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Cappuccino 日記(2005/11)

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11/4

猛烈な勢いでプレイして、Fate/hollow を一気に完了。いあ、面白かったスよ。
ただ、思った以上に淡々とした調子で進んで、そのまま終わってしまった感も。
もっと複雑な要素があっても良かったかも〜と思いつつ、ミニゲームを攻略。

夜になり、ふと、雁ヶ原に行きたくなった。発作的に、かつ、情熱的に。
0時15分から用意をして、15分で完了。1時に眠り、明日に備える。


11/5

眠りについた時刻が遅かったということで、5時でなく、6時に目覚ましをセット。
それでもまだ、睡眠時間は全然足りなかったようだ。猛烈な眠気が残る中、雷のように
激しく鳴り響いた目覚まし時計を手探りで停止させつつ、辛うじて布団から這い出す。

・・・うっはっは。こんな眠いのに、今日は一日、ジムカーナできるかなぁ。

支度を調え、6時45分に出発。暖機が完了するまで、徐行で住宅地を抜ける。
失速寸前の回転数のため、ガタガタと細かく振動を続けるカプチ。少しぐらいは
回転数をあげてやったほうが良いかとは思うのだが、朝から大きな音を立てて
走るというのも・・・そもそも、大きな排気音を立てること自体が目的ではないのだし
そろそろ、4年使った PERICIA を捨て、静かなマフラーに交換する時期かなぁ。
PERICIA といってもパイプ径 45φのタイプだし、フロントパイプを 50φにして
タービンも交換したような車両だと、既に糞詰まり気味の可能性もある。

大通りを抜け、高速道路に乗って武生 I.C. まで一直線。雁ヶ原を目指す。
やっぱり、いつもより1時間も出発が遅いと、高速道路が結構混雑している。
トラックの数も多いが、なにより、普通のセダンとかワゴンの数が非常に多い。
そういう人たちが何処に居るかというと・・・追越車線。続々と追越車線へ現われ
そして、予想外の低速を維持して走る彼ら。走行車線は 90km/h の大型車両で
埋まっているから、事実上「蓋」をされているようなものだ。いや、わからんでもない
その行動はわからんでもない。だけど、頼むからちゃんと後ろを見て走ってくれ。

その低車高のため、パッシングがほとんど期待した効果を表わさないカプなので
2車線をフルに行かしてサンドラを避けていくか、押し出しの効く大型セダンが
追い付いてくるのを待ち、サンドラが排除されることを期待するかしかない。

まぁ根本的には、混雑した道路が嫌なら、混雑しない時間に出発しろってこった(汗)

木之本 I.C. で一旦降りて通勤割引分を稼いだあと、賤々岳 S.A で一休み。
といっても、サンドラ対策で疲労したわけではない。眠気が襲ってきたからだ;
ダメだなぁ、ダメすぎる・・・なんで、こんなに体力が落ちてしまったのだろう。

軽く歩きまわって眠気を飛ばしたら、後は目的地へ向けて一直線。武生 I.C. で
高速を降りたら、普通に R8 を北上し、普通に R158 を経由して向かうといった
何の面白味も感じないルートで、雁ヶ原へと向かう。結局、到着は 10時頃。



駐車場をざっと見る。こんな時間なのに、クルマが少ない。今日はどこかで
試合でもあるのだろうか。天気も良好だし、いい感じ。早速、荷物を下ろして
タイヤを交換し、本日の目的となる「データ取り」のための準備を行なう・・・

・・・っと、油断(?)していたら、雁ヶ原の主とも言われる土屋さんが登場。
準備を進めながら話を聞くと、今日だけでなく、明日もまた来られるらしい。
しかも、今晩ここらで宿泊するというわけではなく、一旦帰宅してまた来る、と。
何とコメントしたらいいのかわからないが、スゴイという一言しか浮かばない;
勝てるか。あなたは、私は、勝てるか。この狂おしく激しい情熱に勝てるのか。



と、まぁ、それは置いといて(置いとくのか)自分は自分なりに情熱を傾ける。
先日の走行で確実に思ったことだが、根本的に妙なテールハッピーさがあることが
気にかかる。また、フロントからの手ごたえが凄くヌルいことも気にかかる点だ。
フロントがヌルい癖に、テールハッピー。従って、リアで曲がるのが最も信頼の
置けるステアリングということになり、それゆえにパワーを活かしきれない。

実際、今回も最初はベストと思われる以下のセッティングで走行したのだが、
結果は、ヒドいものだった。普通にコーナリングすると、ブレーキングドリフトが
自然と発生する(?)。タイヤが暖まるまでの辛抱だと思い、走り込んでみるが
多少マシになったものの、ロールが大きくなると簡単に腰砕けになる症状は
直る気配もなし。また、立ち上がりではまるで前に進まない現象も変わらず。

空気圧(kPa)減衰力(緩め)プリロード(mm)
190c220c4400


順繰りに調整を進めていく。まずは、フロントのヌルさ。まず1つには、おそらく
フロントトータルトーが IN になっていることが原因の1つ。普通は、フロントの
トーを IN にすると、コーナリング初期の入りが良くなると言われる。理由は、
コーナリング時に大きな役割を果たすフロントアウト側のタイヤが、既にいくらか
内側を向いている状態になっているから、だそうだ。だか、それは真実なのか?

フォーミュラーならいざ知らず、ハコ車ならそれだけが真実ではない筈だ。例えば
今の話では、イン側になるタイヤの挙動は何も述べられていない。考えてみよ。
トータルトーが IN になっているということは、既に左右のタイヤともに内側を
向いている状態
ということだ。左右のタイヤともが内側に向かおうとしていて
その力が拮抗しているからこそ、フロントは右にも左にも動かないのだ。つまり、
曲がろうとするためには、最初に内側のタイヤが発生する力が無くなるまで
ステアを切り込まないといけないのだ
。一旦コーナリングが始まってしまえば
ロールによってグリップ力の配分は自動的にアウト優勢へと変わっていくから、
それ以後は、まさに教科書にあるような挙動を示すだろうことは理解が容易だ。

というわけで、セオリーがどうなってるのかは知らないが、理屈のほうを信じて
フロントトーを左右共にゼロコンマ数mm ほどアウトに寄せる。フロントの入りは
全く悪くないので、あくまで中立付近での頼りなさを殺すことが目的のつもり。
12mm,17mm,19mm の3本のスパナを片手にフロントの下を覗き込み、タイロッド
エンドのナットを緩める。固着しているかと思ったが、幸いにも容易に緩んだ。
だが、緩んだ後のナットの回りは少し渋く、ネジ部へのサビの進行も確認された。
こんなところ、水が入る場所でもないとは思うのだが。WD-40 を吹き付けておく。
ナットを緩めたら、タイロッドを1/6回転廻してトーを僅かに広げ、ナットを締める。

なお、ナットを締める時は、締まる瞬間にタイロッドが僅かに供回りするので
注意が必要。「僅か」といっても、トーの調整は本当に微妙だ。1/6回転でも少々
変化量が多すぎるぐらいだから、供回りなんて誤差の範囲どころの話ではない。
・・・といっても、人間の手は普通2本しかないから、タイロッド・タイロッドエンド
およびナットの3つを同時に固定はできず、注意しても対処はできないのだが。

対策実施後、早速試走。まずはパドック内を徐行し、加速と減速を繰り返す。
ステアリングが勝手に切れることはない。とりあえず、致命的なアライメントの
ズレは起きてないことを確認。また、ステアリングの切りはじめがしっとりと
重たくなった(=ヌルさが無くなった)ことを確認。その後、コース内を走行し
走行フィーリングにおかしくなった点がないことを確認。対策完了とする。



次に、テールハッピーさへの対策。といっても、そもそもタイヤがかなり磨耗し
グリップが期待できない現在、パワーオーバーによるテールハッピーについては
起こるべくして起こっていると考えるべき部分があり、慎重な対策が必要だ。

上記の問題を切り分けるために、立ち上がりと進入に分けて考える。立ち上がりで
パワーを入れた時に流れるテールは除外する。これは明らかなパワーオーバー。
また、進入での挙動を明確にするため、リアの減衰力を最小にして走行する。
下駐車場の外周を一番大きく回りつつ、フットブレーキで減速しながらステアを
切り込む。ステアの切り込みが浅いとリアは特別な反応を示さないが、ある程度
以上にステアを切り込むと、スイッチが入ったようにリアが反応し、フロントを
軸にしてヨーモーメントが発生。フロントの転がりに合わせながらアクセルを
踏み込んでヨーを維持しつつ、車体の動きのベクトルを合わせて・・・合わない。

うむ、感じる違和感はココにある。つまり、パワーを掛けてもリアタイヤが前に
蹴られず、それゆえに向きを変え終わるタイミングが発生してくれないのだった。

パワーオーバー問題と密接には関連するのだが、まずは1つの問題として、リアが
進入初期段階で充分に押さえ付けられておらず、故にリアのグリップが過小となり
荷重が前から後ろに移らないことが挙げられる。その結果、リアはますます押さえ
付けられず、アクセルを入れるとただだらしなく流れる様相を呈するわけだ。

もちろん、グリップが少なければそれに応じた操作をするのがセオリーであり、
卵が先か鶏が先か・・・という側面もあるわけだが、基本特性としてはどっちよ?
という味付けがあってから、はじめて操作について語れると考えている。つまり、
前後G が 0 に近い状態で前後荷重バランスがどうなっていて、それから加減速を
したときに荷重バランスがどう変わるかという話を抜きにして、ただひたすらに
「おまいの操作が悪いからだ、ヴォケ!」と考えるのはイクナイ! ということだ。

というわけで、能書きは適当にして、実際の対策を実施。リアを持ち上げて、
ジョックのネジ部をざっと掃除したのち、各部の長さを計測する。基本的には、
プリロードは 0mmに設定していたはずなので、その確認を実施。バネの自由長は
8in.(203.2mm)だから、だいたいその位のはず。と思って計測してみたら、アナタ。

左右でプリロードのセット値がズレていることに気づく(汗)

いや、これってどーなんだろッ(汗)車高を左右で違えた記憶は無くもないが、
プリロードまで変えた記憶はない。っていうか、そんな設定に一利もあるか?

一瞬、寝惚け頭で作業してるから計測ミスをしたかな、と思ったが、計り直しても
結果は同じ。ということはやっぱり、過去の自分がミスったとしか思えない・・・

まぁ、過去をウジウジ言っても始まらない。とりあえず、0から始めるか。
そう考え、スプリングシートのネジを緩めるべく、車高調レンチをネジに掛けて
力を入れ・・・あれ。なんか今、スルッと回った。今、回ったよ?ね?スルッと?
ちくしょう。ロアシートが緩んでやがった。絞め忘れとは考えられないので、おそらく
バネの伸び縮みに合わせてシートも廻され(バネは伸び縮みに応じて回転する)、
緩んでしまったのだろう。まぁ、固く締まりこんでしまうよりは 1.5倍マシだが。

しょうがねぇ・・・と思いつつ、プリロード 0mm になる点を探る。バネの長さを
203mm と仮定し、ロアシートを廻してその長さに合わせる。が、微妙に0mmとは
違う状況になっている。ほんの僅かであるが、遊びがある。バネの長さが短い!
しかも、左右が同一でない。ロアシートがバネに当たったその瞬間の長さが、
微妙ではあるが左右で異なっている。はてさて、ヘタリか、何なのか。まぁ、
大きく見積もっても 2mm 程度の差だから、気にするほどではないのだが。

というわけで、プリロード 0mm の点は、ロアシートが全面的にバネ下端に当たる
その瞬間と考えることにした。まずはその時点での長さを計測し、記録しておく。
その後、最初に測った長さから計算し、プリロードを 10mm 掛けてみる。これで
タイヤを路面に押し付ける力が、およそ 40kg 程度プラスされるという寸法。
もちろん、10mm のプリロードに合わせ、ショック全長も 10mm 伸ばす。

対策実施後、早速試走。リアのプリロードを掛けた効果は覿面・・・というほど
差は感じられなかったが、それでも幾分リアがしっかりしたように感じられた。
考え方に大きな間違いがあるわけではないようだ。ならば、と、リアの減衰力を
一番固めてみる。今度は効果がはっきりと出た。外周で強い横Gを与えてみると、
途中まではしっかりと粘るが、途中から、急に思いついたようなブレイクが発生。
ロールが入りきるまでの時間が長くなった分、過渡特性が見えやすくなった。



ならば、ということで、走行場所を上パレットに変更し、さらに調整を進める。
さっきまで走っていた場所は下パレットで、ここはオーバルコースのような感じで
速度をのせて小さめのカーブを曲がる・・・といった繰り返しで走るのが主体。
一方、上パレットは、大きめのRを周回する・・・といった走り方が主体。

当然、クルマに求められる特性も全然違うわけで。それを利用し、設定を両面から
追い込んでみようと思ったら・・・あぁ、コースを変更した効果こそ覿面に現われる。
まるでリアが安定しない。つまり、ずっとGがかかっている状態での走行なので、
先ほどの分析にあった後半(リアが急ブレイク)な状態が持続してしまうワケだ。
慌ててリアの減衰を4段戻す。すると不思議なことに、制御不能なリアの暴れは
ほとんど収まり、それなりに扱いやすい、いつものようなカプチに戻った。

もう一度下に戻り、また減衰を変更して・・・という作業を繰り返してみるが、
そういった覿面な特性変化はしっかりと現われる。ふむ。プリロードを掛けたため
こういった変化が強く現われるようになった、ということなのか。実に興味深い。



ひとしきり確認し、プリロードを掛けたことによる挙動変化範囲の拡大に満足。
だが、最終目的はココにあるわけではない。一番の問題「テールハッピー」を
改善せねばならない。ということで、プリロードを 10mm かけたまま、リアの
車高を下げられるだけ下げてみる。といっても、ウチの TTW SpecR のショックは
車高を下げないという前提で、全長の長いものを購入時に組んでもらっている。
だから、下げるといっても限度があり、あと 10mm も下げられない。実際のところ
目一杯ケースを縮めてみると、-8mm がいいところだった。それで我慢する。

この状態で、上パレットを走ってみる。それまで表に現われていたあからさまな
不安定さはぐっと影を潜め、リアの不安定さは鳴りを潜めた。・・・へっ?ほっ?
それだけ?たった、たったそれだけなの?それだけのことで、貴方(カプチ)は
心静かになれるっていうの?もー信じられないっ!ツンデレがデレモードに
入るのに、たったこれだけのフラグ成立でいいわけないじゃないよーっ!

まぁ、表現はさておき、マジでリア車高の調整は効いた。下パレットに移動して
違う走り方を試してみるが、そちらの走り方で問題が出ることもなく、ちょうど
いいぐらいにリアがコントローラブルな動きを見せてくれた。あー、うー。やっぱ
数年前からずっとそうだったが、このクルマは本当にリアの調整が微妙だ。
うまく調整できたときのリアの動きは気持ちいいの一言だが、そこをうまく
見つけるのが、何にも増して難しい。7年乗っても、まだ答えに到達しない。



こうして、課題への対策は順次進んでいったのだが、じつはこれも一つのケースで
完全な答えというわけではない。というのは、今は完全にタイヤがパワーに負けて
いる状態であり、本当の本番向けセッティングの傾向を掴んではいない、ということ。
今はコントローラブルとはいえ、アクセルを底まで踏むと、リアは横にしか進まない。
フロントを逃がすためには、リアが前に進む必要がある。けどピクリとも前に進まない
リアでは、どうやってもフロントが軸になる巻き込み挙動しか発生してくれない。
トーを調整しなおした効果か、フロントはそれなりに噛むようになったけれども
今の状態は、まさにウェット路面で走っているかのような雰囲気。完全にGが
抜けるまではアクセル全開に出来ない。本番タイヤで路面がいい状態ならば
いくらなんでも、こんな動きはしない筈。練習になってるのかなぁ、コレ・・・

逆にいえば、どんな状態でもアクセル全開範囲が広かった、タービン交換以前の
パワーでの練習が、どれだけ安直なものに過ぎていたか、ということでもある。



16時半ごろまでたっぷり走ってから、後片付け。次はいつ来れるかわからないから
名残惜しいのだが、遠くに見える山の稜線と夕日は、すっかり重なっている。
ここまで太陽が落ちてきたら、暗くなるまではあっという間だ。急いで、片付け。
タイヤを外し、ホイールのブレーキダストを濡れ雑巾で拭い、ワイヤーブラシで
表面を掃除し、袋に包み・・・手慣れた作業だが、手間がかかるのは変わらない。

かなり急いで作業を進めたが、全てが終わるころには、日はとっぷりと沈み込み、
回りの木々は闇の中へと紛れ込んでいた。空は光を失い、濡れた服も乾かない。
長い、長い享楽の後に残ったものは、虫の鳴き声も響かない、寒い空間だった。

モータースポーツは好きなんだけど、後片付けを終えた一瞬が、ちょっとだけ嫌。



夜の帳が降りた雁ヶ原を、17時半に出発。闇が支配する勝山市を走りつつ、帰宅の
ルートを考える。最近、さすがに帰路の下道も走り尽くして飽きてきたので、たまには
経路を変更する。この時間であれば、高速道路の通勤割引が使える。R8 はきっと
混雑しているだろう。たまにはゴーヂャスに、有料道路を使ってアバヨするぜ。

しかし、有料道路を使うといっても、最寄りの福井北 I.C. から高速に乗るような
俺たちじゃない@通称ハンニバル。地下に潜って南に進み、福井 I.C. から乗る。
少しでも料金を節約するためだ。シケモク拾いのような作業だが、苦労はいつか
報われる。ここで節約した数百円が、きっと未来の昼食となって帰ってくる!

というわけで、R157 を南下して大野市へ入り、R158 を目指す。ここでふと、
いつもなら道なりに左折する交差点で、直進したくなった。そりゃもう、猛烈に。
『曲がったことは嫌いですばい!』 『偉いぞ茶魔!』 一人二役でセリフを叫び
直進。見慣れない市街地に突入するが、そうなると急激にワクワク感が復活。
そうだ、そうなんだよ、をれが求めて止まなかった冒険は、ここにあるのだ。

怪しげな(失礼)電車らしき高架の下を潜り、しばらく走る。ナビの画面は、
やがて見慣れた赤い色の線(R158)と直交することを示している。「かっ、艦長!
このままでは R158 に入ってしまいます!残り1分しか猶予がありません!」
『・・・いいか。この先で、R158 と合流するんだ。』「!?しっ、しかし、艦長!
こんなに早く冒険を終えていいのですか!?」『・・・副長、故郷に還る道を
選ぶんだ。生きて還れば、次の機会も巡ってくる。生きろ。生きて還るんだ』

というわけで、いざ到達してみれば妙に見慣れた風情の景色で構成された
大野市街の交差点で右折。R158 へ入り、福井 I.C. を目指す。



少し混雑する R158 を走り抜け、福井 I.C. に到達。ものすごく久しぶりに乗る
北陸道南行き。妙にワクワクしてしまう。ジャンクションの坂道を駆け登る。
暗がりの中で浮かび上がる、黄色い反射板の列。冥府へ誘う蝋燭の炎のように
闇に立つそれらをハイビームで照らしつつ、かなりのハイペースで流れる北陸道の
中で、自らが拠って立つべきペースを確立する。しばらく流していると、ちょうど
いい具合いに、鮮烈な白い HID の光が後方から迫ってきた。なかなかの速さだ。

左車線に移動し、やり過ごしつつ車体を確認。巨大な容姿・・・それは、まさに
巡洋艦のような威圧感を持って現われた、ランクル100。好きなクルマじゃないが
納得はできるクルマだ。シフトを4速に落とし、フルブーストを掛けて、一気に
追い上げる。以前ならば苦労した速度領域だが、いまやもう、軽々とした
フットワークで加速可能。一瞬にして差が詰まり、定常状態に突入。

速度は・・・うーむ、あまり公言はできない(汗)まだ、この速度域での負荷に
慣れていないと見える F6A は、多少苦しそうな音を立てながら回っている。だが
悪いが、おまえの実力はこんなもんじゃないよな?ちょうどいい機会だから、
今日は新たな領域に向けての慣らしということで、しばらく頑張って走ろう。

鯖江の南にあるオービス以外では、ひたすら頑張って速度を維持するランクル。
まぁ、排気量のでっかい「奴」のことだから、頑張るという速度でもなかろう。
実際、武生に至るまでの直線区間では、奴はまったく安定した走りを見せる。
だが、武生を過ぎてから、馬脚(?)を表わした。武生を過ぎた先から始まる
緩いカーブの連続で、急にフラフラと不安定な動きを見せ始めるランクル100。
ただ1本の線を引き、その上をトレースすることができないようだ。うーむ。

・・・ダメだ。やがて奴は、諦めたかのように左ウインカーを出し、ゆっくりと
左車線へと移っていく。その先に「罠」が無いことを確認したら、さらに加速して
安定した姿勢でカーブを曲がり、ランクル100 をパス。左ドアミラーの中で、
小さくなっていくランクル100 のヘッドランプ。さようなら、兄さん・・・

と思ったら、ルームミラーにまた、鮮烈な白い光が新たに出現。やり過ごしてから
また後続についてみれば、こんどは ROVER の巨大な RV。国産の次は、イングランドの
熊野郎の出現か。なんだかやる気がありそうな雰囲気だったので、武生の南から
延々と続く北陸道の山線で、しばらく遊んでみる。早々にヘタれた国産と違い、
イギリス野郎はなかなか頑張る。かなりのペースで走行してみても、それなりの
距離できっちりと付いてくる。やるな。こちらも、慣れない速度の走行が続いて
疲れてきたので、そろそろ敗けを認めて左車線へ移り、熊をやり過ごす。

やがて、賤々岳 S.A. が近づいてきたので、ペースを完全に巡航モードへ落とす。
ナビの画面に出てきていた I.C. 間距離から推測すると、このまま米原 I.C. まで
走れば、ちょうど 97km を走った計算となる。今は通勤割引が効く時間帯なので
米原 I.C. で降りれば半額だ。だが、米原で降りること自体には、意味がない。
湖西道路で帰るなら2つ手前の木之本 I.C.で降りるべきだし、湖岸道路で帰るなら
1つ手前の長浜 I.C. で降りるべきだ。さて、どっちで帰ろうかな。少し考える。

結論は、湖岸ルートでの帰宅、だった。理由は「いつもと違うルートを選べ」だ。

しばらく北陸道を走り、虎姫のオービスをやり過ごしたら、長浜 I.C. で高速を
降りる。若干混雑する市街地を抜け、湖岸道路に入り、琵琶湖東岸を南下する。
何度か、遅く走る車両に頭を塞がれたりしたものの、全体的にはいいペース。
琵琶湖大橋には、あっという間に到達。150円を払って大橋を渡り、堅田へ出て
そこから湖西道路へ流入。現在時刻は・・・20時半。この時間帯でも、湖西道路の
交通量はかなり多く、平均速度は 60km/h、場合によっては 50km/h まで低下。
夜でこれなら、昼間はどうだ?想像するのが怖い。たむは、考えることをやめた。

幸いにも、停滞には陥らず。ほぼ21時丁度に、自宅に到着。雁ヶ原からだと、
3時間半。高速道路を使ったにも関わらず、3時間越えだ。微妙な結果だ。

とてつもなく疲労したので、ヘルメットやツナギだけ下ろし、すぐに爆睡。


11/6

昨日とはうってかわって、生憎の雨天。モータースポーツの翌日はメンテナンス、
と決めているのだが、実施できず。残念。とりあえず、エンジンルーム内の点検
だけでも実施。LLC リザーバの液面が 5mm ほど上昇していたので。エア抜き。



その後、昨日、足回りの設定を変更したことを思い出し、ウェット路面での挙動を
確認すべく外出。いつもの高速道路周回コースを走ってみる。やはり、フロントの
手ごたえが確実に上がっている。いままでが酷すぎたと言ってもいいかもしれず。
ノーズの切れ込み方もずっといい。カプチーノのフロントトーは、イン厳禁だな。

念の為、手を離して直進性チェック。その瞬間から流れ出すこともなく、路面の
凹凸を通過してもステアが切れることはない。合格。とはいえ、大きな凹凸を通過
すると、少し外乱に弱い動きを見せたりもする。まぁ、5mm のスペーサーを噛ませ
フロントのスクラブ半径を増やしているわりには、マシな方なんじゃなかろうか。

唯一気になるのは、ハンドルのセンターが、僅かに左に傾いている点。おそらく
左右の長さのバランスが、僅かに狂ってしまったのだろう。これを正確に直すのは
至難の技だろう。気が向いたら、少しずつ合わせ込むことにしよう・・・。

宇治の山越え区間で、ハイペースで走っているマークXを、少し追い掛けてみる。
ウェット路面なので、各タイヤから伝わる感触に細心の注意を払いながら走る。
それなりに安定感はあるものの、ぬえわを越えると、心持ちフロントが浮き加減に
なってくるような感じがする。ちゃんとステア操作には反応するから、問題ないと
思うのだけど、それでも下りカーブだとちょっと不安を感じる挙動ではある。

直線区間で、5速全開加速で追従。ほんの僅かずつではあるが、離されていく。
ブースト 1.2kg/cm2 だと、こんなもんかね。まぁ、排気量差を考えれば、相当に
善戦してるほうだ。試しに、4速に落としてみるが、レブ近い領域なので駆動力は
5速の時と変わらず。31FW だとこの辺が限界か。排気温を確認。針は、900℃を
僅かに越えたところにある。おっとっと。アクセルを少しばかり緩め、温度を下げる。
今はいいけど、もっと気温が下がるとヤバい領域に行きそうだな。無理は禁物。

草津田上 I.C. で折り返し、京都に戻る。途中、ホームセンター数軒に立ち寄り
工具などを放りこめるハードケースを、いろいろ吟味。いい物が見つからない。
だが、増え続ける荷物は、いい物かどうかはさておき、箱がないと収まらない。
ちょうど安売りセールをしていたので、適当に2つほど、箱を購入して帰る。

ホームセンターの駐車場で、駐車時に大きくステアを切る機会があったのだが
ステアを深く切り込むとき、途中からスコンと抜ける感じがなくなっていた。
フロントトー調整の副産物(?)だろうか。これは非常に望ましい結果だ。



帰宅後、トランク内の荷物を整理。先日購入した鞄や箱などを活用してみれば、
トランクの半分を消費する勢いではあったが、高いGがかかっても安心な状態で
工具類を主とする荷物を積み込むことに成功。あとは、テンパータイヤの処理か。
今までの実積、およびカプチーノの特性から考えれば、貴重なトランクスペースを
テンパータイヤで潰してしまうのは、非常にもったいない。できれば、パンク修理
キットのボンベ1本でタイヤを代用し、トランクスペースをより広く取りたいところだ。
テンパーを下ろせれば、トランクの床も(床板を入れれば)フラットにできる筈。

そんなことを考えつつ、部屋に戻ってハガキや封筒の束を点検。取るに足りない
DM の類ばかりかとおもいきや、自動車保険屋(ニッセイ同和損保)からハガキが
来ていた。中身を確認・・・あぁそうか、そういえば、任意保険の更新時期だな。
プランを見る。9等級、車両無しで \35k・・・特にイジる必要もない、か。


11/9

諸般の事情で、平日ながら会社にクルマで出勤。
なんかもうすごーく体がだるいので、カリカリ回す気にもなれずに
超低回転でノロノロ走ってたら、エンジンまで咳き込みはじめた。
いや、何も、そこまで合わせてくれなくてもいいんだけど・・・

平日上限 \1.4k のガレージにクルマを預け、仕事。強烈に襲ってくる眠気。
こりゃまずいや。22時半に切り上げ、帰宅開始。夜になり、タクシーぐらいしか
走り回っていない京都市内を元気無く走る。だが、それでも電車通勤の平生と比べ
やっぱり、なんというか、元気が出てこないでもない気分。ありがとう。やっぱり
クルマは乗っているだけでエネルギーが復活してくる、そんなデバイスだ。

少しは気分が上向いてきたので、元気付けついでに深夜のカレー屋を攻めて帰宅。
とりあえず4辛をがっつき、小腹を満たす。そういえば、CoCo 壱に来るのも
結構、久しぶりだなぁ。そのせいかどうか、いつも以上に満足して帰宅。


11/13

カレンダーの上では休日だが、まったく休みにならない。何故なら、
仕事がまったく終わらないから。意識のある限り働いても終わらない。
壊れる。いろんなところがぴきぴきとおとをたててこわれる。マジで。

・・・ごめんなさい。日記ネタがありません。


11/14

そして今日もまた、仕事。でも、本当に壊れそうになったので、ちょっと外出。
カプのエンジンを始動し、もはや新しい発見など無い、いつもの周回コースへ。
それでも、体を包んで流れていく景色を見ていると、それだけで涙が出る。
あぁ・・・こんなにも、クルマって、楽しいものなのか。

31FW タービンをギュンギュン回す。3速での全開加速で、心地好い速度の乗りを
深く感じる。あぁ、このタービンの本領は、3速に入ってから発揮なのだなぁ。



心が澄むまで走り回って心の垢を落としたら、本屋に立ち寄る。目的は、今週半ばから
立ち向かわなければならない海外出張に向け、海外旅行のチュートリアル本を
購入するため。お恥ずかしい話だが、不肖この私め、32年間の間ずっと日本で
日本の飯を食い、日本の水を飲み、日本の空気を吸って暮らしてきた。
大阪湾の向こうにはきっと世界の果てがあり、ドラゴンが棲んでいると
思っていた。世界は亀と象が支えていると思っていた。

それなのに、あぁそれなのに。労働力を探して世界中を飛び回る定めを負った
まるでユパ様みたいな上司から「おい○○よー。海の向こうにはな、中国という
そりゃあ立派で大きな国があってな、そこではとても安い人件費でいい技術者が
たくさん雇えるらしい。だから今から行って仕事を押し付けてこい」と命じられたから
もう堪らない。トルメキア軍に殺到されたペジテのように、私の種々の予定は
一瞬で全滅。後顧の憂いを強引に絶たれた私は、全砲門を西方に向け、
いざ平成の黒船(?)として、上海に乗り込むことにされてしまった。



で、何が問題かというと、先にも述べたとおり。私は、国外に出たことがない。
幸いにも、数週間前にパスポート取得の申請を終え、出国のために必要な最低限の
装備は調えている。だから行けと言われれば、物理的には明日からでも出発可能。
しかし、メンタルな準備が整っていない。海外旅行で必要な心得は?言葉だって
全然通じないんじゃないの?電話だって掛けられないよ?どうすりゃいいのよ?

今回は business trip ということで、ホテルの手配や空港からの移動 etc. は
相手の会社の方が準備して下さっているからまぁソコはいいとして。それ以外の、
旅人としての生活はどうすればいいのか、いやそもそも国際線ってどうやって
乗ればいいのか、関空にはどうやれば行けるのか。そのレベルから謎ばかり。

さすがに、このレベルの話を会社の上司や先輩に聞いてもアレなので、とりあえず
チュートリアル本などを買ってみたというワケ。幸いにも、本屋に行ってみれば、
そういう類の本は腐りそうなほどに売られている。その中で、読みやすかった
主婦の友社の「はじめての海外旅行安心ブック」という本を一冊チョイス。

帰宅後、布団の中で横になりながら熟読。いままで何にも知らなかった知識が
眠りと同時にアタマの中に入り込んでくる。あぁ、知らなかったことばかりだ。
勉強になるなぁ。いや、そんな悠長に構えている場合じゃないか。必死に読む。


11/15

中国への出張を2日後に控えた今日、もっとも技術的に頼りになる先輩から
退職決定の決意を聞かされる。いや、二ヶ月ぐらい前から少しずつ、心の内を
聞いてはいたけど・・・いざこうやって正式に聞くと、けっこう堪える(涙)

そんな、少々沈んだ気分を引きずりつつ当日の仕事を完了し、深夜遅くに帰宅。
キャスター付きの小さめな鞄を取りだし、海外旅行の準備を調える。といっても
business trip だし、荷物は最小限。いつもの国内出張の時と、全然変わらない。
違う点は、海外で PC を使うため、road warrior 製コンセントアダプターが
荷物に入っているところと、財布の中身を最小限に押さえたところ。

持っていきたいものは色々あれど、旧共産圏ということで規制が結構きついのと
やっぱり盗難が心配だということで、涙を飲んで、全て置いていく。いつも以上に
後ろ髪が引かれがちな構成になっていく。生きて帰る決意にもつながるけど。


11/16

中国への出張を1日後に控えた今日、自宅の HDD がいっぱいになったので
160GB を購入。少し古いマザーボードだったので、137GB 越えに対応できるか
心配ではあったが、いざ接続してみれば、BIOS レベルから認識。まずは一安心。

明日の出張の最終準備を進めつつ、HDD の内容をコピー。結局、HDD のコピーより
準備のほうが早く終わってしまったので、コピー作業の終わりを見届けることなく
布団に向かい、コールドスリープに入る。明日の今頃は、遠く離れた異国の地か。


11/17

・・・そして、短い睡眠から強引に引き剥がされ、目が覚める。
あぁ、そうだ・・・今日は、旅立ちの日だ。異世界、異大陸、そしてチャイナ服。
希望や不安・・・いろんなものが混然一体となり、私を待ち構える。さらば日常。

5時に起床。荷物を再点検。特に重要なのは、パスポートと航空券、海外旅行保険
証書、そして、クレジットカード(VISA)。とりあえずコレだけあれば、帰国は可能だ。
あ、もちろん、仕事の道具も忘れずに携える。ノート PC 1つとファイル1冊。
考えてみれば、本当に軽装だ。これで大丈夫なのか、ちょっと心配なぐらい。

自宅の門をくぐり、家とカプチを一瞥。次に彼らに会えるのは、いつの日か。



まずは京都駅に向かい、6時過ぎ発の「はるか」に乗る。チケットの買い方が
今一つ判らなかったので、とりあえず、みどりの窓口に突撃。この時間帯だから
自由席でも大丈夫だろうかな。\3k を支払い、改札を通ってホームへ向かう。

ホームは、6番だか7番だか、とにかくかなり端のほう。登り慣れない階段を
てくてくと登り、ホームに辿り着く。果たしてそこには、おばちゃんの団体とか
スーツ姿の団体とか、行き先が同じと思しき方々が多数、まだ青黒くて薄寒い
ホームの上に立っていた。へぇー、こんな時間でも人が沢山いるんだなぁ。
感心しつつ、団体から少し離れた場所に移動。「はるか」の到着を待つ。

十数分後、「はるか」が到着。自由席車に流れ込み、座席を確保。4列構成で
ゆったりした席の窓側を確保し、カーテンを下げて追加睡眠体制を整える。
発車までは数分の猶予があったので、少し、うつらうつら。耳から聞こえる
客の歩行音が少しずつ増え、波のように押し寄せてくる。それが心地好い
ノイズとなり、そして、少し前に別れを告げたはずの睡眠に再会──

気づいたときには、「はるか」は京都を離れ、遠く天王寺駅の地に止まっていた。
あっ、思ったより早いかも。だが、関空はまだまだ遠い。まだ、まだ眠れる・・・

そしてもう一度睡眠に出会うが、次の別れは早かった。本当に、目を閉じた瞬間に
関空近くまでワープしたような状態。それまで暗かったはずの車内は明るくなり、
窓の外に広がる青空の中には、黄色い太陽に照らされた阪神高速の看板が見えた。



そして 1秒の遅れもなく、「はるか」は関西空港駅に到着。ピカピカと輝く施設を
自慢の宝物のように窓の外に並べつつ、「はるか」は停車。ぞろぞろと降り立つ
客の中に混じって、私も同じように、宝箱の中へと押し出される。ふぅ。

青とクロームメッキ、そして広々とした空間を基調とした関空の建物の構造は、
とてもバブリーな幻想を思い出させる。まぁ、ここでは今でもバブリーな世界が
続いているのだろう。そんなことを思いつつ、エスカレータを登って改札を通過し
巨大に広がる空間で一休み。航空機の予約チケットとパスポートを確認。

搭乗予定時刻を確認するが、2時間以上余っている。同行する予定の先輩は、
当然ながらまだ移動中。こんな吹き曝しの中で到着を待つのもアレなので、
場所を移動することにした。国際線のカウンター前を目指す。案内看板を
確認しつつ、先へ進む。既に、日本という場所から遠く離れた気分。



もう一度エスカレータに乗り、最上階にある国際線カウンターに到着。そこは、
かなり広い空間の筈なのに、噎せ返るほどの人いきれで充満していた。団体客?
大声で楽しそうに談笑するおっちゃんおばちゃんが、目の前を右に左に大急がし。
こんな早い時刻だっていうのに・・・むしろ、こんな時刻だから、なのか。

少し人口密度の低い奥の方に進み、両替所前の椅子で一休み。黄色い朝の光に
照らされ、周囲は柔かい雰囲気に包まれている。出発前の緊張が、いい感じで
ほぐれる。まさか、これも設計通りって?いや、そんなことはないか。

突然、携帯電話が鳴る。先輩からだった。まもなく到着する、との連絡。曰く、
JAL のカウンター前付近で合流しよう、とのこと。慌てて荷物をひっ掴み、移動。
カウンター前を目指すが、そのときどこをどう間違えたか、カウンターの中へと
突入してしまう。どうすればいいのかわからずオロオロしていると、見かねた
グランドアテンダントのお姉さんが、静かに柵の外へと案内してくれた。
誤って人里に降りてしまった熊のように背中を丸め、すごすごと退出。

その後、フライトを知らせる電光掲示板付近にて、無事に合流完了。
小さなキャスター付き鞄1つだけを持った出立ちで現われた私を見て、大きめの
キャスター付き鞄と小さな手持ち鞄という荷物構成で現われた先輩は、初っ端から
呆れ気味。君は、その鞄を持って会社とホテルの間を往復するのか?と。あぁ、
なるほど、そうか。移動距離にも依るけど、荷物を分離しておけば楽だったんだ。

ともかく、搭乗手続きを開始。国内線の場合は自動チェックイン機が併設されて
いる受付カウンターだが、国際線の場合は、手荷物以外の大型荷物を預かる作業と
パスポートとチケットを確認してもらい、手作業でチェックインする作業の2つを
同時に行う場所のみしか存在しないようだ。あたふたとパスポートを取り出し、
にこやかに微笑むグランドアテンダントのお姉さんに手渡す。待つこと1分弱、
パスポートと、チェックインを終えたチケットが手渡される。第一関門突破(?)

手荷物1つになって軽やかに歩く先輩を追いつつ、次の作業へ。次は・・・あぁ、
手荷物検査だ。ここは国際線も国内線も同じ。団体客で混雑する検査所は避け、
空いている場所へ移動。検査前にも1つ小さな関門があり、そこではまた、
パスポートとチケットの検査。さすが国際線(?)検査は厳重に行われるようだ。

検査所では、荷物の中の鍵束や財布、ノートパソコンを取り出すよう指示される。
ここも国内線と同じ。荷物の中の電動髭剃りや、風邪薬、胃腸薬(セイロガン)、
そして睡眠薬(ハルシオン)については、特にお咎め無し。手荷物に入る程度で
かつ一般的な薬であれば、なんら問題なく持ち出せるようだ。まずは安心。

検査所を通過したら、次は出国審査。通路から伸びる階段を降り、審査所へ。
あぁ、なかなか手続きが終わらないなぁ。ここでパスポートを取り出し、横一列に
並んだ出国審査官の前へと、ずずいと歩み出る。審査官と私との間は低い壁で
仕切られ、向こう側からは、いままで見たことがないほどに無表情を張り付かせた
審査官のお姉さまが、まっすぐにこちらを見据えていらっしゃった。あぁどうしよう。
無表情属性の私にとっても、このシチュエーションではときめきが生まれがたい。
ごめんなさい。こんなとき、どうすればいいのかわからないの。無表情で対抗。
やがて、パスポートに一瞬目を落としたお姉さまは、どうぞお先へ、よい旅を、
といった風情で先へ進むことを促す。・・・ごきげんよう、お姉さま。

という感じで、全体的には割とあっけなく、手続きを完了。この時点で
出国手続きが完了しているので、法律的には、我が身は日本には居ない状態と
なっている。先に立ち並ぶのは、噂に聞いた免税店。不思議な感じもするが、
ここは日本であって日本でなく、さりとて外国でもない。ロケは「地球」。

荷物をコロコロと転がし、先にある railway に乗る。南ウィングの中であるが、
その中でも移動は徒歩だけでは終わらないらしい。伊丹だと、全部徒歩なんだけど
さすがは関空というべきか、それとも何か、深い理由でもあるのか・・・

railway から降りたら、あとは航空機の出発時刻を待つだけ。行く先は、中国の
上海浦東国際空港。って、中国の地理は、よくわからない。中国の地図と言われて
真っ先に浮かぶのは、魏・呉・蜀がそれぞれ赤・黄・青の三色に塗り分けられた地図。
あぁ KOEI 様、貴方様は偉大ですよ。こんな場面で PC-8801版「三国志」の画面が
脳裏に浮かんでくるなんて。それはさておき、地理の理解レベルがこんなだから、
それがドコなのかよくわからない。距離もわからない。北海道とどっちが遠い?

・・・なんてコトを悠長に考えている暇はない。フライトまでの残り1時間、
ラウンジにてゆっくりと仕事に励む。国内で処理しておくべき残件を片付け、
PHS で社内 LAN に接続して・・・って、電波が弱いな・・・時間がかかる。
こういう時に限って、サイズの大きなメールばかり来ていやがるんだ;



やがて、フライト予定の 10時45分が近づく。15分前には荷物をまとめなおし、
航空機に搭乗。さきほどチェックインした座席に座り、手荷物を座席の下に・・・
っと、ちょっと狭いな。しょうがないので、頭上のスペースに荷物を押し込む。

座席に座り、周囲を見回す。前のポケットを見れば、なにやら見慣れぬ小袋が。
封を開けると、中に4枚のペーパーが入っていた。片面には英語の表記、もう片面
には簡体字中国語の表記。DEPATURE なんたらかんたら、と書かれている。はて、
一体なんだろうか、これは。ここで、事前に読んでおいた海外旅行マニュアルを
思い出す。そういえば、入国カードとか関税申告書とかいうものがあったなぁ。
これが、そうか?そう思って改めて見直すと、目的地などを書き込む欄がある。

うん、まさにこれがそうだ。だが、そうだと気づいたところで、どう書くのかが
わからない。マニュアルの類は用意されていないし、、、しょうがないので、前に
座っていた先輩に声を掛けて記入済みの書類を貸してもらい、自分のパスポートと
航空機のチケットを眺めつつ、入国カードの、必要な個所に記入を行なっていく。
自分の名前、生年月日、性別、国籍、パスポート番号、航空機の便名の他、
滞在目的と滞在地を記入。今回は仕事での渡航なので、目的は business、
滞在地は向こうの会社の住所。記入済みのシートがあったから良かったが、
これらの情報を事前にメモって来なかったのは、明らかに失敗だった;

記入が終わったら、とりあえず作業は完了。あとはただ、無事に飛行機が飛び立ち
国境を飛び越えて、上海の空の下に降り立てることを一人の客として願うのみ。



少し待つと、ジェットエンジンの風切り音が少し高まり、機体が不定期に揺れる。
いよいよ出発のようだ。ヨタヨタとした足取りで滑走路まで歩みを進めた機体は、
長いひと呼吸の後、爆発的な勢いで加速を開始。軽々と 300km/h オーバーの世界に
突入し、ふわりと空に浮き上がる。本来の姿に戻った怪鳥は、ゆっくりと旋回し
何物にも縛られない蒼い空の中へ、うれしそうに飛び込んでいく──

数十分が過ぎ、シートベルト規制が解かれて少し経ったころ、これまた慣れない
儀式(?)が始まった。フライトアテンダントのお姉さんが、小さなパッケージを
配っている。やや、アレは何でしょうか、シロウ。なにやらいい香りが・・・

機内食キター!

国内線では(おそらく)お目にかかれない、「機内食」である。生きているうちに
そんなものにありつけると思っていなかったので、思わず大興奮。そわそわしつつ
平静を保ち、じっと待つこと数分。笑顔の天使が、我に食事を分け与えてくれた。

品数は4〜5品程度で、それぞれが、カチッとロックできる小さなパックの中に
収められている。主食はごはんで、鶏肉のあんかけが乗せられている。味付けは
かなり薄めで、年齢層が多少上の人に合わせてあるような感じ。エコノミー席の
狭さもあり、味付けの薄い食事を少しずつ頂くという、ありえないぐらいお上品な
食べ方をする羽目になる。まぁしかし、美味いことには違いない。味付けが薄く
とも美味く感じるということは、大衆の食事と違い、材料から良いものを選んで
調理してましてよオホホホってところかな。副食についても同様で、全体的に
アッサリ風味。あと、デザート(?)として桜色をした蕎麦が添えてあったが、
甘い味付けということもなく、これは普通の蕎麦であった。ちょっとガッカリ。

なお、機内食には、プラスチック製のナイフとスプーンの他、なぜか金属製の
フォークが添えられていた。おいおい、ハイジャックに使われるかもしれないぞ。
「このフォークはよく刺さるぞ、咲美君〜」ヒロインを交えて、話は盛り上がる。燃える!



馬鹿なことを考えているうち、楽しい昼食は終了。腹ごなしに、ノート PC を取りだし
少しばかり仕事をしたのち、軽く休憩。いや、思ったよりも時間がかかるもんだなぁ。
まだ、中国本土には到着しない。機内のディスプレイには、中国と日本の国境線を
通過中であることを示すマーカーが、地図の上に明滅していた。ここから 9000m ほど
下では、海底資源を求めて睨み合う両国の船舶や関係者が犇めいているわけだ。
その上を軽々と飛び越え、私は友好的に仕事すべく、中国へと向かうのか。
政冷経熱とは、まさにこういうことなのか。身を持って実感する。



その後、やることがなくなり、うつらうつらと時を過ごしているうち、軽く眠りに
入っていたらしい。時計は一気にワープし、気づいたらシートベルト着用マークが
点灯していた。おっ、まもなく敵地に上陸か。荷物を片付け、着陸に備える。

着陸のアプローチに入る。大きくバンクした機体の窓から、中国の景色が見える。
とんでもないものを想像していたりしたのだが、窓から見える景色は至って普通。
正直なところ、北海道よりはずっと日本っぽい景色に見えるんだなぁ・・・。

バンクが終わって水平に戻ってしばらくすると、軽い衝撃が走り、強い減速Gが
体に入ってくる。ううっ、コイツがゾクゾクするんだよなあ。300km/h 超からの
フルブレーキングなんて、こういう場面でもなければそうそう体験はできない。

着陸完了後、ウイングに向けて航空機はゆっくりタキシング。窓の外を見れば、
日本の漢字に似ているようで全然似ていない、簡体字中国語の文字を貼り付けた
大柄な航空機がところ狭しと並んでいる。あぁ、ここは日本じゃないんだな。
ここに至ってようやく、異国に来たんだなぁ、ということを実感する。

まもなく、機体は停止。着陸完了を告げるアナウンスが流れる。荷物を下ろし、
携帯電話のスイッチを入れる。3G ではないから、当然ながら圏外になるのだが
時計代わりにはなる。時刻は・・・13時15分。フライトは、およそ二時間半か。
そこまで確認したら、以後はこの表示を1時間引いて考えるよう、心に留める。
京都(日本)と上海では、時差が1時間あるためだ。ノートパソコンの設定も、
GMT+8 に修正しないといけない。初体験だが、全てがうまく動作するかな?



航空機を降り、タラップを歩いて建物へ。日本だと、ここで整備員と乗務員さんが
出迎えをしてくれるのだが、中国ではそういった習慣はないようだ。お国柄かな?

共に降りた大量の旅客の流れに乗り、日本と大差のない建物の景色の中を歩く。
実際、本当にここが中国なのかどうか、自信がなくなるほどに似ている。唯一、
天井から吊り下がっている各種表示盤の文字が、まるで記号めいた簡体字である
ことだけが、日本でないことを実感させる。なんというか、もっと演出が欲しい。

・・・なんていう贅沢なことを考えていたら、早速、一つ目の演出がやってきた。
開けっ広げで小綺麗な、高級ホテルのロビーのような空間の中に、とてつもなく
胡散くさげで小難しい顔をしているオッサン、いや、空港職員らしき人物が1名。
ぽつんと作られたゲートの中に座り、感心なさげな様子で我々を待っていた。

一体、この人は何のために、このゲートの中に居るのだろう?周囲を見たところで
ヒントになるような説明は、書かれていない。いや、ひょっとしたら中国語にて
丁寧に書かれているのかもしれないが、我々漢字圏の人間ですら意味不明。
はて。見せ物というわけではあるまいし。しかし、無視するにしてはあまりにも、
俯き気味に事務処理を進めつつも間断無く彼が我々に対して送る視線が敵意に
満ちており、サイコロの目がよほど良くないと判定で失敗する可能性が高い(?)

やむを得ず、何度となく海外へ渡航し、訳知りな先輩を盾に(?)先へ進む。
先輩は、まるで興味なさげな視線で対抗しつつ、オッサンへとパスポート一式を
手渡す。その後、僅か 0.5秒。オッサンは顔色も変えず、瞬時にして必要な書類を
抜き取る。パスポートは、これまた一瞬にて元の持ち主の手中へと戻っていく。
まるで密輸取引の現場であるかのような、そんな錯覚すら覚える、超絶早業!

・・・んで、結局何をやっているのですか、ここでは?

実際はそんな大したことではなく、A6 サイズ程度の上質紙に低品質に印刷された
検疫関連のシートを回収している様子。機内で書くべし、とされていた書類の中の
1枚である。あまりに適当な印刷だったので、どうでもいいかと思っていたが
検疫オッサンの仕事ぶりほどには「どうでもいいもの」ではないらしい。

とりあえず、先輩のマネをして、おっさんに書類一式を渡す。同じように、秒も
かからずに書類を返され、ついでにシッシッと追い払う手真似までされてしまう。
おそらく、0.5秒以上その場にとどまっていたため、オッサンの怒りを買ったのだ。



検疫が完了すると、次は入国審査。50m 四方はあろうかという広さの空間に、
航空機から降りてきた人達が次々と押し込まれていく。その先には、改札のように
さしたる突破防護策も取っていないようにみえる入国審査ゲートが並んでいた。
あの向こう側から、いよいよ「中華人民共和国」が始まるのだな・・・。

やがて、ビッシリと人で埋め尽された入国審査ゲートは、少しずつ動き始める。
私が並んでいた列も、僅かずつ先へと進み始める。開けっ広げな空間の中で、
一体何を審査するというのだろうか。少し緊張しつつ、いざ訪れる審判を待つ。

5分ほども過ぎただろうか。ようやく、私の順番がやってきた。ゲートの少し前に
引かれた線の前に立ち、自分の前の人の処理が完了するのを待つ。処理は至って
事務的なもので、パスポート等を無造作に渡しあっているだけのように見える。
・・・ふむ、その程度であれば、なにも緊張しなくても良さそうなものだ。

そして、自分の番。片手に持ちっぱなしの赤い旅券、および入国カードを胸に、
ずずいっと御白洲の前に進み出る。透明度の高い、分厚いアクリル板の向こう側で
視線も上げずに事務処理を進める、そうさな、私より少し若かろう年齢の審査官に
書類一式を渡し、直立不動の姿勢で待つ。少し、時間がかかるようだ。視線だけ
若者のほうに動かす。若者の肩には、空港職員などではなく、防人たる証しの

中国人民解放軍

の文字が、制服のインシグニアの中に、誇らしげなデザインで描かれていた。

な、な、なんですとー!よく見れば、入国審査ゲートの中に座っている数名の
若者は、全員が中国人民解放軍の制服を着用していた。事務作業をしながら
背中合わせに座る同僚と楽しそうに雑談(← 真面目に仕事しろ)をする彼らは、
有事の際には、国益を守るために命を投げ捨てる使命を負う兵卒であったのだ。
あぁ、こんな若者までが戦いに駆り出されるとは。寒い時代だとは思わんか。

懸念していたようなトラブル(?)も起きず、1分ほどでパスポートは返却。
一言の挨拶も交わすことなく、互いの任務に戻る若者と私。一瞬のすれ違い。

入国審査を過ぎ、無事に中国への入国を果たした我々一行。だが、まだ関門は
1つだけ残っていた。荷物をピックアップし、外へ出るべくゾロゾロと歩いていた
我々を待ち受けていたのは、小さな税関。といっても、これまたオープンな構造の
改札みたいなものだった。ここでもまた人々は、通過しなに紙切れを渡している。
見れば、それは機内で入手した紙ペラのうち「DEPATURE」という分類になっていた
最後の一枚、関税に関する申告書。だが、Business Meeting 目的で渡航している
我々には、そこに書き込むべき何らの特記事項もない。サラリと書いて、終了。

あぁ、長かった。こうしてようやく私は、無事、中国に入国することができた。



ゲートを出たあとの空港の中の様子だが、これまた小綺麗にまとめられており、
日本国内の地方空港の様子と比べて、なんら変わるところはない。あちらこちらに
掲げられている看板には EPSON や Canon といった日本の企業名が多数並んでおり
良くも悪くも、我々が期待する「中国」というイメージの景色は、微塵も存在しない。

ただ、敢えて言うならば、膨大な量の「人」。これが、唯一「中国」らしい感じ。

航空機から降りてきた人を待ち構える人の数たるや、半端な量ではない。何度も
しつこく折り返して作られた通路の両側には、華奢な棒で作られた仕切りの上に
乗り出すようにして、人が鈴なりになって構えている。膨大な量の視線を浴びつつ
ようやく通路を抜けたところでも、また、砂糖に群がる蟻のように、人の大群が。
しかし、まるでコミケ会場のように、秩序はある一線の中に保たれている。

大群の傍を通り抜ける際、わずかに中国語の活発な会話が聞こえてくる。だが、
まったく不思議なものだ。英語は、どれだけ一瞬しか聞かなかったとしても、
明らかに「英語」として理解できるのに、中国語は違う。注意して耳を傾けて
ようやく「あぁ、中国語か」と、違和感を感じる程度。まったく異なるようで、
音域やタイミングなどは、同じアジア圏ということで類似する部分もある?

壮絶な人混みの中で、迎えに来てくれている相手先の会社の女史を探す。
顔を知らないし連絡先も知らないという、どうにもならない状況であったが
そこはさすが慣れたもので、先輩は見事に、人混みの中からターゲットを
探し当てる。私ならば、顔を知っていても一時間以上はかかるだろう;



女史に案内され、空港の建物を出る。視界は、どことなく薄茶色っぽい光で
埋められていた。別に、特別に汚れている部分があるというわけでもないのに
なんでこんなに埃っぽい光加減が・・・と思いつつ、サクサクと高速に歩いていく
先導者を急いで追い上げる。目的地は、タクシー乗り場。そこに待っていたのは
我らが日本の高級車、トヨタ・ゼロクラウンだった。当然ながら、左ハンドル車。

国産車の左ハンドルなんて、見たことないぞ。そんなことを思いつつ、回りを
ぐるりと見回す。そこはタクシー乗り場なので、タクシーが多いのだが、
なぜか、我々のタクシー以外のタクシーは、申し合わせたかのように

全て、VolksWagen サンタナだった。

微妙にカラーリングは違えど、どれもサンタナ。走ってくるのも、走ってゆくのも
全てサンタナ。柱の男・サンタナ。しかも、どれもこれも何処かが微妙に歪んでいる。
微妙にボンネットが浮いていたり、微妙にドアが浮いていたり、どれも、どこかが変。
だが、そんな外装ボロリンコな状態でも、機関だけは絶好調のようで、走りながら
エンジンが妙な音を立てているようなクルマは一台もない。正しい金の掛け方だ。

さて。我々を乗せたクラウンは、VW サンタナの海の中を静かに走り出す。
空港の取り付け道路を走り、すぐ横を走る高速道路へと流入していく。そこは、
聞きしに勝る神秘の領域、ワンダーゾーンだった。この高速道路は、4車線構成。
ただし、対面でもないのに、なぜか2車線目と3車線目の間にセンターラインがある。
後から反対車線を増設して、車線数を倍にしたのだろうか。よくあるパターンか。

そんな立派な道路なだけに、それなりに交通量は多かった。トラックも多い。
そして、そのトラックだが、とても不思議な形状をしていた。空荷のトラックは
どれも揃って、尻が跳ね上がっている。どう考えても、正常とは思えない
レベルの前傾姿勢。たぶん、カセキサイって食べ物アルか?っていう量の
荷物搭載を前提にしている設計だ。恐ろしく荷物を積んだら平行になる、と。

しかし、そんなものは序の口であった。さらに観察すると、なぜか、直線なのに
常にコーナリングしているように、右側だけ20cm以上は沈みっぱなしの姿勢で
高速道路を爆走するトラック
も発見。誰がどう見ても明らかにパースが狂って、いや、
整備不良状態だし、そもそも、なんであんな姿勢なのに直進できるのかがわからんし。
これぞまさに、上海雑技団。(フレーム車だから、ハコと脚回りの動きは無関係か?)

・・・んでまた、そういう怪しげなトラックが並んでいる隙間へ、クラクションをけたたましく
鳴らしながら割り込み、そしてすり抜けていく、クルマ、クルマ、クルマ。クルマの弾幕。
某弾幕シューティングのアイデアはここから生まれたのか?と思ってしまうぐらい
高速道路の縦スクロール画面(?)の中で、クラクションと割り込み、そして
すり抜けが延々と続いていく。確かに、阪神高速環状線とかを走っていると
こういう光景もあるっちゃあるけど、クラクション鳴らしまくりってのは
見たことがない(日本でそこまでやると、たぶん本気の喧嘩になる)

数十分ほど高速道路を観察して思ったことだが、こちらの交通マナーは、噂通り
あんまりよろしくない。とにかく、譲り合うという精神はない。基本は奪い合いで
詰まったら即パパパーッとクラクション。容赦なくクラクション。殺伐。超殺伐。
いわば、混雑している時間帯に環状線から守口線へ分岐するとき、車線の
取り合いでクラクションを鳴らしあうような、乱雑な光景。すげぇぜ中国。
自分に正直な人達だ。なぜか急に、中国という国がとても好きになった。

そんな無秩序な道路であるが、一応パトカーは走っている。しかもかなり頻繁に。
デザインは日本と同じで、白黒ツートン。車種は・・・たぶん、サンタナだろう。
しかし彼らは、「無秩序は犯罪ではない」と思っているようで、何の行動も
示さない。道路公団のクルマのように、ただ淡々と道路を走っているだけだ。
先に述べた整備不良っぽいトラックの横も、平然と通過。トラックのほうも、
避けたりする様子もない。そういう約束なのかもしれないが、トラックの後端の
扉には、必ずナンバープレートと同じ文字が描かれてていて、遠くからでも
所属がはっきりわかる。だから、トラックのほうも遠慮があるものかと思いきや
もう、そんなもん、どこにもないようだ。まぁ、中国の道路交通法では問題ない
ことなのかもしれないけど。とにかく、日本の中では考えられないことばかり。



やがて、浦東空港を遠く離れ、周辺に何も見えない超平地の中を突っ切り、
高速道路は大きな橋にさしかかる。大きな看板なども見えてくるようになった。
視線を前に移す・・・と、そこに広がるのは、視界一面を埋め尽くす、高層建築の壁。

どうやら、ここが上海のようだ。

中には、幅の広いビルはない。どれもこれも、幅がすごく狭い、細い建物ばかり。
葦の原のように無数に生えたそれは、視界の中で複雑に絡み合い、一面の板となり
目の前に迫る。黄色く傾きはじめた太陽の光を強く照らし返し、ヨーロッパの
運河沿いの町のような、美しい光景を作り出していた。なんだこりゃあ。
静かに積み上がった鍾乳石を見るような目で、感動しながら観察。

道は橋を渡り、いよいよラスボスが住む(?)上海市街地の中へと入っていく。
橋はそのまま高架となり、市街地の中を、一般道と二階層をなして走っていく。
土地なんていくらでもあるんじゃないのか、と思ったが、そうでもないようだ。

こんなに立派な都市高速なんて、日本でも東京・大阪・名古屋・福岡ぐらいにしか
ないよなぁ・・・と思っていたら、タクシーは、下り勾配の先にある小さなRの
右カーブを道路の上で、いきなり停止。先を見るが、別に渋滞は存在しない。
その代わりに、信号も合流車線もなにもない、合流点が存在した。少し前の
光景を思い出すが、そんなことを示すような看板や案内表示は、存在しなかった。
いや、そもそも、日本の高速でよくある電光掲示板は、1つも見なかったなぁ。
道路というハードウェアは作っても、ITS というソフトウェアは未整備てか。
まぁ、そりゃそうだ。日米欧でも、まだ発展途上中のシステムだもんな。

さておき、タクシーは右折合流点の手前で停止中。合流先の道路を走るクルマの
切れ目を待っているようだ。見通しの悪いカーブの先なんだから、こんなところで
ノンビリやっていたら追突されるべ・・・と思っていたら、いわんこっちゃない。
後ろからやってきたクルマは、速度も落とさず・・・一瞬だけ身構えるが、しかし
そこは中国、相手は斜め上を行った。そのクルマは、我々の左側の隙間を狙って
そこにクルマを捩じ込み、そしてさっさと合流して、先に行ってしまった。
・・・おぉ!危ないとかそういうレベルじゃない話アルよ。まさに雑技アルよ。
交通マナーが悪いといわれるオオサカとかキョウトとか、メクソハナクソよ!

いや、中国はマナーが悪いんじゃなくて、”要領がいい”のだろうな。そう思う。



やがて、無事に合流を済ませたタクシは、さらに市街地奥部へと入り、適当な
ランプで下道へ降りる。だが、ここで衝撃の事実が発覚。料金所があるものかと
思っていたが、そんなものはどこにも存在しなかった。ごく平然と、そのまま
一般道へと入っていくタクシー。そう、実は、有料高速道路ではなかったのだ。
・・・ちょっと待て。一般道の最高速度制限って、何 km/h なんデスカ?

・・・たむは、考えることを止めた・・・

いや、アレだ。中国の道路区分は、きっと日本とは全然違うアルよ。そうアルよ。



その後しばらく、タクシーは市街地を走る。市街地での交通マナーは相当悪いと
いう噂は聞いていたが、基本的には、いつでもクラクションがどこかから聞こえてくる
ということ以外は、そんな悪いもんじゃない。信号だって、ちゃんと守ってるし。
先輩いわく、北京五輪を控えているせいか、交通事情はかなり良くなって
きている、とのことだった。まぁ、それならますます安心だ。

やがてタクシーは、1つの大きなホテルの横に止まる。正直、私のような下々の
人間にはちょっとビビリが入ってしまうぐらい、立派なホテル。当然ながら、
荷物を運んでくれるボーイさんなんかも居たりして。普段から安ホテルでの
宿泊に馴れている人間としては、どうにも落ち着かない。事前に、先方の会社が
いろいろと手配してくれていたようで、案内されるままに付いていく。そこには、

スイートルーム

と、専用のフロントが待ち構えていた。うぉっ!威圧される。このままの勢いだと
夕食は満漢全席でも出てきそうな勢いですよ紅竜先生!ギクシャクとした足取りで
椅子に座り、チェックインを開始。何が困ったかといっても、色々質問されるのが
全て英語だったことだ。いつからいつまでだとか、会社はどこだとか、支払いは
現金かクレジットかとか。いや、まぁその辺までは、まだいい。勘でわかるから。
問題は、デポジットとか聞いたことがない単語が出てくること。いや、いわゆる
手付金というか先払い金のことなんだけど、そんなのが要るホテルなんて滅多に
泊まらないから、なんのことやら理解するまでに少々時間がかかってしまい、
苦笑されてしまったのがショックだった。くそう。どうせスイートな人間じゃないよ。

当然ながら、支払いは全てカード(海外のホテルではカードでの支払いが基本らしく)
こういう時のために、サポートの厚い AMEX ぐらいは持っておきたいと思いつつ、
セゾンカードで支払い。しかも一般の奴。うわー、なんとなく恥ずかしいなぁ。



チェックイン後、部屋に案内される。スイートといっても、座ったら沈むような
ソファーがあったり、ガラス張りの浴室があったりするわけじゃなく、せいぜい
ミニバーがあるぐらいの、わりと普通の部屋。ちょっとだけ、安心する。

手早く、設備をチェック。欠損は特にない。また、3本ほどミネラルウォーターが
置かれており、これは無料でのサービス品となっていた。まぁ、蛇口から出る水を
飲んではいけない(海外では普通のことのようだ。だから、日本のホテルでは、
海外からのお客様用にわざわざ「飲めます」と書かれていることが多い)国の
ことだから、これぐらいはサービスしておいてもらっても罰は当るまい。
なお、ミネラルウォーターのメーカーは、KIRIN であった。なんだか、
中国に来てから、日本の会社の企業名を見ることが多いような・・・

電源コンセントもチェック。ハの字型をしたコンセントであった。電圧は 200V?
当然ながら、持参した ThinkPad の電源コードは、そのままでは繋がらない。
だが、そのための変換コンセントキット。鞄から取り出したそれを適当に変形させ
差し込んでみると、ばっちりと変換することができた。よし、これで夜も安心だ。



一通りのチェックが終わったので、いくらかの荷物をホテルに残し、会社へ。
ホテルの部屋はカード式のキーだったが、外出時には、どうしたらいいのかな?
勝手に持って出るのもアレかなと思い、フロントに行って、まず日本語で質問する。
なにしろここは、高級ホテルだ。決して、日本人の少ない地域ではないだろうし、
最悪でも、日本語の通じるスタッフが・・・と思ったが、甘かった。正直、甘かった。
片言でも通じない。途中から英語っぽい言葉(正直、英会話は苦手だ)に切り換え
意思の疎通を試みるが、それも徒労に終わる。相手も、英語はわからないようだ。
ちょっと、愕然とする。ホテルのフロントに立つ従業員が、英語を知らない?

やむを得ない。こうなったら恥も外聞もない。ボディーランゲージでの意思疏通を
試み、カードをどうしたらいいか聞きだす。最後は、察しの良さそうな利発な顔をした
若い従業員さんに、かなり行間(?)を読んでもらえたから良かったようなものだが。

この経験で、最低でも、海外旅行時には会話のアンチョコ本は持っていくべきだと
痛感した。っていうかそんなものすら準備してなかったとは、怖いモノしらず>私

混雑するロビーを抜け、ホテルを出る。会社までは徒歩数分の距離だが、さっきの
タクシーが玄関前に待っていてくれた。どうやら、会社まで送ってくれるらしい。
(無論だが、費用はすべて相手の会社が支払ってくれている)運転手に言葉は
通じないが、気持ちは伝わるかと思い、日本語で「ありがとう」と言っておく。



その後、相手の会社にて 20時過ぎまで一気に仕事。



20時を過ぎた頃になり、夕食の時間となった。いったん仕事を中断し、
和やかな雰囲気で、先方の会社の代表取締な人、およびこちらの会社の
現地に駐在している人と共に、歓迎会を兼ねた夕食に出かける。

正直、中国料理といえば油ギトギト・ゲテモノチックなイメージが強かったので
実は出国前から結構心配だった。心配というか、怖くすらあった。何を食わされる
だろうか。噂どおり、足が四本ついてるものなら、何でも出てくるのだろうか。
なんだかんだで、肉や貝についての偏食家である私には、そりゃもう、
本当に憂鬱な時間になってしまう予定だった。

会社を出て、夜の中華街(もちろん、本場の)を歩く。昼のイメージと異なり、
夜はとても活気がある。赤や黄色の、派手な原色の照明が頭上でギラギラと舞う。
残念ながら、その照明の設置場所を目で追ってみると、日本でも見慣れた
ケンタッキーFCのカーネルおじさんが立っていたりするが(笑)。

つまり、押井守が「イノセンス」で描写したような景色は、ここには存在しない。
膨大な量の外資系が流れ込み、我々のイメージする中国のイメージは
面影すらもなく、ただ、プチ日本のような、そんな街となっていた。

いずれこの街も、狂躁を過ぎれば我に返り、本来の景色に戻るのだろう。



数分ほど歩き、これまた派手な赤色で彩られた料理屋に入る。入り口には、
なかなか美味そうな料理の写真の看板があった。写真の上には、大きく「xx元」
「yy元」といった価格の表示が張りつけられ、安くて旨いことを誇示していた。
写真を見る限り、ゲテモノな料理は存在しないようだ。少し、安心する。

店に入った一行は、大きな円卓のある部屋に案内される。・・・はて、困った。
どこが上座なのか、わからない。こういうときは、案内されるまで待つべきか。
というわけでじっと待っていると、何故か、先方の会社の取締役の横の席を
アサインされる。何考えてんですか先輩。粗相があっても知りませんよ。

しかしこの席順は、むしろ運の良いほうに作用した。いや、取締役な人と
フレンドリーな関係に・・・とかいうビジネスでの話ではなく、運ばれた料理が
ぶっちゃけ何で、どうやって食べればいいのか、聞ける相手が横にいることが。
まぁ、そういうことを聞けるぐらいフレンドリーな人だったのだ>取締役さん

しばらく雑談をしていると、やがて料理が運ばれてくる。「中国の料理」などと
十把一絡げに考えていたのだが、さすが四千年の歴史を持つ国。地方毎に、全く
異なる食文化が発達しているらしい。ここ上海にも、「上海料理」という食文化が
ある。上海料理の基本は、魚と鶏らしい。出てくる料理も、煮魚をメインとして
茸などの山菜がサブで出てくる、そんな感じ。味付けも、こってりしたモノでなく
淡白、と言ってしまってもいいぐらいにあっさりしたもので、まぁ、結論すれば
日本料理ととても似ているというものだった。まったく違和感がない。
スプーン・フォーク・ナイフじゃなくて、箸を使うところまでが一緒だ。
唯一、主食として「白米」が出てこないところが違うだけ、かな?

というわけで、某セイバーのようにコクコクと頷きながら料理を平らげていくと
最後に、リンゴ大の奇妙な物体がやってきた。なんだ、これ・・・と思う間もなく

「これは、上海蟹です。その中でも、最上級のモノです」

と、取締な人からの説明が入った。うっ。プラスとマイナスの思考が炸裂。
ジツはこのワタクシメ、カニ・エビなどの甲殻類が、全くもって苦手なのです。
特に、カニ。足ぐらいなら頑張って食えますが、ミソなんて、考えるだけで
なんかもう気持ち悪いイメージが頭の中に渦巻き、食うなんてどころか・・・

などと思いつつ、上海蟹に視点を移す。このカニ、なんかとてもユーモラス。
足が短くて小さく、甲羅がばかでっかい。へへーっ、面白い形だなぁ・・・って

食うところ、ミソしかないじゃん!

ガビーン。急にオナカがイタクなったので帰りますとか言って席を立とうかと
思ったが、いやしかし、先方の好意を無駄にするわけにもいかないし、なにより
上海で上海蟹を食うなんて、たぶん今後死ぬまであり得ないシチュエーション。
わかった。わかりましたよ運命の神様。コレは、蛮勇を奮って挑戦するしかない。

取締な人に食べ方を教わりつつ、指先でカニを十七個に(嘘)解体していく。
まず最初にカラを剥く。ごめんよーつぶらな瞳のカニさん。お前の命は俺が頂く。
エイヤーとカラを外す。中身は、とてもシンプルな構造だった。言われるがままに
エラと思しき部分を毟り、更に、ミソの部分を半分に割る。何が出てくるか、、、

白い肉に囲まれた、黄色い液体。

ふぁ?なんだこりゃ、内臓がないぞう。とりあえず、これがミソらしいが
ミソは完全なる液体。シンジ君がシンクロ率 400%になった後みたいな感じ(?)
恐る恐る、ミソを頂く。どんな味かと思いきや、これがまた完全なる卵の黄身。
肉の方といえば、付いてきたタレに付けて食すれば完全なるヨーグルト。
予想は、良い意味で裏切られた。マジでウマイっすよ旦那!なんですかこれ!
「蟹」っていう味じゃないっつーか、濃厚な卵とヨーグルトの味っすよこれ!
蟹を食えない私でも、サクサク食えまーす。運命の神様に感謝しつつ。



新しい発見の連続だった食事会が終わり、さて、ホテルに戻ろうか・・・と
思ったところで、予定変更。現地駐在な人に連れられ、現地のスナックに向かう。
軍資金は、ホテルを出る前に両替した 1300元(約 20000円)。足りるのか!?
不安を感じつつ、サクサクと歩いていく姿を追って、夜の上海の闇へ進む。

料理屋のあった中華街を離れ、4車線ぐらいある大通りを渡って先へと進む。
交通量が多い道路なので、渡ること自体についての不安はあった。だが、昼間に
感じたように、ちょっと騒がしいぐらいで、交通マナー自体は悪くない。正直、
危険な原付とタクシーに溢れ返る京都の街より、ずっとマトモに感じる。

大通りを渡ると、急に人気が無くなり、静かな雰囲気になった。回りを見れば
オフィスビルが並んでいる。こんな場所にスナックなんてあるのかなぁ、と
疑いつつ先へと進むと、やがて、とある狭い道を曲がり、裏通りへと入る。
その先に、明るい照明を放つ、少し大きなビルのような建物があった。
その建物の中に入っていく、一行。そこには、見慣れた日本語の文字が
書かれた看板が多数並んでいた・・・そう、日本人向けの娯楽施設(?)だ。
まぁ、さすがに、そういう店じゃないと、入ること自体も恐いっちゃ恐いわな。

目指す店は、その中に存在した。日本のスナックと同じく、小さなビルの
小さな部屋の入り口に、看板がつけられている。ドアを開けると、同じように
薄暗い照明の中で、美麗なおねえちゃん方が待ち構えていた。唯一違うところは
全員がチャイナ服装備ということか。いや、日本だって、そういう店を選んで行ったら
そういうのもあるんだろうけど。さすがに本場は、デフォルトこれかよ!という感じ。
しかも、チャイナ服を着ているということは、スタイルもすばらしいということ。
絵にも描けない美しさってのは、まさにコレのことだろう。浦島太郎状態。

適当な場所に座り、酒を飲みつつ、横に座った超カワイイおねえちゃんと喋る。
だが、向こうはまだ日本語を勉強して日が浅いらしい。当然、こちらも中国語が
使えるわけでないから、会話らしい会話にならない。しょうがないので、なんとか
通じる言葉を選びつつ、あとは筆談などを駆使(?)し、色々と話を聞いてみる。
しかしアレだ、こういう行為はけっこう面白い。よく聞く話だが、飲み屋にて
外国からやってきたおねえちゃんに入れあげてスッカラカンになる
オッサンの気持ちもわからないではない、と思ったりもした。



1時過ぎになり、ようやく歓迎会(?)はお開きに。

結局、人数が増えたこともあり、合計 2000元(約 30000円)ぐらいのお金を
サクッと現金で支払い、おねえちゃんに見送られて店を出る。

店を出て3分ほど歩いたところで、現地に駐在している先輩が、

ほら、そこで道路工事やってるやろ?

と、暗い道端を煌々と照らす工事用ハロゲンライトを示し、一言。続いて、

ああいう大変なところで頑張って、だいたい一ヶ月働いても 1000元に届かん。
その倍以上の金を、ポーンと飲み屋で払って帰る外人が俺らや。俺らが、日本で
ごっつう高給取りの外人を見て「すごいなー」とか言うやろ。その立場や。

と、真実の姿を教えてくれた。別に小自慢しようっていう会話じゃない。日本では
しがない薄給サラリーマンの我々も、アジアに出れば、月給1万5千元以上を稼ぐ
エリート層と同じ階級の人間なのだ。だからこそアジアは我々を歓迎してくれるし
そして、それに見合った立場というものもついてくる。中国のエリート層の人間と
対等に話すことができるし、また、対等に話さねばならない。大変だよマジで。

だって、車中泊してコミケに行って、帰りに P.A. でカレーとか食って帰るような
そんな人間が、海外に行った瞬間に、エクゼクティブ並みの立ち居振る舞いが
できるかい?いや、そんなのは器用な人間に任せておきたいってことだ。



その後、いろいろと興味深い話を聞きつつ、ホテルまで歩いて戻る。
さて、ここで一休み・・・と行きたいところだが、エクゼクティブ(?)に休みは無い。
とりあえず風呂に入り、下着を洗濯して部屋の中に干し、ノート PC で仕事開始。
ホテルの最上階という最高級のスイートルームだが、その中でパンツを干して
夜遅くまで仕事なんて、誰もそんなことをやってるとは思うまいよ(笑)

実際のところ、TV をつけても中国語だし、インターネット接続も有料だし、
コンビニも無ければ本屋もない。部屋に篭って仕事をするか、寝るかしかない。
仕事だけはたっぷり残っているので、それを片付けようか、というわけだ。



・・・で、結局、朝の5時過ぎまで仕事(涙)

クラクラする頭を押さえつつ、フカフカで巨大なベットの中に倒れ込む。


11/18

2時間弱の仮眠の後、スイートルームの広い部屋の中で、目が覚める。
まぁ、目が覚めるというか、意識が戻るというか。あまり良い状態ではない。
だが、仕事は待ってくれない。部屋の中の荷物を適当に片付け、背広を着て
カーテンを開けると、薄ぼんやりとした空から降りてくる光が、視界の隅に
入ってくる。──あぁ、朝だ。こうして改めて「朝」を確認し、一日を始める。

時計を見る。時間に余裕がない。バイキング形式で用意されている筈の朝食を諦め
さっさとホテルを出ることに。混雑するロビーを通り抜け、表に出る。気温は低くなく、
なんとも快適な心地だ。玄関先に居たホテルマンが、昨晩、スナックのおねえちゃんに
教えて貰ったものと全く同じ形で、朝の挨拶をしてきた。ニコリと笑って、挨拶返し。



・・・さて。すぅ、と大きく息を吸い、目の前に広がる街を見る。雑然としていながらも、
どこか風格のある、いい街に見えた。ただ、空気は少し淀んでいた。どことなく
透明感がなく、白っぽいというか・・・足下の舗装を見ると、ここもまた、
何処からか運ばれてきたと思しき土の粉によって、白く濁っていた。

横を見れば、工事現場。大きなビルを立てるための基礎工事中のようだ。
空気が濁るほどに土の粉が大量に舞っているように見えるのは、こういった
工事の影響なのかなぁ。街の人の健康が、少しだけ心配になった。



街のメインストリートを歩き、先方の会社へと向かう。大型の商業施設の前を
多くの人たちが行き交う。その誰もが、日本と同じように、普通の洋服を着て、
普通に歩いていた。道路を見れば、自転車専用レーンこそ存在したものの、
そこを通る自転車は一台もなく、ただ空しく、無駄な空間を作っていた。

・・・朝食の屋台であるとか、人民服であるとか、大量の自転車であるとか、
そういった、マスコミによって植え付けられた「中国の朝」というイメージは、
上海には、まるで存在しなかった。
真実は、自分の目で見て知るしかない。



数分ほどで到着。さっそく、仕事を始める。がんばるぞぅ〜。

・・・気が付いたら、もう昼になっていた。あー、昼ですか。しまった。
昼飯のことを、何も考えていなかった。だが、そんな中途半端な状態であることは
先方の会社の人は想定されていたようで、社員が食べる弁当を、1つ余分に取って
くれておいたらしい。おぉ、中国の昼ごはんですか。興味深々で、頂くことに。

無様なまでに歪んだポリ容器2つに入ってきたソレは、煮魚、および牛肉を軽く
炒めたおかず2品、および白米であった。てっきり、白米なんかはこちらで
食べられないと思っていたので、かなり驚く。米の品種も長米種でなく、普通の
短米種であった。炊き具合いも、少し固めではあるが、違和感は感じない。
先方の人は「中華料理が口にあうかどうかわかりませんが・・・」などと
仰っていたが、中華料理というより、ほとんど日本料理と同じである。
口に合うも合わないもない。有難く、最後の一粒まで丁寧に頂く。



昼飯が終わった時点で、少し時間があったので、先方の人とちょっと雑談。
とても流暢な日本語で喋るその人は、かつて日本に来て働いていたことがあり、
その際、日本のいろいろな観光地を歩きまわったらしい。正直なところ、私より
ずっと日本に詳しいようだった (´д`;)いかん、いかんよ。外国の人のほうが
ネイティブな人間より、その国に詳しいなんて。ちょっと凹んでしまった。

昼休みが終わったら、昼からの仕事を開始。さぁ、がんばるぞぅ〜。



・・・そして、17時を過ぎ、検品作業に入る。ここで何の問題もなければ、
検品作業はサックリと終わり、さっさとホテルに帰って眠れるはずだった。
だが、ここから予想外の事態に突入。事前に渡していたペーパーに基づいて
検品作業をしておいてもらったのだが、どうやら都合のいいように解釈して
結果を判定していた
らしく、私が検品すると次々と NG が出てくる。

これを一言で「だ か ら 中 国 は」と言ってしまうのは容易いが、しかし
事前に渡したペーパーに、解釈の余地というものが存在していたのは事実。
ここはカイゼンのポイント。次からはそういったことがないようにしたい・・・

で、次からの話はいいとして、とりあえず検品をしっかりと通すために、
残業をしなければならない事態となってしまった。うぅ、昨日は2時間ぐらいしか
寝てないから、今日ぐらいはさっさと帰ってぐっすりと眠りたいのに・・・(涙)



悔しさにまみれつつ残業をしていると、先方の人も悪いと思ったのか、一緒に
残業して、作業を手伝ってくれる。まぁ、当然っちゃ当然ではあるが、ここは
素直に、その自発的なフォロー行為に対して、敬意を表わしたい。

しばらく作業を進めていると、例の取締役な人がひょっこりとやってきた。
曰く「夜食を取りましょうか?」。あぁ、そうか。夕飯を食っていなかったな。
心当たりもないし、ありがたく好意を受ける。そのまま作業に戻り、少し経つと
出前がやってきました、との連絡が。ほう、何がやってきたのでしょう・・・

ラーメン。

なんちゅうか、本中華。そうだ、大事なことをすっかり忘れていた。もっとも
身近な中華・ラーメンを、本場に降り立ってから一度も口にしていなかった。
瓢箪から駒というか、果報は寝て待てというか(?)ラッキーだったなぁ。

さて、本場のラーメンであるが、これまた小さなポリ容器に入っていた。
インスタントなカップラーメンのように見えなくもないが、たぶん違うだろう。
というのは、店屋物らしき割り箸がついてきたからだ。といっても、正確には
割り箸ではなく、使い捨ての箸。太さ 4mm 程度の木の棒の表面に、焼き印の
ように、細かい模様が書き込まれている。そうだな、アンリ・マユみたいな感じ。
ちょっと面白い意匠だったので、土産として1本、頂いて帰ることにした。

ポリ容器の蓋を開け、本場のラーメンとご対面。汁は濃い醤油ラーメンのような
色だが、麺は細饂飩と言ってもいい太さ。具はチャーシューっぽい肉が1つ。
イメージとはちょっと違うが、でも、味はまったくもってラーメンそのもの(当然)。
食べるまえに「ちょっと辛いですよ?」と言われたが、韓国のような唐辛子の辛さ
ではなく、胡椒の辛さ。スパイシーと言えばいいのだろうか。とても食べやすい。
ただ、香草らしき場違いな味が時折混じってくる点だけは、ちょっときついかな。



夕食の後、もうひと頑張り。そして、気が付いたら 23時を過ぎていた。
ずっとモニターを睨んでいたせいか、目のしょぼつきが少し酷くなってきた。
体力的にも限界を感じてきたので、まだ頑張る様子の先方の人に後を託し、
ホテルへと舞い戻ることにした。ううっ、体力が持たない。情けない・・・

というわけで、深夜 23時に、一人で夜の上海を歩くという状況になった。
考えてみれば、治安が良いのか悪いのか分からない外国の街を、言葉の通じない
外国のビジネスマンが一人で歩くというのは、とてつもなく危険な行為に思える。
会社を出る直前に思い返してみれば、ホテルまでの経路に、警察は存在しない。
大丈夫かなぁ。強盗とか出てこないかなぁ。こんなところでは死にたくない。

というわけで、かなりビビリつつ、ホテルまでの道程を早足で歩いていく。
経路には大通りの歩道しか無いから、それほど危険ではないと思うのだが、
それでも万が一のことがあるかも・・・と、一応、いろいろと用心はしていた。

だが、それは全て杞憂であった。確かに、この時間となると街は暗いが
危険な雰囲気はまったくない。歩道を歩いている人(おそらく酔っぱらい)も
数人ほど存在するが、こちらには感心がなさそうな様子。おそらく、彼らは
お金をもっている側の人間のように見える。ここにいるのは、他人の財布より
もっと魅力的なものに対して挑戦を挑んでいる人たちばかりなのだろう。



10分足らずで、ホテルに到着。部屋に戻り、ようやく一息つく。
2時ごろまでかかって残りの仕事を片付け、下着を洗濯し、部屋に干し・・・
そして、眠りにつく。今日ぐらいは、少し多めに眠れるだろう・・・Zzz


11/19

それでもやっぱり、睡眠時間は全然不足しているらしい。朝食が取れるような
そんな平和な時間に起きることは叶わず、今日もまた、急ぎ足で会社へ向かう。

会社にて、ミーティング。検品作業は完了しなかったが、これ以上こちらに滞在
している余裕もないため、以後の方策について打ち合わせ。国内であれば、さして
気にすることもないだろうが、国境をまたぐと色々と大変なのだ。



そして、11時過ぎ頃、帰国のために上海を離れることとなった。
いろいろな発見があった上海。また、余裕があるときに、ゆっくり来てみたい。

帰国のために会社を出た瞬間、雨が急に降り出す。急いで、流しのタクシーを
捕まえてもらい、浦東空港まで一走り。こういう時、現地の人に捕まえてもらうと
何かと安心。っていうか、言葉も通じない我々には、捕まえようもないのだが。

行きに通ったルートを忠実になぞり、小一時間程度で、上海浦東空港に到着。
なお、行きのタクシーと異なり、中国の誇る VW サンタナなこのタクシーは、
路面状態が悪いにも関わらず、なかなかアグレッシブな走りを見せてくれた。
意外なぐらいに高性能。っていうか、運転手が恐いもの知らずなだけか?(汗)



上海浦東空港にて、帰国の手続き。基本的には、日本で取った出国手続きと
ほとんど同じ。まずは航空会社のカウンターに出向き、あとは、手荷物検査から
始まり、出国手続きまでを順に済ませていく。この辺は、万国共通なのかな。

手続きを完了したら、あとはフライトを待つのみ。ラウンジにて、昼飯代わりに
おにぎりを2つほど頂く。だが、形はしっかり「おにぎり」していたが、食感は
「白米の塊」であった。何というのかなぁ、海苔にもご飯にも、塩気がない。
ここはカイゼンの必要がありますよ、上海浦東空港の食糧担当の方!



14時頃となり、いよいよフライト。短期間だが濃密であった中国旅行(?)も
ここで終幕。ようやく、日本に帰れる。あぁ、帰る瞬間が幸せ>出張した時共通

というわけで、我々を乗せた航空機は、軽々と上海浦東空港を飛び立ち、日本の
関西国際空港を目指す。行きと異なり、時差は +1時間となる。つまり、今はまだ
昼過ぎだが、日本に到着する頃には夕方。ってことは、家に帰ると夜ってことか。
・・・じゃあアレだな。今のうちに、しっかりと腹拵えしとかないと・・・だな。

というわけで、なんだかずっと食事の話ばかり書いているような気がするが、
機内食タイムがやってきた。行きと同じように、小さなトレイにしっかり充填した
形で運ばれてきた機内食。機内の TV で流れていた「ターミネーター3」観賞を
中断し、暖かいうちに頂くことにする。袋をあけて割り箸を出し、パックの蓋を
開ける。とりあえず、まずはメインディッシュからだな。いただきまーす・・・

・・・日本の味だ・・・

それほど長期間、日本の味から離れていたわけではない。せいぜい2日間程度。
それなのに深く感じる、この郷愁。この安堵。醤油ベースの調味であることを
鋭く感じる。それは、香草などの雑味のない、シンプルで透き通った味付け。
そんなことまで丁寧に感じる。いつもよりずっと、舌が敏感になっている。
そして、敏感な舌が、この味は快適であるということを主張してくる。

あぁ・・・をれはやっぱり、日本人なんだな・・・

なんかとても嬉しくなり、思わず泣けてくる。不思議な人だな(汗)>自分



そして、時差を含めて3時間程度のフライトを終え、真っ暗になった関空へと
機体は舞い降りる。軽い衝撃とともに着地。強い減速G が、私を大地へ連れ戻す。
その後、関空施設内で入国審査を終えた私は、やっと日本に戻ることができた。
日本という土地に住む、一人の日本人に。恥ずかしながら帰って参りました。

空港内の施設で、一緒に帰ってきた先輩とともに、軽い夕食を頂く。
食ったのはお好み焼き(笑)。日本人っちゅうか関西人ならコレでしょう。



19時過ぎに「はるか」に乗り、21時頃、帰宅。何も考えず、倒れこんで眠る。


11/20

帰国早々、かつ日曜日である本日だが、そんなことは関係ない。今日も仕事だ。
だが、ただ出勤するだけではストレスが溜まるので、カプチに乗って出勤。
いつもの時間貸しにカプチを預け、海外と連絡を取りながら仕事仕事。



・・・19時半頃に、ようやく仕事を完了。さぁ、今から短い休日を楽しむぜ!
R1 を南下し、京都南 I.C. から高速に乗り、いつものドライブコースを走る。
う〜なるエンジン〜。あぁ、この感覚はもう麻薬のようなものだ。止められん。

だが、つかの間の休息を楽しんでいる途中、大型トラックからの幅寄せ攻撃の他、
ワンボックスからのハイビーム&幅寄せ&急ブレーキコンボ攻撃に合うという、
まったく、幸せな気分が台無しになるようなイベントが連発して起きる。
いずれの場合も、何ともなかったから良かったようなものの・・・。

前者は、走行車線を走る大型トラック2台の横を、追い越し車線から追い抜く時
後ろ側のトラックが、ちょうどこちらに体当たりを掛けてくるようなタイミングで
追い越し車線に飛び出してきたというもの。「追い抜き」なので、追い越し車線を
ずっと走っていたこちらの姿は、相手にはずっと見えていたはずである。たぶん
「後ろから近づいてきたのが小さい車だったので、距離を測り損ねた」という
よくあるパターンだと思う。対策は、トラックに近づくときには、必ず
ハイビームにしておくこと。あと、トラックはネコだと思うこと。
(ライトが近づくと、急に飛び出してくる、という意味)

後者は・・・理由がわからない。追い越し車線をマッタリ走るワンボックスの横を
走行車線から追い抜こうとしたとき(≠追い越し)、謎の幅寄せetc. を食らった。
それまでの間に、私が気づいていない点で、なにか非があったのかもしれないが。
とりあえず対策は、変なクルマには近づかない。いや、マジでたまに居るのよ、
それやったら本気で危ないから止めろってことを平然としてくる奴ってのが。



なお、今回のドライブで気づいた点。4速全開加速時に、排気温度が 920℃を
越えていた。危険な雰囲気(?)は感じないが、燃料が足りないのだろうか?
また、ブレーキのフィーリングがかなり緩い感じになってきた。効くときには
カツンと効くのだが、パッドが無駄にローター上を滑っている感じの時もある。

帰宅後、後者への対策、および興味本位で、Projectμ HC+ 一式を注文しよう。
サーキット用のパッドは摩滅したし、ちょうど割引キャンペーン中でもあるし。


11/23

祝日らしいが、休みなんてものは存在しない。

今日も出勤。ひたすら仕事・・・


11/26

そして、半分徹夜状態で仕事をこなす日々。・・・死ぬ。
マジで、死ぬ。今までの仕事生活の中で、最悪に近い一週間だ。

だからといって、家に帰ったら即死亡、とか言ってられる状態でもない。
とりあえず、急いで処理しないといけない用件2件を、処理しておく。

1つは、自動車保険(任意)の更新。今現在お世話になっている保険会社に
電話を入れたら、更新用の書類を送ってきてくれた。内容についてしっかりと
確認したのち、捺印して返送。代金は、ネット経由で指定口座へと振り込む。
・・・2、3年前までは、亀岡の代理店までわざわざ出かけて処理していた
ことを考えれば、実に便利な時代になったものだなぁ、と感激してみたり。

2つは、EP82 への E/G オイル補充。本日朝の E/G 始動時、排気管からオイル
らしき煙をもわっと吐いた。む?オイル下がりか?と思い、各部を軽く点検すると
とりあえず、E/G オイルがかなり減っていることに気づいた。オイル下がりとか
どうとか言う以前の問題デナイノ!というわけで、帰宅後、余り物の E/G オイル
数百cc 程度を持ち出し、フィラーから注ぎ込んでおく。これで一安心。

・・・30分もあれば処理できる程度のことしか、やってる時間がない(涙)


11/27

休日のはずなんだけど、今日もまた出勤〜。カプに乗って会社に向かい、
いつものように、近くの時間貸しに預ける。一日 \1.3k。安いところ、ないかな?

そして今日もまた、休日だということで、早めの 19時過ぎに帰宅を開始する。
帰宅経路だが、今日はちょっと趣向を変え(?)大渋滞する京都駅前付近を走る。
渋滞していること自体はさておいて、全体の雰囲気が妙に殺伐としており、とても
走りにくいったらありゃしない。なんで、みんなそんなに殺伐としてるのさ。

経路を変えた理由は、近鉄ソフマップにて、PC 切り替え機を購入するため。
最近、Windows と Solaris の2台の PC を自宅で使うようになったのだけど
モニターはさておき、キーボードとマウスについては切り替え機が無いので
狭い机の上に2つのキーボードがひしめき合い、すごいコトになっていた。
環境をカイゼンするため、ちょっと出費しましょうとなった次第。

店頭には、いろいろな種類の切り替え機が並んでいた。散々考えた結果、
USB キーボードと USB マウスの切り替えができる、REX-210CU を選択。
デザインは全く気に入らないのだが、機能は気に入った。値段も安いし。
対応 OS は Windows のみとなっていたが、まぁ、なんとかなるだろ。



買い物を終えたのち、いつものように高速に乗って軽く一周し、調子を見る。
夏と比べて気温が下がり、空気の密度が上がったせいか、ブーストも少し高め。
夏より 0.05kg/cm2 上がったようで、ブースト計は 1.25kg/cm2 を示している。
この状態の排気温度は、20日分でも書いていたように 920℃ に達していた。
とりあえず、ブーストを少しだけ下げる。加速には、今のところ不満はないし。

草津 P.A. に到着。トイレに行き、ホットコーヒーを買い、一休み。
あぁ・・・何も考えなくてもいいこの瞬間だけが、今はとても幸せだ。

その後、草津田上 P.A. で折り返して京都に戻り、GS で給油して帰宅。
帰宅後、ブレーキのフィーリングを再検討。11/20 に書いた HC+ の購入を、
正式に発動する。購入先は、メールオーダーハウス。最近はここがお気に入り。


11/30

今日は、国内出張。某客先での折衝。うまく行っていない案件だったため、
かなり危機感をもって臨んだ折衝だったが、なんとか、平穏無事に完了。

ホッとした気分で帰宅したら、早くも、注文していたパッドが到着していた。
Projectμ TYPE HC+前後セット。これで、あと10年は戦える・・・