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Cappuccino 日記(2006/9)

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9/2

今日からおよそ一週間、かなり遅れてきた夏期休暇に入る。

社会人にとっては1日でも貴重な休暇が、9日間も付与される。
これ幸いにあれやこれやの予定を計画しまくったため、始まる前から
いささか食傷気味ですらあった休暇だが、来てみるとやっぱ嬉しい。



さて、そんな休暇の初っ端2日間は、あさい師匠のサポートに入る。
といっても別にホテルに缶詰にして冬コミ原稿書かせるとか、そういった
方面ではない。あさい師匠の本業(?)ジムカーナのサポート業務である。

実は、昨年もほぼ同じ時期に実施したことがある。そう、全日本ジムカーナの
サポート。一億以上の人間がひしめく日本列島において、スラローム競技で
最も速いタイムを叩き出せる人を決める。つまり、一億分の一を決める。そんな
ビッグな競技に挑む選手を、選手の緊張もどこ吹く風で居眠りなんかしながら
タイヤ交換などの軽作業を適当にお手伝いする。そんな美味しい役回り(?)

だが、美味しい役回りは、苦労しないと得られない。休暇に入るまでにやっつけないと
いけない仕事がたっぷりあったので、前日は帰宅が結構遅くなってしまったのだが
本日の起床は4時半。眠い目をこすりながら、なんとか起床。うあ、久々に
こんな時間に起きたせいか、体力的にかなりきっつい。がんばらねば。

食事を済ませ、しばらくすると5時半。出発予定時刻になったので、荷物を積んで
出発。半袖半ズボン姿で外に出る。ちょっと肌寒い。つい先週ぐらいまでは、
この格好でもクソ暑かったんだけどなぁ。ここ数日で、かなり涼しくなった。



出発直後、ガソリンの残量が半分ぐらいしかないことに気づく。鈴鹿までだったら
半分もあれば余裕で到達できるが、現地での移動、および現地からの帰還分を
考えると、半分だとちょっと心もとない。24H 営業のセルフスタンドで給油。

これで、ちょっと時間をロスった。ロス分を取り返すべく、ペースを上げて進む。
ルートはいつものように、宇治から天ヶ瀬を抜けて R422 に入り、R307 を経由して
壬生野 I.C. から名阪国道に入り、伊賀 S.A. へ向かう。ここで師匠と落ち合う。

というわけで、少し交通量の増えだした宇治をざっと抜け、天ヶ瀬に入る。薄い
朝靄に包まれた天ヶ瀬はバイクぐらいしか走っておらず、いい按配だったのだが
天ヶ瀬を抜け、曽束大橋を渡った瞬間に濃い霧に包まれる。さらに、前のほうには
大型ダンプがゆっくりと走行。視界さえ利いていれば追い越しでもなんでもできた
だろうが、霧で遠方視界が利かない以上、無理は不可能。ペースを落とされる。



まったりとしたペースで大石曽束を抜け、R422 へ。ここで、同じようにゆっくりと
走っていた他の前走車を抜いてペースを上げるも、 1km も走らぬうち、別の車団に
ぶつかる。車団は、至る所に設置された工事用信号にほとんどすべてひっかかる。
まるでペースが上がらない。ってか、R422 大石バイパスの工事って、いまだに
終わってなかったのか。以前よりも少しは工事済区間が増えたとはいえ、まだ
全通する雰囲気がない。トンネルなど、ほぼ艤装も終わっているようなのに
開放される様子もない。結局、このバイパスって、完成はいつなのよ?



R307 に出たころには、予定より 15分ほど遅延。マズイ。これで遅刻したら、
日記のネタにされてしまう。だが、R307 もやっぱり交通量が多く、とうてい
追い越しをかけて時間を稼げるような状態ではない。ダメだ。今日は、
どうも運の巡り合わせが悪いようだ。諦めて、おとなしく走る。

結局、15分遅延は1分たりとも縮まらず。その影響で、R422 桜峠を抜けたころには
ちょうど伊賀 S.A. まで我慢できるだった尿意が持たなくなってくる。やむを得ず
県道 49号まで出たところで、道の駅あやま(左折後 1km 弱)へ一時退避。
用件を済ませつつ、あさいさんに 20分ほどの遅刻を伝えるメールを打つ。

絶望感に打ちひしがれつつ、しかしあるいはあさいさんにも同等の問題がおきて
奇跡の逆転劇があるかも、と一縷の希望を持ちつつ伊賀 S.A. に向かうが、到着後
すぐに電話が入る。残念ながら、あさいさんは余裕で到着済みだったようだ。
完全なる敗北。そして、この敗北は、次回の勝利への原動力となろう。

なお、集合地点には、あさい師匠の他、尾崎さんもおられた。あれ?皆さん一斉に
現地入りですか?ありゃりゃ、いろんな人に迷惑をおかけしちゃったなぁ(汗)



いつものルートを快走するインテの尻につき、一直線に鈴鹿南へ向かう。
途中、コンビニに立ち寄る。去年の経験を活かし、ペットボトルは2Lサイズの
麦茶を購入。天候も良いことだし、水分が足りなくなることは間違いないためだ。
また、水分補給にはお茶が一番。水だとミネラルが足りなくなるし、スポーツ
ドリンク系だと糖分がちょいと多すぎる。ささやかな健康が気になるお年頃。
あと、昼飯を購入。高温環境下なので、弁当は避けて梅干入りの握り飯に。

物資調達が終わったので、あとは一路、鈴鹿南へ。コンビニの南側を走る
中ノ川沿いのルートを抜け、鈴鹿南入り口ゲートへ。前回は部外者扱いだったので
入り口付近にある、強力な緑に侵食されつつあるガレージを利用したが、今回は
なんと「サポートカー」としていただいたので、堂々とゲートから中に入場する。
しかし、競技車両(DC2)より積載量がずっと少ないサポートカーってのも、
なんというか、如何なものだろうか。他人様より前に自分でもちょいと疑問。



到着後、指定の場所に駐車。即座に準備を始める。といっても、全日本ジムカーナ
二日間のうち、初日はかなり余裕があるため、サポートといっても急いでやるべき
業務はない。テント立てを手伝ったり、荷物出しを手伝ったりしたら、もうやることなし。
インテをジャッキアップしてタイヤを交換したら、練習走行開始までは実質ヒマ。
手を余らせているのも勿体無いので、いつものようにホイールを洗ったりする。
そのうち、山のように積まれたホイールを洗うのも終わったので、ボンネットの
裏側とか、強いて洗わなくてもいいところまで洗ってみたり。それぐらいヒマ。

そんなことをやっていると、さすがに汗ダルマになってくる。日が出るまでは
涼しかったが、日が出てからはものすごく暑い。普段、あんまり汗をかかない
生活をしているせいか、汗がとてつもなく臭い。自分でもわかるぐらいに臭い。
クルマを洗い終わったら、シャツを脱いで水洗い。洗濯石鹸と物干し台があれば
もう完璧だったのになぁ、と、すっきり晴れ渡る夏空を見上げて思ったり。



洗濯物を屋根に干したカプチーノの車内で一休みしていると、時間がきたようで
練習走行撮影の作業を仰せつかる。走行中の車両のビデオ撮影をやったことが
ほとんどないので、わりと緊張。どう撮影すれば、ドライバーが一番うれしいか。
かつ、失敗が少なくて済むか。そんなことを考えながら、鈴鹿南を見下ろせる坂の
だいたい中央付近に立ち、走行中の車両を片っ端からカメラで追いかけてみる。

使用したビデオは、あさいさん所有の HDDカメラ。片手に収まるぐらいに小型で、
重さも軽い。ズーム調整は小さなレバー状のスイッチで行う。だが、実際のところ
カメラの設計者は、自分の作ったものをちゃんと使い込んでいるのだろうか。
ズームレバーが非常に使いにくい。普段は広角気味にしておいて、自分の
子供が運動会で走る段になったときに一気にズームするような使い方であれば
まだしも、こういう、被写体のサイズを常に一定近くに保つためにゆっくりと
ズームを変化させながら撮影する用途には・・・って、そもそも、こういう
カメラを買う層は前者のような親バカ(失礼)だと想定しているのか。

撮影時間は、N2 クラス出走時間のほぼ全域にわたる。20〜30分ぐらいか?
その間ずっと、日光を遮るもののない炎天下に立つことになる。普通であれば
卒倒して救急車のお世話になるような環境だが、水をたっぷり含ませたタオルを
頭に巻いておいたお陰か、頭部の温度上昇が抑えられ、意外と体力を消耗しない。
やっぱり、頭を冷やすのは大事。農家のおっさんも帽子を被って作業してるしね。

昼までに出走が終わり、一休み。撮影したビデオを確認してもらい、撮影方法に
ついて簡単な打ち合わせ。失敗を恐れるあまり、かなり引いたアングルで撮影を
行っていたのだが、もっとズームして撮影したほうが役に立つらしい。理解。



とりあえず、午前中の仕事は終わり。パドック内をぷらぷら散歩。



ジムカーナということで、ナンバー付きの競技車両がわらわら集まっているが
こういったクルマって、普段から街乗りに使ってる・・・わけないよな。たぶん。



昼飯をモサモサを食ったら、昼過ぎ。練習走行の2本目ということで、同じことの
繰り返し。気温はますます上昇している。何気なく計った路面温度も 45℃越え。
とにかく、脱水症状にならないためお茶をがぼがぼ飲む。結局、2L用意した茶も
簡単に使い切ってしまう。少し離れた場所にある自動販売機にお金を貢ぎつつ
考える。やっぱ、3Lは要るのか?水を含ませたタオルの威力は絶大だったとは
いえ、やはり摂取する水分を減らすことはできないか。明日は3L買って行こう。



そんな感じで(?)練習走行が終わり、本日のスケジュールは完了。



インテのタイヤを外し、街乗り用に戻す。あとは、酒飲んで寝るだけだ。

作業が終わってから鈴鹿南を出発するまでの間の夕方5時過ぎごろ、台風情報を
チェック。月曜日から出発する東北旅行に与える影響を知りたかったためだ。
事前にずっと tropical storm risk サイトを見て、ちょうといい時期に直撃する
可能性があることが判っていたのだが、やはりちょうど東北をさまよっている間に
ハワイ付近で生まれて延々と太平洋を西に流れてきた台風 IOKE が直撃しそうにも
見える。。。フェリーも宿も予約を終わって日程が確定しているだけに、心配だ。



19時、亀山市を通過して、本日の停泊地となるリビングホテル亀山に到着。
R1 沿いで、すぐ近くにはシャープ亀山工場があるらしい。当然ながら、そんな
ホテルだけに、部屋に設置されている TV は AQUOS。ロビーの TV も AQUOS。
普通ならば SAMSUNG とか LG とかの TV を置くところだが。徹底している。

とりあえず着替えだけ済ませたら、本日宿泊組その他4名で夕飯を食いに出る。
東名阪道の亀山 I.C. と交差する R1 を東に入ってすぐのところにあるY字路
(交差点名は「太岡寺町」)を右側に曲がって R1 から離れ、少し走ったところに
奥まって存在する「亀八食堂」。大きな駐車場を備えているのだが、道路沿いに
看板がなかったように思う。また、駐車場は大型トラックで埋まっているため
一見して食堂と判らず、わかりづらい。だが、そういう穴場だけに、うまい。

基本的には焼肉屋っぽい感じだが、甘辛い味噌ベースのタレを入れてすき焼き風に
焼く。これがまた、うまい。大量にぶち込まれたキャベツとモヤシにもいい味がつく。
ロース、カルビ、ホルモンの三種類が基本メニューで、とりあえず全部試す格好に
なったが、これがまた癖のないホルモン。内臓系の焼肉にいまいち弱い私でも、
わりと意識せずに食えてしまった。また、機会があれば来てみたい。



22時に宿へ戻る。洗いものをしてから風呂に入り、サウナで汗を流しきる。
搾り出すように汗をかくと、全身の汗腺に詰まった老廃物も抜けていくようで
実に気持ちいいッ!自宅にもサウナがあれば、きっと素敵な生活が送れるだろう。

入浴を終えたら、0時ちょいすぎに睡眠。強烈な日差しで焼かれた腕まわりが
少々ピリピリする。だが、死ぬほど痛くもない。この調子なら、日焼け止めとか
塗らなくても大丈夫かな(可能な限り、自然のリズムに合わせて生活したいので)

明日の起床予定は4時半。また、4時間ぐらいしか寝れないな。昼寝するか。


9/3

・・・4時半に起床。かなり眠いけど、あまり疲労は感じない。
結局、肉体労働しかしてなかったからなぁ。肉体疲労の回復は早い。

生乾きの洗濯物を取り込み、ほぼ5時にロビーへ。一緒に宿泊していた黒川さんは
既に準備万端の様子でロビーに待っていらっしゃったが、肝心のあさいさんが・・・

遅刻!罰金!

・・・よし、これで一勝一敗だ(謎)

なんて呑気に言ってる場合でもない。ケータイに電話しても、ルス電。
やむを得ず、ロビーから部屋に電話すると、ツーコールであさいさんが出た。
果たしてこれが、ベッドから起き上がりざまの攻撃なのか、それとも準備が
終わって部屋を出る行為キャンセルの攻撃なのか。それは不明だが、
ともかくそれから数分経って、ようやく面子が揃う。出発。

ホテル横に設置されたコンビニで、水と朝食/昼食を調達。昨日の反省を踏まえ
水3L+朝飯(パン)+昼飯(握り飯)とした。これで足りるはず・・・と思いたい。

準備を終えたら、あとは鈴鹿南まで一直線。いや、誇張なしで、ほぼ一直線。
一箇所だけ、誇張なしで 180度ターンをする場所があった。180度ターンして
少し戻り、ト字路を曲がって関西本線を横切る。なんで素直に十字路として
作られなかったのだろうか。高度差がきついわけでもないようなのに。謎だ。

それからしばらく走ると、到着。黒川さんとあさいさんは途中で分かれたため、
こちらのほうが先に到着した。昨日と同じ場所にクルマを止め、しばし待つ。



やがて、皆さん到着。早速、サポート業務。といっても、タイヤ交換を実施したら
もう終わり。いろんなものを昨日のうちに洗ってしまったので、今日は楽すぎる。
だなぁ。ひょっとして、3Lもお茶要らなかったかなぁと思ったりする。

ぼーっとしていると日が昇り、気温がぐんぐん上昇してきた。窓をふさいで
避暑モードにしていたカプ車内の温度も、エアコン無しではうなぎのぼり。
空き時間の間に、ノート PC でビデオを見たり居眠りしたりするものの、
暑さで汗ダラダラ。ときおりエンジンをかけ、エアコンを入れて涼を取る。

しばらく時間をつぶしていると、ついに本番走行が始まった模様。昨日と同じく
ビデオ撮影業務。超炎天下で、昨日よりもずっと増えたギャラリーの中に混じって
昨日と同じように撮影を頑張る。だが、今日は昨日より心持ちキツい・・・
いや、めっさキツイ。きっと、気温は昨日よりずっと高いはずだ。

N2 の走行が終わる。撮影を終え、ビデオを渡したらもうぐったり。普段から内勤の
人間は体力が全然できてないことを悟る。とりあえずカプの車内にこもり、エアコンを
フルに効かせて涼を取りまくる。もう、環境破壊どうこうの問題じゃない。俺が死ぬ。
その間、屋根に干しておいた洗濯物がガンガン乾いていく。恐るべし太陽パワー。

なお、あさいさんは1本目でそれなりに納得のいく結果が出た模様。よかった。
尾崎さんは、無念のドラシャトラブル。インボード側が壊れたらしい。でも、
それさえ直せばいいということが判っているせいか、どことなくサバサバしている
様子だった。確かに、何が悪いのかわからないというのが一番イヤだもんな。

やがて、にしやまさんが来訪。日陰に移動し、色々と落ち着くまで話をする。
話が終わると、にしやまさんは観戦に出かけていかれた。戦士だ。がんばれ。



午前中の走行が終わる。コースオープンとなったので、完熟歩行に行ってみる。
完熟歩行は2回目だが、実はまだ走ったことがない。今年中には一度ぐらい、
自分の足ではなく、クルマで走りたいものだ。でも、暑い時期は勘弁だ(ヨワ

コースクローズ後、本番2本目が開始。路面温度は更に上昇しているようで、
当然ながら気温も同じような状態。そんな中で、水タオルだけを武器に太陽と
戦いつつビデオ撮影に入る俺。もう死ぬ。死ぬ。でも頑張る。頑張る俺。

N2 撮影完了後、SA2 と N3 の走行を見ていく。印象的だったのは、S字戻りで
リアステア気味の車両とそうでない車両が明確に分かれていたことと、NSX が
イヤに軽々とコーナリングしていたこと。リアステアかそうでないかは、各選手の
考え方の違いだと思う。全日本レベルまで来て、どっちが優でどっちが劣か、
なんていうことは、おそらくあり得ないはず。ただ、見ていて小気味が良くて
面白いのは、明らかにリアステア気味な車両だ(笑)。軽々とコーナリングして
いた NSX もそうで、結構リアステアな感じ。グランツーリズモなイメージが
あるだけに、あんなにヒョコヒョコ動かれると、その意外性に驚かされる。

そうそう、少しはクルマのことも書いてみる(笑)が、各選手のコーナリングを
見ていると、旋回軸の中心がどこにあるかというのが、割と明確に分かれている。
クルマの前後方向の中心から旋回中心方向に線を引く。その線が、クルマと比べて
前に傾くか後ろに傾くか、つまり車を前に引っ張りながら旋回しているか、後ろに
引っ張りながら旋回しているか。1つのコースの中で、これがコーナー毎に違う
選手はそんなにいなかったような気がする(N2、SA2、N3 近辺)。前に引っ張ると
フロントステア(?)だし、後ろに引っ張るとリアステア(?)な感じに見える。当然
物理的に引っ張っているわけではないので、後ろに引っ張ることが即ロスでは
ないと思う。先ほども書いたが、各選手の考え方というか、クルマの作り方
というか、そういったファクターがこの2つの方法を決めさせているのだろう。
駆動方式には関わらず、だ。ここがジムカーナの面白いところだと思う。
大局を決めるのは、突き詰めればおそらく、駆動輪の数でしかない。



そんなことをとりとめもなく考えているうち、N2 車両保管が解除されたので、
パドックに戻って後片付け。15時ごろに、後片付けがすべて終わる。これにて、
サポート業務は完了。明日からの準備があるので、これで帰ろうかと思ったが、
にしやまさんに渡す荷物が残っている。にしやまさんは最後まで観戦されるみたい
なので、とりあえず待たねばならない。なんてことを考えてながらパドックで
待っているうち、弱まった日差しに誘われるように、うたうたと居眠り・・・

居眠りから覚めたのは、16時過ぎごろ。いつのまにか、にしやまさんが戻って
こられていた。外のガレージにクルマを止めているにしやまさんを助手席に乗せ
鈴鹿南の外のガレージまで退却。だが、外のガレージに入る際、路面の凹凸に
うっかりハマってしまい、かなり強く車体の底を擦る。ううっ、幸先悪いなぁ。
幸いにも、底を走る配管類には傷は入らなかった模様。じゃあいいか。

その後、関ドライブインまでにしやまさんとともに移動し、軽く食事。
話すネタは色々あったが、明日の準備があるので、短めに切り上げる。



本格的な帰路に着く。関から名阪に乗り、西へ向かう。照りつける夕日の中、
交通の流れを乱さない程度に、燃費を意識した走行に徹する。小銭稼ぎ。

壬生野で名阪を降り、R422 経由で R307 に入る直前、急にナビにトラブル発生。
それまで普通どおりに現在地を表示していたナビの画面に、黄色い警告画面が
出る。ちらっと見れば、「光ビーコンユニットが接続されていない」とのこと。
いや、光ビーコンユニットはちゃんと接続してある。はずだ。配線が抜けたか?
信号待ちで、ナビの裏に手を突っ込む。だが、配線が抜けた様子はない。
光ユニットを触ってみると、妙に熱い。まさか、熱暴走したのか?
電源を切り、しばらく冷やして様子を見てみることにした。

幸いにも、R307 区間でずっと冷やしたところ、とりあえず正常に戻った様子。
うー。今日の炎天下は、そんなに過酷な状況だったのか?明日からの旅行で、
ますます不安な要素が増えてしまった。頼むから、壊れるなよ>ナビ



19時ごろに、山科着。旅行のための準備の一環として、燃料タンクを探す。
なにせ、人口密集地でない場所を走ることを予定しているため、必要な場所で
燃料が補給できない(GS が存在しない or GS の営業時間外)可能性が高いため。
また、20L の燃料タンクは持っているが、そこまでデカいのはさすがに必要では
なく。せいぜい 5L ほどあれば緊急時には事足りるので、それぐらいを探す。

だが、近傍のホームセンターを見る限り、一番小さくても 10L 品しか売っていない。
これがまた予想以上にでかく、20L 品と比べてそれほどのアドバンテージがない。
高い金を払って買う意味がなさげだったので、購入は諦める。常に燃料の残量と
燃費を意識し、先回りして給油していくようにしよう。運用でカバーだ。

帰り道に、GS に寄る。給油して燃費を計算すると、ほぼ 16km/L。夏場にしては
上出来かもしれないが、ちょっと悪いような気がする。往復で頑張りすぎたか。



また、帰りの山坂道でちょっとブレーキに頑張ってもらったせいか、ブレーキの
踏み心地(初期制動)少しユルくなったように感じる。そういえば、長いこと
メンテしてないもんなぁ。変なトラブルを起こさないといいのだが。

帰宅後、旅行の荷物を整える。4泊5日の想定なので、着替えがちょっと多い。
それらに加え、緊急時の工具などをトランクに積み込むと、それだけで一杯。
土産物をどこにしまうのよ、ってな感じになったが、まぁそのときに考えるか。



時間が少し余ったので、フィーリングが気になったブレーキの確認ついでに、
ブレーキフルード交換を実施する。Castrol DOT-4 から、DELPHI の DOT-4 へ。
DELPHI のフルードは、少し粘性が高いような気がする。そのせいか、ちょっと
エアが残り気味なフィーリングになってしまった。このギリギリのタイミングで
むしろフルード交換なんてやるべきじゃなかったのかもしれないな・・・(涙)

少しばかり後悔しつつも、もう取り戻せない。早めに就寝し、明日に備える。


9/4

さて、本日から 9/9 までの5日間、みちのく一人旅に出かける。
いや、正確には、愛馬カプチーノを連れていくから、二人旅か。

ともかく、この旅の目的は何かというと、大きく別けて2つあり
私の脳内マップから大きく欠落している『東北』を知るためということと、
東北にはいい温泉があるらしいので、片っ端から体験してみようということ。

・・・まぁ、いつもと同じようなことを目的とする旅ってこった。



なお、長々と続く旅行記に先立ち、旅程を記したマップを作成した。
適宜マップを参照しつつ、読み進めてほしい。



地図の左下の点線部分はフェリーで、福井県敦賀市から運行されている往路。
中央下の下向き矢印は東北道で、この先は東北道−磐越道−北陸道−名神を経て
京都市まで続く帰路。旅行は、その間の4色に塗りわけられた線の上を、
ほぼ時計回り順にぐるりと回る形て行うこととなった。

なお、この線の距離は、ほぼ一般道でおよそ 1450km。これを実質3日半で回ったから
一日当たりの走行距離は、およそ 400km。観光を挟みながらこの距離を走るには
いろいろ覚悟がいるので、良い子のみなさんはマネしないようにお願いしたい。



さて、前置きはこのぐらいにして。
諸君、準備はいいだろうか?

まずは初日。本日の旅程は、以下のとおり。

時刻内容
0700京都出発
0830敦賀着、フェリー乗船手続き
1000フェリー出発
2200就寝

極めて単純だな。そりゃそうだ。フェリーに乗るだけだもの。
フェリーに乗ったら乗ったで何もできないし、あとはのんびり過ごすだけ。



というわけで、目覚ましを6時にセットし、早めの眠りについた昨晩。
そのまま6時間以上の休息を経て、6時に起きるものだとばかり思っていたが
それよりも1時間半以上早い4時半、暗闇のなかに浮かぶ人影に起こされる。

一瞬、曲者!と叫んで跳ね起き、布団の下の畳を返して襲撃に備えねばなどと
寝起き特有の奇怪な思考が行動を支配しそうになったが、声を聞いて止まる。
親だった。どうやら、出発時刻を4時過ぎと勘違いしていたらしく、トイレに
起きたついでに、寝坊したのでは、と親切にも様子を見に来てくれたらしい。

まぁ、それはそれで有難いことだったのだが、しかし4時ですよ4時。
6時起床であることを伝え、もう一度布団をかぶり直し、眠りにつく。
しかし、折角の睡眠時間が分断されてしまったのは、ちょっと痛い。

だが結局、あまり追加の眠りを取れないまま、6時過ぎに起床。
飯を食い、搭載した荷物をもう一度確認。必要なものは、全て積んだ。
あとは、足りないものがあれば現地調達するということで問題ないな。

・・・んでは、いきますかな。未踏の地、東北を目指して。



6時半ごろに出発。駆動系を暖めながらゆっくりと街を走る。朝日に照らされた
街はとても静かだが、少しずつ目覚めようとしている。高速の I.C. までの間に
コンビニに立ち寄り、旅費を下ろす。ほんの2〜3分のことだったが、その間に
うちのクルマの横に、ベコベコに凹みまくった 1BOX 車が止まっていた。
一瞬何かと思ったが、工員の輸送車だった。若い工員を乗せ、これから
仕事場に向かうところのようだ。そうだ、今日は平日だもんな。

まもなく、高速に乗る。日曜日ほどでもないが、通勤時間帯のせいかどうか
竜王付近までは、どうにも流れが悪い。とてつもなく変な動きをする自動車も
いたりして、土日だけでなく、平日も大概デンジャーなんだなぁということを
あらためて悟る。よって、攻めの姿勢で走る。道路はいつだって戦場だ。

ブレーキの感覚は、やっぱりエア噛んだようにしか思えない。だが、時折
驚くほど鋭く効くときもある。ブレーキの温度が上がればマトモになるのか?
とりあえず、ペース早く走っているときほど、制動フィーリングが良好になる。
逆だと困るが、そうじゃないからこれはこれで良しとする。制動力に不足なし。

北陸道に入ってからは交通量が減り、容赦なくペースが上がる。結局のところ
8時15分頃には、目的地至近の敦賀 I.C. に到着。あと、もうちょいだ。



ところで、フェリーターミナルの場所だが、敦賀港ではなく、敦賀新港になる。
敦賀の市街地から少し北側の、ちょっと離れた場所にある。敦賀 I.C. 自体は
市街地のほぼ真東にあるため、インターを降りたところの R8 は、しばらく
北向きに走らねばならない。初っ端から、そのことを失念。

そう、いつものパターンであるが、料金所を通過後、うっかり間違えて南下する
側の分岐を選択してしまう。それに気づいたのは R8 に出てからのことだが、
むろん慌てず騒がず。次の信号を利用してUターンし、R8 を北上しなおす。

実際のところ、敦賀 I.C. から見れば、敦賀新港は遥か北。樫曲トンネルと
田結トンネルを越えねばならない。ただし、分岐点は田結トンネルを過ぎて直ぐ。
ここで左に分岐して道なりに坂を下ると、両側を山に挟まれた小綺麗な直線道へ
入る。ツリガネムシみたいな照明灯が延々と並んでいる。すこし面白い。

ここを 500m ほども進むと、交差点が現れる。あとは、でっかい看板の指示通りに
右折し、道なりに埠頭の先まで進んでいけば ok。まもなく、海が見えるとともに
敦賀港フェリーターミナルと、搭乗手続き用駐車場が現れる。そこで停車。





一般車搭乗手続き用の場所に停車し、予約時に送られてきたメールを印刷したものと
車検証、およびクレジットカードの3つを用意し、建物に入る。驚くほど美しい。
正直、どこのホテル?みたいな、とても立派な建物。地方空港にも勝てるかもよ

受付処理。搭乗開始は 9時15分からと教えられる。ちょっとばかし、余裕ができた。
まずは、クルマを一般車搭乗手続き用の場所から、乗船待ち用の場所に移す。
インパネの上に、先ほどの受付で渡された「秋田行」という紙ペラを乗せる。
その上で乗船待ち用の場所に移動すれば、整理担当のおっちゃんがそれを見て
適切な行列への移動を指示してくれるので、そのとおりに移動する。簡単。

移動完了後、乗船時に使うであろう荷物を、乗船時用のカバンに入れ直したりして
荷物を整理。これで、準備は完了。30分ほど、時間が余ってしまった。ううむ。
カメラを片手に、建物の中をさんざん探検する。建物は三階建てとなっており、
1階が受け付けと売店、2階が待合ロビー、3階が乗下船用フロアとなっている。
建物の向こう側にはフェリーが1隻停泊しており、3階から伸びた通路が1本、
フェリーに接続されている。このターミナルもかなり大きいのだが、接続相手の
フェリーのほうがまだ更に大きいため、妙な違和感を覚える。普通、ターミナルと
乗り物の大きさの関係って、圧倒的に逆だと思わない?常識が引っくり返る。

さんざんぱら探検をしていると、9時10分になった。そろそろクルマのところに
移動しておこう。窓ガラスを拭いてみたりして、少しのあいだ時間を潰す。

そんなことをやっていると、横に止まっていたクルマに乗っているおっちゃんに、
質問攻めに合う。AZ-1 は 10人おっちゃんが入れば 9人は寄ってくる一方で、
カプチーノは 3人ぐらいしか寄ってこないぐらい、別にぱっとしないクルマだが
このおっちゃんは、なかなかお目が高い。かなりの車好きっぽいね。



おっちゃんとの会話は、待ち行列が動き出すことで中断された。隣の列がぞろぞろ
動き始めたので、ガラス拭きを中断。クルマに乗ってしばらく待つと、自分の列も
動き出す。ついていくと、右方向、つまり船尾の方へと移動を指示される。

船尾のほうには、埠頭から伸びる巨大な鉄製の坂道が接続されており、その前には
最終関門となる係員が立っていた。その人に、先ほどの受付で渡された乗船券
(3枚綴り)を渡す。3枚綴りの券のうち1枚が、ここで回収される。残り2枚は
下船時に必要になるらしいので、無くさないよう、サイフに入れておく。ok。

ここまでの処理を終えたら、あとは船に乗るだけ。鉄製の坂道をゆっくりと上り、
接続点にある低車高車トラップみたいな凹凸を超えると、そこはフェリー船内。
指示通りされるがままに移動し、指示されるがままの場所に停車。しかし広い。
ホントにここって船の中なのか、ってぐらい、広い。その気になれば、この中で
パイロンジムカーナができそうなぐらいの広さだ(誇張あり)。



ともかくこれで、搭乗完了。車高の件は少し心配だったが、車検に通る車高なら
底を擦ることはなさそうだ。あとは、乗船時用荷物を持って客室(3F)に上り、
インフォメーションで部屋の位置を聞き、予約した二等寝台の状態をチェック。
だがここで、予想外の事態が発生する。それは、枕許にある照明器具には

コンセントがついてないーっ!

っていうことだ。九州航路のフェリーには装備されていたものが、日本海航路では
装備されていないなんて、どういうこっちゃ。航海時間は明らかに長いのに。
慌てて下に降り、ノート PC 用ロングライフバッテリーを取りに走る。あぁ、
持ってきておいてよかった、ロングライフバッテリー。油断は禁物。

ともかく、これで準備は完了した、あとは、出港の 10時まで、またもや船内探索。
船内の超豪華な設備をいろいろと見て回る。九州行きフェリーより、ずっと立派。



フェリー4Fの両舷には、こういった長い通路が作られている。50m ぐらいは
あるんじゃないかな。通路には幅 4m ほどもあり、ゆったりとした椅子が用意され
後ろ側には照明と絵画が並んでいる。下手なホテルなら裸足で逃げ出す勢いだ。

ちなみに、この奥には風呂・遊技場(卓球台完備)・サウナ室・オープンテラス
などが、これでもかという勢いで用意されている。下手なホテルなら(後略)



更に探索を継続。何のエロゲを作るためのロケハンなんですか、と問われそうな
ぐらいにシツコクあちこちを探索しているうちに時は過ぎ、やがて、一番上の
甲板の上で10時を迎える。船は、気づかないほどの滑らかさで、ゆるく出発。

遥か下方の海面を見下ろすと、膨大な量の細かい泡が海面を埋め尽くしていた。
その泡が薄くなると共に離岸は完了し、船はゆっくりと歩みを進めていく。
埠頭では、離岸作業を担当した作業員のおっちゃんたちが手を振っている。
ふと横を見れば、定年リタイヤ組と思しき夫婦連れが多数居並び、穏やかに
手を振り返している。あぁ、理想的な加齢の姿。俺もああ成れる日は来るのか?

ともかく、まっ昼間なせいか寂寥感はまるで無く、とても明るい船出。改めて
離れていく埠頭の先を見れば、釣り人がいっぱい。おまいら今日は平日ですよ。
彼らはみんな理髪屋なのか。そういうことにしておこう。理髪屋連合万歳。



緩やかに加速しながら、蒼い海に白い軌跡の弧を描くフェリー。こんな景色を
じっくり見ないのは勿体ないので、しばらくの間、外気に触れる甲板上の階段を
上がったり降りたりして探検しつつ、鮮やかな青を見て楽しむ。気持ちいい。

子供でもここまではしゃがないだろうという勢いでひとしきり探検と観察を終え
だいたい満足。あとは、先ほどの通路に降り、空いている席に座り、凪いだ水面を
バックにしながら読書を開始。最初は敦賀半島が見えていたが、そのうち視界は
日本海だけになる。天候がとてもよいお陰で、水平線の上は白い青、下は黒い青。
複雑な揺らぎが海面を構成するが、細かい構造はそれだけ。それ以上でもそれ以下
でもない。まるで絵に描いたような景色だ、という陳腐な表現しか浮かばない。

なお、読んでいる小説は「坂の上の雲」。ちょうど、日露戦争で旅順攻略が
行われているあたりの巻である。そんな小説を読みながら、自分が居る場所は
まさに日本海の輸送船上。あぁ、ある意味なんてタイムリーな状況だろうか。

小説をしばらく読んだら、ちょっと一休み。一旦寝台に隠もって周囲を暗くし、
LCD を最小輝度に設定してから、R.O.D を3まで一気に見る。時刻はおよそ 11時
過ぎ。食堂の混雑を避けるため、飯の時間をぎりぎりまでずらす意図もある。
いやぁ、いろんなパロディがちりばめられていて実に面白いッス>R.O.D



R.O.D を見終わった時点で、時刻は12時半過ぎ。ちょうどいい時刻だ。
固まった体をほぐすため、軽い運動を兼ねて外に出る・・・



航跡を望む。

蒼い海に、水色の航跡が1本。空には雲一つなし。周囲を見回すが
もう、陸地からは結構離れた場所を航行しているようで、360度にわたって、
何も見えない。ただ在るのは、海面に向かって白くなっていく水色の空と、
どこまでも蒼い海面と、その境目という3つの要素のみ。じーっと見ていると、
海面は巨大な丸いテーブルで、空は巨大な丸い半球。丸いテーブルの先は
崖になっていて、海水が滝になって流れ落ちているという妄想に支配される。

過去、そういった妄想が世界の形を規定していた時期があったようだが、実際
そう思えてくるんだからしょうがない。確かに、世界は円なのだ。それでいい。



納得ができたので、甲板から下に降りて食事。幸いにも、食堂では単品メニューを
扱っていた。何にしようか考えたが、やはり船にはカレーが一番似合うのだ、
ということで、カツカレーを注文。出てきたものは、欧州風っていうのかな。
甘目の仕立て、具は少なめであった。海軍カレーっぽくないような気がしたが
これはこれで、なかなかうまい。合格としておこう(偉そうに)



食事後、通路に戻って小説の続きを読む。だが、この通路は冷房が利き過ぎで、
正直、半袖短パン状態では相当に寒い。やがて、寒気すら感じ始めてきた。ヤバ。
こういうときは、風呂に入って温まるに限る。しかし、寒すぎるだなんて、一昨日
とか昨日では考えられなかった状態だ。まさに、天国と地獄というべきか。

入浴のため、インフォメーションを訪れる。貴重品をコインロッカーに預け、
ロッカーの鍵をインフォメーションに預ける。ついでに、バスタオルを借りる。
両方とも管理は恐ろしくしっかりしており、貴重品は封筒の中に入れて管理、
バスタオルは貸し出し票を渡して管理という徹底ぶり。貴重品はともかく
タオルなんて適当でもいいじゃんとか思ってしまった私は浅はかだろうか。
余談ながら、コインロッカーは 100円(ただし、利用後は返却される)、
バスタオルも 100円(レンタル)。費用は極めて安く済む。

13時半に入浴。当然、こんな時間の風呂なんて誰もいないので、貸しきり状態。
日本海に面した場所に風呂が作られている。それほど大きくはないが、充分に
大浴場といえるサイズだろう。湯がざぁざぁと湯船に注ぎ込まれている。これは
機関の冷却水かなにかを流用しているのだろう(?)。しかしそれにしても、
こういった施設を賄うために、どれだけの水を積載してきているのだろうね。

日本海に面した風呂の窓の前に立ち、フルチン状態で海を眺める。
これほど日本海に近い場所で入浴するなんざ、フェリー以外にあるまいよ。
この時点ではそう思っていた。この考えは、1日後に覆されることになる。



ゆったりと入浴を終えたら、しばらく船内を散策。船の案内看板を見る。
機関出力 11,915kw×2基、航海速力 22.7kt。1.852 を掛ければ、約40km/h。
ということで、排水量 20,000t 級の巨大フェリーとしては快速だとは思うのだが、
ゆっくりといえばゆっくり。船内の航路表示を見れば、まだ能登半島の根元にすら
達していないのだ。・・・あぁ、船旅はいいなぁ。ゆっくりだけに、とても旅情がある。
それに、小説を読んで、寒いから風呂に入って、のどが乾いたからポカリ買って、
VIP ルームみたいなラウンジでのんびり寝転がって。めちゃくちゃ豪勢だ。
安月給のしがないヒラのサラリーマンには目も眩むような経験の連続だ。

というわけで、そのまま、陽光に照らされた左舷側の生暖かい通路で居眠り・・・
朝のイベントのせいか、もう、なんだかとても眠いんだ、パトラッシュ・・・。

余談ながら、日露戦争当時の帝国海軍旗艦三笠は、機関出力 11,250kw、
最大速力 18kt、排水量 15,140t。このフェリーよりもずっと小さく、遅かった。



目が覚めたのは15時過ぎ。窓の外を見ると、21時の方向にすれ違う客船発見。
距離二〇〇〇メートル。撃てーッ!などと呟きつつ、ふたたび本を読みはじめたが
やがてまたも寒さに耐えられなくなる。寝台に戻り、18時すぎまで小説を読む。

18時すぎに寝台から起き出し、甲板に上がって夕日を見る。めっさ奇麗だ。
当然のように、他の初老の夫婦客たちも甲板にあがり、思い思いに景色を眺めたり
写真を撮影したりしている。あぁ、理想的な加齢の姿。俺もああ成れ(後略)



街で夕日を見ると「私だけの十字架」が脳内で演奏される私だが、さすがに
海で見る夕日の BGM の持ち合わせがない。とりあえず、金曜ロードショーか。



夕日を満喫したら、通路に降りてノート PC をひっぱりだし、8月末までの日記を
一気に書きあげるが、ふたたび寒さにうち震える。あーっ、冷房効きすぎだよ。
本当に風邪ひきそう。だが、長袖長ズボンは、クルマのトランクの中だ・・・

19時に夕食。レストランに向かうが、昼飯と違ってバイキングしかないらしい。
それでもいいかと思ったが、値段が・・・\2k 弱。そっ、そんな金あるけーっ!
カフェラウンジでは単品メニューが食えるとのことだったので、ラウンジに移動。
だれもいないラウンジで、単品メニューの牛丼を食う。なんだか自分らしい。



だが、これは意外な収穫をもたらした。カフェラウンジの中は、意外と暖かい。
そのままカフェラウンジに居残り、日記書きの作業を続ける。ただ、この場所は
船尾に近いせいか、機関の振動が少し大きめに伝わってくる。ガタガタと激しく
揺れる机の上にノート PC を起き、黙々と作業。でもでも、これが意外と快適。
適度な振動って、血行もよくなるし、いいんだよね(適当なことを言う)

日記を途中まで書き上げ、ちょっと休憩。



なんとなく、ノベルゲー風(?)。

森の暗闇は静寂の恐怖を感じるが、海の暗闇は、なぜか心が休まる。



・・・さて。そろそろ、明日のことを考えなきゃ。秋田到着は 5時40分だから、
睡眠目標は 22時。新潟港到着のちょい前ぐらい。それまで頑張って日記を書き、
右舷から見える新潟の街の光を軽く眺めてから、30分遅れでグゥと寝る。
あぁ、明日は早いし、予定はけっこう過酷だ。がんばって、遊ぶぞ。


9/5

まるで尻尾を引っ張って電源を落としたかのように、完全な虚無の中に
すっぽりと落ち込んで眠った6時間少々。何か、微妙な気配を感じたのか
ケータイで代用した目覚まし時計が鳴るよりもわずかに早く、
意識がディラックの海から浮上し、覚醒した。

閉じた二等寝台のカーテンの僅かな隙間からは弱い光が差し込み、そして、
きわめて事務的な調子の船内放送が飛び込む。間もなく秋田港に到着・・・
時計を見ると、まだ4時45分。あと1時間もあるじゃん・・・二度寝。



30分ほど二度寝ののち、ずっとしゃべり続ける船内放送に諦めを感じて起床。
白いランニングシャツに青色のトランクス一丁という、どうにもルパン三世くさい
そんな寝間着(?)を隠すかのように、さっさと上着とズボンの装着を完了。
枕元に散らかしていた荷物をささっとまとめ、カーテンを開けて飛び出す。

まだ人気もすくないように思えた通路を歩き、左舷側に出る。青い雲が垂れ込める
夜明け前の海空に混じって、右手のほうには工業系の港湾施設が顔を見せている。
秋田港だ。どの港でもそうだが、出迎えはこういった工業施設が引き受けている。
その地域の工業力を誇示するかのように。志布志 FT もなかなか凄かったね。

しばし景色に見とれたのち、3F のインフォメーション前フロアに入る。

先ほどまでのひとけの無さはどこへやら。旅行客と思しき団体がフロアに広がり
朝から元気に、ガヤガヤと会話に興じている。その様子を眺めつつ、さぁ自分は
どうすればいいのかと思っていると、5分と経たずに再び放送。クルマで乗船の
客は、さっさと下船させろという指示。えっ。下船って 5時40分じゃないの?

どうやら、違うらしい。現在時刻は 5時半前。車両の下船には時間がかかるため
接舷後すぐに車両を降ろし、その後に通常の客を降ろすという手筈のようだ。
・・・んなこと聞いてなかったぞ(汗)。ぎりぎりまで寝ていなくてよかった。

インフォーメーション前フロアの隅に立つ船員さんに、乗船時に受け取った半券を
渡す。半券にくっついていた更なる半券はここで切り放され、残ったのは 1/3。
こうやって、車両甲板に降りる人をちゃんと選別しているわけだ。どれほど
セキュリティや安全に気を配っているか、わかろうというものだな。



狭い階段を降り、車両甲板に移動。既に車両の移動は始まっており、まもなく
私の車両の順番となろうという状態だった。慌てて駆け寄り、荷物を放り込んで
エンジン始動。僅かに待って油圧が上がったことを確認したら、係員の指示に
従って移動開始。北海道まで行く車の間を通って下船ゲートへと向かい、下船。
乗船時のような妙な凸凹は特になく、すんなりと下りスロープの上へと出る。
ゆっくりと下りきってアスファルトを踏みしめたら、そこはもう秋田県。

グッドモーニング・本州!

・・・って、乗船したのも本州だったな(汗)なんか調子が狂う。



下船後、前を走るクルマの後ろに従って走り、港湾施設の出口へと移動。
だが、移動ルートの確認などを含め、まだ何にも準備ができていない。いったん
適当な場所でクルマを止め、荷物を整理。その後、航法装置を起動し、現在位置を
再度確認ののち、本日の移動経路を手早く設定。航法呪文、投入!(c)宇宙英雄

第一の目的地は、男鹿半島。半島のどこが目的地というわけではなく、ただ単に
行ってみようという、目的があるのかないのかわからない、この旅行全てを
凝縮したような初撃となる企画。まぁ、自分らしくてええじゃないか。

港の信号を左折し、海浜工業地帯(?)の中をしばらく走る。少し走ると
ト字形の分岐路が現れるが、迷わず直進。県道56号線の海沿い側に入る。

海沿いの埋め立て地を走らせている道路らしく、道路の幅は極めて広く、また
ほとんどが長い直線。0-1000 が何個も開催できそうだ。似非高速道路と
呼んで差し支えない。90 ぐらいだと前走車にも追い付かない。うぉーすげぇ。
速度だけは名阪国道より上だな。交通量と線形は全然違いすぎるけどさ。



一点透視図法の説明としてはこれ以上の図もあるまい(笑)

まぁ、当然のことながら、こういう道だけにオービスは設置されていたりする。
どうやっても見落としようがないぐらい、この景色の中で浮いているオービス君、
お疲れ様。それと引き換え、こんなに露骨に存在するオービスが目の前にあるのに
警報1つ発しやがらないレーダー探知機君、いったいチミは何をやっとるのかね。

オービスのほうも技術改良をしているのだろうか、大体2〜3年も経つと、
レーダー波受信部の性能がかなり悪くなり、探知機として用を成さなくなるように
思う。最近はデータダウンロードサービスなどもやっていて、寿命が長くなった
ようにも見える探知機だが、実際は消耗品だ。過度な投資は無駄が多そうだ。



走り続けると道路は R101 に戻り、市街地を一旦離れる。それと同時に、太い川を
大きな橋で越える。これは・・・あぁ、八郎潟からあふれ出る水を流す川、か。
すごいな。日本最大の湖から流れ出る水を一手に担う瀬田川でも、こんなに
幅は広くないような気がする。あぁ、八郎潟とはどんなに凄いところだろう。

ワクワク感を募らせなら橋を渡り、男鹿市街地の入り口となる信号で一旦停止。
交差点の向かい側には、「BOOKS なまはげ」なる本屋がある。そうか、秋田か。
・・・17才以下でえろまんがばっかり買ってる悪りぃ子はいねーがー・・・

ふと、なにか妙に景色が暗いような気がしたので、空を見上げてみる。ううっ。
空は、極めて太い縄を何本も並べたような形状の禍々しい雲で埋め尽くされ、
景色を薄茶色に染めていた。なんとなく、イヤ〜な予感がしてきた・・・

ポツ・・・ポツ、ポツ、ポツ

・・・雨だ。やっぱり、雨が降ってきた。臨海地域のせいなのかどうか、
雨が近づいたときに薫る独特の青臭い匂いが全くしてこないので、油断していた。
屋根を開けていなかったのは幸い。窓を閉め、エアコンを入れて空調を調整。
くっそ・・・初っ端からこれかよ。とんでもない出迎えが来てくれたもんだ。

雨はますます強くなり、一時的には轟々と叩きつけるような勢いとなる。
黙々と先へ進んでいく。酷い出迎えの雨に、つい心が沈んでしまったのだろう。
羽立の交差点をうっかり直進。男鹿半島の根元をショートカットするルートへと
入りかけてしまう。おっといけない。せっかくだから俺は過酷なほうを選ぶぜ。
慌ててUターンし、交差点を右折。県道 59号線を男鹿半島方面へと入る。

・・・のつもりだったが、県道 59号よりももう一本南側の道に入ったらしい。
しばらく道なりに沿って走り続けると、いきなり海のほうに向かって道路が曲がり
行き止まりになった。おぉ、今回の旅行を初めて半時間弱で、行き止まりに遭遇。



ここでようやくナビの画面を見て(最初から見ておけ)男鹿を一周する県道 59号が
男鹿市の縁でなく、中央を貫いていることを知る。ほほう、なかなかやる・・・
適当な交差点を選んで市中に入り、県道 59号をずんずん南下。さらば男鹿市。



さて。しばらくの間、道路は海岸沿いをゆるやかに走り抜けるルートとなる。
幸いにも、先ほどから降り続いていた雨は少し弱まった。わずかにペースを上げて
先に進む。途中、鵜ノ崎付近にて、海を眺める休憩所があった。なんとなく観光
気分になったので、景色を見るために一休み。僅かにパラパラと降る雨の中、
カメラを片手に外へ出る。・・・ごつごつした岩がぽつぽつと存在する、
とても穏やかな海。・・・まぁ、それだけだった。これから先、いくらでも
日本海を見ることはできるのだ。慌てることはあるまい。出発。

ずーっと海沿いを走ると、やがて急に上り坂が現れる。駐車場があったので、
またもや一休み。クルマを降りて立て看板を見る。「菅江真澄の道」・・・?
なんのことだろう。有名な人なのだろうか。帰ったら Wikipedia で調べるか。



その辺りから先、道路は海岸を離れ、少し高い場所を走る。道路自身以外には
特に面白みはないので、熱心に、そして黙々と走り続ける。雨は再び降り始め、
路面は完全なウェットと化す。だが、装着して2年ほどが経過する Vimode は、
意外なほど高いグリップとスタビリティを発揮。初期制動が弱めの TypeZR(F)と
ウェット路面に対して強めの Vimode、そしてサスペンションの各バランスが、
予想しなかったほどに良好であることを悟る。ペースを上げ、距離を稼ぐ。

そのうち、男鹿半島のトピックの1つ(?)と思しき、戸賀湾入り口に到着。
強いヘアピン2連続で道路は一気に高度を下げ、予想もし得なかった建物・・・
男鹿水族館 GAOに到達する。この場にそぐわない(失礼)ほど立派な建物だ。
では、とりあえずここで朝飯でも、などと考えたが、まだ7時にもなっていない。
当然だが、そんな時間から営業しているようなはしたない水族館など存在しない。
目の前にあった遊覧船乗り場にも、人影すら存在しない。なんて寂しいのだ。



自らの計画の悪さを嘆きつつ、戸賀湾をぐるっと回って県道 59号を進む。これで
男鹿半島の面白いところは半分ほど終わったようだ。しばらく進む。どこかに
朝飯を食えるとごろぁねーがぁー・・・。やがて道路は、男鹿温泉郷に到着。

こうなったら朝飯はいいから朝風呂だけでも、と考えるが、残念ながらここは
ただただホテルが密集しているだけのようで、あまり温泉郷という感じではない。
それに、冷静になって考えろ俺。時計を見ろ俺。まだ7時になってないぞ俺。
そんな時間から外湯を開けている温泉が、いつ、どこにあった?考えろ俺。

結局、男鹿半島は、餓えた狼に何も与えてはくれなかった(時間が悪い)



打ちひしがれた気分で、県道 55号を走る。7時を過ぎるとさすがに、交通量が
少しずつ増え始める。ゆっくり走るクルマ、ダンプカー、ダンプカー・・・ううむ
ダンプカーが妙に多い。県道 55号から R101 に入り、日本海沿いを八郎潟に
向かうが、足の遅いダンプカーに引っかかる。残念ながら、道路は 1.5車線幅で
道路の両側には草が茂っており、遠くまで視界が開けている状態ではない。
つまり、安全に追い越しをかけることは覚束ない。また、当然のように、
ダンプカーは、どれだけ遅かろうとほぼ 100%、後続車に道は譲らない。

そういう時は、走る場所を変えるまでだ。途中、国道と一般道(って言うのか)が
併走する五里合神谷付近で、ダンプ連中が一般道側に曲がることを確認したら
こちらは国道側を選択。一気に・・・あれ?なんか、狭い集落の中を走ってる?
ひょっとしてここも、国道のほうが狭くて険しいってパターンかい?(汗)

そのうち、R101 は一般道とくっつくような形でメインルートへと戻る。当然、
おそらくすんなりと走ることができたはずのダンプは、ずっと先に進んでいる。
まぁ、手段はどうあれ、結果としてダンプの一団が視界から消えたということで。



R101 を走り、野石の交差点に到着する頃にちょうど、さっきのダンプに追いつく。
ダンプは交差点を直進。ナビの画面によれば、この先が八郎潟ということらしい。
苦笑いしつつ、交差点を直進。野石橋を渡り、第二の目的地・八郎潟に突入。

県道 54号線を東進。八郎潟の中を突き進む。特に派手な景色もない。朽ちた草が
両側に茂っている対面交通路が、ただまっすぐに続いている。道が長いぐらいで、
なんだかパッとしない雰囲気だ。八郎潟っていえば、日本で最も有名な干拓地。
もうちょっと、なんか、こう、スゲーっていう景色があってもいいんじゃない?

そんな勝手なことを考えつつ、ほどなく、八郎潟の中にある居住区域に到達。
長い直線だけで構成される幾何的な道路に包まれるそれは、いかにも開拓地の
町という雰囲気を色濃くしている。太く長い直線路の両側には、広い面積を贅沢に
使いましたという平べったい住宅が並ぶ。なんとなく興味深いものがあり、まるで
不審者のような勢い(?)で、住宅地の中を無駄にウロウロしてみる。



ウロウロしているうち、やがて住宅地を抜け、農業地帯の未舗装路に入る。



カントリロ〜〜〜ド 遥かなるぅ〜〜〜 故郷ぇ〜〜〜 続く道〜〜〜
(c)耳をすませば

一点透視図法の勉強には、本当に事欠かない。



クルマの外に出て写真を撮りつつ、一休み。愚かにも、この時点での服装は
半袖短パン。ぶっちゃけ寒い。けど、寒いぐらいの風が、とても気持ちいい。
緑を渡る匂いがする。ここに一週間ほど住んだら、きっと健康になれそう。



八郎潟の雄大さを満喫したので、先へ進む。居住地域を通過。時刻は8時半。
小中学生の登校時刻らしく、道路の両側はぴょこぴょこ歩くちっこいのが一杯。
子供というのは本当にかわいいものだ。って、ケコーンもしていないし
子供も居ない立場だからこそ言えることなのかも、だが。



八郎潟の外周に出て、脱出すべく北上。ここもまた直線基調の良い道なんだが、
それだけに、どのクルマもすっげー飛ばしてくれるワケだこれが。燃費も考えて
無理に飛ばすことはしないものの、それでもケーサツに捕まったらちょっとした
騒ぎになるほどの速度は出ている。それなのに、前を走る車に、まるで追いつく
様子が無い。後ろから追い上げてきたセダンも、煽ってくることこそないものの
途中二箇所にあるカーブ以外では、離れていく様子もない。確かに、移動距離が
めがっさ長いということはわかるのだが・・・この速度で走るってのが、東北の
ルールと思っていいのか?(かなり右方向に振れた速度計の針を見て考える)

・・・あぁ、でも、なんか少しわかったような気がする。この道路なら、一般道で
160km/h 出したとかいう武勇伝も必ず嘘とはいえないだろうし、リッター 20kmを
越える良い燃費を叩き出すことも、決して夢ではないのだろうなということに。
たまに 2ch で出てくる上記のような話も、確かに実現できる場所は存在する。



そんなことを考えているうち、八郎潟は終了。橋を渡り、小さな八竜町を抜けたら
R7。しばらくの間、この道路沿いをずっと北上する。北国の道路は、少し面白い。
まず、道路の西側(日本海側)に、延々と高さ 3〜4m 程度の柱が並んでおり
鉄の網が張られている。いったいこれは、防風のためか、防雪のためか。
なお、この防護柵は、この先の道路の至るところに作られまくっていた。
いかに、この辺りの気候が厳しいものかがわかろうというものか。
また、道路自体の幅も大変に広い。関西なら2車線の幅があるところを、
1車線+路側帯というゆったりとした構成で作っている。これはおそらく
土地が余っているからというより、冬の降雪期に合わせた設計と思われる。
とりあえず、除雪した雪を置いておく幅を確保していると思うのだが、どうよ?

八竜から浅内を経由し、ゆるりと R7 を走って能代市へ突入。能代市の手前は、
これまたなんとも言えず陰鬱とした感じ。なにせ、主要国道の両脇に、無人化して
朽ちた建物が並んでいたりするわけだから。また、ケーズデンキがあったものの
建物は、平屋建ての小さなもの。ごっついビルのイメージしかないので、驚く。



R101 との交差を右折し、能代市の市街地に入る。さすがに、それなりに栄えている
雰囲気はあるが、町の寝起きは遅いようだ。交通量はぐっと増えたのだが、どうも
道路沿いに飯屋が見つからない。町があるのに、飯屋がない。考えられねーッ!

そろそろ8時も過ぎたというのに、まだ朝飯にありつけない。コンビニ飯でも
この際文句は言わないつもりだったが、コンビニも見つからない。あぁダメだ。

ぶつぶつとうわ言のようにメシメシメシメーシとつぶやきながら、先へ進む。
だが非情にも、能代市はあっけなく終了。この先、もう「町」は当分ない。
あ〜、しまった〜、男鹿で何か食い物を探しておくべきだった・・・



冬眠上がりのクマのように腹を空かせながら、国道をずいずいと北上。
やがて、「道の駅みねはま」を発見。何か、食えるものがあるかもしれない。。。
運命に導かれるようにフラフラと入ってみるが、建物を探索したところ
食事どころは 11時から営業らしい。まだ、全然先の話だ。ううう・・・

なお、道の駅の中で、かような意味不明な物体を発見。



木の箱の前に「仮免練習中」のプレートがあり、その横にはパイロンが数個。
私が思うに、この駐車場の中で練習したい!って言う人が多いのかな、と。
確かに、クルマ止めもない、巨大な駐車場が備わっているこの空間は
パイロン立てて内輪・外輪差の練習をやったりするのには好適。

でもやっぱ、「仮免練習中」のプレートの意味だけはワカランなぁ・・・
ここを起点として、仮免の練習に出かける人が結構いるのかな?



ともかく、飯屋がなければしょうがない。トイレと Web ページ更新を済ませる。
トイレから出たところの通路で、掃除担当と思しきおばちゃん2名が、なにやら
喋りながら歩いている。小耳を傾けてみるが、まったく、意味がわからない。
同じ日本語だというのに、まるで海外の言葉であるかのように、全然解らない。
訛っているとかそんなレベルではない。知っている単語とまったく一致しない。

いまのところ秋田県にいるから、これは秋田弁というものだろうか。少し感動。



その後、ますます飯とは縁遠い寂れた風景の中へと突っ込んでいく R101 を北上。
能代市から道連れになった五能線の細い鉄路を、時々横切る。その度に、足に
まとわりついて走る犬のように、右へ左へと立ち位置を変える鉄路。まるで
車両(電化なのか非電化なのかわからないので、車両と書いてみた)が
走ってくる気配はない。この辺りの数少ない交通手段は、わりと心細い。

最初は低いところを走っていた道路も、やがて少しずつ高度を上げていく。
道路の構造は、谷あいを抜ける道路のような雰囲気へと変わっていく。
両側には木々が生い茂り、直線基調ながら時折カーブが訪れる。

ここから海の方に向けては、結構切り立った崖のようになっているようだ。
残念ながら、視界が開けていないので真偽は不明だが、ナビの地図と現在高度を
考える限り、真横に砂浜が並走する・・・などという柔かい雰囲気ではなさそう。
すくなくとも、白神山地が近づいている以上、右側には山岳地帯が迫るわけで。

時折降ってくる雨に辟易としつつ、ともかく先を急ぐ。本当に運が悪いね、俺。

トイレと小さな売店ぐらいしか見当たらない「道の駅はちもり」を通過すると、
『青森県』という県境表示看板が現れる。ここで、秋田県とは一旦お別れ。



青森県に入っても同様な構造が続く。やがて、白神岳の登山口が現れる。
かの有名な世界遺産「白神山地」が、私の右側数十km の範囲に広がっている。
とはいえ登山口は、比良山や大台ヶ原山とかと比べて大きくかわる印象はない。

時間が余りまくる旅行ならちょっと冷やかしてみるのも面白いのだろうが、
今は時間がない。それに、太古からの生態系を残した森林・・・と言えば、
京阪神の直ぐ近くにも「芦生の森」という有名な場所があるのだった。
京都に、滋賀に、近畿にないものに出会うことが、この旅の目的だ。



更に R101 を進む。景色に大きな変化がないので、時計の針を少し進める。
少なくとも鯖街道以上には見通しが良いルートなので、ゆっくりと走る地元の
トラックやらなにやらを追い越してバンバン走り、10時頃には沢辺を通過する。
そろそろ、第一の目的地が近づいてきた。集落に入ってきたとはいえ、特に
解りやすい目印があるわけでもない・・・ナビの案内をよく確認しつつ、
「へなし」駅に通じるト字路を左折。小さく密集した集落の中を抜け、
へなし駅より少し北側の施設へと繋がる道路を降りていく。

途中、五能線との踏み切りを越えたところで、こんな石碑を見つける。



「五能線全通記念碑 昭和十一年七月 鉄道大臣 前田米蔵書」

昭和11年ということは 1936年、今から 70年前に建てられた石碑である。

五能線の「五」はおそらく青森県五所川原市の「五」、「能」は秋田県能代市の「能」。
地図を見れば一発でわかるが、その間の 150km 弱を、延々と日本海に沿って走る
小さなローカル線。輸送力は極めて低そうであるが、この地域に住む人にとっては
かげがえのない交通手段だったのだろう。その思いが、石碑から伝わってくる。



道路をしばらく下ると、急に視界がパァッと開け、日本海と正面対決となる。
怯まずに下っていくと、そこには目的の施設「黄金崎・不老ふ死温泉」があった。

オオオ〜〜〜ンッ!!ここにはきっと石仮面が置いてあるに違いないッ!!
俺は、不老ふ死を手にいれるぞォッ!シッパアァァァア〜ンッ!!

男鹿半島での肩透かしもあり、温泉に対するテンションが異常に上がっていたため
この後、冷静に考えるととんでもない行動をしてしまうのだが、この時点では
あらゆる行為が祝福され、神の名の元に許されるのだと思っていた。



モルタル造りっぽい温泉旅館の通路下をくぐり、海沿いの駐車場に到着する。
ここから海側が温泉施設、山側が宿泊施設になっている。もうこの時点で、
頭の中には、複雑怪奇に増改築を繰り返された建物のイメージが広がり
正直言って、恋愛に恋した女学生のようにメロメロな状態。すまん。

パラパラと雨が降り続いているが、もうそんなものは気にならない。荷物をまとめ
少し戻ったところにある、温泉施設と思しき建物のほうに向かって歩いていく。
まさに崖を降りた海沿いに存在しているため、すぐ右手は、ゴツゴツした崖の
中に囲まれた岩場が広がっている。東尋坊の下の方にまで降りたような感じ。

その中に・・・ん?



おおお〜!?
岩場の中に露天風呂ッ!?

梅田駅の通路で見かけるようなバラックをそのままワープさせたような
そんな粗雑な建物のように見えるが、ともかくあれこそが温泉である!

コーフンが絶頂に高まった状態で、建物に突撃。まだ造って時間の経っていない
小綺麗な施設だ。入泉券を券売機で購入し、受付にてタオルを受け取る。その際、
露天風呂についての説明を受ける。なんでも、露天風呂とこの施設は繋がって
いないため、露天風呂に入るためには、玄関経由で行かないとダメらしい。

えっ?えっ?玄関経由って。あの岩場の露天温泉への入り口は、駐車場付近に
あった。つまり、いまさっき歩いてきたところを、そのまま引き返していくと?



えっ、そのまま歩いていっていいんですよね?と、思わず聞いてしまう。
受付のおねえさんは、どうぞ行ってください、と言うばかり。あっ、そう・・・



いいのかなぁ、と思いつつ、ともかくまずは屋内の温泉へ。明るい色調で統一された
小綺麗な脱衣場に入り、温泉装備に切り替えて突撃。浴場は充分に「大浴場」と
言える大きさで、3つの浴槽からなる。うち2つは、黄色い色をした湯が満ち
なんとも言えない豪華さを醸し出す。黄色と書いたが、正確には新鮮な鉄錆の色、
黄酸化鉄(水酸化第二鉄だっけ)の色。その証拠に、浴槽の周囲には、赤錆色の
堆積物が薄く層を成しはじめていた。って凄いなこれ。かなり成分が濃いぞ。



さて。しばらく体を暖めたら、いよいよ本丸・露天風呂に突撃である。
本来ならば、ここで一旦服を着て、露天温泉のほうにある脱衣場で脱ぐ
というのがセオリーらしい。んが、そんなことはどこにも書いてないし、説明も
受けていない。ということからして、私が取った行動はただ一つしかない。

タオル一枚を腰に巻き、施設の玄関を出て、駐車場をかすめ、
尖った石が混じった岩場を歩いて、遥か先の露天風呂へ行く。

何の修行をしている変質者ですかこれ。っていうかマジで足が痛かったYO!



しかし、そこまで苦労して辿りついた露天風呂は、もう、絶品であった。
海の中に突き出した岩場の先に作られた露天風呂は、まさに海の中だ。
海側に向かって開けっ広げに作られた浴槽の周囲は、日本海なのだ。
海水までの距離は 1m もない。正面は浅い磯、横はちょっと深めの磯。

そんな光景を正面に見ながら、黄色い湯を湛えた浴槽の奥のほうに座る。
目の前には、黒い日本海と空、そして力強く突き出した黒い岩にざんぶざんぶと
当たっては砕ける白い波の姿が広がっている。ふと、既視感を覚える。これは、

・・・東映のオープニング。

温泉と映画館がくっついたような感じだ。つまり、客席がまるまる温泉になっている
映画館で、視界の隅から隅までがスクリーンだけで埋められるほどのかぶり付きの
位置を確保したぜ〜みたいな状態。これはすごい。まず、俺の想像力がすごい。



重く垂れ下がって空を覆い尽す雲の向こうから聞こえる遠雷を聞きつつ、この
あまりにも豪華な景色を、ほぼ放心状態で眺める。・・・ふと気づくと、それまで
2、3人ほど居たはずの入浴者が、全く居なくなっていた。みんな満足したらしい。
これはチャーンス。すかさず、日本海と温泉を隔てる幅 30cm ほどの縁に立ち、
フルチンガーな状態で日本海に向けて仁王立ち。ピシピシと体に当たってくる
日本海の飛沫。あぁ、きのうよりもっと深く、海を感じられるわ・・・
もう、自分でもなにをやっているのかわからない。

そんな奇妙な関西人の姿を、5m ほど向こうの黒い海の中からひょっこりと
顔を出したウミウが1羽、呆れ顔で 5秒ほど眺めていたのだった。

だいたい満足したので、内湯に戻ることを決意。その前に、ざぶざぶと沸き出す
源泉の味をちょいと一嘗めして確認。うーん・・・こ、これは。血の味ですぞ。
酸化鉄が出す薄い鉄の味は当然のことながら、海沿いということもあるのか、
塩辛さが混じっている。そんな味のものって何だっけと思ったら、血しかない。
ちょっと塩辛すぎるけど、まぁ体液と混じればこんなもんだろう。ほほぉ・・・
一体何が「不老ふ死」(「ふ」がひらがななのは、わざとだろうね)なのかと
思ったのだが、つまり、金色にも近いこの色と、血にも近いこの味が・・・

岩場を渡り、砂利を歩き、舗装を昇って施設内に戻る。入り口には従業員の
おねえちゃんが居たが、なぜかこちらを完全無視していた。これで良かったのか?



内湯でもう一度体を暖めたら、温泉をテイクオフ。いやー、すばらしかった・・・
「不老ふ死」とマジックで書かれたドライヤーを使って髪を乾かす。

”不老ふ死ドライヤァァァァーーーーッ!”

などと獅子王凱のように叫びながら使いたかったが、努力して我慢する。
きっと、毛根が不老不死になったに違いないだろうなと思いつつ。



ニコニコ顔で受付に戻り、借りていたタオルを返す。その際、少し右手にある
食堂に気が留まった。今は 10時半すぎ・・・営業時間は 10時半・・・ふふん。
当然のように突撃。入り口の戸の桟を拭いていた娘さんに声をかけて、入る。

少し考えてから、エビフライ定食を注文。とても無口な娘さんが注文を取りに来る。
かわいいんだけどなぁ。なんかツーンとしてるなぁ。ツンデレ食堂?それもいいなぁ。

よくまとまらない思考をぐるぐると回しつつ、がらんとした食堂の窓から海を見る。
天候は不順であるが、海はそれほど荒れていない。この分だと、回復は早いかな。

5分ほど待つと、エビフライ定食が運ばれてきた。\1.3k というブルジョアジーな
朝飯だが、値段だけのことはある。ぷりぷりででっかいエビが3匹、頭も胴も
ついたまま丸っぽ揚げられている。青森・・・恐ろしい子!どう食べようか、
少し逡巡しながら食う。もちろん、頭から全部食べるなどという豪気な方法が
取れるほど私の胃腸は頑強ではありません、シロウ。尻尾から攻めていく。
そうすると、ちょうど尻尾と胴体がぷちゅるんと取れる形で食べ終わるのだ。
実はこの「ぷちゅるん」の部分が、大変に美味しいことに気づく。玉子のような
味というのかな・・・やっぱ、海産物は採れたその場で食うのが一番旨いなぁ。
内陸で食う、スカスカになったゴムみたいなエビの身とは全然違いすぎるね。

圧倒的な満足を得る。気を良くして、売店で「不老不死温泉のみつりんご」
という、干したリンゴを蜜漬けにしたような、素朴だけどすごく旨い駄菓子の
ような菓子を買っていく。これを食った人は不老不死になれるんだ、イブ。



結局、一時間ほど滞留ののち、出発。ちょっとのんびりしすぎたかな。先を急ぐ。
海沿いの R101 をひた走る。目指すは、はるか北方にある龍飛崎。ナビによれば
到着予定は14時過ぎ、と出ている。本日の最終目的地は、むつ市。まだ半分も
走っていないのだ。・・・間に合うかなぁ。とにかく、頑張るしかないな。

深浦を過ぎ、追良瀬を過ぎ、千畳敷を通過。なにやら、いい景色が見れるらしい。
ちょっと心を引かれるが、時間がない。すべてを同時に選ぶことはできないのだ、
衛宮士郎。ならばせめてイメージしろ。現実に見れない景色なら、
想像の中で最強の観光地を幻想しろ・・・



素朴な五能線を何度か横切り、日本海沿いから少し離れ、ようやく鯵ヶ沢に
12時半頃に到着。ここで、ガソリンの残量が少し心もとなくなってきたので、
ちょうど見つけたセルフスタンドで給油。小綺麗な町だし、小綺麗なスタンドだ。
町の人は、きっといい人達ばかりに違いない・・・っと。スタンドの前に移動し
カードを通して給油開始。単価は・・・ハイオクで 147円/L。おっ、すごく安い。
燃料を大量に使う地域(町と町の距離がめちゃ長い)だから、安いのだろうか?

へぇーっと関心しながら給油を終え、フタを締めて走行距離をレシートにメモ。
しかるのちに出発しようとしてエンジンを始動し、クラッチを踏むと、右側から
「カラン!」という軽くて大きい音が響く。びっくりして右を見ると、ちょうど
横で給油していた K11 マーチが発進したところだった・・・かぱっと開いた
給油口にはまる筈のフタを地面に落っことしながら。お、おいっ、オッサン!
慌ててクルマを飛び降り、フタを持って K11 マーチに向かって一目散に走る。
幸いにも、クルマはスタンド出口で指示器を上げて一時停止中。大声を上げて
注目を引いたら、そのままの勢いで給油口のフタを締める。間に合ってよかった。

そんなことがあったので、自分のクルマも心配になり、もう一度指差し確認(笑)



給油を終え、ペースを上げて北へ向かう。ここから先は、しばらく内陸に入る。
R101 で少し内陸に入ったら、広岡で左折。七里長浜にもっとも近い道路を延々と
北向きに走る。さきほどまでの交通量の多い道路とはちょっと違い、この道路は
田舎の農道という感じ。だが、同様に道幅は広く、超快適に走れる。

なお、この道路の左側・・・沼が点在する七里長浜との間には、しっかりとした
防風林が立っており、視界は全くない。そういう意味で、面白味はちょい薄い。

そのまま車力町を過ぎ、交通量の相変わらず少ない十三湖西側の道路を北上。
折角だから観光を・・・とも思ったが、ちょうど雨が少し強めに降っていたことも
あり、通過しなに車窓から覗く程度で終わる(とはいえ、本来の眺望を楽しむには
東側/北側の道路から見ないといけないようだ)。いろいろと面白い逸話なども
あるみたいだが、見た目はとりあえずそんなに大きくない、普通の湖である。
ただ、湖を囲む森林との対比がとても美しいような雰囲気。よく見えないが。

十三湖と日本海の間に挟まれた小さな町の中をくねるように抜ける県道 12号を
走りぬけ、十三湖大橋を渡る。非常に立派なアーチ状の橋で、景観も実にすばらしい
ものがある。うっそうと黒く沈む日本海と十三湖それぞれの湖面をちらりと見て、
本当にくやしく思う。あぁ、晴れていたら、最高の景色だったろうに。



先へ進んだところで十三湖を脱し、R339 へ戻る。最後の岬(小泊岬)をパス。
龍飛岬まで、あともう少しだ。休憩のため、「道の駅こどまり」で休憩。アイスを
食べたいなーと思った(看板が上がっている)が、残念ながら売っていない。また
売っていたとしても、クルマから降りると実は結構、いや、かなり寒いか。。。

結局、ジュースを1本飲むだけにした。飲みながら気づく。地図上に示された
この道の駅のマークが、ずいぶんと北にあることに。実際の道の駅は、300m ほど
南側だ。これ、一応は直さなければいけないね。がんばってね、ゼンリン。



出発。まだ、雨は完全にはあがらない。路面はウェット、空は真っ白。いかにも
話に聞いた日本海沿いの景色。つまり、観光にはまったく適さない。悔しいが、
とにかく R339 を走る。今のところ、鯵ヶ沢からこちらはずっとフラットで
ペースを維持しやすい。この調子だと、14時過ぎには到着できそうだ。

・・・だが、甘かった。七つ滝を過ぎたあたりで、R339 はいきなり牙を剥く。
それまでずっと平地を走る穏やかな道路だったのだが、このあたりの先から急に
長々とつづら折れが続く、きつい山岳路が始まる。道路は、激しい勢いで
高度を上げる。どのぐらい上がるかというと、峠付近に設置された展望台が
完全に雨雲の中に隠れてしまっているほど。つまり、龍飛の南にある小泊との
間には大きな山地があり、その峰は一気に海岸まで走りきって切り落とされる、
そういった地形になっているのだろう。ここまで海岸線沿いを走ってきた R339 は
切り落とされた地形に行き先を遮られたため、やむなくこの区間で山を越えるため
一気に高度を上げ、山を越えて山向こうの竜飛崎へと渡りきるルートを選択した、
そういうことなのだろう。それにしても吉田松陰、ここを歩いて超えたのか。
それだけでも、ものすごく尊敬できる。クルマでも大変なのに。

きつい九十九折を上り終えたら、おなじぐらいにきつい下り。ここで、サイドを
少し戻し忘れて走ってしまった区間があり(何やってたんだ)、ちょっとばかり
リアの TypeMT を焼いてしまう。フィーリング、制動力を含め悪化はないが
ただ、左側のパッドに塗ってある塗装の一部が、薄く焼けてしまった。
こうなってもフィーリングに変化のないメタルパッドは、秀逸だ。



山を下り終えたら、ふたたびぐぐっと上昇。青函トンネル記念館などをパスして
ゆっくり進むとまもなく、龍飛岬の上に作られた駐車場に到着する。14時半。
はぁ、ちょっと遅くなったけど、無事到着。。。。荷物を簡単にまとめて降車。

ここが龍飛岬。感慨を抱きつつ、すぐ近くに作られた見晴らし台兼モニュメントに
近づく。そこには、まだ新しい石で出来た記念碑が置かれており、そこからは
つがるぅ〜 かいきょうぅ〜 ふゆげぇ〜しきぃ〜という、かの有名な
「津軽海峡冬景色」(石川さゆり)の音楽が延々と流れ出していた。

で、物悲しい歌のイメージどおりの場所・・・かと思ったが、実はそうでもない。
回りをみれば、大型バスで乗り付けてきた観光客の団体がどっさり。50年戻れば
うら若き乙女であったろうオバちゃん連中が、きゃあきゃあと騒ぎながら
写真を撮りまくっている。ごらんあれが龍飛岬 北のはずれと・・・



見晴らし台から、青く霞む遠くの山並みをじっと見つめる。どこだ、あれ?
考えてもわからないので、考えることをやめた。見晴らし台を離れ、奥に向かう。

そう・・・そこに待ち受けるは、かの有名な階段国道。



龍飛岬上駐車場の端のほうに、かなり高い「R339 階段国道」というポールが
立っている。逆に言えば、わざわざ書かないとわからないぐらい、さりげない。

ポールに近づく。階段は此処から下りになっているのだが、さっきからポツポツと
オッちゃんオバちゃんが昇ってきている。此処から降りて、折り返して昇ってきた
らしいが、みんな激しく疲弊している。口々に、忌まわしげな様子で階段の段数を
ブツブツと言うひとばかり。300段程度らしい。立木山と比べたら少ないやん。

というわけで、私も挑戦。登り下りが中央の手すりではっきりと分離されている
階段を降りる。序盤は、頭上に木が生い茂る空間を歩く。横幅は結構狭く、舗装は
石で作られており、段の幅は結構広い。私の歩幅でもいまいち合わないぐらい。
これが、意外と急角度で下っている。こりゃ、確かに、登りは、辛そうだ。。。

しばらく歩くと、頭上の木が消え、ぱっと視界が広がる。といっても別に何かが
よく見えるわけではなく、単に「明るくなったなぁ」という程度の感慨しかない;



途中で、少し開けた場所に出る。左手に建物が1つ。休憩所かと思ったが、
ベンチがあるわけでも、自動販売機があるわけでもない。観光用ではないな。
休憩所付近では、雑草を刈っている地元の人が熱心に作業をしていた。ベーベベと
という音を立てながら、時折、チュイン!と鳴いて草を刈る機械。よく、うちの
近所でもこうやって田畑の草を刈る人がいたものだ。今はもう、草を刈るべき
田畑もまるでなくなってしまい、滅多に聞けない音になってしまったが。

さらに下る。きついヘアピンを2つほど過ぎ、一気に高度を下げた階段国道は
龍飛岬の海岸側の集落へと降りる。ここで振り返ると、Web でも良く見かける
階段国道終点の図が完成する・・・わけだが、実はまだ、階段国道は終わらない。



もう一度振り返って先を見ると、こうだ。



意味が解るだろうか?この先は、本当に漁村となる集落の中を通る、狭い裏道。
赤い舗装でわかりやすくしてくれているから迷うことはないものの、なんか

土産物屋とかでもあるんかなーと思いますやんか。

ところが、何もありませんねん。このまま集落の中を抜けていくと、まるで
何事もなかったかのように、岬の下のほうを回る R339 へと出て、終わる。

感想としては、この道は、尾道の山肌を抜ける道路の雰囲気にすごく近かった。
適度な生活感、寂寥感。観光なんて犬に食わせればいいという感じが良い。

下で軽く伸びをしたら、登り。降りる前は、昇ってくる人を見てバカにしていたが
いやこれ、バカにできないね。上りきったら汗だく。体重、減らさないと・・・。



さて、この時点で15時。もうちょっと遊んでいこうかな。駐車場に戻るとき、
1台のセダンが、駐車場の奥に続くつづら折の道路に向かっていった。あれ?
この先に展望台があるのは知っていたけど、クルマで行けるのか。じゃあ。

というわけでエンジンを始動し、駐車場の奥へ向かう。数百m も走らない
うちに、道路は駐車場で終わりになる。ここが本当の龍飛岬。



駐車場の脇には土産物屋があり、その上には、木組みの鄙びた展望台があった。
よく見ると、展望台の窓には「ラーメン」という文字が書かれている。・・・ほう!

まるで、暗い過去を秘めた親父が一人で店を開き、哀しい男たちが丼一杯の
温もりを求めてやってくる、そんな立ち食いラーメン屋のような雰囲気。
当局による規制も、この最果ての地には及んでいないらしい・・・

気が付いたら、展望台の上に上がっていた。まさに小さな食堂があり、
おばちゃんが一人で店守をしていた。また、展望台というだけあって、
西側のガラスからは日本海と、そして遠くに青く霞んだ山並みが見える。

少し考えたのち、「コーンラーメン」を注文。気分は既に北海道まで飛翔。
この選択は正解だった。麺の味が絶品なのだ。他では食べたことがない。
玉子が練り込まれたような、そんな味。涙が出てくるぐらい、コーンの味わいと
ぴったりと合う。機会があれば、是非ともこのラーメンを食べてみてほしい。



器を返す前に、店守のおばちゃんに聞いてみる。ここから北海道は見えますか?
おばちゃんは僅かに微笑み、何も言わず、窓から見える霞んだ山並みを指さした。
えっ・・・えっ?あれ?あれが北海道?マジで?下北半島じゃなくて、北海道?

琵琶湖の対岸ぐらいの距離しかないように見える。

ほほーぅ。津軽海峡って、こんなに狭かったのか。こりゃ完全に予想外。
そりゃあ、トンネルでも何でも掘って繋いでしまいたい衝動にも駆られるわな。



津軽半島最北端のラーメン屋(注:展望台です)に別れを告げ、岬の先へ。
歩いて 50m もないぐらいの距離に灯台があり、見晴らし台がある。たしかに
そこには、目の前に広がる山並みが北海道であることを示す案内図がある。

非常に残念なことに、何処かのバカが見晴らし台のすぐ前に通信施設を
作りやがったもんだから、景観もへったくれもない最悪の状態になっているが
ともかく、ここが龍飛岬。幸いにも雨は降り止み、空からは久々の日の光が
降り注ぐ状態。何枚も写真を撮影し、同時に、心の中に景色を刻み込む。



さて、次の場所・・・いやいや。まだ大事な施設があった。青函トンネル記念館。
これは完全に計画外であったが、見つけてしまったからにはスルーパスもできぬ。
とりあえず立ち寄り、入館料を支払って中に入る。本当は、140m の地下を体験
できるツアーなんてのもあるみたいだが、完了に 45分もかかってしまうようだ。
誠に残念ながら、ここで 45分を消費できる余裕はまったく存在しない。
涙をのんで、記念館の中をぐるりと回って展示を見るだけで諦める。



龍飛岬を降り、迂回路を通って R339 へ。先端にある太宰治の記念碑を制覇後、
青森市に向かうルートへ。ただひたすら、海沿いの R339 と R280 を走り続ける。

R280 通過中、三厩付近で、青函トンネル入口広場という看板を見かけた。
青函トンネルを通過する津軽海峡線が地下に潜る地点が、このあたりらしい。
ちょっと見てみたいけど、もう本当に時間がない。涙を飲んで通過。

龍飛岬への往路と違って、こちらは、海沿いの平地をひたすら走る穏和なルート。
そのせいか、時折現れるバスとか軽トラ以外は、結構なハイペースで走っている。
特に、蓬田村から始まった R280 バイパスが非常に強力。少し山手側に入った所に
作られている直線路だが、夕方にもかかわらず 90〜100 ぐらいでずーっと流れる。
湖西道路でもこうはいかない。起伏がないこともあると思うが、この辺の人は
高速度で走ることに対して、かなり慣れているようだ。中途半端な田舎
ではなく、本気の田舎だからこそ、ペースを上げる癖もつくのだろう
(ゆっくり走っていると、何時間あっても目的地に辿り着かない)



17時半を過ぎるころ、油川付近に到達。野木和の市街地に入る。あぁ、やっと
人里に戻ってきたという感じだ(?)。夜食などを買い込むため、コープ兼薬局に
一時停止。風邪薬と栄養ドリンクを少々、およびビール(ホテルで飲む)とおつまみを
少々購入。むつ市まではまだ距離があるが、敢えてここで購入したのは、九州に
行ったときに大失敗した経験に基づくもの。あの時は、19時ごろにもかかわらず、
高速を降りて入ったえびの市は本当に真っ暗で、コンビニ1つもなかったのだ。

栄養ドリンクは、タウリン 3000mg と誇らしげに書かれている、よくわからん
ドリンク。某草さんに以前に伺った話に基づき、とりあえずタウリンの多い奴を
買う。あと、風邪薬を買ったのは、走行中に何度か頭痛がしたため。おそらく
昨日に乗ったフェリーでの、効きすぎていた冷房のせいだろう。くそっ。

その後、R280 から R7 に入り、青森市内へと入る。

これまで秋田からずっと走ってきたときに通過したどの都市とも異なり、
圧倒的に『都会』という威厳を見せ付ける青森市。道路は3車線ほどにも広がり、
膨大な量のタクシーが走り、VICS には渋滞情報が表示されている。おおぉ、
こりゃちょっと予想外。これほど交通量があると、飯屋を探すのに骨が折れる。



青森市を、18時半ごろに脱出。夕飯は結局、R4 沿いでみつけた「すき屋」で
喰うことになった。屈辱。たまらない屈辱。次こそはちゃんと下調べしよう。。。

混雑する R4 をキリキリ走り続け、平新田の交差点から青森市の市街地を脱出。
あとは、ホテルのあるむつ市へ向かうだけだ。待ってろよ、むつグランドホテル。

ナビの指示では、残距離 100km、残時間2時間と出た。これはたぶん、正解だ。
なぜなら、夜になると遠くが見えなくなるため、追い越しがやりづらくなるため。
道路の流れどおりに走るならば、いいところ 50km/h アベレージが限界だろう。
実際、浅虫を経て小湊付近に至るまでは、交通量が多く、ペースが上がらない。
少しでも早く宿に到着したいのだが、、、しかし、無理はできない。



先の見えない R4 を延々と進む。時折現れる電光掲示板には、気温表示が出る。
20℃なんぞ余裕で切って、18℃とか 17℃とか、あげくに 15℃ とか示している。
窓を開けて走ると寒いぐらい。ヒーターを入れ、暖を取りながら先へ向かう。
しかし、すごいな東北。近畿では考えられない涼しさだ。

狩場沢の分岐で、ついに R4 から外れる。ナビは R4 方面を主張しているが、
道路標識は分岐側に「むつ」と書いてある。その指示を信じて、分岐側へ曲がる。

その途端、ただ真っ暗だった国道から、薄寒い雰囲気の漂う暗い市街地へ入る。
とても、この先 100km も続く道路があるとは思えないような裏道へ。
・・・どこだ、ここ。いったい、どこ走ってんだ俺。

不安になったころ、対向車がやってきた。すこし安心。行き止まりではない。
やがて、暗く沈んではいるものの、小さな市街地の形を成した町が現れる。
その町で行き当たる交差点やらT字路にはことごとく、『むつ→』という
看板が立てられている。
それ以外には、自動販売機を含めて何もない。
まさにこの町は、むつ市に行く人を通過させるためだけにあるような町。



看板の指示通りに先へ進むと。やがて R279 は市街地を外れ、急激に暗い道になり
両側は完全に真っ暗となる。道路の照明も、家の照明も、漁火もない。何ひとつない。
もし、ヘッドライトが消えたら本当の暗闇だ。・・・途中、赤信号で止まったところで
左を見る。そこには、真っ暗な草原の中に、さらに黒々とした鳥居がポツンと
立っていた。
背景の空がわずかに白いから、その中に浮き上がって見える。
・・・こっ、怖いですぜ。これはマジで怖い。本能に直撃する怖さがある。



何かにせき立てられるようにして、はまなすライン(R279)を延々と走る。暗い。
とにかく暗い。本当に、光源と呼べるものが何もない。かなり、気が滅入る。

20時ちょい前頃に、大湊線を渡る踏切を通過。その先の真っ暗なト字路で、
それまで2台いた前走車が急に方角を変え、東のほうに向かって消えていった。
・・・そこに残ったのは、自分ひとり。前も後ろも居ない。あれっ?えっ?
ひょっとして、むつ市に行く人は自分ひとりだけなの?なの?

これまで感じたことのない心細さに支配されるが、HID から放たれた力強く
白い光が闇を切り裂き、行くべき先を示してくれる。あぁ、ありがたい。
暗闇を破壊する勢いで膨大な光を放出する HID は、本当に心強い。



気を取り直し、先へ向かう。吹越を通過。それまで真っ暗だった景色にかわり、
キラキラと輝く GS が行く先で出迎えてくれた。なんだか、すごくうれしい(涙)
さらにペースを上げていくと、それまで全く見当たらなかった前走車に追いつく。
あぁ。これほどまでに、他のクルマの存在を嬉しく思ったことはない。

行列の最後尾についていき、横浜(むつよこはま)を通過。小さな町ではあるが
町を照らす光の量が(これまでの区間と比べて)圧倒的に多い。ただそれだけで
生命の鼓動というか、生きている波動のようなものが伝わってくる。単純だ。



結局、ナビの予告どおり、むつ市には 20時半頃に到着。恥ずかしながら、
到着したときにはかなり感動した。それまで、右を見ても左を見ても後ろを見ても
ただ真っ暗な一直線の道を走っていただけだったのに、むつ市に到着すると、街が
それなりに明るい。人が生きている。そのことに感動。そして、ホテルに向かう
橋を渡った瞬間、目の前にパァッと広がった巨大な光の塔(ホテル)の姿に感動。
ノリコとカズミが地球に戻ってきたとき、歓迎の光・・・生命の息吹を見たときの
気持ちが、少しだけではあるが本当にわかったような気がした。ばんざい人間。



というわけで、少々遅くなったものの、今晩の宿にようやく到達。



駐車場にカプを止め、荷物を降ろして各部を軽く点検。現状、問題なし。
明日からが大変なので、がんばって走ってくれカプよ。今日はおやすみ。

それにしても立派なホテルだ(むつグランドホテル)ほんとにココなのカナ?
心配しつつフロアに入って確認するが、予約はちゃんと取れていた。よかった。
大風呂についての説明をうけたら、とりあえず部屋に向かって荷物を置く。

ふぅ〜わぁ〜・・・

疲れた。マジ疲れた。


忘れないうちに日記のメモを取り、下着を洗濯したら、大風呂に出かける。
到着が遅かったお陰もあって、本当に広い風呂がほとんど貸切状態。ラッキー。

さて、案内には「斗南温泉」とか書いてあったが、実際のところどうなのか・・・
と思ったら、本当に本物の温泉だった。色は薄い褐色で、見た目は九州の根占で
入った温泉に近い感じ。たしか、あの温泉は鉄系だったはず・・・と思いつつ手を
差し入れると、ヌルヌル。ああ、こっちはアルカリ泉か!こりゃまた、至極。

露天風呂があったので、こちらにも入る。特に、こちらが実にすばらしい。
ぬるすぎるぐらい温度が低めに調整されているお陰で、長風呂しても大丈夫。
剥き出しの岩で作られた典型的な露天風呂に入り、ぷかぷか浮かびながら
ぼーっと空を見上げる。あぁ、本当に気持ちいい。天国にいるようじゃ〜。
空が曇っているせいで、星が見えないのだけはちょっと残念だが。



たっぷりと温泉に浸かって凝りを解したら、ビールを飲んで 24時に就寝。
さて、明日もまた、いろいろ予定があるなぁ・・・がんばろ・・・


9/6

・・・5時半にいったん軽く目が覚めたのち、華麗に二度寝して 7時に起床。
疲労はだいたい取れた感じがあるが、睡眠時間の絶対値は足りていないようで
目だけに極端な疲労感が残っている。きっと、栄養が偏っているのだろう。

出発を 8時頃と考える。カーテンを開け、外を見る。昨日と異なり、今日は
青い空が広がり、貴重な太陽が顔を出している。すこし和む。また、昨晩には
気づくことがなかったが、すぐ近くには深緑色の森がこんもりと繁っている。
それは、下北半島という最果ての緩やかな地形のなかに添えられたアクセント。
まるでよくできたジオラマだが、それは日常を忘れさせるには充分な光景。



朝の空気を肺一杯に吸い込んだら、TV を見ながら、昨晩のうちに洗って
部屋の隅に干しておいた洗濯物を取り込んだり(旅行後に少しでも楽するため)。

太宰治の「津軽」によれば、ここらは本州の袋小路。鶏小舎に似た不思議な世界、
だそうである。そんな袋小路の鶏小屋ではあるが、こんにちの高度情報化社会に
おいては袋小路ではない。地球を丸く包むインターネットの1節点であり、また、
日本中に張り巡らされたマスコミニュケーションにおける1端点なのである。

太宰を嘲笑うかのような勢いで流れ込んでくる情報・・・TV ニュースであるが、
私が日本の縁を移動している間に、大きなうねりが起っていたらしい。まず1つは
皇室関連。新しい命が授かったようだ。ニュースが便乗商戦の様子を撮した瞬間に
あぁまたこんなパターンかとゲンナリしたが、ともかく目出度いニュースである。

もう1つは、ニュースの途中から見始めたのでよくわからなかったのだが、
海自の大湊総監が陳謝する映像が写し出されていた。大湊?大湊って・・・確か、
この近くのどこかだったような気が・・・はて、何か問題でもあったのだろうか?
(この件については、あさいさんからのメールで詳細を知ることになる)



準備を終え、ほぼ 8時に出発。蒼天の下、カプのエンジンは快適に一発始動。
軽く暖めたら、本日第一の目的地に向かう。まずは大間崎。本州最北端の岬。
一旦むつ市内に戻り、市を縦貫する R279 を北上してむつ市を抜ける。むつ市の
北はちょっとした山地。R279 は山地のなだらかな部分を縦貫し、津軽海峡沿いへ
出る。朝早くということもあろうが、道路の流れの全体的なペースは相変わらず早い。
ナビの示す到着予想時刻が、少しずつ縮まっていく。都市部に合わせて予想速度を
チューニングしてあるからだ。近畿二府四県では正確だが、ここでは通用しない。

津軽海峡を望むところまで北上すると、道路は広くフラットな形状と化す。
やはりここも、近畿なら三車線作る幅を二車線で使っている。とてもゆったりと
していて、走っていても気分がいい。そのまま、ペースを落とさず大畑まで
サクサク進む。R279 はここで少し傾斜がつき、大畑の市街地を大きく迂回。

ナビの画面を見る。この先、大間町まではずっと海沿いにへばり付いた道路だ。
また、いくつかの個所でつづら折になっている個所がある。ってことはきっと、
それなりに険しいことが予想される。案の定、大畑を過ぎると、道幅はそれなりに
狭くなる。だが、交通量はさほど減らず、木野辺峠手前から大型トラック2台に
ひっかかる。マターリ走りたかったのだが、このあたりのトラックは、どうも
排ガス浄化が甘い。後ろを走っていると、気分が悪くなってくる。臭い。

峠区間を抜けるまでは見通しも悪いため、ずっと我慢の子。だが、峠を抜ければ
見通しの良い、海沿いの快走路。適当な場所を見繕って、一気に追い越し。
ようやく、新鮮な空気を手にいれる。ホント、どうにかして>トラック



しばらく走る。海沿いの快走路はときおり、小さな集落の中を走り抜ける。
そんな景色をしばらく繰り返すと、そのうち大きな建物の集合が見当たる。
下風呂温泉郷、だそうだ。へぇ、こんなところに温泉郷があるんだ・・・
いいなぁ。残念ながら、外湯があるかどうかはわからない。
名残惜しく思いつつも、下風呂を通過。さらに先へ進む。

その後もしばらく、同じような景色が繰り返される。その度に現れる、ちょっと
奇妙なモノに気が付く。集落の入り口付近の道路沿いに、人が一人入れる程度の
ちょうど駐車場の料金所ぐらいの大きさの小型プレハブが立てられている。表には
工事車両マナー監視所、みたいな札が掲げられており、中には集落の人と思しき
おばちゃんが座って、こちらをじっと見ている。・・・なんなんだ、これは。
鬼ヶ淵死守同盟みたいなもんか?ちょっと不気味な感じだ。



そんなことを思いつつも、大間崎に向かって着実に歩みを進めていく。
道路自体は、集落部分以外は見通しのよい対面通行路が延々を続いており
風を受けながらスポーツカーで走り抜けるのにちょうど良い感じだ。そのことを
地元の人もわかっているのかどうなのか、風間浦村付近の長い直線区間では、
追い越し車線がちゃんと作られていた(おそらく、対トラック用と思われ)。

ずっと走っていると、ほぼフラットを維持していた R279 は軽い登り勾配になる。
途端に、何やら喋り始めるナビ。見れば、この先の下り勾配の途中で右に分岐して
大間崎に向かえ、とある。分岐点自体は、さほど目立つものではない。指示通りに
分岐すると、開けた快走路だった R279 とは全く異なり、オーバーハングに木が
繁る、山間の町道のようなルートへと変わる。下り勾配は続き、さらにもう一度
右分岐の指示が入る。その分岐もまた、なんとも目立たない。気をつけて分岐。

その分岐をすぎるとようやく、道路は海とほぼ同じ高さにまで下がった。かなり
海際まで山が押し迫り、狭い領域に集落が押し込まれていた龍飛崎とは異なって
大間崎は早くから山が低く下っており、少し広めの平野が形成されている。
予想をまったく(いい方向に)裏切ってくれた。穏やかな漁村風景が広がる。

道路の両側では、出漁から帰ってきた(?)と思しき漁師さんのヨメさんと
バァさんが、黄色く照りつける朝の太陽の下で、海産物を干したり吊したりして
過ごしている。そんな中を静かに通過する。広く開け放ったクルマの窓からは、
もはや、静かに寄せる波の小さな音しか聞こえてこない。なんて牧歌的な光景だ。

もし太宰治が「津軽」でなく「下北」を書いていたら、全然違ったのだろうな。



そんな光景を満喫しながら進むと、やがて、本州最北端の岬に到着。
・・・あれ。なんだろう。なんの盛り上がりもない。すごく淡白じゃない?
しかし、道路と波打ち際の間に長細く作られた記念公園らしき施設と、その前に
列をなして止まっているクルマが、この場所が、そういう場所だと告げている。
駐車場は用意されていないようなので、一番端のほうの広い場所を選んで停車。

道路の外側は記念公園だが、内側には土産物屋が並んでいる。だが、なんというか
商売っ気のない土産物屋。近くを通っても、声すら掛けてこない。それはそれで
結構快適ではある。うるさく客引きされると、ゲンナリしてしまうからね。



カメラを片手に、長細い記念公園を端から端まで歩く。マグロのモニュメントとか
詩人の記念碑とか、豊国丸の慰霊碑とか、あらゆるものがこの袋小路に集まり、
淀み、そして意外にも調和を保ちながら地より析出していた。興味深く、見て回る。



ふと、足下を見る。そこには、大きな日本地図が書かれている。さらに見れば、
本州最南端・最西端・最北端、九州最南端、最西端、四国最南端など、様々な
袋小路の岬の名前が印されていた。えーっと、この中でいえば・・・これまでに
行ったことがあるのは、九州最南端、四国最南端、本州最南端、本州最北端か。
おぉ、なんか結構押えてるっぽい?残るは、九州最西端と本州最西端、それと
北海道か・・・まぁ、いいか。北海道は、俺のポケットには大きすぎらぁ。



地上をひととおり見終わったら、複雑に作られた手すりの隙間を縫って、巨大な
海鳥が群れを成して休息している波打ち際へ降りる。そこは磯になっており
これまでに見たことがないような穏やかさで、海は私を迎えてくれた。ほうほう。



磯の中を見る。ゴミも散乱しておらず、綺麗な海だ・・・おっ。よく見れば、磯の
砂利の中で動くものが。直径 3〜4cm ぐらいの、小さなヤドカリのような生き物が
せわしく動き回っている。それも、大量に。こんなに沢山いるとは思わなかった。
噂に違わず、ここはとても豊かな海峡なのだろう。目の前で、縮めた首を羽毛に
埋めてじっとこちらを見ながら立っている海鳥が多数。彼らの存在が、
そのことを立証しているようなものだろう。記念撮影。はい、ポーズ取って。



最後に、磯を流れている海水をちょっと舐めてみる。あれ?しょっぱくない。
海の味はするのだが、塩の味がけっこう薄い。海の水って、こんな味だっけ?

波打ち際でしばし休憩したら、土産物屋でお守り、および地ビールを購入。
大間のマグロは旨いらしいが、残念ながら食堂は営業していなかった。無念。



さぁ。次のチェックポイントへ向かおうか。重くなり始めた尻を上げ、大間崎を発つ。

戻りルートは、行きと同じ。とりあえず一旦、むつ市に戻る。朝方とちがい、ちょっと
交通量が増えていたため、思ったよりも時間がかかる。いくら流れがいいとはいえ
距離は結構長いのだ。40km はあったろうか。朦々と黒煙を吐くバスやトラックに
苛まれつつ、むつ市に戻ったのは 10時前ぐらい。うー、時間の流れが速すぎる。



次の目的地は、恐山。下北半島といえば恐山。失礼を承知で言えば、おそらく
東北以外に住む人の多くは、下北半島といえば荒涼とした河原と山だけから成る地
みたいなことを思っているはずだ。あぁ、私も例外ではない。そう信じ込んでいた。また、
下北半島には過去の思い出に引かれた人が集い、うなだれ、イタコの前に列をなし
さながら東3日目外壁のような光景が展開されているものだと思う人も多いはず。

その真偽を確かめるべく、R279 を南下。『恐山』を目指す。ナビも設定しては
いるが、霊力によってナビが狂われされることを懸念し(?)道路看板に頼る。

R279 を南下し、むつ市に入る直前ぐらいのY字路を右へ向かう。左に向かうと、
朝来た所に戻ってしまうが、当然ながらそちらのほうが交通量が多い。急激に
減少した交通量に恐れおののきながら、R338 との交差点に出る。ここは少し
大きな交差点。指示通りに右折すると、立体交差に差し掛かる。R338 はちょうど
門をくぐるようにして立体交差をパス。まさにこれぞ、冥府への門というやつか。

R338 を少し先へと進むと、直交する道路へ降りろという指示が出る。先ほどから
なぜか、立体交差する道路が多いような気がする。考えてみればここは山の麓。
凹凸の多い地形だから、そこをフラットに近く走れるように作られた R338 と
交差する道路が立体交差なのは当然の話・・・だが、不思議な感じもした。



R338 から外れれば、あとは道なりに進むルート。およそ 15km 走れば目的地。
市街地から離れた瞬間に、道路は森の中を複雑にくねりながら走るルートへと
変貌する。右も左も頭上も緑に囲まれ、まさに緑のトンネルの中を走る状態。

(全然関係ないんだけど)橋幸夫の『潮来笠』を口ずさみながら快調に走ると、
やがて MR ワゴンか Kei のような軽自動車が前に現れる。その訪れとともに
ほどなく始まる、強烈なワインディング。こういうアップダウンがきつくて
カーブのRが小さい峠道では、極端にペースを落とすというのが普通の軽自動車の
パターンなのだが、こいつだけは違った。低く落とした車高がこの結果を予言
していたのだが、まるでペースを落とさない。タイヤも鳴らさない。センターも
割らない。ただ、路面に吸い付くようなコーナリングとともに、猛烈な勢いで
みちのくの黄泉路を駆け抜けていく。その様子は、まさに迷える死人を
冥府へと導く狐火のごとくであった。あるいは幻を見せられているのか。

無論、この程度のことで突き放されるカプチーノではない。燃費を下げるために
できる限りブーストを掛けないように配慮しつつ、遅れることなくピタリとついていく。

やがて道路はこの険しい山を登りきり、唐突に、猛烈な下り勾配に入る。
ジムカーナ用パッドだとフェードの心配が必要になるほどの勾配だが、流石に
TypeZR は、ここからが本領発揮のパッドだ。何も気にせず、駆け降りる。



下り勾配はほどなく一休みの様子を見せる。それと同時に、鬱蒼とした森は消え
開けた地形へと降り立つ。なんとなく白ぼけた感じの景色が目に入ると同時に、
開け放ったクルマの窓から入ってきた硫黄の匂い・・・あぁ、黄泉の国だ。



山奥に忽然と現れた湖つきの盆地、という景色。曰く、この景色(盆地の回りを
とりまく山=火口の外輪山)が蓮華台を模している、ということらしい。

橋を渡ると、開けっ広げに作られた大きな駐車場がある。大量に止まっている
クルマが、此処には何かがある、ということを示している。特に案内も無かった
ので、適当な場所に駐車。横にはバイクが止まっており、そのナンバーは「滋賀」
だった。おっ、ご近所さん?(笑)不思議と、日本の端を目指してツーリングに来ると
近隣の府県からの訪問者を見ることが多い。やはり、日本の中央近くに住む人は
同じようなことを考えて、ついつい端のほうにやってきてしまうのだろう。

カメラを片手に降車。門に向かって歩く。途中、六地蔵の石像があることに気づく。



足下には六道の名前がそれぞれ刻まれている。ラスボス戦は間近といった風情(?)


振り返り、門を目指す。入り口には小さな受付が設けられていたが、無視して
そのまま進むこともできそう(たぶん咎められない)。ってか声かけてくれよ、
うっかり気づかずにスルーするところだったよ。入山料を支払い、中に入る。



中の景色は・・・とても、白かった。何もないわけじゃないのだが、一般的な
社寺と比べると、圧倒的に白い景色・・・何もない虚無の世界のように見える。
真っ直ぐに続く石畳は、先に見える中門を突き抜け、奥の本殿に続いていた。
なんだろう、この、妙な感覚は。全ては、固定観念の成せる業なのか?



耳元をぴゅうぴゅうと抜ける風切り音以外、ほとんど何の音も聞こえない。普段、
パソコンの空冷ファンの音を聞き続けている耳には、もう痛いぐらいの静寂だ。
そんな中、数少ない音・・・カラカラ・・・という音が、やけに耳に響いてくる。
見れば、赤いよだれかけを付けた地蔵の回りに、赤やピンク、黄色とカラフルに
彩色された風車が立てられ、風に吹かれて弱々しく揺ぎながらカラカラと回っている。
それは、幼くして亡くなり、この世を離れざるを得なくなった命への鎮魂のために。



中門まで進み、阿吽の像の間を通る。そこには、背の低い小屋が左右に合計3軒
建てられていた。よく見れば「男湯」「女湯」などと書かれている。あぁ、これが
噂に聞く恐山温泉か。かなり興味はあるのだが、そこにあるのは小屋ばかりで
なんらの説明も書かれていない。入りたいときには、どうすればいいのか?



そればかりに気を取られつつ、最奥の堂に到着。地獄の沙汰も金次第。賽銭を投げ
とりあえず手を合わせてみる・・・が、こんな場所では、何をお願いすべきなのか?
まさか、学業成就とか良縁キボンヌとか、そんなことを祈る場所でもなかろう。

少し考えた末、とりあえず、両親および回りの人の無事と健康を祈ることにした。



さて。この先であるが、左手側に広がる恐山の神髄を巡る、巡礼路となる。
極めて判りづらいが、順路が示されている。荒れ果てた白い岩山へ歩き出す。

この辺りの大地は、白くて脆い岩で出来ているらしい。地面は砕けた白骨のような
白い砂状の土で覆われている。そして、誰が積んだか知らないが、あちこちに小さな
石の山ができている。まるで精密な細工のように、小さな砕石が積み上げられている。
そして、その間から、シューという小さな音とともに、むっとする匂いの硫黄が
吹き出し、地面に黄色い染みを残している・・・

ここは地獄の一丁目・・・





山は起伏に富み、順路は起伏にそって複雑に作られている。至るところに
地蔵菩薩や鎮魂の像が置かれており、その回りには、おそらく故人のものであろう
名前が書かれた石が、丁寧に並べられている。相変わらず、耳の横は冷たい風が
ヒューヒューと吹き抜ける。そして、どこかから聞こえるカラカラという風車の音。

順路を辿ると、硫黄だけでなく、鉄と思しき色の染みも見つかる。あぁ、現在の
科学をもってすればこれらの現象を説明することも容易い。だが、慈覚大師が
この地を訪れたのは 1200年以上前。この世に現れた地獄の入り口と思ったろう。



順路をトボトボと歩き続ける。やがて、岩山を越え、巨大な地蔵菩薩の像を過ぎると
順路はなだらかになり、静かに凪いだ美しい水色の湖のほとりへと到達する。



荒れ果てた賽の河原を抜けたあとに待つここはきっと、三途の川・・・

何の音もしない宇曽利山湖畔に立ち尽くし、色々なことに思いを馳せた。



順路はまだまだ続くようだったが、あまりここだけに時間を使うこともできない。
適当なところで切り上げ、駐車場に戻る。その途中、どうしても先ほどの温泉が
気になったので、入り口の受付におられた方に伺ってみる。すると、自由に入浴
してもらっても構わないし、荷物を置くために駐車場に戻ってもらっても構わない
とのこと。おぉ、なんと豪気なことよ。生と死の境を知る人は、心の器が大きい。
会社でチマチマとコスト計算している日々が馬鹿馬鹿しく思えてくるほどだ。

さっそく、駐車場に戻って荷物をおき、手ぶら状態で温泉に向かう。選んだのは
左手奥にある小屋。粗末な掘っ立て小屋(失礼)の扉を開き、中に入る。中は
思ったよりも小綺麗にしてあり、少し安心した。服を脱ぎ、タオル片手に浴槽へ。

そこには、2人入ったら一杯、というぐらいの小ささの浴槽が2つ並んでいた。
浴槽は床から下に掘り込まれており(掘り火燵のようなイメージ)、上を走る
パイプからは常に新しい湯が流し込まれている。ボイラーすら見当たらなかった
ところから考えると、おそらく源泉掛け流し。地獄の中に仏を見たという感じ。

温泉は、少し黄色い硫黄泉。黄色く見えるのは、膨大な量の湯の花が浮いている
ため。ここまですごい量の湯の花は、なかなか見られるものではない。感動。
湯温は少し低めに設定されており、長湯をしても上せる心配はなさそうだ。
ただ、注意書きには「10分以上入るな」という指示が書かれている。それだけ、
硫黄が濃いということなのだろう。いい温度なので、それは勿体ないなぁ。

指示に従い、10分程度で温泉を出る。外に出ると、冷たい風が気持ちいい〜!
いやぁ、これはとてもいい温泉だ。これがこんな遠くにしかないのが残念。



山門を出る。小腹が減った・・・丁度、目の前には食堂があった。なるほど、
ここで喰っていくしかないということだな。早速、店に入る。店内は小綺麗でかつ
明るく、先ほどまでの地獄じみた風景からは想像もつかないほどの活気に溢れていた。
あぁ、ここは三途の川のこちら側・・・野菜不足の食生活を少し考え、山菜そばを
注文。食事が出てくるまでの間、食堂に設置されていた「恐山の水」を飲んでみる。

・・・ふむ。固く透き通った水はよく冷え、五臓六腑に染み渡っていく。しかし
なにより気になったのは、とても甘いということだ。いや、砂糖菓子の
ような甘さではない。なんというのか・・・新鮮な野菜のような甘さというか。
化学物質で処理されたり、ペットボトルに封止された味とはまったく異なる。

士郎はん・・・一体これはどういうことですのんや?と聞ける相手もなく、
ただ首をひねって何杯か飲んだところで、山菜そばが到着。黒い色の関東出汁に
ざぷりと泳ぐ蕎麦。早速、出汁を一口ばかり飲んでみる・・・こ、これは!?

甘い・・・

決して嫌味な甘さではないし、悪い意味で「甘い・・・」と書いたのではない。
ただ、今までに味わったことのない種類の甘さがぱぁっと広がってきて、驚く。
とてもうまい。し、士郎はん!いったい、これは、何を使わはったんや!?

だが、今日のこの席には、山岡士郎も海原雄山も居ない。だれも教えてくれない。



予想し得なかった旨さに出会い、感涙しながら飯を喰う。気分を良くして店を出る。
土産物屋を冷やかす。いくつか土産物を購入すると、店番のおばちゃんが突然、
男の子が生まれたんです、と言い出す。お孫さんでっか、と聞きそうになったが、
朝方のニュースに関連する話だと知る。あぁ、そうなのか。いや、まさかいきなり
その話題を振られるとは思わなかったよ。ニュースを見ておいてよかった(汗)

最後に、噂に聞く合掌アイスを食う。いくつか種類があったが、盛んに「苦い苦い」と
書かれているヨモギアイスに魂を引かれる。一発ネタ系サイト(違)運営人としては
ネタに繋がるものはなんでも体験せねばならない。さっそく、ヨモギアイスを注文。

「合掌」というぐらいだから、手の形をした変な形のアイスが出てくるかと思ったが、
普通のコーンの上に、普通に丸いアイスが乗ったものが出てきた。拍子抜け。さらに、
味のほうといえば、意外と旨いのよこれが。ジャリジャリしたアイスの中に、細かく
刻まれたようなヨモギが混ぜられている。少しだけ苦いのだけど、その苦さがまた
アイスの淡い甘さとすごくマッチしているのだ。すごく普通。でも普通にうまい。

現世に生きる幸せを充分に味わったら、恐山を後にする。予想していたよりも、
ずっと普通。でも、なぜ「恐山」と言われるのかは充分に理解することができた。



来た山道を逆向きにカッ飛ばし、むつ市に舞い戻る。前回給油からの走行距離は
ほぼ 400km。ガソリン残量も寂しくなってきたので、ここらで給油していくことに
した。スタンドを探すと、裏道のほうで COSMO を見つける。小さな店なので、
ひょっとしてハイオク扱ってないんじゃあ・・・と思ったが、そういうことはなく
ちゃんと、店舗の端の方で錆にまみれていた給油機のほうに案内された(汗)

一抹の不安を感じるものの、ちゃんと給油してくれた。給油量は 20.1L。えっと、
走行距離から考えると・・・お、20km/L弱?これまでで最高の燃費を叩き出した?
でも、山岳路も走ったし、急加速もしたし・・・そんなに燃費がいい走り方とは
思えないんだけど。きっと、あの給油機のメーターが壊れているに違いない(?)



燃料を補給したら、むつ市を脱出する準備も完了。さらば、むつ市。また会う日まで。
金曲交差点で R279 を折り返して北上し、R338 との交差点を右折。予想に反して
細めの道路幅から始まる R338。だが、そのぐらいの道路のほうが、都合が良い。

比較的アップダウンが多くて見通しの悪い R338 を、ひたすら東へと走る。
はまなすラインと違い、平日の昼過ぎというのに、本当に交通量が少ない。
東通村を過ぎて小田野沢に出る 20km 弱の区間で、追いついた車両は1台、
すれ違った車両は数台程度。考えられないぐらい、寂れている道路だ。

まぁ、栓となりうる低速車両は少ないほうが、走行ペースが上がってくれるため
走っているこちらには都合が良い。しかし、何事にも限度というものがある(笑)

小田野沢から白糠に至るまでの R338 は、地図を見ても想像がつくように、
フラットに近い地形を、僅かなRのカーブと直線の組み合わせだけで走っている。
そのせいかどうか、この区間を走る地元民のペースは、笑っちゃうぐらい速い。
ふつー、こんな速度を一般道で出したら絶対アホ以外はついてこない(常識的に)
というペースで走っていても、後続車両はなぜか普通についてくる。もしもここに
レーパトの一台でも置いておけば、そりゃもう、逮捕者続出という勢いで。

もっとも、そんな無駄なことはしないと思うけど。道路の構造を考えれば、
ほとんど高速道路。回りに集落や田畑も存在せず、人が飛び出してくる
可能性は、野性動物がライトの光に惹かれて飛び出してくるより圧倒的に
低い。見通しも良い。それに、このあたりは移動距離がとても長いようだから
あまり四角四面に取締りを行っていると、生活が立ち行かなくなるのだろう。
そういう理由を勝手に推測したものの、実際、ここまで取締りには一切遭遇せず。

白糠に到達。ひさびさの集落だ。ここで、道路工事現場に出くわす。どうやら、
集落の中は抜けることができないようで、海沿いの漁港(?)を経由するよう、
大きく迂回路が指示されている。飛び出しに充分注意しながら、活気のある
漁港沿いを抜ける。だが、この先は、ここまでのように改良された道路自体が
まだ存在しないようだ。漁港を抜けた先で、海沿いの隘路通行を指示される。

・・・もっとも、そういうのは(むしろ、そういうのが)得意分野だ(笑)

「物見崎」という、いかにも観光場所になっていそうな地名を横目に見つつ
急なつづら折の坂を登り、断崖の中腹に作られていそうな隘路へと出る。
(隘路といっても、ここまでの似非高速道路と比べて、だが)おそらく、
左手と頭上に広がる緑の壁が枯れ落ちる季節になれば、絶景の太平洋が見られる。
すこし残念だが、もっとも、そういう時期にこの道路を通行できるかは不明。

くねくねっとした道路を下りきると、道路は再び拡幅し、快走路に戻る。
ただし、先ほどまでの似非高速道路状態ではない。むつ市から抜け出したばかりの
R338 の雰囲気に近い、少し内陸気味の雰囲気のする道路。だが、それもまた
短い時間で終りを告げる。まもなく、優美に右カーブを描いた巨大な陸橋を持つ
尾鮫バイパスが現れる。陸橋は大きな谷を越えるもののようで、急激に視界が開け
あぁ、袋小路の森を抜けて南下してきたのだなぁということを教えてくれる。

さて、目的地の六ヶ所村はもうすぐだ。



それほどニュースを見ない人でも、名前を聞いたことのある村は2つあるだろう。
1つは「上九一色村」、もう1つは「六ヶ所村」。前者は某教団関係で有名に
なった村だが、後者は原子力エネルギー問題で有名になった村だ。そう、
ここには、都市で生活を営むものが排出した最凶最悪の廃棄物である
核燃料のゴミが運び込まれ、処理され、集積されているのだ。

我々がエロゲー、否、健康な文化的生活を日々営む欲求に敗北し、触れてしまった
旧支配者・クトゥグア。その真実の姿を確かめるべく、私は六ヶ所村を訪れた。



手元に日本地図があれば、青森県六ヶ所村の尾鮫沼付近を開いてみてほしい。
どうだこの、緑あふれる長閑な世界の果てに突如として現れた邪悪な魔王
(もちろんラスボスだね)の神殿
、という風格に満ちあふれ過ぎた図形は。
俺が館長だったら、もう絶対ダンジョン作って潜って勇者を待っちゃうね。
反則だけど1ターンで2回ぐらい攻撃しちゃうね。HP が 0 まで下がると
変形して大型化しちゃうね。しかも3回ぐらいね。ラスボスだからね。

ともかく、この場所にこんなデザインの施設を作った奴は偉いってこった。



そんなことを微妙に考えつつ、R338 を走る。陸橋を越えるとしばらくの間、
道路は緩い登り坂。左手は原燃サイクル施設・・・なのだが、まさに神殿だ。
道路沿いに長細い鉄板がびっしり立てられ、厳重に警備が行われている。
おそらくあの鉄板は、「鉄」などと書けるような生半可な材質ではないはずだ。
自衛隊富士演習場で見た総火演の後、74式戦車の装甲板を指で弾いたときの
感覚を思い出す。あれは絶対に、私が知っている「鉄」ではなかった・・・

そして、道路の反対側では延々と、東北電力の工事車両が電気工事を行っている。
くそっ・・・だまされるなっ・・・!あれは、油断を誘うための仮の姿に過ぎないっ・・・!
おそらく奴らは、陸自の隊員っ・・・!進入するテロリストを背後から襲うつもりだっ・・・!


いや別に私はテロ行為をしたいのではなく、単に、こういう施設にはつきものの
PR センターを探していたりするわけだが、こうもモノモノしい雰囲気では、
入り口ゲートを探してゆっくり走ったり、Uターンしたり、やりづらいなぁ。



そんなことを考えながら悪の神殿の横を通過すると、やがて目的としていた
原燃 PR センターの案内看板が現れた。少し離れた場所にあるらしい。当然か。
行ってみよう。数分ほどクルマを走らせると、到着。クルマを止めて、館内へ。

建物自体は素朴だし、展示は普通の原電に併設されている PR センターと類似。
再処理施設内の様子を巨大な立体模型として作った展示はなかなか圧巻であるが
やはり、最上階フロアからの眺望が、もっともインパクトのあるものだった。



核燃料サイクル施設は、こんもりと盛り上がった森の奥にある。いや、まさに
イリヤスフィール城。二万四千年を経てもなお滅しないサーヴァントなの、お兄ちゃん。



・・・まぁしかし、アレがなかったら、このあたりはただ森があっただけの、
無為な土地だったってことだ。誘致したとしたら、その理由もわからんでもない。

訪問記念のスタンプを押したら、再び R338 へ戻り、更に南下を続ける。道路は
しばらく下り勾配となる。そのうち、それまで左手側にずっと存在し続けていた
原燃サイクル施設の防護壁は疎らになり、県道 180号との交差点で消滅する。
道はその先も変わらず続き、やがて、鷹架沼を橋で渡る。左後方を見ると、
そこには緑豊かな景色が広がっている。人類の判断が、吉と出ますように。



そのまま少し走る。道路の両側には相変わらず何もない・・・と思ったら突如、
六カ所温泉「ろっかぽっか」の案内看板が現れる。おぉ、ここか、ここか。慌てて
右折し、温泉に突撃。原燃 PR センター内に案内が書いてあったから、もっと
近くにあると思っていた。たぶん、わざと施設からこんなに離したんだろうな。
だって、すぐ施設の北西に『六カ所温泉』ってのが存在するぐらいなんだから、
物理的に作れないことはないはずだ。倫理的に問題があったのだろう。

やけに立派な建物の中に入る。中身は、外観に負けないほどに充実していた。
ものすごく長細い。手前は土産物、中間は休憩施設。その間を延々と歩くと、
最奥の温泉に辿り着く。ここではきものをぬいでください。遠慮無く突撃。

泉質は、わりと普通のアルカリ系(これまで見てきた温泉がどれも凄かったので)
だが、やはり関西で手軽に入れる温泉と比べると、ずっと良い湯といってもいい。
あくまで主観的な話だが。また、湯浴みの施設も充実している。青森ひばの匂いも
適切に心を鎮めてくれる。あぁ、この浴槽、いいなぁ。うちにも欲しいなぁ(笑)



汗を流したら、14時半ごろに「ろっかぽっか」を出発。本日4つめのポイント、
三沢航空博物館に移動する。距離にしてここから 30km ぐらいなので、15時には
到着できるだろう。だが、このペースだと、酸ヶ湯温泉に行くのはキツいかも
しれないと思い始める。だがしかし、三沢を外すわけにもいかん。とにかく行く。

駐車場でエンジンを始動し、ナビの目的地を修正。その間、頭上から聞こえる
轟音。最初、遠雷かと思っていた。だが、違う。これは・・・ジェット機の爆音。
しかも、高高度から届く民間機の音ではない。低い高度を舞う、軍用機の音だ。
早くも逸りはじめる心。心の中で眠っていた航空機ヲタの魂が覚醒する。

少しでも移動時のロスを減らすべく、多少無理をしつつも R338 を走って
三沢市へ到達。どこが市の中心になるのかはわからないが、少なくとも
R338 沿いは非常に鄙びている。そのせいかどうか、どこを曲がれば
三沢空港に辿り着けるのかという看板がろくに整備されておらず、
畑を抜けて航空博物館に向かうのに、少々手間取ってしまう。

だが、それだけの手間をかけた甲斐はあった。ライト兄弟?がお出迎え。





カメラを片手に降車し、ガラス張りの建物の向こう側に回って入り口から入る。
その際、少し遠くの広場で羽を休めている鷹と空飛ぶ棺桶が見つかった。あ、
ひょっとして、展示機がありますの?見たい。すごく見たい。あとで見よう。

ワクワクしながら館内に入る。中はがらんとした空間で、右手には土産物屋。
土産物屋には、航空博物館というより、空自三沢基地関連のグッズが並んでいる。
もう、そっちのほうにしか注意が向かない。って、いかんいかん。博物館なのだから
まずは館内の見学だ。券売機で入場券を買い、ゲートを通過。広々とした格納庫の
ような航空博物館内に入る。ざっと見て回る。館内は二階建てで構成されており、
2階の面積は1階の 1/4 ぐらいしかない。なぜかというと、1階の奥のほうには
YS-11 などの実機がいくつか展示されているためだ。まず、手前のほうから見る。

手前のほうは、航空機に関わる技術や科学の実体験ができる小さなブースの
集合体になっている。深草の青少年科学センターのうち、力学系の部分だけを
切り出したみたいなもんだ。ただ、やはり「航空博物館」というだけあって、幾つか
航空系ならではのブースもある。回転する球体内に2名が入ってボールを投げ合い
コリオリ力を実体験するブースとか、小型風洞(?)の中に入っているセスナの
模型のエルロン/ラダー/エレベータを動かして挙動を見るブースとか。
他愛のない実験だが、なぜか目を輝かせて遊んでしまう自分がいた。
もう、ラピュタだろうがナディアの故郷だろうがなんだろうが
探してみせらぁってな感じだ(意味不明)

2F のブースも一通り楽しんでから、奥の展示へ。知らない機体もあったが、
心を惹かれたのは YS-11 だった。今のジェット旅客機からは考えられないほど
コンパクトな機体だが、それだけに総身に知恵の回りきった、技術者の魂らしい
ものが感じられる。今はまるで、楽園の中で王の帰りを待つロボットのように
動かない空気の中で静かに佇むコイツだが、夢のなかではきっと、今も大空を
飛んでいるんだろう。「立ち入り禁止」と書かれたコックピット内に目をやる。
まるでスポーツカーのように狭く配置された2座の椅子と、針山のような操作盤。
膨大な量のスイッチが、もはや来ることのないパイロットとコ・パイを待っている
かのように鈍く光っている。新谷かおるなら、これを題材に何を描くだろうか。

館内を一通り見回ったら、土産物屋へ。ここで、火がついたようにあれこれ買い物。
ストラップとか、Tシャツとか、DVD とか。三沢基地グッズが多数置いてあったのが
致命傷だった。来たくてもそうそう来れない三沢基地のグッズだ。買うしかない。



薄くなったサイフに一抹の寂しさを感じつつ、建物を出て屋外展示機の元へ。
F-2 が 3機、F-16 と F-104 がそれぞれ1機、展示されていた。もう、ダメだ。
アドレナリン制御弁が持ちません!近接戦闘、用意!精神年齢を20歳ほど逆戻りし
愛用のカメラ片手に六木 "火の玉ロッキー" 剛状態になって写真を撮りまくる。



あ、この無造作な付け方のメーター。某草さんの AZ-1 のインパネみたい(意味不明)



やがて、そんな様子を見るに見かねた(?)のか、F-104 展示機のコックピット内を
キャノピー越しに激写しまくっていた私に「開けましょうか?」と声をかけてきて
くれた職員さん。いや、今はデスクワーカーだが、時計の針を 10年も戻せば
きっとこの人は現役だったろうと思えるような渋い風貌の戦士。あなたは
大変なものを盗んでいきました。それは、私の理性です。

職員さんはキャノピーの南京錠を外し、手慣れた様子でコクピットを開ける。

もう、精神年齢若返りまくりんぐ。PC-9801 でフライトシムを作ろうとして、
インパネを再現すべく、「航空ファン」と「週刊エアクラフト」に掲載されていた
戦闘機のコックピットの不鮮明な写真を見ながらドット打ちをしていた頃を
思い出す。あぁ、あの頃の俺の頭に、この記憶を伝えてやりたい。



写真を撮りつつ、説明を受ける。この機体は米軍から分解状態で譲り受けたもの
らしいが、組み立てる際、レーダー周りの計器が入手できなかったらしい。なので
一部計器に欠損があることを教えてもらう。あぁ、言われてみれば・・・ホントだ。
いや、もう、なんか部品が足りないインパネというのを某車両とかで見慣れすぎて
いるせいか、穴が開いていることがなんにも気にならなかったというのは秘密。



一通り撮影を終え、満足。・・・満足したつもりだったが、目の前では、さらに
(遠い場所に住んでいるからこそ言えることだが)燃滾る光景が展開していた。
三沢基地所属の米軍 F-16 4機が、間をあけずに次々と離陸していく。そらもう、
滑走路とは目と鼻の先(地上をタキシングしている機体が見えるぐらい)だから
その迫力も凄まじい。民間機では考えられない速度で、矢のように飛び立っていく。
三沢所属の機体の詳細は判らないが、軍用ジェットエンジンが容赦なく吐き出す轟音は
パワーを徹底的に絞り出したレースカーの排気音にも似て、どこか美しさがあった。
しばらくの間、その暴力的ながらも官能的な音の虜となり、立ち尽くしてしまう。



・・・気がつくと、もう 16時半。うわ、こりゃスケジュール的にヤバげだ。
これから、八甲田山にある酸ヶ湯を通って、東北道の津軽 S.A. に行かなければ
ならない。距離は短いのだが、山岳路だから速度は稼げない。また、なによりも
問題なのは、そもそも酸ヶ湯って外湯をやっているのか?という話だ(汗)。
これを調べてこなかった(うっかり、あるものと思い込んでいた)
また、もしあるとして、何時まで営業しているものなのか?

常識的に考えれば、そんなに遅くまで営業しているとも思えない。一方、
時刻を見れば、もう充分に「遅いね」と言える時刻だ。あぁ、たぶん無理かも。
一応、ナビで経由路に R394 を指定し、ルート検索をかけてみる。到着予想時刻は
18時半、か。うーん。やっぱりダメぽ?行く前からやる気を削がれまくりんぐ。

しかし、調べていないということは、ともかく行ってみないとわからんということ。
どうせ通り道だ。行って外湯がなかったら諦めもつく。とりあえず行ってみよう。



勇気を奮い起たせ、航空博物館を出発。原燃 PR センターあたりから白くなっていた
空は、いまやもう灰色。日が暮れてきたせいかと思ったが、それだけではない。三沢の
市街地に入ってすぐのところで、いよいよ雨が降り出す。これでは、ペースが。。。
くそう、最悪だ。今回の旅行は、本当に天候に恵まれない。日頃の行いのせいか?

かなり凹みつつも、県道170号から 県道 10号へ入り、三沢市の市街地に突入。
ここでまず、大きな誤算。これまでの区間のイメージのまま市街地に入ったのだが
三沢市は、小さいながらも立派な都市。当然、都市に付き物の渋滞も発生する。
渋滞は県道 10号に入ってすぐから始まり、少し先の交差点まで続いた。どうやら
右折レーンのない交差点なのに右折が多いという、基本中の基本パターンで
渋滞が発生している模様。この状態が偶然なのか、恒常的なのかはわからないが
もし後者だとしたら、この区域の交通管制が如何にできてないかということだな。



渋滞を抜けると、少し流れが良くなる。あとはこのまま中央町の交差点まで行って
そこで県道 8号に・・・と思ったが、ここで、予想外の事態が発生。県道 10号は
ほどなく東行き一方通行になる。うわ。県道 8号にいけないよ。マズ。

時間のロスどころの騒ぎではない。県道 8号への迂回指示看板も上がっていない。
カーナビの地図は情報量と一覧性に乏しすぎるので、どう迂回すべきなのかという
検討も立たない。とりあえず判っているのは、南側が市街地の内側、目指す場所は
市街地の西。つまり、市街地に突入して、可能な限り西を目指せということだ。

結局、苦戦を強いられつつも、鄙びた田舎町といった風情の三沢市を通りぬけ
県道 8号へと繋がるルートに乗ることに成功。そのルートの入り口は判りづらく
県外者には一苦労な作業であった。やっぱ、市街地ではナビは役に立たねぇ。
交通規制情報が入ってたらこんなことには・・・って、入ってなかった?>CD版



県道 8号に入ると、郊外を走る細い快走路という感じになり、スムースに流れる。
上北町まで東北本線沿いを上がり、そこで西に方向転換。さらに寂れた農村風景へと
変貌していくが、先を急ぐこの状況では、いろんな意味で心配のない、こういう
ルートが一番良い。先ほどから降り出した雨は少しづつ強くなり、路面はすっかり
濡れてしまっている。そのせいだけではなく、景色はかなり暗い。ヘッドライトを
点灯せずに走るクルマも多数いる。注意を払うべき個所はあまりにも多いが、
逆にいえば、せいぜいその程度だ。マージンを適宜確保しつつ、ペースを上げる。

R4 を一瞬横切る。七戸町というらしい。確かに、交通量や住宅もそれなりに多く
ちょっとした山間の町という感じだ。八甲田山方面を目指すので、R394を曲がる。
そこが七戸町の中心地。福井のほうの今立町などと、なんとなく似た風情のある
町並みだ。その中を、丁寧に立てられた道路案内看板に従って何度も曲がり、
町を脱出する。さすがにもう、前走車も後続車もいない状態だった。

七戸町を抜けると、もう「町」はない。それどころか、R394 は完全なる山岳路の
体を成す。日も落ちて暗くなった谷あいの道路を、静かに登っていく。どことなく
霧島温泉郷を目指して走っていたときのことを思い出させる。雨は降り続き、
エアコンを切るとすぐに曇ってくるぐらいに湿度が上がっている。やがて
道路は尾根に近づいたのか、急激に険しさを増してくる。なんだろうね、
この苦行。雨に濡れた険しい山岳路は、闇に落ちてますます不明となり
唯一頼りになるのは、ナビが表示する残距離、およびステアの手ごたえのみ。
水滴がザァザァと落ちてくる闇の先にある酸ヶ湯温泉に向かって、黙々と進む。
そのうち、かなり疲労がたまってきたせいか、集中力が切れ、眠気が襲ってくる。

プチ八甲田山死の行軍といった感じだ。実際、崖から落ちたら死ぬからなぁ。



もう、あと 10km も走れない、というぐらいに疲労が溜まってきたところで、
道路はようやく尾根沿いに登りきったようで、勾配と線形が緩くなる。わずかに
上昇するペース。目の疲労も極大に達し、路面の様子も把握しづらくなってくる。
今ここで行軍を中断し、路肩で眠りこけてしまえばどれほど楽になるだろうか。
だが、ここで崩れるわけにはいかない。あと1km。あと1km 走れば、温泉に・・・

その繰り返しで根性の行軍を続け、距離感覚を失った頃に、目的としていた
酸ヶ湯温泉へ辿り着く。あぁ、生きてここまで辿り着くことができた。。。



酸ヶ湯温泉は、尾根沿いから少し下がったところの谷あいを渡る
道路沿いにある。つまり、少し奥まった場所に、ちんまりと存在する。
外観からしてちょっと秘湯な雰囲気が漂う、エロティックな温泉だ。

フロントガラスをビッシリ覆う雨粒の隙間から、温泉の駐車場の入り口を探す。
大きなペアピンカーブとなっている道路のアウト側に位置するソレは、中央部から
入れない構造になっている。照明がまるでない上に、この悪天候、この眼精疲労。
つまらないことなのだが、駐車場に入るのに少し苦労する。あぁ、もうダメだ。
このまま、この温泉の駐車場で、ぐっすりと眠りこけてしまいたい・・・



へこたれそうになる精神をたたき直し、タオル片手に降車。シトシトと降り続く
雨に打たれつつ、黄色い照明で暖かく照らされた入り口へと向かう。そこには、
どう見ても日帰り入浴者のために作られたと思しき入湯券販売機が置かれており、

”入浴時間は9時から17時まで”

と書かれていた。がひゅ!?今何時よ!?携帯をパカリと開いて現れた時刻は、

18:20

"18時" って "17時" より "後" の "時刻" だよナァ!? (ピキッ?!)
‥‥こんぐれぇの "遅刻" だったら "許して" くれませんかねェ‥‥!?(ビキバキッ)


ダメ元で、奥の受付に座っていたお姉さんに泣き付いてみるが、やっぱダメ。
そりゃそうだわな。残念。でも、日帰り入浴ができるんだということが判った
だけでも勇気百倍。アンパンマンが新しい頭を貰った時みたいに元気になる。

なお、9時から17時と書かれていた入浴時間だが、実際には 7時から18時まで
らしい。ただ、基本的にここの温泉は混浴設定だそうで、女性専用時間ってのが
設定されている。その時間帯、男は千人風呂に入ることができないのだった。

・・・チッチッチッ(アブドゥル風)。千人風呂に入らずして、何の酸ヶ湯温泉。
明日朝9時の突撃を全部隊に指令し、一旦撤退。ただ、とりあえずクタクタなのは
事実だったので、あと少しの時間を走りきるため、売店で水を購入しておく。

未練半分満足半分でエンジンを始動し、さらに西へと進む三蔵法師一行(違)。
水を飲んで気力回復を試みるが、眠い。マジ眠い。疲れが極度にたまっている。
降り続く雨の気だるさがまた、眠気を誘う。あぁ、今日はもう、走りたくない。
あぁ・・・やっぱ奮発して、酸ヶ湯に宿を取ったらよかったかなぁ・・・



だが、今の私は、まだまだ走らねば寝ることすら許されない。諦めて、雨に濡れて
無情に光を奪っていく R394 を西へひた走る。その後、ちょっとした山越えはあった
ものの、さっきまでのようにキツイこともなく(精神的なゆとりが大きいかもね)
もうちょっと頑張って、予定通りの 19時ごろに黒石 I.C. から東北道に乗る。
あぁ、久々のちゃんとした高速道路。そしてここが、本日の宿となる・・・

津軽 S.A.。

え?折角の旅行なんだからちょっとは贅沢せいよ? できるなら苦労はしない(涙)
さっきはあんなことを書いたが、八甲田山周辺の宿はめちゃくちゃ高いのだよ。



ともあれ、S.A. に到着したので、もう今日はこれ以上 1m も走らなくても良い。
ありがたいことに、S.A. の食堂はまだ営業をしてくれていた(20時までだったが)。
多くのメニューが売り切れになっている中で、みそ豚テキというメニューだけは
残っていた。パワーをつけなきゃ、あと2日間は乗りきれぬ。これを選ぶ。
これは意外と正解で、野菜がたくさんついてきた。これはとてもありがたい。
年をくうと、やっぱ野菜を食わないとあかんよなぁ〜と思うことが増えるのだ。
ともかく、ガツガツ食う。すごく元気が出てきそう。やっぱ食い物はすばらしい。



食事を終えて一息ついたら、夜食を購入してからカプのところへと戻る。
車内に散らかっていた荷物を運転席に押し込み、助手席のヘッドレストを外して
座席を一番前までスライドさせる。その状態で背もたれを最大にリクライニング。
こうすると、リアの荷物置き場〜助手席奥までの間に、長い空間ができる。
つまり、それなりに足を伸ばして眠れる広さぐらいは確保できるのだ。
工夫さえすれば(快適な)車中泊は充分に可能なのだ。えっへん。

窓に遮光措置を施し(=洗濯物を吊しておく)、目覚まし時計を設定したら
服を脱いでルパン第一装備(=青いトランクスと白いランニングシャツ)になり
持参した毛布にくるまって寝る・・・意外と、暑い。ものすごく寒いんじゃないか
と思っていたが、それは杞憂であったようだった。ほどなく、眠りに落ちる。。。

屋根を叩く軽い雨音が BGM。


9/7

・・・5時過ぎから少しずつ目が覚め始め、6時半には完全に目が覚める。
遮光を施した窓の隙間からは、白い光が車内を柔かく照らしている。うむぅ・・・



目だけに溜まった疲労を深く感じつつ、起床。それ以外の体の疲労は取れている。
歪じゃないとは言えない体勢で寝ていたのに、おかしな回復具合を示すものだ。

枕許に置いてたズボンと上着を着込み、ドア側の遮光カーテン(洗濯物)を外す。
窓は、激しく結露している。うわ、車中泊をしたときに一番イヤなのがコレだな。
ガラスだけならまだいいのだが、インパネ裏とかで結露していたらショックだし。
窓ガラスに挟み込むタイプの換気扇が欲しくなる。通販とかで売ってたよなぁ。

上体をひねりながら全ての日光避けを外し、等しく結露した窓を雑巾とフクピカで
隅まで拭きあげる。いやしかし、結露してるなんて、夏っぽくないよね・・・ちなみに
室内は少し暖かい程度で、実に快適だった。結局、シャツとパンツ一丁で、毛布を
深々とかぶって寝ていたわけだが、この季節、平野で夜を過ごすにはコレで十分。

さて。寝床の解体はできたので、朝飯を・・・と考えながら靴を履き、ドアを開け

うぉっ寒いっ

ドアを開けた途端、肌に染み入るような冷たい空気がヒュッと流れ込んできた。
うっわー、なにこれ。めっちゃ寒い。9月初旬とは到底思えない寒さだ。鳥肌が立つ。
天候は曇り。昨日の雨がわずかに残っている程度。放射冷却の起きない状況だが
さすがは北国というべきか。容赦なく、夜は気温は下がるらしい。そりゃ確かに
窓も結露するはずだ。やっぱり、換気扇がなくて良かったかもしれない。





さて、朝食を確保するため、ひとけのない建屋に向かう。残念なことに、売店は
8時から営業開始だった。酸ヶ湯温泉には 9時に到着したい。昨日の実績から
考えると、ここから温泉までは1時間ちょい。8時まで待つと、ロスが出てしまう。
ささやかな満足と時間の無駄を勘案した結果、時間のほうが勝った。ニチレイの
自動販売機は稼動していたので、焼きおにぎりを購入。軽く腹を満たしたら出発。

時刻は 7時半。予定到着時刻が 9時だとすると、むしろ今度は余裕がありすぎ。
時間がなければ大鰐弘前 I.C. で引き返して黒石 I.C. まで高速に乗ろうかと
思っていたが、その必要性もなさそうだ。順当に大鰐弘前 I.C. で降りる。

ここから R102 までは、北に向かいさえすればどう走ろうとも必ず到着する。
この辺りを起点とする扇状地が北向きに広がっており、その麓を沿うようにして
R102 が弧状に走っている。なので、特に奇は衒わず、I.C を出たところの R7 を
少し北上したら、メインストリートらしき県道13号へ折れて北上。平日の朝 7時半
過ぎともなれば出勤時間と重なるせいか、ちょっと混雑気味で流れは遅め。



R102 と交差したら右折し、東へ向かう。どんどん田舎方面に向かうということで
R394 との交差点付近まで進んだところで、前走車はほぼ居ない状態となった。
だが、今は先を急がないので、ペースを上げずに走り続ける。それでもしばらくは
誰も追いついてこず、みちのく一人旅状態。中野川沿いのワインディングを登る。
ワインディングも終わりになろうかというところでようやく、大きな RV 車が一台
ものすごい勢いで追い上げてきた。むしろ心が安らぐ(笑)先は急がないので、
追いつかれる直前に現れた直線部でウインカーを上げ、道を譲って先に行かせる。

それにしても・・・おそらく今朝方まで雨が降っていたにもかかわらず、路面が
ほぼ完全に乾いていたことに驚く。高速道路の S.A. はべちゃべちゃだったのに。
この辺りは地熱が高いのかな。それとも、坂道だから速く排水できてしまうのか?



R394 を延々と上り、傾斜は緩やかに。ペースを変えずに走り続け、酸ヶ湯温泉まで
あと数km というところまで近づいたところで、休憩所を見つける。8時40分か。
まだ時間に余裕はあるな・・・興味がわいたので、停車。来た道を振り返る。



山の中腹を走って来た道路がよく見えるわけだが、すごい橋がかかっている。
少し歩いて調べてみると、城が倉大橋というらしい。また、このあたりの渓流は
(橋のかかっている下は谷になっており、堤川の源流が流れている)自然の宝庫で
うんたらかんたらという説明あり。そんな説明を見るまでもない。絶景である。



手すりから見下ろす緑深い山並みはどこまでも続き、視野の奥へ青く消えていく。
九州の自然もすごかったが、東北もまたすごいものだなぁ。感動。

眼下に広がる景色と冷たい空気を堪能したら、ノート PC の地図ソフトを起動し
今後のルートを軽く検討。温泉を出たら十和田湖を通って・・・うん、よし。
この先の目的地を考えると、奥入瀬渓流は経由できそうだな。



9時に近づいたので、しゅしゅーっと走って酸ヶ湯温泉に到着。入湯装備を整えて
元気よく突撃。入泉券を購入し、今度こそは堂々と入場。時刻は・・・8時55分か。
あと5分ぐらいで千人風呂に入れるとのことなので、少しだけ待ってから入浴。

待つ間、フロアを見回す。いい感じに古ぼけて鄙びた温泉。左手方向を見れば、
継ぎ足して伸ばしたと思しき歪な廊下が伸びている。あぁ、まさに温泉旅館。
この粗雑さ。都会暮らしでは決して味わえない、無上の風情がある。



9時になった。ベコベコに凹んでいる貴重品ロッカーにサイフを入れ、入浴。
黒ずんだ入り口は古い銭湯のような佇まいであり、これもまた、味わいがある。

更衣室の光景もまた、全体的に黒づくし。適度に古臭くていい感じ。大きな更衣棚から
籠を出し着替えを済ませる。薄暗い部屋の雰囲気に満足しつつ、いよいよ湯船へ。



・・・ほう。扉を開けると、眼下に温泉が広がっていた。その表現は誇張でも
なんでもなく、実際そうなのである。更衣室は高い位置に作られており、温泉の
床へは階段を降りてたどり着く構造となっている。2〜3m 程度の段差かな?

見下ろす温泉は、更衣室と同じように、全体的に黒い。25m 四方ぐらいの建屋の
床には 5m×15m ぐらいの大きさの湯船が2つ。その中に、濃い乳白色の湯が
湛えられている。千人風呂というからにはもっと巨大なモノを想像していたのだが
意外とこぢんまりとしていた。まぁ、これに千人入れなくはないだろうけど・・・

それぞれの湯船には看板が立てられており、手前には熱湯、奥には四分六分
文字が大きく揮毫されていた。親切なのだが、なんかおかしい光景だなぁ(笑)
あとは、左奥のほうに打たせ湯がある。打たせ湯フリークとしては、温泉には
ありそうだけどあまり無い設備の1つが存在するだけで嬉しくなっちゃうね。



さて、肝心の湯の話。階段を降り、かかり湯をしてから手前の温泉へと入る。
熱湯と書かれていたが、実際にはそれほど高温ではない。時間帯に依るのかな。
湯はやはり濃く白濁しており、5cm も沈めば何も見えなくなる。湯の花は少なく
溶け込んでいる成分だけでこの濁りを出しているようだ。匂いはあまりしない。
だが、味が独特だ。舌の先に軽く付けてみるとわかるが、酸っぱい。

温泉の名前の由来がこの味にあるそうだが、なるほど確かに頷ける味だ。
酸っぱく、かつ、苦い。知っている味で説明しようとすれば、そうだな・・・

レモンの皮の部分みたいな味

といえばいいのか。硫黄系でもアルカリ系でもないようだし、いったいこの温泉は
何なんだろう。浴槽を出て、頭から打たせ湯にあたりながら考えるが、結論は出ない。
まぁ、判らないところが魅力か?考えてもわからないので、たむは考えることをやめた。
四分六分の湯につかり、でかい浴槽の真ん中付近で大の字になって筋肉を緩める。

あぁ・・・ボカァ 温泉に浸かっている時が一番幸せなんだ・・・だがしかし、
死ぬまで浸かっているわけにもいかない。適当なところで切り上げる。



さっぱりした気分で風呂を出て、体を冷ましながら館内を見る。古き良き湯治宿
という感じで、浴衣を着た老紳士や老婦人が、思い思いにロビーで寛いでいる。
あぁ、できるならばこのように、ゆっくりと一日を過ごしてみたいものだ。

体が冷えたら、表に面したところにある土産物屋に突撃。じっくりと選んで、
両親etc. 向けの土産を購入する。小物が多くてラッピングに時間がかかったため
ちょうどいいやとばかり、売店のおばちゃんと話をする。東北の人は恥ずかしがり
なのか、売店の人ですらあまり会話をしてくれない。この人はちょっと例外かな。

その会話の中で、「そばまんじゅう」の存在を知る。土産に・・・と思ったが、
残念ながら、全く日が持たないらしい。今日中に帰宅するというスケジュールで
なんとか・・・だそうだ。帰宅は明日の予定だから、持って帰るのは無理ぽいな。
とりあえず、表で蒸かしたものが売っているらしいので、それを食っていく。

・・・淡白な甘さで、非常にうまい。少しずつ毒気が抜けて綺麗になっていく
五臓六腑にはぴったり合う味だ。だが・・・何が「そば」だったのかは、わからない。
もっとソバっぽい味(?)がするものかと思っていた。うーむ、土産には微妙だ。



最後に、併設されていた小奇麗な食堂で、かなり遅くなった朝飯を食う。ここでも
恐山と同じように「八甲田山の湧き水」というものが用意されていて、自由に飲む
ことができる。もちろん飲んでみるが、絶妙に甘い。まんじゅうを食った後でも
水が甘いなぁと思えるってことは、よっぽどなんだな。青森って不思議だ。

メニューをざっと眺め、「かき揚げそば」を注文する。油分の補充とともに、
山菜で野菜分を補充するという算段だ。バランス考えてるなぁ俺(?)。

そばが出てくるのを待っている間、外を眺める。朝方は落ち着いてた駐車場は、
初老の夫婦ばかりで構成される団体客で賑やかになっていた。その中に混じって、
20代後半〜30代前半と思しき男女連れも居たりする。あぁ、いいねぇ。羨ましい。
ともかく、まだ昼前だというのに、この人の多さ。やっぱ、9時ぴったりを狙って
正解だった。あの頃なら 10人風呂で済んだが、今なら 100人風呂状態だろうし。



やがて、注文していた「かき揚げそば」が来た。黒い出汁の中に浮かぶ、細くて
白いソバ。まるで素麺のようだというと言い過ぎか。いろいろ期待しつつ、食う。

柔らかく、つるつるとしたそばの食感。北陸や信州のそばは、わりと腰のある
そばだった記憶がある。が、ここのそばは腰がまるでない。ふわっとした感じ。
さらさらとしたソバを口の中に入れただけで、静かにぷつぷつと切れていく。
のどごしはツルツル。おもしろい。味は、まったく癖がない。どんな出汁にでも
染まるだろう。だから、そばを口に入れたあと、気が付いた時にはもう腹に
収まっていた・・・そんな不思議な食感を楽しめる。これは初体験だなぁ。

出汁は、やっぱり結構甘い。これも正直なところ、あまり食べ覚えのない味だ。
凄くクセになりそうだけど、関西では絶対に食えなくて地団駄踏んでしまいそう。
かき揚げのほうであるが、これも負けていない。浅く油に通された野菜は、どれも
元来の味と食感がよく残されていて、旨い。一口食うたびに体が浄化されそう。
前にもこの表現を使ったことがあるが「トニオさんの料理」って感じかなぁ。

そんな感じで、昨晩に悔しい思いをした分だけ、頑張って幸せを取り返す(笑)



っと、いけない。こんな調子で遊んでいたら、ここで一日過ごしてしまいそうだ。
後ろ髪は引かれまくるものの、ここまでで切り上げ、酸ヶ湯温泉を出発する。
次の目的地は・・・奥入瀬渓流を通って、十和田湖だな。距離は近い。
朝方に立てたルートをもう一度確認したら、R103 をカッ飛ばす。

酸ヶ湯を出てしばらくの間、R103 は少し開けた地形の中を通過する道路となるが
やがて山を下るに従い、スパースで明るい緑のトンネルの中を下る道路となる。
道路の見通しは良好。雰囲気の明るさと相まって、気分良く下り抜ける。

楽しいワィンディングの R103 を駆け下り、十和田湖温泉付近まで来たら、道路は
R102 へとスイッチ。ちょうど現れた橋を右折して渡り、さらに南下していく。

実は、下調べ不足で全然知らなかったのだが、ここから先がずっと奥入瀬渓流で
R102 は、その真横をずっと走っているらしい。やがて景色は、まさにそうした
緑深い山の中を通る渓流を真横に従えたものに変わっていく。・・・すげぇ。
まさか、クルマから降りずして、こんな美しい景色を見れるなんて・・・

できれば、どこかにクルマを止めて、すぐ横を走る魅惑の渓流に触れたい・・・
そう思いながら R102 を下ると、そこに救いの手(?)はあった。カーブを1つ
抜けたところに、路肩の幅が少し広くなっている場所があった。まさにそこは
そういった目的のために作られた場所のようで、既に多数の先客が止まっており
さらに、すぐ近くにレストハウスのような木組みの建物が作られていた。コレダ!

幸いにも、クルマ1台を駐車できるスペースがちょうど空いていた。停車。
停車してから、場所を確認。周囲を見回すと、ちょうど木の看板が立っていた。
それによると、ここは「石ヶ戸」という場所らしい。バス停も存在した。



カメラを片手に降車し、緑まぶしい森の中にあるレストハウスへと向かう。
平日昼にもかかわらず、大勢の先客で賑わっている。ざっと見れば、そこには
売店があり、土産になりそうなものも売っている。あとで立ち寄ってみよう。

レストハウスの間を歩き、渓流へと降りるルートを発見。降りてみる。



緑色の光が、疲れた目に優しさを与えてくれる。しかし、どうしてこんなに
目が疲労しているのだろう。昨日からずっと、目がズキズキ痛い。おかしいなぁ。



1分と歩かず、河原に出た。緑深い林と、河原の組み合わせ。
少し待っていればそのうち、魔化魍とか鬼とかが出てきそうだ(笑)



だが残念ながら、現実世界では、鬼が現れて人生を指南してくれるようなことはない。



美しい水の流れる砂利の河原に座り込み、しばし休憩。そのうち、急に疲労と
眠気がぐわぁっと襲ってきた。む、これはいかんな。肺一杯に空気を吸ったら
河原を後にし、先ほど見つけたレストハウスのうち、人の少ないほうに入り込む。

そこは、ちょっとした休憩室になっている。中央と壁沿いに、いろいろな写真や地図が
掲げられている。どうやら、このあたり一帯の説明が書いてあるらしい。だが今は
そんな大事なことにすら注意が回らない。壁沿いに作られた木製のベンチを見たら
そこにゴロリと横になり、目を瞑る。視覚に遮られていた聴覚が最前線に立ち、
遠くから聞こえてくる人々の歓声を意識に伝えてくる。それすらも心地良い・・・

数分ほど休憩を取り、とりあえず体力は回復した。起き出して筋を伸ばしたら
売店に出かけ、土産を物色。いつものように、ご当地ビールを見る。大間崎では
「下北半島ビール」というものが売っていた。奥入瀬でも同様のものが売っている。
自分の指向と比べてしばし眺めたのち、少し毛色の変わったものを選んで購入。
また、大きな饅頭が目についたので、ついでにそれも購入する。栄養補給。



目の保養も含めて満足したら、石ヶ戸を出発。奥入瀬の上流に向けて、R102 を
さらに遡っていく。相変わらずの緑のトンネルの中を、道路と渓流は互いの位置を
微妙に変化させながら並進していく。そこを走る。さながら、谷間の山道を
駆け足で散歩しているかのようだ。なんとも不思議な錯覚に陥る。

この先、十和田湖までこのような状態が続くばかりかと思いはじめたころ、
道路の左手側に小規模な駐車帯が作られている場所に出くわす。これはきっと
何かがあるに違いない。ナビを見ると、観光名所マーク「∴」が、直ぐ近傍に
ある。駐車帯に見つかった隙間にカプを押し込み、カメラを片手に降車。
道路の反対側にある遊歩道らしき坂道を下っていくと、そこには



決して大きくはないが、だが美しさは特級の滝「銚子大滝」が待ち構えていた。
しばし、黒と緑と白の三色が織り成す透き通った光景の虜になる。そなたは美しい。。。

こんな流れ落ちる水をスローシャッターで撮影してみたいという欲望からは、そうそう
逃れられるものではない。手持ちながら 1/4秒まで速度を落とし、気合いで撮影。



しばし放心と満足を繰り返したのち、カプのところに戻って R102 を走っていく。
やがて R102 はT字路に突き当たり、十和田湖沿いの R103 へと出る。残念ながら
琵琶湖の彦根付近と同じように、湖沿いぎりぎりの断崖上を掠めて走っているような
R103 ではあるが、肝腎要の眺望が思わしくない。湖と道路の間には等しく樹木が
植わっており、視界がまるでなさすぎる。これは悔しい。展望所すらもない。

十和田湖はスケジュールの関係で深入りする予定は無かったのだが、ここまでも
「じゃあ見せないわよ、フンッ」ってな態度を取られてしまうと、悔しくもなるというものだ。
結局、ここから南方に向かう R454 への分岐に到達してもなお視界が開けない。
ここで R454 に折れてしまっては、一生、湖を前にして退却した軟弱者として
負い目を感じつつ生きていかねばならなくなるだろう。それは末代までの恥。
いっそ有料でもいいから、なんとかして展望台を見つけ、立たねばならない。
十和田湖の姿をしっかりと目に焼き付け、一生の宝とせねばならない!

というわけで、R103 を先に進む。観光施設と思しき湖沿いの集落をパスすると
道路はほどなく、御倉半島を登るワインディングにさしかかる。残念ながらここは
鬱蒼とした木が生い茂る中を通る道路であり、展望などは・・・あっ、あった!
ワインディングを半分ほど消化し、半島の西側に出たところにソレはあった。

またもや専用の駐車場はなく、路肩が広くなっているのみ。そこに停車して
反対側に作られた小さな展望台にあがる。将軍塚のソレと似たような規模かな。



ここは十和田湖の下縁から突き出した、背の高い半島であり、そこからの眺めは
まるまる北方を収めるものになる。寸前まで迫った山並みが突然凹み、まるで
大きな貯め池のように作られた湖ということがよくわかる。湖沿いに平地を持つ
琵琶湖とは、違うなれ初めを持つのだろうな。いや、あるいは、奥琵琶湖のほうの
眺望はここと似ているような気もする。まったく別ではないのかもしれん。

また、どれだけ距離があるのかわからないが、十和田湖周辺の景色には空気遠近法が
バリバリに効いており、対岸で湖に落ち窪む山並みが全体的に青っぽく見える。
そうさな、30年ぐらい前に撮影した古い写真に最後まで残る色のように見えた。
でも綺麗だ。そんなことを考えつつ写真を撮り、奥入瀬のレストハウスで
買った大きな饅頭をへほへほと頬張る。とても、のどかな昼過ぎ。



数組のカップルがやって来ては去り、やって来ては去りという慌ただしい中で
自分なりに静かな時間を味わったら、この場を去って次の場所へと向かう。

次の目的地は、久慈の琥珀博物館。どなたかは知らないが、Web拍手で
旅行の行き先候補としてコメント下さったものだ。知らなければ一生知らずに
過ぎてしまいそうな小さな町(失礼)の博物館。一体、何が待ち受けているのか。

ここから南は、これまでの人里離れた地域と異なり、南方から押し寄せてきた文明が
自然を侵食している地域。うまくルートを選ばねば、文明の所産であるところの
「渋滞」によって行動時間を侵食されてしまう。俄かに高まる緊張感(?)。

とりあえずナビで目的地を設定し、ベンチマークを計算させる。ナビは無難に国道を
選び、15時半到着と弾き出した。チッチッチッ。甘いよデルナビ。田舎で国道を
選ぶのは愚の骨頂だ。そんなのは、ナビなしに地図で旅行する人に任せておけ。

改めて地図を眺め、基本戦略となる「目的地間を直線で結ぶルート」を探す。
見える見えるぞルートが見える。緑の線(県道)が闇を裂く。我に与えられし道は
金田一と軽米を経由するルートだ。R103 を少し戻り、R454 へと入って南へ向かう。

R454 に入って間もなく「秋田県」という県界標識が現れる。あぁ、いよいよ
青森をぐるりと回り、秋田県まで戻ってきましたか。長い旅路であった。感無量。
だが、間もなく再び「青森県」という県界標識が出現。あれっ、戻された!?
そう。青森と秋田の県境は、十和田湖の中心を貫きつつ斜めに走っている。
R454 は、その県境を一旦跨いだのち、ふたたび青森に戻る経路となっている。
なんで、道路沿いに県境を設定しなかったのだろう。管理が面倒じゃないか。



なお、R454 は番号が大きいことからも判るように、交通量の少ないルート。
この経路を選ぶことは正しい。むしろ、この道をずっと走っていたいぐらいだが
久慈ではなく、北の八戸へ到達してしまう。ナビは八戸を経由せよと告げていたが
ちょwww逸れすぎwwwって感じである。R454 は東に進みつつも微妙に北へと
逸れてしまうので、適当なところで、この快適きわまりない経路を離れる。

「キリストの墓」などという、胡散臭い(失礼)名所案内看板が目に留まる。
キリストって、中近東のほうで奇跡を起こしてたのと違ったっけ?なんだかなぁ、
道に迷ってこんなところまで来てしまったのか。チンギス義経に負けず劣らず。

新郷村まで走って、国道を離れる。しばらくの間、期待した通りに曲がりくねった
集落の道を走る。山間の農村風景は、東北も近畿も中部も九州も、どこも同じだ。
そこが都会からどれだけ離れているかということだけが、唯一のパラメータだ。
誰がこの原風景を作ったのはか知らないが、日本という狭い弧状列島の中では
どこもそう変わりようがないということか。既視感を覚えつつ、南へ走る。

思った以上に快適に走れてしまうルートなので、いっそこのままずっと走り続けたい
などと思ってしまうワケだが、そういうわけにもいかない。快適な道ほど早く終わる。
やがて県道は高度を下げ(かなり久々に)信号のある交差点へと行き着いた。そこは
R4。東北を縦貫する日本最長の国道だ(ちなみに、二番目に長いのは R9)。だが
すごいのはそのスペックだけで、実体はイヤーンな感じ。先ほどまでの快適さは
すっかり失われ、のろのろと走る地元車両にペースを乱される。青森北部では
驚くほど速かった国道の平均速度だが、南部まで下ると全然ダメダメだな。



R395 に曲がるまでの間の数km ほど、R4 を南下。豊川を過ぎたあたりで、でかい
トラックが先頭と思しき渋滞が始まる。なんでこんなところが渋滞せにゃならんのか。
東北まで来て渋滞なんぞに参加したくはないものだ。だが、谷間の川沿いルートで
他に迂回するルートも見当たらない。おまけに、渋滞だけならまだしも、どこぞで
悩まされたのと同じように、強烈に臭いディーゼル排ガスに苛まれる。台数が
少なければヒョイと抜いていくのだが、さすがに一桁国道ともなると、交通量が
多くてそれもままならない。我慢して、金田一まではおとなしく走る。

金田一で R395 へ折れ、再び東を目指す。軽米までは国道をトレースするが、
そのまま国道を走り続けると、久慈へは北ルートからの進入となる。無駄が多い。
ルートを再確認し、国道の南側 5km ほどを並走する県道を確認。これを伝って
東へ進み、R281 から琥珀博物館へと進むほうが良さそう。経路を変更する。
結局その判断は正しかったようで、三日町まで他車にひっかかることなく進む。

三日町までくれば、あともう少し。ナビの指示に従って、小さな町に入る。
ここの山沿い側の住宅地の間から生える山道(ちょっと判りづらいので要注意)を
ぐぉっと上っていく。ほぼ頂上まで上りきって少し下ったあたりが、琥珀博物館。
時計を見れば、ほぼ 14時。ナビの指示より1時間半速く到着。完璧だ。





琥珀博物館というぐらいだから、きっと割烹着を着た悪魔が居るに違いないと
期待もあるが、残念ながらそんなことはなく(当然)久慈琥珀についての展示が
小ぢんまりとした空間に並べられているのみであった。雑学はついたわけだが
観光目的で行く必要がある場所ではない。では、何が目的だったかというと
土産として、両親に琥珀のブローチでも買っていこうかと思っていたわけだが

よっぽど、そっちの期待のほうが甘かった。

順路に沿って展示を見たあと、最後に琥珀を売っている売店へと到達する。
そこには、濃い飴色をした艶やかな琥珀のアクセサリーが、ショーウインドーの
中に並べられていた。白熱灯の暖かい光をねっとりと反射する琥珀。宝飾品に
疎い私が見ても、あぁ、この琥珀はいいものだ、と思えるぐらい直感的に美しい。
あぁ、いいねぇ。これを1セット・・・って・・・?値札を見て、仰天する。ろ、6桁?
あぁ・・・そうか・・・ここって別に、観光客相手に商売はしてないんだよね・・・(涙)

売店のおねえさんと話をして、久慈産ではないが、安価な琥珀のアクセサリーが
あることを知る。じっくりと見比べ、自分の美的センスを信じて1つ購入。



30分少々を過ごし、琥珀博物館を後にする。次は・・・龍泉洞か。これもまた
どなたかは知らないが、Web拍手で旅行の行き先候補としてコメント下さったものだ。

結構な観光名所らしいのだが、困ったことに、持参した観光地図には龍泉洞が
書かれていない。
よって、正確な場所がわからない。ナビに聞くにも、CD 版の
地図はそれほど情報量が豊富ではないので、スポット名検索ができない。また、
MapFan で調べるにも、電波が弱くてネットワーク接続が遅く、どうにも捗らない。

やむを得ず、近傍の GS で給油ついでに、店員のおばちゃんに聞いてみる。
だが、龍泉洞という名前は知っていても、正確な場所は知らないらしい。
おまけに、昨日に引き続いて今日も天候が悪くなり、雨が降り出した。
なんだよ、このデキの悪い RPG の中盤みたいな状況は(汗)



ナビの小さな画面を必死でスクロールさせ、ようやく、久慈より 30km弱ほど南方の
岩泉という場所に、「龍泉新洞」という史跡マークがあることを見つける。何か、
名前が微妙に違うところが引っかかる。だが、これしか見つからない。これしか
見つからないということは、ここに行くしかないということだ。・・・よし。

目的地をセットし、予想到着時刻を計算させる・・・16時半。さて、いったい
何時まで営業しているものかな、鍾乳洞という地下の観光施設は・・・

GS で給油後、琥珀博物館前の道路を南に下り、県道 7号に出る。ここで右折すれば
良かったのに、うっかり左折。小久慈町と長内町を経由し、R45 に出てしまう。
確かに、R45 はしっかりと作られたよい道路なのだが、やっぱり遅いトラックが
走っていて、コレにひっかかる。やっぱり国道はダメだ。走るなら県道に限る。
しかし、一度ルートを決めて走り出したからには、引き返すのは無駄が多い。

覚悟を決めて R45 を南下するが、幸いにも野田付近まで下ったところで、前走車が
一通り掃け、クリアが取れる。良かった・・・ペースを上げ、普代を通過して沼袋へ。
ここから先は R45 を外れ、県道で岩泉まで一直線。沼袋で分岐した先の県道で
道路改良工事が行われており、正しいルートに乗るのにちょっと手間取るが
それをクリアすれば、障害はない。走りやすい山岳路を一気に抜け、岩泉へ。
国道から分かれてからは好き放題なペースに。ナビの指示よりも 30分早い
ほぼ 16時に、R455 へと出る。16時か。営業してるかどうか、微妙な線・・・

不安を覚えつつ、R455 から県道 7号へと入る。だが、入った瞬間に安堵する。
目の前に、大きな観光バスが1台走っていた。このバスが龍泉洞温泉ホテルに
入らない限り、龍泉洞は確実に営業しているはずだ。このルートの先には
龍泉洞しか存在しないからだ。そして、このバスがホテルに入らないことも
おそらく間違いないはずだ。ホテルに16時着というのは、さすがに早すぎる。
あと1時間過ぎた 17時であれば、かなり判断に迷うところなのだが。



到着。読みの通り、バスは龍泉洞に到着。つまり、龍泉洞は営業していた。
一番奥にある無料駐車場にクルマを止め、龍泉洞観光会館を通り抜けて対岸へ。



橋を渡ったところに小奇麗な建物があり、そこでチケットを購入する。ついでに
営業時間を確認すると、夏季は 18時まで営業を行っているようだった。慌てることは
なかったかな。でも、この後に盛岡まで移動しないといけないから、丁度いいか。



というわけで、すぐそこまで迫る山の横腹にぽっかりと口をあけて待ち構える
「龍泉洞入口」へ突撃。ゲートに立つおっちゃんにチケットを渡し、まるで
古い炭鉱のような、小さくて素朴なトンネルの中に入る・・・

うぉっ寒いっ(←本日2回目)

危険な洞窟の中に半袖半ズボンというライトなスタイルで突撃した愚か者を、
とてつもなくヒンヤリとした空気が攻め立てる。外の気温だって十分に低いのだが
洞窟の中はもっともっと低い。具体的には・・・おそらく誰もが知りたがったため
設置されたと思しき気温計がちょうど頭上付近にあり、「15」という冷ややかな数値を
落ち着いた緑色の7セグメントで表示していた。うぇ、外気温より7度以上低い。

微妙にガクブルしつつ、薄暗い洞窟の中を進んでいく。営業時間が終わりに近い
せいか、他の客の姿がない。ときおり天井から滴り落ちる雫が床に落ちる音だけが
聞こえてくる。あちこちに付けられたスポットライトが照らし出す壁面の光景は、
数千万年の時が刻んだ天然の造形を薄く映し出し、私の心を奪っていく。

ゆっくりと歩みを進める。やがて、足下から、水が流れる音が聞こえてくる。
そちらに目をやると、青く透き通った水が、茶色い岩の下を流れていた。うわぁ。



足元は既に空洞となっており、今歩いている場所は、その上に渡された橋桁の上。
その空洞の中に透明度の高い青色をした水が貯まり、洞窟の外に向かって流れている。
これほどまで青く、そしてこれほど澄んだ水は見たことがない。なんだ、この光景は・・・
写真から想像できるだろうか。欄干から身を乗り出して、真下に向いて撮影している。

なお、青い中で小さく輝く点は、投げ込まれた小銭である。どこの馬鹿者だ!(怒)



順路に従って奥へと進む。薄暗い洞窟は、どこまでも奥へと続いていく。もはや
気分は「川口浩探検隊が行く・岩手に謎の地底湖を発見!」みたいな感じだ。
別に謎でもなんでもないのだが、気分はサイコーに盛り上がる。脳内でくりかえし
演奏される BGM は、もちろん嘉門達夫の「ゆけ!ゆけ!川口浩」しかない。

そんな俄か川口浩は、やがて驚異的な光景に出会う。



それは、水深 35m を誇る蒼い地底湖だった。写真ではとても収まりきらないほど
巨大な空洞が足元に広がっており、その中に満々と蒼い水が湛えられていた。
中央下付近でぼうっと光る蒼い光は、湖底に沈められた照明らしい。32m。
その深さから、曇りなく蒼く澄んだ光が届いてくる。吸い込まれそうだ。

いくらか高所恐怖症気味であることを告白するが、怖さは感じなかった。
それは、あまりにも美しすぎる光景だったからだ。この美しさは、もはや
千の映像と万の言葉を使っても説明することはできない。肉眼で見てほしい。

この洞窟はここでクライマックスを迎えるが、実はまだもう少し、奥がある。
そこに何があるのかは、実際に足を運んで、自分の目で確認してもらいたい。



美しい光景に魂を打ち抜かれた状態で、ふらふらと順路を歩く。順路はここで
折り返し、狭い階段へと続く。階段はいったん鍾乳洞の天井付近まで上がり、そこから
入口に向かって下っていく。その途中がすごく狭い。ちょっと横幅のある人ならば
通過することはできないだろうと思われるほど。だが、これがまたいい雰囲気で
魂を抜かれて脳内から消えていた川口浩が、再び降臨(?)湧き上がる冒険心。

盛り上がる冒険心に我を忘れ、小一時間ほどの短い探検を心行くまで満喫する。
いやー、無理かと思ったけど、やっぱり来て良かった。ここは本当にオススメ。



洞窟を出たところの売店でいくつかの土産を購入したら、もう 17時。さぁ、
今日の観光は終わりだ。あとは、盛岡市内に予約した宿へと向かうだけ・・・

時間に追われ続けたここまでの苦労と比べれば、宿に向かう行程は気楽そのもの。
仮に21時に到着するとして、あと4時間もある。あぁ、4時間っていうと、そうだねぇ
京都を出て名神と東名を乗り継ぎ由比ぐらいまで行けるぐらいの時間だもの。

などと余裕をぶっこいて、少しゆっくり走る。が、R455 → R340 → R455 ルートで
盛岡までは 100km ちょい。よくよく考えれば、ゆっくり走るなんていってられる
距離ではない。しかも、早坂峠を越える辺りで完全に日が没して視界が悪くなり
更に、岩洞ダムに差し掛かる手前あたりから、雨が本格的に降り出してきた。
R455 はかなり条件の良い快走路ではあるのだが、こうなってくると条件が一気に
悪くなる。挙句の果て、ワイパーの拭き残しがかなり酷く、対向車のライトが
強烈にギラつく。
対向車が来るたびにに視界が0になるので、減速を余儀なく
されてしまう。クリンビューをぶっかけて拭いてみるが、まるで改善されず。
たぶんアレだ、ゴムを替えないとだめだ。買っておけばよかったなぁ。後悔。



しかし、そんな条件でも最大限の努力をした成果が出たようで、19時頃には
最後のくねくね道を抜け、上米内あたりへとさしかかる。幸いにも、雨のほうは
小降りになり、対向車のライトによる幻惑が致命傷となる市内突入時においては
ほぼ雨が上がるに至った。不幸中の幸いとは、このことだ。市内であのように
視界が効かなくなってしまったら、宿にたどり着くのも一苦労になるところ。

それはさておき、盛岡市まで来たら、飯屋を探さねばならない。地図を見る限り
R4 と R46 が外周路を形成しているように見えるので、この辺りのどこかに飯屋が
あるに違いない・・・と思ったのだが、ナビで検索をかけても飯屋が出てこない。
出てきたのは、盛岡の市街地のど真ん中のガスト。道路の状況はわからないが、
まぁ、ファミレスだから駐車場ぐらいあるじゃろうて。地図を片目で見ながら
何事も勉強とばかりに、R455 をまっすぐ南下して市街地へと突撃する。

下り勾配が終わるところまで進むと、街は結構立派な規模になってきた。そのまま
市街地の中央を東西に走る県道 1号線との交差点まで進み、右折して様子見。
ここまで来ると、さすがに完全な市街地。青森市以来の大規模な市街地なので
何故か妙に萎縮してしまう。それにしても、この辺りはビジネス街なのか?
道路の両側は暗く、飲食店がほとんど見当たらない・・・ なんとなく、嫌な予感。

ノロノロと先へ進み、少し大きな交差点を左折。目指すガストはすぐ近く。だが、
ガストがある通りに入るはずの角はとても狭く、一方通行指定になっている。
左折で入れない。すごく、嫌な予感。やむなくそのまま通り過ぎ、次の角を左折。
開運橋通に入る。だがそこは決して立派な通りではなく、雑然とした商業地の
合間を走る対面通行路。ガレージ付きのファミレスなんて存在しそうには
ない雰囲気・・・うむ・・・うむむぅ。何か、根本的に間違ってる?(汗)



ともかく、目指すガストは、今まで走ってきた逆コの字形の経路の中にあるのだ。
信号を3つほど過ぎ、映画館通りを左折。不安に駆られつつも先へと進み、
次の信号を左折する。この通り沿いに・・・あぁ。ダメだこれは。

まるで新京極ですよ。

クルマが通れる新京極。いや、何か違うような気もするが、ともかくここは
歩行者主体の街であって、クルマは肩身狭く通過することを許されるのみだ。

狭い商業地をゆるゆると進むと、やがて目的の”赤い看板”は現れた。

商業地に犇き立つビルの1階に。

あはは・・・ガストかなぁ?いや、違う、違うな。ガストはもっと、パァッと
開けた場所にあって、ガレージが付いてるもんな。それにしても、狭苦しいな。
ふぅ。腹減ったなぁ。おーい、メシ屋のある場所を教えてくださいよ、ねぇ!


腹を満たした人々には判るまい。この、俺の体を通じて出る力が!



そんなことをしているウチに時は過ぎ、もう 19時半。マジで腹減った(涙)

結局、なまじっか市街地を狙おうとしたから失敗したんだ。やっぱアレだよ、
ファミレスとかは郊外で探すべきなんだよ、やっぱ初志貫徹が大事なんだよ!
泣きながら敗走。ただの一度の勝利もなし。来たルートをまったく逆向きに
走って市街地を抜け出し、R455 を北上。繁華街を外れ、光照寺あたりから
北行き渋滞に巻き込まれる。なんでこんな道路が混雑するのか・・・と思ったら
R4 と交差するところで、ちょうど山田線の踏切が現れる。これが渋滞の先頭だ。

ちなみにこの山田線、盛岡から釜石まで山の中を突っ切って走るローカル線。
地図を見る限りはトンネルだらけだし、どう見ても民家の無いところに駅が
あったりする。五能線といい、東北のローカル線はとてもエキサイティングだ。

渋滞を抜けたら、R455 から離れて R4 へ入る。ここで道路は全く様相を変え、
片側3車線の超立派な郊外道路へと変貌する。おおっ、まさに予想通りの線形。
ひさびさに走る幹線道路のヌルさに酔いながら先へ進み、R46 との交差点を左へ。
R46 も立派な・・・と思ったが、一気に道路の規格が落ち、対面通行路になる。

ユルユルと走って館坂橋まで来る頃には、周囲は落ち着いた雰囲気を取り戻す。
あれほど都会都会していた盛岡市内とは違って、閑静な住宅街(?)になる。
気にせずそのまま R46 を走り続けるとやがて、道路は雫石川沿いに出る。
そこで R46 は再び野太くなり、郊外の立派な幹線道路へと変貌する。
なんとなく、R21 の大垣〜養老付近の雰囲気に似ている。



んで、そんなこたァいいんだ。飯屋だよ飯屋・・・そのまま先へ進み続けると
ようやく、それらしいモノを発見。でっかい商業施設ビルがあった。これこれ。
ナビが小さく表示していた「ココイチ」の看板マークが、すぐ近傍にある。
蝋燭の光に誘われてフラフラと舞う蛾のように、看板マーク付近の道路で
ふらふらと彷徨うカプチーノと私。なんかすっげぇ立派な商業施設なんだけど、
周辺道路の構造がサッパリわからねぇ。腹が減って栄養の足りない脳細胞には
人並みの空間把握能力すら残っていない。たっぷり 10分ほどをロスってしまう。

いい加減、ここでカプを乗り捨てて歩いてココイチを探すか、とか思い始めた
ところで、ようやく構造を理解。表通りから一筋裏側のココイチへと到着。

だが、人間なんて弱いものだ。ココイチで夕飯を食おうと思ったものの、隣に
見慣れないラーメン屋があることに気づく。そして、気づいたときには、もう
ラーメン屋の中にいた。催眠術とか超スピードとかそんなチャチなものじゃ
断じてねぇ(後略)。俺はカレーが好きだが、きっと愛してはいないのだ。

そのラーメン屋だが、屋号は「サッポロ時計台」とかいう名前。全国にチェーン店
展開しているようだが、静岡以西の出店数が少ないのか、まったく馴染みがない。
それなりに期待して、適当なメニューを選んでみる。結論から言えば、なかなか
イケる。甘くて濃厚なスープ。東北に来てから、何を食っても「甘い」という
そんな表現しかしなくなったような気がするが、実際そうなんだから仕方ない。
その甘さがしつこくなく、クセもないから結構好きになれる。そんな感じ。
残念ながら、京都と滋賀にはチェーンがないみたい。大阪にはあるようだ。



腹ごしらえが終わったので、傍のコンビニで夜食を調達。あとは宿に向かうだけ。
R46 に戻り、西向きに走る。今晩の宿となる繋温泉 ホテル三春までは遠くない。
太い R46 と直交する東北道をくぐり、しばらく西へ。市街地からほぼ脱出したと
思しき頃に、繋十文字という真っ暗な交差点が現れる。ここを左折して南下。
景色はますます・・・というか、完全に真っ暗。いったいココはどこですか。
不安になるぐらいに暗い道路を走っていくと、逆ト字路が出現。左折。

盛岡市の南側を流れる雫石川の中流にあるダム湖・御所湖を、南北に渡る繋大橋。
左折した道路は、繋大橋のアプローチとなる。温泉は、橋を渡った南側にある。
温泉の沸く桃源郷へ続く橋にさしかかると、正面に広がるのは橙色の暖かい輝点。
旅館が放つ無数の規則正しい光の粒が、暗闇で沈んだ心を潤す。なんたる計算・・・!
真っ暗なダム湖の寒々しい闇との対比で、いやがおうにも期待を高める仕掛けか。
むつ市で見た演出に負けず劣らずだ。これは素晴らしい。京都も負けてはいけないね。

橋を渡ったところで、しばし迷う。この辺りは温泉郷であり、温泉宿はたくさんある。
「ホテル三春」の精密な場所をちゃんと調べてこなかった私は、あまたある温泉を
片っ端から見て回って位置を特定する、という方法を取るしかなかった。今から
考えれば、電話すりゃ良かったなぁ、などと適切な回答が浮かんだりするのだが
この当時は、喜びと疲労で脳が埋まり、思考回路が止まっていた。

幸いにも、10分ほどで位置の特定を完了。結局、一番奥にあった温泉宿だった。
盛岡市に入ったころに一時止んでいた雨が再び降り出してきたので、本降りになる
前にカプを停め、荷物をひっ掴んで宿に飛び込む。あぁ!これで一日が終わり!



宿はちょっと洋風な作りで、温泉郷というイメージには今ひとつそぐわない感じが
あり、当初はちょっとだけ失望していた。だが、なんでもそうだが、見た目が
全てじゃないね。まず、通された部屋がすごい。12畳。そこにフトンが1つ。
上物の和室で、不安になり「ここで何かヤバイ事件とかあったんですか?」とか
思わず聞きかけてしまった。んなこたぁあるワケないのだが(汗)次にすごいのは
2F にある大浴場。大浴場というほど広くはないのだが、源泉掛け流しなのだ。
しかも硫黄泉。これは予想外の掘り出しモノ。オフシーズンのせいか、宿泊客は
他に一組ぐらいしかいないようで、大浴場は貸切状態。開いた窓から吹き付ける
ここちよい寒風で温度を調節しながら、至福の温泉タイムを満喫する。



部屋に戻ったら、ビールを飲みつつ日記のタネをメモ。書くことがたくさんあって
メモだけで1時間はかかる。楽しかったこと、苦しかったこと。一つ一つを思い出し、
丁寧に記憶を整理する。闇に沈んだ野営地で、愛用の銃を丁寧に分解清掃している
古参の兵隊。そんな感じの妄想をこの状況に投影し、独りでニヤニヤする。

メモが終わったら、再び温泉へ。もう食べられませ〜んってぐらい温泉を満喫。
あぁ、もう今日は死んでもいい。部屋に戻り、でっかい部屋の真ん中で、贅沢にも
大の字になって眠る。明日は・・・もう一箇所温泉に寄って・・・
そして・・・関西に帰る・・・ZZzz


9/8

東北で迎える最後の朝は、午前7時に始まる。広くて涼しくて快適な部屋で
体の疲れは取れたのだが、目の疲れだけは相変わらずキツい状態で残る。
はてさて・・なんで、こんなに目だけが疲れるかなぁ。栄養が足りないのか。

昨晩に散らかしたままの荷物を片付けていると、やがて訪問者が。たれぞな、と
ドアを開けてみると、初老の小さな男性が立っている。アンビリーバボーな世界に
招待されるのかと思ったが、布団を畳みに来た旅館の従業員だった。珍しいな。
旅館でこういう仕事をする人を見るときは、だいたいがオバちゃんだからな。

朝食の準備は8時ごろになるよう頼んでいたので、まだ時間の余裕がある。
布団の始末をおっちゃんがやっている間に、朝風呂と洒落込むことにした。

幸い、こんな微妙な時間帯に朝風呂に浸る酔狂な客は、他には居ないようだ。
冷たく引き締まった朝の空気と、毛穴をゆるゆると開かせる暖かい硫黄泉の
両方の自然の恵みを、満腹になるまで、独り静かに、ゆっくりと楽しむ・・・



体を暖めたら、名残りを惜しみつつ部屋に戻る。布団の始末は完了したようで、
おっちゃんの姿は消えていた。浴衣を脱ぎ、鞄から着替えを取り出して蒸着。
たむが半ズボンと半袖シャツを蒸着するタイムは、僅か 0.05時間に過ぎない。
では、その蒸着プロセスを・・・いや、単に見苦しいだけなので省略する。

着替えを済ませ、荷物をざっと整理すると、やがて朝食が運ばれてきた。
ごっつあんです。メニューは、焼き魚と温泉卵をメインとする、素朴なもの。
だが、それがいい。東北の食材は、いずれも持ち味が優れている。あえて
異なる味へと仕立てようとせず、そのまま食するのが一番なのですよ、シロウ。



朝食を終え、体の内外ともに充実した状態になったことを確認したら、部屋を出て
チェックアウト。宿泊代を現金で支払う。少し多めに現金を用意しておいたのは
正解だった。土産物代が嵩むことは想定内だったが、宿泊代の支払いでカードが
使えないってのは想定外だった。日雇い労働者向けの木賃宿ならともかくとして。

8時半ごろに、宿を出発。昨晩の崩れようからは想像もつかないが、天気は晴れ。
快晴と言っても良いだろう。天気予報は「雨」と言っていたのだが、何年経っても
天気予報というものは当たらないものだなぁということを実感させられる。

さて、今日の予定は帰京がメインなわけだが、もう1つだけ予定がある。それは、
乳頭温泉である。秋田といえば、なまはげと乳頭温泉。たぶんこれが名物。
なまはげはぶっちゃけどうでもいいが、乳頭温泉はぜひとも押さえておきたい。



繋温泉郷を出発し、朝日に照らされ優しい表情になった御所湖の静かな水面を
横目で眺めながら、繋大橋を渡る。ふむ。目指す乳頭温泉は、はるか西方だな。
突き当たりのT字路を、迷わず左折。御所湖の北岸を走る道路を西へ進む。
残念ながら、視界はまったく開けていない。面白くない道路だったな。

元御所橋を渡り、県道1号へ突き当たる。ここを右折して北へ向かい、R46 へ。
ここまで来ると R46 は、田舎びた景色の中をくねりながら進む道路へと変貌する
・・・っていう演出(?)はいいのだが、それに合わせるかのように、舗装の質を
悪化させる必要は無いと思う(汗)コンクリートっぽい、質のよくない舗装が
まだらに混じっているという、妙ちくりんな光景の幹線道路を進む。

幸い、交通の流れは悪くない。春木場を過ぎると、平野部が終わる。ここから先は
岩手と秋田を分ける東北の背骨、奥羽山脈。乳頭温泉は、この山脈の秋田側・・・
つまり、ここから見て裏側の、しかも山脈の頂点近くにある。そこに回り込む
為には、いったん田沢湖まで山脈を下ってから、折り返さねばならない。
田沢といえば男塾だが、この行程はその名前のように苦行が予想される。
何が困難かと言っても、日帰り入浴させてくれる宿を調べていない
という点に尽きる。・・・なんだか、悪い予感がしてきたのう。



立派な道路で繋げられたいくつものトンネルを抜け、秋田へと降り立つ。
峠から続く道路は変わらず立派なまま、気持ちよく開けた田沢湖畔の町へ入る。
やがて R341との交差点に差し掛かるので、ここを右折して北上。妥協なき田舎町の
様相を呈する田沢湖町の中を静かに通過し、乳頭温泉郷へと登る交差点へ到達。

さきほども書いたように、乳頭温泉は山脈の頂点。ここは山の麓。ってことは、
この先はずっと上り坂になるわけだが、奥羽山脈という雪雲の発生地点の斜面に
スキー場が無いわけがない。そのスキー場へのアクセスを提供するラインが、
今から上るルートである。つまり何が言いたいかというと、スキー場への
アクセス路であるだけに、道幅がとても広く、Rもゆるいということ。
よって、速度を乗せやすいため、ガンガン走れるというわけだ。

ガンガン走って、どんどん先を目指す。途中、水沢温泉とかいう温泉郷を通るが
こんなところで惑わされてはいけない。目指す乳頭温泉は、まだまだ先だ。

実際のところ、本当にまだまだ先だった。いくつかのスキー場を抜け、やがて
傾斜が緩くなるとほぼ同時に、道幅がぐっと狭くなり、カーブのRが小さくなる。
それまではがらんと開けていた視界も、鬱蒼とした森の中の様相へと変わる。
道路の脇は、人の手が入らぬがゆえに密度の濃い、自然の森林となっていく。

・・・あれっ、なんかイメージが違うような気がしない?

温泉郷に続く道という感じとは全然チャウよ。どう見ても、ただの山道よ。



漠然とした不安を感じつつ、ただの山道を走る。やがて、不安が頂点に達する頃
ようやく視界が少し開け、右手側に、ちょっとした休暇村という施設が現れる。
その反対側には、黒湯温泉入口なる内容が書かれた木製の小さな看板がある。
・・・休暇村はわかった。目の前に施設があるから、どこにあるのかはよく判る。
だが、黒湯温泉。どうみても、その看板の向こうは森だぞ。おかしくないか?

と突っ込みつつも、閉鎖空間となった学校の中で目を輝かせるハルヒのように、
なんだかワクワクしてきたのは事実だ。森の向こうの温泉だって?極上だぜ。
とはいえ、まだここでいきなりフルブレーキ踏んで停止するわけにはいかない。
乳頭温泉郷へと至る道は、終わっちゃいないんだ。さらに先へと歩みを進める。

しかしながら、その期待は大きく外れた。狭い道路は細かく上下を繰り返しながら
くねり進むものの、1km も走らないうちに袋小路になる。そこに至るまでの経路にも、
袋小路にも温泉宿はあった。確かにあったのだが、いずれも1軒ずつが点在して
いるといった状態で、「温泉郷」というにはあまりにも雰囲気が寂しすぎたのだ。
また、何かが足りないと思っていたのだが、最奥まで辿り着いてようやく判明。
温泉街がないのだ。商業施設というと大げさだが、つまるところ「店」がない。
本当に、森の中の道沿いに、温泉宿がいくつか点在しているだけなのだ。

つまりアレだ。乳頭温泉郷とは、きわめて純粋な意味での温泉郷であった。
なんらの観光地化もしていない。媚びないことにかけては、私が知る中では最強。



落胆半分喜び半分、という微妙な感覚を抱きつつ、最奥の蟹場温泉から引き返し
さきほど見つけた休暇村に戻る。ちょっとハイカラではあるが、ここでいいや。
どう見ても、これまでに見つけた温泉は全て外湯を受け付けていそうにない。

タオルを持って、休暇村の入口に近づく。そこには、外湯についての看板が
立ててあり、11時から入湯可能という旨の掲示がなされていた。時計を見る。
今は・・・10時か。盛岡 I.C. からここまで来るのに、ほぼ1時間はかかるから・・・
11時入浴とすると、ちょっとスケジュール的に厳しいような気がしないでもない。

そんなことを考えつつ、どうしようかと振り向くとそこには黒湯温泉の看板が。
道なき道を分け入った森の中にあると思い込んでいたのだが、それは誤解のようで
看板をよく見ると、休暇村と反対側の森の中ではなく、休暇村と同じ側の森の中に
あるようなことが書いてある。って言うと「どっちも同じ『森の中』じゃね?」という
突っ込みが来そうだが、違うのは、同じ側の森の奥に向かっては、休暇村の
駐車場の奥から伸びる狭い舗装路がある、ということだ。黒湯温泉は、
この舗装路を進んでいった奥のほうにあるように見える。

・・・どうせ 11時まで待つ必要があるのなら、黒湯温泉に挑んでみるのも手だな。
もし黒湯温泉が見つからない or 黒湯温泉が営業していないとしても、たいした
損失もない。うむ、決めた。カプに乗り込み、エンジンを始動。森の奥へ進む。



舗装路は、元々は林業用の道路だったように見える。先ほどよりも明るい森の中を
どんどん上っていく。それに合わせるかのように、見る間にボロボロになっていく
舗装。断崖を走る道路でなかったのが幸い。もしそうだったら、引き返していた。

ボロボロの舗装を通り抜け、森を抜ける。そこには、砂利引きの駐車場があった。
道路は駐車場で終わりを告げる。その先は崖になっているようで、その向こうには
青い空と、その下をしっとりと埋める緑色の山だけが見える。それだけだった。

本当にそれしかなかった。正確には、「黒湯温泉入口」という看板が、崖の直前に
立てられていた。しかし、看板しかなかったのだ。駐車場はそこで忽然と消え去り
まるでその看板は、悪戯で立てられたようにしか見えなかった。だが、近づいて
見ると、その看板のすぐ横から、崖の向こう側へ降りる道が続いていることに気づく。



さらに、その横にも小さな看板があり、そこには「午前七時から営業」と書いてある。
なんとかなりそうだ!小銭をポケットに入れ、入浴装備を片手に進撃を開始。
(なお、終了は午後六時だそうだ。営業時間は結構長い)



崖の向こう側に作られた、ちょっときつめの坂道を歩いて下る。3分も歩かないうちに
道は終わり、古めかしい木造の建物がずらり並ぶ「黒湯温泉」へと到着した。



ひやり、と冷たい山の湧き水がお出迎え。スイカを冷やすとたまらなく旨そうだ。



建物の間を歩いて先に向かうと、受付があった。座っていたにいちゃんに入湯料
500円を支払い、さらに先へと進む。藁葺きの古い民家のような宿泊所の間を進むと
少し開けた場所へ出る。その先には、いよいよ目的の温泉があるわけだが、なんと

湯煙を上げるほど温度の高い湯を湛える源泉が、野晒しになっている!



底が白いのは、噴出した湯の花が積もったと思われる。かなり濃い温泉っぽい。
また、ぷくりぷくりと活発に浮かび上がる泡が、ガス成分の多さを示している。

残念ながら、温度がかなり高いようで、源泉のまわりには簡単な柵が張られ、
中に入ったりできないようになっている。おあずけを食った犬の気分(笑)



源泉を横目に見ながら、そこから引かれている樋伝いに歩いていく。まもなく
2つほどの小屋が現れる。そこが浴場だ。残念ながら、露天では無い様子。
だが、古い木造の建物の屋根は高く、けっこう開放的。雰囲気は良い。

こげ茶色の建物に入り、ぱぱっと脱衣して浴槽へ。酸ヶ湯ほどではないが、
わりと広い浴槽がお出迎え。湯の色は、源泉から見ても想像できるように白濁系。
だが、色がかなり薄い。底まで透き通っている。浴槽の内壁は白いのだけど・・・

ふむ。かかり湯をしてから湯に入り、足でぐるぐるとかき混ぜてみる。すると、
底に分厚く沈殿していた白い湯の花がぶわっと舞い上がり、一気に白濁度が上昇。
おぉ!わりと大きめな湯の花が濛々と舞い、いかにも温泉といった風情になる。
他の入湯客が居ないことを幸いに(?)隅々までかき回し、真っ白にする。
大地のパワーに満ち溢れる湯船。全身をたっぷり弛緩させて伸ばし、
隅々にまで乳頭山の恵みを受け取る。くぁ〜、気持ちえぇ〜。

開け放たれた窓から見える山の緑と空の青、そして大地の茶色が鮮やかで眩しい。
吹き込んでくる9月の涼風が、この綺麗な絵画のスパイスになる。窓際に立ち、
外をじっくり眺める。不老ふ死温泉のような豪快さも、酸ヶ湯のような斬新さも
ないんだけど、基本に忠実なこの温泉の素朴さも、とても捨てがたいものがある。

東北旅行の締めとなる、この恵み豊かな温泉をじっくりと味わい、名残を惜しむ。
今回もまた駆け足となった旅行だが、またいつか、ゆっくりと来たいものだな。



爽やかに温まった体を引っ張り上げ、先ほどの宿泊所まで戻る。建物の入り口に
自動販売機があったので、よく冷えたポカリスエットを購入。一口飲んで・・・

んッまァ〜ィ!! ε= (*゚∀゚*)

もうね、ヤバいね、これ。病み付きになるね。もう一度風呂に入ってこようかと
思ったぐらいね。許されるならば無限ループしていたに違いないね。ホントに。

冷たく流れる汗を拭いながら、自然豊かな黒湯温泉を後にする。途中にあった
山水で、火照った腕を冷やす。キューッ!!○○タマが縮みあがりそうだ。
腕を冷やして、なんで股間が縮むのか。これがきっと経絡というものなんだよ。



きつい上り坂を上がり、砂利引きの駐車場に戻る。あぁ、満足。本当に満足。
これで、東北旅行のすべてのミッションが完了した。忙しい旅行だったが、
本当に充実していた。とても名残惜しいのだが、そろそろ帰らなきゃいけない。

時計を見ると、ほぼ一時間を消費した。今から盛岡に戻ると、12時過ぎぐらいか・・・。
そんなことを考えつつ、来た道を逆に戻っていく。交通量にはあまり変化がなく、
仙岩トンネルに入るまでの登り区間にて、ゆっくり走るゴルフにつかまった以外は
ペースを乱される要素もない。長閑な田舎道を延々と戻っていく。雫石あたりから
大都市郊外という雰囲気が出始め、みるみる間に景色は都市へと変わっていく。
やがて、ほぼ予定通りの12時頃に、盛岡 I.C. へと戻る。だが、一旦スルー。

そのまま先へと進み、昨晩のメシを食った店付近にあるイエローハットへ入る。
ここで2つのアイテムを購入。1つはウォッシャー液、1つはワイパーブレード。
旅行初日からずっと聞き続けてきた天気予報によれば、北陸付近で大雨になる
可能性が高いらしい。北陸は、帰路のど真ん中。おそらく、夕方頃通過になる。
そんな時間帯に、昨晩のような拭き残しだらけのワイパーで突っ込んでいくなど
ありえなくね?ということを、ずっと考えていたのだ。それに対する回答は、
じゃあワイパーとウォッシャ液を買って、交換していけばいいんじゃね?
という、至極当然なものだった。幸いにも、それらを売っていそうな店については
昨晩のうちに調べがついているし、ちょうどほぼ帰り道の経路上にある。

朝から続く炎天下の駐車場で、買ってきた PIAA シリコンワイパー(ちょい高いが
やっぱりこれが一番いい)を装着し、ウォッシャ液を補充。余ったウォッシャ液を
ちょっとだけ使って、虫で汚れたフロントガラスを隅々まで綺麗に清掃しておく。
残りは、トランクの中に突っ込んでおく。途中で無くなることもあるだろう。

最後に、インター近傍にあった JA で満タンに給油。ここまでの燃費は、比較的
良好な様子。帰り道はどうなるかなぁ。そんなことを考えつつ、盛岡 I.C. から
東北道へ入り、南向きの経路にて脱出を開始。さようなら、東北!



目的地の京都までは 990km、所要時間はほぼ 11時間。ナビに設定してある平均速度は
90km/h だからこうなるわけだが、食事休憩を少なくとも2回挟むことを考えると
実質 80km/h がいいところだろう。どうせ、到着時点で 0時を過ぎないと割引が
かからないことでもあるし・・・まぁ、適当に考えながらペースを作ろうか。



まずは、東北道。噂に聞くとおり、すばらしい快走路だ。開けた地形の中を、ただ
まっすぐに近い線形で走り続けるだけの道路。交通量も少なく、平均速度は比較的
高い。北陸道と似たような感じか。制限速度+αペースで、ぐんぐん南下する。

・・・まぁ、つまるところ、すごく単調なわけだ。すぐに、眠気が襲ってくる。

眠気はまぁ、注意力を高めたり、何か食ったりして回避するとしてだ・・・
問題は、眠気を誘い注意力をそぎ落としていく「疲労」だ。疲労だけは防がねば。
走りながら考える。長距離を走った時に疲労を高める要素は何か。今までの経験を
思い出しつつ、思い至った1つの事実。それは、定常的な騒音である。衝撃や
Gは非定常であり、そんなに頻繁に発生することもないので、意外と疲労しない。
だが、たとえば京都〜東京をカプチで走ったあと最初に押し寄せる疲労感は何か?

同じ行程をタケル号(エスティマ)で走って降りたあとに感じないものは・・・
そこで1つ思い当たる。P.A. や S.A. で停車した直後に感じる、強烈な耳鳴り。
走行中のカプチーノは、ロードノイズだか何なんだかはわからないが、ともかく
結構大きな「ゴーッ」という定常ノイズを発生する。これが結構、堪えるのだ。

速度域が低い(〜80km/h)場合や、オープン走行の比率が高い場合には、この音は
さして気にならない。市街地や一般道を長時間走っても疲れが溜まらない理由。



この問題に対する有効な対策は・・・再び思考に入り、30秒ほどで解決案に至る。
そういえば、イヤーウィスパーを持っていた。これを装着してみよう。本来ならば
走行中に聴覚を遮るものを装着することは禁止されている筈だが、高速道路という
状況下においては、聴覚が安全確認に占める割合は1割にも満たない。ほとんどが
視覚と触覚である。また、イヤーウィスパーは完全なる耳栓とは異なり、低音を
効率よく遮断するものの、警戒に重要な高音はそれほど強く遮断しないことが
経験上、わかっている。そういった前提で、この案を試してみることにした。

イヤーウィスパーをくるくるっと丸め、耳に突っ込んで1分弱。猛烈な勢いで
耳に侵入していた轟音はぐっとレベルが下がり、80km/h ぐらいで走っているときと
同じか、もしくはそれ以下程度のノイズにしか聞こえないようになった。
同時に、
肩から上で高まっていた緊張がぐぐっと緩んだようで、リラックス感が戻ってくる。
ほぅ・・・これはいいや。11時間でも 22時間でも余裕で走っていられそうだ。

念のため、レーダー探知機の音やナビの案内音、隣の車線を走る車の走行音が
聞こえるか、一通り確認する。音の大きさは確かに小さくなっているものの、全体的に
音量が下がって柔らかく聞こえるだけで、必要な情報は全て、手に取るようにわかる。
よし、決定。今回は、この方法を最後まで試して、疲労度を見ることにしよう。



という具合で、当面の安全走行の手段は手に入れた。だが、重要な問題があった。
現在位置がさっぱりわからないということだ。東北の各都市の位置関係なんて
バカ地図レベルでしか把握していない私にとっては、次々に現れる I.C. の名前は
現在位置を知るための、何の手助けにもならない。現在位置がわからなければ、
ペース配分もできない。こういうときこそ、ナビの出番だ。日本全体における
自分の絶対位置を知るため
、縮尺を一番粗いほうから2つめに設定する。
今回の帰路にて、この縮尺が絶大な威力を発揮した。こんな縮尺なんて、おそらく
一生使わないと思っていたのだが・・・まさか、役立つときがあるなんて(笑)

今回の移動は、こんな縮尺で語るべき規模であるということを改めて確認。



花巻や中尊寺など、教科書や小説でしか見たことがない地名などを通り過ぎ、
13時45分ごろ、長者原 S.A. に到達。ちょうど小腹も空いてきたことであるし、
ここで昼飯。何を食おうかと考えながらメニューを見ると、牛タンラーメンって
ご当地モノっぽいものがあった。ためしに購入してみる。ちょっと塩辛めだが
まぁ、その辺りが牛タンなのだろう(←タン塩と微妙に勘違い気味)。仙台で
食った牛タンと同じく、歯応えもある。この牛タンは、是非とも焼いて食いたい。

腹を膨らませたら、眠気飛ばしのための菓子を購入。でかい揚げ煎餅っぽい菓子。
私をよく知る人なら「なぜ柿ピーを買わないのか!」と突っ込まれるだろう(笑)

中継点にて一通りの作業を終えたら、出発。なお、長者原 S.A. だが、構内の
案内看板で「給油・修理」というモノがあって、ちょっと驚いた。南のほうだと
「給油」の案内はあっても「修理」なんて案内をしている場所は見たことがない。
東北の環境がよっぽど苛酷なのか、それとも雪道に油断しまくりの都会人が
やってきて猛烈な勢いでクルマを壊していくせいなのか、どうなのか。



長者原 S.A. を出て、現在地を確認。だいたい、東北道走行分の半分程度を
この時点で走りきった計算になる(東北道走行分:盛岡〜郡山)。わりと早い。
休憩時間を除けば、2時間程度で走りきれる計算だ。だが、その勢いもここまで。
長者原から先は、それまでのフラットな快走路ではなくなり、アップダウンや
カーブの出現度合いが高くなる。また、交通量もぐっと多くなり、おのずと
ペースが落ちてくる。東北道から磐越道への分岐直前にある安達太良 S.A. へ
到着したのは、15時45分。昼飯を 30分かけて食ったとしても、ロスは 30分か。

安達太良 S.A. でクルマを降り、トイレ休憩。疲労度を確認するが、やっぱり
イヤーウィスパー効果のお陰か、普段なら確実に発生している軽度の耳鳴りすら
今回は発生していない。そのため、疲労度は段違いに低い。これはいい傾向だ。
この結果に満足する。この調子なら、最後まで一気に走り抜けられそう。

郡山 J.C.T. で東北道から別れ、磐越道に入る。磐越道の基点はいわき市なので、
この J.C.T. は途中からの合流となる。そのため、方向を間違えると悲劇になるが
とても判りやすい看板で、J.C.T 内のどちらの車線を走るべきかが示されている。
そのため、初めて走る路線ではあるが、何の迷いもなく方向を定められた。

この時点で、東北道区間の総括。全体的にペースが速く、距離を稼ぎやすい。
また、オービスの前には3枚から4枚ぐらいのK板が判りやすく立てられており
よっぽどのうっかりさんでなければ、ここで捕まることはそうそうないだろう。
覆面だけちゃんと確認して走るようにすれば、少なくとも夏場においては、
大変に走りやすい道路であると言える。もっとも、夜間の状況は不明だが。



さて、磐越に入ったわけだが、ここから新潟までは西向きの道路になる。また、
東北の背骨を横断することになるため、長い目で見れば意外と傾斜がある。
正面から西日に晒されるために車内は灼熱地獄になり、また、傾斜のために
アクセルは余計に踏まねばならなくなりってことで、燃費的には好ましくない。
だが、燃費を稼ぐためにペースを落とすと、何時に帰れるかもわからない。
いろんなジレンマを抱えつつ、交通量の少ない磐越道を、調子よく飛ばす。

磐梯熱海 I.C. を過ぎ、トンネルが連続する区間に入る。そこそこの登り勾配。
この勾配を上がりきると、猪苗代湖に到達する。まもなく現れる I.C. の名前は
「猪苗代磐梯高原」。このへんの地形をよくわかっていないのだが、どうやら
猪苗代湖は高原にあるらしい。そして、そんな高原の中にあるのが猪苗代町。
薄ぼやけた空気の中にうっすらと見える町並みは、夕日に照らされて金色に
煌いている。遠くにあるはずの山も、霞んでよく見えない。美しい景色だ。
ここは一体どこなんだ。どうにも日本っぽくない景色のような気がする。

もう少し走ると、磐梯山 S.A. に到着。16時半前ぐらいか。燃料計の針が
けっこう下がっていたので、ここで給油。燃費を計算すると・・・あれっ、
15km/L を少し切っている。めちゃくちゃ悪いやん(汗)そんなに飛ばしてない
ってのに、この燃費の悪さは何なのだ。エアコンフル稼動状態なのがマズいのか。



教えてくれ磐梯山〜 この胸のモヤモヤをぉ〜ゥ〜



磐梯山 S.A. を出て少し走り、会津若松 I.C. を過ぎると同時に、車線が減少。
どうやら、磐越道は完全二車線の構造ではないようだ。ここから、新潟に至る
山越え区間に入るわけだが、その区間で遅い車両がいたらアウトだな。まぁ、
しょうがない・・・。だが、さすがに新潟までずっと対面通行というわけでもなく
時折、追い越し車線と称した数kmの四車線区間が現れる。その区間が来るたび
トラックを追い越す車両の群れが発生する。磐梯山 S.A. を出てから増加した
交通量に呼応するように、こういった追い越し劇が時折繰り返される。

もちろん、私も追い越し劇に参加する。ただ、磐越道にオービスがないのは
調査済みだが、覆面がどのぐらいいるかは判らない。なので、基本的には慎重に。

そんなことをやっているうちに、福島県側最後のトンネルとなる黒森山 T.N. に
入る。トンネル中頃を過ぎると、壁面に「新潟県←|→福島県」という標示が。
ここで東北地域は完全に終わりを告げ、北陸地域に入る。さて、ガンバルぞ。



この先いくつかのトンネルを抜けたあと、五泉 P.A. 付近から先で平坦地に入る。
いわゆる新潟平野・・・って言うんだったかな。左右をきょろきょろと眺めると
確かに、田圃が延々と広がっている景色が見えはじめる。時刻は 17時過ぎ。
間もなく沈もうとする太陽の赤い光が、明るい緑色の田畑を黄金色に照らす。
美しい景色だ・・・あぁ、美しい。美しいのだけど、真正面に太陽があるので
眩しいったらありゃしない。
サンバイザーを下ろしても、窓枠とバイザーの
隙間から飛び込んでくる光が眩しくて仕方がない。10t クラスの大きなトラックを
見つけては、その後ろに隠れ、太陽の光をやり過ごす戦法に切り替える。

・・・それにしても、天気予報で言っていた「雨」ってのは、どこで降るんだ?



田圃の中を走ってきた磐越道は、新潟中央 J.C.T. で終わりを迎える。かなり
立派な構造の J.C.T. をぐるりと左に曲がり、北陸道へと入る。そういえば、
ここが北陸道の終点となるのか。ついに、この地を踏むときが来たか。感無量。
時計を見る。今は 17時半、か。あと6時間半ぐらいで帰れる・・・の、かな。

だが、感動は続かない。混雑した高速道路の流れが、突然いきなり遅くなる。
なんだろうかと思ったら、パトカーが走行車線を走って、しっかり蓋をしている。
さすがに誰もが気づくようで、追い越し車線を元気良く走ってきたクルマも、
パトカーを見るやいなや減速。運のいいことに(?)ちょうどパトカーの直後に
陣取ることができた私は、パトカーにぴったりくっついて走る。パトカーが
前のクルマを追い越せば追い越し、走行車線に陣取れば同じように陣取る。
だが、パトカーを追い越す勇気だけはない。なので、ペースはやっぱり落ちる。

そんなことが 15分ほども続き、背後から微妙に殺気が感じられるようになった頃
三条燕 I.C. でようやく、パトカーが下りていく。ふぅ。それと同時に、じっと耐えて
この時を待っていた各車両が一斉に加速。道路は本来のペースへと戻っていく。



加速したペースに乗って、先を目指す。やがて、北陸道と関越道が接続するという
長岡 J.C.T に到達。ここに至って気づいたのだが、新潟から北陸道を南下すると
メインの線形は関越道になる。富山方面へと至る北陸道は、支線扱いなのだ。

長岡 J.C.T で左に分岐し、関越道を大きくオーバーテイクして 90度右に折れ
西向きへと伸びる北陸道へと降りる。換言すれば、北陸道はここから始まるとも
言えなくも無い。延々と伸びる北陸道を眼下に、分岐線は静かに合流。17時55分。



分岐とほぼ同時に、長閑な新潟平野は終わりを告げる。ここから先は、北陸道の
難所の1つが徐々に始まっていく。まずは小さなトンネルを抜け、海沿いへと
一気に近づく。そこは、原発で有名な刈羽。ナビの残距離を見ると、485km と
出ている。えーっと、簡単に言えば、ほぼ半分を走ったってことか。
ちょうどいいや。やらねばならぬこともあるし、刈羽 P.A. で一旦休憩。



この P.A. には、便所しか存在しない。記念すべき折り返し地点を飾るに相応しい
寂れっぷりだ(涙)。トイレを済ませたら、夜の帳が下りつつある薄暗い P.A. の
駐車場で、長者原 S.A. で買いこんだ饅頭をぼりぼり食って一休み。体の調子は
意外なぐらいに良好で、500km ほどを走ってきたとは思えないほど疲れていない。
別に空元気というわけではなく、マジで余裕綽々である。雑音遮断効果は絶大だ。

饅頭を食って一休みしたら、トランクを空けてウォッシャ液と雑巾を出す。結局、
ここに至るまで一滴の雨も降っていないという状態なわけだが、それが逆に
フロントガラスに虫がブチ当たって潰れまくって視界が悪くなるという、
それはそれてとても嫌な状態を作り出す。高速で衝突して潰れた虫の死骸は
ガラスに強くこびりつき、ワイパーを作動させる程度では落ちてくれない。
むしろ、ワイパーで擦るとどんどん広がっていくばかりで、視界を悪化させる。
なので、我慢ならんぐらいまで汚れが付着した時点で、手で拭く必要がある。

ウォッシャ液をふんだんに使い、一面に点々と付着していた虫の死骸を完全に落とす。
あぁ、すっきりした。爽やかな気分で、刈羽 P.A.を出発。だが、加速車線で一気に
加速して本線に合流した30秒後、再び「ペチッ」という音とともに虫が衝突。
ちょうど目の前付近の地点に、ワイパーでは取れない汚れが付着。

・・・ウキーッ!



即座に落としたい衝動に駆られたが、この区間はめちゃくちゃ虫が多いようで
その後も、ガラスのあちこちに点々と虫の死骸が付着していく。だめだこりゃ。
落としても落としてもキリがない。この地域を抜けるまでは、我慢しよう・・・

我慢を重ねつつ、柏崎を通過。トンネルを越え、米山 S.A. も通過。時刻は
18時頃だが、夕飯にはちょっと早い。夕日もそろそろ沈み、景色はすっかり暗く
なっていく。このあたりの絶景を楽しみたかったのだが、それは無理なようだ。
止むを得ない。とりあえず、先へ進むことを最優先しよう。アクセルを踏む。

海沿いの暗い地域を過ぎると、少し都市っぽい雰囲気のする地域へと入る。
ほぼ同時に、上信越道への分岐を示す看板が上がり始める。あぁ、やっと
上信越道なのか。上信越道を下っていくと長野道に入って、岡谷に出る、と。
そっか。今走っている場所は、その辺りになるのか。まだまだ先は長いなぁ。

などと考えているうち、上信越道が分岐していく。関越道と違い、ここでは
北陸道が主役である。そして、その主役の北陸道は、メインイベントとなる
親不知・子不知越え区間
へと差し掛かる。この区間は、日本の屋根とも言われる
北アルプスの山脈が海沿いまで迫ってから、急激に海へと落ち窪む地形なので
平地が大変に少なく、古くから交通の難所と言われてきた。親不知・子不知の
地名がついた理由を調べると、すぐにそういった資料に行き当たる。そして、
その難所が解消したのは、実はけっこう最近のことなのだ。迫る山に孔を穿ち
鉄路を通し、道路を通したのは、せいぜい 20〜30年ほど前でしかない。



その真新しい突破口は、道路においては総計 26個のトンネルとして実現された。
実際にここを走ってみるとよくわかるのだが、本当にトンネルだらけである。
長いトンネルを抜けると、そこは次のトンネルの入り口だった、って感じ。

途中、どこかの S.A. か P.A. かで一休みしていこうかとも思っていたのだが
そんなことを考えるまもなく、次々と現れるトンネル群に圧倒される。わずかな
切れ目にしがみ付いて存在する糸魚川市の工場群だけが、数少ない地上の景色。
そんな調子で、親不知・子不知のトンネルも一気に駆け抜けてしまった。



ちょっと勿体無かったかなぁと思いつつ朝日町へと抜け、新潟県から富山県へ。
富山に入ると、それまでの荒くれた道路からは一変し、市街地の中を走る道路へと
様相を変える。時計を見ると、19時半。あぁ、そろそろ夕飯を食いたいなぁ・・・
そう思ったところで丁度、有磯海 S.A. が近づいてきた。ここで一休み。

食堂が開いていたので、軽めの夕食として鱒寿司定食を食べる。丁度いい軽さ。
なお、この時点においても、疲労はまだまだ少ない。食欲も十分にある。
この調子なら、どこかの P.A. で仮眠をとったりしなくても帰れそうだ。



食事を終えたら、念のために眠気覚まし系のドリンクを買い、一本飲んでおく。
どのぐらい効くかは知らないが、この先は刺激が少ない道路のはずだからね。

出発前に、荷物を整理。ここで一旦耳栓を外し、ノート PC を助手席に置く。
PC に入れておいた「うたわれるものらじお」の #6〜#8 までを、走りながら聴くため。
もちろん、スピーカーで再生しても聞こえるわけがないので、イヤフォンを装着。
8月末の WF 復路で、イヤフォンを使えば、走行中の雑音を押しのけて音楽を聴く
ことができると判っているためだ。また、オープン型イヤフォンを使えば、走行に
必要な情報を耳から入れることにも支障はない。聴くのはトーク番組でもあるし。



最後に、窓ガラスに無数にこびりついた虫の死骸を雑巾で擦り落としたら、
20時過ぎに有磯海 S.A. を出発し、米原へ向かう。小山力也さんと柚木涼香さんの
軽妙かつ緊張感ありありのトークを楽しみつつ、ペースを適当に維持して走る。
交通量はそこそこあるため、思ったよりも退屈せずに済む。小矢部砺波 J.C.T.にて
東海北陸道と交差したあと、一時的に暗い地域を通過するが、それもほどなく
終わり、金沢市へと出る。そろそろ、馴染みのある地域に近づいてきた。

金沢を過ぎると、海沿い・・・といっても真っ暗で、海沿いなのかどうなのかは
よくわからないのだが、ともかく再び薄暗い地域を走る。左手側には煌びやかな
街の光らしきものが見えるだが、それも何がどうなのか、よくはわからない。
ただ、走ることとラジオを聴くことだけに集中し、黙々と先を目指すのみ。



燃料計に目を落とす。残距離を考えると、そろそろ給油しておくべきかと考える。
ナビを見れば、次の S.A. は尼御前。おぉ、雁が原に行くときに、いつも看板が
目に留まる尼御前 S.A. か。ちょうどいいや、ここで給油していこうっと。

21時半に、尼御前 S.A. に到着。予想していたよりもずっと立派な S.A. だった。
残念なのは、この S.A. を使う機会など、そうそう訪れないということだろうか。
記念に(?)トイレを済ませ、ペットボトルを一本調達。ついでに、窓ガラスも
拭いておくが、先ほどまでのような膨大な虫の死骸は、付着しなくなっていた。
おそらく、有磯海 S.A. までの区間が、特別に酷かったのだろう(?)。

燃料を補給したら、尼御前 S.A. を出発。軽い山岳地帯となっている加賀・金津・
丸岡付近を通過すると、通い慣れた(?)福井北 I.C. が現れる。あぁ、これで
この旅行は終わったも同然だ。緊張感が抜け、魂が日常へと戻っていく。



この時点での時刻は 22時。あと3時間以内で到着できるから、大体計算どおりか。
ペースの調整は特に考えず、いつものようにサックリと走る。時刻が時刻だけに
走っているクルマは、もうほとんど物流トラックばかりである。そのおかげで
大変に走りやすい。気分よく、北陸道最難所と言われる今庄−敦賀間を越えて
敦賀へと抜け、さらにそのまま刀根経由で柳ヶ瀬を越えて木之本へと向かう。

その途中、急に尿意を催したので、滅多に入らない賎ヶ岳 S.A. へと入る。
駐車場の中へと入っていくと、そこには大量のパイロンと警察官が・・・って
検問かよ!うわっ、ヤベっ!と、別に疚しいことは何もしていないのであるが
反射的に身構えてしまう。だが、検問といっても自家用車が対象ではないようで
なんの指示も出されない。恐る恐る、横を通過して駐車場へと入っていく。
いったい、何の検問だったのだろう・・・気になるなぁ・・・

ビビって縮こまった○○○に活を与えて元気を取り戻させたら、S.A. を出発。
その後は順当に米原経由で名神へと移り、0時をちょっと過ぎたころに京都へ到着。



というわけで、長い長い、とても長い旅が終わる。日本列島を、半分ほど縦断する旅。
だが、人間にも機材にも大きな問題が起こることは無く、無事に完遂できた・・・

と思ったのだが、そうは問屋が卸さなかった。

大津 I.C. を過ぎた辺りから、エアコンを切って窓を開けて走っていたのだが
その途中、首筋に「ピリッ」とした感触が走ったときがあった。その後しばらく
首筋から全身がワサワサする感じがあったので、最初は「静電気かにゃー」などと
思っていたのだが、帰宅してドアを開け、座席を覗き込んだときに原因が判明。

潰れた蜘蛛が一匹、転がっていた。

けっこうデカイ。こいつが飛び込んできて・・・まさか、腹に卵を抱えていた!?
うっわー!!蜘蛛は嫌いじゃないけど、クルマの中に蜘蛛の子が沸くのは勘弁!!

後片付けも休息も後回し。慌てて家の中に入り、虫を燻す道具を探し出したら
子一時間ほどカプの中でそれを焚き、必死に後始末。締まりの悪い終わり方だ f(^_^;)


9/9

旅行の後片付けを終え、眠った次の日は7時40分に起床。体は時間を覚えている。
昨日と相変わらず、目に集中した疲労が頭を苛む。全身はそうでもないのだが。
これほどに目を疲れさせるものとは、一体何なのだろうか。ナビのせいか?
走行中に見る遠景と、ナビのある近景との距離の差異が絶妙なのか・・・?
改めて、ナビの装着場所を考え直すべきだろうか。もっと近くか、遠くに。



そんなことを考えつつ、帰宅後のメンテナンスを実施。一気に距離を稼いだので
各種オイルの交換サイクルが一気に来てしまった(汗)面倒くさいが、ほぼ唯一の
メンテナンスなので、くさらずに実施。フロントを上げてエンジンオイルを抜き、
ついでに、センターのフロアトンネルカバーを外してミッションオイルを抜く。
ミッションオイルを抜くときは、適当な新聞広告をマフラーのパイプに貼り付け
抜いたオイルがパイプに付着しないように工夫した(後の掃除が面倒なので)。

抜けたオイルをざっとチェック。見た目には少し黒さが目立つが、異常の兆候は
見られず。オイルフィルタの中もチェックするが、問題はなさそうだ。一安心。
フィルタも新品に交換し、新しいエンジンオイル(Verbis Zero NA、0W-40)を
投入する。投入量は、いつものように 3.0L。指定より少し多めに入れておく。

廃油受けを洗浄せず、そのままミッションオイルを受ける。抜けてきたオイルの
色は綺麗なもので、使おうと思えばまだまだ使えそう・・・というのは、
いつもと同じことか。ミッションオイルを抜いたら、新しいミッションオイル
(RedLine MT-90)を投入。いつものように、エンジンルームの隙間から
ホースを通し、重力で注ぎ込む方式で実施する。1qt.(≒0.95L)投入したのち
フィラーの穴に指をつっこんで液面を確認するが、規定の 1.06L から 0.1L ほど
少ないせいか、またはフロントをめいっぱい持ち上げているせいか、液面は
少し低め。これでトラブルは起きていないから、まぁいいかってなものだ。

フロアトンネルカバーを清掃して装着したら、フロントを下ろしてリアを上げる。
今度は、デフオイルを抜く。こちらも、見た目はさして劣化している様子もない。
オイルを抜いたら、新しいデフオイル(RedLine 80W-140)を投入。こちらもまた
バックランプを外した穴からホースを通し、重力で注ぎ込む。人によっては、
トランクの下にある水抜き用ゴムパッキンを外してホースを通すという方法を
とるらしい。どっちが楽かといわれたら・・・微妙かな。荷物を下ろさなくても
いい分、バックランプを外すほうが楽のような気がしないでもない。

デフオイルを投入したら、ミッションオイルとデフオイルの廃油が混じったものを
廃油入れに移す。その途中、薄くて小さなアルミ片がくるくる丸まったような、
そんな破片が3〜4個ほど底に溜まっているのを発見した。しまったなぁ。
ミッションオイルを抜いたら、いったん廃油入れに移しておくべきだった。
今となっては、この破片が(さほど大きな意味がありそうにも見えないが)
ミッションとデフのどちらから出たものか、わからなくなってしまった。

オイル交換を終えたら、エンジンを始動して1分ほど放置し、オイルの量を確認。
ゲージのFよりちょっと上ぐらいの、ベストポジション。ついでに、他の液も
一通り残量をチェックすると、バッテリー6槽の液面のうち2槽分が、少々
下がり気味になっていた。高温で揮発したのか。全体的に補充し、
6槽ともほぼ同じ程度になるよう、液面を調節しておく。



エンジンルーム内の点検が終わったら、クルマをちょっと移動して、洗車および
ワックス掛け。昨日延々と悩まされていた虫の死骸が、ガラス以外のフロント周りにも
びっしり付着していたので、洗い落とす。車体が、ものすごく白くなった(笑)

洗車完了後、水を切るために軽く走行。バッテリー液を補充した効果なのかどうか
わからないが、アイドリング時の 12V系電圧が、若干上がっているように見える。
また、昨日までは、運転席側の窓の動きが非常に悪い(窓を上げるときは、手で
掴んで引っ張り上げないと途中で止まっていた)状態だったのだが、実用上問題ない
速度で開閉できるまで回復していた。これも、バッテリー液補充の効果なのか?

とりあえず、電装系に疑問が出てきた。近日中に、オルタを割ってみよう。


9/10

明日で夏期休暇が終わるので、今日は一日、社会復帰(?)のために
休み前に積み残した仕事の資料を読んだりして過ごす。テンション上がらねぇ。

その合間に、ちょっとした気分転換目的で、エアコン洗浄を実施してみる。
鏡を使ってエバポレータの中を覗き込むと、基本的には綺麗なのだが、上端の 1cm
ほどの間が埃まみれだった。今まで、洗浄スプレーが届いていなかった部分だな。
角度を調整し、狙いすましてエアコン洗浄スプレーで重点的に清掃。本当は、
エバポレータ外側のカバーをそっくり外してガシガシ洗うのがベストだろうが
ちょっと面倒、っちゅうか、無理なんじゃないのコレ?って感じなので。。。

とりあえず、残り 3mm ぐらいになるまでは埃を削り落とすことに成功する。
残りの部分は、洗浄液をホースで導いて吹き付けるとか、そういった技を
考えないとむずかしい。また、これは今後の課題としておこう・・・。


9/13

というわけで、11日から仕事に復帰。長い間の息抜きに慣れてしまった(?)
身としては、一日働くのが結構しんどい。情けない限りだ。なんて弱い子だろう!

今日もなんとか一日仕事を終えたら、気分転換がてらに、近所の PC 屋へ。
1つやりたいことを思い出したため、ちょっとした買い物を実施。それは、
PC 起動中の轟音を少しでも軽減したいということ。ATX が入る大き目のケースに
12cm ファンを装着している現在の PC 環境だが、どうもコレが、結構大きな音を
立てているらしい。なので、より静音な 12cmファン(ただし、安いもの)を購入。
また、電源のファンもそこそこ大きな音を立てているような気がするので、
12cm ファンのついたタイプ(ただし、安いもの)を購入する。

ファンはメーカー不明の動圧軸受 1000rpm 品、電源は SW technology の 12cm
ファンタイプの 400W 品。後者は、今後のアップグレードを考えてのこともある。



帰宅後、これらを装着するために PC をバラす。ケース内には結構な量の埃が
溜まっていた。エアフローの悪さを示すのかもしれないが(汗)とりあえず清掃。
現在付いているファンは、Scythe の 1500rpm 品。これも一応は静音を意識した
ものらしいのだが、定格の 1500rpm で回すとそれなりに大きな音が鳴り響く。
1000rpm まで下げるとかなり静かになることがわかっているので、その期待を
含めて、今回の 1000rpm ファン購入と相成った。これは期待通りだろう。

電源は、静音ついでに容量を増やすことを考えていたのだが、現在のケースに付属
していたのは 450W。+12V の容量を見ても、充分に大きい(18A)。ATX 電源供給の
コネクターが 20pin なのと、EST の 6pin コネクターが1つも生えていないのが、
問題といえば問題だろう。だが、私の使う PC 構成では、どちらも不要なもの。
となると、容量を増やす(=今後のアップグレード)目的は達成できず、か。



てなことを考えつつ、それぞれのパーツを交換。なお、今使用しているマシンの
マザーには Athlon XP 2000+ が乗っているのだが、このマザーには 4ピンの電源
コネクターを挿すべきコネクターがない。どれだけ古い機材か、ということか。

組み上げたら、電源投入。投入当初、電源から「ピョーロロー……」という音が
聞こえてきた。電源内のスイッチング音だと思うが、可聴域まで使ってるのかよ。
こりゃマズイ設計のものを引いたかなぁと思ったが、各部が温まるのに合わせて
音は鳴らなくなった。暖機運転が必要な PC ってか?(笑)ともかく、耳障りな
発振音が鳴らなくなると、ようやく静かな環境が訪れてきた。まったくの静音、
とはいかないが、やはり結構、静かになったようだ。それを確かめるために
試しに CPU ファンを指で押さえて止めてみると、静寂が訪れる(笑)



マシンを棚の中に戻し、XVD エンコーダをフル稼働させて温度上昇を確認する。
電源、およびケースファンからは、いつも以上に生ぬるい風が吹き出してくる。
内部の熱を効率よく排気できているということだろう。speedfan にて CPUの温度を
計測してみると、CPU 利用率を 100% に貼り付けている状態で、ぴったり 67℃。
気温が下がったこともあるが、この温度で安定してくれれば、Throughbred コアの
Athlon としては十分なレベルと言えるだろう(※ 皿コアの上限温度は 90℃)。

まぁ、とりあえずは満足かな。少なくとも、以前よりはずっと静かになった。


9/15

というわけで、こうなってくるとやっぱり PC をアップグレードしたくなる(笑)

最近は、HDD レコーダで録画した TV 番組を別の形式に再エンコする作業を
よく行うが、その目的のためには圧倒的なパワー不足を感じていた@Athlon XP 2000+。
丁度いい機会(?)なので、システム一式をがさっと入れ替えてしまう前提で、値段を
調査してみる。最初はメーカー製の PC にしようと思ったが、エンコに適した
デュアルコアの CPU で組むと、どうやっても \90k は下らない。高いなぁ。
というわけで、現有の資産をなるべく流用する形で計画を立ててみる。

結論としては、CPU/マザー/メモリー/グラボの4点を新規購入し、それ以外を
すべて流用すれば \50k台で収まりそうだ、という感じに収まる。CPU が Athlon の
一番安いデュアルコア、マザーが BIOSTAR の一番安いマザー、メモリーは JEDECに
準拠したそれなりの PC2-4200 か PC2-5300 512MB を2枚、グラボは DualDVI の
一番安いもの。それぞれ、2万円/1万円/1万4千円/1万円ってな感じだ。

いろいろ調べてみると、どうやらメモリーの値段が急騰中らしく、この先どこまで
上がるのやらはわからない、という状態らしい。買う気があるのなら、あまり
のんびりもしていられないようだ。・・・でも、今月はもう、遊び用の金がない。
給料日、およびクレジットカードの〆日が来るまでは、じっと我慢の子であった。



で、ささやかな買い物として、今更ではあるが KOSS の SPARKPLUG を購入。
カナル型イヤフォンが手元に無かったので、ネットで割と評判の高いコレを
買ってみたわけだ。だが、実はコレ、非常に音質が悪い。はっきり言って
大音量でシャカシャカ音楽を聴き続けたために耳がおかしくなった若者
以外にはオススメしづらいほど酷いのだが、逆にそれが1つの利点でもある。

なにかというと、高音がまるでフラットに出ず、へちゃんと潰れた篭り音のf特
っぽい感じのため、BGM 的に聴き続ける分には耳が疲れないという利点がある。
そういう意味で、夜に作業しながら音楽を聴くという目的には、お気に入り。


9/16

休日。なんだかんだで体調が変な感じで、雨が止んだ昼前にようやく起床。

さて、何をやろうかな・・・と思いつつ、カプ関係の作業箱を漁っているときに
ふと、思い出した。そういえば、タイミングベルト交換をするつもりだっけな。

というわけで、タイミングベルト・テンショナ・テンショナバネの各部品を片手に
駐車場に向かい、タイミングベルト交換作業を行うことにした。作業そのものは
簡単なのだが、冷却水ホースの固着外しと、クランクプーリー外しの2工程が
けっこう面倒くさい。今回も、それなりの覚悟を持って挑むことにした。



まずはフロントを軽く持ち上げ、冷却水を抜く。コックの下にポリタンクを置き、
コックを緩めてラジエータキャップを開ける。ドジャーッと勢い良く出てくる
LLC。ラジエータ内部および冷却系が元気な証拠である。抜けた LLC の色も
緑色で変わっておらず、まずは良き哉。LLC を抜いたら、千枚通しがひん曲がった
ような形状のホース外し工具を片手に、エンジン前面の冷却水パイプに接続された
ホース4本を外しに掛かる。案の定、4本とも錆で固着気味になっており、ホース
外しで固着をある程度まで解くことはできたものの、完全に抜き取るためには
指先のパワーを要求されることとなった。ホース端面を押した指が痛い(汗)

ホースを外したら、次はプーリー外し。インタークーラーのイン側パイプを外し
作業空間を確保したら、プーリーのボルトを緩める。これは特に問題なかった。
問題なのは、プーリーそのもの。固着しているようで、手で引いても外れない。

無理にコジってクランクシャフトを痛めたら意味ないので、機械の力に頼る。
スタビの取り付けボルト4本を外してエンジン前面の空間を確保したら、手近に
あった3ツ爪のギアプーラーをプーリーに掛けて、えいやっと抜き取る。
抜き取った跡を見てみれば、クランクシャフトとプーリーの間には、薄く
赤錆が浮いていた。あぁ、錆付いてたのか。今、外しておいてよかったなぁ。
形状が変化するほどの錆ではなかったので、CRC-556 を塗って馴染ませておく。

あとは、オイルレベルゲージ・冷却水パイプ・エンジンフロントカバーの3つを
ネジ数個を外して取り外すと、タイミングベルトが現れる。クランク位置を
1番上死点に合わせてから、テンショナーのボルトを緩めてベルトを外す。

外したベルトをざっと点検する。ベルトの背面はテカテカしていたが、歯面側は
目立った劣化が見当たらない。以前に交換したときは、歯の根元に亀裂があったが
今回はまだ何らの亀裂もなかった。どうも、思っているよりもベルトの耐久性は
高いようで、ここで交換してしまうのはちょっと勿体無いような気もした(汗)

一方、テンショナーについては、グリスの飛び散りこそないものの、手で回すと
ジャラジャラ感が出ており、あからさまに劣化している。こりゃもう、寿命だな。
今回はついでに、テンショナーにテンションを与える小さな引っ張りバネも交換
しておくつもりだが、こちらは新品と比べて、劣化している感じはなかった。

ってことで、最低限交換するならテンショナーだけ、って結論になるのだろうけど
もう部品は全部揃っちゃってるので、何も考えず、今回は全部交換してしまう。



ベルトを取り付ける前に、エンジン前面を点検。カムシャフト付近からの
オイル漏れは無し。オイルシールはちゃんと仕事をしてくれている模様。また、
クランクシャフト側のシールも健常。スズキで交換してもらったときに付いたと
思しき軽いオイル汚れがあったので、次回以降の点検で迷わないよう拭いておく。

ウォーターポンプを手で回してみる。すると、「クー」という小さい音と、その
音に合った微妙な引きずり感が伝わってくる。・・・交換したい衝動に駆られる。
だが、10万km で変えたばっかりだし、そもそも「故障」というレベルの音でも無い
ような気がする・・・そう考えたら、最初からついていて 10万km で交換した
ウォーターポンプは、交換時点でもベアリングはシットリと回っていたから
寿命の長い、当たり品だったのかなぁと思えてきた。壊れていない部品は
交換しない、というセオリーは基本的に間違っていないことを再確認。

最後に、クランクシャフトのタイミングプーリーを外したついでに、クランク
シャフト全体に薄く CRC-556 を引いておく(前述したが、錆防止のため)。



さて、ベルト装着。前のベルトに、各プーリーの合いマーク位置をマーキングして
おいたので、新しいベルトの同じ位置に、合いマークを転記。それが終わったら、
テンショナーとテンショナースプリングの表面を脱脂して、エンジンに仮固定。
回転方向を合わせたタイミングベルトを、クランクプーリー → EX プーリー →
IN プーリーの順番に位置を合わせて掛けていく。といっても、ベルトの長さには
ほとんど余裕がないので、全てのプーリーへ、同時かつ均等に掛けていく感じ。

ベルトが掛かったら、テンショナー固定ボルトを軽く固定してから、クランクを
2回転。この時点で合いマーク位置にズレがないことを確認したら、今度は
テンショナー固定ボルトを緩め、ふたたびクランクを2回転。タルミを取って
固定ボルトを規定トルクで本締めする。さらにクランクを2回転して、
やっぱり合いマークにズレがないことを確認したら、ベルト掛け作業は完了。

もう一度合いマークを確認したら、外したときに乾拭きしておいたフロント
カバーを装着し、固定。その後、冷却水パイプを・・・と思ったが、これの
錆があまりにも酷くなってきたので、錆落としをやろうと思い立ってしまう。

とりあえず電動サンダーを取りだし、#200 ぐらいのペーパーで錆をガンガン落とす。
幸いにも、まだ表側に発生した軽度の錆であり、錆転換剤とかで手当てができる程度。
電動工具が使えない部分は #80 のペーパーを手掛け。大体 OK な状態になったら
脱脂してからレノバスプレーを吹き、500W の白熱灯で炙って強制乾燥する。



んで・・・これが乾燥するまでの間、作業が止まってしまった。どうしよう?
エンジンルームの中を覗き込んで、ふと思いつく。スタビを外したお陰で、丁度
オルタの前付近に空間ができている。今なら、オルタを外しやすそうだ・・・。

よし、決めた。乾燥を待つ間に、オルタのブラシ交換をやろう。そうと決まれば
作業は迅速に。バッテリーのマイナス端子を外してから、奥まった場所にある
オルタのB端子のナットを外す・・・が、とても固く締まっており、外れない。

固着しているのか?力を掛けるにしても空間が狭すぎて無理なので、いったん
オルタの固定ボルトを外してフリーにしてから、ゴロンと前に転がして空間を
確保。その後、スパナを掛けて外そうとする・・・が、やっぱり、すごく固い。

なんでこんなに固いんだ。B端子に繋げてある金具は2つのナットで締められて
いるため、それぞれに工具を掛けて回そうとしたのだが、工具の選定を間違えて
微妙にサイズが合わない工具を使ったらしく、ナットの角を舐めてしまう。
コリャだめだ。工具箱を漁りなおし、2つの工具を取り出す。1つは
コネクタモンキー、もう1つはフレックスヘッドのボックスレンチ。

2つのナットのうちの1つはかなり薄いため、かなり厚さの薄いスパナで
なければ、正しくナットに噛ませることができない。手持ちのスパナの一番薄い
モノを使ってもダメだったので、最後の手段としてコネクタモンキー(厚さ2mm)を
使うことにした。モンキーなので、大きなトルクを掛けるのには適さないのだが。
フレックスヘッドのボックスレンチについては、別にメガネでもいいのだけど
かなり肉薄のメガネでないと、もう片方のナットに掛けることができないため。

ともあれ、こういった工具を使ったお陰で、ギンギンに締まっていたナットも
なんとか緩んでくれた。いや、危ない危ない。こんな狭い空間でナットを舐めたら
もう、リカバリーなんて絶対にできっこないって感じだった。注意一秒怪我一生。

最後にコネクターを外すと、オルタはフリーになる。スタビを外す他、リザーバ
タンクも外す(上にずらすだけで可)必要がある。そうすると、うまい具合に
オルタを転がしながら取り出せる道筋ができる。これって、そういう設計?



取り外したオルタのプーリーを手で回してみるが、ベアリングがヘタったような
感触はない。とりあえず、ベアリング交換は急いでやる必要もなさそうだ。
かなり面倒くさそうだし、後回しにできるのならば、できるだけそうしたい。

さて、ブラシ外し・・・と思いつつ、オルタをじっと見るが、どーも変だ。
整備書に書いてあるオルタと違う。よーく見ると、このオルタには「ND」マーク。
って、日本電装製かよ(汗)整備書には三菱電機製と書いてあったのにな。まぁ、
でも、こっちのほうが断然都合がいい。なぜなら、ブラシ交換が断然楽だから。

手順は以下の通り。まず、プーリーを下にして、B端子に残ったナット、および
そのナットで固定してあるスペーサーを外す。次に、裏のカバーに見える3本の
ネジを外す。すると、裏のカバーがパカリと外れて・・・



こんな感じで、ブラシケースとレギュレーターとレクチファイヤーが現れる。
あとは、ブラシケースの左右に見える2つのネジを外すと、ブラシが取れる。
ブラシホルダーごと交換なら、以上。ほら、めちゃくちゃ簡単でしょでしょ?



だが、今回はもう一手間必要。ブラシケースでなく、ブラシ単体で購入したため
ブラシケースにささっているブラシを、半田鏝を使って交換する必要があるため。
で、どうせ手間がかかるなら・・・ということで、なんだか薄汚れて汚くなった
これらの部品を清掃しておくことにした。とりあえず、エアブローしながら
ネジをぽろぽろと外し、分解を進めていく。精度が要求される部分はないし、
深いことは考えず、どんどん分解を進める。で、分解が進むたび、黒い粉状の
汚れがボアッと落ちてくる。これ、ブラシが削れた粉なのかな・・・

まず、肝心のブラシ。12.5万km ほど走って、残量はこの程度であった。



比較のため、右側に新品ブラシを並べてみた。なお、ブラシはバネの力によって
銅線が付けられている部分ぐらいまで飛び出せるようになっている。実質は
その上 2mm ぐらいまで残っていれば、リングに電力を伝えることは可能。

ってことで、ブラシは寿命の半分程度まで減った程度・・・つまり、ごく普通の
使いかたであれば、20万km ぐらいまでは交換しなくても大丈夫よ、ってことだ。
ブラシより先に、ベアリングとかレギュレータとかがイカれそうだ(汗)

なお、ブラシと組み合わさるスリップリングのほうであるが、若干の焼け色が
ついているものの、手で触って判るレベルの磨耗は存在しなかった。つまり、
機能的にはほぼ無傷といっても差し支えない。よって、修正などは実施しない。



レギュレータは、目で見て判るような問題は無かった。電気的にどうなのかは
わからないが、とりあえずチャージランプが付いてないから、大丈夫だろう。

最後に、レクチファイヤーだが、ご覧のようなクラックが入っていた。



一瞬「うわ!」と思ったが、よく見てみれば、これはレクチファイヤー表面に
塗られた硬質の絶縁塗装。裏返してじっくり観察してみたが、整流子本体には
何の損失もない。念のため、ステータコイルを外し(レクチファイヤー外周の
4本のボルトを外せば、電気的に切り離される)テスターを使って、合計8個の
整流子の機能を点検。結果は、8本とも順方向降下電圧は約 0.48V、逆方向の
抵抗値は無限大。ということで、整流子の機能的損失はない、という結論に。



以上の結果から、部品交換は一切不要、ということになるのだが、念のために
ブラシは交換しておくことにした。先ほども書いていたように、壊れてないものは
交換しないのが正しい姿。だが、十分に長さが足りているとはいえ、ブラシが
長くなると、ブラシをスリップリングに押し付けるバネのプリロードが変わる。
これが何か、いい効果が出るかもしれない。というわけで、半田鏝を取り出して
ブラシを外し、交換を行う。1つずつ外し→付けを行い、ブラシの飛び出し量を
間違えないようにする。一応メモしておくと、ブラシから生える線が
ケースから飛び出さないギリギリの位置にあわせるのが正解。

ブラシをしっかり半田付けして交換を終えたら、各接点を磨きながら元通りに
オルタを組み立てる(ただし、スリップリング表面は脱脂のみ)組み立てが
終わったら、先ほどの外したときに通した隙間を逆向きに通し、オルタを装着。



オルタを元通りに装着したら、合間を見てシャシーブラックまで塗装を行った
冷却水パイプを装着する。500W 白熱電球の威力は絶大で、あっけなく乾燥した。
これから、塗装したものを乾かすときはこのテで行こう。作業効率がすごくいい。

冷却水パイプを装着したら、ホースを元どおりに接続。最後に、オイルレベル
ゲージ、およびクランクプーリーを装着。オルタ側のベルトは劣化が激しいため
新品に交換。プーリーを装着してから、適当な強さにテンションを調整する。
最後に、インタークーラーイン側パイプを装着し・・・よし、完了。

すべてのボルトを確実に締め直したことを確認したら、冷却水をざっくり入れて
入れてエンジン始動。こんな作業は失敗しないのが当然(偉そう)なので、
文句なく一発始動。エンジンを温め、LLC のエア抜きをしながらスタビを装着。



てな感じで、日が暮れて少し経つ頃に、ひととおりの作業が完了する。
終わってみればアレだ、別にどれも交換しなくても、壊れていなかったもの
ばかりだったワケだが、まぁいいや。予防交換っていうか、消耗状況確認っていうか。

作業を終えて、一休み。久しく力仕事(?)をしていなかったせいか、
手がパンパンに腫れて痛い。使い痛みか・・・体力落ちまくりだなぁ。


9/17

今日は雨が降るという予報だった筈だが、なぜか晴れている。
何にもせずにボーッと日記でも書き上げるつもりだったのだが、
晴れたとあっては、今後に予定していた作業を前倒しにせざるを得ない。

というわけで、今日はフロントブレーキキャリパー O/H だ。
べつに、作業そのものは難しくない。ひたすら面倒くさいだけ、である。
何が面倒くさいかと言うと、汚れたり錆びたりしたキャリパーの清掃。



作業開始。ボンネットを開けて、ブレーキリザーバの蓋にサランラップを挟んだら
ぱぱっとジャッキアップし、キャリパーにつながるブレーキホースを外す。
外したブレーキホースの先は、適当な入れ物の先に突っ込んでおく。
サランラップで蓋をしているので、フルードはちょっと漏れるだけだ。

バンジョーボルトに傷などが入っていないことを確認したら、キャリパを外す。
キャリパに積もった汚れをある程度落としたら、ホースを外した穴からエアーを
(タイヤ用空気入れで)送り込み、ピストンを抜く。木切れを挟むのを忘れずに。
今回はスコッと抜けるかと思ったが、軽い固着を起こしているような、ちょっと
もたついた感じで抜けてくる。O/H するタイミングとしては悪くなかったかな。

ピストンが抜けたら、中に残っていたフルードがだらだらっと垂れて来る。
廃油受けをうまく使ってフルードを受けつつ、ピストンシール周りの大事な部分を
中心に、キャリパーを手早く洗浄する。なぜ手早くかというと、凝りはじめると
いくらでも凝れてしまうものだからだ>洗浄。適当に見切りをつけるという意味。

なにせほら、錆も含めて、この汚さだ。



大事なのは、ピストンシールが入る溝、およびシリンダー内面。この2つへの
腐食がなければ、ピストンがグダグダでない限り、油圧が漏れることはない。
今回もその2点をじっくり確認。ピストンブーツが入る溝の錆びは相変わらず酷い
ものだが、この錆がピストンシール溝へと侵食を広げている様子はない。

浮き錆だけをガリガリと落としたら、キャリパーを再利用する。・・・って、
ホントはそろそろ、キャリパーの Assy 交換なんかもやってみたいけどね(涙)

なお、外したピストンシールだが、8万km使用したリアのシールと同じように
台形に変形していた。おそらく、熱で痛んだ結果(?)かと思われる。

清掃を終えたら、新しいシールに薄くグリースを塗り、キャリパーに組み付け。
さらに、ブーツにもグリースをたっぷり塗り、キャリパーに組み付け。このとき、
グリースをたっぷり塗ったブーツの裾を、しっかりとキャリパーの溝に入れる
ようにする。これが、現実的に可能な唯一の錆び防止策。ブーツを組み付けたら
シリンダー内面に薄くグリースを塗る。その後、新しいピストン(古いピストンが
腐食していたわけではないが、今回はそろそろピストンを新しくすることにした)
表面に薄くグリースを塗り、ブーツに押し付けてエアーを吹き込み、ブーツを
ピストンに被せる。あとは、ピストンをゆっくりと押し込み、装着を完了する。
このとき、微妙ではあるが、ピストンとシリンダーの摩擦感があった。
新しいピストンの大きさが、古いピストンと微妙に違うのだろうか?

キャリパーの組み立てを終えたら、新しい銅ワッシャを用意。ゴミや汚れなどが
まったく付着していないことを注意深く確認しながら、ブレーキホースを
キャリパーに接続。規定の 23Nm で締め付ける。これで、片方が完成。

この作業を、左右ともに繰り返す。片方だけならいいが、両側やるのは面倒だ。



左右とも O/H を完了したら、最後にエア抜きを実施。時間がかかるかと
思ったが、10回もポンピングしないうちに油圧が戻り、わりと簡単に完了する。
とはいえ、油断は禁物。まだ、ラインのどこかにエアが残っているのが普通だ。
この状態でちょっと走ってからもう一度エア抜きを行なえば、残っていたエアが
集まっているはずなので、いい塩梅に抜けてくる。というわけで、一旦完了。

敷地内でブレーキが効く事を確認したら、近所を 5〜6km ほどぐるぐると走り、
もう一度エア抜きを行なう。だが、この程度ではまだ、残留エアが集まりきって
いないようで、今一つフワフワした感じが残っている。もう一度やる必要がある。



というわけで、残留エア集めを兼ね、20時に久御山のイオンシネマへ向かう。
目的は「出口のない海」の鑑賞。ちょっとズレてる感じはあるけど、やっぱり
切ない物語だなぁ。男独りで見に行って、独りで感動して、独りで帰る。
どっちかといえば、その行動のほうがズレているのかしれない(笑)

23時に映画が終わったので、久御山から帰宅。途中、いつもの峠を通って帰ると、
頂上付近の何もないところで、おまわりさん2人組が待ち構えていた。えっ?!
取締りなんてせいぜい不法投棄関係ぐらいしかやることがないような、狭い峠道。
そんなところで、なぜおまわりさんが・・・と思いつつ、停止して窓を開ける。

この先の崖が崩れたんですか?とか、この先でどえらい事故でもあったんですか?
とか聞こうかと思ったが、それよりも先におまさりわんが話しかけてきた。曰く
「その速度で走ってたらダイジョウブやとおもうけと・・・飲酒の確認ですわー」
とのこと。あぁ、そうか!飲酒検問かぁ・・・いや、それにしても、こんな遅くの
こんな寂しい山の中で・・・公務員も大変だなぁ。同情してしまう。

もちろん、酒を飲んで運転できるほど酒に強い体質でもないので、問題はない。
息を吹きかけたら、お疲れさんですー、と挨拶してその場を離れる。そうだよなぁ
最近、飲酒運転取締りが盛んに行なわれているんだよなぁ。頑張れおまわりさん。


9/18

で、今日もまた雨の予報だったが、なぜだか晴れている。
この機会を利用して、エア抜きをもう一度実施することにした。

その前に、O/H したことによるブレーキタッチ変化の分を考え、軽く周回路を
走って、ブレーキの効き具合をチェックする。結論としては、パッドに熱が入ると
ブレーキタッチは回復するが、温度が下がるとやっぱフカーッとした感じになる。
うーん。O/H したことで、ブレーキパッドの特性(フロント:カーボンメタル)が
よりハッキリと出てくるようになっただけなのだろうか?そんな気もする。

カレーを食ってから帰宅し、今度はリアからもエア抜き。ちょっと工夫を凝らし、
木の板とジャッキハンドルを使って、ブレーキペダルのつっかい棒を作成。
ブレーキペダルを奥まで踏んだ状態のとき、このつっかい棒を入れ、ペダルを
動かないようにしてからキャリパーのブリードバルブを閉めるようにする。

こうすることで、ペダルを戻したときのエア吸いを抑えることができる。
はっきり言って超面倒くさいけど、一人でできる、数少ない確実なエア抜き方法。

リアが終わったら、フロントも同じ方法でエア抜き。で、結果だが・・・
うーん、変わったのかな?よくわからない。やっぱ、パッドの特性かなぁ。



ブレーキ周りのメンテナンスも飽きてきた(?)ので、他のメンテを行なう。
といっても大したことではなく、ゴム部品にアーマオールを塗り、リアピラーと
ガラスの間に Holtz のベルト鳴き止めスプレーを吹くという程度。とはいえ、
こういった地道な作業の積み重ねが、古い車をボロ車にしないことに繋がる。

ちなみに、ベルト鳴き止めスプレーだが、キコキコ音の抑制にかなり効くので
マジオススメ。冗談ぬいて、このスプレーを吹いてから、まったく音がしなくなった。


9/23

給料日前なので、遊び歩く金が残っていない。おとなしく、燻る。



カプのボンネットを開け、軽く点検。冷却水のリザーバ液面を確認する。
液面は・・・高いな。ラジエータアッパーホースを揉んでみるが、手ごたえが
甘い。こりゃ、まだエア残ってるなぁ。キャップを開け、ファンが1回回る
ところまでアイドリングしてエア抜き。それにしても、ラジエータファンが
回りだすまで、時間がかかるようになってきた。気温が下がっている証拠。

この作業中、暖機完了後のアイドリング回転数が少し低くなってきたように
思えたので、アイドルスピードコントロールバルブを1回転ほど緩めてみる。
アクセルを OFF にしたときに、アイドリングが高めから定常に戻るまでの時間が
ちょっと長くなった。だが、発進が多少楽になる(=クラッチの磨耗を減らすため
発進時は殆どアクセルを吹かさずにクラッチミートする癖が付いた)だろうから
このぐらいの異常動作(?)は、我慢しておくことにするか・・・。

副産物ではあるが、アイドリング中のバッテリー電圧も、14.0V → 14.2V へ向上。



さて、ボンネットを開けた真意であるが、LLC の点検ではなく、インタークーラー
パイプをノーマル(ゴム)に戻すため。ぶっちゃけ、純正パイプのほうが内径が太い
のである。社外品のアルミパイプは、内径が細い。しかも、ラジエータを冷却した後の
熱い空気によって、インタークーラーから出た後の空気が通るパイプが炙られる。
せっかく高い金を払って空気を冷やしたのに、これでは意味がなさすぎる。

というわけで、5年ぐらい前に外して、冷暗所にて保管していたホースを
ジャンク箱の中から取り出し、よく清掃してから装着する。ちなみに、これまで
装着していたアルミ製インタークーラーパイプだが、外した時にオイルが滴る
ようなことは無かった。以前は、ブローバイに含まれたオイルがここらに溜まって
ベトベトになっていることが多かったのだが。どうやら、オイルキャッチタンクが
ちゃんと動作しているらしい、ということがよくわかる。当然ながら、スロットル
バルブ付近も汚れ1つなし。以前は、バルブのバタフライ周囲が黒くなっていたが
今はなんともない。新品同様。こりゃあ、清掃する手間が省けていいわぁ。



パイプを交換後、ブローバイホースの処理がまずかったために隙間から吹いていた
オイルによってダラダラに汚れていたヘッド周りの掃除のついでに、プラグを外し
コンプレッション測定を実施。一応、暖機はちゃんと完了している状態なので
測定値には信頼性があると思う。クランクプーリ側の1番気筒から順に、
11.0/11.0/10.6(kg/cm2)。最初は、1番気筒も 10.5 kg/cm2ぐらい
だったのだが、1回やり直すとこのぐらいの値になった。ただ、3番気筒は
何回かやり直しても変化なし。ただの測定誤差なのか、どうなのか。



夜になった。金がないのは事実だが、ドスパラで SocketAM2 のマザーが特売で
安く売られていることに気づいたため、緊急小遣前借政策を発令。1万円を
握り締め、某電気街へと出かける。数年ぶりに足を踏み入れた某電気街は、
無線機+電子パーツの街から、すっかりPCパーツの街へと変わっていた。

目的とする店に入って物色するが、特売品は影も形もない。特売になっている筈の
商品は普通の陳列棚に積まれ、普通の値札がついている(それでも、相場と比べて
圧倒的に安いのだが)。店員に聞いてみると、特売分は売り切れたとのこと。ショボーン。
だが、普通に買っても安いことに気づいたので、この際だからと普通に購入する。

ちなみに、買ったマザーは BIOSTAR の GeForce6100 AM2。ぶっちゃけ、値段優先。
オンボードの LAN が 100M だったり IEEE-1394 ポートがなかったり、PCI-E×1 が
1ポートしかなかったり、パラレルポートがなかったり(ピンヘッダは存在する)
足りないモノを探すのには事欠かないのだが、よくよく考えれば上記のどれもが
実運用ではまったく不要
ということがわかったので、思い切ることにした。

帰宅後、覚悟が決まったので、○フマップの通販にて Athlon64 X2 3800+(89W)
および JEDEC 準拠の DDR2-667 512MB バルクメモリー×2 を購入する。しめて
およそ \30k。デュアルコア CPU とメモリー 1GB が、この価格で買えるんだな。
性能対価格比に優れた Core2 Duo が出現してくれたお陰だ。Intel に感謝。あとは、
DualDVI の PCI-E×16 対応ビデオカードさえ買えば、最低限必要な物資は揃う。


9/29

久々に、東京方面へ出張。予定では昼からの会合となるので、午前中に移動。
10時過ぎに出発する 700系「のぞみ」に乗り込み、中継点の東京駅へ向かう。

だが、新幹線も年々改良されているようで、1〜2年前の感覚で移動予定を組むと
かなり早く移動完了してしまう。東京駅に着いた時には、乗り換えまで 30分ほど
時間が余る状態となった。ちょうど昼過ぎなので、駅で昼飯を食っていくことに。

というわけで飯屋を探すが、八重洲口を出ればまだしも、改札内という範囲では
食事処の選択肢が少ない。また、時間が時間だけに、数少ない食事処のどこにも
行列ができている。うーん、普通に飯を食っていたら、時間が足りないかも。

やっぱ諦めようかな、と思いつつ、乗り換えとなる中央線ホームのほうに向かって
歩く。だが、捨てる神あれば拾う神あり。丸の内側の端を結ぶ通路沿いに、
一軒のカレー屋があった。運命の出会いというべきか。気がついたときには
チーズカレー辛口の食券を片手に、カレー屋のカウンターに座る私が居た。

だいたい、こういうところの「辛口」は看板に偽りありってことが多いのだが、
ここは違った。一口食って確信した。こいつァ本物だ。まごうことなき「辛口」。
並盛トッピング無しにしては値段がお高い(\800.-)のが問題だが、味は良いね。
覚えておこう。東京出張で「ラ・ホール」に行けないときは、ここに来よう。



カレーを食ったあとは、ウコンの力で仕事をバリバリ消化。1時間以内で完了。

・・・っていうか、おもいっきり予想外に早く終わってしまった(汗)
たとえ 15分で作業が終わっても、東京に出張すると丸一日が潰れてしまう。
今回の出張は、ぶっちゃけ会社にとっては効率の悪いものであった。



だが、個人的にはラッキーってなものだ。余った時間を活かして、アキバ巡り。

相変わらず人の多い秋葉原駅で山手線を降りて、電気街口の改札を出る。以前は
凛様(なぜか「様」付き)やハルヒ団長の踏み絵があったのだが、今は何もない。
だが、街は変わっていない。あいかわらずのヲタクくさい雑踏が、私を迎える。

ヲタの流れに乗り、ふらふらと街を歩く。表通りに面していた店舗が幾つか消え、
「建設中」の空虚な空間に変貌していた。ぽっかりと空いた清清しい空間(?)を
見ていると、不思議なような、不安なような、なんともいえない気分になる。
やっぱり、この街は無駄に混雑しているほうがいい。ラジオデパートみたいに。

廃墟となった(?)俺コンの脇を抜け、裏通りのパーツ屋街を見て回る。確かに
品揃えは圧倒的だが、値段については微妙。むしろ、京都のほうが安く買える
パーツが多いなぁ。ネット通販とは、比べるまでもない。立地条件を考えると
バーゲンプライスと言っても良さそうだが、やっぱりリアル店舗は辛いね。

最後に辿り着いた「ラ・ホール」で、いつものように辛口カツのせカレーを食う。
16時過ぎという時間帯にもかかわらず、私の他には1名の客しかいない。ていうか
この店、いつ来てもほとんど客がいない。大丈夫なのか「ラ・ホール」。心配だ。

腹を膨らませたら、ぶらぶらと歩いて秋葉原駅に戻る。途中、萌え系の店が
非常に増えていることに気づく。以前は怪しげなパーツ屋だったはずの店の前に
メイド喫茶っぽいメニュー黒板が立っているのを見ると、なんというのかなぁ、
いいなぁ、きょうびの若いモンは恵まれてるなぁ、などと思ってしまった。
オレたちが現役(?)の頃は、マイコンなんて根暗な人間の趣味だ、てな感じで
無条件に白眼視されたもんだ。また、アニメなんて根暗な人間の趣味だ(後略)
「萌え」なんてのも古くからあるモノだが、これも似たような扱いだった。
今はすっかり「産業」になって、そこそれなりに市民権なんか得てるもんね。

そんなことを思いつつ、秋葉原駅前へ。なんかまたメイドさんが立ってるし、何人も。
どう見ても風俗の客引きです。本当にあり(ry。大丈夫なのかこの業界。心配だ。



結局、買い物らしい買い物もしないまま、アキバを後にする。
まぁいいか。魂の充電はできたことだし。


9/30

さて、23日に注文した CPU とメモリーだが、何日経っても「部品手配中」。
いっこうに出荷される気配がない。その店の怠慢かと思ったが、そういうわけでは
なく、他の PC パーツ屋でも同じように CPU は「欠品中」や「入荷待ち」状態だ。
噂では、DELL や HP などの大手 PC ベンダーが AMD の CPU を採用することが
決まってから、AMD はそっち向けの供給を優先させ、リテール向け供給が手薄な
状態になっているらしい。それならば、せめて見込みぐらいは教えて欲しい・・・

とか思ってたら、今日になってようやく、ステータスが「出荷済」へと変わった。
ってことは、来週頭には CPU 一式が到着しそうだ。受け入れ準備を整えよう。
メインマシンの HDD の内容を整理し、2基内蔵しているうちの1基を空ける。



ファイル整理にも飽きてきたので、気分転換にカプ弄り。まるでマトモに動かない
排気温度計の故障原因を探るべく、電気系統を車体から完全に浮かせてみる。計器
およびセンサー(+ハーネス)単体では問題なく動作することが判っている。
故障の可能性の1つとして、センサーが内部的にケースへと短絡している
というモードを考えた。この場合、計器の電源系統を完全に車体から浮かせて
バッテリーで駆動すれば、短絡による影響なのかどうかが判るはずだ。

いや、本当のところ、このパターンの故障に違いないと思い込んでいたのだが
ハーネスを車体から電気的に浮かせ、手持ちのドライバッテリーで計器を駆動して
真実がわかった。この状態でも針は振り切ってしまう。つまり、センサーが内部で
地絡している可能性は無いと考えてよい、ってことだ。更に言えば、この状態で
センサーに手持ちの DVM を接続して計測すると、正しい温度が表示される。
つまり、やっぱりセンサーは故障しておらず、計器が故障しているってこと。

でも、計器に手持ちのK型熱電対をつなぐと、やっぱり正しい値を示すのだ。
つまり、やっぱりセンサーが(中略)。結局、どこがおかしいの?わかんない。



もやもやを抱え込んだまま、DVD メディアなどを調達するために買い物へ出る。
今日は「秋の交通安全週間」の最終日なので、用心して、いつも以上にゆっくり走る。
道中、よく取締りをやっている場所に差し掛かる手前で、向こうからやってきた
対向のトラックがパッシングしてきた。最近はすっかり風化してしまった感のある
対向車向け警告。そのメッセージ、しかと受け取った。周囲をよく確認しつつ
先へ進むと、確かに、よく取締りをやっている先のサイン会場に、何台かの車が
止まっていた。だが、おかしい。ここに至るまでの間に、速度測定レーダーとか
シートベルトチェック担当者とか、そういった「センサー」は見当たらなかった。
一体、何をチェックし、何を取り締まっているのか彼らは。不明すぎて怖い。

その後トロトロと走り、川沿いの土手道へ。ここでは何もやっていないことが
経験上判っているので、アクセル全開・・・で、いや、ちょっとまて!なぜか、
今日に限っては嫌な予感がする。虫の知らせが小脳に届き、反射的にブレーキ。

まだエアが残っているのか判らないが、かなりヌルイ感触のブレーキにも気持ち悪さを
感じつつ、ともかく減速。制限速度の半分ぐらいまで速度を落としたら、左手奥の
小さな立ち木の集合付近をなんとなく見る・・・と、オマワリさんと目が合う。
なっ、なんですとー!?急に、木陰の薄暗さの中に溶け込んでいた公僕の輪郭が
くっきりと見えるようになる。背景に溶け込んでいたアイツら、いったい何者なんだ!

結局、買い物帰りに同じ場所を戻ってみて判ったのだが、速度取締りではなく、
むしろ飲酒取締りをやっていたと思しき節がある。彼らが潜んでいた木陰のすぐ近くで
「区民体育大会」が行なわれていたからだ。或いは、ただの警備活動かもしれないけど。
ともあれ、最近の警官の行動はかなり巧妙(?)になっているようだ。進歩だね(?)



帰宅。あれやこれやの作業を行なったのち、風呂に入って眠る・・・直前に、
本州の最果ての地・大間崎で買ってきたビールを飲む。かなり期待していたのだが
その期待は裏切られない。ごっつぅ甘い!・・・すげ、なんなんだこのビール。
普通のビールとは全然違う。甘酒が混ざっているようで、めちゃくちゃ旨い。
・・・通販してもらえないかなぁ。クセになりそう。