▲ トップページへ戻る

Cappuccino 日記(2006/2)

▲前の月へ 次の月へ▼

指定日の日記へジャンプ → 3 5 7 10 13 18 19 20 25

2/3

折角いいモノ(MapFan PLANNER)を買ったのに、活かせないのでは寝覚めが悪い。

というわけで、仕事中にこっそりと会社を抜けだし、どうもボトルネックと思しき
ビデオカードをリプレースするため、近所にある PC 屋へと出かける。少し考え、
RADEON 9250 が乗っている玄人指向の安モノを購入。\4k。あぁマジで安い。
新しいといっても、最新鋭と比べると何世代も前のチップなんだけど、それでも
現在使っている RADEON 7000 のカードとは比較にならないぐらい新しい。

なお、このカードを選んだ理由だが、以下の5つが挙げられる。

  1. 安い
  2. ファンレス
  3. AGP バスに挿せる
  4. D-SUB と DVI のデュアルディスプレイ構成ができる
  5. nVidia じゃない

最後は趣味の問題だが、あとはそれなりにちゃんとした理由があったりする。



時計の針が右半分に差し掛かったころに帰宅。まだ精神的勢いは残っていたので
メインマシンの蓋をガボッと開き、RADEON VE を引っこ抜いて挿し換える。

電源を投入し、ATI から最新のドライバーを落っことしてインストール。
もういっちょ起動しなおすと、いよいよ RADEON 9250 の世界に突入だ。



静止画の見た目はほとんど変わらない。ただ、MapFan PLANNER を動かしてみると
圧倒的な差が現われた。32bit カラーでの地図描画が、猛烈に速くなっている。
大変に古い表現でアレだが、PC-8801mkII と PC-9801 ぐらいの差がある。

逆に言えば、RADEON VE では、32bit カラーでのビデオ性能が話にならんぐらい
遅かったというわけで、MapFan PLANNER を使って感じるストレスは激減した。



というわけで、無事にボトルネックを解消するに至ったわけなのだが、
引っこ抜いた VE をどうしよう?しかし悩むまでもなく、再雇用先が見つかる。
それは、堂々とそびえ立つメインマシンの横で密かに稼働する、サブマシンの中。
ここで動いているビデオカードは、RIVA 128。大阪花博と RIVA128 の販売開始の
どっちのほうが早かったっけかな?と悩んでしまうぐらいに古いカード。こいつを
引退させるチャンスが、とうとう巡ってきたというわけだ。躊躇せず交換。

・・・だが、少々迂濶だった。サブマシンで稼働する OS は、Solaris10。
X の設定を事前に調査しておかなかったので、少々ハマってしまう。結果としては
Xorg でなく Xsun を使い、XF86 の ATI ドライバーを入れてやると、うまく動作。
ディスプレイの設定をちょっと調整して、なんとか 1280x1024 16bpp 環境を実現。
こっちも、さすがに RIVA 128 と比べると、考えられないぐらいに快適になる。

このご時世だから、3D ゲームでもしない限りはビデオカード買い換えなんてのは
必要ないっしょーなどと思ってしまいがちだが、そうでもないよ、というお話。


2/5

はぁ・・・休みだ。とりあえず、休みだ。休みになった。
休みが来た、ただそれだけで堪らなく嬉しい。とにかく、忙しすぎる。

だが今日は、そんな私をもっとワクワクさせるモノがやってきた。

それは、雪(豪雪地帯の方々ごめんなさい)。



いつものように昼過ぎに起床。なんとなく思うところがあり、空を見上げると、
白色の空の中を舞う灰色の粒が目に止まる。滋賀方面を見ると、まったくもって
重すぎて持ち上げられなさそうな濃い色の雲が、山の上にどっさり乗っている。

はて・・・顔の横を吹き抜ける寒い白粒に吹かれて、しばらく考え。結論する。

”チャーンス!”

急いで着替えてありあわせの昼飯を済ませたら、天気予報を確認。近畿全般が雪。
よし。カプのエンジンを始動。各部の点検を素早く済ませ、問題がないことが判ったら
すぐ出発。どこにか、って?そりゃ決まってんじゃん。北部だよ北部。滋賀県の北部。
なんてったって京都南部で小雪の舞う、冬将軍さんこんにちわなこの天候だ。
滋賀北部という地域で、恵みの雪が積もってないわけがない。

古来より、リア駆動車は雪が降ったら命を賭して遊ぶべしと運命が決まっている。
たとえ車高が低すぎて亀になろうと、登り坂の途中で停止して登れなくなろうと、
われわれは雪の降る道に向かい、そして無益なダンスを踊らねばならぬのだ。



山科東端から R161 に入り、大津へ進撃。快適なペースで湖西を走り、無料化した
湖西道路へ。そういえば、まだ明るい時間帯に無料の湖西道路に乗るのは、初めてだ。
今日は天候が良くないためか、交通量は有料の頃と変わらない程度でしかない。
天気の良い週末だと、きっと凄い渋滞になるのだろうな。噂のとおりに。

湖西道路へ入ったばかりの頃は何ともなかったが、坂本 I.C. を過ぎたあたりから
空模様はすっかり白くなり、路面は完全なウェットと化した。まもなく、空から
大粒の雪がどっさりと落ちてくる。そう、吹雪だ。いや、正確には、自分が走って
いるから吹雪に見えるのかもしれないが。ともかく、空気中の雪の密度が急に上がり
路面も、灰色から黒を経由して、いよいよわずかに白い部分ができはじめた。
今年になってから、初の雪道だ。法定速度まで減速し、慎重を期する。

和邇 I.C. を過ぎると、両側の景色はすっかり白色。道路の両側には、いかにも
除雪を昨日ぐらいにやりましたと言わんばかりに、雪がうずたかく積まれている。
少しずつ、緊張感とコーフンが高まり、そして、グリップ感が薄れていく。



やがて、終点の志賀 I.C. に到着。行き止まりのT字路は、右に曲がると登山口。
つまり、行き止まり。クルマの通行量も 0 に等しいから、すっかり雪で埋もれている。
だが、考えることはみんな同じだ。大量のミニバンが道路の両側に止まっている。
そこから降りてきたと思しき家族連れ(主に子供がメインだが)が、その雪の中で
雪遊びに興じている。まぁ、クルマで遊ぶのか、肉体で遊ぶのかという違いだけで
私がやろうとしていることと、本質は変わらない。いずれにしても、先客が居て
クルマでは安全に遊べそうにもない。もっと北を目指し、右折して R161 へ。

R161 に降りるまでの道路の両側は、完全に雪景色。1本脇道に逸れれば
充分に楽しむことができそうだ。さぁ、早くチャンスが巡ってこないものか。



R161 を北上。湖西線の高架をくぐり、近江舞子を通過するあたりから、道路の
両脇に積み上がっている雪の量が格段に増え始める。ほぼ時を同じくして、空から
やってくる恵みの吹雪も一段と強くなってくる。もうそろそろ、通行する車両によって
雪が散らされる速さより、吹雪いてくる雪が路面を白くする速さが勝つはずだ。

まもなく R161 は市街地を離れ、高島郡までの湖岸沿いを走る。もはや、道路は
完全に吹き曝し。自然の猛威のなすがまま。白髭神社を通過し、車線数が増えた時点で
新たに生まれた右側車線は、完全に真っ白だった。軽くではあるものの、見事に積雪。
そんな中、左側車線を法廷速度ペースで走っていた車団にしびれを切らしたのか、
図体の大きなミニバンが、追い越しを開始。薄い積雪をものともせず、バボーッという
下品な爆音を尻から放り出しつつ、右車線でまったりと加速しつつ、走り抜けていく。

ナンバーを見る限りは地元民っぽかったので、対雪装備は整っているのだろう。



さて、そんなこんなで、目的地となる高島郡にようやく到着。ここまで来れば、
もはや道を選ぶまでもない。幹線道路を離れてしまえば、どこもかしこも積雪路。
適当な交差点を選び、おもむろに左折。ヒーハー!行くぜ、我が無謀の操手!

幹線道路と違い、裏道(?)では、明らかに路面上の雪の量が増加している。
まだ「積もる」というレベルではないが、この先の盛り上がりを期待させる。
事前準備として、積もっているところを選んでブレーキを踏んでみるが、
制動力にはめぼしい変化が見られない。まだまだ、これからというところか。



かなり奥地に進んだところで、ようやく積雪が本格的になり、路面が全く見えない圧雪路に到達。
正確には、路面どころか、路肩とか側溝とかもまるで見えない。一面が雪景色。その中で、いくらか
窪んで見える幅 3m 弱の帯が、道路ということだろう。うむ、楽しさ 50%、緊張 50%。侵攻開始。

(以降、雪道マイスターな諸兄は、頷いて読むなり嘲って読むなり適切に処理してください。
雪道ビギナーな同志と免許を持っていない予備軍な方々は、話半分で読んでください)


まずは 30km/h 程度でゆっくりと進入し、基本的な挙動をいろいろチェック。
ブレーキングに対する縦向きの反応、ステアを入れたときのフロントの追従量、
遅れて発生するヨーの感触、ヨーに対抗するリアの横グリップの発生量・・・
かれこれ4シーズン目のスタッドレスだが、この程度の速度であれば、まぁ
コントロール幅というものが存在するというレベルで、使い物にはなるようだ。
(車両側が夏向けセッティング(F:8kg/mm R:4kg/mm)ということを差し引いても)

ただやっぱり、セッティングの範囲を超える挙動・・・たとえば、Fバネが固く、
発生可能な減速Gにおいて充分な荷重を移せないといった問題から、サイドは
まったく効かず、従ってサイドターンも事実上不可能という問題はあった。
というか、この場合は「荷重が移らない」ということを見るより、「リアの
グリップが意外なぐらいに残っている」と見たほうがいいのだろうか。

雰囲気が判ったので、更に奥地へ進みつつ、速度域を上げていく。とりあえず
ブーストを 0以上に上げない範囲、かつ、完全停止しないという条件であれば、
締まった圧雪や新雪レベル(=スタッドレスが最も得意とする領域)において、
緩やかな操作をする通常走行レベルには、そんなに問題がないことがわかる。
ただ、車高が低いので、深い轍の間に残った膨大な量の雪の存在が怖い。
車体の腹・・・というか、フロントに構えるインタークーラーを破損しそうで。
いくら雪がもふもふな存在であれ、高速度で衝突すればかりかりの凶器となる。

少しずつ慣れが戻ってきたので、そろそろ暴れ始める。まず、アクセルを底まで
踏み込んでブーストを掛けていく。ブースト計の針が 0 を超えた瞬間、唐突に
リアは空転を開始する。同時に、恐ろしいスリップ率でグリップを捉えたタイヤが
車体を遅めのペースで加速させていく。舗装路面では忌み嫌われるホイールスピン
状態であるが、雪道の場合は雪をせん断する抵抗を利用しつつ、タイヤの溝に
詰まった雪を遠心力で吹き飛ばすという走り方のバリエーションの1つ。
問題は、それがどれほどのグリップを発生させるか、なのであるが
これが意外といい感じにトラクションを発生してくれる。
スタッドレスの深い溝は伊達じゃないことがわかる。

引き続き、この挙動を利用し、真っ白で開けた区間を選んで浅めの直ドリを試す。
直線上に走る慣性を9割残しつつ、フロントで僅かに付けた角度をアクセルで
大きく増幅。タイミングを合わせたステアリングとアクセル操作で振り返し、
逆を向いたところでまた振り返し・・・系の固有振動数のようなものにさえ
振り返し周期をちゃんと乗せておけば、わりと簡単に奇妙な挙動が完成する。
こういうのは、流石に雪道ならでは。大トルク大車重のリア掻き車両が実現できる
クルマの重さを利用した第三の駆動力を、小トルク軽車両(グリップに比べて)の
カプチーノでも使うことができるのは。雨天でも、そう簡単には実現できない。
意図せずに慣性の法則が勝利する、といった悪夢の再現はよくあることだが。



そんなこんなで遊んでいると、やがて、山奥の集落に続く道は急激な登り勾配と
なる。よくできたもので、勾配が強くなりはじめたところで、坂の上のほうから
流れてきていると思しき大量の水により、路面は完全に融雪されていた。むしろ
問題は、半分ぐらい川と化した道路だ。水深は 2cm ほどあろうか。やっぱり
ペースをあげて走ることはできないので、シャケの川登りのような調子で進む。

ざんぶざんぶと水をかきわけ登りきった先には、この登り坂と鄙びたバス停1つを
境界として、下界と切り放された静かな集落があった。当然のように、集落の道路は
積雪1つしていない。この先に進んでも、おそらく得るものはありませんねぇ。
何の手掛りも得られない雛見沢に苛立ちをぶつける大石警部のように、
集落の入り口でUターンし、元来たルートを逆向きに戻っていく私。



山奥から戻りつつ、更に厳しい環境を求める。平地に降り立ったところで、適当に
分岐点を探し、平野部の中でも交通量がそれなりのところを探す。なぜなら、
先ほどまでの、わりと新雪に近い領域の路面よりも悪いコンディション、
つまり、磨かれはじめた圧雪、およびその上に積もった軽い新雪という
道路が見つかる可能性があるからだ(ミラーバーンまでは求めない;)

果たせるかな、その読みは的中。交通量が0ではない、広域農道のような道が
見つかる。路面は適度に磨かれた圧雪状態になっており、雪練にはベストな状態。
先ほどと同様、路肩の位置は判然としない。雪の上に見える僅かな起伏だけが頼り。
緩やかなカーブで構成されたそのルートで、無理をしない範囲でいろいろ試す。

だが、そういう時に限って慢心が足を引っ張る。ちょうどグリップが急激に落ちる
35km/h 前後の速度より高めを保ったままカーブへ突入。当然のように、曲れない。
ステアを切っても、そしてそのままブレーキを踏んでも、意図する挙動は発生しない。
さぁ、どうするよ俺。だが、長年(?)培った無意識の自分って奴はまぁ偉いもんだ。
身体中のセンサーで曲がるに足る縦横のGが発生していないと判断するや、咄嗟に
ステアをほぼ直進に戻し、縦方向のグリップを作って減速を優先。車速が落ち、
グリップが足りたと判断すると同時にステアを切り込み直し、鼻先を曲げこんで
とにかく辻褄を合わせやがった。その間、有意識の自分は状況を制御する重責から
解き放たれ、別の自分の仕事をゆっくり眺めて評価する余裕すらあったわけだ。
つまり何が言いたいかと言うと、意外とやるじゃん自分。ちょっと感動した。

さて、そんな感じで、走行中の挙動をひととおり学んだあと、いよいよ一番厳しい
停止状態からの発進を試みる。曲げるよりも止めるよりも難しい、最難関の作業。
FF とか MR(軽トラ除く)とか四駆しか乗ったことの無い人にはわからんだろう。
後輪荷重の軽い FR や、空荷の MR 軽トラで雪道発進する難しさを。

さすがに、登り坂で挑戦するほど人間ができていないので、圧雪となった平坦地を
選択。その代わり、ステアを切り込んだ状態というハンデ(?)は付けておく。
また、燃え尽きるほどの半クラッチも厳禁。半クラ使用はほぼ封印という状態。

・・・結論から言えば、2速ギアでホイールスピンをさせながらトラクションを
確保し、ゆるやかに発進するのが最適であるということになった。当然ながら
路面状態によってはケツを振るので、安全な発進とは言えないのであるが。
やっぱり、最悪の場合に備え、駆動輪に装着する(装着できる)チェーンを
探し、持って歩いておいたほうが安全だなぁと思った。高そうだけどサ。

ここまで出来れば、当初想定していたメニュー(?)はほぼ完了。あとはしばらく
猛烈に深いアングルをつけて走る練習とかを、ちょこちょこと。ドライ路面じゃあ
まずできない・・・つまり、実戦(?)では使いでが無いと思しき挙動の練習を。



ひとしきり遊んで満足したら、帰路の国道が混雑しはじめる前に退散。R161 へと戻り、
湖西道路をフルに使ってまっすぐ帰宅。いやぁ、この道路が無料化されたってのは
本当に有難いことだ。英断を下した責任者に拍手。無料化の結果、以前のような
キビキビした流れこそ望めなくなったものの、下道と比べれば段違いに良い流れが
維持されていることは間違いのないことだし。あとは、長等トンネル付近の渋滞が
なんとか改善されれば、滋賀の南北方向の通行については文句の付けようがない。

今日は幸いにも、長等トンネルでの渋滞は存在せず。R1 との合流点まで、ずっと
良い流れのままで到着。なお、R1 との合流点はどえらく改良されており、なんと
信号機が設置されるまでになっていた。まぁ、そりゃあそうだ。今までなんて、
2車線で南下してきた湖西道路の最果てが、長さ 20m もない合流車線1本だけ
だったもんな。かつ、合流相手の道路は、合流点で緩い左カーブ。その内側に
防音壁を目隠しとしつつ R161 が合流していたわけだから、事故は起きたい放題。
これで致命的な大事故が起きてなかったってのが、東洋のシンピってなもんだ。

ただ1つだけ苦言があるとすれば、湖西道路から見てブラインドになる合流点の
信号が、湖西道路を走っているとさっぱりわからない。合流点は、右にひねり込みつつ
急な傾斜を下った先にあるので、信号待ちをする立場になったときに、おそらく
追突されるかも、という恐怖と戦わねばならないのが怖いところだろうな。
この日記を up する時点では改良されているかもしれないが、なるべく早期に
「誰にでもわかりやすい」予告信号の設置を願いたいところである。



帰宅後、下回りを含めて、しっかりと水洗い。幸いにも、融雪剤を拾い集めた
ような汚れ方はなく、出発前よりむしろ綺麗になっているぐらいではあった。
だが、油断は大敵。錆は油断から発生するのだ。念を入れて、よく洗っておく。

さて、課題。何よりも、リアがサイドでまったくロックしないという点が問題だ。
なんでだろう?まだ、パッドのアタリがついていないのか、それとも、リア回りに
何か致命的な問題があるのか。フットブレーキを踏むと、後ろから引っ張られる
独特の制動感は発生するから、アタリがついてないことはないと思うのだが。

ついでに言えば、大変に寒いところを走ったにも関わらず、ブレーキの抜けは
一切再現することはなかった。とりあえず、これで修理完了、としておこう。



もう1つついでに言えば、運転席側ウェザストリップから、軽い水漏れがあった。
やっぱり、車体側だけでなく、屋根側とドア側のゴムも交換が必要っぽいな。


2/7

仕事はますます混迷の極みとなり、いつ果てるともない残業地獄は今月も続く。

つまり、収入と支出のバランスが前者側に激しく傾いた状態になっているわけだが、
そんなこともあって、半ば発作的に LCD ディスプレイが欲しくなる。その火元が何だったか
もはや正確に思い出すことはできないが、とにかく、気が付いたときには激しく欲しくなっていた。

ただ、その理由の1つとしては、現在使用中の CRT モニター(NANAO FlexScan T561)のサイズが
ComicStudio でイラストを描くにはあまりにも小さすぎるということにあるのは確実だった。17インチでも
解像度は 1600x1200 まで設定可能であるし、その大きさで常用することも充分に可能な性能を
持つモニターであるとはいえ、物理的な縦寸法の小ささはどうにもならない。B5 サイズの
原稿を原寸で写し出すのが精一杯。紙原稿と違って目を近づけられないので、かなり厳しい。

というわけで、画面の大きさを第一優先事項として、数日ほど多面的に吟味する。会社の近くにある
PC 屋にも出向き、二、三番目の懸念事項であった「発色性能」「動画性能」を肉眼で見て確認したりして
購入したあとの後悔がなるべく少なくなるようにしておく。あらかじめ妥協できていれば、問題はないので。



その結果として候補に上がったのが、Dell の 2001FP だった。

  • 安い(時期を選べば、実売 \65k 程度。19インチの中級品と同程度)
  • 画面が広く、解像度が高い(20インチで 1600x1200。19インチだと 1280x1024)
  • 発色性能は必要充分(会社で使っている 17インチの Dell モニターから推測して)
  • 回転可能なスタンドが付属(アームに追加投資をしなくても縦画面にできる)
最初、やっぱり NANAO を選んだ方がいいんじゃないか・・・とか、いろいろ考えた。かなり考えた。
だが、19インチ LCD モニターをいろいろ見比べているうち、結論した。10万円以下で選ぶのならば、
NANAO もそれ以外も値段差ほど変わらない。
輝度が安定するまでの時間がどーたらとか、
使い勝手の点ではいろいろあるようだが、会社にある Dell の 17インチ液晶で不便を感じたことが
いままで一度もなかったというのが、NANAO を切る最大の理由となってくれた。また、別の会社の
18インチ LCD モニターも使っていたのだが、実はこれもまた安物系であるとはいえ、テキスト処理では
なんの問題もないパフォーマンスを見せてくれていた(グラフィック処理はやったことがないので不明)。

まぁともかく、2001FP は「安い・広い・縦にできる」の3条件が揃っているので、仮にグラフィックで
ほとんど使い物にならなかったとしても、他にいくらでも使い道があることは確定している。



というわけで、偶然にも(?)割引セールが今日までに設定されていたので、終了15分前に滑り込みで注文。


2/10

注文後、3日で到着。15インチのタイヤぐらいならば入りそうな大きさのダンボール箱が送られてきた。
パカパカと開封し、検品。ゴミが山積みになっている小さな卓袱台、いや、作業机の上を適当に片付け、
Dell 箱の中から取り出した、私の肘から手の平までとほぼ同じ大きさのアームを机の上に置く。

で、でけぇ・・・アームだけで、既に机を半分ぐらい占領している・・・

今回の買い物で唯一の失敗は、置き場所を考えていなかったこと。なんとかなるさーと気楽に考えていたが
現実は、気楽でもなんでもなかった。とにかく、ゴミを少しづつ机の上から床の上に落として場所を広げ、
20インチ LCD モニターを組み立てていく。ううむ・・・パソコンラックの改良を急がねばならぬ・・・



ともかく、既存の CRT モニターの横付近に置くことに成功。仮設置はこれで完了とする。
ひきつづき、配線を開始。アメリカンサイズな AC アダプターを適当なコンセントに接続し、
LCD モニターの裏側の DVI 端子を、メインマシンのグラフィックボードの DVI 端子と接続。
メインマシンの電源を投入し、デュアルディスプレイの設定を行う。んが、虫の居所が悪いのか
5秒で完了する予定だった設定が、1時間ほどかかってしまう。プライマリモニターの設定が
どうやっても CRT から LCD に変わってくれないためだ。ハマる寸前に、なんとか完了。

ともかく接続が完了したので、早速、描きかけのたま姉絵を同時に表示し、肌色をメインに、色を比較。
7500k に色温度を設定した T561 と比べると、sRGB に設定した 2001FP の表示は、白いところは青く
青いところは黄色く
という感じになっている。それ以外の中間調は、それほど気にならない程度の差。
青色のガンマ曲線が微妙に違っているという感じだろうか。ただ、上記のようなことが気になるのは、
あくまで CRT と並べて色を比べた場合。単体で見た場合、色かぶりに気づくことはないだろう。

また、某巨大掲示板でよく言われる「ギラつきがどうたら」という話であるが、よく見れば確かに、
表面にホコリがこびりついたようなザラツキがないわけじゃない。だが、60cm も離れてしまえば
目に見えてわかるレベルではない。一日 12時間もかぶりついてゲームでもやるような使い方なら
気になるかもしれないが、休憩をはさみながら原稿を書く程度の使い方なら、まず問題はなさそう。

なお、予想外だったのは、ビデオ入力および S端子入力の性能の低さ。入力した画像を等倍(640x480?)で
表示する分には美しいのだが、画面一杯に拡大したりするともう全然ダメ。320x240 の MPEG4 画像を
拡大して表示したみたいに、ノイズざらざらになってしまう。PC で動画再生をした場合は奇麗なので
まず間違いなく、これらのビデオ信号処理回路がダメすぎるということだろう。その点だけは残念。



とまぁ、良い点も悪い点もいろいろあるわけだが、ぶっちゃけ「買い」なモニターだと思う。


2/13

夏コミ申し込みを、インターネットにて完了する。ジャンルは引き続き TYPE-MOON。

ネタは何にするか、って?うーん、実ははっきり定まっていないというのが正直なところ。
あれも書きたい、これも書きたい。でも書いてる時間がない、という状態なので・・・


2/18

さて、今日は。またもや(?)ヲタク業務。我らが唯一神、造形と衝動買いの神様
シモフリ師がワンフェスにディーラー参加するということで、その手伝いに行く。
メンバーは、いつもの小悪党コンビ。AZ-1氏を助手席に装着した私のカプチーノが
銀の弾丸と化し、有明にて行われる造形祭典に突撃する!いつものように!



というわけで、我がカプチーノは箱船となり、東京までの往復業務を果たさねば
ならない。不安点はすべて潰しておかねばならぬということで、運行前点検を。

まず、ブレーキを点検。ブレーキそのものは問題なかったが、リザーバタンクから
フルードがダダ漏れになっていた。漏れている場所はどこかというと、タンクと
蓋の間の隙間から・・・って、またあれか、フルードの入れ過ぎか!(痛恨)

つづいて、四輪の空気圧を点検。左前だけ 150kPa、それ以外は 190kPa だった。
ほっほーぅ。なんだかフィーリングが微妙に変だよなぁと思ってたら、あろうことか
1輪だけスローパンクチャーしてるってか。負けねぇ。全て 200kPa に加圧しておく。

さらに、冷却水を点検。高速道路を延々と走行するわけなので、念の為に
キャップを 1.1kg/cm2 のものに変更する。そのついでに、エア抜きを実施しておく。
いつものパターンだが、結構、空気が出てくる。いっぺん、空気の成分分析してみたい。



こうして、あれこれ確認してとりあえず満足できる準備を整えたら、13時半ごろに
自宅を出発。AZ-1 氏を 14時頃に拾い、三条通を越えて京都東 I.C. へ向かう。
その途中にあるコンビニに立ち寄り、夜のお楽しみ(?)となるアルコール類を
含め、食糧を調達。高速道路に乗ってしまうと、アルコールは入手できないしね。

調達を完了したら、京都東 I.C. から高速に乗る。ETC ゲートを通過するまでは
厳重に封印(?)していた F100 キットの実力を開放。妥協なくアクセルを踏み、
全開加速。立ち上がるブーストと、高まる排気温度。それらとタイミングを合わせて、
助手席に座っていた AZ-1氏 がうわぁーこれいいわぁーと溶けていく。ぬふわ超の領域を
普通に使える領域に変えてしまう「+α」のパワーに、ひどく興味を惹かれた様子だった。

そう、これが F6A の本来の姿なのだ。

その後しばらくの間、タービン交換の魅力について説く。説き続ける。考えてみれば
既に車齢は 14年。少しずつ旧車と言われるカテゴリーに近づき、改良よりも維持が
一番の課題となってくる昨今。今しか、このおもちゃで全力で遊べる時期は無い。
今やらなきゃ、いったいいつヤルってのよ!いやマジで。今が最後のチャンス!



そんなことを語り込みつつ、彦根を過ぎて米原分岐の直前にさしかかる。ほぼ
制限速度で流れる走行車線を尻目に、後方によく警戒しつつ、即座に減速可能な
+αの速度で追い越し車線を走っていると、猛烈な速度で SL600 が追い付いてきた。
特別に遅いということもなかったのだが、SL600 は猛烈にパッシングを開始する。

先を急ぐために追加料金を支払って有料道路を利用する人を無益にブロックする
ことは、最も忌み嫌うべきことだ。左車線の先のほうを見ると、2〜3台分ぐらい
入れる隙間があった。とりあえず左ウインカーを出して道を譲る意思を伝えつつ
その隙間に到着。白いクラウンの前に滑り込んで車速を落とし、右ドアミラーを
確認。SL600 の後ろには隙間があるから、戻るならば SL600 の後ろだな。

SL600 が猛烈な速度で追い越していくタイミングで右ウインカーを上げ、追い越し
車線に戻る意思を表明。ほぼ同時に、私の後方を大きめの車間を空けて走っていた
白いクラウンが右ウインカーを出し、先に追い越し車線へと入った。あれだなぁ、
SL600 はかなり飛ばしそうだから、露払い役をさせようっていう腹だろうなぁ。

案の定、クラウンも猛然とした勢いで加速。こちらも同じ腹だったので、当然
クラウンが過ぎたあと、追い越し車線に入り、全開加速で追従。メーターの針が
一瞬で振り切る。さすがに大排気量のセダン、露払いどころじゃないペースで・・・



メーターが振り切って、2〜3秒ほどもしただろうか。初速差のために、かなり
車間が開いてしまった先行2車両の付近で、何やら赤灯のような明滅が見えた。
最初は「対向車かな?」と思ったが、違う。何かが違う・・・ひ、ひょっとして。

覆面だった。クラウンは。

赤灯のように見えたものは、まごうことなき伝家の宝刀、赤灯そのものだった。
クラウンの屋根で煌々と輝くソレは、何よりも激しく、前走する SL600 を威嚇。
生意気にもトロトロと追い越し車線を走る軽自動車を押し退け、メルツェデスの
強心臓をフルに活かした胸のすくような怒涛の加速を開始したところの SL は、
あまりにもあっけなく御用となり、とても高い追加料金を支払うことになった。

力無く減速し、前後を入れ替わった覆面クラウン後部に仕込まれた電光掲示板に
赤字で表示された案内通りに追従し、路肩でしょぼしょぼと停車する SL600。
あ〜あ。飛ばすときは、前が3割、後が7割。頻繁な "チェック・シックス" が
鉄則ですよ?あと、追いついてくる車両は必ず先に行かせる。これも鉄則。



浜名湖 S.A. で一時休憩。その後、富士川 S.A. まで距離を稼いだところで、
ガソリン残量計の針がEに達する。ちょっとハエーよな、と思うんだけども、
序盤でイキがった走りをしてたから、まぁしょうがないのかな。冨士川で給油。
24L ほどを飲み込む。残りは 6L。燃費は 16.5L 程度。悪くないが、良くもない。

その後も特に目立った問題もなく、ほぼ予定通りか、すこし早めの19時過ぎに
宿泊地点であるところの足柄 S.A. に到着。荷物を降ろし、「レストイン足柄」に
チェックイン。夕飯を食ったら部屋に戻り、プチ宴会を開始。AZ-1 氏ともども、
これまでに溜まりに溜まった鬱憤を晴らすかのような勢いで飲み続け、、、


2/19

目が覚めたら、7時半を過ぎていた。うわぉぅ!?

起床予定は6時ぐらいだったような気がするが・・・どうやら、AZ-1 氏ともども
あまりにも疲れが溜まりすぎていたらしい・・・が、今更慌てても始まらない。
たっぷり(?)眠ったお陰で、それはそれなりに頭もスッキリして快調だ。

朝飯を S.A. 内のマクドで確保したら、8時に出発。タイムスケジュール的には、
遅延はあるものの、まだ想定の範囲内(?)ではある。開幕には充分間に合う。



幸いにも、予定を阻害する最大の懸念事項であった渋滞は全く存在せず、ほぼ
予定通りの9時過ぎに到着。\1500/day の有料駐車場にクルマを押し込み、早足で
スペースに到着すると、そこでは我らがしもふり社長が、いつものように我々を
気にもとめず、マイペースで作業をしていた。さすが社長!殺る気満々だぜ!

手伝う素振りをみせつつ、しもふり氏の力作を拝見。なんとなく思いついて
掲示板に書き込んだ "茹沙都子" が、ホンマモンの立体になって、存在していた。
ただ「鑑賞する」だけの造形なんて面白くない、これからは「使える」付加価値を
つけたものが造形の主流になるんだぜ!とかいう大義名分は特になく、おそらく
単に、作る工程が面白いから作ったというマインドによる所業だと思われるが、
実際に行動して作ったっていうことは、間違いなく称賛に値することだ。

ネットワークの発達により、データーの引き出しが無限大に広がりつつある昨今
蘊蓄だけ語ることができる奴の価値と比べ、実際にソレを実行できる奴の価値は
けた違いに高い。いや、よりくだけていうならば、価値っていうよりは、面白さかな。



そして開幕。何をするというわけでもなく、時間を湯水のように浪費する。
これがまた大変に気分がいい。カリカリに追い詰められた生活を続けていると、
ただ、往来に面するベンチに腰掛け、何も考えずに人の横顔を見続けるような
そんな無為なことにも幸せを感じるものだ。頭のなかをまったく白くできる幸せ。
学生時代までは、そんなものはたっぷりあったはずなんだけどな。消えたよな。

まぁ、そんな感じで密やかにイベントを楽しみつつ、同じようにキリキリまで
引き絞られた輪ゴムのような生活を送って疲弊しているすきやき工房社長とともに
いろいろ愚痴る。・・・いかんな、この年度の人間は、もう誰もかれもが爆発寸前だ。
仕事に対する価値基準が大転換する大きなうねりの真ん中あたりに位置するため、
旧来のルールでうまくやってきた人間と、これからのルールにしか向いていない
人間の狭間にしかない狭いポケットに落ち込み、精神的にどうにもならない状態だ。
非日常の権化である全国規模のイベントに出ても、この人間バルカン半島共からは
まったく火薬を取り外すことができないときたもんだ。たいへんに困ったものだ。



イベントの内容そのものは涙を飲んで(?)省略し、時計の針を進める・・・

というわけで、17時にイベントは無事終了。3名で撤収作業を行ったのち、打ち上げ(?)として
ビッグサイトの向かいのビルの 2F にある食堂にて、夕飯を食う。こんな時間に夕飯だなんて、
もう何ヵ月ぶりだろうか。また、人と談笑しながら飯を食うなんて、これも何ヵ月ぶりかなぁ。
そう考えると、生きるために働くことが、生きている意味を壊しているような気もする。

しばし談笑したのち、すっかり暗くなったビッグサイト前交差点付近で、しもふり社長と別れる。
時計を見れば、時刻は 19時過ぎ。さぁ、何時頃に、京都へ帰りつけるだろうかな?



閑散としたガレージで待っていたカプの元に戻り、AZ-1 氏とともに乗車。エンジンを暖めつつ
帰路を検討する際の情報を収集するため、FM-VICS の受信を行う。だが、電波が弱いせいなのか
暖機が終わる頃になっても、まだ受信が完了しない。しょうがないなぁ・・・VICS の表示モードを
ビーコンに切り替え、ゆるゆると出発。いつものように、一旦東雲方面に向かい、晴海通りへ。

晴海通りの起伏を越えた(って、埋め立て地なのに、なんで起伏があるんだ?)先の交差点を
左折し、有明テニスの森北側の道路を通過。この時点でも、まだ渋滞情報は受信できない。うーん、
ぇぃ、いいか。どうせ、休日夕方過ぎの首都高台場線から C1 なんて、渋滞していない理由がない。
都内の下道の様子を学べるまたとない機会でもあるんだし・・・ということで、下道ルートを選ぶ。

首都高台場線入り口をパスし、そのまま下道で海を越える。幻想的としかいいようのない景色を
橋の上からながめつつ、ぐるりとループして本土へとタッチダウン。芝浦埠頭を北上し、新日の出橋を
渡った先で道なりに左折。歪な交差点を越え、第一京浜へと合流。首都高の入り口を探しつつ走る。
少し走ると、すぐに C1 の高架とぶつかる。この手前を左折して少し走ると、地図を見る限りでは
いくつかのランプがあるようだ。だが、地図の情報は荒っぽすぎて、どちら回りに流入する or
どちら回りから流出するランプなのか、よくわからない。以前も挑戦したが、結局、意図する
入り口を見つけることはできず、挫折した経験がある。同じ失敗だけは、するまい。

まぁ、とりあえず第一京浜を北上していれば、首都高から遠く離れることもなかろう。気楽に考え、
この先の誘導・・・つまり、ナビゲートを AZ-1 氏に託す。慣れない手つきでリモコンを操作し
流入可能な入り口を探す AZ-1 氏。だが、都内の道路がまったく混雑していない現状では、
探索の速度よりも、クルマが進む速度のほうが速い。結局、思うようには見つからない。

それでもやがて、東京駅付近を走る首都高に、何やら入り口がありそうだという結論が下される。
いわゆる KK線という奴だ。よくわからないが、とにかく曲がってみよう。適当な交差点を左折し、
首都高に向かって走る・・・が、期待していたような入り口が見つかるどころか、気づいたら
首都高どころか、山の手線と思しき JR の下まで潜り抜けてしまう。これはいけない。

その先に存在した交差点を、とり急ぎ右折。通過した後から確認すれば、その交差点というのは
何度も歩いて通過したことのある、有楽町フォーラムの角だったらしい。少し走った先の
適当なところで停車し、あらためて現在地点を確認したときに発覚。日が暮れた後という
まったく見慣れない光源状態において、自分の感覚がどれほど頼りにならないかということか。

しかし、一旦場所が判明してしまえば、頼りにならないとはいえどもこの辺りの脳内地図は
全くないわけではない。カーナビの案内に頼るよりは、確実なルートを選定できる。手早く検討し、
帰路を確定する。このままこのルートを北上すると、東京駅丸の内口前を通過する。そのまま先へと
進めば丸の内、そしてそこを左折すれば大手町。大手町を北上すれば、神田橋 I.C. がある。

というわけで、真っすぐ走る。東京駅の前の赤信号で、ふたたび一旦停止。なんとなく右を見ると
そこには、夜の闇の中、暖かな色合いにライトアップされた東京駅の美しい姿があった。心を奪われる。
実にオモチャっぽくて寒々しい京都駅の姿と比べると、東京駅はなんと美しい姿をしているのだろう。



・・・あ。青信号になった。名残を惜しみつつ、先へと進む。道路は緩やかにくねったあと、丸の内 orz
じゃない丸の内 OAZO の前を通過し、次の交差点を差し掛かる。ここを左折。一昨年、仕事で来たときに
雪に降られながら歩いた道だなぁ。そのまま西へ進み、2つめの交差点を右折。まもなく、目的地となる
神田橋 I.C. に到着。コミケ帰りのとき、いつも使う(?)首都高入り口である。思い出が次々と去来。

ここまで来れば、あとは淡々と高速道路で西へと向かうだけだ。もはや、とくに混雑もしていない
首都高を反時計回りに進み、トンネル内で分岐する4号新宿線へと入る。交通量は相変わらず多いが、
渋滞は無し。高井戸と八王子を通過し、中央道へ。ここに至るまでまったく渋滞はなく、当然ながら
この先も渋滞はない。燃料の無駄遣いだけはしないよう、アクセルを調整しながら先へと走る。



山を1つ越え、談合坂 S.A. に到達。ここには、本格的なカレーを出すカレー専門店があるらしい。
こういうことにはやけに詳しい AZ-1 氏が、無類のカレー好きである私に教えてくれていた情報だった。
当然ながら、この2名が同時に行動している以上、その店を横目に見ながら通過する理由がない。
夕飯はさっきしっかりと食ったような気もするが、カレーは別腹だ。誰がなんと言おうと別腹。

専門店は、下り S.A. の施設内にある。机と椅子が設置された共用休憩スペースに面した位置に
何気なく設置されているその店は、つまりオープン形式の店舗となっている。幸いにも、20時過ぎの
この時間では、休憩スペースは人も疎ら。落ち着いた雰囲気で、ゆっくりと食事ができる。

僅かに漂うカレーの香りに魂を引かれつつ店の前に立ち、何を食べようかと心踊らせつつ考える。
本格的な(?)インドカレーのため、カレーの相手にはご飯とナンの2つが選択できるようになっている。
この場合は、当然ながらナンを注文。で、肝心のカレーのほうは・・・レジの前に立ってゆっくりと考えて
いるうち、先に AZ-1 氏が注文を通す。そのオーダーに従い、無口な店員さんは黙々と、より正しく言えば
大変無愛想に仕事を進める。だが、無愛想なだけならばいいのだが、たぶん別のことを考えてでもいたのか
注意力が失われていた。カレーの入った器を振り向きざまにお盆に置こうとしたようだが、勢い余ったらしく
お盆へ超ハードランディング。いや、器じゃなくて中身が。お盆の上で力無くねっちゃりと広がっていく
カレーの残骸が5割。そして、残りの5割は周辺の空域へと高速に拡散し、1秒以内に全て着弾。

・・・その場に居合わせた店員、AZ-1氏、そして私の3名は、全員硬直。

慌てて器を引き、お盆を交換する店員。いいよ、この予想外の悲劇に対する迅速な対応はとてもいい。
だが、その悲劇の爆心地の直前に立っていた私に対して、真っ先に何か言葉はないのか。例えばそうだな、
「貴様はこのカレーを避けられなかった。これが現実の爆弾だったら、直前に居たお前は死亡している。
訓練は終わりだ!集合地点に戻り待機しろ。この失敗をしっかり反省しておけ」
とか・・・いや、そうじゃ
なくて、すみませんだの、カレーは服についていませんかだの、なんか真っ先に言うことがあるんじゃ
ないのか。そんなことを思いつつも、ざっと服に目を走らせ、カレーが付着していないことを確認。
幸いにも、カレーは全て私を避けたらしい。大丈夫のようだった。不幸中の幸いというべきか。

かような予想外の事態が起きたものの、ともあれ AZ-1氏と私の両名とも、自分が望んだカレーを入手。
はなまるハンバーグを目の前にした雛苺のように心の中で喜びつつ、ナンをちぎってカレーに付けて食う。
・・・うむ。噂どおり、確かに美味いですよこれは。自己主張し過ぎないスパイス同士が密に絡み合い、
絶妙の辛みを作り出している。いやぁ、高速道路上で、こんなに旨いカレーが食えるだなんて。
長生きはするもんだ、と言えるほど長く生きてるわけじゃないけど、本当にそう思った瞬間。



カレーのパワーで元気を回復。勢いに乗り、一気呵成に諏訪湖 S.A. へと駆け登る。到着時刻は 22時過ぎ。
出発が遅かったせいか、途中で飯を食ったせいか、例年よりはほぼ1時間遅いペースだ。逆に、1時間ぐらいで
収まっているというのが不思議というべきか。いずれにしても、あんまりゆっくりしてはいられない。さっさと
土産(野沢菜漬)を購入し、出発。S.A. を出る前にガソリンの残量をチェックする。少し、心もとない。さすがに
あれだけ登り区間が長いと、燃費も落ち放題。出口の給油所で給油後にチェックすると、16km/L ちょいという
結果になった。この数字は、04年夏にタービンのコンプレッサが吹き飛ぶ寸前に記録した値と同じ。
なんとなく、嫌な予感が脳裏を掠める。そんなに寿命が短いのか?タービンって奴は・・・

以後の区間も、実に順調。長野道との分岐で中央道側を選択し、南下。真っ暗な空間をひたすら走り抜け、
駒ヶ岳、恵那を通過。やがて、土岐にさしかかる。普段であれば、このまま真っ直ぐに中央道を走りつづけ
小牧 J.C.T へと出るのだが、思うところがあり、ここでルートを変更。漆黒の景色の中に突如現れた
左への分岐レーン。まるで I.C. 出口に繋がるかと思われる形状のそれは、実は J.C.T である。

迷うこと無くウインカーを出し、分岐レーンへと入る。高度を上げて中央道を横切ったのち、再び分岐が
現れる。これも迷うこと無く、「関」方面を選択。そう、関〜土岐〜豊田を結ぶ、東海環状道への J.C.T. だ。
豊田道路と名高いこの有料道路は、どのぐらいの規模で作られたのか。それを実走によって体験する。



まるで山道のような傾斜で作られた J.C.T を走り、東海環状道へ合流。時間のせいかどうなのか、
前後を走るクルマは、一台として見当たらない。ペースがわからないので、適当な速度で走っていると
やがて、制限速度を知らせる看板が現れた。えーっと、どれどれ。。。なに?70km/h?たったの 70?
最低でも 80km/h だと思っていたので、少し驚く。有料道路扱いだったら 60km/h のはずだから、この道路は
そういう規格の道路ではないということだ。なんというか、中途半端だなぁ。ただ、中途半端にしてある理由も
わからなくもない。まだ、現時点では一車線しかないのだ。地方の有料道路にありがちなパターンだ。

ともかく、走る。真っ暗な景色の中で細く長く続く東海環状道であるが、これがまた大変に不気味な道路。
何が不気味かと言っても、トンネルの出口に近づくたびに、レーダー探知機が鳴動するのだ。

だいたい高速道路のトンネル出口といえば、ちょっとしたスペースが用意されていたりして、そこには
速度検知レータの入ったでっかい箱を屋根にしょったパトカーが止まっていたりして。不用心な速度で
トンネルを抜けると、あっけなく御用になっちゃたりする。それが相場というものでありまするよタカくん。
だから、トンネル出口付近でレーダー探知機が鳴動するというのは、現実にありすぎる状態なのだ。

だが、警戒して速度を落とし、トンネルを出てみるとそこにはパトカーどころかスペースすらない
移動オービスや固定オービスの類なんてのもない。じゃあ、すぐ近くを走る一般道路沿いにある
コンビニの自動ドアから出ている電波・・・とか思うでしょ。だが、トンネルのある区間=山の中
なのである。当然ながら、コンビニなんてものが存在するはずもないわけである。。。

こ、恐いよ〜

大体、時計を見れば既に 23時過ぎ。日曜日の深夜というタイミングで、わざわざ取締りに出てくる
レーパトなんてものが存在することは稀だ。稀なのは分かっているが、それでもそれを警戒せざるを
得ないぐらい、このニセ警報はあまりにもリアルなのだ。マジで、この電波は一体何なんだ?

まぁ、これもトヨタがこの道路を使って何かを実験している証拠の1つなのだろう、とか考える。



しばらく走り続け、美濃加茂 S.A. へ到着。ここは、東海環状道で唯一存在する S.A. である。
位置的には、日本昭和村というレジャー施設の真横、というか半分ぐらい一体化した場所にある。
(最初、「明治村」と思っていたのだが、「昭和村」であった。まったく違う施設らしい)

なので、駐車場も共用?している節があり、この S.A. から昭和村に行けそうな道路案内看板が
立てられていた。ちょっと興味がわいたが、時間も時間だ。この、トラック数台が止まっているだけの
非常に閑散とした S.A. の探検だけにとどめる。施設もしっかりと作られており、なかなか良さげな
S.A. であることがわかったが、何よりも良い点はこの S.A. の給油所はセルフなので少し安い
というところだ。他にもセルフスタンドとなっている P.A. は何カ所かあるらしいが、美濃加茂 S.A. は
その中の1つである。東海環状道の真ん中にあるというのは、実に興味深い。つまりあれだ、
ループアタッカーはこういった施設をうまく活用し、経費を抑えろという(後略)



探索を完了したので、いざ出発。本線に戻り、終着点となる美濃関 J.C.T を目指す。相変わらず
ペースが掴めず、制限速度でゆるゆる走り続けていたせいか、それまで一台も居なかった同行車が
突如増え始めた。気が付けば、私を先頭とした十台規模の大名行列が発生。うわ、こりゃいかんわ。
富加関 I.C. を利用して後続車を全て先に行かせ、この道路の基本的なペースを教えてもらう。
結論としては・・・まぁ、アクセルは踏めるだけ踏め、というペースで特に問題ないようだ。

暗闇を走り続け、ようやく美濃関 J.C.T へ。ぐるりと回り、東海北陸道上り線へと合流する。
この時点で、ナビが表示する京都への到着時刻は、2時前となっていた。東海環状道に分岐する前は
1時半と表示していたはずだから、S.A. での探検時間 5〜6分を含め、およそ 30分程度のロスが
発生していたことになる。うーむ。S.A. での休憩を我慢し、また、ペースをかなり上げたとしても
30分の差は縮まらない。純粋に、距離が無駄に長いということなのだろう。あまり実用価値は無い。



その後は特にイベントもなく、東海北陸道と名神を淡々と走り続ける。草津 P.A. でトイレ休憩を
挟んだ程度なので、時間的ロスは無し。ナビの予告通り、2時前頃に到着する。いつも利用する GS へと
向かい、その場で給油。ついでに、今回の行程での総燃費を計算すると、16.8km/L となった。どうも
諏訪湖 S.A. で給油した後の燃費がかなり伸び、中央道登り区間での燃費の悪さは相殺されたようだ。
やっぱりアレだ。タービンを変えようが何をしようが、アクセルを踏まなければ燃料は使わない、と。

その後、総ガソリン代金を計算。ハイオクなのでちょっと高いが、それでも \9k。その場で折半する。
これに、高速道路の片道代金 \5k と、足柄での宿泊費用 \5k を足すと、最低限の経費は \15k と出る。
これすなわち、チャンピオン戦エントリーフィーとほぼ同額。うーむ、いろいろ考えさせられる話だ。



後始末は全て完了。あとは、AZ-1 氏を家に送り届け、3時に自宅へと帰投する。はぁー、疲れた。
あまり疲れていないつもりだったが、やっぱり疲れた。なぜなら、京都に戻ってからずっと、妙に半クラが
やりづらかったからだ。恐らく、足腰に疲労が溜まっていたのだろう。寄る年波には勝てないねぇゲホゲホ。



・・・あ、そうそう。今回の往復で装着していたブレーキパッド(TypeZA)だが、フィーリングは
何とも微妙。かなり深くまで強く踏み込まないと、制動力が立ち上がらない。絶対的な制動力が足りて
いないということはないのだが、問題は「止めたい!」と思ったタイミングと、実際に制動が始まる
タイミングに、どうしても大きなズレ(遅延)が発生してしまうことにある。慣れてしまえば
どうということはないと思うが、初期制動の反応が速いパッドを使っていた期間が長い、
っていうかほとんどなので、このフィーリングに慣れるにはこれまた相当な期間が必要だろう。

また、推測であるが、このパッドは少なくとも峠やジムカーナ場を走る分には、適さないような気がする。
これはこれで置いておくとして、また別のパッドを用意しておいたほうが良いかもしれない・・・(散財)


2/20

昨日とはうって変わって、今日は朝から天候が悪い。空からはポタポタと雨の滴が落ちてくる。
辛うじて(強引に)有給を確保した今日は、カプの整備三昧で過ごそうと思っていたのだが・・・
だが、雨であろうとなんであろうと、チャンスは今日しかない。怯まず、E/G オイル交換。

ボンネットを開け、エンジンルーム内をざっと点検。出発前に奇麗にクリーニングしたはずの
ブーコンのフィルターが、もうオイルでベトベトになっている。うわー、これって吸気系に廻った
ブローバイだよなぁ。すごい勢いで吹きまくってるよ。何かがおかしいのか、それともこんなモンなのか。

雨が流れて濡れているコンクリートの駐車場にダンボールを敷き、クルマの下に潜り込んでオイルを抜く。
じっと眺めて点検する。異物なし、鉄粉の渦巻きなし。色は黒い。磁石には微量かつ微細な鉄粉が付着。
全てはいつもの通りで、特別な異常は見られない。よし。これでまずは一安心。ドレンを閉めて清掃。

投入するオイルは、QuakerState 5W-40 の最後の 3L だ。だが、何を間違ったか、2.8L 程度しか
残っていなかったので、あと 0.5L ほど FK Massimo の STREET-S を投入し、ゲージの F に合わせる。
STREET-S は 5W-30 だから想定粘度よりは少し柔らかいが、まぁムチャをしなけりゃ大丈夫でしょう。


2/25

先週の遊びすぎ(?)の代償というわけではないが、今週も休日出勤。毎日9時0時で仕事して、かつ休日も
潰れまくりという状態。仕事中は息抜き時間なし。もっと過酷な仕事はゴマンとあることは知っているけど、
しかし SE 仕事は密度で見るとかなり過酷。全然オッケーなんていうことはない。なんとかして。もう限界。



というわけで、今日もまたカプに乗って出勤し、全開で働き、日が変わる頃に会社を出る。
このまま真っ直ぐ自宅に帰るか。まるで、卵を産むためだけにケージの中で生きている鶏のように。

気が付くと、帰宅ルートを大きく外れ、京都南 I.C. から高速道路に乗っている自分が居た。

ふむ。これも正解だ。大きくアクセルを踏み込み、高まるエンジンの音と早まる景色の流れという
極上の麻薬を、腐った精神に浴びせ続ける。吼えろ、吼えろ、吼えろ、吼えろ。腐るな、吼えろ──

小一時間で、いつもの P.A. に到着。広い駐車場の端のほうに停車し、アイドリングしたまま
ボンネットを開けて各部を点検。なんとなく、であるが、いつもよりもちょっとメカノイズが大きい
そんな気がするんですヨ やっぱりケチって混ぜオイルにしたのがいけなかったんですかネ



往路で精神の残骸を燃やし尽くしたので、I.C. から降りたらもう帰りはノロノロと、半屋根空けて
半オープンというくたびれた格好で帰る。石山から大津に入り、深夜の市街地をまったり走る。
琵琶湖からサラサラと流れてくる新鮮な風に吹かれ、昼の汚れが浄化されていくのが深夜。
シシ神様が何かやってらっしゃるのからっしゃらないのか知らないが、それは現実だ。

それにしても、オープンだと全然飛ばそうとしなくなってしまうなぁ。面白いなぁと思う。
ていうか、とにかく楽しいなぁ。ゆっくりだろうとなんだろうと、走るのは本当に楽しい。
もういいや、何がどうであっても。ただこうして、なんとなく、流れていく・・・

浜大津の、なんだか締まりのない構造の交差点を左折し、山科方面に向かう。とろとろと坂を登り、
R1 との合流の赤信号でしばし停止。もう、この時点で、本当の本当に燃え尽きていたんだろうなぁ。
信号が青に変わったあとしばらく、坂道発進のやりかたを思い出せず、3秒ほど立ち往生する。

・・・もう、なんというかな。コレって、坂道発進とかやりかたとかそんなことを言っているレベルの話じゃ
ないような、そんな気がしてしまうんだけど。もう、わけわかんない。今はもうそういう精神状態。

とりあえず頬を叩いて気合い(?)を入れ直し、のろのろと走って無事帰宅。そして爆睡。