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Cappuccino 日記(2008/06)

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6/1

今日はいよいよ、京都高速新十条線の開通日。開通は 17:00 からだが、それまでの間に
新十条線のほぼ全体を構成する稲荷山トンネルで、トンネルウォークというイベントが行われる。
それが何かと問われれば、読んで字のごとく「トンネルをウォークするイベント」と答えるなり。

新十条線のほとんどを構成する稲荷山トンネルの長さは 2.5km。低い鞍部の少ない山々を力技で一直線にぶち抜く
トンネルとしてはよく見るような規模であり、決して珍しいものではない。例えば、京滋バイパスの宇治トンネルは
国道1号線トンネルでは最長の 4.3km。珍しさ/規模ともに、近郊にあるそちらのほうが遥かに各上の存在である。

それでも、僅か 2.5km のトンネルを徒歩で往復するイベントに行ってみたいと思ったのは、これが起工から約 13年、
取り付け道路の改良工事からすれば 20年を越える・・・つまり、山科区民にとっては空気と化してしまった感もあるが、
それでもこの地に巡ってきたセカンドインパクトには違いない、大型幹線道路の完成記念イベントだからである。
(ファーストインパクトは、もちろん名神高速開通と京都東 I.C. の設置。ちなみに、名神起工の地は山科である)


事前に確認した情報によれば、トンネルウォークの営業時間(?)は、10時から 12時半までとなっている。
なるべく早めに行って、ゆっくり楽しむことにしよう。9時に起床し、メシを適当に済ませたら、自宅を出発。
周辺に公式な駐車スペースなどは存在しないので、散歩を兼ねてぶらぶらと徒歩で向かい、10時半前頃に現地に到着。
10時からオープニングセレモニーが行われると聞いていたので、それを避けるべく、到着時間を遅らせたわけだが、
この時間においても、まだセレモニーは終わっていなかった(汗)そのせいか、トンネル入り口前はすごい人だかり。

とても分厚い人の壁の向こう側で、小さな風船がぱらぱらと飛び上がっていくのが見える。音は聞こえてこない。
そんなものを見ていてもしょうがないので、人影も疎らな I.C. の入り口側ゲート付近をうろうろし、滅多に見られない
I.C. の設備を片っ端から観察だご主人!普段ならば止まることもなく行き過ぎてしまう ETC アンテナを見上げたり、
開閉バーの付け根の構造をじっくりと観察したり。とにかく、予想していた以上に I.C. のゲートは複雑な構造だ。



中央にある白い ETC アンテナの左右には、小さな光学センサのようなものが見える。上の表示器は進入可否を示すらしいが
本ゲートの手前にもう1つ、進入を止めるためのトラ縞バーが存在し、そこにも×印の表示器がついていた。どっちかが
あればそれでいいじゃない、という気もするのだが、これもまた安全のためということで、多重に設置してるのだろう。



開閉バーの付け根はこんなに重厚な構造。重量物を支えるわけでもないのだから、もっと簡単にできそうなものだが、
非常に頑丈そうな関節部を備えている。これもまた、ゲートのコスト高の原因の1つだろう。それにしても、共用前の設備は
灰色の塗装もぴかぴか輝いていて、実に綺麗だ。最近はずいぶんとマシになったとはいえ、ディーゼルの PM によって、
すぐにザラザラのガビガビなマット加工状態の表面になってしまうのだろうな。なんか、もったいない気もする。



非ETC で乗り継ぎが必要な場合は、事前に言っておかないとダメとのこと。確かに、出口ゲートは存在しないから
入り口で券を貰っておく必要があるのだろうが、阪神高速慣れしていない山科以北の住民の中には、券を貰い忘れて
乗り継ぎしようとしてもできずに、結局のところ無駄金払わされることになる人がけっこう出てきそうな予感。



ひとしきり観察を終えたのち、トンネルの入り口付近を埋め尽くすほど濃密に集まっている人たちの姿を見る。
このトンネルに関係する出来事全てを長いこと見続けてきたであろうジイさんバアさん、若い頃に始まった工事を見て
山一つのために市内と激しく格差のある交通の便が一気に改善されることを期待していたであろうオジさんオバさん、
いつできるんだろうと思っているうちにいい年になってしまった私ら世代、そして、トンネルがあることを当然として
この京都で生きていくであろう子供達。いろいろな世代の人たちが、ここに集まっている。「道」は、本当に凄い。
ただ、人やモノが通過できるようになっているだけの平坦地であるにもかかわらず、それはまるで生命を持つかのように
生まれ、栄え、老い、無くなり、そしてまた新たに生まれる。道は文明と共に栄枯盛衰を繰り返し、生きていく。

という前置き(?)はいいとして、これは実にとんでもない光景だ。だって、この人たちはこれから、トンネルウォークという
往復 5km を越える地下道の散策に出かけるわけなんだが、その間はずっと、コンクリートの壁だけを見て過ごすことになる。
老人や大人はいいさ。体力の許す範囲で、好きにすればいい。だが、問題は子供だ。だって、トンネルだぜ?この中には、
面白かったり美しかったりする景色なんて全く無いわけだ。ただただ歩くだけ。子供に我慢できるかな?
(だが、これは杞憂であった。途中、へばったり泣いたりしている子供を見かけることはなかった)


しばらく外でボーッとしていると、やがてコースオープン(?)。電界を掛けられた高粘度の電解質のように、ずるずると
流れていく人の群れ。そのうち人の数も減るだろうと思ってずっと観察していたものの、なかなか減る様子もない。
油断していたが、背後にある交差点を越えて新たにやってくる人たちも大勢いるようだ。待ってても無駄か。進もう。



明るい灰色に照らされたトンネルの中に入ると、体感温度はみるみるうちに低下していく。あれだけ大量の人が通過した後にも
関わらず、トンネル特有のヒヤリとした空気が周囲を包む。岩手の鍾乳洞に入ったときのことを思いだした。あそこも寒かった。
昔の人は、氷を保存するため、洞窟の中などに雪を貯めたそうだ。経験からそうしたのだろうが、実に正しい判断と言える。


人のざわめきがギンギン響いてくるトンネルの中を進みながら、トンネルの所々に存在する、管理用の真新しい設備をチェックする。
それにしても、高速道路のトンネルの中を歩くのは、およそ7年ぶりだろうか。あの、悪夢の北陸道・敦賀トンネル通行止事件以来だ。
あの時は、陰鬱な灰色と橙色に染まった毒々しい空気の中を、煤煙にやられた目から涙をだらだら流しながら歩いたもんだ。
あのときの恐るべき経験によるトラウマもようやく薄れつつある今は、単なる遊びとして、快適にトンネル内を歩いている。
トンネルとは本来安全で、楽しい(?)ものなんだ。稲荷山トンネルは空気も綺麗だし、照明だって白色で美しいさ。



早速ヒビなんか入ってるみたいなことが天井に書いてあるけどキニシナイ!


先ほど見たとおり、トンネルウォークに参加している人の量は結構多い。隙間を見つけては追い越し追い越し歩いていると、
やがて、両親を見つけた。ああ、こんな先に来ていたのか。もっと後から来るもんだと思っていた。途中から合流して歩く。
齢 60を数える両親に合わせてペースを落とそうとしたが、なかなかの健脚。むしろこちらが置いていかれかねないペース;

トンネルの中には、ときおりイベントスペースが用意され、人が鈴なりに群がっている。特産品の即売であるとか、パネル展示とか。
ちょこちょこひやかしつつも先へ進むと、やがて左手側に、特大の団体がいるのを見かけた。いったい何をしているのかと思えば、
みんなして非常口の中を覗き込んでいる。ふふ。おまいら、この中の構造がどうなっているか知らんだろう。俺は知っている。
そこは、地獄から抜け出す唯一の道。現世への往還。すべての生物は死に絶え、色彩すら奪われた空間。だが、これは唯一の、
希望へと繋がる脱出路。知らぬ人は知らぬまま、一生を終える存在。だが、それでいい。あの道は、活躍しないほうがいい。


黙々と歩き続け、さらに先へ進む。向こう側から戻ってくる人の数を含めると、人の総量はまったく減っていないようだ。
みんな、この長い行程、くじけず頑張って最後まで歩いているようだ。きっと、涼しいから最後まで歩けるのだろうな。

やがて、先のほうの道路がしなりと曲がって持ち上がり、その先に明かりが見えてきた。出口だ!意外と早いなぁ。




まもなく、明るい陽光の降り注ぐ地上に脱出。工事中で舗装すらされていない斜久世延長区間を眺めつつ、左下に抉りこむ導入路を経て
鴨川側のゲートへ。こちらは、ETC レーンと一般レーンが各1つずつ。ETC レーン×1+一般レーン×2 を擁する山科側のゲートとは
えらい規模の違いにも見えるが、山科側ゲートは、京都高速の末端である。そりゃ、いくらか立派でも罰は当たるまいて・・・。

鴨川側ゲートを出たら、あとは長い長い左カーブを歩き、十条通りの取り付け口まで。歩いてみるとわかるが、カーブには
かなりきついバンクがついている。走行すると丁度いい按配になるのだろう。しかしこれ、ものすごく立派なランプウェイだな。
これを作るだけで、ものすごい費用かかってね?もっと普通に、最短距離で十条通りに接続すればよかったのでは・・・。

十条通り側の取り付け口には、花き市場がある。ここのガレージに到着したのは、山科側出発からおよそ 50分弱というところ。
写真撮影しながらだったとはいえ、せいぜい 3km の道のりを 50分ってのは遅いよな。4km/h 弱の歩行速度か。衰えたな、俺。




一休みしたら、復路に挑戦。復路も、往路と同じルート。本来の京都高速は、東行きと西行きは別々のトンネルになっているのだが
今日のトンネルウォークでは、東行きのトンネルしか歩かせてもらえない。おそらく、本日 17時から開通するということなので、
コースクリアにかかる時間のことを考えてのことだろう。トンネル1本分をクリーンアップするだけで精一杯なんだろうね。

というわけで、特に目新しいものはない。相変わらずの人出で賑わうトンネルの中を、タイムトライアルよろしく全力で歩行。
トレーニング不足につき足がだんだん棒になっていくわけだが、それもまた快感。トンネル出口に施された光学減速迷彩にも
気づかない勢いで、一気にトンネルを抜ける。到着までの時間は、およそ 40分弱。よし、当初目論見に、だいたい近い値だ。
というのは、先ほども書いた「悪夢の北陸道」事件で、毒ガスの篭ったトンネルを抜けて雪の杉津 P.A. に入ったときに、
およそ 40分ほどで、約 3km の敦賀トンネルを抜けた記録があるからだ。少なくとも、それよりは早いはずだという理屈。

トンネルを抜けたら、もう 12時半。もう一往復する元気もないので、これにてトンネルウォークは終了。楽しかったー。帰宅。



昨日からずっと続いている時空管理局ラジオ24時間スペシャルを聞きながら(って、既に 30時間スペシャル状態に突入中)
カプチーノ弄り。トランクルームランプ配線の修正は終わったので、続いて、ルームランプに電力を供給しているレギュレータ
モジュールを取り外して分解し、+5V 出力配線と、+12V 常時出力配線を引っ張り出す改造を実施。カプの電気回路図を見ると、
ルームランプもマイナススイッチング回路になっているので、プラス側配線からは 15A ヒューズを経由した常時電源が得られる。
+5V 出力はルームランプ用、+12V 常時出力はトランクオープナ用電源として利用するため、トランクに送る。そのための改造。
いずれも電源関係の配線ということだから、ショボい取り回し処理をしたら車両火災一直線。たかが配線、されど配線。
配線を笑うものは配線に泣く。注意一秒怪我一生。きっちりと絶縁/防護処理を考えて配線を作る。

レギュレータの改造を終えたら、あとはトランク内の配線接続だけ。既に、何ヶ月も前に LED 照明設置は完了しているので、
リアバルクヘッドを抜けてきた配線との間を接続するだけ。ただこれだけの工事に、いったいどれだけの時間がかかったのやら。



というわけで、永らく暗黒に支配された地であったトランクにも、ようやく文明の灯りがもたらされたのであった。
LED1つだけだが、半値角が 100°なので、トランクほぼ全域を照らすことができる。

照明のコントロールだが、電源を取ったところからも推測できるとおり、現時点ではルームランプ連動となっている。
多くの人は、トランクルーム内の独立スイッチとか、または傾斜センサーなどを使っているようだが、どうにも面倒なのと、
確実に消えていることを目視確認できないのは不便、という理由(また、傾斜地に止めないという保証もないし)により
このような設計とした。ルームランプを点ける手間はかかるが、どうせ、トランクを開けるためにドアを開けるわけだし。

こうして、ようやく設置が完了したわけだが・・・実際に点灯させてみると、LED に流れている電流が大き過ぎるようで、
輝度だけでなく、発熱もかなり大きい。ついでに言えば、ルームランプ連動にしてあるため、車室内照明だけが欲しい時でも
常に、無駄に大きな消費電流を流すことになる(レギュレータ入力で約 250mA)わけで。勿体無いし、電流を絞ろうかな。


そんなことをしているうち、時計の針は 19時を回った。さぁ、そろそろ良い頃合かな・・・ということで、今度はクルマで
稲荷山トンネルへと出かける。ETC 通勤時間帯割引が効いているうちに通っておこうという寸法だ。一応、ご祝儀混雑ってのも
考えてこの時間まで待っていたわけだが、そんなものは心配無用だった。トンネルの入り口に差し掛かったところで、
同行するクルマは1台もない。ETC ゲートを通過したあと、制限速度ぴったりの 60km/h でゆっくりと走ってみるが、
追い上げてきたクルマは1台もない。鴨川東 I.C. で折り返したとき、たまたま先行車が3台いたのだが、そこそこの速度で
すっ飛ばしていく車両を無視して 60km/h でゆっくりと走ってみたところ、追い上げてくる車両はまたも0台だった。
ああ、初日(しかも、日曜日の夕方)であってもコレだ・・・この先いったいどうなることだろうか。危惧が当たりそう。

だが、阪神高速道路(株)と京都市の偉いさんが無責任かつ適当に決めた結果への心配はさておき、高速道路の威力は絶大。
京都市内までの往復が、せいぜい 10分少々で完了できてしまうのだから。便利な道路には違いない。本当に、値段さえ
安くなったら、もっとみんな利用する道路になると思うんだけどなぁ・・・惜しいよ・・・実に惜しい・・・


6/4

ともかく、せっかく高速道路もできたんだし、ORSE のらくらく導入(助成)制度を使って ETC 車載器を調達して
EP82 に付けてやろう・・・とか思って楽天をチェックするが、つい先日まで大量にあったはずの助成有車載器の在庫が、
ことごとく売り切れになっていた。なぜかと思って調べたら、現在実施中の助成制度が、期限まであと二ヶ月を残して
終了条件(20万台に助成)に届きそうな状態だかららしい。なんてこった。まさか、こんなに早く売れつくしてしまうとは。

手に入らないとなると、無性に手に入れたくなるのが人間の性だ。必死に調べてみると、1台だけ在庫が見つかった。
うーん、どうしようかなぁ。値段は \6.7k で、結構お高い。パナの分離式だったが、もう少し調査してみると、ほぼ同じ値段で
パナの一体型なら普通に買えることが判明。それだったら、何も今あわてて購入する必要はないか・・・次の助成まで待とう。

で、昨日の日記に書いていたトランクルームランプの減光対策だが、手元にあった 10DD1 を使うことにした。
これを1本、直列に入れると 500mA → 320mA、2本入れると 500mA → 180mA まで電流を減らせることが実験的にわかった。
180mA まで絞るとかなり暗くなるものの、実用上はあんまり問題ない程度(ルームランプとほぼ同程度(汗))だし
レギュレータの1次側電流も 90mA 程度まで下がるので、かなりいい感じに思える。ただ、もう少し明るさが
欲しいときもありそうな暗さではあるので、スイッチによる切り替えをつけておこう。作戦を考える。


6/7

スイッチによる減光切り替え機能追加作戦。ルームランプモジュールを取り外し、電流切り替えスイッチを増設する。
ジャンク箱を漁ったところ、ちょうどいい片跳ね返り式のトグルスイッチがあったので、これを仮設置した。

しばらくの間これで運用し、最適な光の強さを調査する。最適な強さが決まり次第、配線を固定してスイッチを外す予定。


6/8

特にそういう予定はなかったのだけど、ふと思い立ち、カプチーノのエバポレーターの徹底清掃を始めてみる。
まぁ、もう車齢16歳だからね。こまめに手入れしているとはいえ、快適装備もそろそろ C整備が必要なのさ。

ところで、エバポレータの分解方法について記してあるページは、何故かどこにも見つからない。しかし、どうも
そういうことをやったことがある人は居る模様。つまり、物理的は可能なんだけど、やり方はわからない。
まずは慎重に調査を開始する。ヤフオクで売られているエバポレータの写真を見て、全体の構造を確認。
パーツリストも見てみるが、こっちはなんだか変に複雑すぎて、構造理解の役に立ちそうにはない。


結局、できる限り集めた情報によると、エバポレーターは上下に2分割できるし、その間は、クリップのようなもので
固定されているらしい。とりあえず、グローブボックスを外してエバポレータを観察する。前から見るエバポレータは
複雑だが、確かに、グローブボックス下端付近の高さに走っている分割線の間をまたぐように、クリップが4個ほど見える。
さらに、分割線の間には、ツメによる固定と思しきポイントが3〜4箇所ほど見えている。これを全部外せばいいのか。

引き続き、外せるものをどんどん外す。まずは、エバポレータ前面にくっついているエアコンアンプ。これは、
コネクター2個を外すと外せる。エアコンアンプの足自体が、エバポレーターの上下を固定するツメになっているので、
マイナスドライバーなどでツメを押しながら外す。つづいて、外気/内気切り替えワイヤーを外す。エバポレーターの
横っ腹についている固定金具から、力技で外すだけ。ワイヤーの先端は、単に引っ掛けてあるだけ。ひょいっと取れる。

残るは、クリップだ。まずは指先のパワーだけで取れないか挑戦したが、こいつが、まぁなかなか頑丈なやつでの、
ワシの指先程度のパゥワーではビクともせんのじゃ。そのうち、不意に手が滑った瞬間に、クリップにツメをひっかけて、
その勢いで園崎当主のケジメ付けみたいな現象が発生して三日三晩苦痛に喘ぐ事になる白昼夢を見てしまいそうになったので、
パワープレイは断念。あらためて、ウォータポンププライヤーを使い、クリップの出っ張りを引っ張って外す作戦に変更。
これは、思いのほか上手くいった。指先の力だとまるでビクともしなかったクリップが、いとも簡単にポンポンと外れる。

こんな感じで、手前の固定部分は全て外れた。続いて側面。ECU と向かい合う面には、クリップが1つとネジが1本。
ネジは特に説明するまでもない。クリップだが、狭いところにあるので、必殺ウォーターポンププライヤーが使えない。
武器を封印された勇者ほど惨めなものはない。だが、プライヤーズが居なくッたって、ディバイディングドライバーがあるさ。
小さめのマイナスドライバーをクリップとエバポレーター本体の間の隙間に差し込み、えいやっと抉ってクリップを外す。
だんだん強引な手段になってきたが、幸いにも、クリップは非常に丈夫であり、多少無理してもなんともないようだ。


残るは、裏側のクリップとツメ。エバポレーターを下から支える金具を外し、裏側に手を突っ込んで状態をモーパイする。
結果、クリップは4つ、ツメは1つあることが判明。ツメはいいが、クリップ4つはかなりの強敵だ。だが、立ち向かうしかない。
クリップ4つは、端から端まで広範囲に付けられている。外側の2つはマイナスドライバー技が容易に効いたが、内側の2つは
結構きつい。それでもなんとか、外側に近いほうのクリップは、適当なドライバーの軸を支点としたテコを作ることで、
なんとか取り外せる。どうしようもないのは、ヒーターユニットとの接続口にあるクリップだ。ドライバーすら入らない。
しょうがないので、それ以外のクリップとツメを全部外したあと、エバポレータ下側のケースをぐりぐり捻って強引に外す。
「バチン!」という音と共に、どこかへと豪快に飛んでいったクリップ。たぶん奴は死んでいない。どこかで生き残っている。

ともかく、そうやって固定具を全部外してしまうと、エバポレーター下側のケースはあっさりと外れる。
あ、書き忘れていた。エバポレータ下側のケースには、ドレンホースがくっ付いている。これを外すのを忘れずに。



というわけで、長い戦いの結果、ようやくエバポレーター本体とご対面。16年ぶりにシャバの空気を吸った感想は如何かね?



おや、妙に曇った顔をしてなさる・・・というか、なんだこの埃!汚ねぇ!

普段からエアコン洗浄スプレーを吹き付けていた部分はそれなりだったが、スプレーの掛からない隅のほうともなると、
もうなんだかわからない埃がびっしりと表面を覆い、いかにも病的な様子を晒していた。へぇ、これみんな汚れなんだね。
これが黴?黴って言うんだろ?――ああそうだ。ペロは初めて見るんだな、エバポレータを。これがみんな、
汚れと黴ですっかり汚染されている 16年物のエバポレーターなんだよ、ペロ・・・

ああ、いやだいやだ(市原悦子調に読むと効果的)。これは掃除し甲斐があるわいさ。エアコン洗浄スプレー、パーツ洗浄ブラシ、
そして使い古しの歯ブラシの3名とともに、深宇宙に潜む暗黒帝王退治に出発だ!全面にたっぷりと洗浄スプレーを吹き付けたのち、
フィンの方向に沿って洗浄ブラシを動かし、埃を洗い落とす。ある程度汚れが落ちてきたら、武器を歯ブラシに切り替え、追い込み。
仰向けになり、アタマをグローブボックス下に突っ込んで小一時間ほど掃除を続ける。汚れがほぼ落ちたら、最後に、スプレー缶を
1缶丸ごと使い尽くす勢いで全開噴射。ものすごい量のアルコール(エタノール?メタノール?)らしき飛沫が濛々と舞い上がり、
顔にかかってくる。イテテテ!息をしていると、焼けるように粘膜が痛くなってくる。こ、これは強烈!暗黒帝王もイチコロだ!

痛い目に遭った甲斐もあって、エバポレータ表面の汚れは(完全ではないものの)取り去られ、綺麗なアルミ色が顔を出した。



剥がれ落ちた汚れを含んだ洗浄水は、下に敷いた新聞紙の上に溜まっている。
マジでドス黒いよ。大掃除の初期段階で雑巾を絞ったときの色に似ている。


エバポレーターの表面がある程度乾くのを待つ間、エバポレーターケース(と言うのか)の内側を綺麗に清掃する。
エバポレーター本体と違って、ケース内面はかなり綺麗だった。ただ、ケース内部に貼り付けられていたスポンジについては、
経年劣化のせいか加水分解のせいか、すっかりぼろぼろに朽ち果てていた。こりゃいかんなぁ。代わりになりそうなものが
在庫に無かったので、EP82 を借りてホームセンターまでひとっ走り。柔らかめのゴム板を購入し、貼り付けておく。

吸気方向制御板に貼り付けられていたスポンジについては、まだ寿命までは遠そうだったものの、水洗いして乾燥させた結果
変に止めを刺してしまったようで、ベタベタのボロボロ状態になってしまった(涙)もう一度買いに走るにしても、適当なスポンジは
売られていない。どうしようか考えた結果、すきま風を防ぐためのスポンジテープを隙間なく並べて貼り付ける方法で修理。

エバポレータケース内部の清掃と修理(?)が終わったので、あとは元通りに組み立てるのみ。組み立てる際は、分解する際と違って
特に難しいところはない。ホースや配線などを挟み込まないように注意しつつ、下側ケースを元の位置にはめこんで、クリップで固定。


最後に、内気取入れ口の表面、および外気取り入れ口とボディの間に、家庭用エアコンの表に貼り付けるタイプのフィルターを貼る。
内気取入れ口用は 17cm×19cm(実際の取り入れ口のサイズは 15cm×15cm)、外気取り入れ口用は 19cm×15cm に切り取って使う。
これでもまだ、3/4 ほど余っている。1年に1回交換するとしても、余裕で4年は持ちそうだ。これはコスパが非常によろしい。
気になるのは、外気取り入れ口の処理。ボディの鉄板との間にフィルタを挟んだが、もしかしたら、このせいでボディ側に
水が溜まったりして。埃の溜まり方を見る限り、水が通る場所じゃないと思うが、数枚の葉っぱが溜まるぐらいには外と通じている
みたいだし・・・そういう意味で、錆びる可能性は高いし、錆びてしまうと超厄介なことになる。外気フィルターは外しておくか?

なお、フィルターを貼り付けることによる風量への悪影響だが、特に無いと言ってもいいみたいだ。体感風量に変化はない。



京都高速メモ:

・買い物に行く際、入り口付近を通過した。出入りするクルマの数は、意外と多かった。使うヒト、結構いるのかな?

・山科側出口は下り坂開始点になっているため、トンネルから出てきたクルマがヘッドライトを付けっぱなしで赤信号待ちしていると、
対向車側の運転手はものすごく眩しい。反対側も同じことだろう。事故にはならんと思うが、ケンカにはなるかもしれない。


6/13

今日は、会社挙げての公休日。色々と緊張の続いたここ数週間に対して、褒美的に与えられた休日。
いや、実際のところは何か意味があると思うんだけど、職場の誰に聞いても、誰も「知らなーい」。

まぁ、意味なんてどうだっていいが、休日は有効に使うべきだ。家に篭っているのもモッタイナーイ。
というわけで、今回は珍しく、いつものメンバーで、夏コミキックオフ飲み会という予定と相成ったり。
(普段ならば「温泉にでも行こうかの〜」とか言いつつフラフラと彷徨うのが定番だったりするのに)

しかしながら、やる気マンマンで・・・というわけでもなく、ダラダラと寝過ごし、12時過ぎにやっと起床。
軽く昼飯を腹に入れてエネルギーを充電したら、13時頃に京都を出発。いざ行かん、飲み会の地・日本橋へ。


市営地下鉄を三条京阪まで乗り、大阪行きの京阪電車に乗り換える。久々に乗る京阪電車は、とても新鮮な感じだ。
立て続けにやってくる特急の中から適当なものを選び、北浜まで。先頭車両の一番前の席が開いていたので
小学生が羨ましがるような一等地(運転席のすぐ後ろの座席)に座る。しばらくの間、面白くも無い暗闇が
つづいたのち、七条を過ぎた先でふわっと地上へ出る。黄色い光が車内に差し込むと同時に、しかめっ面の
先客だったジイサン達が、先を争って西側の窓のブラインドを下げていく。途端に、やわらかい光に包まれる車内。

車内が落ち着いたことを確認したら、前を見る。京都近郊を走る電車の中でも、個人的には特に、京阪電車の
沿線風景が一番好きだ。特に、地上に出てから中書島を過ぎる辺りが、絵になりすぎていると思う。・・・もっとも、
通勤/通学の足になったことがない、ということも影響しているのかも。近鉄だっていい景色はあるが、
ながらく通学の足にしていた記憶からは、あまり楽しいことばかりが浮かんでくるわけでもない。

マスコンを小刻みに操作し 60〜80km/h の間で適切に車速を調整する運転手のテクニックに驚嘆しつつ、
中書島までの景色を堪能。その先、滑らかに速度を上げ始めた電車の車窓を気ぜわしく流れていく景色を
八幡市駅までの区間でたっぷり堪能したら、車窓観察は終了。高く見上げる位置を走る京滋バイパスの雄姿を
記憶の中に刻みつける。私が幼い頃は、京阪電車の赤いトラス橋だけが、この景色の中で目立っていた。
だが今はもう、そんなものはほとんど気にならない。桁違いに立派な建造物が、頭上にあるからだ。
人は次々と、過去を忘れていく。二度と思い出せなくなり、懐かしむこともできなくなってしまう。
いずれ、京滋バイパスより凄い建造物が現れるだろう。そのときに備えて、今から覚えておく。

軽快に走る車内で、緩やかなひとときの昼寝を満喫。しかし、それも長くは続かず、あっけなく北浜に到着。
ここで京阪電車を降り、堺筋線に乗り換える。恵美須町までのキップを買って電車に乗り込むと、平日だと
いうのに、どうみても同類臭い輩がたくさん乗っている。そ知らぬふりをしつつも彼らを観察していると、
彼らはすべて、「日本橋」駅で降りていった。つまり、目的地は難波ってことなのか。ああ、そりゃそうか。
ヲタク向けの店は、難波側が中心地なのだ。電子パーツ屋やジャンク屋は「恵美須町」駅が中心地だが、
もはやそんなところを目的地とする層は少数派、ということなのか。少しばかり寂しい気もするなぁ。


15時過ぎに、恵美須町駅の階段を一足飛びで駆け上がり、地上へ。まずは、最寄にある共立電子産業へ。
昔からずっと、ほとんどのパーツはここで買ってきた。ケータイに転送しておいたパーツリストを見ながら、
比較的空いた店内をじっくりと回って、いろいろ買い漁る。あらかじめ型番の判っている IC なんかは
通販で問題ないが、型番からは現物の形状や質感・操作感などを想像できないスイッチ・コネクタ・箱は、
店舗で確認して買う必要がある。また、現地で偶然遭遇するデバイス(Tr とか IC とか)を衝動買いするのも
店舗に行く楽しみの1つだ。通販は常に万能というわけではない。それぞれのいい点をうまく利用せねば、だ。

すべての階をじっくり回ってひととおりの買い物を終えたら、デジットへ。売っていなかったヘンテコパーツは
こちらで補充。どことなくうさんくさい感じのする品揃えは相変わらずだな。なんかわからんけど、安心する。
たとえ 20年経とうとも、ここと共立だけは変わらない。否、変わって欲しくない。こここそが、僕の心の日本橋。

気付くと、既に小一時間以上が経過していた。タケル氏との合流予定時刻は、17時50分ごろだったはず。いかん、
まだ大事な買い物が残っているのに、時間がなくなってしまう。ある程度のところで見切りをつけ、店を出る。

残るは、本日の買い物の中のメインディッシュ、外付け IEEE1394 HDD 箱。自宅でサーバ機として働いている
Libretto L1 にディスクを増設するために、どうしても必要だった。なにしろ Libretto L1 という奴は中途半端で、
LAN ポートは内蔵しておらず、(時代背景的にしょうがないとはいえ)USB2.0 も内蔵してないくせに IEEE1394a は
内蔵しているという偏屈さ。PCカードスロットは1本。LAN ポートを追加するためにスロットをふさいでしまうと、
自動的に HDD は IEEE1394 増設するしかないという理屈。LAN+USB2.0 カードを使う、という手もあるのだが、
これが意外と高価で、IEEE1394 箱を買ったほうが安くなってしまうという状態だったりする。これが、買い物の背景。

玄人志向の IDE-IEEE1394a 変換ボードが買えればいいのだが、商業的にあんまり扱われない類のボートらしく
なかなかモノが見つからない。そのため、南のほうにあるソフマップの中古売り専門店舗(?)で、中古の IEEE1394
HDD 箱を探してみた。丹念に調べてみると、選択肢は3つあった。1つは、PLANEX の RX-35F という IEEE1394 箱。
HDD 無しで \1.6k というヨダレのでる低価格。1つは、I・O DATA の HDA-iE160 という IEEE1394 箱。160GB HDD を
内蔵して \4.9k。ちょっとお高いが、IEEE1394 ケーブルは付属しているし、いろいろ追加購入する必要はない。
もう1つは、メーカーは忘れたが、同じような 160GB の IEEE1394 箱。こちらもケーブルが付属していたはずだし、
I/F は USB も付いていた。だが、筐体がプラスチック製というディスアドバンテージがあった。I・O DATA のモノは
筐体がアルミ製。長期稼動する場合の放熱対策を考えると、アルミ製が望ましい。さて、どうするべきか・・・

選択肢を削り落としていく。まずは RX-35F だ。ケータイを使って、RX-35F が bigdrive に対応しているか調査。
RX-35F はあくまで HDD 箱であって、HDD が入ってくるものではないらしい。つまり、137GB 以上でも認識するかは
仕様を当たらないとわからない。あれこれとネットで調査しまくった結果、まことに残念ながら、160GB HDD を繋いでも
128GB 止まりしか認識しないということがわかった。案の定、bigdrive には非対応らしい。まずは選択肢から落ちる。

つづいて、もう1つの選択肢・・・プラスチック製の筐体のほうの欠点を確認する。透明な入れ物のなかを覗き込んで
じっくりと調べ、致命的な欠点を発見する。本体に備わっている USB I/F が USB 1.1 しか対応していないらしい。
ま、マジですか・・・160GB を越える HDD の USB I/F が 1.1 仕様ですか・・・I・O DATA のほうは iCONNECT 対応
なので、最悪の場合、iCONNECT の USB2.0 変換ケーブルを入手すれば、USB2.0 箱としても使える。よし、コレだ。
本当は、内蔵 HDD の I/F が UATA かどうかも調べておきたかったが、さすがにそこまではわからない。念のため、
発売時期があまり最近でないことだけネットでチェックしておく。外付け箱で SATA が主流になったのは、ごく最近の筈。


以上の買い物を終えた時点で、17時半。うわ、こりゃ下手したら間に合わない。合流点となる千日前のほうに向かい、
足早に堺筋沿いを北上していく。日本橋といえば3丁目よりも北側(=電気街以外)に行ったことがなかったのだが、
非常に怪しげな雰囲気のある町だった。明治か大正時代に創業としたとしか思えないほどレトロな雰囲気のある
薄暗い肉屋とか、巨大なビル1棟を丸々使ったようなキャバレー(?)とか、TVCM で関西人には御馴染の「味園」とか
げっぷが出そうなぐらい、色々と(個人的に)珍しいものが現れてくる。面白さもあるものの、町全体を包み込む
独特の怪しさ(失礼)に当てられ、心の中は、SOS部室に連れてこられた朝比奈みくる状態(つまるところ半泣き)。
ああ、さっさと怪しい町から脱出して、違う意味で怪しいところに言って、ゆっくりと飲みたいものだze...

千日前のアーケードに到着したら、とりあえずタケル氏に電話。正直、場所が全然わからないので、迎えに来てもらう。
さすがにそろそろ大阪の地理も覚えないと・・・と思いつつも、記憶力の衰えを感じる年頃なので、思うだけで終わりそう;

そこからあとは、小一時間ほどヲタカラ。水樹奈々固めでガンガン攻めてくるタケル氏を迎え撃つのは困難なので、
春アニメの歌を中心に、記憶を固定する意味でザクザクと歌っていく。旋律そのものは覚えていないようで覚えているが、
昔ほど確実に「俺、この歌、歌えるわ」(c)後藤隊長 な感じがしてこないのは、やはり記憶力が衰えてるってことか orz

小一時間後にカラオケ屋を辞し、現地へ移動。現地の店舗前でメンバーを待っていると、やがて石田さんが到着。
普通の服装に着替えて買い物袋を片手にしたその姿は、まるで私と同じように「今日は休みでした」なノリを想像させるが
そういうわけではなく、仕事が終わったあと、いったん帰宅して着替えてから来られたとのこと。そっか、職場と自宅と
本日の目的地が極端に離れていないから、そういう技(?)が使えるわけか。やはり、職場と家の距離って大事だな〜。

さらにしばらく待つと、仕事の都合で少し遅れたあさいさんが到着。お疲れ様でした〜。ようやく、キックオフ飲み会開始。


大方の予想通り(?)暖簾が出るぐらいまでのんびりと話し込んだ我々は、23時過ぎになってようやく店を出る。


ここからの帰路だが、タケル氏のご好意により、一晩の宿を借りられることになった。さらに、準備のよいタケル氏は
クルマで出勤してきたということで、帰路も(もちろん、タケル氏は、本日は一滴もアルコールを飲んでいない)車で楽々。
ああ、なんという極楽な状況。こんなに楽させてもらっていいのかしらん。きっといつか、天罰が下りそうな気がする。

難波駅から電車に乗ってタケル氏の会社近くまで戻り、その近くの駐車場に停めてあるタケル号に乗せてもらい、いざ出発。
・・・残念ながら、今から地図を見直しても、今記憶しているいくつかのポイントを一体どうやって結んで移動していったのか
さっぱり理解できないのだが、ともかく我々はその駐車場を出て、阪神高速に乗って、そして守口線の終点で高速を降りた。
あとはしばらく R1 を北上したのち、どこかの交差点を曲がって延々と暗い一般道を抜け、そして、タケル邸に到着した。
ポルナレフの AA を入れるまでもなく、頭がどうにかなりそうだった。酔った頭では、通過された地点と地点の間の線形が
どうしても繋がらない。地図さえあれば、線形の把握もできたろう。しかしその時の私は、無為に時間を過ごしていた。


その後、酒が残っていまいち意識が判然としない頭で 3時ぐらいまでうだうだとしゃべってから、眠りにつく・・・
つもりだったが、なんでか、今日に限ってはまるで眠れない。お借りした布団の中で、無駄にごろごろごろごろ・・・


6/14

タケル邸宅にて、朝を迎える。あまりよく覚えていないのだが、ひどい悪夢を見てうなされたようで、正直1時間も寝ていない。
しかし、時計を見れば、既に9時だ。今から二度寝する勇気もない。チカチカする頭を強引に引き起こし、ともかく起床。

だが、そうして残留していた眠気なんかブッ飛ばすような大ニュースが待ち構えていた。宮城県で、大地震が発生。なんですと!?
先日の四川省地震といい、ほんのちょっと前の新潟地震といい。ここ最近になって急激に、大型地震が立てづづけに発生している。
それに対して、起こる起こると言われ続けている東海地震は、まるでその予兆もないようだ。次はどこだ?京都の断層かも・・・


しばらくぼんやりしたのち、タケル邸を出発。本来ならば帰路は電車だろうが、わざわざ自宅までの送迎を申し出てくれたタケル氏。
ああ、後光が眩しすぎる!とか思いつつ、ついでだからということで、ムサシに立ち寄っていただき、台車の調達を試みる。
だが残念なことに、タケル台車2番艦となる予定だった同じ種類の台車の価格は、激しく上昇。\4.8k にも達していた。
あり得ない。あまりにもあり得なさすぎるその価格に、八八艦隊計画は変更を余儀なくされる。今は見送り (;_;)/~~
ついでに SUMICO GX100 もリサーチしておく。\2.9k。価格は以前と大きく変わらず。しかし、まもなく廃盤だ・・・

ムサシでのチェックを終えたら、帰路。R1 沿いの天一で昼飯を食ったのち、油小路を北上。あえて高速道路を避けて久世橋通りまで
北上したのち、久世橋通りから十条通りへ。そして、開通初日に通って以来、まったくご無沙汰となっている京都高速新十条線へ。
京都高速道路は相変わらずガラガラで、東行きをのんびり制限速度で走ったところで、追いついてくる車はただの一台もなかった。
閑古鳥の鳴きっぷりも、ここまでくるとすさまじい。未開通区間かと思ってしまうぐらいだ。これ、マスコミの格好の餌食だなぁ。
(なお、誤解のないように断っておくと、平日は若干なりとも交通量がある模様。つまり、ほとんど商用車しか使ってないということ)

というわけで、あっけなく自宅に到着。颯爽と去っていくタケル氏。次にあの紅い車を見るのは、きっと夏コミ前の準備の時だろう。


家に戻って一休みしたら、日本橋で買ってきた資材を展開。サーバへの HDD 増設作業を開始する。まずは一旦、外付け HDD を分解し
内蔵されている HDD を 250GB 品に置換する。HDA-iE160 の分解方法は、基本的にパワープレイ。上下にはまっているプラ製のプレートを
力ずくでひっぺがすのが大仕事だ。ツメ4箇所のうち、前に近いほうのツメ2箇所はまだ外しやすい。筐体がなんぼか撓んでくれるから、
筐体側面をぐいぐい押さえながらプレートを引っ張ると外れる。問題は、後ろ側。こちらがはまっている所は特に頑丈な部分なので、
筐体は撓んでくれない。プレートを根性で引っ張って隙間を作り、えいやっと外す。爪を割ってもいいのならば、いくらか楽かな?

プラ製のプレートを外し、側面のアルミ板をネジ6本で外すと、HDD が現れる。入っていたのは、samsung の SV-1604N だった。
分解前に電源を入れて動作確認した範囲だと、動作音も静かで良いドライブのようにも思える。とりあえず、これは保存しておこう。
samsung のドライブを外したら、手持ちにあった HGST の 250GB を入れる。ジャンパーは MASTER に設定しておくといいようだ。
筐体側の基板に乗っていた変換チップは、EPSON が作っている ASIC と思しきものだった。調べてみると、workbit の型番に
行き当たる。残念ながら、変換性能についてはあまり報告されておらず、よくわからない。oxford 911plus と比べてどうだろう?

筐体を組み立てなおしたら、とりあえず Libretto L1(FreeBSD 6.1R)の IEEE1394 ポートにケーブルを差し込んでみる。

fwohci0: BUS reset
fwohci0: node_id=0xc000ffc1, gen=3, CYCLEMASTER mode
firewire0: 2 nodes, maxhop <= 1, cable IRM = 1 (me)
firewire0: bus manager 1 (me)
fwohci0: BUS reset
fwohci0: node_id=0xc000ffc0, gen=4, CYCLEMASTER mode
firewire0: 1 nodes, maxhop <= 0, cable IRM = 0 (me)
firewire0: bus manager 0 (me)
fwohci0: BUS reset
fwohci0: node_id=0xc000ffc1, gen=6, CYCLEMASTER mode
firewire0: 2 nodes, maxhop <= 1, cable IRM = 1 (me)
firewire0: bus manager 1 (me)
fwohci0: BUS reset
fwohci0: node_id=0xc000ffc1, gen=7, CYCLEMASTER mode
firewire0: 2 nodes, maxhop <= 1, cable IRM = 1 (me)
firewire0: bus manager 1 (me)
firewire0: New S400 device ID:****************
da0 at sbp0 bus 0 target 0 lun 0
da0: Fixed Simplified Direct Access SCSI-2 device
da0: 50.000MB/s transfers
da0: 238475MB (488397168 512 byte sectors: 255H 63S/T 30401C)

という感じで、何の問題もなく FireWire400 デバイスとして認識。バスの転送レートは 50MB/sec。eSATA ほど転送レートは
速くはないけど、HDD(250GB、7200rpm、UATA133)および CPU(TM5600)から見れば、十分なバス性能だろうな、と思う。

認識したことがわかったら、sysinstall で 250GB フルの ufs を作って、一時ファイル置き場 /dev/ad0s1d を以下のコマンドで転送。

# mount /dev/da0s1d /mnt
# cd /mnt
# dump 0af - /dev/ad0s1d | restore rf -

さっさと終わるだろうと思っていたが、なかなか終わらない。不思議に思って計測してみると、転送レートが 200MB/min. 程度しか出ていない。
すごく悪い。dump/restore を止めて mv で転送してみる。それでも、550MB/min. 程度。これで 9.2MB/sec ぐらいか。いまいち速度出ないなぁ。
念のため、soft-update をやめて async で mount してみるが、速度は同じことだった。IEEE1394a 経由での転送性能は、想像よりも低い orz

続いて、ftp で別のマシンからファイルを転送してみるが、ダウンロードで 8MB/sec.、アップロードで 4MB/sec. ぐらいしか出ない。
IDE 接続/IEEE1394 接続いずれのディスクを対象にしても、同じ性能。不思議に思って ftp localhost で転送するが、同じことだった。
ネットワーク経由になると、ディスク性能はボトルネックにならない。その代わり、なぜかアップロードに限って謎のボトルネックが存在する。

更に samba 経由での速度も確認するが、こっちはもっとひどく、ダウンロード 4MB/sec.、アップロード 1MB/sec. ぐらいしか出ない。
・・・これはいかんな。NAS としては失格もいいところの性能じゃないか。いったい、どこのレイヤーで帯域が絞られてるんだ?


6/15

2週間ほどカプを走らせていなかったので、ちょっと散歩に出かけることにした。エンジンを始動して、ぶらぶらと湖西道路へ。

京都東 I.C. 付近から R161 に分岐し、湖西道路へと入る。休日につき、道路はそれなりに混雑しているが、まぁ流れは悪くない。
R161 に入るまでの間に存在した GS の値札をちらちらと見てみると、レギュラー 167円/L が相場で、安いところ 165円/L ぐらい。
それにしても一体、ガソリンの値段はどこまで上がっていくのだろう。供給が足りないわけじゃないから、スタグフレーションという
わけでもないこの局面。いくら産油国が供給を増やしたところで、余った投機マネーが、モノの価値をどこまでも無理に押し上げる。
いったい、投機マネーって何なんだろう。どこに還流されて、だれを幸せにしているどのようなオカネなんだろう。誰か教えて。

湖西道路を北上。長等&山上トンネルを抜け、続くトンネル(名前不明)を抜ける。この名前不明トンネル、4車線化するための
新しいトンネルが既に貫通している筈なのに、いまだにそちらが使われるような雰囲気すらない。それにしても思うのだけど、
滋賀県の道路工事って、湖西側はどうも力を抜きすぎているように思う。正面衝突事故が頻発する西大津バイパスについて、対策の
決め手となる4車線化をマジメにやろうという雰囲気が感じられない。高島郡の高架工事だって、何年経っても全然進んでない。
湖東側の新名神なんて、驚くほど迅速に工事が終わったというのに。一体、どこの誰が、湖西側に投下した予算を無駄遣いしている?


そんなことを思いつつ、流れに乗ってゆるゆる走る。真野 I.C. を過ぎたところで少し交通量が減って一瞬だけ速度が上がるが、
ふたたび直ぐにノロノロ運転。なぜかと思うまもなく、視界に現れるパトカー1台。I.C. の流入ランプ付近で待機している、否、
わかりやすく存在を誇示している。こういう違反予防活動は歓迎だが、あまりにも全体の速度が低下しすぎるところだけは難点だ。


どんどん北へと走り、安全な場所まで進んだら、後続車両を全部やり過ごしたのちフル加速→フル減速確認。加速力がいまいちだなぁと
思っていたのだが、5速でもブーストが 110kPa しか掛かっていないことに気づく。夏用設定への変更を忘れていた。EVC のボタンを押し、
最大ブーストを 120kPa+αへと変更。これで、若干は加速感が改善された。一方、フルブレーキ時の安定感は非常に良い。初期制動が緩い
LOCKHEED TypeZR の制動力の出方が、相変わらずいい方向に働いている。踏力に対する制動力の強さの比例係数はちょっと低すぎる感じも
するが、もとよりフロントがロックしやすい癖のあるカプチーノ。多少ブレーキが効かない感じがする、ぐらいがちょうどいいというのは経験談。

そんなことを考えつつ、上記確認のためにフルブレーキを踏む度に、リヤのほうから「バキ!」だの「ギシ!」だの「ビビビビ!」だの、
ものすごい勢いで何かが破滅していくような音がする。しかも、すっげぇ大きな音。何処が発生源なんだ、これ?すげえヴォロ車っぽいよ?(涙)
いずれ・・・というか、至急、この異音の発生源を突き止めて対策しなければいけなくなってきた。重要保安部品が折れたりしたら阿鼻叫喚。


終点にてふと思い立ち、比良山登山口とされている方へと少し進んでみる。最初こそセンターラインのあった道路は、直ぐにラインを失い
同時に道幅も失って、一気に辺鄙化していく。傾斜もそれなりにきついが、2速でぐいぐい走っていくと、すっげ楽しい。高速道路や街中で
燃費ばかり気にしてゆるゆると死んだように走っていたカプチーノはここで覚醒し、四本の足で路面を蹴って疾走する小型の獣と化す。
ガウ!ガウ!ガウ!吼え猛りながら、見えないレールを忠実にトレース。さっきまで「バキ!」とか「ギシ!」とかジジくさく鳴ってたクルマと
全く同じものだとは思えない。縁側で茶をすすってたじーちゃんがいきなり空手の達人技を繰り出すかのような変わり方だ。感動。

そうして疾走した先には、山間を流れる渓流が待っていた。自然の流水の綺麗な音が聞こえてくる・・・こころを癒す。




一休みしたら、ゆっくりと山を下って湖西道路に戻り、京都に向かって南下。時間が若干過ぎたせいか、道路は混雑気味。当然のように、
長等トンネルを先頭とした渋滞が発生。無駄な時間を食う。それにしても、だなぁ・・・・長等トンネルの新しいほうは掘り終わってるし、
ガソリン税の暫定税率だって元に戻したんだから、残る工事をマジメにやって、さっさと供用開始しろよ。あれだけ「道路を作るためには
暫定税率の維持が必要だ」とかタンカ切った
んだから、さっさと仕事しろ。これでもノロノロしてるようだったら、ただの税金泥棒だぞ。


渋滞に揉まれたのち、帰宅。そういえば、先週実施した清掃作業のお陰で、エアコンからの嫌な匂いはまるで無し。超快適になった。
となると、あとは、アイドリング時に聞こえる、チャカチャカとうるさい音を消すだけだ・・・この問題に対する最終的な対策を施してみる。
対策といっても基本戦略はいつもと同じで、ただ、暴れ回る可能性があるワイヤー類を全てボディーに固定する。それだけだ。
違いは「どれを固定するか」だけ。今までは、内装を軽く剥いだところに見えていたものだけを固定していたが、今回は
リアバルクヘッドの手前を走っている配線を全て固定する。屋根を開ける機構に向けて走っているワイヤー2本、etc.
リアバルクヘッドとそこに貼り付けられているプラ製カバーの間を走っている部分の配線も全て、クランプで固定する。

ついでに、いろいろ点検。屋根をオープンにしたときにガラスを受けるクッションが、水を吸って朽ちてボロボロになっていた。
完全に削り落とし、新しいクッションを貼り付ける。正直、シートより後ろの、雨水の通路となるセクションのクッションは、どれも
等しく水を吸って腐ってしまっている。全部剥がして貼りなおしたほうがいい・・・とは思うが、どうせ、貼りなおしてもまた腐るしなぁ。

細かい作業をいろいろと実施し、リア廻りで異音となりそうなところの対策を全て完了。これでもう、異常な音は出ないはずだ・・・。
ただし、運転席側のリアアッパーアームとシャーシには干渉跡があったので、ギャップを拾ったときの異音だけは直っていないと思う。


夜になり、道路の混雑も解消したので、確認のためにちょっと買い物へと出かける。以前なら、走り出して 1km 以内で音が鳴り始めた。
今回はどうかといえば、自宅を出てほんの 1km ほど走ったところで、チャカチャカ音が再現。
あかん!全然あかん!やっぱり、というか、すっげ悔しいけど、全然直ってへん!

結局、カチャカチャ音を奏でる原因は、内装側じゃなかったってことなのか・・・?音は、あれほど近くから聞こえるのに。


相当落胆しつつも、とりあえず店に到着。買い物を済ませたのち、駐車場の端のほうにクルマを移動させ、異音のチェックを開始。
幸いなことに(?)症状はいいぐあいに悪くなっており、アイドリング状態からチャカチャカ鳴っている状態。原因調査にはもってこい。

ガラスの手前の空間に手を突っ込んで色々と揺さぶったりしてみたものの、残念ながら、内装側の何を弄っても音が変わることはない。
いったい、どこなんだ・・・半ば諦めにも似た感情を抱きつつ車外に出て、クルマの周りをぐるりと 1/4周。そこで、ついに音の源泉に行き着く。
助手席側の最後端、つまりマフラーの排気口の直ぐ前に立ったときに気づいた。あのチャカチャカ音と全く同じ音が、ここから聞こえている。

む?・・・あ、まさか。

ピンと閃くものがあった。バンパーの中に手を突っ込み、マフラーのリアハンガーをぐいっと引っ張る。その瞬間、チャカチャカ音が消えた。

そうかー・・・これだったのか。

マフラーを着脱するたびに気になっていたのだ。このリアハンガーって、根元だけがリアフレームにちょん付け溶接状態でくっついているのだが
それがゆえに、構造的に非常に弱い(テコの原理)。手で動かすと取り付け部付近がふにゃふにゃと曲がる始末なので、きっといつか根元の溶接が
剥がれてしまうだろうとおもっていた。それがついに、乗り始めて 10年目、車齢 16年にして現れてきたというわけだ。なるほどねぇ・・・。

念のため、音が消えた状態で車内に戻る。当然のように、車内にはエンジンとマフラーがあげる低い唸り音だけが戻っていた。ビンゴー。


なんだかがっかりしたものの、ともかく原因さえわかってしまえばこっちのものだ。無限に続くチェック地獄から開放され、心は軽やか。
一旦帰宅したのち、もう少し詳細な状況を確認するため、懐中電灯を片手に車体の下にもぐりこみ、状況を確認。



おおぅ、フレームにクラックが入っている・・・ orz


これは、想像しうる中では最悪の結果。スポットが取れてるほうが、まだよかった。ボディーの鉄板側が負けるって・・・ソリャナイデショ!?

しくしく。こりゃあ、素人工事では直せないかもしれない・・・が、いろいろ実験してみるのにはちょうどいい素材だ(?)。
最終的には、某草さんの工房「THK factory」にお願いして溶接してもらうとして、ちょっと別の手段を考えてみよう。


6/16

別の手段を、悶々と考える。基本的には、電動工具を入れようがないクソ狭い部分。リベット打ちによる対策は、ちょっと無理。
また、ステーが完全に剥がれているわけではないので、隙間に流し込まないと強度が出ないロウ付けも厳しい。となると、
溶接以外の手段としては、接着剤の充填しか残っていない。J-B WELD?ああ、そうだ。貧者の核兵器(?)J-B WELD。
良い子の味方、J-B WELD。アホの1つ覚え、J-B WELD。こいつがどこまでマトモに使えるものか、実験してみよう。

帰宅後、とりあえずリアバンパーを外し、患部を近くから見る。幸いなことに、患部はリアに向けてまっすぐ走っているフレームの
最後尾に近いので、バンパーさえ外せば非常にアクセスしやすい状態だった。マフラーハンガーからマフラーブッシュを外したのち
(この時点でマフラーがほとんど垂れ下がらなかったのには驚いた)、マフラーハンガーを色々な方向に捻ってチェックする。

結果としてわかったことは、マフラーハンガーの溶接部として作ってある当て板の裏側の鉄板が、270°ぐらいに渡って裂けている
ということだった。つまり、当て板とフレームの間のスポット溶接分4点をちょうど囲むような大きさの亀裂がC字型に走っている。
亀裂はぎりぎりの大きさの円弧だったので、当て板側から見るとその存在がまったくわからない。フレームを裏側から見て、はじめて
理解できる状態だった。あと 90度の円弧分の亀裂が進行すれば、スポット溶接部がまるごと抜け、ハンガーが車体から分離する(汗)

一見すごい状態だが、逆に言うと、亀裂がぎりぎりの大きさであるお陰で、当て板とフレームの間には「のりしろ」が存在しているので
ここでうまく面積を稼げれば、J-B WELD で接着してしまうというのも充分に可能のように思えてきた。よっしゃ。やったるか。


まずは、隙間に詰まった汚れをブレーキクリーナで飛ばし、雑巾の端のほうを隙間に突っ込んでゴシゴシ擦る。これで表面の汚れを
落としたら、J-B WELD を多めに練り、隙間にたっぷり充填する。充填が終わったら、75mm 巾のシャコ万でぐーっとステーを押さえ込む。
これでとりあえず1日放置。その様子を見て、ふと思う。ステーをシャコ万で固定するだけの対応でも大丈夫だったかも・・・いやいや。これは
J-B WELD の性能テスト。表面処理がしっかりできない(塗膜を完全除去できていない)状況における接着強度の確認なのだ!そう思っておく。


6/17

それはちょうど、朝3時過ぎ頃だったろうか。
遅い眠りについた私は、まだ夜も明けぬそんな時間に強い寒気を感じ、目が覚めた。

目が覚めたとはいえ、まだ意識は定まらず、朦朧としているレベル。暑さで蹴り飛ばしていたらしき布団を
無意識に近い状態で手繰り寄せ、寒い部分をもぐりこませたら、再度、眠りにつく。



朝8時。少し早い目覚めは、どうにも絶望的な状況から始まった。寒気とともに感じる熱っぽさは、頭および体全体の痛さを伴って
私の意識に鉛の錘をぶら下げる。ううっ、なんだこれ・・・とりあえず、枕元に置いてあった体温計を手繰り寄せ、体温を測る。

・・・38℃越え。

ぬぅ。近年まれにみる高さだ。いきなりこのレベルの発熱とは・・・風邪?にしては・・・

少し疑問を感じつつ、全身の状況をチェック。あちこちが痛いが、鼻水は出ないし咳も出ない。そして、喉もまるでなんともない。
痛さに気さえ取られなければ、意識だってまったく普通だ。こういうときに真っ先にダメージを受ける「食欲」も、まぁ普通といえる程度。
しかし、体だけはあからさまに重く、まっすぐ立って歩くことすらままならない。汗はほとんど出てこない。なんか不思議な症状だ。

風邪っぽくは無いよなぁと思いつつも、体調がよろしくないのは確実なので、会社に風邪で休む旨の連絡を入れる。病院に出かけるのも
ちょっとしんどい状況だったし、なにより、まぁ寝たら直るだろ、などと甘っちょろいことを考え、朝飯食って市販の風邪薬を飲んで一眠り。
朝飯は、汗が全然出てこなかったから、胡椒と唐辛子をたっぷりブッ掛けたラーメンを作って流し込む。香辛料の発汗作用は強力だからな。


・・・軽く一眠りし、昼過ぎに目が覚める。だが、いつになく症状が悪化している。意識はあいかわらず普通なのだが、体温はぐんぐん上昇。
この夏一番の暑さとなる 39℃ 超にまで到達した。うわー・・・なんだこれ・・・こんな体温は、久しぶりだ。さすがに、体はふらふら状態。
そして、腹が痛くなってきた。トイレにいきたい。だが、トイレに立とうとすると、体がすさまじく重い。重力に逆らうのが、実に困難だ。
力の抜けた体に、脂が混じってぬるぬるとした汗がしつこくまとわり付き、気力までをも殺ぐ。香辛料作戦は良く効く。気力は殺がれるものの
ともかく、不浄な成分をどんどん抜いている感覚はある。しかし、この膨大な汗のせいかどうか、ノドが激しくからからに乾いてきた。
それなのに相変わらず咳は出ず、鼻などの粘膜の感覚もごく普通に近い。これは、明らかにおかしい。風邪じゃない、別の病だ。

とはいえ、かかりつけの医者は夕方まで閉まっている状態。ともかく、寝て待つしかない。苦しい中、夕方になるまで強引にもう一眠り。


夕方になって、体の重さがマシになってきた。とりあえず布団から起き出して水分を補給するが、熱は相変わらず収まっていないようだ。
医者に行くしかないな・・・ズキズキと傷むアタマを押さえながら、昨日中途半端に組み立てた状態で止めていたカプチーノのリアバンパーを
完全に装着し、かかりつけの医者へと向かう。自分の順番が来たので、医師に症状を告げると、こちらの喋りだしから5秒も待たずして

「そりゃーね、ウィルス性のね、胃腸炎。」

白衣を纏ったその老人は言う。まだ、ほんの僅かな説明しかしていないっちゅうのに、体を診ずしても判ってしまうものか!驚嘆。
問診後、ノドの腫れがないことだけを確認されたあと、ベットに寝かされ、小一時間ほどかかって点滴を打たれることになった。
考えてみれば、この生涯で初の点滴体験。えー、一時間も針刺しっぱなしって、それスゴクね?ドキドキしている間もなく、テキパキと
準備を進める看護婦のおばちゃん(残念)。力なく横たわる私の横に、なんか巨大なパックを持って現れ、そこから伸びるホースの先と
私の右手を針で結合。サクッと刺して、どこかにいってしまった。1分ほどはジクリと痛んでいた注射点も、いずれすぐに慣れる。

横たわって何もできぬまま、右手上方に吊るされたパックを見る。・・・どうみても、薄い番茶というか、少し緑っぽいオロナミンCというか、
そんな感じの液体が入っている。パックには何か字が書かれているようだが、良く見えない。なんとか読んでやろうとしたものの、やがて
両手両足が激しくだるくなってきた。点滴を打つと、まるでストレッチパワーが溜まってきたかのように元気になる、とか聞いたのだが
まるでウソじゃねえかこのやろう。あの液体は何だ?この両手両足の重さは何だ?カプを運転して家まで帰れるかなぁ・・・


幸いにも、そのまま死亡フラグが立つ・・・ということはなく、ぼーっとしているうちに点滴完了。最初のうちに感じていた両手両足の疲労感は
回復した。だが、かといって体全体が重たいことについては、変わりない。クスリを受け取ったら、慎重にカプを運転し、自宅へと帰る。

帰宅後、抗生物質を含んだ医者の薬を飲み、汗まみれの服を着替えたらそのまま倒れこむように眠る。
また直ぐに汗が噴き出してくる。まだまだ体温は高いようだ。こりゃ、明日も会社は休みかな・・・


6/18

次の日の朝は、「会社行けるかな?」レベルではない、ベリーバッド状態だった。体温計の数値が微々たりとも下がっていないどころか、
無理やり起きだして食卓に座った朝、なぜか視界中が黄色く見える。知らぬ間に、黄砂の大嵐が吹き荒れたかと思ったぐらいだ。
どうも、俺の視覚機構のホワイトバランサーは、完全に黄色方向に狂ったらしい。また、昨日飲んだ抗生物質の影響なのかどうなのか、
体中からものすごく薬品くさい匂いがする。あれだけ膨大に汗をかいたのに、汗らしい匂いが全然しないというのは、ある意味すごい。

ともかく、体調はドン底。現状を嘆けるような気力も体力もなく、味のない粥を啜って薬を飲み込んだら、布団に戻って再び眠る。


・・・そしてまた、ぬるぬるした汗の中で目覚めた昼頃。体温は、僅かながら低下の兆しがある。しかしながら、体調は相変わらず。
声は普通だし咳も出ないが、異常なまでに喉が渇く。布団が泥濘になるほど汗をかいたら、当然のことか。ただ、逃げていった汗を
補うように水を少しでも飲んでしまえば、ほんの 15分ぐらいですぐに胃がごろごろと鳴り出し、そのままトイレに直行便となる。
消化器系が完全にやられている。ほとんど水のように下痢。ガス混じりで派手な音が鳴る。そろそろケツが猛烈に痛い。


再び、夕方まで眠る。次に目覚めたときは、少し体調は回復していた。特に、それまで 38℃以上を維持していた体温は、明らかに低下。
これならば、なんとか明日には会社に出られるか。回復を念じ、またも粥を食ってクスリを飲んで寝ると、夜中2時ごろに目が覚めた。
汗でぐっしょり濡れてべとべとになった服一式を着替え、枕カバーを交換し、多少快適な状態に戻してから、再び眠る・・・

ったって、眠れねえ!

ま、そりゃそうだ、結局丸一日寝てたんだもんな・・・というか、眠れなくなるぐらい、体力は戻ってきたということだ。
あとは本当に、このいまいましい下痢さえ収まってくれれば・・・モノを食えないと、体力回復にも差支えが出てしまう。

ふと、視覚がおかしいことに気づく。色覚はおおよそ元に戻ってきたが、左目がひどく乱視っぽくなっている。近くの文字が読めない。
視覚はそのまま神経だから、神経が相当に参っているということだろうか。いずれにしても、当面は無理せず、おとなしくしよう・・・。


6/19

病にかかってから、3日目の朝。世界はようやく、いくらか白さを取り戻していた。
体温を測ってみると、ほぼ平常値まで戻っている。病気が治ったっていうわけじゃなく、
こ、これは、ク、クスリが効いてやがるんだぜ・・・へへ・・・

というわけで、たまった雑務をやっつけるべく、今日もまたパワーの出ない粥を食って出勤。
汚い話で申し訳ないが、いまだ下痢は治っていないので、ちょっと気を抜いた隙をついて、液体状のソレがコーモンからリークする
危険性がきわめて高い。なので、仕事の合間合間に、予防的にトイレへと駆け込む。そのうち実際に廃棄行程に入ることもあったのだが
事後にウォシュレットを使ってキレイキレイにすると・・・くぅあああーーーー!声にならない悲鳴が上がる。い、痛テェーー!?

まったく、ウォシュレットは偉大な発明だ。



最初は調子も悪かったが、仕事をしているうち、だんだん調子が戻ってくる。下痢だけは治らないが、水分補給に気をつけて一日を過ごす。
やがて定時を過ぎたので、さっさと帰宅。やはり無理はあったようで、少し頭が痛む。無理はいけない。さっさと飯食って薬飲んで眠ろう。

かなり量を少なくしてもらった夕食を、良く噛んで食べる。食事後、残った薬を飲み、すばやく布団に入って横になる。
食事後、2時間ほどで胃の周りにグルルっと来た。だが、今出すとまだ全然水なので、我慢。そのままずっと我慢していると、やがて
便意は消え、朝まで持ちそうな雰囲気になってきた。おっ、いけるぞ俺の消化器!結局、深夜3時過ぎごろにうっすらと目が覚めたとき、
ぐるる〜ぐるる〜と、小腸から大腸へと内容物が押し出されていく感触が伝わってきた。おお、ようやく胃腸の様子も好転してきた・・・かな・・・


6/20

起床。昨日までとは違って、今日はかなり体調がまともな感じ。これなら、ほぼ完治ともいえるかも。あとは、胃腸の調子だけか・・・

そう思いつつ、昨晩に溜め込んだものを出すべく、トイレに行ってみる。・・・おお、水っぽさが消えて、かなり堅くなってきたぜ!?
これはいけるかもしれんね。昨晩に続き、かなり少なめにしておいてもらった朝食をよく噛んで噛んで噛みまくって食べ、会社へ。

昼飯。あまりお腹は空いていないが、体力を稼ぐためにも、少しでも食べないわけにはいかない。考えあぐねた結果、うどん定食のような
軽いものを食う。これもまたよくよく噛んで食べる。ふと、大盛にしなくても、並で全然腹いっぱいになるんじゃね?ということに気付く。
ああ、今まで、やたらにがっついて飯を食っていたわけだけれど、それってすごく無駄なことだったのか。胃にも財布にもやさしい食べ方を学ぶ。

結局、腹の調子はさほど悪くならず、帰宅。夕飯もまた、かなり減らしてくれと頼んでおいた飯を、ものすごーくゆっくりと食う。これもまた、
ご飯なんて 1/4膳ぐらいしか食ってないのに、腹いっぱいになる。小さなコーン1粒1粒が甘くて旨い。ああ、よくかんで食べるというのは、
これほどまでに幸せをもたらしてくれる行為だったのですね、シロウ・・・。私は間違っていました。貪欲でありすぎることは、不幸なのです。



閑話休題。FreeBSD7.0 を入れなおしたサーバマシンの ftp の転送速度は、相変わらず恐ろしく遅い。samba など、期待はずれもいいところの遅さ。
なんでだろうと思っていろいろ調べてみるが、どうも決定的な解決策がない。TCP のパラメータ調整もいろいろ試してみるが、まるで性能には変化がない。
CPU の占有率は 50% に届かない程度だから、まだ全然余力はあると思うんだけど・・・とりあえず、なぜ put のほうが必ず get より遅い(1/2倍)なのか、
その理由だけでも知りたい。ftp localhost で接続しても、この傾向はまったく変わらない。送受信するディレクトリを入れ替えてみても、だ。謎だらけ。


6/21

結局、TCP パラメータを色々と調整した結果、ノートPC(内蔵の GbE ポート)のほうはそれなりに速くなったが、デスクトップ側は散々な遅さ。
こらもう、nForce410 の内蔵 LAN が腐ってるデナイノ!という結論とし、PCI-e にブッ挿すタイプの LAN カードを探しに出かけることにした。

エンジン始動前に、マフラーハンガーの接着部を固定していたシャコ万を緩めてみる。恐る恐る緩めていこう・・・と思った瞬間、「ピキ!」と
破滅の音が。あー、もうダメ。鉄板のたわみが戻るときの力だけで J-B WELD は割れた模様。合掌。まぁ、これは J-B WELD の接着力がダメだった
というよりも、接着部に対して鉄板をむき出しにする下地処理がまったくできない状態だったのが致命的だった。しょうがないんだけどな。
やっぱ、接着は下地処理が命。

梅雨の中休み的な晴れ空の下、ぬるくエアコンを効かせながら電気屋へ向かう。途中、新十条通を東西に通過するが、心なしか青信号のつながりが
良くなったように思う。確か以前は、まるでクルマの流れをせき止めることが目的といわんばかりに、青信号で出発した10秒後ぐらいに次の信号が
赤信号になるようなイヤらしいタイミングで信号が変わっていたと思うのだが、今日は4つぐらいの信号を一気に青信号で抜けることができた。
たぶん、高速道路ができたから、流れがよくなるように信号のタイミングを見直したのだろう。なんで最初っからこうできなかったのかな?かな?


何軒かの電気屋を梯子し、売り場をいろいろと見て回るが、きょうび、外付けLANカードを求める層などは、こんな田舎の都市には無いようだ。
揃いもそろって、GbE LAN カードの在庫を見つけることはできなかった(PCI-e に限らず、PCI でも同じこと)。面倒くさくなってきたので、諦める。
代わりとして(?)仕事用の靴を買う。仕事で履いても違和感のない、黒くて地味なトレッキングブーツ系が好きなのだが、いつも行く靴屋では、最近
その手合いの取り扱いを止めたようだ。さんざん売り場を探し回ってみたところ、防水性能の高さを誇っているソレ系の靴を見つける。試しに購入。

最後に、いつものようにコーナンの資材売り場に立ち寄り、先日消費した「引き戸のすきま埋め用のスポンジ」を買う。だが、ゴム資材売り場にて、
カプチーノのエバポレーターの中の可動式板に張られていたスポンジとまったく同じように見えるスポンジを見つける。NITTO の No.5015。
16年も経っているものだから、材質的には当然のように改良されているだろう。先にこれが見つかっていれば、スマートに直せたのにな。

買い物を終えたら、のろのろと走って帰宅。一応は燃費を気にしているものの、あまり燃費走行を意識してると、変な奴の存在も気になってくる。
特に、変に車間距離を詰めてくる(悪意があるのではなく、そういう癖があるらしい)後続車の存在が鬱陶しい。そのうち、カマ掘られそうだ。
警察は「飛ばすと危険」と言うけれど、むしろ多少飛ばしているぐらいのほうが危険から遠ざかれるような気がするのは、私だけだろうか。


帰宅。シャコ万を外した時点で割れてしまったステーの接着部だが、割れているにもかかわらず、例のチャカチャカ音は聞こえてこなかった。
隙間に残った接着剤の充填効果もあろうが、マフラーの吊りゴムを純正のものに交換していたお陰もあろう。純正万歳。そうだ、注文しとかないと。

帰宅後、けだるい気分になったので、なんとなく Web サーフィンをうろつく。その際、いつのまにか、愛用中の TOYO Vimode に、カプチーノに
適合するサイズ(175/60R14 もしくは 185/55R14)が無くなっていることに気付いた。な、なにー!?安くて、性能そこそこで、いいタイヤだったのに!
Vimode が使えなくなると、タイヤの調達コストは一気に跳ね上がる。年に何回も交換するものじゃないとはいえ、インパクトはでかいなぁ・・・。
さて、次はどこのメーカーにしようか?BRIDGESTONE は論外とすると、残るのは ADVAN か DIREZZA か・・・こりゃ、DIREZZA の値段次第かなぁ。

Web サーフィンでテンションが下がったものの、それを跳ね返すように(?)カプチーノの補修部品を注文準備。スズキのパーツカタログを片手に
注文リストを作る。だいたい、1万円前後で収まるように・・・あ、ついでにクラッチレリースベアリングを注文しとこう・・・結局、\15k ぐらいに(汗)


注文リスト作成後、自宅サーバの鈍足問題についての調査。/var/log/messages を見て、しばらく考える。うーん、dc0(NIC)で TX underrun が
結構発生している。調べてみれば、送信バッファの fill が追いついてないらしい。なんでやろ?CPU が遅すぎるせいなのか?速度低下の一因だな。
とりあえず NIC を別のものに交換してみよう。あと、気になったのは "stray irq7" が結構出ている問題。IRQ7 が処理されていないときに出るらしい。
LibrettoL1 はパラレルポートがないので当然なのだけど、これが原因でパフォーマンスが落ちることもあるとかないとか。あまり意味がないかもだが、
SMP を切ったカーネルを再構築し、無用な処理をなるべく外して少しでも軽くしたシステムにしてみる。これで幾らかでも改善されればいいのだが。


余談ながら、大学時代から愛用している ATH-A10ANV のイヤーパッドが、またもや経年劣化でボロボロになっていた。見た目にもみずぼらしいので
Audio Technica に新しいパッドを注文したら、今までと全然違うチープなポリ袋の中に、これまた全然違う雰囲気のモノがやってきた。形状は同じだが
表面のテカリというか、質感が全然違う(良くも悪くもなく、という感じ)。どうも気になったので調べてみたら、どうやら、コラーゲン配合のパッドから、
ランドセルで有名なクラリーノ製のパッドに変わったらしい。装着感は、特に悪くはない。コラーゲンのときは「ぺとっ」とした独特の感触があった
ようにも思うが、クラリーノ製は比較的ドライかなぁ、と思えなくも無い程度の差。いずれにせよ、耐久性が上がるのならば歓迎だ。


6/22

ここ数日の病気騒ぎで脳内時計がすっかり狂ったようで、どうやっても朝までまったく眠れない。結局、外も白々と開けきった 7時ごろにようやく眠り、
12時ごろに起きる。できれば睡眠薬の助けを借りたいが、病気で体が弱っているところに、そんなダメージの出そうなクスリは使いたくないしなぁ。

なんとなくボンヤリした部分が残る頭を無理やり起こし、昨晩作っておいた注文リストを片手に、いつものスズキへ。渋滞状況が不明のため、NV-U1 に
誘導させるが、何故か、一番混雑する西大路五条〜西京極あたりを通過するように指示される。現在地は七条烏丸付近で、このまままっすぐ七条を突っ切る
ルートのほうが効率的にも思えるのだが。だが、VICS なら・・・VICS なら、きっとなんとかしてくれる!これも性能試験だ、ということで、機械に従ってみる。
誘導ルートは、七条堀川を北上して五条に入り、そこからまっすぐ西進するというルート。途中、私立病院〜KRP 間に赤渋滞マークが表示されている。

結果としては、VICS はだいたい正解だった。KRP〜ホンダディーラー前の区間は流れが悪かったが、私立病院から先は、クルマは多いものの、
確かに流れている。西大路を過ぎて五条佐井から先は、右側車線が完全に止まっていた。これは VICS に現れていなかったが、その先にある
五条西小路交差点の右折レーンの車列が伸びに伸びて右側車線まで埋まっていたものなので、直進そのものについては、渋滞ではなかった。
(それにしても、この渋滞はひどい!右折待ちの車両の目的地はジャスコだが、ジャスコさん!警察さん!なんとかしてね、これ!)
むしろ、当初考えていた五条西小路北上ルートは、前述のジャスコ渋滞の中に含まれているため、こちらを選ばなかったのは正解だった。
唯一ありうる別の選択肢は西大路北上ルートだった。これはおそらく、ナビのルートより若干速かったろうと思うが、定かではない。


スズキに到着したら、注文リストを手渡し、ちょっと雑談。一番忙しい時間帯は過ぎていたようだ。休日は午後が忙しいと思ってたんだけど、
そうじゃないらしい。世の中のパパさんはみんな早起きだな。私も、もうちょっとマトモな生活を送るように、ちゃんと更正せねば。

七条通りを東向きに走って、帰宅。溶接修理に備え、リアバンパーを外し、隙間に充填した接着剤まで全部削り落とす。接着剤そのものは石のように
固まっていたのだけれど、やはり、鉄板側の下地処理がまったくできなかったせいで、鉄板と下地の間でバリンと剥離している。下地処理がちゃんと
できる場所だったらどれぐらいの強度が出せるのか、いずれちゃんと検証してみたいとは思う・・・が、なかなか、そんな機会はないなぁ。

接着剤、および錆混じりの塗装を削り落とし終わったところで、やっぱり軟ロウで付けられないか?と一瞬考えた。だが、軟ロウの引っ張り強度は
せいぜい 10kgf/mm2。結構な力が掛からないとも限らない場所だから、どうしても不安は残る。なにより、これ以上つまらないことをして
最終手段である「溶接」ができない状態になってしまったら、元も子もない。もう、これ以上の足掻きは止めておこう・・・

とりあえず、レノバスプレーでサビを黒化させておいてから、シャシーブラックで仮の防錆処理を行っておく。溶接ができる算段がついたら、
塗装を落として、ちゃんと溶接してもらうことにしよう。こういうときの THK Factory(≠TKL Factory)頼み。某草兄に連絡を取る。


作業を終えたら、エンジンを始動して様子を見る。とりあえず、音は大丈夫。むしろ、助手席の足元のほうから微妙なキチキチ音が聞こえる。
調べてみると、足元に増設していたリレーユニットが微妙に暴れていたようだ。ちょっと手でひねると、音がおさまる。実に、実に微妙だ・・・。


夜になり、手首あたりに猛烈な痒さを感じる。見れば、小さな腫れがぽつり。うむ?蕁麻疹か?


6/23

とんでもない胃腸炎がようやく治ったと思ったところで、油断はできないものだ。またもや朝の4時頃、妙な悪寒を覚えて目が覚める。
今度もまた、体が地面に沈んでいくかのような重さを感じる。ふと、たまたま Wikipedia で見かけたギランバレー症候群の名前が脳裏に浮かぶ。
ま、まさか、1000人〜2000人に1人しかかからない筈の難病にかかってしまったりとか・・・じくり、と流れる冷や汗。とりあえず寝返りを打って
しばらく大人しくすると、体が少し軽くなってきた。話に聞く範囲では、症状の進行は一気に進むらしい。と、とりあえずは、大丈夫かな。。。

その後、一眠りしたら朝になった。体の重さはだいたい収まったが、やっぱり、なんとなく調子がおかしい。腕を見てみれば、蕁麻疹の数が
わずかに増えていた。何か良からぬことが起きているのは確実なようだが、いったいなんだろうか・・・不安を抱えつつ、とりあえず仕事に行く。


夕方になったので、仕事をさっさと切り上げ、掛かり付けの医者に行く。体の重さは相変わらず少し感じるが、特に動きがおかしいことはないので
ひどい状態じゃないだろうと思いつつ蕁麻疹の話から始めるが、庭先で作業をしていたことを告げたとたん、「それは虫刺されですわ」と一言。
体全体の不安を訴えても、虫刺されのせいだから、と取り合ってくれない。人の話をまるできいてくれない。ちょっとばかり不信感が募る。

結局、軟膏しかもらえなかった。止むを得ず、軟膏を塗ったあと、市販の風邪薬を飲み、さっさと眠ることにした。
蕁麻疹が出るぐらいだから、体は相当疲労しているはずだ・・・


6/24

結局また、夜中に1度だけ目覚めたが、昨晩と違って比較的快眠。まだ夜は寒いということで、少し分厚い布団に変えたのが功を奏したか。
残念ながら蕁麻疹は、まだ若干出ていた。だが、体の疲労感は昨日よりもずっと改善されているように思える。まぁ、当面、無理は禁物だ。

遅くまで仕事を進め、遅くに帰宅。飯を食ってから寝るまでの間、サーバの鈍足問題を調査。速度測定の際、メインマシンの ftp クライアントを
ffftp から純正(?)に変えたら、それだけで get 時に 11MB/sec ぐらい出るようになった。なんだこりゃ。put はその半分ぐらいしか出ないが、
大幅な改善だ・・・というか、なんで FFFTP の場合だけこんなに遅いんだ?Opera の ftp クライアントも試すが、これも全然速い。謎過ぎる。

とりあえず、色々と謎が多すぎる流用 NAS 計画。あまり時間がかかるようだったら、いっそちゃんとした NAS を買って・・・と思うものの、
そこまでして NAS が必要か?と言われてしまうと、別にそこまでは必要でもないわけで・・・。これはこれで、悩ましい問題だったりする。


6/26

なんとなく思い立ち、クルマのシガーソケットに直結するタイプの DC-DCコンバータ(出力はノートPC向け)を、自作を含めていろいろ吟味していたら、
結局 ROWA に行き当たった。いまどき、19V ぐらいまでのステップアップ DC-DC コンバータなら、LM2577 や LT1170 などの 専用IC が入手できれば
いとも簡単に作れるようだが、問題はノートPC 側の DC コネクター。この入手まで考えたら、結局は ROWA で買ったほうが安いということに気づく。
すぐに要るものでもないんだけど、かれこれ 10年以上、ずっと欲しいなぁとは思っていた・・・手ごろな値段(\4k)だし、そろそろダイブするか。

そういえば、ROWA といえば、1年前に買った Latitude X1 用バッテリーはまだまだ健在。容量が 51Wh → 40Wh まで減少したものの、それでもまだ
稼働時間は数字なりの減少でしかなく、使用不能になっていない。たった1年で完全死亡した純正バッテリーよりも、よっぽど耐久性もあるし、
いい買い物だと思う。あと何年 Latitude X1 を使うか次第だけど、物があるうちに、もう1本ぐらい買っておいてもいいかもしれないな。


そんなことを思いつつ、LibrettoL1 の USB ポートに接続した HDD にシステム全体を移行しようとするが、fdisk → bsdlabel → newfs → mount までは
成功するものの、fsck を掛けると再現なくエラーが報告され、ボロボロ壊れてしまう。うーん、umass って、なんか制限あるんだろうか。そう思って
Web で調べてみるが、同種の報告はどこでも見かけない。USB2.0 ←→ IDE 変換基盤のせいなのかな。他の基盤で試してみてもいいかなぁ。


6/27

なんというか・・・今ひとつ、体調が完調に戻らない。胃腸のほうはだいたい
何でも食べられるようになってきた(とはいえ、以前のような量は食べられない)
けど、なんというか・・・全身から、微妙な疲労感が取れない。夏バテ・・・?
いや、そういうほど世の中は暑くないし、それに、暑くない場所で働いてるし。

ともあれ、なんでこんなに疲れているのかは、よくわからない。
先週、よっぽど消耗してしまったのか。とりあえず、体を大事にしよう。

そんなことを思いつつ、仕事をそこそこで切り上げて帰宅。机の上には、
『ヤンデレの女の子に死ぬほど愛されて眠れないCDぎゃーーーっ!』が届いていた。
みずはっしーとあおきさやかのヤンデレ役がどうなるのか・・・すっごく楽しみ。


6/28

いつものスズキに、注文していた部品を受け取りに出かける。

もう、何十回も通って色々と判りきっているはずの道なので、むしろわざと
往復のルートを、ナビに案内させてみる。そろそろ、私の思考を阿吽の呼吸で
理解しはじめてきた NV-U1 は、予想をはるかに超えた超迂回ルートを叩き出す。
いいねぇ、判ってるじゃないか nav-u。このあり得ないルーティングが素敵だよ。

が、それは向こうも解っての(?)おふざけだ。走行中に逐次入ってくる光ビーコンの
情報を使って次々とルートを修正し、わりとマトモなルートを計算し直してきた。
やはり、ナビのルート案内機能は、光ビーコン VICS 受信機があってナンボだ。
人間の感覚はとても大事だが、感覚だけによらない正確なデータを基にして、
別の選択肢を呈示してくれるというのが、とてもありがたい。Mr. スポックが
いつも助手席に乗っているようなものだ・・・っつうことは、俺はカーク船長?

角を曲がる寸前でリルートを掛けられたりするひどい仕打ちに何度か遭ったものの
結局のところは、とても順当な、九条西進→西大路北上→五条西進ルートで到着。

なお、往路、ものすごい量の黒煙?白煙?を吐きながら、幹線道路を 30km/h で
のろのろ走るジャリダンに出会う。よっぽど荷物を満載しているのかと思いきや
荷台の上に盛り上がって積まれているものが全く見えない。ということは、
空荷に近いはずだ・・・それなのに、この膨大な量の煙は何なのだ?
推測するに、きっとこれは不正軽油だろう。整備不良ではないと思う。
結局、燃料の価格があまりにも上がりすぎると、こういう輩が絶対出てきて
遠慮なく環境破壊してくれるのだ。「燃料代があがれば CO2 が減ってエコだ」
などという、エリートによる机上の空論どおりに世界は動かないの。解って?


スズキにて、いつものメカさんから部品を受け取る。ただ、ついにというか、
ようやくというか、廃盤になった部品が出てきたようだ。それは、エンジン後端に
くっついているフタ。エアコン用の温度センサーが刺さっている、例の板だ。
アレが欠品になった。もっとも、あんな板だけがイカれることなんてまずないし、
もしイカれたとしても、ただの鉄板だから、代用品はいくらでもある。スズキも
その辺を見越して在庫整理をやった、ということだろう。複雑半分、納得半分。

部品を受け取ったら、帰路につく。いったん五条通りを西進して、ダイハツの
ディーラーがある角を南に曲がり、電車のガード下をくぐったのち、七条に出て
東進。大宮通と油小路通で更に南下し、深草から大岩街道を抜けて山科へ。
なんとなく気が向いたので、カレー屋に立ち寄って昼飯を食い、帰る。


帰宅後、とりあえずフュエールリッドのクッションだけ交換。劣化していたというか、
単に、端のほうがちょっと切れていたので交換した、という程度の話。とはいえ、劣化は
細かいところほど気になるともいうし、こういうところをコマゴマ直していくのは大事。

ほかの部品については、気が向いたときに、おいおい交換していこう・・・
とか思っていたのだが、今ちょうど、気が向いた。勢いがあるうちに、ヤッちまおう。

カウルトップガーニッシュとガラスの間にあるゴム部品を交換するため、ワイパーアームを外す。
ワイパーアーム付け根のネジを緩め、ネジとアームの間にマーキングを入れたあと、軽く揺すって
テーパースプライン部の噛み込みを外し、アームを取り外す。あとは、合計 10個のスナップを
ぱちぱちと外せば、カウルトップガーニッシュはポロリと外れる。外れたあとは、バルクヘッド上端の
外気導入口やワイパーリングが丸見えになっている。ざっと点検し、錆のある部分はレノバスプレーで処理。
しっかりと鉄板むき出し状態にしたところにレノバスプレーを吹くと、鉄板は見る見る間に黒くなる。
確か、赤錆と反応して黒錆になる、という能書きのはずなんだけど・・・結局、生の鉄板なんてものは
剥き出しにしてしまったら 10秒たたずに表面が錆びる、ということだ。直ぐに油を引くのが肝心。

ついでに、ガーニッシュをはずしたところに見える、バルクヘッドとフロントサイドフレームの鉄板の合わせ目に
Noxudol 700 を吹き込んでおく。まだ全然サビている様子もないが、これも、予防のため、予防のため。


外したガーニッシュをざっと雑巾で拭いたら、べろべろになっているゴム部品を剥がし、残った
接着剤の残滓のような汚れをゴリゴリと削り取る。汚れを完全に落とし終わったら、溝の部分を脱脂し
新しいゴムを貼り付ける。新しいゴムの長さは、ほぼぴったりだった。溝から 5mm〜10mm ほど
長さ方向で長めに作ってあるが、それでちょうどいいので、左右対称にはみ出すように貼る。

ゴムを貼り終わったら、カウルトップガーニッシュを元通りに装着。スナップは新品に交換する。
新しいゴムは、助手席側の 15cm ほどの区間を除き、ほぼガラス面に密着していた。ちょっと浮いているのが
いかにも「カウルトップガーニッシュ自体も経年劣化で変形しましたよ」という感じで、感慨深い(?)


あとは、ワイパーアームを付けるだけだが・・・せっかく車体から取り外したので、ついでにこれも
塗装がハゲている部分を補修しておく。幸いにも、まだ錆はほとんど発生していなかったが、念のために
塗装が剥がれて地金が見えている部分については #250 のペーパーを掛け、脱脂してからレノバスプレーで処理。
塗装中、パラパラと雨が降ってきたので、500W の白熱灯で塗膜を強制乾燥。おおよそ指触乾燥したところで
関節になっている部分あたりよりも先までを、つや消し黒で塗装。まだ雨は続いているので、塗膜は強制乾燥。

・・・あまりいい状況での塗装じゃないので、耐久性は低いかもしれない。まぁ、しばらくの間凌げれば、それでいい。

塗膜が大まかに乾いたことを確認したら、アームを装着。アームに付けていたワイパースタンド金具については、
塗膜が完全に乾燥すると思しき一週間後を目処に装着する。どうせ、ブレードは結構傷んでいる状態なので、
ブレードを交換するまでの間は、ワイパースタンドなんて無くてもまったく問題ないし・・・というわけで。


クルマのメンテが終わったら、外出中に ROWA から届いたノート PC 用カー電源アダプター(LS-CR90AA)を開封。
ものすごく大雑把なダンボール箱を開くと、ビニール袋に入ったアダプター本体1個と、同じくビニール袋に入った
コネクター変換用チップ 15個ほどが出てきた。おそろしく簡潔なマニュアルを読み、変換用チップの中から、
Latitude X1 に適したチップを取り出し、アダプターから伸びたケーブルの先に差し込む。ケーブルと変換チップの
間は、PS/2 マウスコネクターにも似た、小型 6pin DIN コネクターで接続される。こんなコネクターで、最大電流
5A 弱を流すというのか(スペック表曰く)。なんとなく不安も感じるが、まぁ、大丈夫なんだろうと思うしかない。

シガープラグ側に、安定化電源からの配線と電流計を接続し、電源を投入。1秒ほど遅れて、カー電源アダプターの
表に「19.5」という出力電圧表示が現れる。同時に、ノート PC は外部電源供給モードに入り、3秒ほど遅れてから
バッテリー充電モードに入った。まずは一安心。続いて、動画を再生したりデフラグしたり、とにかく電気を食う作業を
動かし続ける。入力電流をモニターすると、最大で 4.2A ほど流れ込んでいる。だいたい 55W ぐらいってところか。
Latitude X1 標準付属の ACアダプターの最大定格出力が 50W だから、変換効率 85%〜90% ぐらいは狙えてるのかな。
この状態でカー電源アダプターを握ってみるが、暖かいなぁ〜という程度。この値段(\4k)でこれなら、お買い得かな?

一応、他のパターンも幾つか測定しておいたので、その結果を以下に記す。

条件 LatitudeX1 を負荷として接続
DC-ACインバータ→ACアダプタ DC-DCコンバータのみ
普通に利用しながらバッテリー充電 (測定値なし) 3.3A〜4.2A
電源を OFF にしてバッテリー充電 2.5A 2.2A
液晶を開いて無線LAN使用 1.6A 1.4A
液晶を閉じて無線LAN仕様 1.3A 1.2A
液晶を閉じて何もさせない 1.1A 1.0A

DC-AC インバータ&ACアダプタで使うよりは、さすがに効率は良い。それにしても、充電時で最大 4.2A って・・・
ヘッドライトですら、左右合計 6A なのに・・・本当に、すげえ電力食うよなぁ。かなりモバイル寄りでも、だ>ノートPC
そして、よく考えてみれば、このアダプターは最大出力 90W。その場合の入力電流は、8A ぐらいってことになるのか。
さすがに、シガーソケットでの接触抵抗なんかも気になってくる電流だな。なにより、バッテリーへの負荷がハンパねぇ;


そんなことをしているうち、ぐったりと疲労感が襲ってきた。うーん、カウルトップガーニッシュの清掃をするとき、
中途半端に座った姿勢を続けたのが祟ったか。最近、猛烈な勢いで筋力の衰えを感じる。もっと運動しなければならない。
だが、それだけの結論にしてはあまりにもなので、体温を測ってみる。・・・36.9℃。うう、なんか、平熱が狂ってないかい?
風邪じゃないとは思うが、とりあえず、風邪薬とビタミン剤を飲み、早々に眠ることにした。なにより、体力回復が最優先。

余談ながら、昼間にカレーで食った辛口カレーが、あまり消化されずに出てきた。やっぱり、胃腸に負担のかかるものは
まだ消化はうまくできないようだ。下痢は治ったものの、全ての体調が完全に戻るまでは、まだ時間がかかりそうだ。


6/29

今ひとつ体調が戻らない・・・が、とりあえず、例のクラック部分を溶接で直してもらうため、THK Factory に出かける。

念のため、体温を測っておく。体温計が壊れたのか?と思ったぐらい、昨日とまったく同じ 36.9℃ を維持していた。
平熱は 36.5℃ぐらいだったので、微熱といえば微熱のはずなのだが、頭が痛かったり鼻水が出たり咳が出たりするような、
明確な風邪の症状がない。せいぜい、なんとなく体に疲労感はある程度。動けないわけではないので、動かないわけにもいかない。

朝飯を軽く食い、作業のために必要と思しき荷物を一通り積み込み、雨がザァザァと降り出したころにようやく自宅を出発。
先方に到着する頃には、雨が止んでいると有難いのだけれど。とりあえず山を越え、東山通りを南下。京都南 I.C. を目指す。
出発してからしばらくの間、ナビが ON/OFF を繰り返すという症状が発生した。あれ!?電池はほぼ満充電だというのに!
困ったナァと思いつつ、ナビをクレードルから外して2〜3回ガチャガチャと嵌めなおすと、症状は発生しなくなった。
う?ひょっとして、クレードル接続コネクターの接触不良か、もしくは周辺パーツのハンダ不良か・・・?頼むぜソニー!!


東山通から九条通に入り、油小路を南下。京都南 I.C. に入るために、本能的に R1 を城南宮付近まで油小路で避けるつもりだったが、
九条通り通行中に VICS情報を得たナビは、油小路十条を右折して R1 に出て、南下することを指示。ほほん?半信半疑でその通りに
行ってみると、確かに、R1 は全く混雑していなかった。確かに、むしろ竹田と油小路の交差点を先頭とした南行き渋滞のほうが
存在する可能性が高かったかもしれない。うう、なんか、最近、迂回ルート計算でなかなかやってくれることが多いなぁ>VICS。

京都南 I.C. 付近で丁度強くなってきた雨脚に追われるように、高速に乗る。桂川 P.A. までの区間は特に雨がひどく、まったく
ウォータースクリーンで視界が遮られている状態。ヘッドライトを点灯するが、周りを見ると誰もライトを点灯していない。
多くの欧州車が装着しているバックフォグも、誰も点灯していない。本来点灯すべきときに点灯されないライトって、いったい何?
疑問を感じつつも、燃費の良い速度を維持して名神高速を南下。吹田 J.C.T. で近畿道へと入り(\1,250)、更に南下を続ける。
盛んに鳴り続ける C456i の無駄なステルス警報に苛つきを感じつつも、吹田で天候が回復したことには気を良くする。

曇天ながら雨の降っていない近畿道を南下し、松原 I.C. で高速を降りる。結局、京都東から阪和道まで乗り続けた場合の高速料金から
およそ \600、往復にすれば \1,200 を節約できた計算。下道による移動時間のロスは発生するが、新しい道を知るための代価でもある。

松原 I.C. で、阪和道の側道に下りる。特に、大阪や名古屋においては、高速道路の側道ってのは得てして流れがいいような気がする。
それは、阪和道においても例外ではなかった。完全に郊外もいいところを走っているこの路線沿いには、渋滞を生むような施設もなく
快適な速度でガンガンと流れていく。この先、時間差が 30分も出るとは思えない。松原で降りたのは正解だったと言えそう。

美原まで下ったところで、変な形の道路看板が現れた。レイジングハートのような・・・ん?なに?ロータリー交差点ってか?
おお、すげえ。なんでこんなところに、いきなりロータリーが現れるのだ。指示通りにロータリーを回り、2つ目の左折点で左折。
結果的に直進となるルートへと抜ける。それにしても、なんでこの交差点だけがロータリーなんだ?すごく謎めいている。

美原を離れ、更に南下を続ける。やがて、VICS 情報を受信したナビは、このまま側道を走り続けるよりも、北余部北交差点で
側道から離れるべき、と指示してきた。うん、事前に調べておいた通りだな。待ってました。指示通りに左折し、住宅街の道へ突入。


対面交通でかなり狭い、その道を延々と南下していく。やがて、道路は軽く右に曲がり、南海電鉄を踏み切りで横断する。
おお、これが、あの「南海ホークス」の南海か!(古い)。おそらく、人生で初めて南海電鉄の鉄路と触れあう経験に興奮は隠せぬ。

南海電鉄を横断したあとは、狭山駅沿いの県道 28号をトレースして狭山湖まで南下・・・と思ったが、道なりに走ったところ、
いきなり案内ルートをロスト。最初は、上空があまり開けていない住宅街なので、GPS の捕捉が狂ったか?と思ったが、きょうびのナビが、
多少上空が見えづらいからといって、そうそう捕捉を外すことはない。やがて見えてきた郵便局の位置で確認した限りでは、現在位置は
県道28号よりも1本西側にある、細街路だ。実際そのとおりで、止まらずにすれ違えるのは軽同士がいいところ、というほどに狭い道。
ああ、そうか・・・本当の県道 28号は、きっと広いはず・・・と思い、適当なところまで進んだところで、県道 28号方面へと抜ける。
狭い道路ばかりで構成された住宅街の中にポツンと、信号機を備えた交差点が見える。あそこで交差しているのが、県道 28号か。
きっと立派な・・・と期待しながらその交差点を曲がると、そこはさっきの細街路とまったく同じ狭さの道だった。笑ってしまった。
ここはきっと、古くからずっと存在している住宅地なのだろう。ここを離れた場所に、本当の抜け道があるはず。お邪魔しました orz

やたらに狭い道路を抜けると、狭山池沿いの道にT字で突き当たる。さすがにこちらは、かなり幅が広い。ここを左折した先のほうから
ここに来るべきだったのだろう。そう思いつつ、右折して直ぐに現れた1つめのト字路を更に右折して道なりに進み、国道310号を横断。
そのまま直進して、大阪さやま病院沿いをぐいっとくねりながら上る道を通過し、突き当たりの県道へと合流する。この、県道へと出るところで
そこそこ長い渋滞に巻き込まれる。ううむ、この出口は混むのか?そう思って信号を観察すると、青の時間がとても短いことがわかる。
おいおい、この制御はなんぼなんでも、やり過ぎでは・・・これが解っていれば、さっきの交差点で国道 310号側へと曲がって、南側から
迂回したほうがよかったかな。そう思ってナビの地図を見ると、県道 310号南下側には渋滞マークが出ていた。ああ、これを避けたのね。

渋滞に巻き込まれたことにより、緊張が抜ける。その瞬間、ふと、クラッチを踏む左足先に、軽い違和感を覚えた。別に、動かないとかいう
わけではなく、靴の中で足が踊っているような・・・妙に合わない感覚があった。確かに、足にぴったりフィットする靴じゃあないが、
違和感を感じるほどのことでもない。おかしいなぁ。まさか、こんな場所でいきなり体調がおかしくなるようなことにだけはならないでくれよ。

得体の知れない恐怖におののきつつも、突き当たりの県道34号を右折し、しばらく西に向かって走る。ここで、事前にセットしたルートどおり、
晴美台の中を通過する道へと降りる。晴美台は、緩やかな丘陵地の中に作られた、とても立派な住宅街だった。なんというのかな、いわゆる
高級住宅街・・・というよりは、ニュータウン、とでもいうべきなのか。京都でいえば、洛西ニュータウンをもっと立派にしたような。

そんなことを考えつつ、しばらく県道を走ったあと、適当な交差点で曲がって裏道をごにょごにょごにょごにょ・・・と抜け、現地に到着。
大変に有難いことに、吹田からずっと天候は良好な状態を維持しており、到着した頃には、車体もすっかり乾いていた。作業に支障なし。


早速、すでに到着していた某草兄に状況を確認していただく。リアバンパーを外し、患部をむき出しにした状態で診ていただいた結果としては、
宙ぶらりんにも等しい状態で辛うじてくっついているステーを一旦むしり取り、残ったボディー側の穴に板を溶接したあと、ステーを付け直す、
という修復方法を取るべきだ、ということだった。なるほろー。大胆だけど、材料と技術があれば一番確実な修理方法ってことかー。
ちなみにステーは、某草兄がえいえいっと手で動かされたら、簡単にモゲた(笑)本当に、ギリギリでくっ付いてたのだなぁ。

説明を聞きながら、何も手が出せない私としては、とりあえず修理の様子を観察。そこで見ていて思ったのは、やっぱり溶接・板金・塗装という
3つの作業については、(ちゃんとやろうとすれば)素人ではどうにもならないということ。板金・塗装についてはまだしも、溶接となると
道具も何もないので、手が出ない。無理難題をうまくやっつけてもらえるような技能者が近隣には居ないので、某草兄の存在は非常に有難い。


某草兄が鉄板を加工している間に、マフラーブッシュを全部純正に交換しておく。古い強化ブッシュの抜き方については、某草兄のやり方を真似る。
ウォーターポンププライヤーで引っこ抜くという方法(文章で書くとうまく伝わらない)。確かに、笑ってしまうほど簡単にブッシュが抜ける。
アメリカなんかだと専用の工具があるらしいが、別にそんなの買わなくても、ウォーターポンププライヤー1つで十分に作業可能。覚えておこう。

古い強化ブッシュを抜いたあと、昨日入手したばかりの純正ブッシュを入れる。全部純正ブッシュに戻すと、まぁなんというか、実にふにゃふにゃ(笑)
テールエンドを手で横に押さえてから離すと、多少オーバーアクション気味にぶるんと揺れるマフラー。元々、これだけの「振動の逃げ」があった
わけだから、そりゃ強化ゴムなんかで押さえ込んだら、ボディー側にストレスかかるわな。なんでも強化すればいいってモンじゃない、ってか。


やがて、久保兄さんと山口さんがやってきた。お二方とも、かれこれ1年半ぶりぐらいのご無沙汰。お二人とも相変わらずのようで、なにより。
山口さんと、ちょこっとカプの足話。リアの設定については、ほぼ意見が一致する。とにかく伸びが足りない。ただ、ショックの特性として
TTW のは伸びの押さえ込みが強いというところまでは気づかなかった。言われてみれば、確かにその通りの動き・・・。その後の話で、伸びを
確保するために **kg で 200mm のバネを入れているという話になる。ウチはどうだったかな。その場だとどっちか忘れていたのだけど、
あとから良く思い出してみれば、元々は 150mm+ヘルパだったものを、200mm 単発にした記憶がある。方向性としてはこれで正しかった。
ただ、私に足りなかったことは、”思い切り”だった。たった 4kg/mm ぐらいだと全然足りないという考え方にすべきだったのだ。
(もっとも、そうなると、雪道などでは正に『滑るように走る』ことになったかもしれない。悪路の走破を考えると微妙なところ)

そんな話をしているうち、某草兄による補修は完了。補修跡を見ると、鉄板が点付けでくっつけてある。外周縁の溶接じゃないのかぁ、と
思っていると、こっち(不規則に穴を開けて点付け)のほうが、応力が分散されていいのだとか。納得。これは完全に、know-how の世界だなぁ。

補修跡を脱脂してシャーシブラックを吹き、内側に(とりあえず)CRC-556 を吹いて防錆処理を完了。ステーがまったくぐらつかなく
なったことを確認したら、バンパーを元通りに装着する。ふぅ・・・これで、このカプチーノはあと 10年戦える(?)


一通りの作業が終わった時点で、時計の針は 15時前を指していた。ありえない勢いでかいた大汗をぬぐってシャツを着替えたら、
体調不良になることを警戒し、早々に辞して帰路につく。先ほどまでは雨がぱらついていた天候も、この時間帯だとかなり良好な感じ。
若干の余裕はありそうなので、まっすぐ阪和道の I.C. に向かわず、近畿道の松原 I.C. まで下道を移動。ルートは、往路の逆ルート。

相変わらず左足側に微妙な違和感を覚えつつ、帰路につく。狭い道をちょこちょこっと走り抜けて県道 208号に戻り、晴美台の住宅地を抜ける。
県道34号との立体交差店を右折し、若干伸びた左車線の渋滞を右車線からやり過したのち、大阪さやま病院沿いの道路へと曲がる。往路と違い
復路では、ここで手間取ることはない。さやま病院沿いの道を下りきったところにある池の原交差点を直進し、狭山池の横を通って、往路も通った
狭山駅近くの住宅街に突撃。またもルートをロストするが、往路とまったく同じ交差点を通過し、県道 203号を使って一気に住宅地を脱出。
あとは、県道198号で国道309号まで出たら、国道309号から阪和道の側道へと出る。これで、もっとも複雑と思われた区間は終了。

阪和道の側道を北上。往路と同様、流れはとても良い・・・と思っていたら、美原北の交差点を先頭にして、右折レーンで渋滞が存在した。
VICS によれば、曲がった先しばらくの区間で渋滞があるようだ。何か特別な施設でもあるんかいな。そんな右折レーンを尻目に、こちらの
直進レーンは流れがいい・・・って、ふと気づいた。そういえば、北行きはロータリーじゃないよな・・・なんで、南行きだけロータリー?


しばらく北上を続けたのち、現れた松原 I.C. から近畿道へ。近畿道をひたすら北上し、吹田を目指す。空には分厚い雲が垂れ込めていたが、
吹田に至るまでの区間では、ただそれだけのことだった。だが、吹田付近まで来たところで、ついに空からは雨が滴り落ちはじめる。気にせず
そのまま北に走り続けるが、雨はどんどん強さを増す。やがて、茨木を過ぎたあたりで雨脚は強くなり、同時に車列の速度も一気に落ちる。
その速度たるや、およそ 70km/h。だが、そんな状況であっても、詰まっているのは中央と右車線。左車線がガラ空きなのは不思議(笑

天王山付近で、京滋B.P. 宇治東〜笠取区間で事故渋滞発生という電光掲示板を見かける。特に影響はないが、念のため、天王山は
右ルートで通過。そのまま桂川 P.A. をやり過し、京都南 I.C. 第二出口で高速を降りる。ここに至ってようやく、雨は弱くなり始める。
そのため、ワイパーがいよいよビビリ気味になってきていることに気づく。アームの塗装が完全に乾いたら、ワイパースタンドを付けて、
そろそろワイパーゴム自体を新品に換えてやろうかなと考える。そんなことを考えつつ、竹田を通過して大岩街道を経由し、山科へ。

帰宅寸前に、ガソリンを入れておく。燃費は、15km/L ちょい。高速で移動した距離が短かったせいか、燃費の伸びが悪い。しょうがないけど。
青森の一般道を走ったときは、結構飛ばしていたのに余裕で 19km/L に届いたことを考えると、市街地の流れ次第で燃費は決まるな、と気づく。


帰宅直前、あまりにも左足の違和感がありすぎることに不安を覚えるが、ふと気付く。そういえば確か、サイドシル上の内装を剥がしたときに
運転席シートを動かしたあと、ちゃんと位置調整してない・・・えいやっと1ノッチ分シートを前に出すと、いい感じに戻った。そういうことか(汗)


帰宅。結局、帰宅するまで体調は持ちこたえた。体温を測ると、朝方と同じ 36.9℃で、平熱ギリギリを維持。それにしても、頭は痛くないし、
関節も痛くないし、鼻水も出ないし・・・風邪とかじゃないようだ。むしろ、手足が寒かったりしたことを考えれば、自律神経失調症の症状にも
似ているようにも思える。それならそうと解れば、むしろ安心できるのだが。やはり、一度ちゃんとした(?)医者に診断してもらうべきか。


6/30

朝4時ごろに、軽く目が覚める。体調不良現象が発症以来、ずっとこんな調子だ。
よくわからないが、体内で生活リズムを刻む時計がすっかり狂ってしまったのだろう。

そのせいかどうか、足に軽い違和感があったりする。微妙なぎくしゃく感、というか。
でも、歩き始めるとそこそこ普通に歩ける。歩けるけど、でも、体が少し重い感じはある。
一体これは、どういう状態なのだろう。自分の体が良くわからないことになっている。怖い。


気分の悪い朝を過ごしたのち、出社。ほぼ 27℃前後に保たれた会社のオフィスで座り仕事だが、
何故かすごい汗をかいたり、すごく寒くなったり。体温調整系が狂っている。なんだろう。。。

夜になり、仕事を終えて帰宅。帰宅後、足がものすごくダルくなった。ああ、ついに来るものが来たか(?)
と思いつつも、とりあえず頑張って飯を多めに食って、軽く眠る。すると、足の疲れはとりあえず取れた。
しかし、足の筋が張っているような感じがする。風呂に入って足を暖め、疲労を開放するように努める。

・・・それにしても、ここ数日ほど、すごく良くない状態が続いているように思う。これが一体何なのか。
何年か後、この日記をたまたま見直すころには、この現象が何だったのか、全て理解できていると思う。
でも、今は何なのかわからない。怖い。底知れぬ怖さがある。助けてくれ。誰か、俺を助けてくれ。


・・・といっても今の段階では、できるだけ飯を多めに食って栄養を補給し、よく寝て体を休め、生活習慣を
規則正しくしてリズムを作り直し、自己回復力を高めてやることぐらいしかない。頼む、直ってくれ、俺の体。