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Cappuccino 日記(2007/12)

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12/1

なんだかんだで、もう 12月になった。激早ええ。少年老いやすく学成りがたし。

遅くやってきた秋がようやく通り過ぎはじめた昨今。寒いとはいえ、まだまだ
本当の地獄はこれからだ・・・という感じだ。まだ雪も降りそうにないけど、
そろそろ、できる範囲での冬支度はやっといたほうが良さそうだな。
スタッドレスタイヤの買い替え・・・ああっ、嵌め替えにいく時間がない;

起床後、バッテリーの電圧を測定。エンジンを動かさずに一週間経ったあとの値は
端子部でおよそ 12.4V弱ぐらい。インパネ部の電圧計だと、キー ON の状態で
10.9V ぐらい。まぁ、バッテリー交換前とだいたい同じぐらいだろうかな。
やっぱり、以前のバッテリーは特にヘタっていなかったと結論しておこう。



その後、夕方まで冬コミの原稿を書いたら、夕方から忘年会へ出かける。
原稿書きを必要以上に中断できないので、理性停止させるアルコールは摂れない。
往復のロスタイムも最小限としたいので、カプチーノで向かうことにした。

忘年会の会場は、三条河原町近辺。手ごろな駐車場を探してみると、
いろいろと悪名高い(?)ゼスト御池の旦那が見つかった。ここにしよう。
今回、ここに決めた理由はいくつかある。立地が適当であることも1つだが、
なにより、平日に加えて土曜日も料金に天井設定あり、というのが大きい。
だいたい3時間ぐらいでリミットに達するので、このメリットは相当に大きい。



というわけで、夕方の三条河原町付近にクルマで向かう、という愚を冒してみる。
このあたりといえば、タクシーと一般車両と原付がごっちゃになってカオス状態を呈す
京都の中でも、最もクルマで近寄りたくない地点の1つ。昼間でもたいがいだが、
夕方なんてもうめちゃくちゃだ(大阪や東京と比べるとかわいいモノだが)。

というわけで、三条通で東山を越えて岡崎に出るが、そこから先の川端までの区間が
タクシーや営業車両で埋め尽くされている。案の定、信号が青になってもほとんど
動かない。どんどん時間が過ぎていく。そして、夕闇の訪れにも増して黒くなっていく
空からは、時の経過と比例する勢いで、冷たい水の粒が落ち始めた。・・・雨だって?
なんてこった、傘なんて持ってないぞ。しかし、地下駐車場ならば関係ないか。

だが、暢気に構えてはいられない。このままでは遅刻にも成りかねない。停車中に
手早くナビを操作し、4インチの狭い画面内で回避ルートを目視調査。その結果、
三条通のすぐ北に、川端まで並走する道路が1本あることが解った。幸いにも、
目前には右折レーン付きの交差点がある。素早く右折し、北上して迂回。

だが、迂回ルートは必ずしも正しくなかった。東山通りまでは、まだそれなりの
太さのあった道路は、東山通りを過ぎて川端に至るまでの間、路地状態と化す。
路地そのものについては、バイクと自転車の通行量が多い程度で問題ないのだが、
問題なのは路地から川端通りへの出口。信号の無いT字交差なので、なかなか
ここが掃けなくて時間がかかるようだ。かなり待たされる羽目になる。

それでも大人しく待っていると、やがて私の番になる。停止線までクルマを進めて
横腹を見せる川端通を見る。右折レーンを含めて三車線存在するのだが、そのうち
右折レーンは長い行列ができていて、末尾はこの交差点よりも遥か北にある。
はて、困ったな。この状態だと、右折レーンへの合流は無理かなぁ。5秒ほど
考え、左折ウインカーを上げて、とりあえず2本目の直進レーンに向かうことにした。
タイミングを見計らって、右折レーンに割り込もう。T字路の左折を開始する。

このとき、習慣付けていた癖が非常に役に立った。左折開始前、首を捻じ曲げて
左側ミラーを確認し、巻き込む危険性のあるバイクや自転車が無いことを・・・

自動車が左に居る!?

軽自動車かコンパクトが2台すれ違うのがやっと、という路地からの出口だ。
普通に考えたら、前走車が左折ウインカーを出して曲がろうというときに、
その内側をさらに左折で曲がる自動車、なんてのは存在し得ないと思うのだが
この時は、無理を通せば道理が引っ込む状態だった。痺れを切らしたのか
左折ウインカーを上げている私の左側に入り、先に左折しようとしていた後続車。
もし、私の確認が少し遅ければ、確実に接触事故状態。な、なんて奴だコイツァ!

・・・やっぱ、繁華街近くにはクルマで出かけないのが吉だな。無駄に神経使う。

右折レーンには、当初予定通り割り込ませていただくことに成功。捨てる神あれば
拾う神あり(?)。結局、ほぼ遅刻なしに、御池地下駐車場へと到着。



駐車場にカプを置いたら、御池通の南側歩道(TV『らき☆すた』で、かがみんが
勘違いの結末を知らされた場所)を走りぬけ、新京極のアーケードへと逃げ込む。

年末が近づいて、少しざわついた雑踏を歩く。個人的に、こういう場所は嫌いなので
あまり近寄らない。なので、妙に新鮮に感じる。道路の両側を埋めるのは無数の店、
通路を埋めるのは無数の人、そして目立たぬようにそれらの届かぬ領域を埋めるのは
夜の深い闇。大阪ほどの分厚さはないが、それでもここは京都一の繁華街。賑やかだ。

無数の知らない人たちが行き交う雑踏を通り抜け、宴会場へ。河原町沿いの店。
あぁ、何もかもが懐かしい。大学生になってから、ここには滅多に来なくなった。
人嫌いな性格が一番極端に出ていた頃だろうか。今は、社会の荒波に少し揉まれて
丸く振舞うことを少しは覚えてきたが、それでも根本的には変わらない。だから、
今でも、こういった場所には来ない。今回も、忘年会じゃなかったら来てないや。

会場よりも少し南にある本屋で時間を潰したら、会場に戻り、忘年会開始。
久々に見る面子が揃っている。特に、その中の一人については、おそらく高校を
卒業してから 15年ぐらい、ほどんど会った記憶がない。だが、久々に見た顔は、
記憶の中にあった若さそのままであった。高校卒業後の話をいろいろと聞く。
いろいろ苦労してきたようであるが、個人的には、その才能を高く認めていた
非凡な奴であっただけに、似たような職業に落ち着いていることを知ったときは
軽い眩暈すら覚えた。あぁ、彼ほどの才能の塊をもってしても、この世界の中で
光が当たる高い位置に立つことは容易ならざるのか。なんという厳しさよ。

そんな感じの話を、酒を入れずに鍋だけ食って続ける。あぁ、正直なところ、
今日はアルコールを入れない状態で正解だったかもしれない。こんな貴重な機会、
これから 15年先の未来にだって、存在しているかどうかわからないんだから。



その後、三条河原町付近にある怪しげな(いや、Glee 氏にはひどくマッチしそうな)
スイーツ屋・・・いや、飯屋で2次会を過ごしたあと、23時ごろに解散。ふあぁ。

少し眠気の入った精神を軽く励起ののち、駐車場からクルマを出して帰路に着く。
将軍塚を越えて帰るつもりだったのだが、なんとなくナビの指示に従ってみると
東山通り南下 → 五条坂で山越えルートを指示される。夜でも避けたいルートだが
さすがに日が変わりそうな時間ともなると、八坂神社の前もガラガラだなぁ。


12/2

昨日外出した分を取り返すように、朝から夜までずっと原稿作業。苦行苦行。

夜になったので、目を休めるついでに、近所のホームセンターへと印刷用の紙を
買出しにいく。ホームセンターまでは、車で 5分ぐらい。そのまますぐに帰ると
クルマが暖まる前に終わりになっちゃうので、少し遠回りしてから帰宅する。

その途中、2速全開加速を試すが、ブーストの立ち上がりが猛烈に遅くてビビる。
・・・まぁ、3000rpm 以下の低回転からだからなぁ、しょうがないのか。


12/5

仕事の休憩時間で、特に深く理由を考えることもなくネットの海をうろつくと、
JVC KD-SH919 の中古が安く売られているのを見つけた。たったの \13k。

見た瞬間は体が反応しなかったが、ブラックフェイス+アンバーイルミの渋い顔を
思い出すに至り、急激に力が漲ってきた。おおっ!おおおっ!ほっ!ほあぁーっ!
これは KD-SH919 じゃないか、カプのインパネをアンバーで統一するために欲しいと
思っていたけれど、そのためだけに何万も出すのが惜しくて買わなかった機械!


その瞬間、にやりと嗤ったドーラが頭の中でこう叫ぶ。『40秒で支度しな!』


もちろん、ドーラママに逆らう俺じゃないさ。35秒で、決済ボタンをポチッとな。


12/7

いつものように、限界までたっぷり残業してから帰宅。予定通り、KD-SH919 が
届いていたので、原稿書きを一瞬だけ止める。夜飯食ったら、0時過ぎの真夜中から
KD-SH919 のインストール開始。現在カプに装着している KD-SH909 とほぼ、というか
ボディ側はまったく同じ、といっても問題ない。車体と接続するためのコネクターも
同一形状&同一ピンアサインなので、クルマ側の配線を変える必要は全く無い。
ただ1つ、KD-SH919 にはミューティング配線が追加されていたので、SH919 用の
ハーネスから配線を1つ外し、SH909 用のハーネスへと移植する。それだけ。

交換した KD-SH919 を ON。インパネの色と、ほぼ同一といっても差し支えない。
秋月で購入したアンバー LED と、発光する波長がほぼ同一のようだ。よかった。



ともかく、チャラチャラした様子もなくなり、ぐっと渋くなって自己満足極大。



んで、肝心の音質といえば・・・KD-SH909 より、ぐっと自然さが増した感じ。
普通の音をより聴きやすくしたという感じで、長く聞いていても疲れない音質。
極端にイコライザを調整しても、あんまりドンシャリにはならない。好印象。

ただ、再生のナチュラルさに拘ったせいなのかどうか、MP3 のビットレートが
128k ぐらいだと、イマイチ不足しているように聞こえる。事後補正をあまり
やってないんだろうな。128k と 160k の差ってそんなにわからなかったのだが
KD-SH919 だと、わりとはっきりとソースの差が見えてくる印象。良くも悪くも。

インストール後、車内で聞く音楽 CD-R を作り直すべく、AAC を MP3 に変換する
ツールを探す(AAC で溜め込んだ音楽ファイルが結構あったりする)。あるいは
iTunes とか QuickTime といった、Windows の世界にはまるで似合わないモノを
導入せにゃイカンカーと思ったが、MediaCoder といういいソフトが見つかった。
AAC でもなんでも、片っ端から簡単に MP3 に落っことせる。素晴らしい。

その他、ニコ動で見かけた初音ミクの音楽を MP3 に落とすためのツールも探すと、
これもまた audacity という、非常に優秀な録音ソフトが見つかった。ほほーう。
それにしても、音楽系については、フリーでも優秀なツールが見つかるなぁ。


12/8

KD-SH919。

ナチュラルな音が出る、といえば聞こえはいいのだが、先にも書いたように
荒いエンコードで発生したキツイ音の荒れは非常に目立つ。中古で購入したとは
いえ、しばらく眠っていただろうから、また新たにエージングも必要なのかな。

などと考えつつ、ひたすら音楽を鳴らし続けていると、やがていくらか硬さも
取れたような気もしてきた。気のせいかもしれないけど、まぁいいや。

聞きやすい状態になったところで、クルマの外に出て音漏れをチェックするが
もう、ぶっちゃけ音は外に対して超駄々漏れ。もうちょっとアレだ、パワー溢れる
サウンドエネルギーを有効に使わないといかんなぁ。やっぱり、足元だとダメか。
吸音材は入る限り詰め込んでいるんだけど、そのぐらいでは全然容量足りないか。
後ろのスペースにスピーカーを移植したいと思うものの、焼け石に水・・・かな。



と思いつつ、バッテリーの電圧をチェック。燃料ポンプが動いている状態だと
10.6V、燃料ポンプが停止した後で 10.8V ぐらい。低いねぇ。気温のせいかな?


12/15

正直なところ、原稿書いてるか仕事しているか寝てるか、の日が続いているので
あまりネタがない。特に、KD-SH919 を購入してからはずっと仕事で忙殺状態。
14日出荷の製品をなんとか期日内に納めることができて、少し余裕ができたが、
そのせいで原稿の進捗がまるで遅れている。本気でえらいこっちゃ!

というわけで、原稿を必死に追い上げつつ、余り触れていないカプのほうも軽く
点検しておく。特に、バッテリーの特性についてはよくチェックしておく(MF なので
電圧の変化からしか健康状態を診断できないため、普段からのデータ取りが大事)。
ときどきオーディオを使いながら一週間ほど放電させた結果、OFF 状態で 12.3V。
もうちょっと高くあるべきだと思うんだけど、やっぱり気温が低いせいだろうな。

ギアをバックに入れた状態で、キーを捻って ON にする。この時点で、インパネに
装着した電圧計の表示が 10.8V を切る。ギアをバックから抜くと 11.1V ぐらいに
上がるので、バックランプに入れたハロゲンランプが電気を食っているのだな。

エンジンを始動し、しばらくアイドリング。クランプテスターで充電電流をモニター
してみると、だいたい 6〜7A ほど流れ込んでいる。しかも継続的に。一週間ほどで
結構放電していたようだ。前のバッテリーだと 3A ぐらいだったような気がするので
基本的にいくらか放電気味なんだろうか。もっと補充電したほうがいいのかな。



そんなことを考えつつ、アイドリング近辺で EP82 のボンネット周りがビリビリ
唸ってうるさかった問題に対策すべく、原因を調査。結果は、フロントグリルを
固定しているネジが緩んでいて、微妙にグリルがガタついていたためと判明。
本当に僅かなガタなんだけど、異音には強烈に効いてくるんだよな、こういうの。
ついでに、後付けしたラリーストラーダホンも若干暴れている様子だったので、
予防のため、取り付けステーを少し曲げて、周辺パーツへの干渉を防いでおく。

その他にも原因がないか、一通りチェック。その中ですごく気になったことは、
エアクリーナーボックスを固定するバネ状金具のうちの1つが、正しく嵌められず
ブラブラに外れていたこと。・・・こら、某ヨタのディーラー!おまいらホント、
細かいところの仕事が雑だな。1つ作業を忘れるだけで致命的なトラブルが起きる
可能性があるのが、こういう場所なのに。やっぱり、整備は人に任せられない。


12/16

夜になり、ちょっと買い物に出かける。やはり、クルマを動かすのは気持ちいい。
原稿書きが続いてカキカキに固まった体中の関節と筋肉が解されていく快感。

ふと思う。最近、31FW のフル加速が少し物足りなくなってきた。そりゃあそうだ。
街中だとブーストかかりきってないもんな。せいぜい 1.1kg だもんな。同様に、
フルブレーキも踏めず、減速Gについても物足りない気味。サーキット行きたい。
・・・でも、また、なんかどこかが壊れてしまいそうで、恐いんだよな。


12/19

仕事でも趣味でもストレス溜まりまくり・・・って?あれ?なんかおかしい。

なんかもう、衝動買いへの意欲が止まらない。気がついたら、これまたずっと
欲しいと思っていた MOMO のシフトノブ(SK-23)を購入している自分が居た。
2月のカード引き落としが恐い。恐いんだけど、止められない止まらない。



んで、今日はそのシフトノブが到着。イタリア製の例に漏れず(?)デザインは
美しいがフィニッシュは甘いという感じなのだが、個人的にはそれで不満なし。

これまた 0時を過ぎるころから、装着作業を開始。といっても、これは簡単で
手持ちにあった ID:12φ OD:15φのアルミパイプを適当な長さに切って穴を開け、
頭にビニールテープを一周まいたら準備 OK。既存のシフトノブを外したら、
シフトレバーにアルミパイプを叩き込み、そこに MOMO シフトノブを差し込む。
MOMO シフトノブの内側に開けられた穴の ID は 15.5φ。15φのアルミパイプが、
OD 12φのカプチーノシフトレバーとの差を埋め、しっかりと固定してくれる。

一応、標準でもゴム製のアダプターが付いているが、芋ネジを締めてセンターを
出すのが至極面倒くさいので、こういった金属製アダプターを作るのが吉だ。



装着後早速、軽くシフトチェンジを繰り返してみる。手触りは・・・エアレザーが
全面に巻いてあるのだが、これがまだ馴染んでいないためか、超プラスチッキー。
妙にカサカサした感触だ。また、シフトノブ自身がかなり軽いためか、これまで
使っていたものと比べて操作感がなんとも軽い軽い・・・ぶっちゃけ安っぽい。

ちょっと失敗だったかもなぁと思いつつ、それでも見た目の雰囲気には変えられない。
ただし、1つだけ問題がある・・・それは、シフトノブの長さが短いため、ノブと
ブーツの間の細い(12φ)棒がヒョロリと見えてしまっていることだ。これは、
如何ともしがたい格好の悪さだ。隙間を埋めるパーツを探すか、レバーを切るか・・・

手元にあった革製品用のワックスをシフトノブに塗りこみながら、隙間対策を
考えてみる。インターネットで調べると、MOMO から「シフトブーツアダプター」という
専用の隙間埋め部品が売っているようだ。ほうほう。興味を引かれたので深く調べるが
残念ながら、汎用品ではないようだ(MOMO のシフトブーツ専用)。さらに、値段も
\2.1k という極悪な高価さ。だって、見栄えのいいアルミ筒削っただけダゼ?
さっさと諦め、ホームセンターで代用品を探してみることにした。



余談だが、読書の秋ということで随分前に読み始めた本「恐るべき旅路」をようやく
読み終えた。正直、工学系の端くれとしては、涙無しでは読めない本だった。
幾多の故障に見舞われ、失敗することがほぼ決まってしまったのに、最後まで
決して諦めずに戦った漢達と探査機の話。SF じゃない、リアルの世界の話。
ちょっとした失敗でクヨクヨしがちな人たちには、是非ご一読頂きたい。


12/21

・・・とまぁ、細かいイベントを挟みつつも、基本は原稿一直線な日々を繰り返し
ようやく、もうちょいで完成というところまで漕ぎ着けた。辛い日々だった・・・

その息抜きを兼ねるかのように、コミケ一週間前となった本日、関東出張を
言い渡される。来週また足を踏み入れる地であるだけに、気分は複雑(?)だ。

「関東」出張という名目からわかるように、東京出張ではない。目的地は、千葉県
柏市。って、どこだそれ?誰に聞いてみても、「柏レイソル」の柏か?ぐらいしか
情報が入ってこない。それに、「柏レイソル」は地名じゃないから返事になってない。
やむなく Google マップで調べてみる。幸いにも、千葉県の中でも東京に近い側で、
都心からは電車1本で向かうことができるらしい。・・・あぁ、筑波より近いのか。

というわけで、出発は朝一番から。久々に、新幹線に乗って出張。残念なことに
N700系ではなく、700系しか予約が取れなかったので、新鮮な喜びは無い。しかし、
古くなりつつある 700系とはいえ、乗り心地は素晴らしい。ジャケットをかぶって
ぐうぐうと眠っていると、あっというまに乗り継ぎ駅に到着。あっけないなぁ。

何を間違ったのか、新幹線を品川で降りて、京浜東北線で秋葉原に移動してから
つくばエクスプレスに乗り換えるというルートを選択してしまったので、とりあえず
その通りに移動。乗り継ぎ時間に余裕はあまり無い。秋葉原で、関東支社勤務の
営業さんと合流し、駆け足で、地下深いつくばエクスプレスのホームへ。

その営業さんも「初めて来る」とのことで、いくらか驚きを持たれていたようだが
つくばエクスプレスの秋葉原駅は、正直無駄にデカい。こんなにデカい空間、
意味があるのだろうか・・・って、北関東の一翼からの通勤客を受け入れるから、
このぐらいでも実際は足りないのかもしれない。関東って、本当に人が多いよな。

ちょっと高めの切符を買い、電車に乗る。30分ほどで都心を離れ、目的地の柏へ。
周囲はまだまだ建築中の建物が多数残る、いかにもこれから値段の上がりそうな
そんな雰囲気の街。そんな中に建てられた、商業施設併設の大きくて綺麗な某駅を
降りる。そこからバスに乗り換え、十数分ほどで、国立の某研究施設に到着。



そこは年末も近いせいか、かなり閑散とした雰囲気。赤茶色に枯れた木の陰に
隠れるように、直線基調のガラスとコンクリートで作られた施設が建っている。
門番すらいない、訪問者に対して無防備に開け放たれたその施設内に入る。

・・・おお。



思わず浮き足立ってしまう。ここここここれはカミオカンデの小柴教授の・・・



仕事のほうは呆気なく終わり、日が高いうちに帰路へ。久々なので、軽くアキバに
立ち寄っていく。コミケ1週間前だが、街は特に意気込んだ様子もない。そりゃ
そうだ、東京では毎週大きなイベントがあるわけだから、特別でもなんでもないよな。

裏通りを歩く。いくつかのビルが消え、駐車場へと変貌していたのを見たときは
少し悲しかった。悲しみをひきずりつつ、秋月に立ち寄る。秋月は改装したようで、
広くなっていた。おお!あの、おっさんまみれの通路の中でウジウジ動かなくても
よくなったってのは、画期的だなぁ。勢いに乗って、いくつかのパーツを買って帰る。



帰りの新幹線の中で、「社長の値打ち」を読む。非常に面白い。
別に、社長になろうとしているわけじゃなくても、この本は読んでおく価値がある。


12/22

原稿終了まで、あとちょっと。そんな私をまるで元気付けてくれないのは、
朝から濃い雨をざぁざぁと落として景色を薄白い煙に巻く、雨雲。くそう。
なんだ、窓から無遠慮に入ってくる、気分が無駄に落ち込むこの青灰色の光は。
負けてたまるか。全力ラストスパートを掛け、最後の仕上げを完了させる!

というわけで、なんとか終わりが見えた原稿を仕上げ、印刷用のデータに落とす。
ComicStudio からグレースケール PSD を出力し、レイヤー統合後にガンマ補正を
調整。ハーフトーン化したものを何回か印刷し、グレースケールの色合いを画面と
印刷結果の両方ができるだけ合うようにしたのち、最終印刷用のフォームに
ガチョっとはめ込むところで、とんでもない問題に気づく。

・・・A4 サイズの原稿を描いてしまった。

最初に「作品ファイル」を作る時点で、原稿サイズで B5 を選択すべきだったのに
うっかり A4 を選択していたらしい。紙に書く分には絶対にミスらないだろう。
拡大縮小自由自在の PC でこそ起きる単純ミス。あっはっは、しかし逆に言えば
PC だから後で幾らでもサイズ補正はできる!ラピュタは滅びぬ!何度でも甦るさ!

だが、ちょっと甘かった。A4 → B5 の縮小は辺長で 87% 程度。当然ながら、
B/W 状態で貼り込んでいたトーンは思いっきりモアレる。些細なことさ、と思って
試しにモアレた状態の印刷データを作ってみるが、やっぱり気になるレベルだ。

どうしようか。いろいろ試行錯誤してみる。結論としては、ComicStudio 側で
全てのトーンレイヤーの表示を網点からグレースケールに変更し、出力機能でも
レイヤー側の設定に従う出力を行えば、すべてのトーンのデータをグレースケールで
PSD化することができるのが判った。この状態であれば、拡大縮小後にハーフトーン
化できるので、モアレることはない。よかった。さすがは ComicStudio だぜ。



ということで、なんとか準備は整った。あとは、印刷するだけだ。さて・・・
作成する部数とページ数から計算する。あ、紙が足りないや。買い足しに出かけよう。

ウェザストリップ無しでハードトップなカプチにとっては、雨の日の買い物は憂鬱。
なるべく、駐車場に屋根のある店を選ばないと荷物が濡れてべちゃべちゃになる。
特に今回は、買うものは「紙」なので、濡れることはすなわち死を意味するッ!
運良く、いつも紙を買うホームセンターは、駐車場に屋根がある。不幸中の幸いだ。

ついでに、別のホームセンターに、買い物へ出かける。シフトノブを固定するための
イモネジで頭の丸いものを探すが、4φだと 8mm 長しかないんだね普通は。今回、
シフトレバーの外径が 12φ、ノブの穴の内径が 15.5φなので、差は 1.75mm。更に
ノブのイモネジ埋め込み長さが 3mm〜4mm ぐらいなので、4mm〜6mm 長ぐらいの
イモネジがあればベストだったのだが、どうやら叶わぬ願いらしい。諦める。

売り場をウロウロ。シフトノブとシウトブーツの間を埋める為の資材を探すと、
内径 15φの黒いウレタンゴムパイプが見つかった。手触りも悪くないので、
これを買って帰る。値段は数十円。これで \2.1k の代用になれば良いなぁ。

その後、帰りしなに紙を購入して帰宅。ついでに、以前に安売りしていたバッテリーを
確認してみると、案の定、在庫は全て売りつくされていた。気づいた人の勝ちだ。



帰宅後、とりあえずシフトレバーの足元を埋めてみる。材料箱に入っている 15φ の
アルミパイプを 20mm に切り、25mm に切ったウレタンゴムパイプを被せる。これを
シフトレバーに通し、シフトノブの根元の隙間を埋めてしまう。こんな感じ。



機能的には問題ないが、できれば、合成皮革調のシートを巻いたほうがいいかなぁ。



加工が終わったら、あとはひたすら印刷印刷。がんばれプリンター。
負けるなプリンター。あなたは M.A.D WORKS のたむ/V と共にある。


12/23

結局、夜の3時ごろまで印刷して、11時ごろに起床。それから表紙の色塗り。
色塗りのほうは、なんとか夕方までには目処が付く。明日に向かって疾走せよ俺。

本文印刷だが、結局のところ、途中まで使っていたトナー1本と、新たに発注した
トナ−2本のうち1本を使いつくちて完了した。総計 1500枚ほど印刷しただけだが
トナー 1.5本は消えていった計算。結構燃費が悪い。コピー本作るのも大変だ。

夕方、使い終わったトナー2本をリサイクルトナー屋に返送。また、ついでに
ガソリンを給油。一番高価になっていた状態からはすこし落ち着いたようで、
うちの近所だと 157円/L まで下がっていた。これでも安いと思える悲しさよ。
燃費は少々悪かったが、ちょっとした買い物の繰り返しだったからしょうがない。



原稿がほぼ終わってきたので、録り溜めていたガンダムOO を一気に視聴。
集中して見ないと細かいストーリーが追えないが、大体のところは理解した。
ガンダムという兵器を持ち出す以上、どうしても避けられない基本構図はあるが
リアル方向を狙っていて面白い。あとは、ソレスタルビーイングの各メンバーが
何故このような活動に参戦しているかという部分の内容によって評価が決まるか。


12/24

さて今日は、タケル邸におじゃまして製本を黙々と進める日だ。

紙の量がかなりあるので、(これまでの行動から考えると)かなり早い時間から
出発しないと間に合わない。なんとか9時過ぎに起床できるよう、さっさと寝ようと
布団に入るが、どうも眠れない。全然眠れない。疲れてるんだけど、眠れない。
朝の5時になっても眠れない。これはまずい。ハルシオンを半錠飲んで眠る。

結局、身を削った甲斐あってか(?)多少遅れたものの、10時過ぎには起床。
朝飯をぱぱっと食ったら、印刷物一式等の荷物を詰め込んでタケル邸宅へ出発。



巨椋付近の、見通しの良い安全な直線道路で意味のない速度取締りを飽きずにやってる
警察を尻目に第二京阪に乗り、タケル邸宅へ。効率よく走れば、40分足らずで到着。

表紙/裏表紙を印刷したら、マッタリしつつ紙折り&製本を開始する。その前に、
まずは腹ごしらえ。タケル氏は、意外なことに(?)料理が得意という、他の知人に
ない特殊な属性を備えている。今回は、自家製の韓国唐辛子を使った、旨い
チキンカレーをご馳走になる。リアル衛宮士郎ですね、マスター。

今回は、大学時代の某先輩も製本作業を手伝ってくださったので、昼過ぎから始めて
およそ4時間ぐらいで、120部の製本が完成。ひぇ〜。独りでやったら、早くても
12時間かかる作業量か。何の報酬もないのに毎度手伝ってくださる各位に感謝。



夕方になり、にしやまさん参戦。にしやまさんに引き渡す印刷物の折り作業を
途中まで進めていたので、本日持ってこられた残りの分とあわせて、折り作業を完了。
整列作業も完了し、製本完了寸前まで終えてしまう。120部の製本作業から考えたら
軽いもんだぜ!HAHAHA!最終チェックとホチキス止め作業は、タケル氏に依頼。

21時過ぎに、全ての製本作業を完了。搬出物をタケル邸に残し、帰宅する。
よく考えたら、今日はクリスマスイブ。そのせいかどうか、道路はガラ空き。
ハイペースで走れるが、機関が温まっていない状態だった走りはじめの数分間は
全体的にガラガラした感じが強い。色々とクリアランスでかくなってんだろな。

某有料道路で、高速領域でのエンジンの調子を見る。5速ギアで、あまり速度を
乗せてない状態からずっと踏みっぱなしで加速すると、880℃ 程度まで直ぐに上がる。
ノッキングの兆候は無い・・・と思うが、ブローさせたときも判んなかったしなぁ。
結局、なんのために排気温度計を付けてるんだろう俺。自信をなくしていく。


12/25

年末は雪が降るようなので、朝からタイヤ交換。01年に購入した MZ-03 を
タイヤ置き場から取り出してきて、表面をチェック。さすがに、6年を経ると
ゴムの匂いは消えてしまったが、それどころじゃないものが消えていた。



・・・うわ!「効きゴム」が全然無ぇ!

庭園の石に生えた苔のように、モソモソとした部分が「効きゴム」。比較して、
つるつるした部分が土台のゴム。ここは、雪道にはまったく効果がない。

昨年の時点で、プラットフォームがほぼ摩滅していたことは気づいていたのだが
トレッドまではちゃんとチェックしていなかった。特に、肩のほうにはまだゴムが
残っていたので、センター付近のこの状態は完全にチェック漏れ状態だった。



ともかく、この状態だと雪道なんて到底走れない。どうしようか考えたが、
とりあえず履き替えておいて、年末、タケル邸への往路にあるタイヤ屋にて
交換できそうならしてしまおう、と考える。そのスケジュールがベストだ。

タイヤ交換。なんとなく、ホイールナットをボルトにねじ込む時の感触が
硬いような気がする。ボルトが伸びてきたのか、ナットが痛んできたのか、
はたまた、最近脱着してないから、軽くサビでも発生しているのか。



タイヤ交換後、店頭に適当な在庫が残っていないかどうか確認する序に、
滋賀県方面へと軽く走行。もう「効きゴム」が残ってないせいか、ドライ路面の
走行感は全然スタッドレスっぽくないのが悲しい。昨年末の時点で気づけよ俺。

大津付近の YH を軽く冷やかしたが、案の定、165/65-14 なんてサイズは在庫無し。
175/60-14 ならば在庫はあったが、1本 \15,000 の REVO1 しかない。高けeeee!
やむなく、礼を言って店を出る。なんとかして FALKEN EPZ 等を探して買うしかない。
がっかりしながら帰宅。帰路、逢坂峠でいきなりナビの現在位置表示がおもいきり
ずれる。衛星の位置が悪かったようだ。GPS が主体だとやっぱりキツいよな。



帰宅後、タケル氏がタイヤを購入した店に電話。在庫を聞いてみるが、165/65-14の
スタッドレスは各メーカーとも在庫が無い。唯一 REVO2 なら手に入る、とのこと。
やっぱり、一番高いタイヤは、北海道以外の地方では売れないようだ。肝心の
値段は \10k。工賃込みだと4本 \45k とのこと・・・トーヨーのガリット G4 だと
\33k ぐらいで手に入るから、\12k ほど上積みになるか。どうしよう。考える。
だが、考えてもしょうがない。スタッドレスは冬季限定の保険に近い感覚だし、
6年も使う根性があるならば、\45k でも充分にモトは取れると判断した。

よし、決めた。発注をかける。あとは、12/28 のコミケ行きの時、定時退社して
タケル邸への往路でタイヤ交換をしてもらえれば BEST だな。そう行動しよう。



残った時間で、POP 絵を作ったり、荷物を準備したり。最後の最後の追い込みだ。


12/28

さて、今日は今年の仕事納めでもあり、コミケ73 への出発日でもある。
スケジュールを確認するが、こまごました用件を含めると、意外とクリチカル。
1つコケれば全部コケる、ってな感じなので、細心の注意を払っていこう。


まずは起床。昼からのスケジュールが詰まっているので、少しでも早く出社して、
フレックスのコアタイム終了直後に帰る予定。なので、いつもより早い時間に起床。
これは無事に成功したが、起床直後にちょっとブルーな気分。窓の外から聞こえる
音は、明らかに大粒の雨音。これが雪に変わる心配はなさそうな体感温度だが、
タケル邸からタケル車へのコミケ荷物積み込みで苦労することになるのは困るな。

朝飯を平らげ、今日はクルマで出勤。電車とバスに乗って帰るのはロスタイムが
大きすぎる。公共交通機関だと1時間、自家用車だと 30分。それすら惜しい状態。
駐車料金分は無駄になるが、\1.4k 程度で 30分が買えるなら惜しくは無い。

冷たい雨で濡れる市内を走り、会社へ向かう。その途中、軽い下り坂の2車線道路の
途中にある信号で右折待ちをしていたタクシーが、左車線を走っていた私が横に
並ぶと同時に右折をやめて直進を開始。15m ほど先にあった路駐車両を避けるべく
タクシーの前に入ろうとしていた私は、出鼻をくじかれた形となり減速を開始する。
つまり、少し強めのブレーキを踏む必要性が出る場面があった。正直、別にどうという
シチュエーションでも、どうという強さのブレーキでもなかったのだが、この時点で
即効でフロントタイヤがロックし、操舵不能となる。何度となく、雨天の路面で
制動時に裏切られてきたことがある MZ-03 なので、いちおう予想の範疇ではあったし
このタイヤのウェット性能なんて期待していなかったが、ここまで酷いとなると
驚きを通り越して呆れてしまう。REVO2 では、改善されていることを望む。


しかし、人の幸福と不幸は人生全体だとバランスするようにできているものだ。
代償として(?)、いつもより少し安い値段のガレージを確保することに成功。
仕事のほうも、予定していた範疇の作業しか発生しなかった。これは、相当に
珍しいことだ。いつもなら絶対、とんでもない割り込み作業がバスバス入ってきて
大騒ぎになるはずなのに。むしろ、ここまで順調だと薄気味悪くすら感じる。


ともかく、当初予定通りの 15時過ぎに仕事を終える。何事も起こらないうちに
手早く大掃除を行い、素早く帰路へ。雨は相変わらず降り続けている。このまま
夜までずっと降り続くことになりそうな気配だ。関が原のほうは大丈夫だろうか?

帰宅後、服を着替え、残りの荷物を全部カプに積み込む。忘れ物がないことを
何度も確認したら、いざ出発。次にここへ戻ってくるのは、来年だ。さらば 2007年。

まずは、油小路経由で第二京阪を下り、REVO2 を発注していたタイヤ屋へ向かう。
出発時点で、ナビが報告する到着予定時刻は、作業予約時刻とイコール。余裕無いな。
若干焦る気持ちもあるが、その気持ちを見透かしたように、油小路は結構な渋滞。
年末の夕方だから、混雑するなというほうが無理があるのだが、今日に限っては
流れがよくあって欲しかった (T_T) 油小路の混雑にはいくつかのパターンがある。
1つは、油小路と名神高速が立体交差する、竹田付近の交差点。ここは、昼間だと
全然問題ないのだが、夕方になると何故か通過にすごく時間がかかる。だいたい、
京都南大橋が終わって下り傾斜になるあたりから渋滞が始まって、信号3〜4回
ぐらいは動かない。ひとつ西側の橋を渡って、右折したほうが早いだろうか?
もう1つは、おそらく 1/19 までの話だと思うが、竹田〜宇治川区間において
右折レーンが潰されているため、右折車両が直進レーンを塞ぐことによる渋滞が
交差点ごとに発生していること。これも、走っている車両が全員、もうちょっと
先が読めて気が利くのであればこれほど詰まることもないと思うのだが。
(左側レーンの車両ができるだけ左に避け、直進レーンの車両も右折車両を
いちいち過度に減速せずに避けて走れば全然問題ない。三車線分の幅はある)

そんな感じで、竹田を抜ける直前の時点で、ナビが示す到着予定時刻は 5分遅れに
悪化。宇治川までの区間も流れが悪いことは予想されたので、余裕を見て、10分
遅れることをタイヤ屋に連絡しておく。結局、油小路を抜け、第二京阪に入る
頃には 10分遅れまで悪化した。予定通り。ここから先は絶対に渋滞しないので
もう、悪化することは有り得ない。このまま Go だ。フルウェット状態のために
まったく安定感のない MZ-03 をなだめて第二京阪をスローに走り、タイヤ屋へ。


タイヤ屋は、本当に小さな店だった。ヘタすると、気づかずに通り過ぎてしまいそう。
店員は3名(作業員2名に事務員1名)。だが、それなりに繁盛しているようで、
私が到着した時点で、作業中のクルマが1台鎮座。って、前に予約していた人が
まだ作業終わってなかったか。作業は、少し遅れそうだな。事務所の中に入り、
強い雨音がプレハブ小屋の屋根や壁をベチベチと叩く音を聞きながら、時を待つ。

作業待ちの客のために用意された、小さな曲面14インチブラウン管の TV から
見慣れた年末特番の映像がざわざわと流れだす。適度に暖かい事務所の中で、
心地よい雨音を聞きながら画面を眺めていると、圧倒的な勢いで眠気が襲う。
だが、この眠気はだいたい眠いけど眠れないという、非常に辛いものだ。

趣味と仕事の両面作戦を目一杯展開し過ぎたせいか、体力の劣化が著しい。
昼間でも遠慮なく眠気が襲うが、そういうときに限って意識は完璧に覚醒して、
眠れない。本能は眠れと言うが、無意識は起きろと言っている。そんな感じ。
目を開けているのは難しいが、目を瞑ってもそのまま眠りに落ちないというか。
明けても暮れてもクタクタ。どこかでリセットかけないと、いつか死ぬな。

今日の海老名行きは、かなり辛いことになりそうだ。そう思いながら半分死んでいると
一時間少々でようやく作業完了。前の作業分が食い込んでいたとはいえ、ちょっと
遅いなぁとおもっていたら、トラブルがあったらしい。どうやら、冬用のホイールが
あまりに腐食が激し過ぎて、リムとビードが当たる部分まで錆が回り込んでいる
とのこと。そういえば先日、タイヤを交換するときに空気圧をチェックしていたら
1本だけ不自然に減りすぎていたタイヤがあった。・・・あいつか。とりあえず
ワイヤーブラシか何かで錆を落として対策しておいてくれたらしいが、さすがに
このまま使い続けるのはヤバかろう、という感じらしい。ホイール調達が必要。


ともかく、タイヤ交換は完了。この時点で 18時10分頃。タケル氏に連絡を取ると、
仕事納めも終わり、もうすぐ自宅近くの駅に着くとのこと。外は相変わらず激しい
雨が続いている。こりゃ、駅から家まで帰るのも大変だろうて。こちらのほうも
時間ができたので、駅まで迎えに行くことにした。そのついでに、薬屋に寄って
目薬を調達することにした。最近、目の乾燥感が激しく、目を使う作業をすると、
すぐに目が痛くなってくる。その対策のため。最近のお気に入りは、LION の
「スマイルPIT」という目薬。以前は、もっと強烈に効く目薬があったのだが、
それはいつのまにか製造終了してしまったようで、最近では全く見当たらない。

タイヤ屋から外に走り出る。ギラギラと冷たく濡れた路面なので、まだ皮むきも
できていないスタッドレスだと相当滑るだろうと思っていたが、予想に反して
意外としっとりとした手ごたえが伝わってくる。カーブでも、それほど外に
逃げていく感じがしない。おお、スタッドレスは、こんなにグリップ感を伴って
走れるぐらいに進化していたのか!Sタイヤに次いでコンパウンドと構造の進化が
激しい世界であることは理解していたが、実際に体感すると、ちょっと感動。

(余談ながら、タイヤのサイドウォールの表記は JCB4007。07年40週かな)

クスリ屋に立ち寄り、駅に到着した頃はちょうど、タケル氏が駅への到着を予告
していた時間と同じぐらい。エアコンをフル稼働させてぎりぎり曇りが取れる
ぐらいに湿度が高くて温度が低い環境に辟易しつつ、エンジンを掛け続けて待つ。
だが、気にすることもなく、タケル氏はすぐ到着。回収し、タケル邸宅へ戻る。


この時点で 18時半。タケル氏を回収して合流完了したので、本日のスケジュールは
少し余裕ができる(クリチカルなのはここまでだった)。あとは 21時頃に、残る
某草さん・あさいさん・にゃまさんが合流してくるのを待つだけ。懸念事項は、
この大雨の中で荷物積み込みをどうやるかということと、現地での雨対策について
どうするかということ、そして夕飯をどうするかということ。最後の話は置いといて、
前者2つは死活問題だ。最初の問題は、建物の出入り口付近まで荷物と車を移動し
雨という凶悪な外敵に無防備で暴露される動線を最短距離に押さえつつ、人力による
圧倒的な機動力をフルに活かして対策。凹凸の多い地形での物資輸送作戦は、
平坦地での高速大量輸送に適したキャリアカートは使えない。背中に膨大な
生活物資を担いでアフガンとパキスタンの険しい国境を徒歩で往来する
地元商人のように、人力で輸送するのが最も正しいのだ。

その目論見は正しく、ダンボール数箱分の荷物は、ほとんど濡れずに積載完了。
とりあえず、1つ目の問題はクリアした。次は、2つ目の問題だ。この年末の予報は、
関東方面の天気予報は必ずしも晴天ではない。運が悪いと、酷い雨か雪に晒される
危険性すらある。今回の駐車場配置は、西館駐車場と東臨時駐車場。いずれからも
聖地への進入ポイントは東館になるので、長い吹き曝しを移動することになる。
もし、この区間で雨に晒されたらどうなることだろう?まるで M113 の装甲の
ようにペラペラな段ボール製の輸送筐体は、雨によっていとも簡単に破壊され、
東館に辿り着いた頃には、もはや帰還すら叶わぬ状態になることが予想される。
(雨に対する複合装甲として、段ボール内側の本はビニール袋で防護しているが)

結論としては、ブルーシートを調達しておくが吉、ということだ。日本全国で、
台風の暴威により対空防護となる屋根を破損せしめられた幾多の家屋を雨天から
救ってきた実績は、伊達ではない。彼が居れば、いかなる沿岸地帯の強風でも
販売物の詰まった段ボールを襲い、これを完全に無力化することは叶わぬだろう。

というわけで、近傍のホームセンターへ出かけ、小型のブルーシートを調達。
ここでついでに夕飯を軽くいっとくことも考えたが、19時を過ぎた頃になると
飯屋の営業はほぼ終了してしまっていた。残念。往路の高速で腹を満たそう。



タケル邸にて、ホームページの最終更新を含めた最後の準備をしていると、
やがて、あさいさんから連絡。到着予定は 21時を過ぎるようだ。この調子だと、
海老名への到着は3時ぐらいかなぁ。そんな楽天的なことを考えていた。

すぐに、あさいさんから追加連絡。航行は順調とのこと。こちらも全ての準備は
完了したので、合流ポイントへと移動。ほどなく、予定駐車位置にて合流完了。
少し小降りになった雨の中で、某草ワークスから荷物一式を積み替え、出発。
時計をちらりと見る。21時を遥かに過ぎている。・・・3時だと無理かもなぁ。



いつものように、第二京阪経由で名神へ。最初は最後尾席から声が聞こえていた
あさいさんも、いつのまにか沈黙。寝てしまったわけではなく、最後に残った製本を
進めている様子。3日目だったら全然余裕はあったんだけど、1日目なので、今晩が
完全に製本作業のリミット。誰も手伝うことはできず、その進捗を見守るのみ。
いつもなら確実にテンション高いあさいさんも、今日ばかりは一言も喋らない。
如何に切羽詰まっているか。こういうときこそ、男の真価が問われるのだ。

その進捗にあわせるかのように、天候の悪さにも起因して上がらない走行ペース。
膨大な量の大型トラックが、左車線も右車線も埋め尽くす。トラックの後ろには
猫マークやカンガルーマーク。同人誌が入っているトラックも多いだろう、多分。
それを考えると、あぁがんばってください物流トラック様、という感じかも(汗)

雪こそ無かったことは幸いだったが、ペースが上がらないことには変わりが無い。
結局、あさいさんが製本を全て終えた直後の S.A となる浜名湖 S.A. に到達した
時は、既に 0時半頃になっていた。ここまで3時間ぐらい。距離的には、ここが
折り返しだから・・・30分のロスタイムを見込んでも、順調なら4時到着か。
6時起床だから2時間睡眠。うわ、けっこう辛いな。ここまでの行程で少しでも
眠っておければよかったのだが、残念ながら、タイヤ交換のあたりで書いたように
眠いけど寝れない、という状態。意識は覚醒しているけど、視覚をはじめとする
感覚器からの入力への反応は遅れ気味になっている。それを見越して行動すれば
まだ問題はないレベルなので、当面は、完全に電池が切れるまでは起きっ放しで
行動するのが吉だ。というわけで、メインドライバーのタケル氏への負荷を
少しでも下げるべく、ここから先はドライバー交代をすることになった。

フードコートで暖かい飯を食い、道路情報板で状況確認。名神〜東名区間において
ずっと雨が降っており、残念ながら 80km/h 規制がかかりっぱなしになっている。
この先、ペースの回復は期待できそうにない。更に、大井松田の下り付近では
霧が発生しているようで、ここだけ 50km/h 規制まで下がっている状態。
ところどころに故障車(or 事故)マークが点灯していることと合わせ、
少し嫌な予感が脳内に立ち込める。だが、行くしかないわなぁ。

MPV の運転席に座り、まずはドラポジの確認。エスティマの時と比べ、車両感覚に
大きな違いはない。だが、ドライバーズシートはぐっと狭さを感じるものであり
ゆったりした快適さは無い。その原因の1つは、あまり高い位置に設定できない
ステアリングのチルト機構だと思う。いっそのこと、トラックなどのように、もっと
ステアリングは高い位置で角度を寝かせて設置してくれたほうがいいと思うのだが
ミニバンという車両は、一応セダンっぽい感覚を意識しているようで、普通の
乗用車に近い位置と角度にステアリングがある。一方、シート座面は高めなので
腕が伸びきった下のほうにステアリングがある配置となる。これはマズい。
ステアリングを切り込みたいときに素早く切れないし、腕も妙に疲労する。

また、なまじステアリングが立っているので、シートバックを寝かせても腕が
ステアリングまで届くというダメな状態となる。シートを寝かせる弊害は、もう
数え切れないぐらい多いのだが、なにより「腰がすぐに痛くなる」という問題は
無視できない。人間の腰は、上半身の力を真上から受けるようにできている。
斜めから力を加えると、妙な筋肉で重さを支えることになり、腰が痛くなる。

いずれにせよ、個人的には気に入らないことばかりなので、できるだけ調整する。
シートバックはできるだけ直立・・・ステアリングはできるだけ上の方に移動・・・
なんとか、ステアリングの一番上を手で掴んだときでも、手が伸びきらず、また
背中がシートから離れないポジションを確保(詳しくは、P.F. 先生の本を参照)。


さて・・・果たして、この先の状況だが、予想を遥かに上回るものであった。
永遠に続く低速走行、右翼トラックによる謎の煽り事件、由比 P.A. 先頭など
至るところで発生した短距離の事故停滞、そんなものが次々と現れ、到着予定は
どんどん遅れていく。時折、前方がオールクリアになることもあったのだが
男5人に荷物をフル積載したミニバンは、さすがに機敏には反応しない。無駄に
燃料を消費することは避け、できるだけアベレージを保つように努力する。

だが、如何なる努力も無に帰す問題が、少し先に待ち構えていた。足柄 S.A. で
給油していこうと考えながら走っていた裾野 I.C. 手前から、全ての車線が
完全に動かなくなる停滞が発生
。原因は、道路情報掲示板で表示されていた
御殿場 I.C. 手前での事故。ラジオを聴いてみると、乗用車と大型トラックの
衝突事故が 0時35分ごろに発生し、その処理が行われている最中とのことらしい。
えーと、今の時刻は・・・3時半手前・・・って、もう3時間も処理しっぱなし?
そのまま渋滞に 10分ほど参加してみるが、ほとんど動く気配はない。3時間だと
そろそろ事故処理が終わりそうな気もするので、このまま高速を走り続けることに
希望を託したいが・・・そんなことを思いつつ、渋滞に参加。時計の針はどんどん
進む。もう、今日は眠れないかもしれない。せめて、明日は何の重要な用件も
担っていない俺だけが犠牲になればいいだけの話だから、まぁいいか・・・

なんてことを思っていると、やがて後部座席からむっくりと起き出して来た某草さんが
裾野 I.C. から降りて、御殿場 I.C. まで迂回したほうがええんちゃう?との
アドバイスを下さった。ナビの画面に映る VICS 情報によれば、事故および
車線規制ポイントは、御殿場 I.C. の直ぐ手前。確かに、迂回は可能だ。

だが・・・個人的に、このサイズのボディを下道でうまく振り回す自信がない。
ただでさえいろんな感覚が低下しつつあるこの時間帯、できれば下道は避けたい。
そうは思うのだが、しかし、そんなことを言っている場合ではないのも確か。
しばらく逡巡した後、まぁどうにかなるさと考え、アドバイスに従うことにした。


大型トラックの列が並ぶ I.C. への車線に割り込ませていただき、高速を下りる。
(これは、降りたほうが効率がいい、ということに対する証拠とも考えられる)
ナビの画面をささっと観ると、I.C. を出て直ぐの交差点を右折し、R246 に入るのが
適切そう。結果的に、一緒に降りた京都ナンバーのクロネコヤマトのトラックの
後ろをずっと走ることになったが、つまりこれは判断が適切だということだろう。

このあたりの R246 を走るのははじめてだが、予想以上の快走路。大きなRの
カーブを交えた2車線道路で、信号のつながりもそう悪くなく、走りやすい感じ。
オービスは1台もないが、取締りなんかはすごく行いやすそうな場所だった。

延々と R246 を走り続け、R138 との交差路に近づく。ここは立体交差なので、
左車線に入って走りつづける。やがて、交差路の 500m ほど手前から、左車線に
渋滞が始まる。ま、まさか・・・御殿場 I.C. から先でも渋滞があったりとか、
しないよな?不安に感じ、停車中にケータイで渋滞情報を確認する。結論としては
渋滞の先頭は御殿場 I.C. っぽいので、渋滞は一時的なものだと判断。便利だな。

立体交差で R246 から R138 へと入る。入ってしばらく走ると、なんとなく妙に
見慣れた景色であることに気づく・・・あ、そうか。5年ぐらい前、富士山へと
旅行に来た帰りで通ったことのある道だ。そうか、御殿場 I.C. 向きだもんな。
ちょっとした郷愁に浸る(?)。結局、さきほどの渋滞は交差点先頭だったようで
R138 は快走路状態。まもなく御殿場 I.C. に辿り着き、高速道路へと復帰。

高速道路に復帰した時点で、時計の針は 4時を回っていた。もう、これはダメだ。
明日の健全な自分を諦め、速やかな運転に集中。御殿場からの流れは、それまでの
混雑ぶりがどこへ行ったのかと思うぐらいに滑らかなものだった。懸念していた
大井松田の下りの悪天候も、予想の範疇。白く霞んだ景色の中を、無理の無い
程度にペースを上げつつ駆け抜け、5時直前に海老名 S.A. へと到達。


えーっと、起床は 6時か・・・ってことは、睡眠はせいぜい1時間。つらい・・・
アイマスクとイヤーウィスパーを装着し、最短の時間で最大の睡眠効果を得るよう
心がける。さすがにココまで来ると、体も精神も適度に疲労したようで、5分も
かからずに、真っ暗な眠りの淵の中へと落ち込む。ZZzzz・・・


12/29

・・・95% は寝過ごすだろうと思っていたのだが、結局、1時間しか寝ずに起床。
寝過ごさなかったよ、頑張ったよ俺。とはいえ、この時間だと完全に仮眠レベル。
すごく眠い。少しでもエンジンを掛けておくべく、クルマから降りて朝飯調達。

寝る前とまったく変わらない墨色をした空の下へと降車するが、例年ならば感じる
身を切る寒さが、今年についてはまるで無い。上着を着なくても生存してられそう
に思えるぐらい。一瞬、自分の感覚が狂ったのかとおもったが、回りを見る限り
そうでもなさそうだった。地球温暖化?よせやい、そんな大袈裟なことじゃない。

いつものように、色々な思惑を心に秘めた人たちで朝からごった返す海老名 S.A.で
朝食調達。瞬く間になくなっていく、朝食のおにぎりセットとレジの中の千円札。
同じような食材を購入したらタケル号の中に戻り、移動しながら朝食を平らげる。

あとは、現地到着まではタケル氏の仕事だ。私がやるべきことは何もない。
外を流れていく、灰色と黄色と青色が混じったような複雑な色の風景を眺めている
うち、少しずつ眠気が襲ってくる・・・と思ったが、これまた眠いけど眠れないという
状態になる。神経が興奮しているせいかどうなのか、会場に到着するまでの間には
一睡すらできず。本当ならば、ここで少しでも眠っておきたかったのに・・・


やがて、埋立地へと渡るレインボーブリッジを通過。ここから左側を見た景色と、
C1 から羽田線に移る浜崎橋J.C.T 付近から左を見た景色の二箇所がとても好きだ。
朝もやの中に白く浮かぶ埋立地の風景は、妙に背筋を刺激するものがある・・・。

結局、トラブルなく会場に到着。時計の針は、まだ7時台。そのせいかどうか、
まだ半分も埋まっていない西館駐車場。いつもなら最奥まで埋まっていて、さすが
コミケ、西館駐車場のキャパなんて一撃粉砕だぜ!てな感じなのだが。そうか、
いつもは8時過ぎに到着か。わずか半時間が生死を分けるということか。深い。

荷物を降ろし、カートと共にごろごろと東館を目指す。幸いにも、昨晩遅くまで
ずっと我々を苛んでいた雨は収まり、曇りがちながらも休戦状態となった。
一応、水溜りを警戒して、ブルーシートをカートと荷物の間に挟んでおく。
カートのドライバーはタケル氏。最後までおつかれさまです。

東館西側のサークル入場口から、会場に侵入。チケットを渡し、ゲートを通過すると
そこはヲタクの祭典のメイン会場。どことなく漂う「おかえりなさい」の雰囲気。
あぁ、良かった。道理をひっこめて無理を通し続け、なんとか半年生き長らえて。

にゃまさんブースに到着。設営を手伝おうとするが、男手3人もあれば、もう
あっという間にカタチができてしまった。直ぐにやることがなくなる。背後にて
でっかいやぐらを組んで販売物を積み上げているサークルさんの荷降ろしを少し
手伝ったりしたものの、やっぱりやることは無い。とりあえず、すぐ近くにある
トイレに行っておく。初日という為かどうかわからないが、トイレの行列は
かなり短く、すぐに自分の番が回ってくる。トイレの個室に入って、その理由を
理解した。和式だ。和式で長く座っているのは、ビリー'sブートキャンプ
よりもキツイのではないかと感じるときがあるわけだが、それが故に、トイレの
行列が長くなることを防ぐ効果があるのだろう。和式だ。時代は和式なのだ。

スペースに戻る。時計を見ると・・・まだ 8時半か。開始まで1時間半もあるなぁ。
特に行くアテもないので、熱を逃がさぬよう、腕を組んでじっとしていると、ついに
それまで体の奥底に隠れていた眠気が襲ってきた。ほどなく、すっぽりとした
暗闇の中に落ち込み、意識を失う。僅かな休息であるが、1時間しか眠れなかったため
干からびきって失ってしまった体力を、少しでも取り返すことはできるだろう・・・


何度となく体が左右に振れる感覚をうっすらと記憶に残しつつ、1時間程度で再び
現世に舞い戻る。はっと気づくと、そこは、にゃまさんスペースのパイプ椅子の上。
隣には、同じようにパイプ椅子に座っているにゃまさんが居て、なんとなく嫌そうな
顔をしているように見えた。・・・ん?あ、ひょっとしてアレか・・・わずかな記憶の中に
うっすら残っている左右のスゥイング感は、寝て脱力して寄りかかって押し返されて、
ということの繰り返しだったのだろうか(汗)それは悪いことをしてしまった。。。

ともあれ、こうして1時間ほど睡眠を補充し、なんとか体力的にはぎりぎり回復。
時間も適当に過ぎたおかげで、ほどなくコミケは開始。・・・といっても、やはり
やることは無い。にゃまさんスペースの売り子を手伝いつつも、知人スペースを
いくつかグルグルと渡り歩き、閉会までの時間をまたーりと楽しむ。

おっと、その前に大事な大事な話があった。同じように貫徹に近い状態で往路を
頑張ったにも関わらずなぜか妙に元気なタケル氏に、企業ブースでの買い物を依頼。
TYPE-MOON での「Fate/Zero」新刊と、なのは設定資料集SIDE-B の確保を依頼する。
TYPE-MOON については、比較的早期に「確保完了」の連絡が入ったものの、その後の
なのはのほうがかなり手間取っているらしい。最終的には書店販売されるものだし
あまりに大変そうだったら購入しなくてもイイヨーとメールを打ってみるものの、
こちらの携帯のほうが、ずっと「混雑しています」と悲鳴を上げて送信不能。
・・・すまないタケル氏、全ては根性不足な SoftBank が悪いことにしてくれ・・・

そんな感じで、しんどい作業を全て人任せにするという悪い子状態になりつつ、
あさいさんスペースやしもふり氏スペース、Glee 氏スペースをうろうろとする。

あさいさんについては、今回はジムカーナ4コマ本。あふれんばかりの実体験に
裏打ちされた、リアル過ぎて困るお話。さすがに色々なマンガを見てこられている
だけあって、4コマとしてのキャラの立て方はこなれた感じがあり、マンガとして
完成度は高いと思う。キャラクターの表情も豊かだしね。枚数も多いのに、
これで僅か 200円ってのは何かを冒涜していると言ってもいいかと思う。
また、クルマの部分について写真を混ぜたりするのも問題無いと思う。
これは新房監督テイストなのさ、と言えばいいと思うよ(笑)

しもふり氏については、・・・あー、なんだ。ねぎだ、ねぎ。ねぎらしいです。
あさいさん曰く、私がこのネギ描いたら「オティムティム」にしか見えぬと感想を
残されたぐらいに超デフォルメデザインのねぎぬいぐるみ・・・の、正確には、
「型紙」が売り物らしい。あー、あなたはどうしていつもいつも、売れる線の
ニアピンを高速で掠め去るような、そんな選定をしやがりますかゴルァ!
まぁ、そこがいかにも師らしいのだけれど、そのせいで彼独特の
いいセンスが知られることなく埋没するのが残念無念。

Glee 氏については、かなりクリティカルなスケジュールだったらしいのだけど、
なんとか跳ね返し、カタログ風の新刊を一枚用意してきていた。すばらしい。
スペース取りながら新刊を落とすのは万死に値する、とぐらいに思いつめると
創作の神様がちゃんと微笑んでくれるのだよ、といういい例である。ぶっちゃけ、
努力は、体か精神が壊れる寸前まで可能である。逆にいえば、そこまでやって
初めてわかるものが『限界』であり、そこまでやらないと伸びないのが『能力』だ。
これは、私が尊敬する会社の上司のポリシーである。最初は反発も感じたものの、
残念ながら実際そのとおりなので、今ではその考えの軍門に下っている。
私もいつか壊れると思うが、そのときは壊れたことそのものではなく、
そこまでどまりの人間でしかなかったことについて悲嘆に暮れると思う。

さておき、Glee 氏の本だが、今回はとってもセクシーでアダルティー。
たぶん氏が得意としている(?)タングステンな色温度の光で照らし出された
近代建築の夜景を紹介する本。残念ながら、2枚ほど色温度が違う写真があり
そこがとても惜しい(あえて色温度を調整してもよかったかと思うぐらい)と思った。
だが、気になるのはそれぐらい。クオリティーは相変わらず高い。たぶん、夜な夜な
街に出かけては、スローシャッターで頑張っていたのだろう。努力を買いたい。
可能ならば、屋内から外を見た風景とか、そういうちょっとした違う構図を
裏表紙あたりに入れてもいいかもしれない。レトロな建物と近代的な町並みが
どのように立ち並び、お互いに対比しているかという感じで。

写真を見ているうち、そういえば三条河原町を西に入ったところにあった飯屋が
まさにこういう感じだったなぁということを思い出す。あれは何だったのか。
立命館大学かどこかの映研が発表会を開いていた、あの建物・・・

てな感じで、スペースの間をうろうろしているうち、タケル氏から連絡が入る。
時計を見ると、昼なんてとっくに通り越し、もうとんでもない時刻になっている。
内容は、なのはの設定資料集について「確保完了」あ な た は 神 様 で す !
やっぱり、限界まで頑張れば結果は出るものなんだ(という本人は何もしていない;)
その後、タケル氏がスペースに戻ってきたのは 14時過ぎ。つまり、9時台に出撃
してから5時間、ずっと企業スペースで行列していたことになる。凄過ぎる!
おじさんには無理だわ、ってよく考えたら同じ年なんだよ!言い訳できねぇ!


てな感じで、ただひたすら偉人の間をウロウロしているだけで、初日は終わる。


撤収して荷物をクルマに積戻し、御茶ノ水付近の宿屋へと移動。帰路、実験のため
NV-U1 を設置し、都内という悪条件下でどの程度の精度を出せるのか、試してみる。
結論から言えば、すっげーキワドイんだけど、なんとか使えるというレベル。
ぶっちゃけ、NV-U1 のレビューで「都心でもロストしない」とか「遜色ない」とか
言ってた記者供!おまいらみんな切腹して詫びろ。東京駅付近通過中とか
ずっと GPS をロストしまくって、なおかつ自律航法もまるで効いてなかったぞ
マジで。曲がるべきポイントの直前でぎりぎり GPS の捕捉復帰が間に合ったから
助かったようなものの、とんでもない場所へといきなり飛んだりすることが多く、
とても、PND でないナビと比較できるような位置精度は出なかった。見ている
ほうがかなりハラハラするぐらいに危うい捕捉精度。これから購入を検討する
人は、その程度の捕捉精度でしかないと思っておいたほうが間違いない。
・・・ただ、NV-U2 は相当改善されているらしい。すごく興味はあるな。

また、光ビーコンによる渋滞回避も再確認するが、NV-U1の渋滞回避アルゴリズムは
ちょっとした渋滞であっても徹底的に避ける傾向があり、そのせいかどうか、都内の
道路をやたらジグザグに走りたがる。右左折回数を減らすようルート案内したほうが、
きっと走行しやすいと思うんだけど。そんなことはお構いなしってことなのか。

とはいえ、当初に予告していたとおりの時刻ぴったりに到着したというのは
ちょっと感動した。普通、市街地だと予想到着時刻よりも遅れるのが常なので。
一応、渋滞回避にもそれなりに効果があるということなのだろう。そう理解する。


ホテルに荷物を置いたら、直ぐにパセラへ移動して、いつものようにカラオケ。
今回はぶっちゃけ体力が限界に達していたのと、新ネタを充填している余裕が
まるで無かったことがあり、1曲だけしか歌わずに終了。ま、それもいいさ。

宿に戻ったら、汚れ物を洗濯。荷物を整理したら、明日の予定を軽く整理する。
都内で移動したい各地を結ぶ経路は・・・おお、ちゃんと JR と地下鉄だけで
ぐるりと結べるようになってるわ。さすが、東京は違うなぁ。感動しつつ眠る。


12/30

遮光扉によって漆黒に包まれたホテルの部屋の中は、過度に高く調整された
気温によって、もはや亜熱帯と化していた。暗闇でねっとりと肌を湿らせる汗は
生地に絡みつき、高層ビルの屋上から落下して舗装と一体化した死体のように
私と布団を深く撚り合せる・・・って!改めて書き直すだけでも気持ち悪い!

ともかく、なぜか空調ダイヤルが見当たらないホテルの部屋は、矢鱈に暑かった。
何度も熱さに苛まれ、眠りの淵から急速浮上 → すぐに急速潜行を繰り返していた
わが睡眠の潜水艦タム号は、9時ごろに至ってついに敗北を認め、完全浮上。

いくらか疲労も取れ、すこし快適な状態に戻ったことを確認したら、ベッドから起き
遮光扉を開いて、更に窓を少し開いてみる。途端に、隙間からひゅうひゅうと吹き込む
凛とした冬の空気。その途端、半開きの眼がフルオープンへと跳ね上がる。うむ!
やはり、冬というものは寒くなくてはいかん!それでこそ、鍋も旨くなるし!

澄み渡った青い空と、ビルを照らす太陽の黄色い光。今日はまさに、観光日和だ。
昨晩にざっくり立てた計画を、もう一度見直す。今日は、都内半日観光の予定。
といってもヒルズとか、そんな仕事でたまに訪問するようなところには行かない。
仕事で行くことがありえない所を回る。それは、東郷神社と乃木神社、そして浜離宮。

東郷神社と乃木神社は、もはや説明するまでもないだろう。日露戦争における
海と陸の大将・東郷平八郎と乃木希典の両名を祀る神社である。皇国の興廃
この一戦にあり。仕事で背水の陣を引くとき、いつも心の中にZ旗を掲揚して
課題を撃破してきた私としては、いつかお礼(?)に参らねばを思っていた次第。
(もし「坂の上の雲」を読んだことの無い人がいれば、ぜひ一読していただきたい。
物語として脚色されていたり、著者の主観により人物の評価が決まっていたりする
ことはあろうかと思うが、それでも日本近代史、および世界近代史を知る上では
学校で与えられる無味乾燥な教科書よりもずっととっつき易くて良いと思う)


軽装な服に着替え、外に出る。冷たい空気を肺一杯に吸い込み、JR 中央線御茶ノ水
駅への坂を上る。東京の空気って、意外ときれいだ。ディーゼル規制も効いているし、
実は緑がすごく多いということも影響しているだろう。山がないのに、大したものだ。

御茶ノ水から JR に乗り込み、まずは新宿を目指す。年末ということもあって、
電車の中は人も少ない。出入り口の横に立って、ずっと神田川を眺める。なんとなく、
このあたりの雰囲気は好きだ。軽い足取りで走る電車。疲れた人たちを乗せて、
西へ西へと向かう。やがて電車は四ツ谷を過ぎ、神田川から離れる。

神田川を離れると、今度は反対側に目をやる。ちょうどここから、中央線は
首都高新宿線のすぐ横を走る。眩しい太陽の光の下に見える首都高は、すでに
帰省ラッシュだろうか、動かないクルマの列で充満していた。このあたりって、
すぐに渋滞するイメージが強いんだよな。東京都北西部への主要道路だからか?

まもなく、中央線は新宿へ到着。ここで、中央線から山手線へと乗り換える。
見慣れているようで、見慣れない景色。こんな時間にここいらをうろつくなんて、
仕事だったらまず考えられない贅沢だよな。今日は本当に休暇であることを実感。

二駅ほど品川方面に移動し、原宿へ。東郷神社は、このすぐ近くに存在する。
とりあえず駅を出る。なんとなく、小さくてせせこましい雰囲気。さらに、改札は
私の半分ぐらいの年齢でしかないはずなのに、一丁前にダルそうな顔つきをした
ワカモノで埋まっていた。おまいらの年でそれかよ。日本の将来が心配すぎるぜ。
俺だって、60代のじいさんからすれば「働き盛りの青二才」だっていうのに。

ともかく、改札を出て、目の前の道路を渡る。・・・さて。東郷神社はどこだ?
ぐるりと見回すが、駅前にかならずあるはずの地図が存在しない。それゆえに、
どちらに向かって歩けばいいのかが判らない。駅の正面には、落ちていくような
角度で、どうやら原宿のメインストリート「竹下通り」らしい道が続いている。
改札付近にたむろってた若者は、吸い込まれるように、そちらに向かって歩いている。
うーん、ってことは、この通りじゃないってことかなぁ。まさか、東郷神社ほど
由緒正しい社寺が、こんなイケイケな若者(死語)の街から行ける筈もなし・・・

そう思って、少し上を見回すと、竹下通りの入り口に「↑東郷神社」の看板が。
あぁ、事実は小説より奇なり。看板に示された導きに従い、竹下通りに入る。


まだ朝が早いというわけでもない時間なのだが、竹下通りはまだ、閑散としていて
朝日も差し込まない薄暗さと蒼さに包まれていた。もっとカラフルな町だと思っていたが
実際には、彩度の低さとセンスの古さが目立つ、かなり場末な雰囲気の漂う町だった。
田舎のほうの観光地の前にある、70年代で進化が止まった土産物屋の列に似ていて
もはや「やっちゃった」感しか漂ってこない。70年代〜80年代の風俗を伝える町
として、永久保存してもいいんじゃなかろうか。そういう落胆感を受けた。

竹下通りを 150m ほども歩くと、左手の路地前に「←東郷神社」の看板が。
看板に従って路地へと折れると、幅の狭い階段があり、そこに東郷神社への
入り口があった。え!?竹下通りのすぐ横にあったの!?これは予想外!!

さすがは東郷ターンを決断した大提督だ、やることが奇抜だぜ・・・と思いつつ
小さな階段を上り、敷地内へと入る。神社は少し奥にあるようで、しばらくは
右手に折れる形で、素朴な参道が続く。黄色い朝日に照らされる参道には、
常人には用途を見極めることが困難な古物を扱う露天商が、多数並んでいた。

使い込まれて濃い飴色に輝く用途不明な木製の物体とか、よくわからない鉄の棒
とか、薄く錆色を被って古ぼけた工具や釘・鎹とか・・・奥のほうで、背を丸めながら
静かに座って目を瞑り時を待っている店主に「いくらで買う?」などと言われたら、到底
落ち着いて値付けなどできそうにない。擦り切れたぼろの毛糸帽子を深く被り、小さな
せむし姿の上にちょこんと乗っている丸い顔。まるで老いた猫のように、もはや
一体の風景と化しているが、その顔には、私の持つ知識を遥かに超える量の
知恵と経験がもたらす、風格すら感じた。爺さんには勝てねぇよ。

まぁ、こんな私のような若造がいくら店先を通ろうが、店主どもは完全無視。
おそらく常連と思われる別の爺さんと、声高に会話を続けている。そのダミ声を
心地よく耳に受け流しつつ、参道を先へと歩いて、東郷神社に到着。



綺麗に掃かれた砂利を静かに踏みしめつつ、本殿前へと入る。中は閑散としており
神社の人が、まもなくやってくる年末年始のために、テントを建てたりする準備を
進めていた。境内をウロウロと歩き回る私の姿などは、気にもされない様子。

そのほうが、都合もいい。壁沿いに展示された、東郷提督の活躍についての
説明絵を眺めたりして、ゆったりとした時間を過ごす。ふと、社務所付近で、
Z旗をあしらった「勝守」が売られていることに気づく。おお、これはいい。
社務所の扉を開け、忙しいそうにくるくると走り回っている事務員さんを
捕まえて、勝守を販売してもらう。明日は必ず勝つ(?)ぞ。


しばらくまったりしたのち、東郷神社を出る。少しずつ人の数が増えはじめた
竹下通りを手早く抜け、原宿駅前の道路を南に下って神宮橋交差点へ。ここで、
営団・・じゃなかった、東京メトロ千代田線の「明治神宮前」駅から地下鉄へ。
カタタン、カタタンと揺られること数分。電車は「乃木坂」駅へと到着する。
乃木坂駅を降りると、その横はもう乃木神社となっていた。神社専用駅みたい(?)



さすがに、市街地から少し離れているせいか、東郷神社のような露天は存在せず、
さっぱりした印象の神社となっていた。都心にも関わらず、頭の上を覆うほどの
大木が何本も立ち並ぶ。京都ほどの長い歴史はないにせよ、東京という町には
こういった 1000年レベルのレトロな雰囲気を模した、近代史を象徴する史跡が
多数存在するというのは実に面白い。日本人の心のふるさとここにあり、ってか。

手前に作られていたお稲荷さんに礼拝したのち、本殿へ。強い朝日の光を浴びて
白く輝く乃木神社はとても神々しく、心の落ち着く神社であった。乃木将軍の
人柄が偲ばれる。小さな境内をぐるりと回ったのち、こちらの社務所でも
同じように「勝守」を買う。東郷神社ではZ旗だったが、乃木神社では
そういったシンボルがないためか、四角4つが並んだマークが記されていた。
これは・・・乃木家の家紋だろうか。不勉強なもので、詳しくはわからなかった。

社務所にいた眼鏡巫女さんに魂を惹かれつつも、乃木神社を後にする。


さて、次は浜離宮だ。浜離宮までは、六本木から大江戸線で汐留まで移動すればいい。
乃木坂から六本木は、少々歩かないといけない。さて、どちらの方向だったかな。
地理的には、乃木坂から六本木は、南方向へと下っているはずなんだけど・・・
あまり深く確認せず、とりあえずポテンシャルエネルギーを放出するかのように
坂の下っている方向に向かって歩いていく。京都的には、坂を下るほうが南だ。

このあたりは、いわゆる「赤坂」という場所だ。町の中を歩いてみると、やはり
竹下通りとは全く趣の違う、洗練された美しさが漂っている。老若男女、あらゆる
層の需要を1つの街で満たしてしまえるのが、大都市のすごさというところか。

てな感じで、街の美しさに見ほれているうち、なんとなくおかしいことに気づく。
道路看板を見ても、先の方角に「六本木」という文字がまったく書かれていない。
はて・・・おかしい。まだ六本木じゃないのに、六本木という地名が無いなんて。
周囲を見ても、地図がない。バス停は見つかったものの、よくわからない。

不安になり、ここでいよいよ最終兵器を出す。NV-U1。昨日さんざんコケにしたが、
現在地を知るためのツールとしては、今のところこれが私にとって唯一なのだ。
バッテリー駆動ができるので、歩行ナビとしても使えるはずだ。電源を入れ、
空が見える場所でじっと立ち尽くし、測位完了を待つ。さぁ、天空に浮かぶ
ナブスターよ、我の位置と進むべき方角を指し示したまえ!

・・・あれ?こっちって、赤坂通りじゃないか・・・

もう少し歩くと、赤坂小前交差点に着いてしまう。どうやらうっかり、六本木とは
違う方向に来てしまったようだ。いやー、もっててよかった nav-u。赤坂通りを
引き返し、坂を延々と上っていく。坂の上の方を見上げると、かなり高い位置を
真横に走っている道路が見える。乃木坂はそのまま、その道路の下へ潜って
トンネルになっている。うあー、すごい立体構造だ。京都じゃありえねぇ。



へぃへぃと肩で息をしながら坂を上り、階段を上って坂の上の道路へ。
乃木坂の向こう(東側)を低く見下ろすこの道路、いったいぜんたい、元の地形は
どうなっていたのだろうかと悩ませるぐらいに高いところを走っている。東京は、
平面地図を見るだけでは本当によくわからんなぁ・・・立体地図が欲しい。

そんなことを思いつつ、今度こそ外苑東通りを南下。気が狂ったように高く聳える
リッツカールトン東京と東京ミッドタウンの高層群を眺めつつ、六本木駅へ。
これがまたぶっちゃけ、無駄としか思えないぐらいに超立派でおしゃれな駅。
こんなにすごい駅を作って、本当にモトが取れるのか!?東京って人大杉。

なのは SS04 を聞きながら、大江戸線汐留駅まで一気に移動。汐留駅もまた、
どう説明していいのかわからんぐらいに巨大で立派な駅。がらんと空いた空洞を
独り寂しく横切り、汐留の高層ビル群の下から地上に躍り出る。さて、あとは
海に向かって歩くだけだ。産卵を終えたウミガメのように、のろのろとした
足取りで坂を下り、浜離宮沿いに走る首都高 C1 の下の道路を横切る。
こんなところ、徒歩(?)で来る日がやってくるとは思えなかったなぁ。


なんとなく感傷にひたりつつ、道路を渡って浜離宮沿いへ。少し北へと歩き、
入り口に向かって歩く。やがて辿り着いた入り口は、なぜか何重もの柵によって
厳重に蓋がされていた
。だが、何故蓋がされているのか、という説明は無い。

・・・なんとなく、フラグを立てそこなったまま次のイベント場所まで来た RPG ぽい
激しい「やっちゃった」感が脳裏に浮かぶ。あるいは・・・あわてて携帯を取り出し、
浜離宮の営業時間を確認する。携帯の小さな画面に現れたその情報によると、
浜離宮は 12/29〜1/1 まで休園となっている。きゅ、きゅうえん・・・!?


なんという失態だ!こんなに早期に休園なんて・・・っ!
計画を歪めてしまった!あぁ・・・ヴェーダ・・・



だが、「俺は・・・僕は・・・私は・・・」なんて言ってぐちぐち
泣いている場合ではないよ、ティエリア。次の作戦を考えよう。

とりあえず、こうなったら似たような場所を探すまでよ。似たような場所といえば
ああ、東京には「皇居」という立派な公園があるじゃないか。あれならここから
近いし・・・そう考え、築地方面に歩きながら、携帯で皇居についての情報を
検索。だが、現実は非情なものだ。皇居ですら、すでに年末休業状態だそうだ。

・・・さて。築地川にかかる、浜離宮への入り口の眼鏡橋の上に立って考える。


どうしよう?


もはや、万策尽きた。あとはお台場ぐらいしかないが、いまさらシッポを巻いて
お台場へ繰り出すなんて、屈辱的にもほどがある。あれは積極的に制覇するもので
お情けをかけてもらってまで入れてもらうような場所ではない!(意味不明)。

やむを得ず、とりあえず新橋に向かって歩く。秋葉原にでも行こうか・・・
幸い、秋月は営業しているようだ。首都高 KK 線の横をずっと歩きながら、
新橋近辺でカレー屋を探す。だが、このあたりはカレー屋不毛の地らしい。
一応、新橋付近に1件か2件ほどあるようなので、それを心の頼りとする。

昭和通りへと出て、西に向かって歩行。あまり歩かない生活を続けていたせいか、
それとも靴があまり長距離歩行に適さないのか、だんだんと踵が痛くなってきた。
うあ・・・とりあえず座りたい・・・カレー屋は・・・カレー屋は未だか・・・

新橋駅に到着。新橋駅前ビルの中にカレー屋があったようだが、残念ながら、
このビルも年末ということで営業を終えていた。ちいぃ!東京め!なぜ営業せん!
新橋駅を突っ切り、日比谷口からさらに西へ。柳通りを少し下ったあたりに
カレー屋があったので、とりあえずここに入り、カツカレーを注文する。

ここのカツカレーは値段が安いし、カツの味もそこそこいいのだが、
いかんせんルーの量が絶対的に少なすぎることが致命的に問題だった。
戦闘開始後、まだまだカツとごはんが大量に残っているにも関わらず、
カレールーは呆気なくなくなってしまう。アパーム、アパーム!ルーだ!
ルーを持って来い!だが、そんな注文は不可能のようだ。無念。結局、
最後のほうは、出汁のないカツ丼を食っているような状態で終わる。


ともかく、これで腹は膨れた。あとは、秋葉原に行くだけだ。店を出て、
新橋へと向かう。その途中、ふと、それまで青く晴れ渡って陽光を落としていた
空が俄かに掻き曇り、濃い灰色に変わっていることに気づく。当然の帰結として、
駅に向かって歩く私の顔に、ぽつりぽつりと冷たい雨粒が当たり始める。うあ、
雨かよ!雨なのかよ!まったく、徹底的についてないぜ!秋月だけ立ち寄ったら
さっさとホテルに戻って、痛くてたまらない足を労わりつつ明日の準備をしよう!

そう考え、足早に駅へと入り、秋葉原へと移動。秋葉原駅は、相変わらずすごい混雑で
欲望を満たす聖杯としての機能をよく果たしていた。改札を出て、駅の北側を抜け
秋月に向かって歩く。空の雲はより黒さを増し、顔には冷たい雨がピタピタと
当たり続ける。傘の1つでも欲しいが、ホテルに戻るまではどうしようもない。
「北風と太陽」を地で行くように、ジャケットの前をしっかり留め、ぴゅうぴゅう
吹き荒れる冷たい雨風を切り裂きながら先を急ぐ。事前調査の通り、秋月は
しっかり営業していた。先週来たばかりなので、特に買わねばならないモノは
ないのだが、それでもとりあえず店内をぐるぐる周り、いくつか追加購入。


という感じで、秋葉原での用件も、1時間もかからずに終了。はぁ〜あ。
時計を見ると、まだ 13時前。うぉー、本当に半日で全ての用件が終わったな。

いいや、もう。本当に足が疲れた。心も折れた。帰ろうよ〜御茶ノ水の我が家へ。
秋葉原駅へと戻り、中央線に乗って御茶ノ水へと向かう。その途中、それまで
ずっと沈黙を保っていた携帯電話が鳴り出す。何事?!ポケットから取り出した
ソレの液晶には、発信者としてあさいさんの名前が浮かんでいた。・・・むぅ。
アレか、ようやく起床したか。取る前から大体の想定はついたが、実際
そのとおりで、今起きたばかりで飯でも食いませんか〜、とのこと。丁度いいや、
時間つぶしには事欠かなくなりそうだ。まもなく戻ることを告げて、電話を切る。

御茶ノ水駅を出たのち、ぱらぱらと降り続く雨を避けるように、小走りでホテルへ
戻る。足は痛いが、ノロノロ歩いても走っても痛いのだから、走ったほうがいい。


ホテルへ戻ってあさいさんの部屋を訪問。そこには、PC を開いてまたーりしている
あさい師匠がいた。どうも、PC の画面はニコ動ぽい。ウホッ!いいヲタク・・・。

だがここで、浜離宮が閉まっていたり、雨が降っていたりしたことを感謝すべき
すばらしいイベントが発生する。あさい師匠曰く「鷲宮神社に行きませんか?」
・・・そ、そうか!そういえば、そんな大事なことをすっかり忘れてましたよよよ!
今は年末で、ここは東京。らき☆すたの聖地・鷲宮神社はすぐ近くだし、今は
絶好のイベント日和。なぜ、鷲宮にいくという発想が無かったのか俺には!

でも、今日はあれだけ歩きまわってきて、足がかなり痛い・・・どうしよう・・・
"アレルヤ、お前は黙って見てればいいんだ!俺が代わりに行ってやるよ!"


あさい師匠曰く、上野駅で宇都宮線に乗り換え、久喜駅で東武伊勢崎線に乗り換えると
小一時間ぐらいで行けるらしい。おお、時間的には手頃な感じじゃないッスかーソレ?
私は鉄道一般に詳しくないが、あらゆる聖地を直感で訪問し続けてきた実績のある
あさい師匠が言うなら間違いなかろう。ニコ動の鑑賞を終えたら、宿を出発。

宿を出るところで、ちょうど有明から戻ってきた某草さんとすれ違う。某草さんも
誘ってみるが、もう背後に背負った大量の本のほうに魂を引かれているようで
そのまま部屋へと戻っていかれた。午後は○○おもいっきり読書か。いいなぁ。

宿を出たら、まずは秋葉原へ。御茶ノ水へ行こうとする私を制止し、反対側に
向かって歩き出すあさい師匠。どこに行くのか思ったら、50m も歩かぬうちに
『昌平橋』という看板に出くわす。Ω・・・な!?なんだってー!?ΩΩ
これぞ、あさいマジック。わざわざ中央線に乗らなくても、ホテルはアキバの
すぐ横にあったのだ。それを知るのはあさい師匠ただ一人。恐るべき漢よ・・・

アキバの松屋で飯を食う師匠を待つ間、あるいは合流可能かと思い、タケル氏に
連絡をしてみる。だが、タケル氏はこれから台場より帰還という状態。残念、
聖地巡礼の旅への連れ合いは増えなかったか。折角の機会だったんだけど。


養分補給を終えたあさい師匠とともに、いよいよ出発。まずは、秋葉原駅から
上野駅へ移動。上野駅から、JR 宇都宮線に乗る。正直、どの乗り場から乗るのか
皆目検討ツキマセーンなのだが、まるで全てを知っているかのようにスタスタと
先へ歩いていくあさい師匠の後を追う。おお、すごい、これが 2007年現在も
クルマにナビなど不要、軟弱軟弱軟弱軟弱軟弱ゥ!と言わしめる男の動きなのか。
動線に迷いはない。きっと大丈夫だ。やってきた電車に乗り込み、先を目指す。

そのまま、郊外へ向かって走る電車に揺られて 40分ほど。雑談しながら、久喜を
目指す。だが、そろそろ 40分ほども経とうかという頃になっても、「クキ」という
アナウンスが微塵も聞こえてこない。ふうむ。久喜ってまだ遠いのかなぁ。電車は
「上尾」「北上尾」を通過し、「鴻巣」まで近づいた。あと、どれぐらいだろ。
電車の中にあった路線図を見て、現在地を確認する・・・

・・・なんか、大宮から反対側に伸びてる線に「久喜」があるんスけど・・・

はははー。やっちゃったー。宇都宮線じゃなくて、高崎線に乗っちゃったー。


あさいナビゲーションシステムは堕落しました。やっぱり、さいたまの地図は
もって歩くべきだった。あわてて鴻巣で高崎線を降り、反対側に向かうホームへ
移動。そこで、所要時間図を確認。ここから大宮まで 20分。ほっほーう・・・
ここから上野まで 50分足らずと書いてあるから、倍ぐらい来てしまったようだ。

まぁ、道なんてものは、旅人を迷わせるために複雑に作ってあるのさ。


きっと、大宮にはローレライの魔女が棲んでいるに違いない。そう確信しつつ
20分をかけて大宮に戻り、今度こそは正しく宇都宮線に乗って久喜駅へと移動。
久喜駅で東武伊勢崎線に乗り換え、1駅先の鷲宮駅を目指す。たった1駅だから、
「もし距離が短かったら、帰り道は歩いて帰りましょう〜かねぇ〜?」などと
よくわからない変なテンションで、早くも迷い道クネクネを楽しみつつある両名。
だが、久喜駅を離れた東武伊勢崎線が、鷲宮の原野を跨ぐ長大な距離を
猛烈な勢いで走っていくのを見て、お互いに無口になっていった。


ややあって、鷲宮駅に到着。こぢんまりとしているものの、近鉄興戸駅並みには
電化が発達していると思われる綺麗な駅を出て、鷲宮の駅前に立つ。

・・・ごめん、何も無い。

駅前を横切る細い道路の前に、朽ちかけたトタン板が張られた小さな家が並ぶ。
その横は普通の家でなく、どうやら街のよろず屋と思しき木造の小さな店が一軒。
駅から直線的に先へ伸びる道路を挟んだ反対側には、これも普通の家が並ぶ。
基本的に、普通の家がぽろぽろと立ち並ぶ、ちょっとした田舎の小さな町だった。

さらに遠くまで目を凝らすが、どうも、駅前にはコンビニすら無いようだ。
なんとなく、新しい町に到着した国崎往人のような気分を味わう。なんてことだ。
らき☆すたの聖地を目指してやってきたら、いつのまにか AIR の聖地のような(後略

気を取り直し、想定外の電車トラブルのために到着が遅れ、すっかり日も落ちて
暗くなりつつある鷲宮の町を歩く。なんとなく、高松市南部の住宅街など、日本の中で
比較的寂れている地域の町を歩いたときの感覚をふっと思い出す。日本には、
こういう町が一杯ある。発展するでもなく、荒廃するでもなく、ただそこに
存在し、そして変わらぬままずっとあり続けるだけの町。それはとても、
安心できる場所であり、心安らぐ場所でもある。なんだかんだいいつつ、
諸君、私はこういう町が好きだ。何の変哲も無い町が好きだ。なにせ、

私の住んでいる町こそが、まさにそのとおりの町だからだ。

比較的大都市に隣接しているにも関わらず、商業の発展からは取り残され
30年経っても大きな変化はない。興らず廃れず、ただ無くなったものといえば
胸のすく良い見晴らしとオタマジャクシが住む田畑、そして鶏が住む小屋。
人はそこに住み続けるし、道はそこに在り続ける。とても得がたい無変化。


歩道があるかないか微妙な幅の駅前通りを歩き続け、川を渡る橋に差し掛かる。
左手を見れば、色のついた欄干の橋がぽつんと架かっている。はて・・・あ、
あれは確か、9話でおばさんに褒められた時の橋・・・?おお!これぞまさに
聖地巡礼!来ましたよゼロ!理解は幸せ!無駄ににやける顔。たとえ後ろ指を
指されようと、たとえネットで煽られようと、オラなんだかワクワクしてきたぞ!

更に先へ進み、適当なところで左に折れて先へ先へと歩みを進める。そこには、



そのまま・・・そのまま過ぎるよ、かがみん・・・

日が暮れてしまって暗い映像になったが、実際、そのまんまだった。
京アニやりすぎwww だが、すぐに解るというのは、聖地巡礼ビギナーにとっては
とてもありがたい話であった。聖地巡礼のプロ(?)には物足りないかもだが。


これだけ見て帰ったらただのバカなので、そのまま神社に突撃。参拝を敢行。
曰く、関東最古の神社という由緒但しい神社なのだとか。おー、そんなこと
ここに来るまで知リマセンデシター!日本文化、とても奥深いデース!

本殿まで進み、賽銭を投げてお参りしたら、クオリティの高い絵馬を鑑賞。
こ、これは・・・かなりヒドい(笑)。こなた・かがみ・つかさで埋まっている。



関東最古の神社が、関東で一番はじまっている神社になっていた。

ヘタすれば悪戯とも取られかねないわけだが、これを許す鷲宮の懐の深さに感動。


聖地巡礼を堪能したら、商店街を冷やかしつつ、駅のほうへと戻っていく。
どう見てもごく普通の小さな個人商店の店頭に「らき☆すた」絵のポスターなどが
べたべた貼られているのが壮観だ。たぶん、鷲宮商工会の中の人たちは、自分らが
どれだけクオリティの高いことをやってのけているのか、理解されてないだろう。

その行為に敬意を表すべく、適当な店に入って、売られていたグッズを購入。
なんだかやけに嬉しそうにグッズを売ってくれたおっちゃんの様子が、
なぜかとてもとても印象的過ぎて、記憶の奥底に深く残った。


すっかり日も落ちて真っ暗になってしまった鷲宮の町を、駅まで歩いて戻る。
クルマが往来する様子は全然なく、人気はまるでない。ただ、ところどころで
まだ店を開けている店舗だけが、暗い町に光を添えている。はて。いったい
かがみんは、17 話で何処まで食材を買いに行ったのだろうか。どこのファミマへ
夜食を買いに行ったのだろうか。・・・ってか、どこにファミマがあるんだ?!
鷲宮はとても奥深い町だ。もっと早い時間に来れたら、探検できたのにな(涙)


鷲宮駅へと戻る。あとは、電車に乗って上野まで戻るだけ・・・と思ったが、
なかなかそう上手くは事を運ばせてもらえない。電車がやってこない。どうして、
と思う間もなくアナウンスが入る。曰く、久喜付近で電車の事故があり、ダイヤが
べろんべろんにお乱れなすっているらしい。うあ、往路だけでなく復路まで
交通手段が ToLove りますか!まったく、お約束過ぎて困るな!(笑)

とりあえず遅れてきた東武線に乗って久喜までは戻れたが、そこから先でも
ダイヤが乱れまくってて、なんだか大変な状態。あさい師匠と直感で判断し、
ちょうどやってきた東武の特急列車に乗って、贅沢に大人帰りすることにした。
丸一日聖地巡礼して、帰りは特急を使う。あぁなんたる贅沢、駄目の極致!


結局、18時過ぎには浅草経由で宿に帰投。なんだかんだで、5時間ぐらい余裕で
掛かってしまったような気がするプチ旅行となった。その大半は移動時間だが(汗)

帰還後、宿に戻っていた各位と一緒に、近所の飯屋で酒を飲みつつ夕飯を食う。
なんかもう、この時点で何もかもが終わったような錯覚すら覚えてしまったが、
私の本番作業は明日(最終日)なのだ。気を抜かないようにしないとね。

宿に戻ったら、服装を洗濯し、荷物を整理してから寝る。明日は早いぞう・・・


12/31

今日は、空調の調子がすこぶる良い。約束された勝利の安眠を貪ったのち、
予定通りの6時半ごろに起床。ひりひりと痛む目を目薬で落ち着かせたら、
部屋の中に散らかっている荷物と洗濯物を取り込む。初日に洗濯した下着類は
案の定、乾いていなかった。風呂場の乾燥機が強いホテルってなかなか無いなぁ。

ともかく、生乾きではあるものの、これで発酵する心配はない。コンビニ袋に
古い服を詰めて鞄の下に移動し、下のほうから新しい服を出してきて着替える。
歯を磨いてニュースをチェックし、窓の外を見て懸念事項は全てクリアである
ことを確認したら、部屋を出てチェックアウト。ロビー前の PC で遊んでいた
タケル氏と合流し、本日の労働力『あさい一号』を待つ。そろそろ電話したほうが
いいかなぁ〜と思い始めたジャスト7時半頃、ヌッと姿を現した獲物。鹵獲。


タケル号に荷物を放り込み、出発。晴れた空からは、今日もまた黄色い光が
斜めに差し込んでくる。道中のコンビニで朝食/昼食を調達しながら、移動。
タクシーが目立つ勝どき橋を渡り、埋立地の道路ををどんどん直進。まもなく、
指定されていた東臨時駐車場が左手に見えてきた。8時前後というのに、
こちらの駐車場はまだ空きが目立つ。駐車場まで確保するダミーが多いとは
思えない(割高だしね)。純粋に、もっとギリギリの時間に慌ててやってくる
サークル参加者が多いのだろう。気持ちはわかる。そろそろ疲労も溜まる頃。

指示された場所に停車したら、荷物を降ろして台車に積み込み。大きな箱が数個。
前回 or 前々回ぐらいと比べると、少しスッキリしてる感じがある。高効率だね。
コンパクトにまとまった荷物を押しながら、会場となる東ホールへと向かう。

駐車場を出てすぐの横断歩道を渡ると、そこは東ホールへの入場口がある。
日本中の欲望が行列をなす駐車場と、日本中の妄想が鎮座するホールの境目。
一般入場者とサークル入場者は同じ入り口から入り、まもなく現れる関所で
それぞれが生きるべき場所へと漉し取られていく。サークル入場口として
指定された右側に向かって折れつつ、一般入場列として指定された左側を見る。

・・・黒い。ひたすらに黒い。黒髪の戦士達が放つ黒い欲望がぐつぐつと煮え滾り
もう爆ぜる直前のポップコーンのようにざわざわと緻密に動いている。まさに、
艦船上でノルマンディー上陸開始命令を待つ連合軍の兵というべきか、それとも
霧深い夜陰に乗じて中ソ国境突破を狙う極東のソ連歩兵師団というべきか。


あらゆる光を遮り世界を暗闇の恐怖に陥れる暗黒星雲を尻目に、宇宙船タム号は
目的地ト03bへの航行を続ける。まもなく現れたのが、宇宙警察コミケスタッフが
管理するゲート。コミケ序盤戦における血液脳関門とでも言うべきここで、
サークル参加者は、サークル参加証(謝肉祭のプラチナ・チケット)という
数ヶ月に渡る苦労を封筒の中から見つめてきた血の契約を代償に通過。


建物に近づいたら、場所をチェック。幸いなことに、北側の建物の中のようだ。
膨大な量の人で溢れかえる建物内に突入し、スペースへと正確に着弾。よっし。

到着したら、2名の協力を得て手早く設営を開始する。いつものことながら、
このへんの事前シミュレーションが不足していて、試行錯誤で手間取ってしまう。
スペース運営に便利な道具の準備なども不足気味。ちょっとした小道具を入れておく
小さなぶら下げ式の箱とか、受け取り/支払い代金をうまくまとめられるような
コインホルダーなど。そのうち、100円ショップなどで調達しとかないとだな。



ドタバタしながら準備をしているうち、目の前の太い島端通路の軸方向に沿って
人間プログレスバーのような太い行列がどんどん延びていく。一定量溜まってくると
それが外周行列となるべく、ファランクスが押し出されて広い(本当に広い)空間が
戻ってくる。スペース内で黙々と作業をしている人間にとっては、時計代わりになって
ひどく便利・・・なのだが、一般入場列の前のほうに並んでいる人にとっては
とても許しがたいものだろう。これだけの膨大なサークル入場者が
あらかじめ場内で行列しちゃってるっていうんだから。
大人って汚いよね。あぁ汚いさ、とても汚いのさ。


そんな動きを眺めながら手を動かしているうち、こちらの設営も完了。忙しくなる前に
最後のエキゾーストノートを有明にて轟かせるべく、最近傍のトイレへと移動。
いつもは「どこの有名作家のスペースですか」と聞きたくなるほどに長い
東館トイレ行列だが、今日に限っては少し短めだった。また、扉で仕切られた
個室内に入っても、臭いが全然マシ。いつもの、あの(検閲により削除)な臭いは
どこへやら。やはり、行列の短さといい、臭いの篭り具合といい、今回のような
和式トイレに一日の長があるということだろうか。和式こそ最強、和式マンセー!

トイレから戻ってきて、回りを観察しながら少しマターリ。微妙な緊張感の漂う
開場前のこの時間帯。じっと待っているのも勿体無い・・・と思っていると、ふと
脳みそのしわの奥のほうでピキュッと弾けた記憶が1つ。そうだそうだ、今回は
うめきちさんのご尊顔を拝しに伺わねば。。。はるか遠く、草の根 BBS Willow's+ で
競うように絵をうpしていた(といってもその当時からうめきちさんは達人であり
敵う相手ではなかった)のは早くも 10年前のこと。よくよく考えてみれば、
その頃から一度も直接お話をしたことがない。あぁ、なんたるオンライン人生。

新刊1冊を片手にスペースを抜け出し、近傍にあるうめきちさんのスペースへ。
変にテンション上がっていて挙動の怪しい私を、どことなく不審な顔で見つめる
うめきちさん。そりゃそうだ、たとえば初対面の相手に『兄さん!僕が、産まれて
すぐ生き別れになった弟だよ!』などと言われても、”こんなにかわいい子が
女の子のはずがない" というキャラクターでもなければ、まずは間合いに
入った瞬間に立ちスクリューに吸われて大ダメージを食らうレベルがオチだ。

結果、どことなく空回り感のあるままで、その場を離れる。一生の不覚。


そんな感じで時を過ごしていると、やがて 10時がやってきた。戦線は開かれた。
買い手として飛び出していった2名を見送り、がらんとしたスペースに座る。

最初の 10分ほどは、目の前の太い通路にどっしりと腰を据える空気を前に、
外周通路を忙しく走り回る膨大な黒い粒、すなわち人間を遠くに眺める状態が
続く。両隣の人も、向い3軒の人も、誰もがヒマな状態。あー、この 10分間が
待っている側としてはとてももどかしい。今回の選択は成功だったのか、失敗
だったのか。見向いてもらえるのか、もらえないのか。不安が交錯する。

その後、外周での買い物を終えたと思しき人たちが少しずつ内週通路へと
流れ始め、その中の数名の方々がこちらのスペースに立ち寄って下さり始める。
見本誌は置いてあるけど、中身も見ずにほとんど指名買い。逆の立場でいうと
本当に気に入っている作家さんの場合、自分はこういう買い方をするわけだが
そのように考えて、ちょっとは増長してしまってもいいのだろうか。ドキドキ。
10時15分の時点で、販売数は 5冊。出足としてはまずまずな感じ・・・かな。


やがて、30分ほどが経過。行列ができるほどでもないが、絶え間なくやってきては
新刊と既刊を買っていって下さる人々。2年ほど前は、中をチェックしてそのまま
置いていかれる率も結構高かったが、今回はチェック後の reject 率が相当低い。
中を見たあと、ほとんど購入していただけている状態。ジャンル選定の「アタリ」
もあろうが、ちょっとは成長したと考えて、増長(後略)。夢中で正の字を書き続ける。
10時30分の時点で、販売数は 25冊。うたわれ効果が消えた前回と比べても、
明らかに伸びがいい。このジャンルは、今確実に生きている。強いジャンルだ。

ほどなく、買い物を終えたタケル氏が戻ってくる。助かった。受け渡しから
清算まで一人でやってると結構大変なのだ。連日の作業で疲れているであろう
タケル氏をそのままスペースに立たせ、更に酷使する。ひどい友人でごめんよ。


金庫のようなものから千円札が溢れたりする恥ずかしいトラブルを乗り越えつつ、
音を立てて内週通路へと流れ込んでいく人々の流れの一部をちょいと引っ掛ける
ような形で、我々の販売部数も伸びていく。たくさんの人々が訪れてくれる。
KIOSK で朝刊を買っていくサラリーマンのように慌しく去っていく人もいれば、
サイト見てますので頑張ってください、と一声掛けてくださる人もいる。ずっと、
別に誰のためというわけでもなく、ただ内なる自分から核分裂時の放射線のように
不定期に放たれる自己顕示欲であるとか『王様の耳はロバの耳』的な消極的発散とか
そういったものに従ってただヌルヌルとネットの海の底で蠢きながら 10年間ほども
生きながらえてきた、その結果がジワジワと現れてるのだなぁと思うと、さすがに
非常に感慨深いものがある。継続は力なり。誰の言葉だろうかな。重みを感じる。

その後も、訪問者の流れはあまり絶えずに続く。男性もいれば女性もいる。
互いの性に基づく根源的な嗜好の違いにより、本に求めるものが違っていることは
理解しているだけに、いったいどの点がお気に召されたものか聞いてみたいような
気もした。例えば、男性の立場からすれば、女性の本は「線の先端に至るまで
繊細な絵柄」「明確な余白やコマ割り、効果トーンを活かして丁寧に描かれた
『空気』の流れ」「細かなうつろいをしっかり追った心理描写」などに、自分らに
無いものを感じて惹きつけられるわけだが、逆に女性から見た男性の本の魅力は
一体何なのだろうか。飲み屋で焼酎でも呷りながらじっくり聞いてみたい。

そのうち、いつものようにしもふり氏や了さんらも来訪。しもふり氏はそのまま
スペース内に取り込まれ、仮釈放もなく売り子補助扱い(?)ここは有明番外地。
了さんは、超有名処の同人誌を差し入れに持ってきてくださった。うっあー、
中身を読んで凹む。大いに凹む。この「マンガ」としての上手さは何なのだ!?
画力は当然の要件としてちょっと置いといて・・・テンポの良さか?そうなのか?
やっぱりもっとマンガを読まないといかんね。よりよいマンガを描くためには。


慌しく販売を続けた結果、11時半には新刊 120部、続いて 12時には既刊 60部が
あっさりと完売。・・・えー!?予備として見込んだ数も全部出てしまった YO!
ちょwww完全な見込み違いwww 先日のなのフェスといい、なのはジャンルの力は
放送が終わった今でも今だ衰えず、私のほうな泡沫的ファンでは推し量れない
レベルにあることを思い知らされる。実際、物語として眺めてみても非常に面白く
特に StS あたりは、我々バブル後の中堅社員世代の人間が丁度行き当たってきた
いろいろな状況に符合するものもあり、多大なる感情移入なしには見れない作品。
作画の崩れ方(?)も同人的にはちょうどいい按配であるのが、盛況の要因か。

ともかく、なのはジャンル系の本が完売してしまった後は、既刊を売るしかない。
この時点でジャンルコードは 200 から 609 状態へと変化する(笑)昼頃から
来てくださった方は、「なんだこりゃ?」という感想を持たれたことだろう;


ちょっと買い物に出かけたり、蒼い風さんや涼香さんとお会いしたり、
頼まれたスケブを仕上げたり、イベントならではのヲタク・タイムをエンジョーイ
しているうち、やがて 16時が訪れ、閉幕となる。いや、もう、今回については
これ以上ない結果になったと思う。この幸運が何度も続くものか、そうでないか。

1クール終われば吹く風も変わる。
前回コミケも、今回コミケも、次回コミケも、
流行り廃りが速すぎて見えない。
だからこそ、切れぬ絆を求めて、
褪せぬ愛を信じて求めて。

次回「急変」。変わらぬ愛などあるのか。


もはや何故苦労してヲタク祭りに参加しているのか理由が誰もわからなくなった
世界規模の百年戦争「コミケット」。島中の俺たちはまさに『ボトムズ』だ。


各位の協力を得て、手早く撤収。軽くなった段ボール箱を台車に載せ、会場から
脱出。方位を見失いつつも、東臨時駐車場へと移動。既に、多くのサークル参加者が
抜け出した後のようで、駐車場は空きが目立ち、がらんとした感じがあった。寒い風も
吹き抜けない暖かな年末の空の下、タケル号のところまで戻り、荷物を積み込む。

この後の予定は、上野の宿まで一旦タケル号で戻り、そこでクルマと荷物を置いたら、
新橋付近で開催される某打ち上げへ電車で移動。現在時刻は 16時過ぎで、新橋到着が
18時予定だから・・・ちょっとキツいな。どれぐらいの遅刻で済むかが勝負か。

エンジンを始動し、ゆっくりとした足取りで駐車場を出るタケル号。昨年の暮れは
ここでものすごい出口渋滞に巻き込まれたものだが・・・今回は、開場前交差点から
遠く離れた東臨時駐車場に配置されたことが幸いし、出口渋滞の長さは 0m。
まだ赤さの残る夕日に照らされたビックサイトロンのボディ(西館)を尻目に
有明を出発し、東雲経由で晴海通りへ。その後、どこをどう通ったのやら
判然としないが、ともかく市街地へ入り、昭和通りを上野に向けて北上。


さて、本日最大の関門は、この付近で駐車場を探すことだ。昨年とおなじく、
宿の駐車場なんてものは確保できなかったので、近くで格安なガレージを探す
しかない。上野を過ぎたあたりで、駅と反対側に広がる市街地へと入り込み
裏通りの中に点在するガレージを探して彷徨う。どうやら、この辺のガレージは
住宅街の中の建物を取り壊したあとに作られた小さなものが大半のようで、どこも
駐車台数が4〜5台程度。しかも、そのぐらいしかキャパがないので、ほとんど
埋まってしまっている状態。通りに交差する路地を通過しながら眺めていく。

暗闇に沈んだ住宅街の奥に、時折現れる「P」の文字。だが、気づいたときには
もう遅い。交差する道路を通過する時間は一瞬だ。刹那に、闇に消えていく看板。
額に流れる汗。いつ現れるか解らない「P」の看板を見逃さないよう、集中。
激しい緊張感に苛まれ、喉が渇く。ぬるい汗が顔を伝って滴り落ちる。

だが、無限にも思える時を費やせど、適当なガレージはまるで姿を現さない。
ここで我々は作戦を変える。台東区役所付近を、まだ探索範囲に含めていない。
浅草通りより南側をくまなく調査していた我々は、以前適当なガレージを見つけた
この付近の探索を一旦諦め、清洲橋通りの北上を開始。浅草通りを通過し、すぐの
信号を左折。台東区役所を目指す。そこに答えはあった。曲がってすぐの所に、
まだクルマで埋まっていないガレージを発見。値段を見ると、一泊 800円程度、と
とてもリーズナブル。これはあまりにも有利すぎる条件ッ!罠がないか慎重に
確認・・・だが、これは罠ではない。同人の神様からの、最後のプレゼント。
ありがたく頂戴し、ここでタケル号を停泊。ホテルまでは数百m。超近所。


宿泊予約マスターであるところのあさい師匠が選んだ宿は、「ホテル福屋」という
なんとも縁起のいい、上野駅直前の宿。宿に入る直前で、このまま京都まで戻る
しもふり師と別れる。年末ぐらいは実家に帰らないと・・・ということだそうだ。
いや、彼は本当に親孝行で、いい息子さんですよ。残留するのは親不孝組。

親不孝5人組は、そのまま宿に移動。チェックインを済ませたら荷物を置き、
時計を見る。ええっと・・・17時45分過ぎ・・・か。ちょい遅刻か!残念!
18時から開始予定の打ち上げ副主催者(?)の蒼い風さんに、遅刻を伝える
メールを一通だけ入れたら、宿を出て移動開始。駅近くなので便利だな。

上野から新橋だから、山手線で数駅程度。2007年も残り6時間を切ったという状態で
まさか都内の電車に揺られるような日が来ようとは夢にも思わなかった。なんだか
とても不思議な気分だ。昨年の下半期に蒔いて育ててきた種が目を出して結実し、
それなりの成果を上げたことを看取って腑抜けとなりつつあることを自覚しつつ
派手な電飾で身を飾ったビルの間を抜ける電車に揺られ揺られ、新橋へ。


新橋の駅を降りる。駅前の装いは、既に迎春ムード。昨日来たときとは、ちょっと
雰囲気が違うなぁ。白い光を放つ汽車の横を抜け、会場に向けて歩く。なんだかんだで
あらかじめ新橋付近を彷徨っておいたお陰で、この辺の地形は頭に入っている。
出発前に見ておいた地図を脳内でスクロールさせながら、会場に向かう。

・・・結局、駅前の繁華街を抜け、閑散とした大型ビジネスビルばかりが目立つ
雰囲気の日比谷通りを(場所を間違えたかと不安になりつつ)しばらく歩き、
会場に到着。入り口に受付がないビルなので、何処に行けばいいのやら。
蒼い風さんに連絡を取り、ようやく場所が完全に判明。若干遅刻で合流完了。


雰囲気は、まさにオフ会だねぇという感じ。お互いに顔もしらなきゃ名前も知らない、
知っているのは相手の HN と絵柄ぐらいってなもんだ。探りあいっぽい雰囲気が、
十数年も忘れていた「近くて遠い人たちの集まり」感覚を思い出させる・・・!。

しばらく待つと、ようやく乾杯の音頭が響く。さぁー、とりあえず飲もう。もう、
俺の戦いは終わった。あとはただ、出汁を絞りつくした残り滓であるこの体に、
新しいビヰルを沁み込ませ、次の半年の戦いに向けてゆっくりと休ませるのみ。


・・・正直、このビヰルはよく効いた。数名の方とお話をさせていただいたはずだが、
その記憶はとても曖昧で、CLANNAD における風子のように薄れ消えやすいものだった。
打ち上げ会を終えて部屋に戻る途中、確かに、手元に数冊の本があったのだが、
果たしてこれがどういう経緯で入手されたのか、どうも綺麗には思い出せない。
なんて失礼な話だろうか。やっぱり、酒は寝る直前にしか飲んだらいかん。


会場からの帰路の途中からは、Myレバーが一気に稼動したようで、記憶は鮮明だ。
最終の新幹線で地元に戻る涼香さんをみんなで見送ったのち、親不孝5人組は
上野駅まで戻り、改札内のそば屋へ入る。そうか、今日は年末だったのだね。
残留するアルコールで麻痺気味な小脳の働きでコップの水をひっくり返しつつ、
適当に注文した年越しそばを食う。よく、関東の蕎麦は関西人には云々などと
言われるか、私は、関東の蕎麦は旨いと思う。特に、関東を通り越して東北まで
行くと、蕎麦は絶品に旨くなると思う。甘めの出汁は、疲れた体にちょうどいい。

宿に戻る。コンビニで買出しを終え、少しマターリすると、ほどなく新年。
あぁ、いろいろあった 2007年よ、さようなら。そして、2008年さん、こんにちわ。



その後、今後に向けて勢いを付けるため、あさいさんとお題絵を描きつつ寝る。
とてもダメ人間絵書きらしい年末のひとときを過ごすことができ、満足。

寝る直前に、携帯をチェック。コミケ会場で輻輳がひどいため送信を失敗していた
数通のメールが、未送信のまま残っていた。あれ?自動再送信しないのか、910SH?
・・・この機種、カメラ以外の機能は本当に全然ダメットさんだなぁ・・・