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Cappuccino 日記(2008/12)

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12/1

起床。舌のヒリヒリ、喉の痛みは、まだ持続。治るまでは、もう少しかかるか。
体全体は軽い感じだが、腰は相変わらず鈍痛鈍痛。こっちは長引きそうだな。

出勤。腰の調子は結構良い。膝が、ちょっとだけ不安定かな。あと、右手が
急に痛くなったりだるくなったり、なかなか不自由な感じは続く。舌の痛みは
全体的に引いてきた。とりあえず、それだけでも、よかった、よかった。


12/2

起床。喉の痛みは引かず。むしろ強くなっている気配。うう。
それ以外の点は、わりかし調子がいい。腰の痛みもほとんど引いてきたし。
長時間座っていても、ようやく痛さがでなくなってきた。もうちょっとかなぁ。
右手の調子も、少しずつ改善中。でも、一ヶ月前もそんなこと言ってたな。油断禁物。

そんなことを思いつつ、納期間近になった仕事を、24時杉までフルパワーで処理。
ああ、しんどい。しんどいけど、この坂を上りきらないと、コミケには挑めない。


12/3

起床。喉の痛みは、まだ引かない。荒れているのかと思って鏡を覗き込むが、
見て判るような問題はないようだ。食事などで差し支えがないから、まだいいが。
一方、舌の表面の痛みのほうは、ようやく収まってきてくれた。助かった。

昨日の頑張りのお陰で、仕事のほうの1つめのマイルストーンを、無事突破。
チームメンバーで快挙を祝うため、軽く宴会。酒はうまいが、眠い。しんどい。

帰宅。最近、寝つきがすごく良い。そのかわり、目覚めも良いのだが、
目が覚めてから本格的に起床しようという、精神状態になってくれるまでが長い。
目覚まし時計を 7時30分にセットしたとしたら、7時21分頃には意識が戻るものの
そこから目覚めにいたるまで 40分ぐらいかかる。二度寝し過ぎだよな・・・


12/4

起床。今日もまた、喉は相変わらず。腰の痛みは少しずつ引いてきているが、
今日はちょっとだけ調子が悪い。足もそれに引きずられたのか、少しだるい。
ああ、早く休日が来ないか。腹筋で起き上がるトレーニングを開始したい。

両肘より少し先のほうの骨を押さえると少し痛い問題は、まだ直らず。
だが、少しずつ収まっているということは、肘サポーターはそれなりに効果が
ある模様。少しずつ、右手のおかしな感覚も収まりを見せつつあるようだ。
とにかく、整形外科系の問題については、無理をせずに長期の養生が必要か。


それにしても、喉の痛みがとにかくキツい。目の疲れも強いが、これはまぁ
仕事でずっと酷使しているし、今までどおりだ。腰については、猛烈にマシに
なってきた。その分、膝とか肘の関節付近の軽い痛みがまた少し出ているが、
少しずつ弱まっていくことは期待できる。とにかく、未来に希望を持とう。


12/5

全体的には、昨日とあまり変わらず。腰の調子は少しずつ改善気味だが、
指の調子は変わらない。また、手のひらのうっ血感が、久々に復活(左右とも)。
ぐっと握ると、うっ血時独特の、硬い感じがする。さほど大きな問題でも
ないようだが、完調な感じがしないので、どうにも気持ち悪い。


12/6

昨日とあまり変わらず。肘の痛みは、まだ継続中。また、座り続けたあとに立つと
特に、腰が少し痛い。右指は時折違和感、そして疲労を覚える。こんな状態だから
どうにも、冬コミの原稿を起こす気力と精神力が出てこない。とにかく、
いろんなことに追われつづける、精神的負担がきつい。

そんなことを考えていると、いつぞやの右手と同じように、左手の肘が腫れている
ことに気づいた。あれから二週間経って、右手のほうの腫れがすっかり収まって
よかったよかったと思ったら、今度はこっちかよ・・・痛みが全くないところまで
右手の時と同じ。ということは、たぶん同じように、サポーターを付けていれば
やがて勝手に収まることが予想される。・・・それにしても、どうせならば
昨日に腫れてくれれば、まだ医者にも行けたものを。今日は休診日なので、
月曜日まで医者はやっていない。上記のような想像で対処するしかない。

右手の指の関節が、今ひとつ調子が悪い。だが、今日は右耳の鼓膜の痙攣がない。
関節の調子は悪いが、指自体の違和感はかなりマシだ。このへんの症状は、全て
仕事のストレスに起因するものかなぁ・・・。なんか、そういう気がしてくる。


そういえば、1つだけいいことがあった。喉の痛みが、ようやく治まってきた。


12/7

そんな感じで調子の悪い日々を過ごしていると、いろんなものが狂う。
真っ先に狂うのは、睡眠習慣。結局、昨晩は、朝6時まで眠れなかった。
やむなく睡眠薬の力を借りて、強引に眠りに入る。うまくいかない・・・。


・・・昼ごろに起床。幸いにも、調子は悪くない。まだ腰が少し痛いが、
腹筋だけで起き上がることは可能になってきた。肘をかばいつつ飯を食い、
注文していた部品を受け取りに、スズキへ。カプに乗って市内へ出かけるが、
相変わらず道路は混雑しているし、車間をまったく取らないクルマが大勢いる。

どうしてみんな、車間距離を取らないのだろう。私の後ろにも、そういうクルマが
速度にあわせた車間を取らず、ぴったりとくっついてきている。ミラーを見ると、
女性ドライバーだった。まったく申し訳ないが、こういう、煽っているわけでも
ないのに車間をとらない(ぴったりくっつこうとする)付和雷同型ドライバーは
女性がすごく多い。特に、致命的に車間が近いクルマはそうだ。なぜだろう。
ともかく、前を走っているこちらとしても恐ろしいので、アクセルとブレーキに
足を掛け、シフトダウンしてから一瞬パニックブレーキを踏む。その瞬間、
後ろから「ピッ!」というクラクションの音。・・・クラクションには手を
掛けているくせに、車間距離は開けてないってか。煽っていると判断するぜ?
だが、向こうもそれなりに恐怖を感じたのだろう。今度は、車間距離が 50m
ぐらいまで一気に開く。両極端も甚だしい。間を取ることはできんのか。

大通りを抜け、スズキに到着。いつものメカさんに声をかけ、部品を回収。
帰路では、いつも使わない裏道を優先して走ってみるが、なかなか楽しい。
あまり深い意味もなく道路を走り回るのは、それだけで楽しいものだ。不思議。


帰宅。数日前から、腕をぐっと伸ばすと、親指側の筋が痛む症状が出ている。
今のところは、右手側のみに強い。ずっとサポーターで締め付けているせいか。
また、キーボードを叩いているときの違和感が、右手から左手に移ったようにも思う。
ちょうど、左手の肘に水がたまっているからな。まったく、落ち着かない症状だ。
1〜2週間、長くて4週間も発症すればいったん収まってしまう。それで治る
こともあれば、結局、別の症状を発症しながらも続いたりもする。いったい、
俺にどうしろというのだろう。細かい病気をいくつもいくつもいくつも起こして、
すごく暮らしにくくして、それで結局、俺はどうしたらいいのだろう。指先は
冷たいのに汗ばかりかくので、全然滑らない。打ちにくい。クソッタレ!


まったく話は変わるが、SSD の値段がガクンと下がってきたし、11月にちょうど
クラッシュセクタが見つかったということがあったので、そろそろ、Latitude X1 の
HDDを SSD に交換する計画を立てる。HDD の中を整理した結果、16GB では少し
不足だが、32GB あれば余裕で事足りることがわかった。32GB の SSD なら、
PATA の ZIF タイプで、グリーンハウスの MLC なら \11k、MTron の SLC でも
\29k で買えるらしい。つい数日前までは、SLC なら \40k が相場だと思っていたの
だけど、一気に下がってきた。すばらしい。・・・だが、まだ、今すぐには買わない。
コミケが終わって年が変わる頃になったら、SLC 品の値段を見ながら発注をかける
つもり。おそらく、PATA については、MTron の SLC SSD が速度・品質ともに
最高峰だし、これを破る商品が出てくることも、たぶん可能性としては低かろう。
あとは、グリーンハウスの MLC の速度性能がどれぐらい出るかによって、どちらを
購入するかを決めたい。寿命については、深く考えない。3年持てば、十分だ。


12/8

大きな変化なし。肘は変わらず。

出社して仕事をこなすが、どうも調子が乗らない。足の調子もあまり良くないので
適当な時間に帰宅。原稿をいくらか書いてから眠るが、どうにも眠れない。
また、レンドルミンの世話になることにした。そのうち効かなくなったりして。

右足の先の調子が、また少しおかしくなってきた。このところ、腰痛対策で
教えてもらったストレッチをずっと実施しているのだけれど、結果を急いで
関節の可動域を無視して強引にやってしまったようだ。ストレッチって、
簡単なんだけど、我慢するのがすごく難しい。行き過ぎない程度にしないと
本当に、致命的に筋などを痛めてしまうようだ。よく気をつけるようにしよう。

あと、最近は、なぜか足首の疲労感が少し強い。筋肉もなにもないところだし、
足首を引く筋肉の衰えもないのに。なんだろう。冷湿布を貼って寝ることにする。

歯を磨いているとき、ふと、ニッ、と笑ったときの口の形が左右対称でないことに
気づく。あれ?前からそうだっけかな・・・?って、そういえば長いこと、
心の底から笑ったり楽しんだりしていなかったことに気づく。なんて人生だ!


12/9

左肘の状況は変わらず。右肘の角も、じくりと痛む。悪化しないでほしいな。

足の筋の調子がちょっとおかしい。炎症起こしたりしてない?やっぱり、
ストレッチで調子に乗りすぎたようだ。最近、いつもそうだ。焦りすぎよ!
だからいけないの。とエマさんに叱られてしまいそうだ。無理は禁物。
とにかく、痛んだ筋を休んで回復させないと。足首の痛みとか違和感は、
少し収まってきた感じもあり。しかしこれも、油断はできない。

上半身の筋肉がなんとなく痛かったり痛くなかったり。ストレスはかなり強い。
ここまでしつこく症状が続くと、自律神経失調よりも、仮面うつ病のほうを
疑いたくなってくる。実際、ちょっとうつ気味でもある。どうしたもんだか。

てな感じで、対策のため、体のあちこちにシップを貼って寝る。
・・・また、4ヶ月前に逆戻りな気分。


12/10

起床。昨晩は珍しく、クスリ無しでも寝付きがよかったが、起きるときもまた、
結構気分がいい。やっぱり、クスリを使って眠ると、そのクスリが抜けるまでは
全然テンションが上がらない・・・

起き上がる。足が重い。なんとも体調が悪いなぁ。起床後、両肘にサポーターを
付けて飯を食う。左肘の腫れは、まだ変わらず。むしろ大きくなっているかも。
医者に行ったほうがいいかな?右腕についても、肘の骨の痛み(押さえたとき)は
まだ引かず。だが、そんな状態なので、サポーターをつけて飯を食うと、右手の
血行が阻害されるようで、無駄に疲れる。右手については、外したほうがいいか。

両手の拇指丘が、なんとなくダルい。薬指の違和感はかなり無くなってきたのだが
まだこんな問題が手には残っているようだ。なかなか完治してくれないものだ。
あとは、肩と背中の筋肉が痛い。肩については、前面の筋肉も少し痛い気味。
なんだろう、全身の筋肉のコントロールのアンバランスが続いているのか?
とりあえずマッサージしまくって、シップを貼りまくる。くそう。腹が立つ。

足の筋については、とにかくシップを貼って消炎に努める。


12/11

目がさめる。なんだか全身がピクピクして、非常に気持ち悪い。なんだろう。

起床。昨日の朝と、体調は大きく変わらず。左肘の腫れも引かない。そろそろ、
医者でクスリを貰うなり、水を引いてもらったほうがいいだろうかな。だが、
仕事が忙しくて、なかなか早い時間に帰宅できない。どうしたもんかなぁ。

夕方。どうも上半身の調子が悪い。さすがに危機を感じ、無理に帰宅して
外科医に行って診てもらう。だが、肘の腫れについては、放置しておいたほうが
いいレベルだそうだ(下手に水を抜くと、かえって感染症にかかる危険がある)
・・・やっぱり、しばらく大人しくして様子を見るしかないってか・・・。
なお、この時点で完全に水が引いていると判断していた右肘も見てもらったら、
まだわずかに水が残っている、とのことだった。引いてから2週間は経つのだが
その程度で完治しないのが整形外科系の問題のようだ。なかなか勉強になる。

神経が全体的に敏感というか、なんというか。手のダルさと軽いシビレ感が
かなり強くなっている。足の調子も決して良くは無いが、もう気にしなくても
いいかな、と思う・・・膝より上側の構造物については、全然問題ないしね。

最近、肩こりがすさまじい。夕方には、肩が凝りまくって死にそうになる。
これが、上半身がダルいと感じることの直接の原因とも考えられるのかな。


数日前から、寝る前になると、頭が痛くなってくる現象が発生。おそらく、
長い時間じっと PC に向かっているとこうなるようだ。神経が繊細になってる?
やっぱり、自律神経失調とか、仮面うつとか、そういう類のは直ってないようだ。


12/12

普通に起きて、出勤。仕事に励むが、荷物の入れ替えなどをしていると、昼前に
凄いしんどさを感じる。まるで自分の体じゃないみたいに、言うことを利かない。
とにかくダルい。重い荷物を持つと、手や指の関節が、かすかに悲鳴を上げる。
その後ずっと、右手親指の先がぴりぴりと痛い。また、神経がやられたのか。

だが、そこをぐっと堪えて昼を過ぎると、状況は好転する。昨日とは段違い。
いわゆる、マッサージのぶりかえしってやつが来てるのかもしれない。
こうなったらもう、悪いことも全部いい方に考えよう。期待を抱く。


さて、無理なストレッチを止めて炎症をシップで押さえ込んだおかげか、
膝などに発生していた違和感は、徐々に解消してきた。ストレッチって難しい。
少しでも無理に伸ばすと、覿面にアウト。軽く伸ばす動作を何度も繰り返し、
少しずつ鍛えないといけないようだ。ああ、体を鍛えるのって、難しい。
なんでも気長に、気長に。細かいことで、一喜一憂しないしない。

肩こりが今日もまた凄まじい。今日もまた、夕方には死にそうになる。


帰宅。また、まるで風邪のような頭痛に襲われる。頭を振ると、ズキズキ。
やっぱり風邪なのか?と思ったが、昨晩たまたま計った体温は、ぴったり平熱。
寒気もしていないし、やっぱり風邪ではない。くそう・・・なんだろうなぁ。

そんな状況ながらも、できる範囲で冬コミの原稿をごりごりやって、寝る。


12/13

かなりの疲労が溜まっている。13時前までたっぷり爆睡して、起きる。
体調はそれなり。左肘の水は、まだ引いていない。だが、それ以外は大丈夫。

久々に、買い物へ。運転操作は、全然違和感なし。歩き始めに妙な違和感が
あったものの、しばらく歩くと、その違和感もなくなる。いったいなんだろう。
足に残る、この変な感覚は・・・。ストレッチで痛めた筋が、まだ回復しきって
ないのかな。とりあえず、様子見、様子見。あわてない、あわてない。

ホームセンターに向かい、紙を 4000枚購入。結構な値段になる。というか重い!
腰を痛めないように注意しながら、必死に運んでカプの助手席に積み込むが、
やっぱりこの重さは、どう運んでも腰に来る。ズキン!むう!だが、それでも
一応の回復を遂げた腰は、多少の痛みを伝えた程度で、悪化することはなかった。


その後、夜まで新刊の原稿作業と既刊の印刷作業をしてから、また買い物へ。
なぜか、クルマが異様に軽い。スイスイと走ってくれて、すごく気持ちいい。
私の体はどうにも調子が悪いが、クルマは実に調子がいい。まぁ、有難い。


帰宅後、ずっと原稿していると、少し腰が痛くなってくる。また、右手小指側の
ごく軽いシビレも継続。まだ肘は完治してない・・・というか、なんだろうかな、
力をかけると、右肘がピリリと痛む。左より右のほうが痛いなんて、不思議だな。
他にも、体中の関節が次々と痛んできているような。膝の関節も似たような感じ。
とにかく、関節が痛くて力をかけにくいというのは現状だ。理由は不明だけど、
まぁロクなもんじゃないだろうな。とにかく、あまり悪いほうに考えず、
今はじっと耐えるしかない。いつか、すべてがすっきり直る日を信じて。

・・・しくり。ただ、今日は上半身のダルさは出てこない。まぁ、いいのかな。


12/14

右手小指付近の軽い痺れ、右太もも付け根付近の筋肉の痛み、、、数え上げれば
いくらでも違和感がある昨今。なかなか、精神的に自由にさせてくれない。
しかし、なんで今更、足の筋肉が痛い?ストレッチって、こんなに怖いもの?
結局、無理を感じるところまでトレーニングをしても、得るものはなにもない
ということが本当に理解できた。少しずつ伸ばすようにしないといけないのだ。
だから、毎日一時間歩くとか、そういうことが大事なんだよな。理解できる。今なら。

箸を持っているときの違和感なんかは、かなりユルくなってきている。
結局、右手のシビレと連動している(=尺骨神経の痛みと連動)という理解で OK。


ちょっと原稿を止め、長い間メモ書きだけで放置していた日記を書いていく。
あまりにも長期間放置していたので、書いても書いても終わらない。ただでさえ
内容が基本ネガティブな上、まともに記録を取る気力もなかったことが多く、
かなりボロボロなメモからの日記の再生を余儀なくされる。かなり疲れるが、
ちゃんと日記としてまとめておかないと、同じような症状に悩まされる人の
参考にならないじゃないか、という考えに、ひたすら後押しされる。これは、
私に色々な知識と知恵と勇気を授けてくれた、インターネットという
すばらしい媒体への、私なりのささやかな恩返し(?)のつもりだ。

ともかく作業を進めていく。変に力が掛かっているのか、左肩の凝りと右手の疲労が
強い。とにかく最近、肩の凝りがすごく早期に訪れる。また、頭痛も。腰の痛みも
まだ完全には直っていない・・・かなり無視できるぐらいになってはいるが、
ふと、痛くなるときもある。実は、これがすごく怖い。また再発しないか、と。


夜。このところ数日、帰宅後に1時間+αほどの時間、マッサージ器に座って
肩の疲れを取るようにしている。これもまた効果があったようで、かなり楽に
なる。特に、肩こり。こいつを退治すれば、指も凄く楽になりそうな気配。

左肘に溜まっていた水だが、ここに至ってようやく、かなり引いてきた。
やっぱり、気づいたらすぐに、湿布をして炎症を抑えるべきだった(右肘の
経験から、とりあえずサポーターだけでいいや、と判断してしまっていた)。


12/15

右大腿裏のハムストリングの痛みだけは直らないが、それ以外はだいたい
良好な感じもある。ただ、昨晩もまた眠れなかったので、睡眠薬の力を借りた。
その余波がでかく、起きてからもなんとなく朦朧。もう少し軽い睡眠薬があると
嬉しいのだが、レンドルミンより軽い睡眠薬なんて・・・贅沢な望みか。

肩こりだが、連日しつこくマッサージ器で肩をボコスコ叩きまくったお陰か、
少しずつ楽になってきた。なんでも、即効で効果は出ない。でも、継続は力なり。


出社。相変わらずずっと座り仕事だが、やはり、座り続けていると、まだ腰が
軽く痛む感じが出てくる。あくまで少しずつ回復はしているのだけど、埒が明かない。
原稿作業のために休日もずっと座っているのも良くないんだろうな。今は我慢。

昼休み。ずっと続いている運動不足を少しでも解消すべく、昼飯を食ったあと
東本願寺の周囲約 2km を、できるだけ毎日歩いてみることにした。幸いにも、
今日は天気がいい。なので、歩くのが結構気持ちいい。足の調子が悪かったはず
なのに、歩いているうち、そんなこと忘れそうになる。今のところ足首のあたりに
疲労があるが、歩いているうちにどんどん蓄積するような疲労でもないので、
やっぱり単なる運動不足か、足の筋肉のバランス崩れによる疲労かと思う・・・。

堀を泳ぐ鯉を眺めたり、わらわらと歩き回る鳩を追いかけたりしながら、
およそ 20分少々で周回終了。これまで、貼っている感触をまるで感じなかった
背中〜腰の温湿布(痛み対策用)から、燃えるような熱さを感じはじめた。

・・・これだ、これだよ求めていたものは!

体の中から湧き上がる、命の躍動ッ!死んだような目に、輝きが戻ってくる。
やっぱ、運動しないといかんわ〜。あ、もちろん、少しずつだけどね。
一気にやると、また変なところを壊しちゃうからね。


そんな感じで、体を動かしてうっ血を解消したお陰か、今日は、手の疲労が
結構少ないように思える。もしかしたら、作業中の姿勢を少しでも良好にすべく
会社で使っているキーボードを別のものに入れ替えたこともあるかもしれないが。
このキーボードは、今まで使っていたものと比べると、パームレストの大きさが
圧倒的に小さい。手を中途半端に浮かしてタイピングしないといけないのだが、
むしろそれが、手首の角度を良い方向に向けるよう作用しているのかもしれない。


12/16

体調 全体的には、けっこう良好。やっぱり、運動は積極的にすべきだと思った。

運動の効果かどうかはさておき、長い間左肘に溜まっていた水はようやく引く。
だが、まだ肘周辺の組織は弱ってへろへろな感じがある。養生しよう。また、
これをカバーするためか、手の筋肉の張りは続いてるような気が。仕方なし。

腰は、日一日と良好になってきている。長い間座っていると痛みを感じることも
あるし、下半身の要としての性能(?)が少し足りないと思うときもあるが、
もう、ほとんど問題は感じない。冬コミに向けての調整は進みつつある。


定時退社後、また貴重な原稿作業時間を削り、マッサージ器で肩のコリを解す。
ずっと酷かった肩こりが、ようやく治まってきた。ちょっと前までは、夕方には
肩がひどく痛くなって泣きそうになることが多かったが、山は越えた感じだ。

右指の違和感は、いまだに消えず。原稿作業でずっと負荷を掛け続けているから
長い付き合いになりそうな気はしてきた。ただ、本当に箸を持つとき限定なので、
致命傷だけは回避できて、ある意味救われてるし、ある意味気持ち悪いし。

風呂に入ってから、布団に寝転がって腰痛体操。なんだろうねぇ、このジジイ感。
でも、何もやらないとジジイ度が加速する。そんなお年頃。なにしろ、連日
続けている歩行とストレッチだけで、既に足の内側の腱がひりひり痛い状態。
休憩を挟みつつやるべきなんだけど、これ以上運動強度を下げるのもなぁ。

体操完了後、PC に向かってがんばって原稿作業を開始。だが、こんな感じで
いろんなことをやっていると、原稿が予想以上に進まない。・・・マズイな。


12/17

起床。調子よし。寝る前に、右足の中指に変な感じがあったのだが、寝たら
治ったようだ(朝一番は多少変だったが、昼には良好な状態に戻った)。
ただ、連日飲んでいる睡眠薬の反動が強烈。眠い・・・。

フラフラしながら出勤し、仕事を片付けたらあっけなく昼。今日もまた、
ウォーキングに出かける。いつもの逆向きコースを歩く。初日は正直、ちょっと
辛かった。だが、3日目となると体も慣れてきて、楽な感じもあり、そうでない
感じもあり、という感じになってきた。少しずつ、距離を伸ばしていこう。
しかし、昼休みは 45分しかない。最長でも、3km ぐらいがいいところかな。

ぐるりと回って、会社に戻る。足の調子は、おかげさまで良好。課題の1つだった
ハムストリングの腱(内腿)の痛みも無い。体調が上向いてくると、頭のほうも
周りがよろしくなってくる。ずっと悩んでいた、仕事上の懸案にたいする解決が
なぜかサクッと思いつく。試行してみると、結構行けそうな雰囲気。よし!

夕方。なんとなく、上半身や腕がだるかったり、だるくなかったり。同じ姿勢を
取って作業を長時間続けると、すぐに疲労するようにも思う。これが治るのは、
早くても年明けだろうな。まもなく、発症後6ヶ月。なんと長患いなことだろう。
あらためて痛感する。本当に、体を壊してはいけない。ここまで治らないとは。

手の疲労だが、特に、右腕の筋がパンパンに張ってくる問題が一番大きい。右掌の
軽いむくみ感もそれなりに強い。右指の関節も、少し違和感ありぎみ。まぁ、
右腕が全体的にグタグタだが、連日の酷使を考えれば、それも止むを得ない。
幸い、腰の痛みのほうについては、稀に来る程度。変な姿勢を取ろうとすると
軽く痛みが走るが、多少気をつけておけば問題なし。回復の途中にある。

仕事が終わったら、職場の忘年会。これまで何度も行われてきた忘年会の
大半はパスしたが、どうしてもコレだけはパスできなかったので、参加。
できる限りアルコールを摂取しないように努める(帰宅後の原稿作業のため)が
ビールをコップ1杯飲んだだけで、すぐ凶悪に眠たくなる。うぐぐ・・・


なんとか1次会を耐えきり、帰路。宴会終了事項のタイミングが悪く、いつも
乗るバスが来るタイミングを外す。えーっと、次に来るのは 30分後か・・・

・・・5秒ほど考えたのち、自宅まで歩いて帰ることを決意。今の俺なら戦える!

ちなみに、家まではおよそ 2.6km。平坦地ならなんでもない距離だが、残念ながら
結構きつい坂が繰り返されるので、足に対する負担は意外と大きい。覚悟はあったが、
しかし予想より早く、足の疲労が訪れる。なんでかと考える。まず、靴紐が緩んでいた。
こりゃいかん(靴が足にしっかりフィットしてないと、無駄なエネルギーを使う)。

靴紐をしっかり結びなおし、歩行を再開・・・だが、やっぱり足がすぐに疲れる。
1つの理由は、長距離歩行用の靴ではない(体重によるショックを軽減するための
アブソーバが入っておらず、靴底が固い)こと。もう1つの理由は、地形効果。
自宅まで帰る途中の道は、わりと最近作られた4車線幅の立派な道路なのだが
設計に無理があったのか、歩道の幅がめちゃくちゃ狭い。そのわりに、規格上
必要があったのか、車道と歩道の段差が高い。その結果、何が起きるかというと
道路沿いの建物との出入りの都合上、歩道が幅方向にものすごく傾いてしまう
ゆえに、バンクのついたカーブを、重力に対して鉛直方向に立ちながらずっと歩くような
状態が続く。そのため、平坦地を歩くのと比べて、足首に変な力がずっと掛かり
ものすごーく早く、疲労が訪れる。特に、足が完調でない今は、なおさらだ。

結局、上り下りが比較的少ない大通りを歩いているときより、上り下りが
かなり強い住宅街の道路を歩いているときのほうが、ずっと足は疲れなかった;
(住宅街の道路はそもそも歩道が無い。よって、左右方向の傾斜問題は解消する)


けっこうヘロヘロになりながら帰宅。気になったので、距離と時間を調べてみた。
結果、昼間の散歩コースは 2.2km で 20分(時速 6km強)、夜の帰宅コースは
2.6km で 30分(時速 5km強)。どちらも、ほぼ信号待ちによるロスは無い。
それだけ、帰路はアベレージが落ちているということだが、、、いかに、
帰路の道路の条件が悪いか(いろんな方向への傾きが強烈か)ということだな。

帰宅後、風呂に入って足をしっかり休める。結局、大腿から脹脛にいたる筋肉は
まったく痛みなし。以前はすぐに痛くなった足の裏の筋も、痛みを感じない。
ただ、ずっと続いている足首のだるさだけが存在する、という感じだ。なんで
ここがだるいんだろう。ふくらはぎ&向こうずねの筋肉は衰えてないのだが。


12/18

起床。体が幾らか重い以外は、調子がけっこういい。寝つきもよかった。
・・・やっぱり、運動不足なんだな。その分、足へのダメージがきついけど。

出勤。仕事。腕の軽いだるさは、なかなか取れず。原稿終わるまでは我慢よ。

そして、ほどなく昼休み。今日もまた、同じコースで散歩。2km ちょい歩いて
さっくり終了。ああ、平坦地の散歩は、足への負担が少なくて、楽でいいなぁ。
市内在住だと、こういうのは無理なく実施できるんだろうなぁ。うらやましい。

そんなことを考えつつ歩いていると、下校途中の高校生らしき集団とすれ違う。
・・・そっか。期末試験がそろそろ終わって、終業式に向けて帰宅が早いのか。
いいねぇ、高校時代。いろいろ考えると、たぶん楽しさは2番目ぐらいだけど、
可能性は1番あった時代だと思う。高校生の諸君、高校生活を楽しめ、普通にな。


仕事を追え、帰宅。駅に向かって歩いていると、右足の先がチクチク痛くなって
きた。すわ!また、指に障害かよ!とドキドキしつつ、可能な限りの短縮ルートで
帰宅。靴下を脱いで原因を調べたところ、どうも、右足薬指の爪が伸びすぎて、
右足中指の横の皮膚を抉っていたようだ。
痛むところを触ってみると、明らかに
皮膚に、鋭利なモノで削ったような段差が出来ていた。そういえば、半年ぐらい、
足の爪を切ってなかった・・・ダメだよ、ダメだよ俺。早速、爪を切って対策。


12/19

今日もまた、足が重い。その重さは、昨日とほぼ同じ。右足の先のチクチクは
見込みどおり、完全に解消。その代わり(?)今日は、ハムストリングの腱と
膝の関節が少し痛い気味。また使いすぎたか・・・。週末は休ませるか・・・

右指の調子は、まだ大きな変化なし。こっちも、休ませてやりたいけど・・・
あと、ちょっと、腰が痛い。今日はホントに。やっぱ、週末は休息日だな・・・

そういえば、せっかく水が引いた左肘がまた、少し水を持ち出している。
血行が悪くてダルくなるのでサポータ外してたんだけど、早すぎたか?


12/20

というわけで、足を休ませつつも、コミケ原稿の最後の追い込みで全力全開。

早速、ハムストと膝の痛みは消滅。足首の妙な感覚はまだ残る。ううむ。嫌だな。
だが、足は休んで回復しても、ずっと座っているのは腰にすごく負担をかける。
腰が痛い。なんとなく、そろそろ爆弾が破裂しそうで怖い。ものすごく怖い。
ここで爆発したら終了なので、ちょこちょこ立って、やり過ごそうと努力する。

作業中、ときおり右腕の筋肉をマッサージ。あちこちをグリグリしていると、
特定の部位で、手先に軽い痺れ感が出る。へぇー、神経ってこの下にあるのか。
なんだか最近、いろんな病気を経験することで、腕とか足とかについて、
解剖学的な知識を覚えつつある。ちょっとだけ、アミバになった気分。

左肘の水だが、早速サポーターを復活させたら、一瞬で水は収まった。覿面。


作業を続ける。ふと、数日前から、座って作業をしていると、太股の裏側の筋肉に
ゾワゾワ感というか、ムニュリ感を感じることがあったりして気持ち悪かったりする。
正確には、何ヶ月も前からこういう症状はあったんだけど、筋肉のピクピク感が
減ってくるにつれて目立つようになってきたようだ。嬉しいこと、なのかな?
右鼓膜の痙攣とこのムニュリ感が、最後に残った症状、ということで・・・


精力的に作業を進めていると、夜になる。TV を ON にして、ながら見。
毎年この時期は、明石屋さんま&SMAP の番組を楽しみに見ているのだが、
なんというか・・・何年も繰り返されるうち、だんだん劣化してきたと思う。

確か、最初は深夜に近い枠でやっていたと思うのだけど、その頃はめちゃくちゃ
面白かった。なぜか、今はかなり面白くない・・・そもそも、ひな壇が要らない。
さんまと SMAP の6人とスタッフだけで構成しても十分面白い番組のはず。
なんで、変なバラエティっぽくして、改悪しちゃうんだろう。残念。


12/21

腰はなんとか、過酷な連日の業務(?)に耐えきり、むしろ回復気味。
どうかこのまま、最後までパワーを維持して駆け抜けきってくれ、俺の腰!


死ぬ寸前の努力によって、なんとか原稿がヤマを越えてくれた。少し気楽になった。
買い物へ出かける。手足の調子は、いつになく良好。調子に乗って、カプもフル加速。
・・・だが、気温が下がっている状態で、かつウエットな本日。あたりまえのように、
ホイールスピンの嵐に見舞われる。リアタイヤだけ太くしないと、バランス取れん!。


帰宅後、原稿作業を進めつつ夕食。夕食後、胃腸の調子の悪さを感じる。已む無し。
だが、それ以外は結構いい感じ。耐えきれ、俺の胃腸!(←全身こんな感じ)


12/22

原稿のほうが、ほぼ完成に近い状態になる。あとは、細かいところの仕上げと、
話の整合を取るためのセリフの再調整。気に入らないところを直していく。


昼ごろまで作業したら、気分転換を兼ね、ちょいと部屋を抜け出してカプ点検。
寒くなってきたので、バッテリーの電圧を測っておく。始動前のバッテリー電圧は
12.5V。当然ながらエンジンは始動一発で、始動後の充電電流は 2A 足らず。
うん、全然ヘタってやがらねぇ。いい感じダナ。ちなみに、ファーストアイドル
終了後のオルタの発電電流は、9A弱。車体の消費電流は、7A弱ってところか。


夜まで原稿作業を続けたのち、夕飯を食う。ふと、箸を持ったときの
右手の違和感が、遂にほぼ無くなったことに気づく。お、おお!ようやく回復!?
やっぱり、発症からほぼ三ヶ月かかるパターンってか・・・。なんともはや。


12/23

原稿は、まもなく完成!追い込み、追い込み!頑張れ、頑張れ!

追い込み中にくたばることのないよう、腰痛対策として、痛みが出るより先に
腰と脊椎左側の筋肉に温湿布を貼っておく。その効果は覿面だった。
いつもなら少しは出るはずの腰痛が、まったく出ない。冷えてるのかねぇ。


原稿の仕上げの調整の途中、頭を冷やして客観視する目的も兼ね、少し前の日記で
書いていた SSD 購入計画を進める。年明けまで待つつもりだったが、今のところ
1.8" PATA-IDE という限られたカテゴリーのドライブの新品が出そうな気配がない
ので、Mtron の MSD-PATA3018-ZIF2-032 1本に絞って、値段をずっと調べていた。
結局、ヤフオクであれば \21k 前後で入手できることが判明。入手ルートは確定。

あと、Latitude X1 で使うときに必要な ZIF-IDE 変換基板と、ディスクの中身を
移し変えるときに必要な 1.8" 東芝 IDE 対応外付け USB ケースの入手方法を
検討する。なぜか、両方の商品を同時に入手できる通販ショップがないので、
近傍の電気屋で安く入手できないようであれば、年末の秋葉原で買うことにする。


そんな感じのインターバルを挟みつつも作業を黙々と進めた結果、ようやく
冬コミの原稿が完成する。ああ、なんとか今年も、ここまでこぎつけた・・・
本当に感無量。あいかわらず稚拙な作品ではあるが、完成できたことが嬉しい。


12/24

起床。調子は良好。ただ、猛烈に眠い。ずっと短時間睡眠していたせいだ。
私のパターンとしては、8時間睡眠しないと、いろんなところにガタが来る。
もっと短時間睡眠で済む体だったら良かったんだけど、これは諦めるしかない。

今日は仕事なので、出勤し、まずは昼まで仕事。懸念していた腰痛の復活もなく、
指の調子もなかなかいい感じで推移している。んッんん〜んッ、いい気分だッ!

荷物を持って事務所の間を往復するついでに、ちょっと 2km ほど遠回りして歩行。
凹凸の強い歩道は歩きにくいが、足に異常を来たすこともなく、普通に歩ける。
ただ、靴の踵のクッションがないタイプの靴だったので、かかとが痛くなる。
まぁ、これは昔と同じ状態の痛み方なので、痛いけど、むしろ嬉しいんだぜ?

ともかく、4日間ほど昼の歩行を止めていたのだが、問題は起きていない。
この調子なら、年末のコミケでの歩行もまったく懸念は無いな。
肘も指も調子がいい!このまま完治へとつっ走れ!


事務所に戻ったあと、昼からの仕事に耽る。仕事が結構大変な状態なので、
ちょっと遅くまで頑張ろうかな、原稿も終わったことだし・・・などと思ってたら
同僚はみんな、定時過ぎにさっさと帰りやがる。な、なんて奴らだ、まだ原稿が
終わっていないというのかッ!?などと思ったが、よく考えたら今日はクリスマスイブ。

・・・ま、まぁいい。私も、見栄を張って(?)さっさと帰宅。

帰り道、近所の電気屋に寄って、SSD 換装のためのパーツを探す。東芝 1.8" IDE
対応 USB ケースを購入。通販と見比べてもそんなに価格差が無かったため。だが、
残念なことに、IDE-ZIF 変換基板は取り扱いがなかった。これだけはアキバかな?


帰宅。完成した原稿を、印刷用データに落とす。そのとき、ふと気づいた。
CPU を Athlon X2 5600 にアップグレードしてから、ComicStudio の原稿出力に
かかる時間が、ものすごく短くなったことに。CPU パワーの向上をそのまま受け
強烈に高速化されたようだ。・・・まぁ、正直、どうでもいい点だけど(汗)
その割には、紙を回転させたときなどの描画がもたつきがちなのは、
やはりビデオカードというか、ドライバーの性能が追いついてない?

そういえば、ビデオカードといえば、解像度を変更したり、マルチモニターの
相互の位置関係を変更したりしたときに ComicStudio 上でのタブレットの
描画位置がずれるという問題があるが、C:\WINDOWS\system32\tablet.dat を
手で編集してやれば、ズレを直すことができるらしい。どうも最近、うっかり上記の
調整をやってしまったようで、今日になっていきなり描画位置がずれるという
とんでもない問題が発生したのだが、以前の tablet.dat を保存しておき、
インストールしなおしたタブレットドライバが作成した tablet.dat を手動で
マージすることで、タブレットのショートカットボタンの再設定をやり直す
という面倒くさい作業を回避しつつ、描画のズレを直すことができたのだった。

・・・正直、この程度の作業は半自動でやりたい。タブレットドライバーの設定の
インポート/エクスポート機能をドライバに付けてくれてもいいんじゃないか、wacom。


印刷データに落とした原稿を印刷し、セリフや書き文字の位置を微調整。けっこう
印刷範囲からはみ出していた要素があったので、ちょこちょこ修正が必要になる。
そんな感じでぎりぎりまで原稿を詰めていると、眠い頭がギンギンに冴えてくる。
そして、何か判らないんだけど、後頭部のほうに何かが凝集する感覚が出てきた。
ぶっちゃけ、意味がわからない。ものすごく気持ち悪いけど。対処不能・・・


夜もすっかり更けたところで、ようやく原稿修正作業が完了。ああ、あとは
印刷するだけだ。時計を見ると、かなり遅い時刻。明日も仕事だ・・・寝よう。

布団に向かう。足が、ちょっとガクガク気味。今日は、足が疲れている。
原稿作業に集中して、長いこと座っていたからか。いかん、油断禁物。


眠る前に、IDE-ZIF 変換基板について色々調査。通販で買ったほうが安くなりそう
だったので、通販で入手することにした。冬コミ出発前に商品が届くように
納期をよく吟味して店を選んだのち、発注。あとは、先日オクで落とした
Mtron の SSD が到着すれば、Latitude X1 SSD 化のパーツが揃う。


12/25

昨晩の入眠は遅かったが、起床はいつもより2時間早い。5時間寝ていない。

だが、いつもより早く起きたのは、朝一番から、今年の新入社員が1年を
振り返るためのミーティングが開催されるため。任意参加の立場ではあったが、
やっぱりこういうのはちゃんと参加して、話を聞いてあげないとね。うん。


出勤前、昨晩注文しておいた IDE-ZIF 変換基盤の注文が無事に通り、納期が
26日で間違いないことを確認。早速代金を払い込んで、明日中入手を確定。

出勤してミーティングに出席したら、すぐに昼。定例の散歩を終えたら、
追い立てるようにやってきた昼からの仕事を精力的にこなす。頼むから
今日は定時に帰らせてくれ。わき目も振らず、150% のパワーで処理。

鬼気迫る様子が誰にも理解されたのか、追加の業務は入らず。定時になったら
そのままフルスピードで会社を飛び出し、全力で帰宅。なんでそんなに急いで
いるかというと、冬コミ新刊の印刷を、今日中に(出来る限り)終えていないと
いけないからだ。いつもウチの本の作成を全力で支援してくれているタケル氏だが、
今回もまた当方の窮状を察して、平日にも関わらず、今晩遅くに、印刷済みの紙を
引き取って製本作業をやってあげよう、と申し出てくれたのだ。もう、なんというか、
地獄で仏に会う、とは正にこのことなのだろう。正直、今の進捗だと、なんとか
原稿は完成できても、出発前に製本を完了することが相当難しかったからだ。


ともかく、このチャンスを逃すと、以後のスケジュールは相当厳しくなる。
プリンター君に紙をセットし、可能な限りのスピードで印刷を進めてもらう。

時折「キー・・・キー・・・」という微かな金属音を立てつつ紙を飲み込み、
印刷を進める LP-8400。いつもならば、まぁこんな状態であっても、印刷は
問題なく行われるものだ。だが、今年の私に離れず寄り添ってくるピンチの神様は
そんな程度じゃあ満足しない。今日に限って、猛烈な勢いで紙がジャムる。
いつもなら、1000枚打っても1枚ぐらいしかジャムらない。なのに、今日は
10枚打つごとに1枚ジャムるというトンデモないパフォーマンスを叩き出す。
うはwww大ピンチwwwタケル氏が到着する時刻はどんどん迫る。まずい!

いろいろ調べたところ、カセットに用紙をセットすると猛烈にジャムるが、
トレーにセットすればジャムらないことが判明。不幸中の幸いで、片方の
用紙搬送機構は生きていたようだ。大丈夫だ!俺たちぁまだ目ェ瞑ってねェ!

調子を上げ、印刷を進める。やがて、半分ぐらい出来たところでトナー切れ。
早速、追加で注文していた2本組のトナーのうちの1本を取り出し、交換。
トナー交換後にテスト印刷をしたとき、ちょっと嫌な予感がした。どうも、
さっきまで使っていたトナーよりも、印刷結果が濃いようなのだ。

印刷内容も設定も変更していないので、本来ならばそんなに濃度は変わらない。
まぁ、濃さそのものは結果として許容できる範囲だったのだが、何が問題かと
いうと、予定よりもトナー消費が増えることだ。君は、生き延びることができるか?

・・・その不安は的中した。やっぱり今年の俺には、ピンチの神様が付いている。
最終ページの残り 50枚になった時点で、ついにトナーが尽きて白い紙が吐き出される。
しかし、ピンチの神様よ。そんなこともあろうかと思って、私はわざわざ2本組トナーを
注文していたのだよ!まだまだ甘いな、神様!呵々、と高らかに笑った私は、
力尽きたトナーを手早く抜き取り、残ったトナーをプリンターに装填する!

ちょうどこの時点で、タケル氏が到着。ここまでに印刷を完了した紙を渡しつつ
あと 50枚で全ての印刷が終わるからちょっと待っててね、とお願いする。キーキーと
印刷を再開したプリンターを横目に応対を終えたら、プリンターのところに戻って・・・

・・・あの、印字結果が、、、ピンボケしてるんですけど・・・

ピンチの神様は、どんでん返しに次ぐどんでん返しを用意することを忘れない。
交換したトナーは、あろうことか不良品であった。セットの仕方を失敗したかと
思って再装着してみるものの、結果は全く変わらない。・・・ま、マズイぜ・・・

胃の中に、冷たくて思い錘がどすんと落ちてくる。いや、タケル氏に全ての原稿を
渡せないことは、問題ではない。問題は、残り1日しかない、ということだ。
残り1日では、新しいトナーを入手することは不可能。どうして窮状を回避する?

とりあえず、明日も仕事があるタケル氏をこれ以上待たせるわけにはいかない。
印刷完了した分を託し、とりいそぎ巣に戻っていただく。残りの印字分については
出発日(27日)までに追加印刷を終え、持っていってその場で折ることにした。


一人に戻り、対策を考える。不良トナー自体はクレーム処理で交換してもらえるが
そのトナーが到着するのは、早くても 27日。年末だから、もっと遅いかもしれない。
となると、やっぱり今の装備のままで対策を考えねばならない。・・・だが!だがね!
こんなもの、深刻になるほどの逆境ではないのだよ!やっぱ甘いね、ピンチの神様!

脂汗の滲む額を拭うこともしないまま天に向かってニヤリと笑うと、さきほど
取り外したトナーを手に持ち、クルリクルリと数回転させてから、プリンターに装着。
そう。今回は、予備トナーが多めにあるということで、トナーは完全に使い切らず
交換していたのだ(白線が印字面に入った瞬間に交換)。ということはつまり、
リザーバコックに切り替えたバイクの如く、最後まで絞りきる余地があるってことさ!

結局、1枚印字するたびに取り外して振って装着して・・・というところまで
完全に使い切って、残り 50枚+αの印字を完了することに成功した。

・・・勝った!俺は、荒波を乗り越え、運命を打ち破り、勝ったのだ!



もう・・・燃え尽きた・・・もう・・・ゴールしても・・・いいよね・・・

泥沼のような眠りに落ちる前に、オクで落札した Mtron の SSD が届いていたので
最低限の検品を実施し、先方に連絡。早々に処理して頂いたお礼を述べる。
ああ・・・あとは、ZIF-IDE 変換基盤が届いたら、入れ替えするだけだ。。。



幸せな眠りにつく。


12/26

精神的な開放を深く味わいながら起床し、出社。今日は仕事納めということで、
それほどの緊迫感もない。年始の作業についての確認がメイン。ああ、開放感。

昼休み。今日もまた、きっちり 2km 歩く。足の調子はいいが、少しダルい。
やっぱり、肉体的には疲労が溜まっている。年末に、全部開放してやるze!


仕事をしっかりと完了したら、帰宅。残るコミケ向け作業として、サークルの
案内看板に使う POP を描きながら、Latitude X1 の SSD 交換作業を開始する。

まずは、Latitude X1 の HDD のフルバックアップ。Windows を起動した状態で、
ntbackup を使ってネットワーク経由で NAS にバックアップ。その後、変換基板を
介した SSD を USB 外付けケースに接続し、ファイルを書き戻す。何度も何度も
接続方法を確認しながら各パーツを接続するが、USB ケーブルを接続しても
なぜか、SSD が全く認識されない。最初は、コネクター刺し間違えた!?と
思って思いっきり冷や汗をかく。だが、SSD 内部に用意されている電源 LED は
ちゃんと点灯しているから、接続ミスは無いはずだ・・・でも、認識しないのは
事実だ・・・ひょっとして、この USB ケースは、SSD に対応していないのか?

そんなことを考えつつ、Latitude X1 をいったん解体して HDD を取り出し、
USB ケースに接続。HDD(MK6006GAH)はアッサリと認識された。ってことは、
やっぱりケースが非対応・・・などと考えつつもう一度 SSD を接続すると、
今度こそ Mtron SSD は認識された。あ、あれ?さっきと刺し方同じだけど・・・

まぁいいか。接触不良かなんかだろ。深く追求することはせず、SSD をフォーマット。
[コンピュータの管理]-[ディスクの管理] を見ると SSD が普通に認識されているので、
1つの NTFS パーティションを作成し、アクティブ化してからファイルを書き戻し。

バックアップを行った時と比べると圧倒的に早く書き戻しが完了したので、速度性能を
期待しつつ、boot.ini を書き換えて(※パーティション構成が変わったため)から
Latitude X1 に装着して、電源を投入。BIOS 画面が出たのち・・・うう。何やら
ntoskernl.exe が足りない、とか言われる。そんなに SSD とは難しいのか?と思いつつ
SSD を USB 接続して内容を見ると・・・確かに、ntoskernl.exe が存在しない(汗)

何度か書き戻しを繰り返して調べてみたが、どうやらそもそも起動したドライブを
完全にバックアップするのは困難なようだ。Latitude X1 から HDD を外し、別の
マシンに装着して ntbackup によるファイル吸い出しを行うと、今度こそ、完全に
システムドライブを復元することができた。もう一度 SSD に書き戻し、再試行。
今度こそ、ブート時に ntoskernl.exe が無い、とは言われなくなった。

というわけで、開始後3時間ほどを要したが、ようやく Windows XP が起動。
噂どおり、ログイン画面に入るまでの速度が爆発的に早くなっている。正直、
同じ PC とは全く思えない。何倍ぐらいだろ?3〜4倍速ぐらいかな?
正直、桁違いにマシンパワーのあるデスクトップ機と比べて、全く遜色ない。

あまりの速さに胸を高鳴らせつつ、ログイン・・・だが、ログインできない。
あれ?ファイルの書き戻し方を間違えたのか?また1時間ほど、お悩みモードへ。
だが、いろいろ調べた結果、システムドライブの GUID が変わっているので
ログインができなくなっているだけだと判明。Windows98 の起動 FDD を使って
fdisk /mbr を実行し、MBR を飛ばして GUID を消去することで、ログイン可能になった。
・・・これ、HDD を交換するたびに引っかかってるような気がする・・・(汗)


という感じで、紆余曲折はあったものの、なんとか SSD 換装は完了した。
結論としては「SSD に変えないだなんて、とんでもない!」と叫びたくなる
レベルのパフォーマンス向上が得られる。起動もバカみたいに速いが、とにかく
何をやらせても引っ掛かりがなく、ものすごくストレスフリーな PC になる。

ベンチマーク結果はこれ。倍速ってレベルじゃねーぞ・・・

MK6006GAH


MSD-PATA3018-032-ZIF2


シーケンシャルリードでも 5.5倍、ランダムリードに至っては 7.8〜67倍を叩き出す。
ライトではリードほどの優位性はないが、それでも 2倍以上のパフォーマンス。

さすがに、ベンチマークでもここまで数字が違ってくると、体感性能も桁違い。
もう、「速い!」ってレベルじゃない。「あれ?俺、マシン買い換えたっけ?」レベル。
1.8" HDD がどれだけシステム全体の動きの足を引っ張っていたか、ってことだ。

感動しつつ、眠る。ああ、コレは本当にいい買い物をした。あと 5年は戦える。


12/27

さて・・・短いようで長かった準備の戦いを終え、ようやく冬コミに向けて出発の日と相成った。

本番は明日(祭りの初日)から始まるので、今日は移動日なのだが、それだけじゃない。
まだ印刷済みの紙の束状態で留まっている新刊の製本を行わねばならない、という日でもある。
タケル氏が先行で折っておいてくれた大部分の本文に、トナートラブルで遅れて追加印刷した
少量の本文を加え、先日できあがった表紙と裏表紙データをタケル邸のカラーレーザーで印刷し、
本文をやさしく包んでホチキスでがっちゃんこ。そんな感じの、わりと規模の大きな事務作業。


そのために、京都を出発する予定の 20時よりもかなり早い時刻に、タケル邸入りせねばならない。
そこそこの時刻には起きだして、昼頃には荷物の準備もひととおり完了していた状態であったが、
しかし、少し出発は遅れることになりそうだった。そう、本人の準備は完了していたけれど、
クルマのほうの耐寒防備(スタッドレスタイヤの装着)が、まだ完了していなかったため。

ここ2日間ほどの会社での重労働(機材入れ替え)のためか、微妙なだるさの残る体をひきづりつつ
タイヤ置き場へ。腰に負荷を掛けないように留意しつつ、黒いビニール袋で厳重に梱包していた
スタッドレスタイヤを取り出す。まだゴムの香りが漂うほど、まったく劣化の進んでいないタイヤ。
ある意味モッタイネーという状態だが、無駄に減らしているよりはサイフ的に優しいので OK とする。

(くれぐれも)腰に負担をかけないよう、地面をゴロゴロと転がしてタイヤをクルマのところに移動。
4本全ての溝の状況を確認したのち、表面のリブレットの消え方が揃っている組を2つ選び出し、
セットで夏タイヤと入れ替える。冬タイヤのホイールは汎用の安物なので、ハブリングは欠かせない。
だが、ハブリングを嵌めるべきハブ側の錆が少々ひどく、リア側のハブリングは叩き込まないと
入らない体たらく。純正ホイールはすっきり収まっていたので、ハブリングの内径が少々キツイ?

ともかく、ハブリングを噛ませつつホイールを嵌め、ホイールナットを規定トルクで締めこんで終了。
あとは、長期放置状態だった冬タイヤの空気圧をチェック。3本は 110kPa 程度まで下がっていたが、
1本だけは 20kPa ぐらいまで下がっていた。ほとんど空気抜けてます、な状態。ふと、昨年の冬に、
ホイールが腐食してます云々、という説明を受けたことを思い出した。たぶん、それによる空気漏れ
だろう(虫ゴムは交換済)。交換してやるべきだと思いつつ、いまどき PCD 114.3 で 4H のホイールを
探すのも大変だよねー、と思ってため息1つ。だが、放っておけば更に入手性は落ちる。探すか。

交換した夏タイヤを保管庫に移動し、クルマをジャッキダウン。左腰骨が微妙にピリピリと痛む。
だが、幸いなことに、ここから痛みが発展する様子はない。これならまぁ、大丈夫かな。安心。

タイヤ交換を終えたら、荷物を全て詰め込み、昼飯を食ってから出発。今年の帰投は大晦日だ。


高速道路をサラッと走り、14時頃にタケル邸に到着。準備万端で待ち構えていたタケル氏に荷物を渡し、
水樹奈々嬢の産毛を激写した Blu-ray ディスクを鑑賞しつつ表紙を印刷開始。色調整については、
各色のガンマ曲線がモニターとかなり違うようなので、PhotoShop 上での簡単なキャリブレートでは
どうしても思い通りの結果にならない。肌色がある程度正常に出れば良し、という基準で調整。
あまりゆっくりもしていられないので、ある程度のところで納得し、印字を開始する。

印字枚数は、150枚。いくらレーザープリンターでも、カラー印刷は予想以上に時間がかかるので
印刷完了を待ちつつ、追加印刷した本文を折ったり、あれこれと準備をしながら時間を潰す。


ちょっと時間が余ったので、SSD に換装した Latitude X1 を起動。だが、電源を入れてサスペンドから
起こそうとしても、画面が真っ黒状態から復帰しない。・・・昨日、作業の最初のほうで発生した現象と
同じだ・・・やっぱり、ケーブルが接触不良でも起こしているのだろうか?ねじ廻しは1本持ってきたが、
今から分解してどうこうする気にもなれず、どうやら初期不良を引いてしまったらしい自分の運の悪さを
呪いつつ、黒画面の状態のまましばらく放置。・・・果たして、そのまま何分ほったらかしにしたろうか。
電源を入れっぱなしで放置していたことを思い出した Latitude X1 の画面を覗くと、あろうことか
サスペンドから正常に戻った愛機の画面が、何事もなかったかのように表示されていたのだ。

・・・えーと、つまり?・・・少し考え、可能性を引っ張り出す。冷えていると、MTron SSD は起動しない?
一瞬そういう仕様なのかーと思いそうになったが、思いとどまる。まさか、機械的構造のある HDD じゃあるまいし。
原因追求をしたい気持ちに駆られたが、今はそういう状態にない(製本前&出発前)ことを思い出す。とりあえず
電源を入れてしばらく我慢していれば、Latitude X1 は利用することができる状態のようだ。今はこれでよしとする。


そんなこんなでしばらくすると、150枚の表紙印刷が無事完了。続いて、裏表紙の印刷を開始。今年は
不運が続くので、一応ちゃんとした絵を描いた表紙と比べ、裏表紙は恐ろしくシンプルな図案のみ。
なぜかというと、出発当日に印刷、というリスクマネジメントもへったくれもない状態なので、
最悪の場合、タケル邸のプリンターが故障する可能性がある。その場合、モノクロ印刷に切り替えても
大きな違和感の出ない絵にしないといけない。ということがあって、そうしたわけなのだが
その読みは恐ろしく正解だった。表紙 150枚の印刷を終えてホッとしている私に、やはり
ピンチが訪れる。裏表紙を 100枚ほど印刷した時点で、タケル邸のプリンターのトナー切れが発生。
こんなこともあろうかと予備トナーを発注してあるのだよ、と余裕綽々の様子でプリンターの前に
立ったタケル氏の表情が、俄かにピンチ状態のソレになる。トナー切れを起こしたのは、予想外の
イエローのトナー。事前に警告の出ていたシアンのトナーしか、タケル氏は在庫していなかった・・・

これが、逆境か!

交換トナーはそう安いものではない上、そこらに売っているものでもない。今からヨドバシに行けば
入手は可能のようだが、時計を見ればすでに 16時。ちょうど今になってタケル邸に到着したK氏は
数十分前に、電車に乗ってヨドバシ付近を通過していた。あと 30分ほどトナー切れが早ければ、
荷物を両手いっぱいに抱えたK氏にトナー購入をお願いすることも(論理的には)可能だったが
なんとまぁ、間の悪いことか・・・。今から買いに行くのもためらわれる時間だし、どうするか?

最悪、モノクロで印刷するか、イエロー以外のトナーだけで打つか、と考えていた私だったが、
タケル邸のプリンターは、1色でもトナーが切れればモノクロ印刷すら受け付けないようだ。
万事休すに近い状態だったが、タケル氏が、机の横で静かに眠っていたソレに気づくのは早かった。

カラーインクジェット!

幸い、インクジェット用のインクなら、近くのホームセンターに在庫もある。更に、レーザーと
インクジェットという印字機構の違いにより、印刷結果の色合いに大きな差が出ることも予想されたが
シンプルな図案にしていたこともあり、試し印刷して比較すると、ほとんど違いは感じられなかった。
・・・すんでのところで首がつながる、とは、まさにこのことだ。デバイスを切り替え、印刷再開。

印刷の歩みはゆっくりしたものだったが、結果は着実だった。結局、黄色系のインクを半分ほと使い切る
という恐ろしいコストパフォーマンスの悪さを見せたものの、残った 50枚の印刷はきっちり完了。

わたし・・・精一杯がんばったよ・・・もう・・・ゴールしても・・・いいよね・・・

トラブルに何度も見舞われつつも、なんとか印刷の終わった全ての紙の製本を終えたのが、出発ちょっと前。



荷物を整理したら、いよいよ出発準備が全て完了。往路で同乗される某草さんを待つ。某草さんは、
”できているところまでの出品物”をあさいさんから回収し、こちらに来られる予定だったが、さすが遅延無く
当初予定通りの時刻に、集合地点に到着。某草ワークス号をいつもの場所に隠し、荷物を積み替えて京都を出る。

帝都に向かう4名を載せたタケル号が京都を出発したのは、20時。いつもよりも軽く2時間は早いので、
かなりの余裕が見込まれる。いろんな意味で緊張の糸が切れた瞬間、ごく軽い腰痛すらも子守唄のように
心地よく感じつつ、体の自由の利くセカンドシートの上で、まどろみの沼の中に落ち込んでいく・・・

・・・意識を回復したときは、意識を失う前と似たような状況にあった。真っ暗な景色の中を進むタケル号。
無意識のうちに現在地情報を求めた私の薄暈けた視線は、前方から迫ってくる緑色の看板を発見する。

"・・・士山"

まだ焦点の定まらない私の視野の中を、大きな緑地の看板がさっと走り抜ける。そこには、白色の文字が
コントラスト高く書き付けられていたのだが、その中の「士」と「山」という文字だけが認識できた。


・・・え?もう、富士山?


どんだけ眠っていたのかと思ってじっくりと看板を見直すと、「士山」の前に
「甲賀」という文字が書かれているのを発見。・・・どうやら俺の妄想はひどく先行していたようだ;

その後、セカンドシート上で眠りから浮き上がったりまた軽く沈んだりしつつ、何もしない夜を過ごす。
何もしないことなんて久しぶりなので、何をしたらいいのかわからない。いや、何もしないほうがいいのか。
何もしない夜なんて滅多にないのだから、ここはやはり、何もしないことをする(c)プーさん ほうがいいな。


よくわからないことを考えつつ、窓の外を流れる黒い景色を眺める。時折 S.A. で止まっては、空気を吸いに降りる
S.A. の夜景は、とても久しぶりに見る景色で、それはそれは素敵なものだった。やはり、夜とは非日常の象徴。
妙に落ち着く。やはり、たまに非日常に触れないと、俺の小さなストレス袋は簡単にオーバーフローするようだ。
だが、非日常が続くデスマーチもまた、つらい。そのときは日常に触れないと、袋は簡単に破け散る・・・

・・・そうね・・・たむ、あなたの体は日常にあっても、心はいつだって非日常にあるのよ。日常にいるときは非日常、
非日常にいるときは日常を、いつも反対側をみて生きていくのよ。そうしなければ生きていけない。
あなたはいつも蜃気楼を見ているんだわ。義務の彼方にある、自由という蜃気楼をね・・・



夜食を食ったりしているうち、やがてタケル号は、1時に 海老名 S.A. に到着。それなりに疲労は溜まっていた
ようで、後部座席でおとなしくしている間は、歯茎が少し疼いたり、舌が痛くなったりすることがあった。
だが、これから待ち受ける楽しい5日間のイベントを前にして、些細なことを気にはしていられない。
メールであさいさんの作業状況を確認したら、朝食と夜食を買い込み、車内に戻って短い睡眠を取る。


12/28

・・・まだ外も暗い 6時ごろ、起床。夜のうちに買い込んでおいた朝飯を、名雪のように寝ぼけながら食う。
脳に血液と栄養を送って戦闘準備を整える間もなく、先に起きていたと思しきタケル氏は手早くクルマを出す。
会場でのトイレ渋滞を避けるため、途中の港北 P.A. に寄ってもらい、そこで 、たむ:/var/tmp の吐き出しを完了。

タケル号は先へ進む。幸いなことに、首都高を含め、渋滞は見当たらない。さっくりと C1 を抜けたら、
埋立地の上に低く構える橙色の太陽を横目に見つつ、本土を脱出。朝のガスの中で目覚めを待つ建造物を
遠景に従えたレインボーブリッジを渡り、埋立地へ向かう。それにしても、何度見ても飽きない景色だ・・・



多少のコースミスを交えつつも、テニスの森の北側を東西に走る道路を抜け、指定された東臨時駐車場へと到着。
7時半ちょい前ぐらいの余裕ある時間なのに、既に、駐車場の入口には、100m を超える長い行列ができている。
サークル用駐車券があるからいいようなものの・・・普通の駐車場だったら、満車を心配せねばならない程だ。

行列はさっくりと流れる。適切な場所に停車し、荷物を下ろして搬入。初日は、タケル氏のスペースにて売り子。
スペースは東館にあるので、東館の駐車場側にあるサークル入口から入場する。初日とはいえ、入口は混雑を
極めている。駅のほうから流れてくる一般入場の列を横切る必要があるが、荷物が多いとこれが大変だ。

サークル入口を越えると、中は快適だ。台車を押すタケル氏を誘導しながら、建物を横断してスペースへ。
建物の中は、まだ早い時間ながらも多くの人で熱気に溢れている。みんなとても楽しそうだ。祭りの醍醐味だな。


スペースにたどり着いたら、手早く設営を完了。



このところのタケル氏の新刊表紙を毎回描かせて頂いているのは、私一名のみ。それゆえ、デザインの統一感は
けっこうあったりする。今のところ、デザインのベースは、黄色 → 赤色 → 青色と来ているわけだが、はたして
次は何色が良かろうか?橙色?または、緑色?・・・なに?色なんて選べない?わかった。正直に換言しよう。
うさぎ → レイちゃん → 亜美ちゃんと来たわけだが、次は美奈子ちゃんがいいか、まこちゃんがいいか、だ。


さておき、設営が終われば、あとは特にやることもない。タケル氏のスペースを守備しつつ、ときおり周囲を
散策して過ごす・・・と思っていたが、ちょっと予想外な状況が発生。今回、メカミリのジャンルコードが微妙に
変わっていたのだが、その理由の1つはおそらく、別のジャンル内ジャンルとして大きく成長していた「鉄道擬人化」が
統合されたことが考えられる。このジャンルの詳細は各自で調査いただきたいが、とにかく、すごく強い
メカミリの中で圧倒的な強さを誇る「鉄道」関連だからだろうか、それともコミケの主軸となる腐系だからだろうか、
朝から終了までほとんど、黒山の人だかりが消えないほどの盛況ぶりだ。そんなジャンルのすぐ近くにタケル氏の
スペースが配置されたもんだから、たまらない。目の前の通路から人の姿が消えることはない・・・
いや、それどころか、下手すれば3日目の島中かと見まごうほどに人が溢れかえる。

だが基本的には通過するだけの人・・・だと思いきや、意外とそうでもなく、ちょこちょここちらに興味を示しては
新刊を購入していったり、「1」を購入していったり。初っ端から評判と動きの良かった(タケル氏の本は、実際に
自動車事故を起こしてしまった人が、納得して買っていったりする率が結構高い。つまり、実用度が高くて評判がいい)
タケル氏の本は、今回の配置の良さも相まってか、その売れ方が比較的ずっと継続し、15時半には2冊が完売。
喜びを分かち合うとともに、本の残り方を見て、次の販売では計画の見直しが必要らしい、と結論する。


時計の針を、少し戻す。今回、原稿完成の遅れにより別便(飛行機)での上京と相成ったあさい先生だが、
予定通りのフライトを終え、無事、サークル入場時間内に到着することに成功していたようだった。姿を見れば
連日の徹夜による疲労は感じられないが、おそらく相当なものだ。目を瞑って 5分もすれば、立ち寝できるだろう。
いつもと変わらぬハイテンションぶりで応対を続けている姿には、苦境を乗り越えた漢の誇らしさだけが滲んでいた。
何故その苦境を招いたかという理由の言及はさておき、そのタフネスさに対しては、心の底から尊敬できると思った。

そんなことを思いつつ、タケル氏のスペースを訪れて下さっていた了さんを連れて、あさいさんスペースを再訪。
手持ちの PC のパーツ表では、Kei に使えるデフの範囲がわからなかったため。予定通り、ちょうどそこには
一仕事を終えた某草さんがおられたので、話を振ってみる。だが、なにやら戸惑い気味の了さん。Kスペでは
某草さんと話をされたことは無かったのかな?まぁ、ちょうどいいか。ここで、つながりを作っておく。


そんな感じで、わりと平和に進んだコミケ1日目は予想外に早く時が過ぎ、ほどなく閉幕の 16時を迎える。
メカミリ名物の三本締め(だったかな)が行われたあと、和やかな雰囲気の中で撤収。手分けして荷物を整理し、
台車に2スペース分の資材を積み込んで退却。東臨時駐車場に停めてあるタケル号まで順調に戻ったら、総員乗車。
男7人が鮨詰め状態で重かろうタケル号は、健気に V6 エンジンを嘶かせつつ、宿に向かっての足取りを進める。

少し前に経験したとおり、東臨時駐車場は、駅に向かう人の流れとまったく交わらない。そのため、出庫は
きわめてスムース。待ち時間なく駐車場を出ることができる。タケル号はそのまま、勝鬨橋を経由して都内へ。
東京ドーム付近に確保した宿への誘導は、前席に座っていただいたI田さん(都内在住)が行う。なので、
具体的にどこを走っていたのかは記憶にないが、予想外にスムースだったことは確かだ。なんというか、
経験を重ねるにつれ、どんどん都内移動の要領、つまり時間効率が良くなっている気がする。

やがて、宿に到着。今回3連泊するベース基地は、「朝陽館」という、都内にありながら、日本情緒あふれる宿。
・・・というか、仕事でこのへんに宿泊したときも思ったが、東大前という立地のせいだろうか。すごく
歴史のある宿が、このあたりには多いような気がする。それはそれで嬉しいことなのだが、問題がない
わけではない。何が困るかというと、最近のホテルでは当然の「インターネット接続し放題」サービスが
まず期待できない、ということだ。窓を開けて野良 AP を探すが、かなり貧弱なものしか見あたらない。
今年の冬は、ネットから隔絶された3日間を過ごすことになりそうだ。それもまぁ、いいことだけど。


荷物を降ろして一休みしたら、いつものように第一次打ち上げ隊が出撃。目的地は、お茶の水パセラだ。
地下鉄で2駅ぐらいの距離だが、歩いて往復できることは夏で判明しているため、誰一人として
電車を選択肢に入れることはしない。地図からはまったく予想できないほどに起伏の激しい
お茶の水付近の地形効果は意外と大きいのだが、まだみんな 30代、十分に健脚だ。
私も、夏と比べれば桁違いに足は回復しているので、特に問題は感じなかった。
それだけでも本当に幸せなことだ。健康って本当に大事ですよ、みなさん。

パセラでは、いつものように酒を飲みながらガーガー歌う。今回少し面白かったことは、
ライブの疑似体験(?)だった。カラオケで水樹歌などを熱唱するタケル氏やI田さんに合わせ
サイリウムに模した携帯電話を振る。映像で見ていれば他愛のない行動だったのだが、やってみりゃあ
これが意外なぐらいに面白く、妙に熱中してしまう。かつては、サクラ対戦の「激!帝国華撃団」に
身振りをつけながらカラオケを熱唱されていたI田さんの姿を不思議に思いつつ眺めていた私だが、
なにも不思議に思うことなどなかった。自分も同類であったのだ。新たなる境地に目覚めそうな悪寒。


その後、酔ってますますコントロールを失った私は、ピッチャーの底にコップを引っ掛けて
ビールを2杯ほども床にぶちまけつつ、なんとか自分の足で大地に立ち、宿へと帰還する路につく。
帰路はもう、いい調子なものだ。通り道にあった蕎麦屋で(何故か)カレーを食い、眠りこけた
あさい先生に絡みつつ、宿へと戻る。残念ながら、戻った頃には既に日付が変わっており、
宿の風呂には入れず。疲れをアルコールで洗い流したと思い込み、雑魚寝部屋で即寝。。。


12/29

その眠りは、きわめて深いものだった。ほとんどの雑魚寝仲間がすっかり目覚め、朝飯すら調達し終わった
10時ごろに、遅れてようやく起床。ゆっくりと布団から起き上がりつつ、何をしようかと考える。。。
だがしかし、敢えて「これだけはやるんだ」と言い切れるような、いい予定がない。完全に無計画。
ああ、こんなことは久しぶり。まさに、「何もしないことを、してるんだよ」という状態になりそう。

2日目の有明に向かう大半の仲間を見送ったら、死んだように眠り続けているあさいさんの寝息を聞き流しつつ
広い雑魚寝部屋の窓際に座り、何をしようかと考える。幸いなことに、夏と比べれば、体調の回復は著しい。
外出を控えて体力を温存しなければならないほどの状態ではない。となれば、やはり外出せねば。

インターネットに接続できないので、キャッシュにぎりぎり収まった MapFan.PLANNER の地図を眺めつつ、
いくつか気になっていたランドマークの年末年始の営業状況をケータイ電話で確認していく。当然ながら、
浜離宮と皇居東御苑は開園していない。小石川植物園は・・・あ、ここもダメっぽい。うーん・・・

1時間ほどかけてなんとか観光計画を練りあげたら、ノート PC を入れたリュックを背負って、宿を出る。
あさいさんは、まだ起きる気配を見せない。まさに、しかばねのようだ。部屋の電気を消し、その場を去る。
彼がその死に場所として選ぶのは、ただ1個の地点座標だけ・・・その男は、あさい・・・わが友、あさい・・・


というわけで、温暖かつ好天という絶好の外出日和の空の下、11時ごろからようやく移動を開始。
残念ながら僅かに疲労感が漂う足腰に喝を入れつつ、JR 水道橋から中央線に乗って、JR 代々木駅へ向かう。

代々木駅を降りたら、駅前の小さな交差点を左に折れ、JR のすぐ近くの下り坂を歩きながら先へと向かう。
その先にあるのは、明治神宮。名前はよく聞くのだが、一度も行ったことがなかったのだった。
なぜか都内神社マニア(?)になりつつある私としては、まずは初級クエストレベルのこれを攻めておきたい。

だらだら下る坂を降りたら、再び道路は上り勾配へ。無駄に脚を疲れさせる構造だな・・・と思いつつ進むと
S字カーブを曲がりきったところで、小さな五叉路ぐらいの交差点に行き当たる。左に折れると JR をくぐるが、
右に折れると、ちょっとした上り坂の向こう側に、鬱蒼とした森が待ち受けている。それが、目指す地点か?
坂をダラダラと上ると、まもなく、石造りの大きな鳥居と、そこからまっすぐに伸びた参道が待ち受ける。



ケータイの写真だとうまく表現できないが、視野は完全に森で埋め尽くされている。向こうから迫る、森。

・・・まさか、都内の線路沿いに、これほど大きな森があるだなんて。まったく予想すらできなかった。
だが、入口で感じたその感想がぜんぜん甘っちょろいものであることには、入ってから気づかされる。
黒緑色に沈む森の入口を守る鳥居をくぐって、一点透視図法で伸びる北側の参道を歩く・・・



どれだけ歩こうと、この景色がぜんぜん変わらない orz これほど長い参道を持つ神社も、珍しい。
もっとも、そのお陰で、すぐ近くでガタタンガタタンとやかましい金属音を立てているはずの JR の路線が
まったく存在しないかのように静まり返っている。深く茂った森の中に差し込む僅かな日の光の他は、
ただ、都心の森の中に住まう小鳥の囀りと、明日以降の準備に余念のないおっさん達の喋り声しか
伝わってこない。あとは、自分の足を通じて聞こえてくる、シャク、シャク、という砂利を踏む音。

・・・最初のうちは、これも心洗われるものだなぁとしんみり感じていたものの、歩いても歩いても
参道が終わらないので、さすがに飽きが来る。まだまだ回復の遅い足も、少しずつ痛くなってくる。
周囲の景色は大きく変わらないし、参道を示す案内看板すら見当たらない。参詣の人の数も少ない。
あるいは、道を間違えたのか?ちょっとした不安が襲ってくる。だが、引き返すのも躊躇われるほど
奥地まで侵攻したところで、ようやく、別の流れに出会う。そこは、少し開けた交差点だった。
交差点はト字形をしており、直進側は相変わらずの雰囲気。右手側を見ると、また鳥居が立っている。



・・・いやいや。なんですか。この、ラスボスが待っている宮殿の中に実はまだこっそりレアアイテムが
隠してあるんですよ、みたいな感じの脇道構造は。ついついアイテムコンプリートを目指したくなる心を
ぐっと抑えつつ、順路と思しき直進ルートを選択。川口探検隊は、さらにジャングルの奥地へ進む。

その後、参道は雰囲気を少し変える。ますます痛くなってきた足に喝を入れつつ先へ進むと、やがて
T字交差点に行き当たって、代々木側の参道は終了する。・・・はて?どうすれバインダー?少し
周りを見る。T字路の左側に進むと、原宿側の参道に入るようだ。は、原宿・・・まるまる一駅分
この神社は広がっているというのか!?京都御所も地下鉄1駅分の長さはあるけど、明治神宮は
一味違ったデカさを感じるように思う。京都は、全体的に起伏が少ないから、かなぁ。疲労が違う。

迷わず右に折れ、参道を進む。少し進んだところの左手に、また何やら庭園のようなものへの
入口が用意されている。入りたい入りたいああ入りたい。たまらない誘惑に駆られたが、時計を
見ると、もうかなり昼に近い時刻。あんまりのんびりしている余裕もなければ、足の具合も微妙。
また次の機会の楽しみとして取っておくことにして、太い参道をとにかく進む。



参道が尽きるころになって、また目の前に大きな鳥居が聳え立っていた。ここまでに見かけた
どの鳥居よりも美しく清掃され、美しい木の色に輝いている。鳥居には、巨大な十六八重表菊が
取り付けられている。それを見上げながら鳥居をくぐると、ふと、戦艦大和の艦首が迫るような
錯覚に陥る。・・・それにしてもこの紋様・・・簡潔であるのに、なんと気高く、美しいことか。

ふと、中国に海外出張に出かけたときの帰路のことを思い出す。知り合いも無く、日本円どころか、唯一の
コミュニケーション手段である英語すら全く通じないような異文化圏の中で、赤色のパスポートの表に
力強く輝く金色の菊の御紋と、パスポートの中に書かれた「日本国民である本パスポートの所持人を
通路故障なく旅行させ、かつ、同人に必要な保護扶助を与えられるよう、関係の諸官に要請する」

という力強い言葉1つに、どれほど精神的に助けられたことか。そう。私は、日本国の国民である。
偏狭なナショナリズムを振りかざすための国ではなく、自分の帰るべき場所としての国の存在は
おそらく、誰にとっても必要なものだ。その支柱として、あれほど適切な紋章もあるまい、と思う。


鳥居をくぐると、中はともかく立派なものだった。迎春の準備が進められているので、通常の順路に当たる
ショーメン突破路は白い布で塞がれていたので、特別順路に従って通路を進む。私の前には、白人男性
数名からなるグループが静かに歩いている。彼らは、この厳かな雰囲気を察してか、決して大声は上げず
静かに参拝を済ませ、去っていった。そんな彼らも、何かあれば「Oh, My GOD!」とか「Oh, Jesus!」とか
言うんだろうな。いいじゃん、多神教。無駄な争いは生まないし。ノーベル平和賞総ナメだと思うんだ。

そんな様子を見送ったあと、私もゆっくりと参拝を済ませ、本殿前を去る。来年はいい年でありますように。


さて。1つ目のミッションは、とりあえず終了した。参道を分岐点まで戻りながら、時計を見て考える。
この時点で、ちょうど 12時ぐらい。今からだったら、麻布氷川神社に行けるな・・・。だが、どこだ?
正直、「行こうかな」とは思っていたが、ただそれだけのことだったので、行き方の調査をしていない。
一応、出発前に地図を確認し、麻布十番駅を降りて少し歩いたところにある、ということは理解している。
(ただ、携帯で調べたところ、駅からの道のりの割には所要時間が妙に長いことが気になってはいた)

で、問題は、だ。この、JR 代々木駅と原宿駅の中間付近にいる状態から、どのように移動すればいいのか?
こういうときに便利なんだよね、ケータイって。代々木駅 → 麻布十番で経路探索をして、結果をチェック。
えーっと・・・お!なんと、東京メトロ大江戸線を使えば、代々木から麻布十番まで1本でいけるそうな。
年末になって、やっと運が良くなってきたようだぜ!長い長い参道をとぼとぼ歩いて、代々木駅へ戻る。


地下鉄代々木駅の入口は、JR 代々木駅入口のすぐ横にある。大江戸線はかなり深いところを走っている
はずなので、ホームに下りるのはちょっと時間がかかる。だが、これもトレーニング。階段を歩いて降りる。

すぐにやってきた電車に乗ったら、あっという間に麻布十番駅へ。地上に上がったあとのルートを
しっかり覚えておいたのだが、予想とはちょっと違う位置に出てしまい、少し焦る。慌てず、周囲を観察し
脳内地図と現在地の情報の整合を取る。こういうとき、徒歩ナビか携帯地図があると便利なんだろうなぁ。


地上に出てすぐ、左前方に伸びる道路を歩き始める。もっと広い幅の道と思っていたのだが、意外と狭い。
特に、歩道が狭いのには閉口する。まぁ、古くからある町なんだろうな。いまさら改良のしようもなさそうだ。

少し歩いたところで、ちょっと傾斜が強くなり、公園のような広場に出る。両側には、テナントがみっしりと
入った商業ビルが立ち並ぶ。ふと、ここいらであれば野良 AP もまともに使えるだろうかと考え、腰を下ろして
かばんからノート PC を引っ張り出し、電源 ON。すばやく立ち上がった Latitude X1 は、無線 LAN の電波を
受信し、自動的に FreeSPOT へ接続する。お、そっか、ここには FreeSPOT があるのか。こりゃあいいや。

・・・だが、久々につながった FreeSPOT は、何故か恐ろしく速度が出ない。まるで、PDC で 9600bps 接続
していたときのインターネットブラウジングを思い出させる。おかしい。なぜ、速度が出ないのか?
他にも接続可能な AP は存在したが、いずれも接続が安定しない。調査のため NetStumbler を起動すると、

数十個の AP が一気に表示された。

各 AP の情報を見ると、同じ無線チャンネルの AP が十個以上並んでいる。うわ・・・こら、あかん。
AP があまりにも多すぎて、電波が干渉を起こしている。おそらく各部屋の中だと、電界強度の差があるから
問題はないと思うが、全ての部屋から等しく離れているようなこの場所だと、全部の電波が等しく干渉する。

・・・11a 対応の無線LAN カードが入っていれば、状況は違ったかもしれない。だが、Latitude X1 は 2200BG (>_<)
なんとかならないか色々と挑戦してみたものの、数十個(おそらく 40個以上はあったと思う)の AP が織り成す
毒電波協奏曲の荒波に勝てるはずもない。結局、ネットへの接続のユメは叶わず。時間を無駄に費やした。

(ちなみにここ、はからずもリトバスの背景に出てきた景色であったらしい。聖地と知らずに、通過していた・・・)


気を取り直して、先を急ぐ。広場を抜けると、坂の傾斜はますます強まってくる。あの広場がアレか、
意思を曲げる最後の機会として与えられた場所だったのか。ヒイヒイ喘ぎながら坂を上る。冗談じゃなく、
本当に、そのまま後ろにひっくり返るんじゃないか、と、思う、ぐらい、きつい、さか・・・ヒイ・・・

まだまだ運動不足でヘロヘロの体に鞭打って坂を上っていく。だが、なんとなく嫌な気配もする。
たしかアニメだと、火川神社の入口には階段があったと思うんだけど・・・神社はまだ遥か先なのに、
この時点でこんなに傾斜が強烈ということは、入口に至ったころには階段なんて不要になってるんじゃあ?

そんな悪い予感で埋め尽くされた私の前に、禍々しい形をした怪しげなビルが立ちはだかる。



・・・なに、あのオーバーハング。正直、あの部分に住むのって、かなりの勇気が必要な気がする。


いろんな妄想をたくましくしながら坂を上りきると、悪い予感のとおり、大きな平場が続く。どう見ても
神社は、この平場の中に含まれている。ドキドキしながら先へ進むと、それは道路の脇に突然現れた。



・・・え?

志摩子さんなら「・・・え?」で済むだろうが、由乃さんなら怒り狂うところだろう、この景色。
俺の記憶の中にあったはずの階段、あれはどこにあるのだ?そして、巫女さんはどこにいるのだ?

この上なき不安を感じつつ、鳥居をくぐって中に入る。それは、とてつもなくこぢんまりとした作り。
30m×20m ぐらいの平地に、ご本尊が祭られていると思しき社が1つ、社務所が1つ、そして、
小さな稲荷の祠が1つ。む・・・絵馬は、絵馬はないのか?! 16年近く昔の記憶を手繰りつつ
かなり不審人物ライクに境内を探索するが、かつて見たような景色もなければ、最近になって
ヲタクの先駆者が訪れたような気配すらもない。つまるところ、ごく普通の神社だった。



それはそれで喜ばしいことなのか、と思いつつも、入り口を通る際にすれ違ったイケメン外人も
さぞやがっかりしただろうな、と勝手な想像をしてみたりして、無念感を慰めてみたりもする。
ああ、せめて絵馬でもあれば!この激しく猛り狂う金星への思いを、どこに放散すればいいのか!

おそらく過去に数多くのヲタが腰を休めたであろう社の石段に座って、一休み。兵どもが夢の跡・・・
気が済んだら、ひとけのない社務所を一瞥したのち、急坂を下って麻布十番駅へと舞い戻る。


時計を見る。まだ、13時を過ぎたところ。いまから宿に戻るには、早すぎる時間帯だな・・・
いや、まずは何より、とりあえず昼飯でも・・・などと考えつつ、駅の周辺を散策。だが、ゆっくり
飯を食えそうな店も(ないことはないが)見つからない。じゃあ、まぁ、アキバにでも行くか・・・

帰路を探索。いったん代々木まで戻ることになるかな、と思いつつ、後楽園までのルートを探索すると
なんと、地下鉄南北線1本で麻布十番から戻れてしまうことが判明。なんと、至れり尽くせりなことか!
東京の公共交通機関の充実ぶりに恐れをいだきつつ地下へと潜り、南北線に乗って北へと向かう。

南北線は、なんとなくサイズが小さい。しかも、ワンマン運転。ほかの路線とは規格が違うのか?
さしもの帝都でも、縦横無尽に地下を貫いた路線が、すべて高乗車率を期待できるわけではないようだ。
そんなことを思いつつ、この先の駅をざっと確認。えーっと・・・ん?途中に、市ヶ谷があるような?
おお!市ヶ谷だよ市ヶ谷!市ヶ谷といえば、靖国神社じゃあるまいか!?これはきっと呼ばれたに
違いない・・・久々にお参りしていけ、ということだよ、うん。と考える。ぶらり途中下車の旅。

予定通りに市ヶ谷を降りて階段を上り、地上に出る。場所的には、川を渡って少し東に行ったところにある
法政大学のすぐ近くのはずだ。検討をつけるために空を見やると、少し遠い場所に、法政大学のビルが見える。
ほほう、あそこまでか・・・いや、距離はさしたることはないが、ここに来るまでに結構な距離を歩いたため
少し足が痛い気味。まだ頑張れるだろうか、俺の脚。少し労わりつつも、ミッション完遂のために先へ向かう。

大学近くのわりに食事処の少ない神田川沿いをテクテクと歩き、新見附交差点につながる橋を渡る。
結構な上り傾斜が待ち受ける。少し疲労を覚えつつも、とにかく橋を上る。ちょうど上りきるあたりで
西側の縁から中央本線に向かって降りていく巨大な工事中のスロープのような構造物が見えた。
何かを作ろうとしているようだが・・・道路をつくっても意味のないところだし。なんだろう。

まぁともかく帝都というのは日進月歩でどこでも形を変えよるわい、中途半端に 1200年の過去に縛られて
健全なる発展すら放棄したような黴くさい我が古都とは違うなぁ(かつての北垣国道の業績とか見てたら、
いったい今の行政は何にビビって仕事止めてんだよと思うze?三島通庸まで行くと、違う意味で凄過ぎるけど)
と感心しながら橋を渡りきる。川沿いの開けた空のお陰で、ずっと日向になり続けて少し暖かい歩道には、
ルンペンのおじさんが一人寝ころがっていた。いや、むしろ積極的に、彼を「自由人」と称したい気分であった。
なにしろ、いつ踏まれても蹴られてもおかしくない天下の公道。そこで眠る。慣れた野良猫のような大胆さ。
衣食住以外の瑣末な事柄、他人の評価にさえ怯え恐れつつ暮らさねばならない我々のほうが、よほど惨めだ。


橋を渡りきると、すぐに十字路&Y字路のコンボ。奥のY字路を左に折れ、法政大学沿いにしばらく歩くと
まもなく靖国神社の裏側にさしかかる。それはすぐに理解できる。何の変哲も無いような小さな交差点にすら
警官が立って目を光らせていたり、機動隊のバスが待機していたりするからだ。あからさまにヤバい雰囲気。
彼らは、何から何を守るためにここに配置されているのだろう?「お話、聞かせて!」な衝動に駆られた。

裏通りをぐるりと回りこみ、遊就館のあるほうから靖国神社に入る。まずは遊就館を目指すが、残念ながら
12/26 から休館状態になっているらしい。ああ、また中に入ることができなかった。またも負けたか八連隊、
それでは勲章九連隊・・・いつか、この身が朽ち果てるまでには、遊就館に入れる機会は訪れるだろうか。

残念さを胸中に抱きつつ、自販機で購入した清涼飲料水を飲んで一休み。その後、参拝。日本の発展のため
尊い命を散らせた二百五十万柱の御霊が集うここは、いつ来ても身が引き締まる思いがする。そうだよ俺、
自由人がうらやましいだなんて言ってる場合じゃないよ。そんなに日本が好きならば、もっと日本のために
目を瞑るその瞬間まで、気張らないといけないじゃないか。自分が小さな火でしかない、としょ気ている
場合ではない。一人ひとりは小さな火でも、二人合わせれば炎になる。行け行けぼくらのガンバスター!
鹿屋の空自基地で見た特攻隊の人々の笑顔の写真を思い出しつつ、小さな勇気の火を胸中に灯す。
そして、宿への帰路へ。まだ僕には、帰れるところがあるんだ。こんなに嬉しいことはない。


戻りルート。地図を見て検討した結果、今度こそ、電車だと適当な経路が見つからない。バスが使えれば
ベストだが、東京のバスはお金の払い方がわからない(関西だと後払いだが、関東は先払い。何故だ!?)。
降り方もわからないので、そのままぐるぐる都内を回り続けることになりそうだ。危険を冒したくない。

やむなく、宿まで死の徒歩行軍。途中、白百合学園の横を通過する際、ポストに郵便物を出しにきた
シスターとすれ違う・・・って!?しっ、シスターだよ、リアルシスターだよ、当麻!?すごいよ、
本当に白い布を被ってるよ!?・・・そう、私は知っている。あの布って、教会そのものなんだよな。
ああ、なんという超科学と魔法が入り乱れた学園都市なんだ、東京!ビバ東京!実は結構大好きだ!


この興奮を抑えるため、適当な昼飯処を探す。飯田橋に向かって適当に歩いていると、あろうことか
目の前に CoCo壱 が あらわれた! ここいち は いいにおい を だした!たむ は にげられない!
ああ、出遭った瞬間から君の虜。一万年と二千年前から食してる。そんな CoCo壱はチキンカツカレーを召喚。
チキンカツカレーの特殊効果で、たむは疲労状態から回復!スパイスパワーで異世界界トータル!

元気と勇気を更に回復した私は、後楽園に向かってショーメン突破。年末の喧騒を抱え込む飯田橋駅を
横目に橋を渡り、ひたすら歩いて飯田橋交差点へ。歩道橋の上から、池袋線の下を覗き込む。



・・・しばらく待っていると、柘植行人が船に乗って現れそうな気もする。そんな、幻だらけの街、東京。
はて・・・あの舞台は、どこだっけかな。また、京都に帰ってたら調べてみよう。来年への宿題だ。


東京ドームが見えてきた頃、さすがに足がかなり痛だるくなってきた。ここ数ヶ月、体調不良を理由にして
ほとんど運動をしていなかったツケが回ってきた。12月半ば頃からトレーニングを始めたものの、まだ
その効果を得るには期間が短すぎたようだ。ただ、足の痛くなりかたについては、以前とはかなり違う。
昨年末も同じように都内を歩き回ったが、あのときは、足の裏の筋がすぐに痛くなったものだった。
今は、そこは全く痛くない。どちらかといえば、前脛骨筋とか下腿三頭筋とかが圧倒的にだるい。
大腿四頭筋がまったく痛くもかゆくもないのは、せめてもの救いだ。少しずつ鍛えていこう・・・

東京ドームの前の階段で鈴なりになっている競馬オヤジを横目に見ながら水道橋の交差点を曲がり、
休み休みしながら宿までたどり着いたのは、15時のことだった。ああ、まだ 15時か・・・ここまでに
歩いた距離は、地上部分のみを足して 8.7km。バイストンウェルの部分を足したら 9km ぐらいだろうか。
さすがに、普段鍛えてない身には、少々こたえた・・・誰もいない部屋に戻って暖房を入れ、少しは
日記を進めておこうと PC を開いて横になったら、抗い難い眠りへの誘惑が迫ってくる・・・


しばらくして眠りの沼から浮き上がったときはちょうど、マリみて本を大量に抱えこんだ某草さんが
有明から戻ってこられたところだった。戦果は上々だったようで、ホクホク顔でなにやら本を読み始める
某地区ジムカーナB1クラスチャンプの某草さん。そんな某草さんの姿が見られるのは盆暮れの帝都だけ!

しばらくすると、少しずつ暗くなりゆく景色の中から、タケル師やらしもふり師やらあさい師やらも
徐々に帰還。みんな、有明からどっさりと戦果を抱えて戻ってきた。タケル師などは大量の小説本まで
買い込んでいる。個人的に、小説本に手を出すかどうかが(そのジャンルに傾倒しているかどうかの)
1つの分かれ目だと思っている。ので、タケル師は無事に分かれ目を通過した、と結論。いや、むしろ
分かれ目などとっくに通過していて、それを後追いで確認しただけというようにも思えなくもない・・・


17時頃には、出撃組も全員帰投。乙男共はしばらく談笑したのち、近傍の飲み屋へと夕飯に出る。
軽く酒を入れつつマッタリと過ごしていると、あっという間に 22時。酒も飲まずに夕飯に付き合い、
その後、朝一番から新宿のガレージへと入れてあったクルマを取りに行くという重責を負わされた
哀れなタケル氏に合わせて店を出ると、早々に宿へと戻る。その後、久々に風呂へ入り、疲れを
とりあえず癒したら、さっさと布団に入って睡眠モードへ。さあ、明日が本番だ。頑張るzee...

・・・だが、歩き過ぎてむしろ普段使わない神経を逆撫ででもしたのか、どうにも寝つきが悪い。
スッキリ眠るために、あれだけ運動したという側面もあったのに。期待は裏切られた。レンドルミン半錠。


12/30

やっぱり、長く歩行したことが効を奏したか?睡眠薬によって予定通りの起床が妨げられることは、無い。
予定通りの6時にきっちり起床。同行する人たちはそれぞれ、目覚めたり目覚めていなかったりもしたが、
特別な用件にて先行出撃の必要があると言っていたはっかい氏は、その言葉通り、いち早く布団を抜け出し
埋立地に向かったようだった。その姿は、既に布団の中には無い。やる気マンマンだな。いいことだ。

我々も準備を整え、総員そろってタケル号へ乗り込み、有明へと向かう。予定だと呆気なく到着するはず
だったが、晴海通りの右車線が、築地のあたりを先頭にして停滞。最初はそれと気づかなかったので、
うっかり渋滞に参加してしまったが、途中で明らかにおかしいことに気づいて車線を変更。これは正解。
昨年まではまったく出会うことのなかった渋滞だったので、可能性を意識すらしていなかった。そういえば
今は年末であるし、年末といえば、正月用品を揃えに行く車列がここに存在しても全くおかしくない。
昨年まではここを通過するのが 31日だったから、たぶん見かけなかったのだろう。30日の朝は要注意。

無事に築地を越え、路駐車両で両側とも 0.5車線ぐらい潰れている勝鬨橋を通過し、埋立地へ。
多少の遅れはあったものの、問題になるレベル以下の遅延程度で、東臨時駐車場に到着。
新刊既刊合わせて結構な量になった荷物を降ろし、台車に積み込んで移動開始。

駐車場の中を移動しながら、ナンバープレートと痛車をチェック。2日前に来たときも感じたが、
北関東ナンバーが圧倒的に多い。東海以西のナンバーは少数派。関東圏以外はアレか、本は会場搬入して
人は新幹線とか飛行機で乗り込んでくるのか?なんというリッチレディー&リッチジェントルマンだらけか。


そんなことを考えつつ、歩道を渡る。途中、台車を押していたタケル氏がいきなり停止。どうしたのかと
見れば、荷物に掛けていたヒモが外れている。どうも、荷締めヒモの先の鉤が台車のフレームにしっかりと
掛かっていなかったらしく、段差を越えるときの衝撃か何かで外れてしまったようだ。さらに、不幸なことに
外れたゴム製のヒモは勢いよく空を切り、先についている金属製の鉤は、あろうことかタケル氏の顔面を直撃!
氏の口の中に小さな裂傷を残す結果となる。・・・ただ、鉤が目や眼鏡などを強打しなかったことだけは、
本当に、不幸中の幸いだったとも言える・・・二度と外れないよう、しっかりとヒモを掛けなおす。

歩道を最後まで渡り、駐車場に渦巻く暗黒星雲前で一般入場の一同と別れたら、タケル氏&しもふり氏とともに場内へ。
2日前と同じように、会場内もまた、準備を急ぐ人たちで埋め尽くされていた。隙間を縫って、自スペースへ。
机の上に置かれたチラシをざくざくっと片付けたら、布を敷き、本を置いて・・・手早く、準備を完了する。

準備が完了したら、いつものように便意を催す。くそう。やむなくトイレに向かうが、いつものように長い行列。
いや、行列だけならいいのだが、行列ができるほど間断なく続く人々の排○は、個室内の換気能力を余裕で突破。
自分の順番が来たら来たで、死を覚悟するほどのおぞましい臭気と戦いながらの排○に苦しむことになる。
そう。いつも失敗するのだ。どうして俺は、臭いを消すためのアイテムを持ってくるのを忘れるのか――

朦朧としながら排○を終え、フラフラとした足取りで自スペースに戻る。ああ、なんという清澄な空気だろう。
ここに居ると、騒々しいはずの人の声も、森の木々の静かなざわめきや、小鳥の美しいさえずりのように思える――

てなことをやっているうち、時計の針は 9時半を回る。準備を手伝ってくれたタケル氏としもふり氏は、
買い物へ出かける。うちのような島中の小規模サークルって最初のうちは大体ヒマだから、買い物行くなら
早めに行っといてくれたらむしろありがたいよ、ということで。今回もそういうつもりで、完全に慢心していた。
それどころか、慢心を通り越し、放心すらしていた。この、力の抜けきった状態が良かったのか、悪かったのか。


――そして、訪れた10時。アルバートが完成させた世界予測機関の歯車が、ぎちりぎちりと音を立てて回りだす。

一気に騒がしくなる外周付近をちらりと眺めたら、少し自分の作業に没頭。紙と鉛筆を取り出し、特に意味もなく
落書きを始めた直後ぐらいだから・・・そう、開始後 5分少々だろうか。全く予期せぬ速さで来客が現れる。
おっ、おあっ、おああっ!?慌てて立ち上がって応対するが、完全に余暇モードに入っていた頭は、そうそう
たやすく稼動状態に入らない。新刊+既刊×2を求めてくださったのに対して、お釣りの計算がまるでできない。
えーっと、1000−200+300+200・・・おおお、いくらだ、いくらだ!たくさんデス、たくさんデース!
kernel が panic を起こし、計算にたっぷり1分ほどの時間を要する。バカだ俺、ああバカだ俺。

その後も、来客の足が長く途絶えることはない。あたふたしながら数冊を販売し、スケブを2冊ほど受け取って
はやくもイッパイイッパイデースな状態になっていたところに、手早く買い物を終えたすきやき氏が帰還してきた。
ああ、なんというナイスなタイミング!さっそく、売り子席にパイルダーオンしてもらい、私はスケプ描きに専念。
ちょうどタケル氏からも連絡があったが、帰還は少し遅れるとのことだった。大丈夫、すきやき氏がいるから!


それにしても、すでにいろんな事象が予想外。ああ、なんたること!アルバートは嘘つきだ!神は、サイコロ遊びを好む!

その後、迂闊にも更に2冊のスケブを受け取り、合計4冊の宿題を溜める。本当に迂闊。超・うかつ賢治。
己の処理能力を過信したか、たむ!だが、今日に限っては迂闊でもない。スペースの上に山と積まれた
チラシの中にこっそり紛れていた秘密兵器「MONO zero」。完全なる伏兵であった彼こそ、勝利の鍵。
シャープペンシルそのものの構造を持つ彼は、能書きどおり、ピンポイント消去性能に極めて優れている。
ComicStudio で消しゴムツールを使うかのような自然さで、思ったとおりの場所をスパスパと消していける。
まるで、ジョナサン・ジョースターの肉体を得たディオ・ブランドーのようだ。実に……指に、よく馴染むッ!
これまで使ってきた普通の消しゴムの不便さが思い出される。MONO zero がタブレットの消しゴムツールであれば、
以前の消しゴムは、circle 文で白い円を書く、いや、VRAM のデータを機械語モニターで書き換えるようなものだ!

……筆箱の隅で、小さく丸まってもはやただの屑のようになった、20年来の戦友である旧消しゴム。この老兵は
揮発成分がすっかり抜け去り、そもそも往時の輝きは無い。線を擦れば擦るほど、紙が黒くなっていく。
フォースの暗黒面に堕ちた彼は、MONO zero という英雄に対する反英雄の役割を果たすに至っていた。
複数に割れた憐れな屑に、名前を付けてやろう。そうだな、ウラディミールと、エストラゴン。彼らは
暗い筆箱の中で、永遠に来ない出番・・・そう、ゴドーを待ちながら、静かに朽ちていったのだ――

ところで、スケブの中に1冊、見覚えのある所有者名が書いてあるものが見つかった。どこで見たのだろう。
少し考えたところ、1月の通販で申し込んでくれた北陸在住の方であったことを思い出す。あ・・・なんということか。
わざわざ、直接購入に来てくださったということか。・・・いや、嬉しいね。これは正直、ニヤニヤするぐらい嬉しいね。
こういう継続的なリアクションは、正直すごく嬉しい。これまでさんざん、多様なジャンルを渡り歩いてきただけに。


ともかく必死に(?)ネタを考えながらスケブを処理し、なんとか2冊を書き終えたところで、あっけなく 12時。
すきやき氏が懸命に応対してくれたお陰で、新刊 150部は、既に完売していた。ううっ、150部でも足りませんか・・・
どうしよう。次は、再オフセ化に踏み切るか?しかし、動きの遅い既刊(ギンガ本)を見ていると、いくらか勇気も鈍る。
鈍るのだが・・・だが、躊躇っていては、いつまで経っても、あの空の向こうには辿り着けない。
勇気を持て、たむ!お前は、もっともっと遠くまで飛べるんだよ!

いろいろあって本の入手に失敗してしおしおな気分になりつつ帰還したタケル氏を迎え入れ、昼からの戦いは続く。
残り2冊のスケブをえいやっと書き上げ、一息ついた頃には、もう終盤戦。人の流れはさほど減っていないものの、
全体的に停戦気分が漂っており、ここから先、販売が伸びることはなさそうだ。だが、そう思っているのは自分だけ。
ちょこちょこと落穂拾い的な人が来たり、島中ということで順番を後回しにしていたと思しき人が来たり。いずれの人にも
新刊を提供できない無念さが残る。どうしよう。自分の全盛期は夏頃だったと思うが、今ここで追い炊きすべきなのか。
数名の方が持ってきてくださった差し入れを昼飯代わりにパクパク行きながら、今後の活動の構想を考えてみたり。
・・・いや、それにしてもこの菓子はウマイ。ウマイこれウマイこれ。菓子の旨さに心奪われ、構想はまとまらない。


いつものようにくよくよと考えているうち、16時がやってきた。短かった年末の宴は終わりを迎え、静かな拍手によって
閉幕となる。無事にこの時を迎えることができたことに、この上ない幸せを感じる。思えば、ただ、つらい半年だった。
だが、体調を崩し、ボロボロになりながらも、家族や友人、ネットの向こう側の人々・・・たくさんの人の支えによって
なんとかここまで辿り着くことができた。俺は今、静かに、だがこの上なくモーレツに感動している。生きててよかった。

また夏には、この地に立つことができたらいいな。ささやかな願いを心に抱きつつ、手早く荷物を片付けて、総員撤収。
薄橙色に暮れゆく埋立地に吹き抜ける、冷たい風。だが、帰路を急ぐ人の群れは、そんなものを苦にすらしていない。
誰もが押し黙りつつ移動しているが、それぞれの幸せをこの地で得て、心を暖めている。さらば同類よ。また、半年後。

早くも閑散としつつある東臨時駐車場に着くと、タケル車に荷物と総員は詰め込まれ、宿へと戻される。暮れも迫った
12月30日夕刻の帝都は、慌しさのピークを通り過ぎ、平生と変わらない顔を見せていた。宿付近の駐車場は都合よく
空いており、最後の宿泊を迎えるにあたって、もはや何らの障害も残っていなかった。全ては祝福されている。


宿泊所に荷物を移動したら、いよいよ最後のメニュー(時空管理局打ち上げ)に参加するために、宿を出発。
なんだかんだで、冬コミに向けての準備が何もかも後手後手に回っていた私は、この時点で、打ち上げの店の位置を
正確に把握していなかった。出発前にチラ見した地図によれば、秋葉原駅より少し南側っぽいようなのだが・・・
だが、こういう時に心強いのがタケル氏。何もお願いしていなかったのに、事前にビルの位置をしっかり確認して
おいてくれていた。さすが、タケル印刷最強の社長にして最強の庶務。確定した場所に向かって、電車で向かう。

中央線のホームで電車を降り、混雑した秋葉原駅のコンコースを降りる。大抵の場合、電気街口に向かうルートしか
歩かないせいか、目的地に近い東側改札に向かうルートの風景はすごく新鮮だ。とても白くて美しく、秋葉原といえば
アキハバラデパートの中に出る改札口が一番印象に強い私としては、この美しさは、秋葉原駅ではないように見える。
いつぞやの大改修によって、何もかもが入れ替わったようだ。聖地といえど不変ではない。そこがいいのだけど。

会場前に到着して少し待つと、駅のほうから続く道の上に、夜陰の中で不定形を取りながら迫り来る団体が現れた。
・・・目を凝らさずとも理解できた。それこそは、蒼い風と円卓の騎士。飲み屋の上で数々の伝説を作る男・・・

と書きたかったのだが、どうやら妙な伝説を作ったのは私のほうであったらしい。飲み屋の領土の大半を
怒涛の勢いで流れ込んで占拠した管理局一行は、もはやマイスター涼香ですら全く制御不能なまま宴会に突入。
私も、(体調がかなり回復気味であった嬉しさもあり)その勢いにのってガビガビと酒を飲み倒した結果、
あっというまに制御不能な領域に突入。是露巣さんや鴨川たぬきさんに挨拶して、蒼い風と円卓の騎士の中に
アル変かかったまま突撃していったところまでは覚えているが、そこから後がどうも記憶にないらしい・・・
なんというか、記憶が無いという記憶すら無い・・・記憶が無かったなんて思ってもいなかった・・・
どうも、事後に知り得た範囲の情報を総合すると、「あなたは絶対、許さないから!」@まこぴー
って言われてもしょうがないようなことを、誰かにやらかしたらしい・・・



ボクのこと、忘れてください!!@あゆ



その後、宿への戻り道で、酔いの揺り戻しによる猛烈な自己嫌悪が始まり・・・いつのまにか、寝ていた。

この夜の全てを知るのは、会場から宿まで必死に引っ張って連れて帰ってくれた、すきやき氏のみ。
呆れ顔の氏が、惨劇の全てを語ってくれるその日まで、誰も、この夜の出来事を正確に知ることができない。
正解率1%とも言われるこの超難問。挑んでみたい気もするが・・・たぶん、真実は知らないほうが良さげ orz


12/31

・・・8時過ぎに目が覚める。当たり前のように、頭が痛いし、だるいし・・・うう、まだ酒が残っている。
その証拠に、トイレと部屋の間を往復するとき、足元が強くふらついている。久々の、きつめの二日酔い。
調子に乗りすぎたことに対する戒めのようなものだろうが、そうだとすると、罪に対する罰としては軽いな。
ポルフィーリィ・ペトローヴィチ、僕は本当にそんな悪いことをしたのかい?!罰が軽すぎるじゃあないか!!

9時半ぐらいとなり、ようやく体がマトモに起動してきた。出発の準備を整える。朝飯を腹に入れたほうが
早く酒が抜けそうに思うものの、そんなテンションでもない。どうにも始動しない私であったが、状況の変化は
すばやい。各員はあっという間に出発準備を済ませ、宿をチェックアウト。遅れないよう、私もついて宿を出る。


・・・年末の帝都の朝の空気は、実に清々しい。この快感を邪魔するアルデヒドは、実に小憎らしい。
だが、往復ともハンドルを握らなくても良い私は、この小憎らしい障害物と戦うことしか、今日の仕事がない。
ある意味気楽でもあるということで、最後部の座席に座ることにした(腰の調子も全然悪くないことであるし)。

タケル氏のナイスなハンドル捌きで東京駅まで移動したタケル号は、同乗していた重要参考人すきやき氏を解放し
I田さんとT生さんを格納。これで京都まで、タケル号の積載スペック(乗車定員)をフルに生かした7名乗車となる。
実際のところ、純粋な1BOX のようにスクエアなボディーではないところに、2+2+3=7という3列構成シートが
収まっているため、最後列の「定員3名」は、いろんな意味でかなりきっついものになっている。幅はさておき、
シートの座面がおそらく少し高めになっているところに、Cピラー付近から後ろの高さが絞られるという今風な
空力(or デザイン)優先ボディになっているため、高さ方向が結構きつい。まっすぐ座ろうとすると、
頭がCピラーの内装に当たる。姿勢を色々と変えてみた結果、少し前に屈むことで、この問題を回避。
唯一気になるのは、この中途半端な姿勢が腰に与える影響。もしヤバくなったら、早めに悲鳴上げよう・・・


ずっしり重くなったタケル号は、車内で「リリカルなのは」放映会を行いながら帝都を離れ、関西に向かう。
はっかい氏をはじめ、これまで「なのは」を見たことが無い人が数名居たと言うことで、短い移動時間の中で
なんとか「なのは」を理解できる放映パターンを選択。結果、無印と A's まではわりとマトモに見たものの、
StS は時間の都合上、1話→ティアナ粉砕→クアットロ粉砕→大ヴィヴィオ粉砕を摘んで見ただけになり
魔王の恐ろしさを誇張して広める結果となる。いや、本当はすごく優しい人なんだよなのはさんって(棒読み)

そんな侠気あふれる空間となっていたタケル号の最後部の座席で、最初のうちはやはり二日酔いが全く抜けず
気分の悪い状況と戦っていた私であったが、何度か眠りに落ちることで、どうにか復活。中井 P.A. で休憩を取り
足柄 S.A. のロッテリアで昼飯を取ったころには、ようやくアルデヒドの処理も終わり、かなり良好に戻っていた。
もう一休みして牧之原 S.A. に到着した際、ついでに FreeSPOT を利用してメールをチェックする。およそ
4日ぶりに確認するメールには、出発前に MTron に送った「最新 F/W が DL できないんだぜ?」という
質問に対する回答として、1MB ほどのサイズの F/W が添付されたメールが入っていた。うは、容赦ねぇ。
本文をざっと眺め、添付ファイルをチェック。本文の先頭の「Dear, Mr. XXX」の部分に、誰だか知らない人物の
名前が入っていた(もちろん "John Smith" でもない)。たぶん、同じような質問が頻繁に来ているのだろう。
最初に送った人のメールがそのまま使いまわしされている・・・って、いいのかよこのご時勢、そんなんで。

いくばくかの不安を感じつつも、とりあえずざっと添付ファイルを眺め、F/W アップデートの要件を確認。
ハードウェアとしては、ICH8 か ICH9、または nForce 系のサウスブリッジが必要なようだ。Sonoma を積む
Latitude X1 のサイスは ICH6-M。かなり古いんだけど、大丈夫かな。まぁ、ダメなら nForce4 なデスクトップで・・・

タケル号はその後、快調に豊川付近を通過。狭いサイドウインドウから外を眺めれば、真っ青に晴れ上がった空の上に
強く輝く太陽が上がっているのが見えた。・・・夏の頃は、ちょうどここらで、真っ暗な夜空に上がる暗い月が見えた。
あの頃とくらべれば、体調は圧倒的に良くなっている。そうさ・・・あと、もう少しだ。そう思い、気を強くする。
・・・実際のところ、何かはわからないのだが、30日のバカ騒ぎが終わった次の日の今日、自分の中にあった
何か凄く悪い憑き物が落ちたような、不思議な感覚がある。なんとも表現のしようがない、脱力感というか、
スッキリ感というか、リセット感というか。年末に期せず訪れた、この上なく幸せなひと時を味わう。


タケル号は豊田東 J.C.T で伊勢湾岸に入り、新名神に流入。どことなく雲行きの悪い空の下、甲南 P.A. に停車。
寒い風が吹き抜ける施設の前で焼肉を売るおばちゃんの声に申し訳なさを感じつつ、売店をスルーして裏手の小山へ。
なにやら意味ありげに作られた小さな丘陵をざくざく歩いて P.A. の果てまで進むと、外側に、真新しいアスファルトと
工事中と思しき現場が見えた。これは・・・ああ、新名神開業に間に合わなかった甲南 I.C. の建設現場・・・かな。

  

この付近には温泉がいっぱいあったりするので、個人的には一日も早い開業を望みたいところではある。



その後は特に、特筆すべきトラブルもイベントもなく。今回もまた、無事にコミケ参加を終えることができてなにより。
宿泊費等の清算を終え、某草さんワークスが去っていくのを見送ったあと、私もタケル邸に残置していた荷物の一部を回収し
水樹奈々ライブ Blu-ray を鑑賞するために残った数名に見送られながら帰宅。早めの時刻ではあったが、帰路は当然ながら
京都高速(別名:タケル邸←→たむ邸連絡道路)を活用。短距離であれば高価な京都高速だが、全線使うなら安い。サックリ帰宅。

帰宅後、荷物の整理もそこそこに、MTron SSD の F/W アップデートを試みる。だが、事前に危惧していたとおり
Latitude X1 を FreeDOS から起動して UP.EXE(F/W アップデートツール)を起動しても、SSD を認識してくれない。
やっぱり、ICH6-M は UP.EXE の対象外ということなのか。となると、デスクトップ(nForce4)でアップデートするしか
ないわけで・・・つまるところ、3.5"IDE ←→ 1.8"IDE 変換基板の追加購入が必要になる、ってことだ。ガックシ。


そんな感じで、波乱と不運で埋め尽くされた 2008年の幕は下りた。来年は、2000年代最後の年となる 2009年。
いったいどんな運命が、私と周囲の人々を待ち受けているのか。よい年になればいいな・・・誰にとっても。