させるためには腰を前に出さざるを得ない。
しかし、腰を前に出すと、今度は腰が安定せず、疲労は全て腰に溜まる。

結局、ワークスの後部座席の上で体を折り曲げて横になり、頭を曲げて
僅かな隙間に詰め込む。これでも相当に辛い姿勢だが、少なくとも、頭も腰も
力が強くかからないため、なまじ着席している姿勢よりも 100倍楽である。

こうして、なんとか安定できる姿勢が確保できた私は、
その結果に強く満足し、ようやく深い眠りの中に落ち込んでいく・・・


12/29

ワークスの後部座席の荷物の隙間で、ヨーガの奥義(?)を極めた頃、朝が到来。
軽いアラームの電子音で、眠りから覚める。幸い、どこも痛いところは無かった。
しかし、問題はあった。あまりに眠ることに必死であったため(?)か、

自分がココに居る理由を、すっかり忘れてしまっていた。

コミケに行くため、東方に向かう車の中にいること。そこで眠っていたこと。
全てを思い出すまで、約10秒ほどの時間を消費する。ボケたらあかんよ私 ^_^;

私が起動を開始したころ、前部座席で眠っていた前田さんと大草さんが
時計を見て、慌てて出発準備を整えている。助手席のショルダー越しに、
カーステの時計を見る・・・んー、7時か。7時?サークル用駐車場の
入場って、8時までだっけかな・・・うぅ。ちなみに、ココは海老名 S.A.。
ここから有明の駐車場まで、1時間・・・間に合うかなぁ。



しかし、そんな私の杞憂をヨソに、海老名 S.A から首都高有明 I.C. まで
大草さんの快走が続く。普通の速度で走るクルマの間を、右へ左へと縫うように
駆け抜けていくワークス。速度計は、結構な速度を示しているのだが、あまりに
その動きが滑らかすぎて、その速度が出ていることを全く感じさせない。
こんな形で体験するとは思わなかったが、この人はやはりすごい。

結局、十数分ほど遅れたものの、問題ない時間のうちに有明へ到着。
荷物を下ろし、西館のスペースへ。霜降氏とは、現地にて合流。すばやく
準備を整える。こちらの販売物は、前回作成したコピー本の残部(13冊)と、
今回作成した 4P のオマケ本(4コマ)30冊。オマケ本は、コピー本のオマケ。
なんとか、コピー本だけでも完売へと持ち込みたいところである。

10時になり、販売開始。「なんとか完売・・・」と願っていたコピー本だったが
なぜか(?)思った以上のペースで捌けていく。今まで 10ヶ月間における販売の
実績から考えれば、同人の神(?)が救いの手を差し伸べたとしか思えない。
結局、昼を少し過ぎた頃には、13部全ての販売を完了。さらに、セットとして
一緒に販売した分も含め、オマケ本は 20部を販売。単体で7部も売れたわけで。

当然、儲けは微々たるものだが、特に萌える要素も、役に立つ要素もない
ジムカねたの本でこれだけの数が捌けたってのは、正直嬉しかった。



16時までしっかり粘ってから、撤退。いったん旅館へと移動し、荷物を下ろして
大草さん・前田さんと別れ、霜降氏らとの夕食へ出かける。飲みに行く気マンマン
だったのだが、残念ながら飲めるメンバーではなかったことと、3日目に備えて
夜遅くまでは出歩けないということで、軽く夕食を共にした後、20時過ぎには
秋葉の街角にて別れる。また、愉快な友人たちと、この場で再会できますように。

20時過ぎに、宿へと戻る。大草さんと前田さんは、某所へ出かけたようで不在。
とりあえず風呂に入り、汚れ物を洗濯し、日記のメモをつけ、メールチェック。
一通りやるべきことが終ったので、テンションを維持するために落書き。
久しく忘れていた感覚(楽しく絵を描く感覚)を、思い出しつつ。

その後、少し遅い時刻になってから、2名が宿へ帰還。
明日の予定を確認し、2時半頃まで話し込んでから睡眠。


12/30

適当な時刻に起床。ざっくりと準備を完了し、8時頃に部屋を出る。
前田さん・大草さんは、そのまままっすぐ有明へ向けて出発。私といえば、
B1F にある食堂へと移動。ゆっくりと朝飯を食い、今日の行動計画を見直す。

もともと、今日は埋め立て地に行く予定は無かった。エロとアニパロには
興味がないからだ。しかし、昨晩の夕食会の情報交換にて、3日目には「創作」
ジャンルが存在していることを教えてもらう(それぐらい自分でチェックしとけ、
という話もあるのだが)。それならば話は別である。創作系があるなら行きたい。

というわけで、昼過ぎには埋め立て地に移動したい。本来、本日の予定としては
靖国神社を参拝し、乃木神社と東郷神社にも回っておく予定だったが、後者2つは
パス為ざるを得ないようだ。その代わり、靖国神社の近くにある朝鮮総連の建物を
見学(?)していくことにした。それぐらいなら、無理なく可能であるはずだ。

その後、神保町にある「レインボー通商」に向かい、嫌韓厨である会社の後輩への
土産を購入。それらが終った時点で秋葉へ戻り、いくつかの資材を購入する。
全て、営団新宿線が1本あれば移動可能なルーティングである。これだな。



予定を決めたら、あとは行動あるのみだ。朝飯を掻き込み、部屋に舞い戻る。
すぐに必要とならない荷物を分離して部屋に置き、最小限の荷物だけを肩に担ぐ。
カギを持ってフロントに行き、夕方まで帰らないことを告げて、宿を出る。

清水坂を南下し、聖橋で神田川を渡る。新お茶の水駅を通過し、小川町駅へ。
メトロカードを購入し、西行きのホームへ。まもなくやってきた各駅停車に乗り
九段下駅まで2駅を移動。九段下の長い階段を登り、地上へと舞い戻る。

九段下の駅から靖国神社は、目と鼻の先である。真っ青に晴れ渡った空の下、
真っ赤に色付いた南天の木の横を通過し、参道に入る。さすがに年末だけあって
正月向けの屋台が店開き準備をしている他は誰も居らず、閑散としていた。
まぁ、イラクに向かった自衛隊員の無事を祈ることが、訪問の目的なのだから、
これぐらい静かな雰囲気であるのは、ちょうど都合がいいことだ。
神妙な気持ちになりつつ、参道をまっすぐ西へと向かう。

金色に輝く立派な菊の御紋で飾られた正面の門をくぐり、いざ境内へ。
境内には、沢山の立派な桜が植えられていた。・・・説明書きを見るまでもない。
先の大戦での戦歿者を弔うために植えられた桜だ。日本の現在・未来を守るため、
此処の桜の下での再会を誓った多くの兵士・・・多くの尊い人命が散っていった。
それは、極めて純粋な動機である。それは、家族を、仲間を、守るためである。

列強の植民地政策も(表向きには)ほとんどなくなり、いかなる国家も主権を
無暗に脅かされることの少ない、平和な時代。こんな時代に生きていると、ある
民族・国家・団体が、無法な手段でその主権を侵害されることがありうることすら
忘れてしまいがちである。しかし、わずか 50年ほど昔は、そういう最低限の権利が
大国のエゴ1つで簡単に踏み躙られ、徹底的に破壊されていた時代だった。
(現在、中近東付近を取り巻く情勢が、これに近いかもしれない・・・)

そんな時代において・・・主権を守るために本気で闘わねばならない時代において
自らの命を投げ打ってまで、本気で日本という「国」を守ってくださった方々。
後世に生きる我々がいくら感謝しても、とてもとても足りないぐらいである。


色々な思いを抱きつつ、本殿前まで進む。柏手を打たず、静かに手を合わせ
当時と同じように、日本の国益を守るために海外へと出かけていくことになった
日本防衛の要・自衛隊員の方々の無事を祈願する。どうか彼らを守ってください。
嫌韓厨の後輩の兄弟(=陸上自衛隊員)らの命を、どうか守ってください・・・



参拝を終え、少し時間ができた。本当は遊就館に行くつもりだったのだが、
不幸なことに臨時閉館となっていた。・・・仕方がないが、少し気落ちしたな。

境内を自由自在に舞う白いハトと、しばらく戯れる。それにしても、この白いハト
飛行するのが妙に上手い。木々と建物の間の狭い隙間を、ものすごい速度で
飛び抜ける。立ち尽くす私の顔の横すれすれを、猛スピードで掠めていくハト。
・・・なんて奴らだ。きっと前世は、坂井三郎に鍛えられた航空隊員に違いない。

その後、土産(?)代わりに、参集所の屋根葺替えのための銅板瓦を奉納。\2k。
私には、大きな事はできませんが、参拝者の頭上を守ることぐらいならば・・・



参拝を終え、靖国神社を後にする。そのまま進路を北方に取り、朝鮮総連のある
建物に接近。何もなければ、資料(?)用に写真を撮っていこうと思ったが
年末ということもあってか、総連の近辺には警官がたくさん立ち、警戒中。
パトカーの他、護送車様のでっかいバスまで置かれており、ものものしい。

こんなところで、建物を撮影するためにカメラなんか向けたりしたら、
年内中は臭い飯を食わされることになるのは確実だ。怪しまれないよう(?)
そしらぬ振りをしながらその場を通過。神田川沿いの外濠公園へと出て、
ゆっくりと携帯でメールチェックして、大きなリュックサックから取り出した
ノートパソコンで地図をチェック。周囲をキョロキョロ見渡し、位置を確認。

・・・おそらく、その姿はどうみても「不審者」であったと思われるのだが
幸い、近くにいた警官は平和主義者だったらしい。無視されたのは幸いだった。



その後、ますます数が増えた警官から逃れるように、コソコソと来た道を戻り
九段下の駅へと一直線。そのまま地下鉄に乗り、神保町まで1駅移動。

新保町の駅を出て、角を左に曲がる。少し歩いたところの右手側の角に、
目指す石井ビル・・・レインボー通商があった。激しく怪しい雰囲気のある
店内に入り、土産を物色。きわどい缶ペンケースがあったので、購入。



その他にも、カレンダーや本を購入。これだけで \5k も消費>ばか



こんなことをしているうち、時はどんどん進んでいく。もう、11時前だ。
急いで、残る用件を済まさねば。新宿線で岩本町まで戻り、少し歩いて秋葉へ。
ここで、LibrettoL1 の液晶部分のヒンジ(かなり摩耗してガタが来ていた)、
CASIOPEIA Lagenda の交換バッテリー(1分しか持たなくなっていた)、そして
LibrettoL1 の HDD(TravelStar・・・流体軸受・20GB・5400rpm)を購入。
その他、秋月もざっと眺めるが、こちらは特にメボシイものなし。また、
「ラ・ホール」にも向かうが、残念ながら営業していなかった =■●_

一通りの用件を済ませた時点で、時計は 12時前を示していた。ああ、いい頃合。
早速、埋め立て地に向かおう。新橋を経由し、ゆりかもめで聖地へ乗り込む。



・・・12時40分ごろに、聖地に到着。さっそく、彷徨きを開始する。
3日目に来るなんてのは5年ぶりぐらいだが、相変わらず人が多いのに閉口。
ただ、夏コミと違い、体力的にヤバさを感じることがないのだけは救いか。

時乃さんのところに寄る。用意されていたえろえろ CD-R は
200枚を完売!されたそうだ。さっ、さすがだ (x_x)

その後、創作系?かどこかをうろうろし、気に入った絵柄の本を数本ほど釣る。
いづなよしつねさんの「SPARKS」、結城見さんの「ようこそ WONDERS 若草通店」
破雲泥さんの「みすず12号」あたり。いいものを買えたので、ホクホクな気分。

その後も探索を続けたが、特に魂を引かれるものは見当たらず。16時前に撤退。
朝一番から出撃していた前田さん・大草さんと待ち合わせ、バスにて都内へ戻る。



宿で少し話し込んだあと、カラオケ兼飯屋兼飲屋へ。ここで、かなり飲みすぎる。
ひさびさに、記憶がうすら飛びする。そんなところで、何故か「ハレルヤ」を
入れた(っちゅうか、そんな歌がカラオケにあるとは思わなかったのだが)
大草さんと、いきなり「ハレルヤ」を合唱してみたりする。

・・・そりゃ、歌いましたよ、10年以上昔に。混成四部でテナーやってた頃。
でもさすがに、テナーのパートがどうだったかなんて、ほとんど忘れている。
もう必死に、覚えているところをテナーとソプラノ入り混ぜて、ひたすら歌う。

"...King of king, and Lord of Lords..."

あぁ、また合唱やりてぇなぁ・・・
あれもこれもやりてぇ。時間がねぇ・・・



・・・その後、気が付いたら、宿に戻っていた。
断片的には記憶があるのだが、カラオケ屋と宿を結ぶ線の記憶はない。
大草さんに寄っかかって、なんか色々言ってたような気がするのだが・・・(汗)

# 粗相があったらスミマセンでした;>大草さん、前田さん

その後、部屋のなかでしばらく語るものの、前田さんがまもなく撃沈。
大草さんと露天風呂に向かい、しばらく語り、4時半過ぎに睡眠。


12/31

8時過ぎに、モソモソと起床。幸い、アルコールはおおよそ抜けていた。
飯を食べたり、のんびりダベったりしてるうちに時計の針は進み、11時頃に。
帝都を出発。さらば、コミケ 65 の楽しい日々。機会があれば、また来たいな。

帰り道は、ほぼ一直線。後部座席に収まっている私には、いったいどこを
どう走っているのかわからない。銀座を通過し、気が付くと首都高の入り口に。
その後は、東名→名神を順当に走る。といっても、復路も私は寝ていただけ (-_-;

休憩のたびに、なるべく車外に出るようにするが、やはり足と腰が痛い気味。
足を伸ばせないってのは、意外と負担がかかるもんだな、と驚く。なにせ最近、
運転席と助手席以外に乗って、長距離移動ってやったことがなかったから。

結局、うつらうつらと目が覚めるたび、クルマは先へ進んでいるという状態で
最終的に目が覚めた黒丸 P.A. にて、前後の座席を交代。助手席で足を伸ばして
少し楽になったところで、無事に出発地点へと到着。およそ、19時頃だったか。
前田さんと、三が日中にやるべき宿題のネタを決め、ここで別れる。



クルマを降り、遠ざかっていく排気音を片耳に感じながら、家まで続く坂を歩く。
背中には、膨れ上がったリュックサック。片手には、荷物の入ったビニール袋。

その途中、ふと、自分の姿がどのように見えるのか。その映像が脳裏に浮かぶ。



     / ̄ ̄ ̄ ̄\
    (  人____)
    |ミ/  ー◎-◎- )
    (6     (_ _)  )
   __| ∴ ノ  3  ノ
  (__/\_____ノ
  / (  ))      )))
[]___.| |  ○×△命 ヽ 
 |[] .|_|______)
 \_(__)三三三[□]三)
   /(_)\:::::::::::::::::::::::| 
  | OOOO |:::::::::/:::::::/
  (_____);;;;;/;;;;;;;/
      (___[)_[)


こ、この AA そのものじゃないか・・・

=□○_



なんとか気を取り直し、帰宅。

荷物をざっくりと下ろし、今年中にやってしまわねばならない作業を開始。
秋葉で購入してきた各種材料を使って、PC 関係をリフレッシュせねば。

まず、Lagenda の電池を交換。これは簡単。ネジを1つ緩め、内蔵リチウム電池を
抜き取る。その後、購入してきた新電池を放り込み、コネクターを基板に接続。
早速、AC アダプターを接続し、充電開始。充電にかなりの時間がかかったが、
ちゃんと元通り、数時間以上に渡って利用することができるようになった。

続いて、LibrettoL1 のヒンジと HDD を交換。とにかくバラバラにしていけば、
どちらの部品も外すことができる。外したヒンジと、買ってきたヒンジを比べると
やはり硬さには大きな違いがあった。よく見ると、構造も微妙に変わっていた。
新しいヒンジを組み付け、試しに動かしてみる。明らかに硬い。いい感じだ。
これで、液晶を開けた状態でキーを打っても、その振動でフタが開いていく
という情けない状態にはならないだろう。最大のウィークポイントは解消。

HDD 交換作業では、内容の移し変え、および L1 側のコネクター加工が必要。
内容の移し変えは、デスクトップ機に HDD を接続し、NTBACKUP でコピーする
だけ。コネクター加工は、プラスチック製の出っ張りをニッパーで切り取るだけ。
どっちも簡単な作業であるので、作業はサクサク進む。急げや急げ、だ。

一通りの作業が終った L1 を起動。さすがに、4200rpm 10GB ボールベアリングから
5400rpm 20GB 流体軸受に交換すると、違いは歴然。ログイン後からの起動時間は
明らかに短縮された(どちらかといえば、8MB のキャッシュが効いているのか)。
また、スピンドルモーターの音の小ささも素晴らしい。「シャーッ」という高音は
鳴りをひそめ、「フォーン」というごく小さな風切り音が聞こえるのみである。
シーク音も非常に小さい。よく聞けば聞こえる程度だ。寝床で使っても快適。

なすべきことを一通り終った時点で、時計の針は 22時過ぎになった。
残り僅かな 2003年の時間は、マターリと過ごす。今年は、色々あったなぁ。
来年こそは、トラブルの無い、平穏な年にしたいもんだ・・・。