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Cappuccino 日記(2009/9)

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※ 以後、日々の健康に関する定常的な記述については、小さいフォントで記述します


9/1

手の腫れは、まだ完治せず。なかなか治らない・・・っていうか、自分が思っているよりもダメージでかかった;
でも、それ以外の部分の体調については、不思議なぐらいに良好。あるいは・・・・もう、このまま治ってしまえ!しまえ!

燃料タンク一式の発注を完了。幸いにも、土曜日までには注文した部品は全て入荷しそう。よっし、よっし。9月は
後半にいろいろと忙しい用事が控えているので、急いで直してしまわねばならない。スケジュール的にはいい感じだ。

そんなことを思いつつ、JAF 年会費の払い込み。いつものように、クレジットカードのポイント交換で支払いを完了する。
・・・もう、今年は確実に、年会費のモト取りまくったよな・・・>2月に長距離牽引、5月にガソリン給油。それにしても、こんなに
ロードサービスの恩恵を受けることになろうとは思わなかった。もう、カプも立派なヴォロ・・・もとい、旧車の仲間入りかね。


全然話は変わるが、相変わらず EMチャージに興味がある。衝動的な契約を避けるため、冷静に費用を計算。一番使いでがあるのは
\630/日のプランなんだけど、たぶんモトは取れないような気がしてきた。だって、普通に考えたら、SB の 64k デジタルデータ通信で
9分ぐらい通信できる金額だもんねぇ。さらに言えば、SB だと無料通話分を接続料に宛てられるから・・・それこそ、車中泊するとき
電池が切れるまでネットラジオ聞いていたいze!なんていうシーンぐらいしか、得をする場面って考えられないように思えてきた;


更に話は変わるが、本人の知らぬ間にメロンブックス委託分の通販が始まり、そして完売していたらしい・・・ちょ、
おかしいですよカテジナさん!なんというか、誰も打たなそうな、思いっきり内角高めの変化球を投げたつもりだったのに、
すごい勢いで本塁打を打たれてしまったような気分!あんなニッチな設定だったら、そうそう在庫切れにならないだろう・・・
と思って油断してたら・・・いや、日本って本当に広い(そういう問題か?)。とにかく、皆さんに「ありがとう」の一言を;


9/2

多少、睡眠不足気味、かな・・・。でも、健康状態は面白いぐらい、良好。恐ろしい勢いでの回復ぶりに、本人が一番驚く。
最近、液体サロンパスを首の筋肉に塗ってる。それが効いてたりして? しかし、じっとしていると軽い動悸を感じるのは、まだ治らず。

MCBQE32G8MPR-03A の最安値が、\19.8k → \18.2k へと爆下がりしていた。え?また、買う時期を間違えたのか?(涙)

夜。会社からの帰路で、足首付近がちょっと痛かったり、咳が出たり。ちょっと風邪っぽいという意味で、調子は悪い。
いろいろあって、メンタル的にもすごいネガティブ。あー、もうダメだ。たまには、日が変わるまでに寝てしまおう!


9/4

・・・なんだか、イマイチ風邪っぽい。なんとも言えない、微妙な調子の悪さは続く。以前よりはずっとマシだけど。

samsung の SSD (と強制 UDMA66 化ツール)は、いまのところ、すこぶる安定している。先日も書いたような、
サスペンドからの復帰時に2分ほど黒画面のまま待たされることがある現象については、電源投入回数 120回のうち
2、3回ほど存在した。だが、別に、それを契機にして動作がおかしくなることもない。HDD のときにも、たまに
そういうことはあったしなぁ。発生頻度がこの程度であるならば、とりあえずは無視しといても差し支えなさそう。
今のところ、サスペンド前に抜いていた SDカードを電源断中に挿して復帰させた場合のみに起きているようだし。

そんな感じで、この SSD はかなり信頼できそうに思えてきた。速度については、MTron のときのような爆速感はやはり少なく、
特に、ランダムアクセスが重なっているときのレスポンスが若干劣ってる感触がぬぐえない。むろん、HDD とは比較にならない
ほど高速なのだけど。・・・ああ、あれ(MTron)は麻薬だった。"chkdsk c:" とかやったときの速さは、まさに「快感」だった。

そういえば、samsung の SSD にも、ただ1つだけ気になるところがあった。S.M.A.R.T に「使用時間」の項目があるのだが
なぜか、これが全く伸びない。現時点で「6時間」とか表示されているが、どう考えてもこの 10倍ぐらいは使ってる。
・・・これって、もしかしたら、実際に書き込みオペレーションをやった時間のことを示してるんだろうか?


そんなことを考えながら Web をうろついていると、MCBQE32G8MPR-03A の最安値が、\17k へと更に爆下がりしていた orz
しかも、sofmap ・・・NV-U1 に続いて、また、値段が爆下がりする直前に買ってしまった!三千円も違う上に、sofmap なら
たぶん、なんか色々いいことあるやんね。また買いどきを間違えた!クッソー。まぁ、壊れなきゃそれでいいんだけどサ!

ここ数日スッごく調子がよかったのに、風邪っぽい症状からまた、足の痛みとか違和感とかが戻ってきた。残念・・・


9/5

諸君!今日はとてもいい天気だ!整備日和だ!天候が悪くならないうち、さっさとガソリンタンク交換をやっちまうぜヒャッハー!

・・・というわけで、作業項目はたくさんあれど、頑張って今日中にケリをつけないといけない、この交換作業。
空元気でもいいからとにかく無駄にテンションを上げて、最後まで走りぬく!というわけで、事前に検討した
予定時刻と実際の時刻を対比しつつ、どんな流れで作業を進めていったか、明らかにしていこう――

起床(予定:8:30/実績:9:30)

いかん、いきなり出遅れた。優雅にカフェを飲みながら出発までの時刻を送ることもできず。手早く準備を整え、EP82 で出撃。

部品を確保(予定:10:00/実績:10:30)

部品を注文した店舗の始業時刻は、10:00。一日の作業時間をなるべく延ばすため、10:00 ジャストに店へ駆け込むつもり
だったが、いきなり 30分遅延。この分の遅れは、作業のテンポをできるだけ進めて取り返すしかない!頑張れ、俺!

帰宅(予定:10:30/実績:11:00)

警察に捕まらぬよう、事故を起こさぬよう、ゆっくり走るのが、急いでいるときのたしなみ。

タンク上面の防錆塗装(予定:11:30/実績:11:30)

新しいタンクを箱から取り出し、穴の開いている部分をマスキングしたら、上半分をシャーシブラックで厚めに塗装。旧タンクは、
なぜかこの面に結構サビが出ていた。タンクを下ろしているときにしか処理できない部分なので、鉄板の縁までしっかり塗装。



(画像は、シャーシブラック塗装前の、オリジナル塗装の状態)

それにしても、新しいタンクは歪もなく、実に美しい・・・これで、フレームの寿命が尽きるまでは、性能を維持できるだろう。

ジャッキアップ、タイヤ外し、ガソリン抜き取り(予定:12:00/実績:12:00)

リアをジャッキアップし、トレーリングアーム付け根の頑丈な部分にウマを掛ける。ウマの高さは、一番低いところにしておく。

タイヤを左右ともに外したら、右リアタイヤハウスから見える燃料フィルターをサブフレームから外し、車体側のホースを抜いて
用意しておいた 20L の空き携行缶の口の中に、ホースの先を突っ込む。予定では、サイフォン効果によってじゃんじゃん抜ける
はずだった・・・のだが、給油口を開けた程度では、燃料は抜けてこない。少しはチョロチョロ出るものの、すぐに流れが止まる。

・・・うーむ。困ったな。だが、こんなところで手間取っていられない。しばし考えたのち、IG を ON にして燃料ポンプを
動かし、強制的に排出することにした。もちろん、エンジンを掛けないと燃料ポンプは連続回転しないので、IG ON-OFF を
何度も繰り返す。だが、そんな間欠泉状態であっても、ガソリンはものすごい勢いで抜けていく。燃料ゲージの針が、
みるみる間に下がっていく。燃料ポンプの送油能力って、実は結構すごいもんなんだな・・・ものの 10分少々で、
ポンプは空吸いする音を立て始める。おお、もう抜けたのか。早いなぁ。携行缶の蓋を閉め、配管を一旦元に戻す。

ブレーキキャリパー外し、マフラー/デフ降ろし(予定:13:00/実績:13:00)

ここまでの作業が予定よりもずっと捗ったお陰で、遅れは取り返した。引き続く作業も、しまって行こー。

続く作業は、特に難しいところはない。サイドブレーキワイヤーとパッドとボルト2本を外せば、キャリパーは外せる。
外したキャリパーは、100円ショップで売っているS字フックを使って、ブレーキパイプからぶら下げておけばオケー。

マフラーは、藤壺のレガリスKはちょうどいいところで分割されている(リアサブフレームの前端)ので、そこで
ボルトの結合を外し、リアピースだけを降ろす。レガリスは軽いし、マフラーブッシュも純正品を使っているから
取り外しは指先の力だけで OK。さっさと降ろしてしまう。あー、リアセクションがかなりスッキリしてきた。

デフ降ろしもまた、特に難しいところはない。ただ、デフに繋がっている部品との結合ボルト/ナットの数が多いので
ボルト/ナット外し忘れに気をつける。なお、フランジボルトを締め緩めするときの周り止めだが、プロペラシャフト後端の
スパイダーの隙間に、太いプラスドライバーの軸を突っ込めばいい。いちいちサイドを引くよりは、ずっと効率的。

デフに繋がっているスピードセンサーの配線とリアスタビを外したのち、デフをジャッキに乗せて降ろす。
ついでに、デフマウントのゴムも点検したが、顕著な切れの進行は見受けられなかった。まだまだ持ちそうだ。

ついでに、この行程のうちに、サブフレームにネジ止めされているスピードセンサー配線固定ブラケットも外しておく。
燃料フィルターも外したので、これでもう、サブフレームに固定されているものは何もなくなった・・・

リアサブフレーム降ろし、ガソリンタンク降ろし(予定:15:00/実績:14:00)

さて、ここから先が本番。未経験の領域に入る。慎重、かつ大胆に作業を進めよう。

ここまでの作業で、リアサブフレームはもう、ボルト8本を抜くだけで降ろせる状態になっている。
ただ、いかんせん巨大な鉄の塊であるところのコイツは、人力でもって上げ下げができるもんじゃない。

ジャッキ2台の助けを借りることにする。1台は通常のジャッキポイントにあてがい、もう1台は、
デフマウントが固定されるところに木の板を渡し、その真ん中にあてがう。つまり、2台のジャッキで
前後の傾きを自由に調整できるようにしながら支える(左右の傾きは、ちょうどバランスが取れる中心線上に
2台のジャッキをまっすぐ並べれば、手の力だけで調整可)。ジャッキを伸ばしてサブフレームを支えつつ
8本のボルトを抜く。あと、トレーリングアームの車体側固定ボルト2本を抜けば、フレームを降ろせる。



静かにジャッキダウン。降ろすほうについては、予想以上に呆気なく終わってしまった(汗)。だが、降ろした
サブフレーム(左右のアームとナックル付き)はやはり相当に重く、手で掴んでヒョイっと動かせるような
モノではない。果たして、こんなにクソ重い鉄の塊、うまいこと元通りに乗せられるだろうか・・・(汗)

不安を覚えつつも、もう戻れないところに来てしまった以上、気合を入れて頑張るしかない、と思い直す。

なお、トレーリングアームの車体側に入れているピロブッシュだが、ガタ1つなかったどころか、まだ
しっかりとした固さを保っていた。おお、全然磨耗してねぇ(?)。こりゃ、いい買い物だったなぁ。


続いて、燃料タンク降ろし。燃料タンクは、ボルト4本で固定されている。室内側の穴から見えるカプラー2つと
配管1本を外し、タンクからボディーに繋がっているホース4本を外したのち、ボルトを緩めればタンクは落ちる。



(画像は、ツーウェイチェックバルブを外した後の状態)

ジャッキなどを用意せずに作業に挑んだが、ガソリンを抜いたタンクはとても軽く、片手でも充分に押し上げられる
レベル。サブフレーム外しさえなければ、リアセクションの大物の中では、マフラーに次いで着脱が楽な部類。

・・・などと油断していたら、大失敗。ガソリンは、まだ全部抜けてなどはいなかった。タンクを下ろした後
「ふぅ」と一息ついていたところ、なにやらツナギに冷たい感触・・・アッー!燃料タンクの下のほうにある
給油口接続口から、ドバドバとガソリンがあふれ出している!!
床のコンクリート、および下に敷いていた
段ボールにどんどん広がっていく、大きな染み。あー!火事になる!火事になるって!!恐怖におののいた私は
しかし幸いにもパニックには陥らず、反射的にタンクの傾きを調整。こぼれ出るガソリンの流れを止めるッ!

・・・今度こそ「ふぅ」。だが、ツヤツヤした PP フィルムが貼られている段ボールの表面に目を落としたとき、
何よりも戦慄すべきモノが目に入る。それは、大量の水滴。・・・そう、これはガソリンの滴ではない。
ガソリンタンクの中に大量に溜まっていた、水だった。ガソリンはすぐに蒸発してしまうが、水は
そうはいかない。なので、面白いぐらいに水だけがきれいに残る・・・い、いや、面白くはないか・・・(汗)

それにしても、これほどの量の水がタンク内に残留しているとは・・・今回、タンクを下ろしたのは正解だった?


降ろしたタンクの中に残っていた若干のガソリンを、できるだけ携行缶の中に移す。このとき、タンクから出てきた
ガソリンが妙に白っぽかったことに気づく。乳化した水か?更に、移し変えるときに、いくらかのガソリンを携行缶の上に
こぼしたりしたわけだが、ガソリンが流れ落ちた後に残ったのは、水、水、水。・・・もう、どんだけ水入ってんねん;
水抜き剤でどうにかなるようなレベルじゃない。たまには、タンクの上から手動ポンプでガソリンを完全に抜いて
外部で水を分離して取っ払ってやらないといかん、ということだろうか。そんなサービス、誰かやんないかな;

・・・ただ、1つだけ特筆すべきことがある。びっくりするぐらいの水が溜まっていたにも関わらず、鉄剥き出しの
タンク内は、なぜかほとんど錆びていなかった。いくつか、小さい赤錆が出てるかなー、という程度。タンク内の
防錆メッキがよほど優秀なのか、それとも、ガソリンに混じっている防錆剤がよほど優秀なのか。ちょっと不思議。

リアバルクヘッド清掃、錆止め(予定:16:00/実績:15:00)

さきほどガソリンをかぶった部分の皮膚に、妙な熱さを感じた。良くないね。ハンドソープでざっと洗い流す。
ここまで、ハプニングはそれぐらい。作業は順調に進み、いい感じに前倒しが続く。よし、頑張れ、頑張れ。

タンクが下りたあとは、もう、リアセクションには何もない。がらんどうの空間が、ただ広がるのみ。

濡れ雑巾で泥汚れを落としつつ、錆びの状況をチェック。かなりサビているのではないか?と思っていたが、
予想とは異なり、サビはほとんど発生していない。バルクヘッドの表面に多少のサビが出ているのと、助手席側の
バルクヘッドとフレームの接点(見えにくいところ)の表面に、薄いサビが多少広く出ていた程度。いつか、たまたま
覗き込んだときに見えた錆が、ちょうどソレだったようだ。いやー、杞憂気味に済んでよかった・・・(ホッ)。

だが、安心してはいけない。サビは何処からでも始まり、何処までも進行する。フレームに空いた穴の中に
専用拡散ノズルを突っ込み、Noxudol 700 で内側からサビ止め。また、鉄板の合わせ目にも、Noxudol 700 を
しっかり染み込ませておく。あとは、Noxudol 300 を万遍なく吹きつけ、可能な限りのサビ予防を行っておく。

・・・まぁ、そんなに難しい作業ではない。ただ、実際のところは、かなりキツイ作業だった。ちょうど
風があまり吹かない日&時間帯に作業していたため、狭い空間の中で吹き付けた Noxudol のミストが
なかなか風に流されず、作業がゆっくりとしか進まない。今から考えれば、扇風機を用意すればよかった;

新ガソリンタンク組み立て、積み込み(予定:17:00/実績:16:00)

Noxudol がいくらか乾くまでの間、新しいガソリンタンクを組み立てる。部品はほとんど新しく購入したので、
古いタンクを参考にしながら、どんどん新しい部品を取り付けていく。古いガソリンタンクから移植するものは、
燃料ゲージと燃料ポンプ、および燃料ポンプから伸びるホース2本のみ。落ち着いて、じっくり作業する。
もし、この部分の組立作業でミスってしまったら、またガソリンタンクを降ろさないといけないからね。

それにしても、新しく購入した部品のうち、三価メッキされたパーツの白い輝きが実にまぶしい。従来は
濃いグリーンクロメートのメッキがされていたものだが・・・しかし、そんなヘビーなメッキがされていたにも
関わらず、旧来のパイプの外側には、若干の赤錆が浮き始めていた。ウッ・・・塩害の、なんたるキツいことよ!
そして、新しい三価メッキの耐久性はコイツに勝ることができるのだろうか?という不安がちらり、ちらり。

タンクの組み立てが終わったら、いよいよ車体に装着。取り外したときと同じように、片手で持ち上げる。
今度は本当にカラッポなので、さっきよりもタンクは軽い(はずだ)。キズ防止のため、前から伸びている
プロペラシャフトの後端に雑巾をかぶせてから、慎重にタンクの位置あわせ。位置が合ったら、4つのボルトを
適当な順序で締め付け、固定作業を完了。車体側のカプラーやホース、パイプとの結合も、手早く済ませる。

燃料フィルターもついでに新品に交換したのち、タンク下部の金具にサイドブレーキワイヤーを固定。



ああ、少しずつ、形になってきたなぁ。ちょっと嬉しい。だが、もう、この頃には体力の限界を突破中。
ものすごい量の発汗によって、電解質がどんどん失われていく。ひたすら水と茶を飲みまくり、暑さに対抗。

リアサブフレーム取り付け(予定:18:00(1日目作業終了)/実績:17:00)

さて・・・ここからが、今回の作業でもっとも大変と事前に予測されていた、サブフレームの取り付け作業。
クソ重い鉄の塊を持ち上げて、mm 単位のズレもなくぴったりと元通りにはめ込まないといけないわけだ。

だが、位置あわせについては、下ろした瞬間に「ああ、杞憂だね」ということがわかった。後ろ側の取り付け部に
ちゃんと、位置あわせのためのガイドとしての突起が生えていたからだ。これを、フレーム側に開いた規定の穴に
はめ込めば、まったくズレなく取り付けることができる・・・はず。というわけで、フレームを2台のジャッキに乗せ、慎重に
上げていきつつ、まずはこの部分のネジ仮止めを目指す。しかし、ここの仮止めの前に、先にやっておくべき仮止めがある。

それは、トレーリングアームの車体側取り付け部。ショックの下端をアッパーアームとロアアームの間の空間に通したのち、
前後方向の位置を合わせ、トレーリングアームを車体側の取り付け部にはめ込む。なんだかんだ言って、トレーリングアームは
結構自由に動かしやすいので、仮固定はそんなに難しくない。その後、サブフレーム後ろ側をゆっくりとジャッキアップして
取り付け部の位置をしっかり合わせ、フレームと結合する。こちらも、ガイド用の突起があるので、位置あわせは難しくない。
位置があったことを確認したら、フレーム取り付けボルト4本を仮止めし、中途半端に上げておいたサブフレーム前側を
最後まで上げる。おそらくこの時点で、サブフレームに開いた8つの穴の位置は、車体側の穴とピタリ一致するはずだ。

・・・さらっと描いてしまったが、それなりに腕力を消費する作業。できれば、サブフレーム前側とジャッキを固定する
何らかのジグを作っておいたほうがいい。絶対にいい。ジャッキに乗せたサブフレームを前後左右に移動しようと
するとき、ジグの必要性が必ず理解できるはずだ。急がば周れ、という言葉のとおり(シャコ万でもいいけど)。

合計 10本のボルトの穴位置あわせと仮止めができたら、本締め。トレーリングアーム前端ボルト×2 80Nm、
リアサブフレーム固定ボルト×8 60Nm。ついでに、リアショックとナックルを固定するボルト×2 80Nm も締結。

ブレーキ・デフ装着・マフラー・スタビ装着(予定:--:--/実績:18:30)

さて、サブフレームさえ乗ってしまえば、あとは勝手知ったるナントヤラ。取り外していた部品を、片っ端から元通りに。

まずはブレーキ。サイドブレーキワイヤーは、ちゃんと金具に固定していれば、ちょうどいい位置に出ているはず。
キャリパー固定ボルト×4 60Nm を締め付けたら、サイドブレーキワイヤーを元通りに装着し、パッドを取り付ける。
余裕があれば清掃/グリスアップをしておきたいところだが、さすがにもう周囲が暗くなりはじめ、余裕がない;

ブレーキを左右ともに装着し、固定部分を指差し点呼でチェック。引き続き、デフを乗せる。降ろすときと同じく、
難しいところは何もないが、締め付けるボルト/ナットの数がやたらに多いので、作業は丁寧確実をモットーに実施。
デフリアマウント固定ボルト×1 50Nm、デフキャリアとデフ間の固定ボルト×4 40Nm、デフキャリアとサブフレーム間の
固定ボルト×2 60Nm、デフフランジとプロペラシャフト間の固定ボルト×4 20Nm、デフサイドフランジとドライブシャフト
間の固定ナット×8 50Nm。あとは、スピードセンサーカプラーを接続し、カプラー配線とデフキャリア間をボルトで固定。

デフを乗せたら、あともう少し。燃料フィルタとカプラー配線をリアサブフレームに固定したら、スタビを装着。
スタビブラケット固定ボルト×4 と、スタビリンクとの固定ナット×2 を装着。よし、よし。最後に、マフラーを
元通りの位置にぶら下げ、ガスケットを挟んでから、ボルト2本でフロントパイプと結合・・・よし!完了!


・・・そんな感じで、組み立て作業が終わった頃には、もうすっかり日が暮れていた。ここまで、ほとんど休憩状況を
書いていなかったが、昼から後はもう休憩入れまくり。普段から、庭弄りなどの屋外作業に励んで暑さに慣れている
両親ですら、「今日はあかん。暑い」といってヒキコモリ状態。内勤組の私が、余裕綽々で作業できるはずもなく。
ちょっと作業しては茶をガブ飲み・・・という、本当に捗らないサイクルを繰り返していた。まさか、ここまで作業が進むとは。

だが、想定以上の作業量は、やはり想定以上の消耗を私にもたらしていた。穴の開いたバケツの水面を維持するかのような勢いで
水を飲みまくっていると、やがて電解質などが足りなくなってきたのか、特に右足の膝から下が、もうテキメンに疲労してくる(汗)
ああ、アカン、もう、アカン。だが、あと少し・・・あと少しで、作業を終えられるんだ。その希望だけが、私を衝き動かす。

ガソリン投入(予定:--:--/実績:19:00)

組立作業を終えた時点で、ボルトの締め忘れや部品の装着忘れがないことを、何度も指差し確認。暑さで頭がボーっと
しているだけに、確実な作業のためには確実な確認が欠かせない。何度も確認を繰り返し、ようやく、作業結果に自信を持つ。

残るは、ガソリンの再投入だけ。ガソリンタンクのフィラーを開け、携行缶に移しておいたガソリンを、ほぼ全量注ぎ込む。
「ほぼ全量」と書いたのは、水をなるべく入れないようにするため、タンクの下の方に当たる液体(ガソリン+水)をなるべく
入れないようにしたから。それでも、ちょっとした移し変えであれだけ水の姿が見られたことを考えると、この程度の工夫で
水をカットできたとは思えない。しばらくは、水抜き剤の世話になってみることにしようか。効果あるか、わからんけど。

後片付け(予定:--:--/実績:21:00)

夕飯を食ったのち、散らかした作業場を片付け。工具の数を数えながら元の場所に戻し、ウェスの類を捨て、古い部品を
選別し(まだ使える部品を残しておく)・・・そして、一番面倒くさい、残ったガソリンの処理。携行缶、および旧ガソリン
タンクから新ガソリンタンクに戻さなかったガソリンを、オイル交換用の大きなパンに移し変える。まぁ、こんな感じだった。



赤い配線クズをはじめとした細かいゴミの数々が、ガソリンと水の界面に漂っている。およそ 50cc ぐらいはあったろうか。
(作業中にこぼした水もたくさんあるので、実際はこの 1.5倍ぐらいは溜まっていたと思う)。上澄みのガソリンを残して、
下に溜まった水をスポイトで吸い取り、捨てる。うーあー。もうこんな水は見たくない。で、問題は、上澄みのガソリン。
これ、どうやって処分しようかな・・・いくら上澄みとはいえ、これをガソリンタンクに入れるってのは、気分が良くない。
とりあえず、吸い取りきれなかった水とともに携行缶に戻す。もう夜も遅いし、細かい処理は、明日に考えよう・・・。

燃料を抜いた古いガソリンタンクは、部品屋に処分してもらえるようにお願いしておいた。ガソリンを抜いたとはいえ、まだ
タンク内には可燃蒸気がたくさん存在するはずだ。安全に、急いで、処分せねば。防爆のため、水を入れて安全な場所に移動。


そんな感じで後片付けは終わったのだが、いよいよ、長年愛用(?)してきた作業用ツナギが、完璧にボロボロになってきた。もう、
生地そのものが痛みまくって、膝など引っ張られる部分が(何かに引っ掛けたわけでもないのに)ザクザクに裂けてしまっている。
シャルルとダッフィーが殴り合い前にやっていた筋肉自慢の結果みたいな感じだ。さすがにもう、補修も無理。新しいのを買うかな・・・。

片づけを終えて一息ついたら、風呂に入って髪の毛をよーく洗う。塗装ミストやら砂やらが一杯付着して、汚い汚い。
シャンプーの泡が灰色になってるんだもの(笑)3月にミッションを降ろしたときよりも、ずっとひどいなぁ・・・;


9/6

起床。サクッと起き上がる・・・が、平生のトレーニングが足りてない私のことだ。昨日の、予想よりヘヴィな作業になった
メンテ
により疲労した筋肉が、少しずつ痛みを発し始めた。足の大腿四頭筋、および右手の肘より末端に、筋肉痛を覚える。
まったく・・・あの程度(?)の作業で、ココまで筋肉痛になるか・・・?まったく我ながら、だらしない・・・日々、体を鍛えないとね!

軽い筋肉痛に攻撃されつつ、本日予定分の作業を開始。ガソリンタンクを処分して、水抜き剤とツナギを買ってくるノダ。よし。

ガソリンタンクをどう処分場所まで持っていくか、しばし考える。30L のガソリンタンクって、大きいものかと思いきや
実は、意外と小さい。冷静になってよく見れば、カプの助手席にも積めそうだし・・・いや、それどころか・・・



トランクに積むこともできる!

冗談でやってみたら、意外とぴったり入ってしまったことにオドロイタ(笑)。まるで誂えたように、高さ方向も隙間無し。
ひょっとしたら、もともとトランクの位置にガソリンタンクを入れることを想定して・・・るわけないか。単なる偶然(笑)


トランクを積み込んだら、自宅を出発。まずは、ガソリンタンクを購入した店に出向き、処分を依頼。続いて、ホムセンで
一番安い水抜き剤(@150)を2本購入。その場で、とりあえず1本突っ込んでおく。しかし、いままでこういう手合いの商品は
マユツバ物だと思ってマトモに見てなかったが、商品によって成分が結構違う。私が買った一番安いものは、何故かディーゼル用と
ガソリン用の2種類がラインナップされていた。何が違うねん、と思って成分表を見ると、ガソリン用はメタノールが混ざって
いる
ようだった。具体的には、イソプロ 7割+メタ 2割+謎 1割。なんでガソリン用だけ、メタが入ってるんだろう・・・?

疑問をぬぐえないままでありつつも、とりあえずキニシナイことにして、STRAIGHT へ。以前、ここでツナギを買ったのだが
もう、同じツナギは売っていない。てんちょさんに聞くと、今はアメリカンサイズしかなくてね・・・とのこと。うーん、さすがに
自分のサイズがアメリカ的にどうなのか、全然見当もつかない(たぶん、アメリカサイズで見れば「超 small」だろうけど)
勢いで買ってもしょうがないので、ちゃんとサイズを測りなおしてきますワーということで、買わずに店を辞する。


そんな感じで、用事を手早く終えていく。買い物中、少しずつ強くなってきた足の筋肉痛に苛まれはじめる。運転中はさておき、
ホームセンターなどで階段を上り下りするのがつらい。もう、大腿四頭筋がヒーヒー言い始めてる状態。挙句の果て、今日も
昨日と同じように、カンカン照り。強烈な日射が空から舞い降り、昨日の発汗で奪いつくされた体力をさらに奪っていく。ヒー!

こりゃダメだ、さっさと帰ろう・・・交通量が少ない経路を選び、帰路へ。アクセルを踏み込む。そういえば、アクセル操作がちょっと
無視されがちだった問題だが、いつのまにか直っているようだった。ガソリン漏れに関連して、何か重大な問題があったのかも
しれないな>燃料系統。そう思いながらいい調子で走っていると、ふと、妙に LLC っぽい匂いが漂ってきたことに気づく。
む・・・まさか、やはり、ヒーターコアからの LLC 漏れ?だが、空調レバーを見ると「外気導入」になっていることに気づき、おそらく
原因は室内側でなく、室外側にあるのではないかと直感的に考える。だが、どこから漏れている?疑える場所は、とても少ないぜ?
そういえばちょっと前にも、こんな匂いが漂ってきたことがあった。ラジエータキャップ劣化 → リザーバへ漏出 → 漏れ・・・かな・・・

・・・そういえば、新しいドライビングシューズ。運転するにしても、車から降りて歩くにしても、ものすごく快適。しかし、ひとつだけ
問題があった。ヒール&トゥがやりにくい。ローカットなので、足首の動きが阻害されるということはない。問題はそこじゃなくて、
踵の幅が狭いため、いままでと同じ感覚で足首をひねっていると、アクセルを空振りしてしまう。人間を慣らさないといけない;
あと、靴のせいかどうかわからないが、ブレーキの踏み代が、ちょっと多いような気が気がする。まるで、エアを噛んでいるかのような。


帰宅後、メシを食ったら、ごろ寝。昼から、どんどん筋肉痛がすごくなってきた。ああ、もうダメ・・・もう立てない・・・
なんつうか・・・もう・・・典型的な『普段から運動してないのに、運動会でハッスルしちゃって肉離れを起こしたパパ』状態。

とかいいつつも、ちょこちょこ起きだして、昨日やり残した後片付け etc. を実施。旧タンクにくっついていたゴムホースを
何気なくチェックするが、意外なほど劣化していなかった。ホースの淵こそ放射状にヒビが入っていたが、少し内側に入れば
ゴムは新品と見まごうばかりの美しさ(?)だった。結局、ゴムを劣化させるのは「熱」と「紫外線」ってことなんだな。

後片付けがおわったら、ついでにアクセルワイヤーの張りを調整。アソビをかなり少なくしてみる。どうなるかな?


そのうち、本当にシャレならんぐらい筋肉痛がキツくなってきたので、おとなしく家に篭ってPC 作業に興じる。
ふと、左足甲が妙に痒いことに気づく。見れば、BCG 接種後みたいに、一定間隔で赤い発疹がポツポツ・・・
うーん、こりゃ汗疹かな、めちゃくちゃ汗かいたからなぁ; 適当な軟膏がないので、風呂でよく洗っておく。


9/7

・・・AM 5時ごろ、無性に暑くて目が覚める。この暑さ・・・なんだか、また鬱陶しい夏が戻ってきたような感覚。無意識に寝返りを打つが
あくまで頭の一部分しか覚醒してないため、体が脱力気味。ああ、この感覚もまた・・・鬱陶しい、昨年の記憶が蘇る。そうさ、暑さが悪い。
すべては、この暑さが悪いんだ・・・一番きらいな季節は、夏。いやな思い出があるのは、夏。夏、夏、夏。傍目に見るのは好きだが、
できれば当事者としてその中に身をおきたくない、夏・・・そんなことを考えているうちに二度寝に落ち、一時間少々で再び起床。

脱力気味に感じた体の調子は元に戻っていた(当然)が、残念ながら、筋肉痛は治まらない・・・くそう(涙)昨日の昼過ぎから
一気に悪化し、今もまだ継続している、筋肉痛。あの程度の運動だったのに中々回復しないのは、暑さのせいだ、暑さのせいだ・・・

筋肉痛に苛まれつつ、出勤して仕事。左右大腿四頭筋、右大内転筋の筋肉痛が相変わらずキツい。ハーフスクワット30回をやった後の
歩くに歩けないレベルの痛さとは全然比較にならないほどマシだが、痛いモノは痛いのが困りものだ。また、右手の腫れぼったさと、
右手肘〜手首間の筋の痛さもまた、たまに気になる。あの程度のネジ締め緩めで・・・ああ、もう、年は取りたくない、としか(涙)

とりあえず、痛い筋肉の場所はわかっているので、液体サロンパスの適宜塗布で対策。一時的な爽快感で、苦痛を紛らわせる。
もっとも、一時的とはいえ、液体サロンパスの威力はなかなか素晴らしく、かなり強い痛みでも 1時間ほどは押さえ込むことができる。


また、左目の上瞼の軽い痙攣にも悩まされる。生活に支障はないが、気持ち悪いことには変わりない。疲労と比べて休息が不足気味、かな。

帰宅後、部屋で作業中に、足の指に鮮烈なかゆみを覚える。見れば二箇所ほど、蚊に刺された跡が。くそ!まだ蚊の残党がいやがったか!
だが、蚊を生き長らえさせていたこの暑さも、もうそろそろ終わりのはず。もうすぐ、一年の中で唯一過ごしやすい「秋」の季節だ。。。


9/8

・・・起床。筋肉痛は、かなり回復してきた。ああ、よかった・・だが、右手の腫れぼったさとか、右手に力を入れたときに感じる
手首〜肘の間を走る筋の痛さとかは継続。いや、一度はじまった筋肉痛は、なかなか治らないねぇ。そういう体質になっちゃった?

ふと見かけた何処かの Web ページで、MCBQE32G8MPR-03A に対して CrystalDiskMark 2.2 をテストサイズ 1000MB で実施したとき
RW4K の値が異様に遅くなっている(0.1MB/sec以下)画像が掲載されていた。・・・マジか?と思って検証してみる。確かに、
ウチの環境で実施してみても、同じように猛烈な速度の低下を示している。な・・・なんだこれ・・・(汗)これが、ときおり
体感で MCBQE32G8MPR-03A が僅かに遅く感じるときがある理由だろうか?・・・と思ったが、バカッ速だった Mobi 3000 でも
同じような傾向にあるらしい。たぶん、Intel だとバカッ速なんだろうね。キャッシュの使い方か何かに関係してんだろうね。
まぁ、PenM ULV 搭載で元々そんなに速度の速くない Latitude X1 に、これ以上の速度性能を求めてもしょうがないか・・・。

帰宅。ほとんどの筋肉痛は収まったのだが、右足の大内転筋だけは、相変わらず痛い。無理をさせない程度に、仕事の合間に
軽くストレッチ。無理なストレッチはよろしくないが、適切な強度であれば、筋の痛みを回復させることができる。うれしいね。

帰宅後、ゴミ整理。ふと、先日降ろしたガソリンタンクにくっ付いていた気水分離タンク(PP 製?)って、キャニスターへの
ガソリン逆流対策にも使えるんじゃないだろうか、と考えた。キャニスター配管とキャニスターの間に挟めば、オーバーフローで
逆流したガソリンも、一定量まではここでトラップできる。これまでのガソリン逆流実績から考えれば、この小さなタンクであっても
十分にカバーできそうに思える。よし・・・週末の、たのしい工作(?)の題材としておこう。材料は全て揃っているからね。


9/9

あれから3日少々。やっと、筋肉痛と右手の腫れぼったさが、ほぼ収まった。作業した次の日に出て、完治まで3日かかったか。
いやー、長かったな。ただ、筋肉痛は収まったとはいえ、まだ足のダメージ(?)は残っているようで、足首の疲れやすさとか
足先の関節の痛みやすさは残っている。以前は膝が痛くなったもんだが、今はその代わりに(?)足首より先にキテる感じ。

また、一気に痛みが回復した代償か、最近は昼間の眠さがものすごい。油断してたら、会議中でも簡単に船を漕ぎだせてしまう。
ちょっと前までは「夜、眠れないの・・・」だったのに、今は完全に逆。昼間も夜も、すぐ眠れる。ただし、早朝覚醒気味 (;_;)

夜。数日前までのクソ暑さが一気に消え去り、急激に寒くなってきた。窓から入ってくる風の冷たさに、驚きを覚える。
気温計を見れば、20℃付近まで低下。え?ついこないだまでは 30℃台 だったのに!こんな急激な変化は困る。また風邪引きそう;

そんなことを考えているうち、猛烈な眠さが押し寄せる。まったく、目を開いていられない。落書きも出来やしねぇ・・・


9/10

起床。筋肉痛は消えたが、右足/右手に微妙な違和感あり。先週末の影響が、まだ残っているのだろうか?舌の右側面もちょい痛い。

仕事に出かけ、そして帰宅。夜、職場のビルから出た瞬間が、いちばん「秋」を感じる。だって、ビル風がなんだか寒いんだもの;
当然ながら、寝る頃の気温はもっと下がっている。寝具を、夏用の薄い掛け布団から、秋用の毛布に切り替える。いい暖かさ。

ここ数日、Latitude X1 の電池に対して 100% → 3% 放電 → 100% 充電を繰り返してリセットを掛けているのだが、今までに
ないぐらいに劣化してないことに気づく。この電池、使い始めてから 6ヶ月の 09年春に劣化量 15% まで一気に劣化したのだが、
そこからあとは一旦、劣化量 12% まで回復し、現在に至るまでずっとその劣化状態を維持している。はて・・・なんで劣化しない?
自宅では、一晩中ノート PC の電気を点けっぱなしにしていることが多いのだが、そんな使い方と関係あるのだろうか?>長寿命


9/12

夜中に何度も、トイレに行きたくなって目が覚める。そっか、真夏ほど汗が出ないからか・・・
そろそろ、水分を摂る量を控えていかないといけない。過剰に水を飲むのがクセになってるし。

最終的に目が覚めたのは、窓越しに曇りの空から差し込む緩い光と、雨粒が屋根の上で踊る音に包まれた環境の中。
あとは、FM ラジオから朝の静かなトーク番組が流れてきたら、アンニュイながらも心地よい雰囲気の週末が完成だ。

朝からの雨は、天気予報の言うとおり。先週末は、過度な筋肉痛を招く、ちょっとヘヴィな作業をしてしまったので
休息を取るちょうどいい機会だと考える。今週分に予定していた作業は、再来週の連休回し。今週はマッタリしよう。


なんとなく寝不足気味ながらもソコソコの時間に起き出し、土曜の朝の番組を見ながら朝メシを食う。私は、基本的に
TV は見ない人なのだが、深夜枠と土曜の朝だけは例外。これらの枠に流される番組には、なぜだか心が癒されるから。

メシを食い終わったら、カプに乗り込んでエンジンを始動し、ちょっくら外出。目的地は、アストロプロダクツ京都南店。
先日できたばかりの支店だ。所在地地図を確認してみれば、R1 の木津川北岸付近沿いにある、商業地の一角が示されている。
ウチからは距離が結構ある上、高速道路料金の面で見れば草津店よりも不利(草津店だと片道 \250、京都南店だと片道 \450)。
残念ながら使う機会は少なそう。それだけに、開店セールをやっている今のうちに行くのがベストだと考えた。軽いドライブがてら。

別に急ぐ旅でもないので、往路は下道でのんびり。九条通りから R1 に入り、そのままひたすら南下。VICS は渋滞を
報告していない。南行きは確かにその通りだったが、北行きは名神京都南 I.C. のすぐ北を先頭に、軽い渋滞があった。
CAPA クラスの小さなミニバンが大型トラックにカマ掘った事故があったようで、それが渋滞の先頭付近に存在。別に
車線規制はしていなかったから、恐らくは脇見渋滞ってやつだろうか。まったく、野次馬根性は人間の性だな。


R1 をのんびり南下。久々に走った R1 の久御山付近には、オービスより手前にいろんなセンサーが設置されていて
なんとも不思議な空間となっていた。何のセンサーだろうか。見た目的には、サーキットのホームストレートで見かける
騒音測定装置っぽい感じ。確かに、近くに交機の基地はあるけど・・・取り締まりに来そうには思えないな;何だろ、コレ。

久御山を過ぎたら、まもなく現地へ。コスモ石油の向こう側の、よく見える場所に看板が立っていた。迷わず到着。
カラオケボックスや飯屋などが集まっている小さな商業地の角に、アストロは店を構えていた。駐車場は、それらと共用。
80台規模のガレージはとても広く、駐車しやすい。STRAIGHT 京都店の駐車場も、もう少し広ければなぁ・・・。


店内に入り、散策。店の広さは、草津店と似たか寄ったかな感じ。品揃えも似たような感じになっていて、不足はないが
過度な期待はダメよっってところか。ともかく、ゆったりと店内を散策。少なくともここで買うつもりだった作業用ツナギを
チェック。サイズがいくつかあって、かなり悩む。うーん。最終的には、札に書いてあった身長と腹回りの数字を信じ、
Mサイズを購入。他には・・・オイルドレンパンを1つ購入。オイルを抜いたときの受け皿、というのが本来の用途だが
油まみれの部品を O/H するときの受け皿としての用途が、個人的には一番便利だ。数が多いほうがいいので、追加購入。
また、長年にわたって滅茶苦茶な使い方をしまくってきたため、さすがに指示値の狂いが多くなってきただろうと思い、
1/2 Dr. のトルクレンチを新調。東日のとかは高くて買えないので、安いアストロの品を購入。貧乏人はつらいわ(汗)

買い物を終えたら、帰路につく。R1 を少し南に走り、木津川北岸沿いの道へ。そのまま油小路通まで抜けられるかと思えば
土手の道はすぐに行き止まりになり、川沿いの住宅街の狭い道へと降ろされる。こうなると、もうルートはわからない。
ナビ様に、脱出経路を教えてもらわねばならない。だが、ナビのリルートは近視眼的すぎて、実走に追いつかない。
既に通り過ぎた角を曲がれ、という指示が続く。そんなモン守れるか!もっと大局的にリルートしやがれ!毒づきつつ
そのまま土手から降りた道をだらだらと走り続けると、やがてリルートが正常化。道なりのルートを指示しはじめた。

結局、道なりに路地を走りぬけて府道 15号を経由し、佐山から第二京阪側道を延々と北上する。この区間の側道は、
なんとなく大阪府南部や西部の阪神高速側道の景色を彷彿とさせるものがある。京都離れした(?)この景色は結構好きだ。

その後、外環経由で R24 へ抜け、R24 から裏道へ入り、くねくねっと走り抜けて帰宅。リアサブフレームを装着しなおして
後ろ半分のてストレスが抜けたせいか(?)道中、駆動系の音が静かになったような気がする。なんとなく、滑らかで気持ちいい。


帰宅後、雨がパラパラと降り続く中、軽くカプ弄り。例の、ガソリン溜まりをエンジンルーム内に装着しようと試みる。
だが、せいぜい手の平よりも小さいぐらいのサイズでしかないこのプラ箱が納まるスペースが、見つからない。
うぇっ、マジか。この程度のサイズのモノなら、簡単に装着場所は見つかると思っていたのに・・・(汗)

まぁ、焦るもんじゃないし、いいか。そう考えつつ、ふっと気になったので、キャニスターの動作点検を実施する。
キャニスターを取り外し、整備書どおりの手順で動作を点検。たしかに、整備書に書いてある通りの動作をしている。
キャニスターの底から息を吹き込めば、エンジンに繋がるほうの細いパイプから息は出てくるし、そのパイプを塞げば
ガソリンタンクに繋がるほうの太いパイプから息は出てくる。だがしかし、ガソリンタンクに繋がるパイプの方から
息を吹き込むことができない
ってのは、おかしくないか?まるで、片方向弁が入っているような動作なのだが、
どう考えてもこの状態では、ガソリンタンクから蒸発した気体が吸い込まれることがないような気が・・・。
息では圧力が足らんのかと思い、空気入れで加圧。だが、4kg/cm2 掛けても、まったく空気が入らない。

・・・あかん。こりゃまた、タンクが圧力で歪んでしまうな・・・

虫の知らせは正しかった。このままだと、またおかしいことになるはずだ。しばし考えたのち、とりあえず
分解できるところまで分解してみよう、と結論。ガソリンタンクと繋がる口となっている部分(蓋)を、こじって外す。



アカーン!!

水酸化鉄の黄色が、まるで塗りつけたかのような鮮やかさで、蓋の中に広がっていた。うっわー!こりゃヒドイ!
蓋の中に突起が2つほどあり、その中の1つがキャニスター内部と通じているようだったが、この分だと・・・きっと、
キャニスター内部もひどくサビがマワっていることだろう。構造物があれば、スティック(固着)しちゃってる危険性も・・・

どうせ交換しなければいけないものだろうから、新品なり中古なりを手配する覚悟は決まった。ああ、また出費が・・・。
腹立ち紛れに、キャニスターのケースをドライバーの柄でガンガンぶっ叩く。やがて、尻の穴から錆の粉が落ちてきた(汗)
クラクラする頭を押えつつも、そうなると、キャニスターの中の何が壊れてしまっているのか、俄然興味がわいてきた。
今はどうしようもないので、とりあえずキャニスターを元通りに組み立てて、車体に装着。少し、調査してみよう。

下回りチェック。先週取り外したサブフレームの固定ボルトを、買ってきたトルクレンチで増し締めする。トルク値を
60Nm に設定してえいやっと締め付けるが、小気味良い「クキッ」という感触が伝わってくる。ふーむ、特に緩んではいないな。
ついでにホイールナットも締め付けてみるが、こっちはちょいと回ってから「クキッ」。ちょっとユルいほうに誤差が出てたか?

なんとなくステアに重さを感じていたので、空気圧をチェック。案の定、四輪とも 150kPa まで低下していた。180kPa へ加圧。
ついでに EP82 の空気圧もチェックするが、こちらは四輪とも 210kPa。目だった低下もなく、いい感じだ。このままよろしく。

作業後、部屋に入ってツナギを試着する。結論からいえば、ワンサイズ大きいものを買えば、ちょうど良かったようだ。
Mサイズでも一応着れるのだが、しゃがんで背中を丸めると首が締まる(=背中の長さに余裕がない)し、腕の長さもなんだか
つんつるてん(5〜10cm ほど足りない)だし、ツナギを脱ぐときも、布地に余裕がないから、腕が抜けなくて一苦労する。
ちょーっと失敗したかなぁ・・・でも、まぁ、着ているうちに伸びるかもしれんし・・・しばらく、我慢してみるか。


ここ最近、右奥歯の奥の歯肉の軽い痛みがずっと継続している。普段は大丈夫だけど、押えるとちょっと痛い。なかなか治らない。
また、部屋に戻って PC の画面を見続けると、左目上端の瞼が妙にぴくぴくする。目の中のゴミは相変わらず多い。調子悪いなぁ。


9/13

夕方まで雨が降り続いた昨日とは異なり、今日はいい天気。だけど、思い出したように通り雨が降ったりもする。
大掛かりな整備に向いた一日ではなさそうだったので、キャニスターパイプ交換は来週まわしにすることに決定。

というわけで、キャニスターをカプから取りはずし、中身をちょいと覗いてみることにした。
もっとも、「ちょいと覗く」と言っても、キャニスターは基本的に非分解式。パワープレイあるのみ。

昨日のうちに、分解する方法はある程度目処をつけておいた。キャニスターの底に、筒と蓋の合わせ目が走っている。
合わせ目の構造は、淵が折り曲げられた鍋蓋が筒にかぶせられているような感じ。そして、筒の小口が少し分厚くなっていて
蓋はそこに接着されている。ただし、ガソリンにも耐えうるキャニスターの構造からすると、接着というか、溶着に近い?

実際、接着(溶着)部は大変にしっかり結合されており、分解は困難を極めた。マイナスドライバーを合わせ目に差込み
少しずつコジって分割していく。キャニスター外殻の材質が硬質プラスチックであればいいのだが、残念ながら、これまた
ガソリンに耐えうる材質・・・ということで、かなり PP か PE っぽい。軟質であるため、分割にも困難を極める。

だが、いつの世もパワーは正義だ。根性でバリバリベリベリと蓋を引き剥がし、なんとか、キャニスター内部に到達。



く、腐ってやがる・・・

クトロワの名台詞を借りるまでも無い。このキャニスターはすでに、腐海の胞子にやられておる・・・

地面の中に何十年も埋もれたままになっていた第二次世界大戦の兵器の破片、のようにも見える。じっくり観察すると
ボロボロに錆びたバネと鉄板は、斜めになったまま固着していた。マイナスドライバーを隙間に突っ込んでコジり、
強引に取り外す。錆びてない部分の色からしてしっかり防錆処理されてたと思しき部品でも、コレだ。中はどうなってる?



あ、意外と普通。中には、直径 1〜2mm 程度の、黒灰色の小さな粒がびっしり詰まっていた。ところどころが赤褐色になって
いるが、サビの粉がついただけのようで、それ自身は特に変性もしていない模様。そう、これが活性炭。キャニスターのご本尊。
溶けて固まったりしているわけでもなく、まったく正常のように見えるソレに鼻を近づけると、ちょっとマワったような刺激臭。
17年間、揮発物の洗礼を受け続け、もはや用を成さなくなったようにも感じられる。おつかれさま。取り出して、適当に保管。


活性炭を取り出したあとのキャニスターの中を覗き込む。朽ちた鉄板が存在した下端付近以外は、かなり綺麗なものだった。
ただ、キャニスターの天辺中心にこっそり嵌まっていた小さなフィルター(直径 7mm ぐらい?)だけは、かなり黒ずんで
汚くなっていた。ん・・・?キャニスターの出口にフィルターが嵌まってるなら、活性炭は逆流しないはずだよな?

・・・となると、車体側のキャニスター配管が黒っぽい汚れで閉塞してしまった問題の原因は、別にあるってことだよな。
はて・・・思わぬところで、思わぬ問題に行き当たってしまった。果たして、ヤツは何だったのだろう。事件は迷宮入り・・・


中央に嵌まっていた小さいフィルターを空気圧で取り外して、水洗い。乾燥させているうちに、上辺の構造を観察。どうも、
天辺のほうには、バルブのような構造物はまったく見当たらない。フィルターの向こう側は、オリフィスで絞られたのち、
ガソリンタンク側配管出口となっている。はて・・・不思議に思いつつ、天辺の面積の大半を占める、白っぽいフィルターをめくる。



あー、なるほど。そういうことか・・・。白っぽいフィルターの向こう側はちょっとした空間となっており、そこに小さな穴が
1つ開けられている。キャニスターの、エンジン側配管出口。バルブが入っているような動作をする理由が、やっと判明した。

つまるところ、フィルターの面積比の問題。配管出口の太さは、どちらも(オリフィスで絞られ)同じ程度。ただ、フィルターの
面積が、ガソリンタンク側配管と比べてエンジン側配管のほうが数十倍は大きい。つまり、エンジン側配管のほうの通気抵抗が
圧倒的に低い
ということ。だから、両方の配管が開放されているときはエンジン側配管から優先的に(?)通気するワケだ。
流体力学(?)をうまく利用した無可動のシンプルな構造に、しばし見惚れてしまう。シンプル・イズ・ベスト。ウホッいい設計。


・・・というわけで、結局、ボロボロに錆びていた底板とバネ以外の部品には損傷もなく、そのまま続投できそうな感じだった。
うーん。交換するつもりで分解したんだけど、これだったら修理できちゃうよな・・・。というわけで、修繕を実施。活性炭を
新聞の上に広げて天日で干している間、錆びた底板とバネを修理。まずは、真鍮ワイヤーブラシでゴリゴリ擦って浮き錆落とし。
バネのほうは、見た目こそひどいものの、腐食そのものは大したこともない。問題なく再利用できる。問題は、底板のほう。
豆腐掬いのように小穴がいくつも開けられた底板はボロボロに腐食し、部分的に欠損が発生している。そして、底板の上に
貼り付けられていたフェルトにまでサビが拡散し、本来ならば通気性に富むはずのフェルトが、硬質のプラ板みたいになっていた。

このままでは再利用できない。フェルトを慎重に剥がし、底板を真鍮ブラシでゴシゴシ。幸い、サビでボロボロではあるものの
完全に腐食しきってはいなかった。本来の外形と強度を辛うじて保っている底板のサビがある程度取れたら、フェルトを新調。
残念ながら同じ材質のものは手持ちになかったので、薄手のスポンジで代用。ガソリン掛かったら溶ける?そん時ぁ Assy 交換さ。

底板とバネが再生できたら、天日干ししていた活性炭をケースの中に詰めなおし、底板とバネを乗せ、パワープレイで外した
蓋を装着。もっとも、破壊して外したわけだから、元通りに直す方法など存在しない。PP や PE でも接着できる、コニシの
GPクリア(SBR 系接着剤)で裏蓋を貼り付ける。完全に接着されるまでの間、マスキングテープで巻いて蓋を固定。


キャニスターの修理が終わったら、ガソリン満タン時の漏れチェックを行うため、周回道路に出かけてちょっとガス減らし。
気持ちよくぬおわ弱で巡航中、左リアを起点としているようなボディの振動(共振?)が発生。共振に伴って、低い音も発生。
う?なんだこの、妙な振動は・・・さほど強くはないが、なんとなくヤバげな雰囲気。リアセクションに、問題が残っていたか?
即座に減速し、様子を見る。速度を少し下げてぬうわ以下ぐらいになれば、振動も音も収まり、静かなクルマに戻ってくれた。
ふむ・・・機構的な面での故障だったら、減速しても音や違和感は収まらないだろうし・・・リアタイヤのユニフォーミティーの問題?
そういえば、ぬふわぐらいでステアリングにシミーが発生するようにもなった。常用しない領域だからいいけど、もう終わり?>タイヤ

帰路。適当にガソリンが減ったので、いつものセルフ GS に立ち寄り、給油口スレスレまで給油してみる。さぁ、どうなるか?
結果は、吉と出た。正常だった時と全く同じように、給油口から見える液面は全く下がることはない。また、その状態でキャップを
閉めてドアを開けても、室内は全くガソリンの匂いがしない。うん、うん。これでようやく、完全に元通りになった、と言える。


久々に、何の不安もなくクルマに乗れる状態に近づいてきた。なんだかとても気分が良くなってきたので、ついでにキャニスターも
完璧にしてやれ(?)と考える。ホームセンターに立ち寄り、金魚コーナーを散策。私の目的に無関係な商品ばかりが並ぶ売り場を
丹念に調べ、なんとか「活性炭」を入手する。活性炭にもいくつか種類があったが、その中でも一番細目のものを選択する。

さっそく帰宅し、もう一度キャニスターを分解して詰め替え。買ってきたものと、元々詰まっていたものを見比べる・・・ふうむ。



粒の細かさは、買ってきたものの方が少し大きいし、角の鋭さも同様。クルマ用はやっぱり何か、特殊な加工が施してあるのか。
だが、17年使ったクルマ用よりは、新品の金魚用のほうがマシだろうて。というわけで、古い活性炭を抜き、新しい活性炭を入れる。
蓋はまた、さっきと同じように GPクリアで貼り付け、マスキングテープでぐるぐる巻きにしておく。これで当面は運用しよう。

最後に、リアサブフレーム固定ボルトの増し締め。普通に締まってくれた7本のボルトは全く問題なかったが、1本のボルトだけ
一度緩めてから締めなおすと、どうも 52Nm 以上の力がうまくかからなくなった。独特の、降伏中のようなキモチワルイ感触が、
トルクレンチを通じて手の平に伝わる。ああ・・・残念だけど、このボルト穴だけは、車体埋め込みナットの山が飛んだようだ。
(ボルトを外して仔細に観察しても、ネジ山に特におかしなところは無い)。面倒くさいけど、RECOIL で直してやるしかない。

サブフレーム取り付けボルトは、M12×1.25 という細目サイズ。RECOIL の価格を調査してみると、パイロットタップ付きのものは
すごく高い(涙)うっわー、ボルトのねじ込みミス1つだけで、こんだけの余計な出費が・・・しかし、他の場所ならいざ知らず、ここは
強度的に重要な意味を担う場所なので、弱ったネジ山のまま適当に放置するわけにもいかない。やむなし。ネジ山修復工具を買う。
ただし、本家 RECOIL だとどうやっても \10k ぐらいにしかならないので、互換品を選択。UNICOIL という製品。中国製だったら
絶対に止めておこうとおもったが、マレーシア製だった。今、チューニングカーがアツい国だ。ならば大丈夫か(?)まぁ、
最悪の場合、インサートだけ本家版を入手すればいいことだし。肝心のパイロットタップは、ちゃんとしてるみたいだし。


・・・ようやく直った部分もあれば新たに壊した部分もあり、なんとも言えない気分で PC 作業。ふと、最近、Latitude X1 の電池の持ちが
異様にいいことに気づく。フル充電から普通に使っていても、利用可能時間は5時間半を越える。samsung SSD の消費電力の低さは
バッテリー持続時間の延長に、結構貢献しているんじゃないかと思う。性能もそこそこ良いし、いい選択だったような気がしてきた。

・・・作業を続ける。なんとなーく、頭が痛いような感じ。ちょっと前から、軽度の頭痛が出ることがある。おそらく、
眼精疲労によるもの。右目側の、目の中のゴミも増えてるし。熱とかは別にないのだが、膝とかも微妙に痛かったりとか、
そしてまた、なんとなーく腰が痛かったりとか・・・なんだかまた、体調の落ち込み期が訪れてきた。そんなことを思いつつ
缶ビールを1本飲むと、悪酔いをしたかのように足取りが覚束なくなり、ヘロヘロに・・・ああ、もう今日はダメだ。ダメすぎ。


9/14

よく疲れているのか(?)起床直後の目の調子が、いまひとつ悪い。なんとなくボヤけ気味。また、しばらくの間、左目の外側上方
(瞼で隠れているあたり)が、軽くズキズキと痛かった。ヒー。やっぱり、普段の生活態度(?)が良くなくて、目を酷使してるんだろう。
幸い、仕事中の目の調子は一時よりも良くなってきた(モニターを見ている最中にピンボケることがない)から、しっかり養生しよう。

出社。本日は、なんとなく天候がよろしくない。天候の悪さと連動しているかのように、体調がいま一つよろしくない。このところ
気になることがなかった(=ほとんど収まっていた)全身の筋肉のピクピクがちょっと出勝ちだし、膝から下の調子もよろしくない。
うーん、なんというかな・・・坐骨神経の経路が調子悪い感じかな。それに・・・なんだかフラフラするし、風邪っぽい感じもする。
つまり、結論:全体的に調子悪い。だが、休んでいたら良くなるってもんでもないので、つとめて普段どおりに生活する。


9/15

・・・本日もまた、寝起きがいまひとつすっきりしない。さらに、微妙に、左腰に軽い違和感を感じる。痛みまでは行かない違和感。
あと、週末にキャニスターをドライバーでコジりまくったせいか、右手親指がちょっと変な感じ。これ、しばらくは続くだろう。
風邪が出たり鼻水が出たり咳が出たりってことはないのだが、・・・やっぱり、ちょっと風邪が入ってるかもしれないねぇ。

最近、HANA Micron という韓国の会社の 1.8" ZIF SSD が、えらく安価に売られはじめたことに気づく。32GB で \12k 程度。
これまでの市場の相場から見れば、半額近いバーゲンプライス。SLC NAND を使った samsung や MTron が高かったのは
しゃあないとして、MLC NAND を使った PhotoFast までが足元を見た価格を維持していたこのドメイン(1.8 PATA SSD)。
Intel という救世主の出現がありえないこの砂漠において、ようやく、性能対価格比の破壊が始まってくれたということ。

プレスを見る限り、コントローラーは Indilinx。値段から考えて、ほぼ同等品と考えられる PhotoFast の V3 買うよりは
全然賢い感じ。ただ・・・あくまで噂ではあるが、HANA Micron を作ったのは MTron 社員のスピンアウト組らしい、ってのが
どうも引っかかる。結局のところ、Indilinx も MTron も含めて、韓国の SSD メーカーは samsung からのスピンアウトで
出来てるのばっかりじゃないのか。しかしその samsung は、著名ノート PC メーカーへの OEM として SSD を大量に作り
納品している実績があるわけで・・・つまり、大きな市場シェアを握っていると思しき SSD を作ってるメーカーから、
なんでわざわざスピンアウトして、SSD を作る小さな会社を設立してるの?
っていう根本的な疑問が消えない。

その理由として考えうるものは、あまり多くない。Indilinx や MTron と比べて samsung の瞬間最大パフォーマンス(?)が
全体的に劣っていることから類推して、信頼性を犠牲にしてでも世界最高速度を叩き出しました、みたいな商品を作って
一儲けしたい社員が、samsung を見切って(?)独立してるんじゃないだろうか。実際、MTron はいうまでもないが、Indilinx の SSD も
最近、故障報告をよく見るようになった(注:Intel や samsung が故障しない、というわけではない。故障報告を見る頻度の話)

・・・ということで、あくまで個人的には、残念ながら信頼性についてはまったく期待することができない SSD だと思っている。
自分の経験も踏まえて考えると、利用開始から長くても1年、せいぜい3ヶ月〜半年で多くが故障するタイプの SSD じゃなかろうかと。
ただ、1.8" ZIF とか 1.8" IDE って、SSD のトレンドからは見放されたジャンル。出してくれただけでも有難いと思うべきなのかね。


久々の飲み会から帰宅。夕方から、風邪が回ったのか(?)ちょっと膝が痛いような感じがあった、だが、酔った勢いで、駅から
3km ほど歩いて帰宅したがなんともなかったぜ。よかったよかった。ささやかな喜びを噛み締めながら、帰宅後いつものように
Web 上のニュースをチェックするため、ノートPC をサスペンドから復帰させる。・・・だが、復帰直後から 30秒弱ぐらいだろうか。
マウスカーソルすら動かないようなレベルのフリーズ状態が発生。ああ、samsung SSD も一ヶ月で死にましたか・・・
と思いつつもしばらく待っていると、そのうち、何事もなかったかのようにフリーズが解け、復帰。なんだろな。怖えぇよ。

MTron の場合だったら、だいたいこのあと1時間もかからずに完全崩壊していた。だが、samsung は強かった(?)その後も
いつもどおりに使い続けたが、まったく普通の状態。フリーズ現象が再現することもない。念のため S.M.A.R.T 情報も見たが、
利用時間と電源投入回数以外の数値は、何1つ変わっていなかった。・・・まぁ、気のせいだった、ということにすっかな。


9/16

秋といえば TV 番組の改編と秋アニメスタートの時期だが、社会人にとっては、それだけじゃない。
9月はちょうど上半期を終え、そこまでの業績次第で組織や所属がいろいろと変わる時期である。

というわけで、昨日はいかにも社会人らしく、改組によって居なくなる人たちを送り出す送別会。
この会社に勤め始めてから、もう 11年。そろそろ私も、送られる立場になるのかもしれないなぁ。
複雑な表情で追い出されていく先達の顔を見ては、こちらもまた、複雑な気分に浸るのであった。

・・・で、今日は、いつもより多少多めにアルコールが入った宴会の翌日。やはり、アルコールの効果で
少しばかり眠りが浅かったようで、ちょっと寝不足気味。全体的な体調は、望外な上々さを保っている。
ただ、右手手首付け根内側(ほぼ中央)がピンポイント的に痛かったりとか、右奥歯肉が腫れ気味で
いくらか痛かったりするというマイナーな問題は残っている。どちらも、意識しなければ忘れてしまえる
程度の痛みではあるのだが・・・手首のほうは臨時的なものだろうからいいとして、奥の歯肉の痛みは
少なくとも2年ぐらい前から、出たり消えたりを繰り返している半慢性的なもの。一度、歯医者に行くべきか。


9/17

右奥歯肉の軽い腫れは、やっぱりなかなか治らない。虫歯というより、いわゆる「歯周病」のような感じ。
奥歯と、奥歯の奥の歯肉の間の狭い隙間に、食べかすやら歯垢やらが微妙に滞留し続けているようだ。
普通の歯ブラシでは、磨いても汚れを落とせないところ。フロスを使っても、取れるかどうか。

右手首付け根の痛みは治まってきたが、なんとなく風邪っぽい感じは変化なし。体温は全然低いのだけど。
そんなことを考えながら、出勤。ふと、左手の肘内側付近に小さい蕁麻疹が1つ出ていることに気づいた。
昨年よく感じた、少しばかりだるい感じが腕全体に広がりそうな気配もあった・・・が、すぐに収まる。

最近、じわじわと売値が下がりつつある MCBQE32G8MPR-03A だが、どうやら昨年末でディスコンになったそうだ。
現在販売されているものは最終ロットであり、それが(在庫が余り気味なのか)値崩れしているらしい。っつーことは、
もう samsung から PATA の SSD が出てくることは無いってことか? がんばって長生きしてクレよ!>ウチの SSD


9/19

さて・・・今日から、俗に「シルバーウィーク」と呼ばれる、秋の5連休が始まる。

会社によっては9連休ぐらいになってるところもあるそうだが、ウチの会社は、残念ながらカレンダー通りの5連休どまり。
だが、それでも大型連休であることには変わりない。気候も良い時期であることだし、例年の如く自宅にウジウジ篭っているのは
いろんな意味で勿体無さすぎる。最近は体調もかなり上向きになったので、しばらく果たせなかった家族旅行ミッションを遂行しよう。


・・・なんてことを考えていたのが、コミケ明けの次の週頃。「今度こそは、無理のない計画で旅行する」というコンセプトの元、
楽天トラベルで宿の空き状況を確認しつつ、私は幾つかの遠征計画を妄想していた。大体、これまでに私がしでかしてきた旅行は
どれも欲張りすぎた。先の大戦の軍部のように、とにかく少しでも遠くまで行こう、と無理をしすぎた。その反省を活かし、今回は
まったく逆の発想で宿を決める。つまり、できるだけ近郊の中級リゾートを狙う。なおかつ、大型連休ということで、そこらの
著名な道路は、ありえないほどの混雑で埋め尽くされることが容易に想像できる。なので、国土の重交通を担う主軸(高速道路)を
できるだけ、いや、まったく利用せずに済む辺境の地を選ぼう、と思考した。うーん、だがしかし、この条件は意外と厳しいな。

移動時間を、最大で片道3時間程度と仮定する。通常であれば、西は岡山、北は石川、南は白浜、東は浜名湖あたりが範疇か。
だがしかし、高速道路を利用しない、となると、範囲は劇的に縮小する。西は有馬、北は福井、南は五條、東は四日市がせいぜい
かと考えられる(注:秋の交通安全期間でなく、なおかつ一人旅という条件であれば、この限りではない)。いかんな、これだと
イマイチ、食指を動かされるナイスなプランが構築できない・・・自分のレパートリーの少なさを嘆きつつ、思索に耽ること数分。
苦心する私の中に、神は舞い降りた。・・・伊根だ。伊根がいい。先ほど課していた全ての条件に合致し、なおかつ、
食指をビンビンに引き回される地。それこそが、近郊ながら何故かこれまで未踏であった京都の秘境・伊根なのであった。

近畿在住でない人には、伊根と言われても、残念ながら冥王星にも等しいほどの遠い存在だろう。簡単に解説しておくと、伊根とは
京都府の最北端付近にある、漁師町。「舟屋」という、ガレージ付の住宅が 1/4 ほど水没したような建物が立ち並ぶ町だ。
これ以上詳しい説明は Wikipedia に譲るとして、ともかく丹後の海の幸がたんまり採れ、なおかつ温泉まで湧出するという。
これで冬季に厳しい寒さが訪れなければ、ドバイの豪華な人工リゾートなどまったく比肩し得ぬほどの天国だよオーイェー。

そんな感じで大枠が決まったあとは、1泊2日で近傍の観光スポットをいくつか巡るという流れを決め、計画を詰めなおす。
伊根近郊の観光スポットといえば、経ヶ岬、伊根湾、天橋立、舞鶴。ナビを片手に経由時間を予想しつつ、プランニングを完成。


・・・こうして決めた計画に基づいて、一家3人が総出で旅を始めたのが今朝のこと。健康をなんとか8割ほど回復したがゆえに
旅行に行けることが内心激しく嬉しかったのか、未明に何度も目が覚める。結局、6時間ほど確保できる予定であった出発前夜の
休息は、1時間+4時間+1時間という変則細切れ状態。寝られたのか、寝られなかったのか。よくわからないまま起床。

いまいち寝ぼけ状態が収まらぬまま、半ば反射的にノート PC を開いて JARTIC のページで渋滞チェック。事前の予想通り、
朝8時現在、名神高速は宝塚 I.C. 〜京都南 I.C. までの区間が渋滞。また、京都南 I.C. 以東の区間も、断続的に渋滞。
一方、京都市の西端と宮津を結ぶ京都縦貫道は、渋滞マークもなく、こちらもまた予想通りの状況。ただ、縦貫道の入り口までに
立ちふさがる R9 の千代原口付近の西行き(京都市脱出方向)には、少し長めの渋滞が存在していた。この渋滞の影響により、
京都市脱出までの時間が延びてしまう。少し、早めに出たほうがいいかな・・・12時頃宮津(天橋立)着とするため、
およそ 10時を予定していたスタートだったが、約 20分ほど前倒しにすることに決めた。両親を急き立て、自宅を出発。


まずは R1 経由で市内に出て、縦貫道入り口を目指す。案の定(?)五条坂から既に、軽い渋滞が開始。この先が思いやられる。
しばらくは渋滞に参加し、流れに乗ってノロノロと西に向かっていたが、やがて、本日の足 EP82 のダッシュに貼り付けた NV-U1 の
VICS は、この渋滞を検知。千代原口経由だと時間がかかりすぎると判断し、堀川通を南下して西に進む迂回ルートを指示。

従っても無視してもどっちでも良かったが、こういう行楽渋滞真っ只中における VICS の迂回精度は未評価だったので
興味がわいた。仕事柄、市内の道路に詳しいオヤジ@助手席に、千代原口を迂回することを伝えてナビの指示通り走行。

七条通を葛野大路で突き当たって左折し、桂大橋でで桂川を渡る。ナビはその後、複雑に曲がりくねる府道指定の道路を
トレースすることを指示。それを見ていたオヤジは「・・・このまままっすぐ行って、桂高校の前からでも行けるな」
ボソリ。年長者の言うことは聞いておくもんだ。ナビの指示を無視し、オヤジの指示通り、道路を直進。やがて現れた
T字路で進路を西に変え、妙に立派な道路を西へと向かう。このルートは、オヤジが正しかった。すごく快適に走れる。
ナビの指示通りだったら、おそらくは狭っくるしい住宅街の道路を走らねばならなかっただろう。尊敬度が 10あがった!

樫原坪谷交差点で R9 に復帰。ナビができるだけ先での合流を指示していた理由は、すぐにわかる。ここから先、
縦貫道の入り口まで、意味不明なノロノロ渋滞は続いた。見事なまでに時間をロスしたが、前倒し出発効果で±0。


というわけで、市内脱出で多少時間を食ったものの、いったん縦貫道に乗ってしまえば、そこから先の流れは
とても連休のまっ只中とは思えないほどに気持ちのいいものだった。同じ方向に向かう車の数はとても少なく、
ペースを乱されてイラつくこともない。ああ、運転しててすっげえ楽だ。名神経由での観光地へと行かずに、正解。

普通に走っていると、あっけなく縦貫道は終わり。突き当たった先の R9 で縦貫道を降りたら、道なりに北へ向かい
R27 へ分岐。先ほどまでと比べると、クルマの数は多少増加。私の前にも数台のクルマが走っていたが、これまた
とても連休中とは思えないほど、どのクルマもスムーズに走りやがる。気分よく R27 を走り続け、府道 12号との
分岐をやり過ごして和知へ。さきほどまでは山間を走っていた R27 は、由良川沿いの平野部へと降りる。景色も
道路の線形も、ゆったりとした快適なものへと変わる。速度取締りを警戒しつつ、少しペースをあげて、先を急ぐ。

しばらく走ると突然、山側に、ト字分岐で接続された道路が現れる。さしたる予告看板もなかったので面食らうが、
それが綾部宮津道路の京丹波わち I.C.。ナビの地図には、まだ線が引かれていない。できてまだ日の浅い道路のようだ。
真新しいランプで道路脇の斜面を駆け上がり、一気に高度を稼いだ綾部宮津道路は、一直線に宮津を目指して走る。

綾部宮津道路を走るのは初めてだが、なかなか興味深い道路であった。京都北部に立ち並ぶ山脈を一直線に抜けるため、
道路の大半は、高い橋梁とトンネルで構成されている。全体的な雰囲気は、東海北陸道にも負けず劣らずの面白さ。
車線数は少ないものの、それに見合う程度の交通量しかないので、走りやすさも満点パパ。舞鶴大江 I.C. 付近の
豪快な景色に心をときめかせつつ、予定より少し早めの 12時少々前に、宮津天橋立 I.C. に到着。京都から2時間少々。


ここまでは、実に快適な旅路であった。だが、最後まで幸せが続くとは限らない。高速道路の終点を降り、天橋立まで
あと 5km ぐらいまで迫ったところで、いきなり渋滞が開始。・・・いや、渋滞というか、停滞。宮津の街中を南北に貫く
県道 9号は、小さな川を越える陸橋の手前で完全に動きが止まっていた。おかしい。綾部宮津道路はあれだけ
クルマが少なかったというのに・・・と思いつつ、背後の空間で大きな弧を描いているランプウェイを眺めていると、
あれだけ交通量がなかったはずの高速道路から、間断なく車両が降りてきているではないか。それはまさに、蜘蛛の糸を
登る途中のカンダタが眼下に見た景色であったかもしれない。確かに、綾部宮津道路は蜘蛛の糸であった。しかし・・・

おそらくこの先の渋滞は、観光渋滞であろうと推測。昔、連休の時期に高山へ観光に出かけたときの恐るべき記憶が蘇る。
あの頃はまだ、高山清見道路がまだ高山西 I.C. までしか開通しておらず、高山の市街地に入る方法は R158 一択であった。
残念ながら R158 の交通容量は決して大きなものではなく、特に、R41 との交差点のボトルネックっぷりといえば、それはもう
道路が存在してしないにも等しいレベルの酷さ。昼過ぎに高山に向かった私は、R158 とせせらぎ街道が交わるY字路から始まった
先の見えぬ停滞につかまり、2時間以上は牛歩を強いられたのであった。ゆえに、観光自体はかなり駆け足。・・・悲しい記憶。


あれから何年経ったろう。私も、無駄に経験を積んできたわけじゃない。何か、何か武器はないのか!・・・停滞の中で、
素早くナビの地図を確認。宮津は決して大きな町ではないが、道路は充実している。大江山を頂点として海に足を伸ばす山地があり、
その谷間にある狭い空間を抜ける大手川を中心にして小さな沖積平野があり、その上に宮津が乗っかっているという地勢。ゆえに、
道路の構造も幾分扇状地的になっており、綾部宮津道路あたりでは1本しかなかった海岸行きの道路が、すぐに多分岐して
思い思いに平野の上を走り、海岸へ向かって走っていく。いま停滞しているのは、そのうちの1本。迂回路はまだある。

さっきの様子を思い出す。渋滞が開始する直前、陸橋の手前の交差点を右折していく車がたくさんいた。最初は
地元の人だと思っていたのだが、よく考えれば府外ナンバーもたくさんいたな・・・地図を東にスクロール。そこには、
宮津市街地の東端を綺麗に包絡するような形で道路が走っており、その先は宮津市を東西に抜ける R178 で終端。

ははぁ・・・そういうことね。我々も同様に、その交差点を右折。だが、ちょっとだけ甘かった。交差点の先は、
「通行止」と描かれた工事中看板が立ち並び、そこかしこの小路を、行き止まりの袋小路へと変化させていた。

・・・あはは!さぁて!盛り上がってまいりましたとも!(涙)だが、通行不能な道路という小難関を前にして、車内が
異様に盛り上がった
のは事実だった。通行止め看板を見れば見るほど、いい意味でボルテージが上がっていく両親。
「酔拳」で工業用アルコールを飲んだジャッキー・チェンでも、ここまでテンションは高くなかった。ああ、この親にして
この息子ありなのか、この息子にしてこの親ありなのか。苦笑しつつも、なんとか市外東端の道路へ脱出完了。

結局、東端の道路を利用して国道へと抜け出してしまえば、その先、天橋立までの道路の流れは、こんな時期の
こんな場所にしては予想以上に良いものだった。特に停滞もない R176 をゆるゆると進めば、市街地を離れ、分岐へ。
ここで、うっかりナビの指示を聞き逃して道なり(海側)に進んでしまったが、このまま進めば天橋立をバイパスしてしまう!
・・・ということに、道路看板を見てやっと気づく。ナビ全盛の時代であっても、やっぱり大事なもんだぜ道路看板。

慌てず進路を分岐側(山側)に転じ、天橋立へと通じる府道へとスイッチ。KTR の線路を左手に眺めつつ、なんとも言えぬ
寂れ色に包まれた海沿いの道路を進む。・・・ふと、目の前を走る素朴な景色が、網膜を通じて脳内に届いたとき
猛烈なデジャヴを感じる。今までにない、強烈なヤツだ・・・そうか・・・おそらく 15年ぐらい前、大学生の頃。
某悪友らとの貧乏旅行において・・・確か、この地を訪れ、この景色を目の当たりにしているはずだ・・・

うれしいような、くすぐったいような。なんとも言えぬ感覚を抱いたまま道路を走ると、予定より 10分遅延で天橋立へ。


天橋立の市街地は予想以上に密度が高く、そして美しい街だった。そして・・・人が多かった(汗)。さすが、
日本三景の1つだけあって、連休の今日は多くの人とクルマで賑わっている。ということは・・・駐車場が・・・(汗)

500m も道路を進めば、市営の安い駐車場があることはわかっていた。だが、今日は僅かな金銭をケチる気はなかった。
偶然にも、目の前のY字分岐を右に入ってすぐのところにある駐車場に空きがあったので、すかさずクルマを押し込む。
駐車料金は \1000 でちょっと割高(府道を進んだところにある市営駐車場は \600 だそうだ)だったが、家族連れという
状況において、天橋立本体までほとんど歩かずに済むというメリットは大きい。ただし、クルマのカギをつけたままに
しておかないといけない、というのは聊か気分がよろしくない。駐車場係のおっちゃん2名がずっと常駐しているので、
盗難とかイタズラとかの心配は不要・・・だが、鍵を預けておくという形式であればまだ抵抗は無かったかもしれない。

クルマをガレージに預けたら、NV-U1 をポーチに入れて下車。両親とともに、まずは智恩寺を目指す。Y字分岐は
ちょうど、知恩寺の参道となっていたようだった。広い参道の両側は、15年前と比べて、おそらく綺麗にリフォームされた
土産屋が並ぶ。確かあの頃は、「橋立大丸」はもっと地味で寂れた雰囲気を醸していたはずだ。しかし、今やもう、そんな
雰囲気はまるでない。白と茶色基調で揃えられた景色はとても小奇麗だし、落ち着きをぶち壊すような客引きもいない。
なんとなく、松島を訪れたときに覚えた感覚と似ているような気がした。あっちも「日本三景」の1つだからかな。

大きな門を構えた智恩寺は、落ち着いた雰囲気のお寺。立派な本堂で手を合わせた後、立て札の説明書きを読んでみれば
なんと、あの「三人寄れば文殊の知恵」という超有名なフレーズでおなじみの文殊菩薩を祀っているのだそうだ。
この私めも、ちょっとは賢くなれるかもしれない。慌てて本堂に戻り、もう一度じっくりと手を合わせておく。

余談ながら、ここは「日本三文殊」の1つだそうだ。残る2つは、奈良県と山形県にあるそうだ。目指せコンプリート。
さらにもう1つ余談ながら、学生時代に天橋立を訪れたときは真夜中もいいところで、正直なんにもわからない状態だった。
構造も知らなかったので、適当な街角にクルマを止め、なにやら開けた建物付近をしばらく彷徨った記憶が僅かにあるが、
恐らく、その舞台こそは、この境内に違いない。・・・たぶん、そうだ。結局、この先の「天橋立」には辿り着けなかったが。


古い記憶を懐かしみつつ文殊院を冷やかしたら、いよいよ「天橋立」へ。文殊院の脇から生える細い通路を先へと進めば、
そこは天橋立観光船の桟橋。多くの人の姿が見えて少し焦ったが、幸いにも、目当てにしていたレンタサイクルは残っていた。
桟橋の手前に立っていた乗り場のおっちゃんに声を掛け、レンタサイクル+片道分の観光船乗船券のセット(@\800)を入手。
両親と私はそれぞれ、1人1台あてがわれた古典的デザインのママチャリに乗り、「天橋立」の上を経由して北端を目指す。

・・・正直なところ、「天橋立」というものがいったい何なのか、名前は知っていても実態を知らない人は多いと思う。
私もそうだった。そうさなぁ、股から覗くモノ?これまでの人生において手に入れた関連語句を適当にくっつけることしか、
できうることがない。だが、天下に名高い天橋立とは、そんなちっさいものではなかった。それは、地元住民の道路だった。

それなりの縮尺の地図を見ればすぐにわかることだが、若狭湾の西端を少し奥まったところにある天橋立は、宮津湾と阿蘇海を
直線的にブッた切る巨大な天然の防波堤のようなものである。さらに、地図をよーく眺めて欲しい。まるで防波堤のような
天橋立の上には、細いながらも1本の道路が走っていることに気づくはずだ。この道路は、人と軽車両、自動二輪は通行可。
阿蘇海の北と南をその入口で繋ぐ、住民向けバイパスなのだ。また、天橋立には海水浴場もあるし、途中に食事処もあったりする。
つまるところ、天橋立は観光地ではあるが、死んだ観光地ではない。そこには生活が息づいている、生きた観光地なのだ。

・・・天橋立を構成する締まった砂地の上の道路を気持ちよくチャリで走りながら、そんなことを考えたりしたひととき。


というわけで、単にチャリでまっすぐ走り抜けるだけであれば、観光地に来た、という気もしない。せっかくなので、
途中にいくつかある観光スポットも押さえておく。まずは家族揃って、天橋立に入ってすぐのところにある「はしだて茶屋」で
腹ごしらえ。茶屋のあたりは幅が広くなっており、茶屋付近は自転車を止めておくスペースに事欠かない。また、昼過ぎという
混雑するはずの時間帯だったので行列の覚悟はしていたが、店内は不思議なぐらいに空いていて、待ち時間もなく食事に入れた。
おそらく、こんな場所で食事が摂れることを知っている人はそんなに多くない、ってことなんだろうなだろう。いや、そもそも、レンタ
サイクルを借りてこのあたりまでやってくる人が少なそうだ。ほとんど自転車も止まってなかったし。もっと啓蒙しないと。

海沿いに予約している宿での夕食は、かなり豪華なはず。昼飯はとりあえず軽めに・・・ということで、山菜蕎麦を選択。

店に入ってソバを食べ始めたところで、急に、足首にものすごい痒みを覚えた。あれ、なんだこの痒さ。ひょっとして・・・と
思いつつ、靴下ごしに足首を触れば、小さな腫れが何箇所かに発生していることが認められた。ああ、やっぱり蕁麻疹か orz
でも、なんでだ?蕎麦にはアレルギーは無いはずだし、標準的な山菜蕎麦だし・・・食物に原因を求めることは難しい。

落ち着いた雰囲気の店でゆったりと食事したら、先へ進む。何かを求めるかのように、すごい勢いで先のほうへカッ飛んで
行った親父を見送ったのち、おかんとともにゆっくりと天橋立を北上。砂礫の堆積でできた細長い島であるところの天橋立だが、
長いこと踏み固められてきたためか、通行に供されている部分の地面はかなり硬く締まっている。その両側には、密度の濃い
松並木がぎっちりと立ち並ぶ。通路にいる限りでは、両側が海であることを全く感じさせない。だがしかし、通路を逸れて
木々の壁を通り抜けて海に近づけば、そこにはまったく趣の異なる、美しい白い砂浜と青い海が観光客を待ち構えている。



自分の所在地についての感覚を狂わされるような、それはあまりにも普通な波打ち際の光景。だが、天橋立の中には、さらに
ビックリなものがいくつか用意されている。例えばそれは、磯清水であったり。両側を海に挟まれた狭い空間の中に存在する
この地から、なぜか「塩辛くない水」が湧き出している。それは余りにも自然に存在しているため、疑問を感じることが不自然。
「この水は塩辛くないんですよ」と言われなければ、塩辛いだろうと想像することがない。それぐらい、感覚を狂わされている。

存外面白い場所だな、と思いつつ、ペダルを漕いだり休んだりしながら北上。自転車なんて何年ぶりかに乗ったせいか、時折
足首が痛くなったり左膝が痛くなったりするものの、体が慣れてくるにつれて痛みは収まっていく。ふと、自転車が欲しくなった。
そうだな、ちょっとした買い物に行くときに使えるよう、多少の積載力があって・・・そして、急傾斜の坂道でも辛くないようなモノ。
・・・ふうむ。それっていわゆる「電動自転車」なワケだな。今、一番安い国産で 6万円台だっけ?ちょっと調べてみよう。


ゆっくり走ったものの、それでも 30分もあれば美しい松並木は終了。なんの変哲もない陸地の突端へとたどり着き、天橋立は
終わりを告げる。だが、これで終わりっていうわけじゃない。ここまでがプレリュード。松並木終端にある分岐を阿蘇海側に辿り、
静かに波が打ち寄せる護岸をいくらか走れば、まもなく一の宮桟橋に辿りつく。ここに自転車返却場所があるわけだが、ここから
傘松公園ケーブル乗り場までは、どれぐらいあるのだろうか?自転車の返却時限まではまだ余裕がある(2時間まで)し・・・

しばし思案するが、初めて訪れる土地のこと。いくら考えても、最適な解などわかるはずもない。一の宮桟橋入口前に立つ
係員のおっちゃんに聞いてみると、ケーブル乗り場までそんなに遠くもないらしいので、身軽になるため先に返却することにした。
自転車と引き換えに、帰りの船のチケットと自転車預かり金返却分を入手。出航は頻繁にあるそうなので、スケジュールは適当で OK。


さて。乗り物を使って新しいフィールドに入ったばかりの RPG の主人公ご一同のように、一気にワープしてきたような感覚。
桟橋前があれほど賑わっていた南岸と比べると、北岸側は静かな雰囲気が強い。この分だと、傘松公園も場末な、いわゆる
パラダイス
的なものではないか・・・と心配しながら、桟橋前の路地を歩き、国道へ出る。だがそこは、私の幾ばくかの不安を
あまりにも杞憂過ぎた、すなわち丹後のセンスはまったく侮れない、と思わされるのに充分な、綺麗な景色が広がっていた。
比較的太い国道と、明るい色の歩道。道縁すれすれに立ち迫る威圧的な建物もなく、開放的な景色の中に、大きな寺社が立つ。


僻地の観光地にありがちな昭和の雰囲気などどこにもなく、とてもハイセンス。驚きながら横断歩道を渡り、歩道を西へ。
少し歩いたところの細い角を曲がって、登り傾斜のケーブル乗り場誘導路へ入る。さすがに、道路の両側には土産物屋などが
並び始めるが、これもまた全体的にハイセンス。まるで、近代化改修を受けたあとの湯布院のように、おそらく若い女性でも
さしたる抵抗なく入っていけるんじゃないかという土産物屋が並ぶ。更に言えば、どこかの温泉地のように、テディーベア
博物館みたいなモンがないところがまた素晴らしい。ハイセンスでありながら、変に西洋かぶれていたりしないところが。


ホクホク気分で坂を少し登ったら、すぐにケーブル乗り場に到着。ケーブル乗り場はさすがに古風だが、周辺がハイセンスなので
古臭さは感じない。たくさんの人でごった返す乗り場に驚きを感じつつ(まさか、ここまで人が多いとは・・・)、往復のチケットを
購入。なお、傘松公園まで登る方法としては、ケーブルカーを使う方法と、リフトを使う方法がある。「リフト」とは、スキー場の
ゲレンデで乗るアレ。両親もそこそこ高齢なので、乗り降りするときに万が一バランスを崩して転んだりしないかと心配になり
ケーブルカーで登る方法もある、と聞いてみたが、「リフトがいい!」と言われる始末。さすがに、そこまで衰えてはいないか;

ゆっくりと登るリフトに身を委ね、ガコンガコンと坂を登ること数分。両親とも美しいポーズで(?)リフトを降りたことを
確認したら、降り口から出て 180度方向を変え(=山肌向きから海向きへ)、先ほど通過してきた天橋立のほうに向き直る。



おお・・・すっげえ・・・我々の目前には、まるで観光パンフレットで見たような、理想的に美しい景色が広がっていた・・・

だがね。だがしかし、こんなものは、天橋立の美しさを語る上では 10% にも満たないほどの、ありふれた景色でしかない。
降り口に作られた階段を上ると、そこはちょっとした平地になっており、天橋立を一望の下に収められるようになっている。
そして、広場の端の三箇所には、大人2名が並んで立てるような台が作られており、そこだけ手すりが切られている。
間違っても、ここは自殺の名所ではない。台には、「股覗き」という文字が誇らしげに刻まれている。

そう、やっと見つけた――ここが、「天橋立の股覗き」をする場所だったのですね。

長い長い、果てしなき北への旅路の果て。天橋立の北側の山地にある傘松公園こそが、かの有名な「股覗き」の舞台だった。

ケーブル乗り場に負けず劣らずの大混雑を見せる広場でしばし待つと、やがて股覗き台にも一瞬の空きができる。機を逃さず
台の上に立ち上がり、山側を向いて深いお辞儀をして・・・さらにもう 90度、腰を折って股の間から天橋立を覗く・・・

!!

そこには、正立での映像とは全く異なり・・・まさに「天空に架かる橋」としか表現のしようがない、全く別の姿が存在した。
キラキラと輝く光に包まれた空の上に浮かぶ天橋立は、あまりに美しく、神々しく。とても、この世のものとは思えなかった。

・・・ああ、これは、これはとても素晴らしい!いったい、誰だろう、こんな景色を発見した奴は!ノーベル観光賞を進呈すべきだ!


想像しえぬ展開に対しておおいに興奮したのは、私だけではない。同じように台座に上って股覗きをした両親だけでもない。
その場で、一時の恥を捨てて股覗きを観光したおばちゃんやおっちゃん達の誰もが、同じように感激の言葉を発している。

正直、誰もが、もっとしみったれた、さみしい、こぢんまりとした景色を想像していたはずだ。皆、謝らねばならない。そして、
真実を口承せねばならない。日本中に数多ある美景・奇景の頂点を表す「日本三景」の異名は、決して伊達ではなかった。
(あえて、写真は載せない。というか、あの美しさは生半可な写真では捉えられないし、素晴らしさを伝えることも不可能)

両親ともども激しく満足したのち、頂上の売店でみやげ物を買って少しばかり休憩したら、下りのリフトに乗る。
上りリフトとは異なり、下りリフトでは天橋立をずっと眺めながら降りることになる。こういう設計にしたのは、実に正しい。
上りでずっと天橋立を眺めていたら、上りきったときの感動がまるで少なかったはずだ。いや、必然的だろうけどさ;>設計


ケーブルを降りて、一の宮桟橋へ。時計を見れば、だいたい 14時半。宿には 16時過ぎに到着と言っておいた。丁度かな。
船着場でしばし待つと、ほどなく船がやってくる。阿蘇海は、防風林を持つ内海だけあって、琵琶湖のように凪いでいる。
船のオープンデッキに乗り込んで、静かな湖面と、小さなブイのように浮かんでいるカモメの姿を眺めていると、やがて
静かな振動が足に伝わってくる。出港。左手に天橋立を眺めながら、10分ほどの海上クルージング。頬を撫でる潮風に
心地よさを感じながら湖面を眺めていると、ふいに大型モーターボートが現われ、凄い勢いで視界の外に消えていく。
なるほど。ゆったりと走る観光船の他、海面をカッ飛んでいく爽快な観光ボート(?)もあるようだ。nice boat。

天橋立桟橋に戻り、駐車場で EP82 に乗り込んだのは 15時。ここからは、奥伊根温泉郷を目指して R178 をひたすら北上。
まずは海沿いの府道を道なりに走ると、立体交差する R176 に合流。往路、天橋立にたどりつく直前で分岐した国道だ。
須津大橋で合流する R176 は、妙に混雑していた。車列の切れ目がほとんどない、渋滞気味のノロノロ走行になっている。
うーん?なんでこんなトコで。合流地点においてわざわざ車間を詰めて合流を無意味に妨害したがるサンデー運転手が
多い時期なので、適当な隙間を見つけて手早く鼻先をねじ込み、合流完了。ああ、面倒くさい。行楽時期の運転はイヤだ。

混雑した R176 を少し進むと、左手に立派な消防署を伴う R178 へのト字路分岐が出現。右折して、北(伊根)へ向かう。
ここから北には、さしたる都市は無い。だが、集落、というレベルでもない、それなりに美しく立派な市街地の姿が長く続く。
予想外の状況に少々戸惑いつつ、先ほど訪れた一の宮桟橋付近を通過し、江尻で進路を北に転針。宮津湾沿いを北上する。

まぁ、賑やかだったのは宮津と天橋立によるものよ、この先はきっと・・・と思いつつどんどん北上するが、なぜだか
私の期待(?)に反し、日置あたりにおいては、海岸沿いに高層建築が林立すらし始めたりして、景色予測は完全に外れた。
まるで南国の海沿いのように、明るい緑色で彩られた平野と・・・海沿いの、白くて新しい高層建築。マリントピアだって?
どうも、宮崎のシーガイアみたいな、シーサイドリゾートっぽい感じだ。おいおい、バブルはとうに過ぎ去ったんだぜ?

日本は不景気不景気だというが、そうでもないもんだな。そう思いながら、まだまだ遠き、本日の宿に向かって走り続ける。
バブリーな景色を通り過ぎると、R178 は海沿いに戻り、本来の風景となる。漁村所属の軽トラとしばらく連なって走ると
養老にたどり着き、道路は内陸へ。トンネルを2つほど通り抜けると、久々の赤信号機で停止。交差点の左奥角を見ると、
ひと気のしない、木造の立派な建物が存在した。学校・・・かな・・・?それとも、道の駅のなり損ね(?)・・・かな・・・?
正解は、どちらでもなかった。なんと、それは伊根町役場であった。こ、こんな立派な役場って必要だったのかな・・・;

交差点を過ぎると、最近できたばかりと思しき伊根トンネルへ。ゆっくりと走り抜け、出口の先にあった逆ト字路を過ぎると
ここまでなるべく立派であろうとし続けた R178 もいよいよ力尽きたようで、いきなり幅を狭め、川沿いの細い道路になる。
一応、まだ R178 養老伊根バイパスはまだこの先も延伸するつもりのようで、工事継続予定、という雰囲気だけは残っている。
だがしかし、この先もまだまだ、集落は存在するのだ。最終的な到達点は、いったい何処になるのだろう。半島を半周するのかな。


川沿いの狭い道路を抜ける。あともう少しで、目的地のはずだ。景色はまだ、山間の陰鬱な雰囲気から変わらない。六万部で
R178 と別れ、ようやく雰囲気が変わりはじめた・・・と思ったら、景色は、変わりすぎなぐらいに変わっていく。R178 は、
このあたりで海沿いにかなり接近していたらしく、一気に海岸線へと近づく。正確には、断崖絶壁へと近づく、だが。

・・・到着した宿は、日本海を見下ろす高台・・・いや、絶壁の上、とでも言えばいいのだろうか。そんな、予想外の場所に
何事もない様子で立っていた。だが、場所こそは予想外であったが、鬱蒼とした山の片隅にあるよりはずっといい感じだし、
建物自体もなかなか立派で綺麗。いくらか寂れた光景を予期していたが、それはまったく杞憂であった。よかった、これなら
両親も喜んでくれるに違いない。そう思いつつ、ボーイさんの誘導に従って、宿の目の前の駐車スペースに停車。ドアを開け
山の陰で薄暗さを増し始めた景色の中に・・・うっ、風がすごく強い・・・日が暮れる前に、陸地の何もかもを海へと飛ばし去って
綺麗な夜を迎えようとしているのか、背後の低い山から強い風が吹き降ろしてくる。急いで荷物と乗員を降ろし、駆け足で宿へ。


・・・結局、宿に到着したのは、予定通りの 16時。そこは立派な宿であったが、たとえばロビーに売店が軒を連ねるような
観光系の宿ではなく、ビジネスホテルにものすごく毛が生えたような、こぢんまりした居間などを備えた寛ぎ系の宿だった。
いくらか派手(?)な宿を予期していたのだが、ちょっと予想外。立地(断崖の上)の件も含め、全くもってここまで予想を
ブッちぎった宿はそうそう無かった
。いったい、今晩はどうなるのだろう。期待半分不安半分で、部屋に通される。

通された部屋の大きさは、家族3人が寝るにはちょうどいいぐらいの大きさ。窓からは、日本海の絶景を眺められる。
いいね。この構造はいい!窓から流れ込んでくる風は、冷たくはないが不思議に潮臭くもなく、ちょうどいい塩梅に思える。

荷物を解いて少し落ち着いたら、まだ薄暗さが残る中、とりあえず大浴場へ。どんなもんかとワクワクしながら行ってみると
浴場/浴槽ともに、それほど大きなものではない。だが、泉質は「美肌」系のアルカリ泉で、ヌルヌル感が気持ちいい。
そして、日本海に迫るような位置に作られた露天風呂がこれまたステキだ。ヌルヌル露天風呂でよ〜く暖まったら、
海からの強い風が吹く洗い場(外)で仁王立ちになり、体にこびりついたクソみたいなストレスを吹き飛ばす・・・

まぁ、それもこれも、誰も湯に浸かりにこない時間帯で、貸しきり状態であるからこその開放感ではあるけれど。


風呂から上がって部屋に戻り、入れ替わりに両親が大浴場に行っている間、部屋でのんびりゴロ寝。あー・・・
開け放たれた窓からは、荒い岩場に波が突き当たって奏でる音がひっきりなしに聞こえてくる。心地よいノイズだ。
ノート PC を開けてささっと日記のメモを取ったところで、しばらく居眠り。いろいろ楽しかったが、そのぶん疲れた・・・


ふと気づくと、両親ともに部屋に戻ってきていた。聞けば、温泉についてはご満悦の模様。いや、よかった、よかった。
あとは、料理か。。。時計をみれば、居眠りしている間にいい具合に時間が通り過ぎてくれたようで、ちょうど夕飯前の時刻。
両親と連れ立って部屋を出て、食事処として案内された大広間へ。いかにも温泉宿らしく、カラオケセットや小さな舞台が
用意された、ちょっと広めの畳敷きの部屋。宿泊客の世帯数だけの机が用意され、並べられた料理は客を待ちわびていた。

ここからしばらくは、スーパー海鮮料理タイムが始まる。刺身からスタートした料理は、焼き物揚げ物鍋物を経て、
やがて黒アワビの踊り焼きに達する。TV で見たことはあったが、現物を見ればこれがまた、なんとも奇怪な料理・・・
まるで○○○のような姿をした黒アワビが、火に炙られて激しく身をよじりながら悶える。さすがにその姿を見ると
もとより「魚介」の「介」がまったく食えない私にとっては、ますます食欲が減じられていく。ああ、一思いに殺して
食うのでなければ、海に逃がしてやればよかったのかもしれない。アワビの恩返しとかあるかもしれないし(不純)
だが、そんな引き気味の私などは小さな存在だ、やがて動かなくなったアワビは、両親の胃の中に消えていった。

・・・でも、刺身になったアワビは美味かったなぁ(=結局食った)。「コリコリ」を超越した硬さではあったけど;


それからあと、腹が裂けるのではないかと心配になるほど運ばれつづけた美味な料理の数々を必死に賞味し、宴は終わる。
とにかく、海の近くで食う海鮮は、常識を超えた美味さがあるということを改めて感じた。なんでこんなに美味いの、と
内陸生まれの内陸育ちの身であることを嘆き悲しむ句を庭石に彫りしたためたくなるほどに。刺身でも焼いても煮ても、
とにかくどんなヤッツケ方をされていても、半端なく柔らかいし蕩けるし、それでいて旨みも無尽蔵。神は意地悪だ!

これ以上ない満足を得て、両親ともども部屋に戻る。もうこれ以上膨らまない腹を抱えつつ、茶などすすりながら
TV を眺めているうち、誰もが眠くなりはじめてきた。んー・・・だが、このまま寝てしまうのは、まだ勿体無い。
カメラを片手に部屋を出て、ロビーの横にあったバルコニーへ出る。そこは海に面した場所で、空と海が見えるはず――

・・・だったが、そこには、漆黒の闇と、申し訳程度の小さな輝点がいくつか見えるだけであった。薄明るく曇った空と
昼夜無しに人が這い回って光を撒き散らす地面で構成された都会では絶対に見られない、真の闇。あまりに暗すぎて、
左右の目で夜間視力がまったく一致しない私には、立体視すら正しく構成できない。轟々と闇から吹き付けてくる風に
しばらく吹かれていると、原始的な恐怖心がムラムラと心の中に浮かんでくる。負けを認め、おとなしく部屋へ戻る。


まぁ、そんな人里ぎりぎりの場所にかろうじて引っかかっているような辺鄙な宿であるからして、ブロードバンドどころか
携帯電話すら使えない。宿のどこに移動しても「圏外」。いや、むしろ「さすが Softbank だ(後略)」と言うべきか。
まぁ、そんなこともあろうかと思って、明日の観光予定を決めるために必要な情報はあらかじめダウンロードしておいた。
ノートPC とポータブルナビを目の前に並べ、眠くなるまでの時間潰しがてらに、明日の予定を組んでいく。今日の経験から、
丹後は狭いようで意外と広い、ということがわかった。出発前の予定どおりの行動はかなり難しい。さて、明日はどうなるかな?

いろいろ頭をめぐらせているうち、ようやく眠気が訪れてきた。部屋の電気を消し、家族3人が頭をそろえて眠りにつく。


9/20

一応、宿からの出発は 10時を予定していたのだが、そこまでスケジュールをダルダルなスタートにする必要があるほど
体力は低下していなかったようで・・・いや、そうじゃなく、空調の温度が高すぎたから、あまり眠れなかった、というのが現実。
ともかく、今日の朝は予想より早い6時半から始まった。東向きの窓からは、遮光カーテンなど意に介さぬように、強烈な朝の陽光が
飛び込んでくる。部屋の中は薄黄色い光に満たされ、誰もが少し眠たそうな表情のまま、布団の上に座っているような状態。

・・・いかん、いかんよ、こんな状態では。特に、運転手である私がいつまでもボケっぱなしの状態であるわけにはいかない。
朝風呂に入って頭をスッキリさせるのダ!入浴装備をガッと掴んで、大浴場で朝風呂。さすがにまだ時間帯が早すぎるためか、
今日もまた、温泉には誰も入っていなかった。完全貸しきり状態の朝風呂からは、朝日を浴びて輝く日本海の水面が見える。
ああ、なんという美しい景色だ・・・昨晩の、闇に沈んだ禍々しい姿からはまったく想像もできない、穏やかな姿だ・・・

というか、さ。昨日の夕方から、何回となく風呂に来てるんだけどさ。自分以外の人が入浴しているのって、1回しか見てないな。
しかも、その1回にしても、自分以外の人は1人だけしかいなかった。宿泊客は、いったいいつどこで温泉に入っているのダ?

30分ほど湯に浸かって毒気を落としたら、風呂場の前のマッサージ椅子に座って 15分ほど毒気抜き追加。あ〜、朝から
なんという贅沢・・・いきなりまた眠りの縁から転げ落ちようとしつつある私の前を、少し遅れて朝風呂にやってきたと思しき
母娘が何組か行ったり来たり(マッサージ機は通路に置いてある)。なんだ、女性はちゃんと大浴場に来てるってことか。
まったく、こういう場所において、男ってのはどこまでも情けないなぁ。まったく・・・普通に温泉宿を楽しめ・・・普通にな。


大浴場から部屋に戻ると、7時半。ちょうど、朝食の準備が整ったところだ。家族連れ立って朝食会場に向かうと、既に
準備は整っていた。な、、、なんだか、昨晩のお膳と見た目あんまり変わらないぐらい豪華なんスけど・・・(汗)

よくありがちな簡素なものではなく、鍋もの焼きものいろいろ揃いまくった豪勢な膳が、朝食として待ち構えている。
エロゲの朝食シーンでなら見たことあるかも・・・と言えばわかりやすいだろうか(謎)。ともかく、普段からパン2枚とか
そのぐらいの粗食で済ませている我々としては、うれしくはあるのだが、腹にインストール完了させるのに少々苦労する;

パンパンに膨れ上がった腹が落ち着いたのは、それから1時間半ぐらい後のこと。ともかく、投入した一泊の費用から見れば
宿のサービスはなかなか豪勢、いや、豪勢すぎる。満足感の高い伊根温泉・油屋。来れる機会は少なそうだが、また来たい。




9時ごろ、めいっぱい満足した一家三人は EP82 に乗り込み、次の観光スポットを目指す。まずは、京都府最北端の地・経ヶ岬
伊根までくれば、経ヶ岬はすぐ近く。宿を出てすぐ右に曲がり、海沿いの断崖の上を走る地元民用らしき道路を北へ向かう。
途中、照明のない真っ暗なトンネルが待ち構えていたりしたが、さすがにそろそろトンネル恐怖症を克服しつつある私には
さしたる障害とはならず。乗員の腰を労わる意味で、ペースを無駄に上げないように気を使いつつ峠道を抜ける。

峠道は本庄浜で終わり、そこで一旦内陸へ。妙に立派な町民体育館のような施設を過ぎたら、メインルートの R178 へ。
あとは、この道を延々と北向きに辿り続けるだけだ。R178 は、とにかくこれ以外に丹後半島を巡るルートがないからか、
くねりは大きいものの、道路そのものはしっかり作ってある印象。山がちな区間を走る本庄浜〜蒲入間が、ちょっと
道がショボめかな?というぐらい。蒲入から先は、丹後半島名物(?)の、絶壁の上を走る快走・・・いや、
ちょっとばかしカーブの多いルート。いかにも、昔からありますよ、といった感じの道路だ。いまどきなら、
わざわざこんな道路なんか作らず、全部トンネルと橋にしちゃうだろうしな。風情がないこと甚だしいが。

横G を最小限に抑えつつ 30分ほど走ると、経ヶ岬灯台に通じる道路へとト字路でさりげなく分岐。指示通りに曲がると
昭和 40年〜50年代には結構人が来てたんだろうな、という雰囲気がムンムンと立ち込める道路(言葉では説明しづらい)が
現れた。地形に沿ってくねりくねりと進む道路を先まで辿ると、やがて、かなり大きめな駐車場で道は終端する。

ほう・・・ほう。ここが、経ヶ岬灯台か。・・・あれ?

ここまで走ってきた道路もそうだったが、宮津より北の丹後半島の海沿いの地形は、険峻な岩が海からボコリと隆起したような
険しく無造作な形状をしている部分が多いように思う。海に近いところはほぼ等しく断崖で、まれに谷筋が素早く海面まで降りて
小さな平地に漁村を形成している、といった風情。だがそれも蒲入ぐらいが北限で、その先は大地の縁がささくれ立っている。
経ヶ岬灯台も例外ではないし、むしろその地勢が非常に強く出ている。駐車場は、細かい尾根が海すれすれまで迫り、急激に
切り落とされたような地形の間の谷のような場所に存在するが、谷といっても海沿いに下りるべくもないほど造成中であり、
まだ見晴台、という表現が近い。海岸まで威圧的に迫る小高い山々の頂から吊るされたハンモックのような、小さくて高い平地。

そんな構造なので、見晴台の先はこれまた絶壁のようになり、一気に海へと落ち込んでいる。ゆえに、見晴らしはとてもいい。
この先には日本はあらず、ということを改めて実感できる。足元の大地と両側の山地によって作られた自然の額縁の中には、
ただ横一直線の水平線が見えるのみ。そこには、大陸や島の影すらもない。おおう、シンプルだが、なかなか見応えのある・・・

ん?

ちょっと待てよ。俺は・・・俺らは・・・水平線を見に来たのか?

起源を辿る思考を冷静に繰り返し、見にきたものは「経ヶ岬灯台」であったのだ、ということに思い至る。そうだそうだ、灯台だ。
だがしかし、この時点で既に何かがおかしいということに気づく。おいおい、待ち給え。この時点までに、私は灯台の姿を見たか?

いや、ない。R178 を離れて、絶対的陸地限界であるところの岸壁に至るまでの間、灯台の姿などカケラほども見かけなかった。
ここまでの道路に分岐など存在しなかった。それに、うっかり見逃すほど小さなものではないはずだ、灯台って・・・


あ、あった。

岸壁の手すりスレスレに立ち、そっけなく貼られた矢印の方向に目をやると・・・おお、山肌に小さく見えるものこそ、灯台!



(画像の中央にある小さな赤丸の直径 1/3 ぐらいの大きさ)


・・・あんな小さなもの、矢印がなかったら絶対に気づかなかった・・・と思うと同時に、いったいどうやって灯台へ行けば
いいのだろうか、ということが気にかかる。船で向かって岩場から昇るのか・・・いやいや・・・よーく観察すると、駐車場の
灯台側に立つ山肌を覆う林の端のほうに、灯台へ向かうための小道への入口が作られていることに気づく。な、なんという
隠し入口!しかも、その入口に「クマ注意」なんていう看板がさりげなく掲げれられているところが、古い ARPG を想起させる。

小冒険欲をそそるこのステージ構成を見てムラムラと来るものがあったものの、残念ながら今日は家族連れという状況なので
クマ警告がある場所へ、無造作に突撃することはできなかった。ああ、やっぱり灯台は狭き門である。次の機会には、必ずや。


・・・という感じで、あんまり得るものがなかった経ヶ岬を後にして、EP82 は次なる目的地・伊根の舟屋へ向けて走り出す。
丹後半島の山岳路は全体的に、道幅が広くて細かいカーブも少なく、比較的ハイペースで走りやすい道路環境が整っている。
交通容量的にはいささかオーバースペックっぽい気もするが、おそらくは、冬場にあわせた道路規格となっているのだろう。

そのお陰かどうか、往路に見た伊根町役場のある交差点を東に折れて少し走ったところにある伊根観光船乗り場へと
到着したのは、10時30分から 10分ほど前ぐらい。観光船は 30分おきに出船しているので、ちょうどいいタイミングだ。


ただ、連休のせいかどうか、船着場にある第一駐車場は見事に満杯状態。おまけに、駐車待ち行列すら発生していた。
いかん、こりゃ、間に合わない。慌てて道路を引き返し、少し手前にあった第二駐車場へと戻って、手早くクルマを収める。
第一駐車場には駐車待ち行列があったのだが、第二駐車場はまるでみんな存在を忘れているかのように閑散としている。
駐車待ち行列の人たちも、さっさと引き返せばいいのになぁ。そんなことを思いつつ、駐車行列の横を歩いて乗り場へ。

乗り場にも、既に多くの人たちが並んでいた。というか、群がっていた。本来ならば、係の人間がちゃんと行列を作らせて
おかないといけないのに・・・と思うのは、コミケ基準でなんでも考えてしまう悪いクセか。やがて、帰ってきた観光船が
船着場に到着。下船客がワラワラと降りてきたあと、乗船客が乗り込んでいくわけだが、誰も的確な指示を出さないことも
あり、乗り場に殺到した人によって、立派な押し競饅頭が形成されてしまった。公衆道徳なんて何処吹く風。情けなや・・・。

乗客が殺到している狭い桟橋で平然と写真を撮ったりしている暢気な家族連れにも辟易しつつ、なんとか船内へ。手早く
最後尾の場所を確保し、出発までの短い時間を過ごす。伊根は湾になって外洋から隔離されているため、海面は凪いでいる。
ゴミも無い、静かな海面を眺めていると、なにやら小さなブイのようなものが近くに浮いていることに気づく。なんだ、あれ・・・
良く見れば、阿蘇海でも見たような、野生のカモメであった。漁村に付き物のカモメたち。しかし、こんなところでノンビリと
油を売っている場合でもあるまいに。餌取りサボって何やってんだ・・・と思っていると、やがてカモメたちが騒ぎ出す。む?
見れば、カモメに向かって船内から放り投げられる、多数のかっぱえびせん。売店で、カモメ用として売られているそうだ。

ほほう、カモメの奴らめ、これを狙っておったのか・・・!感心するまもなく、あちこちからカモメがやってきて、周囲は
カモメの餌付け場と化す。普段はなかなか近くで見れないカモメだけに、特に子供や女性は、カモメ以上に狂喜乱舞。
挙句に、船がゆっくりと動き出し、舟屋に近づいていっても、ずっとカモメの餌付けに興じている。何を見に来てるのか(汗)
結局、船が舟屋の前をずっと走っている間も、カモメ達は乱れ飛びながら船を追い、客はかっぱえびせんで餌付けに夢中。
もう、完全に目的を見失っているだろうな。まぁ、楽しめれば何だっていいんだけどな、観光旅行なんてものは(笑)。



そんなことに気をとられつつも、一応は舟屋の景色のほうもしっかりと目に焼き付けておく。見た目には、本当に
半分水没した田舎の住宅地みたいな感じ。だが、至るところに漁のための設備があり、漁村であることを主張している。
しかしながら、観光船でしばらく景色を眺めた結論として、伊根の漁村の特徴は舟屋にあるのではない、と考えるに至る。

静かな漁村など、海岸線のほうに行けば幾らでもある。しかしながら、これほど海岸線と海の中にゴミがない北陸の漁村は
少ないんじゃないかと思う。海岸線は青く透き通ってキラキラと輝き、漁村に付き物の漂着物(海草など)が全く無い。



ここだけ見れば、南国の海と勘違いしてしまいそうだ。しばし見とれてしまう。漁師さん、海を大事にしてるんだなぁ。




そんな感じで、カモメと海ばかり眺めていた伊根の舟屋巡りは呆気なく終わる。11時には伊根を出て、やけに混雑した
道の駅に立ち寄った上で、うっかりルートをミスって伊根湾を巡る舟屋裏側のルートを通り抜けたのち、南下を開始。
(なお、舟屋裏側の道は、フツーの漁師町にあるフツーの狭い道なので、できるだけ通らないほうがいいと思う)

往路に通った阿蘇海周回路を、逆向きに走る。通りがかった天橋立北端は、昨日と違ってやたらに混雑していた。
あれだけの人が一気に傘松公園まで上ったら、股覗きもなかなか大変だろうな。昨日のうちに行っといて正解だった。
幸いにも、混雑はピンポイント的なものでしかなく、その後の流れはスムース。R178 をぐるりと回って R176 へ出たら
そのままトンネルを抜けて天橋立をバイパスし、宮津市へ。市街地を R178 でまっすぐ抜けたら、宮津の東側を守る
小さな半島の尾根をトンネルでぶち抜き、宮津湾沿いから栗田湾沿いの経路へ。そのまま R178 を辿っていけば
舞鶴まで出られるが、まだ時間に余裕はあったので、ちょっと面白そうな施設へと立ち寄ることにした。

栗田の町に出る手前で道路を左に逸れ、両側に草が生い茂る、手入れの行き届いてなさそうな町道(農道?)を
しばらく走ると、やがて栗田湾のパノラマが目前に広がる。右手のほうは遠くまで海が広がるが、左手のほうは
半島の先がぐるりと波頭のように巻き込まれて海を囲み、湾を成している。その波頭の先っぽのほうを見ると、
どう見ても不釣合い・・・いや、若狭湾ではよく見られる、妙な化学工場のような巨大施設の姿がぼんやりと見える。
次なる目的地は、日本の西を実質支配する超巨大企業体・関西電力所属の、その怪しげなプラントの中にある。


・・・また、お得意の原発見学か。そう思った人も多かろうが、さすがの私も、家族連れでそんな無粋なことはしない。
では、そこに一体何があるのか・・・?興味のある人は、ちょっと地図など眺めてほしい。関電の研究所施設の中に、
なぜか「水族館マーク」がくっついた施設が1つ、存在するはずだ。・・・そう、そこには、関電経営の水族館がある。

民家が疎らに立つ静かな海岸沿いをゆっくりと道なりに走ると、やがて、先ほど見えたとおり、場に不釣合いなほど
巨大な建造物への入口が目前の道路を塞く。ただ、水族館はそれなりにメジャーな施設のようで、案内看板が立っており
特に迷うことはない。指示通りに構内の道路を恐る恐る進んでいけば、やがて道路は駐車場で行き止まりとなる。

こんな天気のいい連休なので、こんなマイナーな施設には誰も来ないだろう・・・と思っていたのだが、そこそこ広い
駐車場は、かなり多くの範囲が埋まっていた。お、なんだかすごい数のお客さんが来てるデナイノ!?混雑してたら
残念だなぁと思いつつ、暑い屋外から逃げるように施設の中に入る。”丹後ヒッチハイク・ガイド”(嘘)での調査では
この水族館・・・「魚っ知館」は確か「無料」だったと思ったが、実際は「ほとんど無料」。大人1名 300円の入場料が
必要となっていた。実際のところ、ここまでの間に通ってきた天橋立や伊根の舟屋では、観光のためにかなりの散財を
余儀なくされたため、わずか「300円」というプライスは、無料でなくとも、とてつもなくリーズナブルなものに思えたのだった。

いや、実際のところ、本当にリーズナブルだった。施設は、丹後の海から拾い集めてきたと思しき種々の海産物、
もとい海の生き物たちが、生簀、もとい水槽の中で優雅に暮らす姿を我々に見せ付けてくれる、よくあるタイプの
水族館ゾーンから始まる。とはいえ、ウミガメ規模の生き物がゆったりと泳ぎ回る巨大水槽なんかもあったりして、
この区間だけでも結構見所は多く、お得感はある。だがしかし、施設の本質はそこにあらず。巡回コースの中盤から始まる、
屋外展示コーナーがおそらく真髄だ。建物裏側と海の間にある日当たりのよい庭に、大きな公園にあるような立派な池と
ちょっとしたプールが用意されている。そこには人間が自由に出入りできるようになっているわけだが、同時にまた
魚などが生息していたりもする。遠くを見れば、池の浅くなっている部分で、小さな子供が楽しそうに遊んでいる。

つまるところ、昔よくあった町中の小川やため池のようなものが、ここに用意されていると言ってもよい。
どこに行くにも手間もお金もかかる子連れ家族には、すごくいい遊び場所なんじゃなかろうか。そう思う。

・・・そんな、池のほうで楽しそうに遊んでいる子供たちの姿を、若干隔離された場所にあるプールの中から
物憂げな表情で眺めているのは、ペンギン2匹とアザラシ1匹。夏の盛りは過ぎたとはいえ、まだまだ暑い中で
彼らも相当バテているのか、人間が近づいても興味1つ示しやがらない。そりゃ、子供受けも悪かろうよ(笑)




しばらく庭園内をブラブラと歩き回ったのち、併設されている軽食処で軽く昼飯。ついでにもう1つ併設されていた
関西電力PR施設・・・いや、PR部屋を軽く冷やかす。結構な暑さで少々バテ気味だった我々家族3名は、涼を求めて
観客のない PR 映画上映部屋の中に入り込み、暗い部屋のなかでしばし休憩。ベンチシートの上で横になり、
ぼーっと映画を眺めていると、睡魔が少しばかり頭をもたげてくる。ああ、このまま眠ってしまいたい!

うっかり睡眠に落ちる前に起き上がり、施設を後にする。時刻は 14時少し前ぐらい。今から帰るのは少し早いが、
舞鶴にちょっと寄っていくにはちょうどいいぐらいか。駐車場の涼しい木陰で休んでいた EP82 に乗り込み、出発。

黄色くなり始めた日の光を浴びつつ、栗田湾沿いに走る R178 を東へ。しばらくすると、大地は由良川河口にて
東西を分断される。R178 は、500m級の幅となった由良川を乗り越えることなく、西岸沿いに折れ、山に向かって並走。

ちなみに、車道は河口で由良川を越えないが、鉄路(KTR)は由良川橋梁で河口付近を横断する。皆さんご存知のとおり
ここは「AIR」や「けいおん!」の聖地。私も、一人旅&折りたたみ自転車を搭載していれば、KTR の適当な駅で車を降り
電車で聖地に至り、輪行で帰ってくる・・・なんてイベントをこなしてみたかったが、さすがに家族連れでは無理だった;

聖地話はさておき、三国岳に源を発し、長き 146km に渡る旅を経て、淀みなく滔々と流れ続ける京都北部最大の川、由良川。
その偉大さを称えるかのように、R178 は傍を源流に向かって付き従う。だが、ナビはそれを良しとしない。じれったい南下に
我慢しかねたかのように、由良川が少し東に揺らぎ走る丸田付近にて、川を渡るもっとも下流の橋を渡るルートを指示。

この渡河作戦自体は正しかったのだが、対岸に渡った府道 571号を少し進んだところに、工事による隘路があり
あまり望ましくない正面戦闘状態になった。対向からでかいランクルがやってきて、よりによって一番狭いところで
停車しやがったのだった。ああ、なんて空気の読めない人なのかすら!だが、幅 1.62m しかない EP82 は、
隘路をもっとも得意とするタイプの車両。私はスイッと通り抜けたが・・・後続の3ナンバーはどうなったやら。

府道を南下すれば、すぐに R175 へ復帰。道なりに東へ進めば、まもなく舞鶴だ。しばらくの間、人里を離れた
地域を走ってきたせいか、少し、人恋しい気分。人いきれに誘われるように、道の駅「舞鶴港とれとれセンター」へ。


・・・しかし、飢えているときは得てして判断を誤るものだ。ちょうど、観光客が大挙して押し寄せていたようで、
道の駅の大きな駐車場は、まるで空きがない。しばらく待ってようやく駐車が出来た頃には、今度は建物の中が大混雑。
萩の道の駅で見たような、海産物即売系の大きな建物なのだが、通路に立って品物を選定することすらできないぐらい。
コミケ3日目のごとく、人の流れのままにゆらゆらと状態を漂い、異様な熱気の中でトランス状態に堕ちる。はぁ〜あぁ〜。

気づいたときは、建物の外にいた。いつのまにか両親も買い物を終えていたようだったので、自販機の前で一休み。
多くの人の声と子供が走り回る音がぎっしり詰まった地上から、静かな空のほうへ目を向ける。青く染まっていた天頂は
光の色加減のせいか白さを増し、日はかなり西側に傾いてきた。そろそろ、巣へと引き上げるべき時間かな・・・

帰路の算段をしつつ、休憩を終えた一家は EP82 に再度乗り込み、道の駅を出る。このまま R175 を東に向かったのち
西舞鶴市内で R27 との交差点を南に折れると、舞鶴西 I.C. が近い。だけれども・・・ちょっと考えを改め、交差点を
直進。そのまま R27 を東に辿り、東舞鶴を目指す。どことなく、R1 逢坂峠を大津側に抜けた先の R161 の景色に
どことなく似た R27 余部上の緩い下り坂を降り、中舞鶴の交差点を右折。そのまま、舞鶴湾沿いの R27 を東に進み・・・

自衛隊桟橋の前へ。

正直、「海」については全然詳しくなく、海自関係の施設に立ち寄るのも恐らく今回が初めて。「自衛隊桟橋」の愛称(?)で
呼ばれる東舞鶴の「海上自衛隊舞鶴造修補給所」も、護衛艦が停泊しているのが見れるという話を聞いていただけで、
実際に見るのは初めてのことだ。あくまで基地だし、正直なところ、そんなに期待はしていなかったのだけれど。。。

実際のところ、ココはすごかった。

道路との間に立つ、それほど高くない防壁の向こう側に、巨大な護衛艦が惜しげもなくその姿をさらしている。

しかも、防壁と護衛艦の間を見れば、なにやら沢山の一般人らしき人影と、一般人のものらしきクルマの影によって
空間の大半が埋め尽くされている。無彩色のゴツい艦影と、とりどりの色をした民間人。その対比は映像的にも興味深く、
私だけでなく、両親の心の底に眠っていた原始的な興奮を呼び覚ますには十分な刺激となったようだ。ハンドルを握りながら
そのまま横を通過しようとした私に対して、向こうに入り口が見えるから、そこから入れ!入れ!と急かす両親。お、おおぅ!?
阪神タイガースの応援に人生の 1/4 ぐらいを捧げている両親は、私が思うよりもはるかに好戦的(?)な種族であった。

道路脇の防壁が終わりを告げる頃、唐突に現われた自衛隊桟橋への入り口。厳しい顔つきをした門衛はおらず、また、
無法な闖入者を強く諌める道路の凹凸もない、わりと平和な門。ゆっくりと中に入ると、普通の服装をした柔らかい表情の
隊員さんが、駐車スペースへ誘導してくれる。駐車スペースはかなり広い(長い)ものであったが、その多くは埋まっている。
あるのは、ごく普通の市民のクルマばかり。自衛隊がどれだけ国民に親しまれているか、とてもよく理解することができる。

適当な空き場所にクルマを止め、さっそく桟橋へ。先ほど車窓から見たとおり、長さ 1km ほどもあろうかという巨大な桟橋には
隅から隅まで隙間無く、青空に突き刺ささりそうなほどに高い艦橋を誇らしげに備えた自衛艦が並んでいる。なんという威容!




・・・その光景はあまりにも衝撃的で、あまりにも激しい興奮をもたらすものだった。我を忘れ、桟橋を端から端まで歩き回る。
中学生の頃から「世界の艦船」などを読んで理解した気になっていたが、実物がこれほどまでに大きなものだとは思わなかった。
特に補給艦などは、おいおいウチの近所のスーパーよりでかいんじゃね?と思えるほどにデカい。そりゃそうだ、他の艦に
物資を補給するんだから、人一倍でかくったっておかしくない。むしろこれが正しい。だが、これほどまでに大きいとは・・・

巨大なオーバーハングとして目の前に迫る補給艦の横っ腹を見上げれば、目もかすむほどの高さに見える甲板の上には
ちょっとしたビル程度であれば高さ負けしてしまいそうなほどに巨大な櫓が立ち、その上から、何本もの黒くて太いホースが
垂れ下がっている。あれは・・・給油用のホースか?ってことはアレか、これか、もしくはこの仲間が、はるか遠きインド洋上の
艦船へと燃料を給油するために遠征してるってことか・・・?インドなんて行ったことないから、その遠さは想像もつかない。
だが、これほどの大きさの船を必要とするほど、インド洋は遠い場所なんだろうな、という想像だけはつかなくもない・・・。



実際のところ、現代の海自が保有する艦船のサイズは、想像より遥かに大きい。今回、桟橋に停泊していたのは、
補給艦(AOE)「ましゅう」、ミサイル護衛艦(DDG)「あたご」、護衛艦(DD)「はまゆき」、護衛艦(DE)「あぶくま」、
ミサイル艇(PG)「うみたか」/「はやぶさ」・・・そして、お約束(?)の、護衛艦(DD)「すずなみ」。



・・・DE 以下はともかく、DD 以上は本当にデカい。でかさに感激した「ましゅう」は、全長 221m。
WW2 で帝国海軍が所有していた航空母艦「飛龍」と、だいたい似たようなサイズ。重巡洋艦「高雄」よりも
ちょっと大きいぐらい。そうか・・・当時の空母や重巡と同じぐらいなのか・・・そりゃ、デカイはずだわ。


思わずニヤけそうになる頬を押さえつつ、エヴァ2号機を迎えに行った先での相田ケンスケのように、ひたすら写真を
撮りまくる。気づいたときには、同じような状態で桟橋をフラフラ別行動で歩き回っていた両親と再び合流。しかし、
ただただアドレナリンを無駄に噴出しまくっていただけの私とは異なり、老獪な彼らは、重要な情報を入手していた。
曰く、西のほうに停泊している護衛艦の中には、乗せてもらえるものがあるそうだ。ほう!マジかよ!しかし、努めて
心臓バクバクレベルにまでアドレナリンが出まくっていることを悟らせぬよう、平静を保ちながら、しかし早足で西へ。

ミサイル護衛艦を見上げながら通り過ぎると、やがて現われた小型の護衛艦の横っ腹に、アルミ製のタラップがつけられ
甲板の上には民間人が多数ウロウロしている景色が見えた。こ、これか!とととととにかく冷静にならなくては。素早く
タラップの側方に回りこみ、先に両親を行かせてから自分もタラップへ。ドキドキしつつ、甲板の上へと乗り込む。

先ほどから何度も見上げてきたミサイル護衛艦達と異なり、この船はちょっと小型。だが、搭載している装備は立派なもので
まずは対潜魚雷アスロックがお出迎え。甲板の真ん中からボコリと生えている大きな柱の上に乗っかっているソレは、
これまで何度も名前を聞いたことのある「アスロック」のホンモノ。お、おお・・・これが、これがホンモノか・・・

興奮冷めやらぬまま、順路に乗って艦首のほうへ。大人二人がすれ違える程度の幅の甲板上通路を歩いて向かうと、
今度はまた、寸胴の巨大な R2-D2・・・CIWS ファランクスがお出迎え。お、おお・・・これが(後略)。想像していたよりも
ずっと大きな体躯をしたソレは、甲板に群れる我々には何らの興味も無いようで、ただただ遠くの山を一心に眺めていた。
有効射程距離 2,000m。対岸に見える山など、余裕で攻撃範囲に入る。そこに住む野生動物は生きた心地がしなかろう。

ピクリとも揺れやしない安定度抜群の護衛艦の装備をじっくり眺めたのち、名残惜しさを残しつつ、船を下りる。



それにしても、ここに立ち寄ったことは大正解だった。いや、私以上に、両親のはしゃぎ様が半端ではない。
ひょっとしたら、航空祭に連れて行ったら、同じように喜んでくれるだろうか?・・・来年に向けての宿題だな。


ひととおり堪能して EP82 の元に戻ったときは、15時半すぎ。まだ早い時間帯ではあったが、雲が広がり始めた為か
明るさの低下は思ったよりも早く、日暮れが刻一刻と近づいていることを感じさせられた。できれば、赤レンガ博物館とか
引き揚げ記念館とか五老岳とかにも立ち寄りたかったのだが、深追いすると帰宅がかなり遅くなりそう。涙を飲んで、帰路へ。

帰路だが、場所的には舞鶴道の舞鶴東 I.C. に近いところまで移動してきたので、舞鶴道に乗って綾部まで向かい、そこから
丹波綾部道路で京都市へ侵攻する進路を取ることにした。早速、ナビに誘導させる。だが、いったい何をトチ狂ったのか、nav-u は
R27 を逆向きに走り、道芝口から東向きの道路へと向きを変え、レンガの美しい道芝トンネルを抜けて再び自衛隊桟橋に戻る
妙ちくりんな案内を出す。途中で気づいたから良かったものの、下手したら永遠に舞鶴市街から脱出できなくなるところだ。
あわてず騒がず一旦停車してリルートを指示し、東舞鶴市街地を抜けて舞鶴東 I.C. に乗る正確なルートを案内させる。

・・・結局、舞鶴東 I.C. までのルートはどうなったかというと、北吸 → R27 → 大門三条交差点右折 → 府道 28号 →
どこかの筋を左折 → 府道 51号 → どこかの交差点を左折 → 府道 28号 → I.C. 入口という経路。あとから地図を見れば
無駄な右左折が1回ほど入っているように見えるのだが、それが真に無駄だったかどうかはわからない。いや、むしろ
この右左折は有意義であった。今を遡ること十余年、学生時代の貧乏旅行でここを夜間に通過していることを思い出した。
しかも、なぜか渋滞していて、回避するのに難渋したような記憶ががある。当時はナビなんてものはなく、紙の地図にしても
地方の市街地はそっけなかったから、夜間に目印のある大通りから外れるのはまさに決死行であった。いやー、なつかしいなぁ。
あの頃は、どんな規模でも遠出はすなわち冒険と同義。行方の知れぬ岐路の果てを追い続け、辿りつく先は目指す新天地か、
はたまた、何の変哲もない西インド諸島か。当たるも八卦、当たらぬも八卦。遠き山に陽は落ちて、小屋に帰れぬ羊たち・・・
そーだよな。道の駅がこれだけ増えたのも、ここ数年のことだ。今は本当に、ますます旅をし易い時代になってきたと思う。


舞鶴道に入れば、あとはルーティングに困ることもない。順路どおりにひた走る。やけに交通量が多い舞鶴道を南下中、
ふと尿意を催す。この先はどんどん市街地に近づいていくわけだが、どれだけ渋滞しているかわかったもんじゃないので、
念のため綾部 P.A. でトイレ休憩。一家総出でトイレに立ち寄ってから戻ると、何故か母が興奮気味。曰く、女子トイレの窓が
とてもキレイなステンドグラスになってた、とのこと。・・・そ、そう我々に言われても、そこは男子禁制の地なんですがッ!

綾部 P.A. を出て少し走ると、すぐに綾部 J.C.T.。ここで丹波綾部道路に移る。その途端、交通量は 0 に等しくなる。
やー、この道はいいね。交通量少ないし、見晴らしはいいし、トンネルから橋梁からバリエーションに富んだ構造だし。
延々とこの道を走っているだけでも楽しいかもしれない。そう思わせてくれる、数少ない有料道路の1つだな。

だが、幸せは長くつづくことはない。すぐに丹波綾部道路は終端し、立派なランプウェイを経て R27 へと降ろされる。
その後しばらく、一般道の旅が続く。R27 は一般道とはいえ、信号がまるで無いうえに線形も優れているお陰で、幸いにも
流れは良い。途中にある道の駅・和に到着したのは 16時半。自衛隊桟橋を出てから一時間少々ってところだろうか。

休憩を終え、再出発。R27 の南端が接続される R9 は信号が多く、それほど流れの良い道路ではない。それゆえ、合流点が
チョークポイントとなってしまっている。案の定、R27 は R9 と合流する 2km ほど手前から渋滞が始まり、長い長い
停滞へと成長。まったく前に進まない数十分を過ごすハメになる。迂回路・・・いや、無いだろうな・・・ここは。


停滞に捕まっているうちに、陽は一気に翳ってきた。つい今しがたまで橙色の光に照らされていた路傍の草花も、
今はもう、透き通った青色の残光をうけて青白く光りはじめた。一日が終わるのも、もう間もなくだ。先を急ごう。

R9 をしばらく南下し、またすぐに縦貫道へ。縦貫道は渋滞もなく、かなりよいペースで流れている。だが、大井の
ストレートを気持ちよく走っているとき、どうにも気落ちする情報がナビから転がり込んでくる。曰く、篠〜沓掛間で
2km の渋滞が始まっている、とのこと。その情報を受け、ナビは亀岡 I.C. を降りて R9 老ノ坂を抜けろ、と指示。

・・・はて、どうしたものか。しばし考える。沓掛の渋滞はいつものことで、あのあたりで渋滞が起きているのは確実だ。
そして、渋滞開始地点は下り坂の先なので、追突事故の名所(?)でもある(特に、路面凍結する冬季は必ず事故が起きる)。
この時期、避けたいポイントでもある。だがしかし、これまた渋滞しがちは R9 へと回避するメリットは、本当にあるのか?

冷静な判断は、大抵の場合、衝動的な欲望に負ける。R9 の現状を知りたくなった私は、ナビに従って亀岡 I.C. を降りる。
ナビはすぐに左折を指示し、J.A. 京都本店の横を抜けて R9 に出るルートを走らされる。なんとなく、嫌な予感はした。
亀岡の市街地においてで混雑するポイントって、ここから東の区間・・・篠を抜けるところまでと違ったっけ・・・

その微かな記憶は、やはり正しかった。R9 に出てからぴったり篠を抜けるまでの間、ノロノロ運転に苛まれる;
(幸い、時間をロスしたこと以外の問題は起きなかった。車内は始終、亀岡の懐かしい思い出話(?)で満ちていた)
だが、篠を抜けた後は、さしたる渋滞に捕まることもなく市内へと抜け出ることができた。・・・この実験結果から、
篠まで縦貫道に乗り、篠から R9 に降りて沓掛まで抜ける、というのがベストなように思えてきた。どうだろうか?


ともあれ、二箇所の渋滞で予定外の時間を消費したとはいえ、19時頃には帰宅完了。往路は 3時間、帰路は 4時間弱。
渋滞で浪費したのは1時間弱ってところか。まぁ・・・秋の大連休の中でこの程度なら、まだマシだったのかな。


9/21

旅行を終えて、しっかり疲れて巣に戻ってきた本日。それなりに良質な睡眠が取れたようで、そこそこの時間に起床。
疲労がまだ残っていないこともないが、まぁ、たいした問題はない。ちょっと右手足に疲労が残留してるかな、ぐらい。

よしよし。気分を良くして布団から離脱し、朝飯を食いながら JARTIC のページで渋滞チェック。一昨日から幕を開けた
秋の5連休は、やはり各地の交通に大きな影響を及ぼしている。名神・東名・山陽・中国・東北・北陸の各主要高速道路
だけでなく、我らが京都縦貫道にまで渋滞マークの侵食が及んでいた。使徒に侵入された MAGI のモニターのような状態。
これでは行楽どころではないぞ、碇。いや、ホント・・・今回の旅行は、場所・日程ともに最善手だったと言えるな。


というわけで、今日からの連休後半は、カプメンテと近郊ぶらぶら程度の身近な遊びを満喫することにした。

朝飯を終えてしばらくすると、ちょっと前にヤフオクで落としていたリコイルキットが到着。ただし、リコイルと言っても
RECOIL 社のものではなく、パチモンサイズ的に互換性を有する UNICOIL 社のキット。スパークプラグ修理用のものと
同一サイズ(M12×1.25)だったためか、下穴処理が不要で超便利なパイロットタップ付き版がかなりお安く入手できた為。

届いたモノを早速、ざっくり検品。インサートの表面処理は・・・見た目は問題なし。付属するタップは・・・うむ、タップの
刃に、如何にも機械加工で削って作ったような跡がついているのがちょっと目立つが、これも目視の範疇では特に問題なさそうだ。
材質は確かに HSS だったから、ボディーを構成する鉄部材が相手でもちゃんとした仕事をしてくれそうだ。よし、作業開始 OK。


カプチーノのリアをジャッキで持ち上げてボディーにウマを掛け、作業を始める。やることは、ナマクラになったサブフレーム
固定ボルトを1本抜き、その穴にタップを立てて、インサートを打ち込むだけ。作業は極めて簡単だが、懸念点はいくつかある。

まず1つは、被固定部材となるサブフレーム側の穴が、インサートを通せる程度のバカ穴になっているかどうか、ということ。
これについては、幸いなことに、インサートの外径よりもサブフレームの穴の内径のほうが 1mm 以上は大きく、問題はなかった。

もう1つは、サブフレームの取り付け穴の中心が、ボディー側の埋め込みナット穴の中心から大きくずれていないかどうか。
こちらは不幸なことに、問題があったようだった。ボルトを抜いたあと、さっそくパイロットタップをねじ込もうとしたものの、いくら
頑張ってみてもタップがネジ穴に噛む手応えがない。おかしいな、まだネジ穴は完全に崩壊していないはずなのに・・・と思いつつ
ネジ穴を覗き込んでみると、サブフレームに空いた穴のかなり端っこのほうに、ボディ側のナットのネジ穴が見えた(汗)
こりゃダメだ。確かに、ボルトはぎりぎり通るが、ボルトよりちょっと径が大きくなっているタップは通るはずがない。

ううむ・・・これは、ちょっとした問題。対策方法は2つ。サブフレームのボルト穴を拡大加工するか、または、サブフレームを
全体的にちょっと動かし、全てのネジ穴の位置の整合を取り直すか。・・・今回は、取り外す前はちゃんと全ての穴が合っていた
ものだから、前者の対処は正しくない。そもそも、高さのあるサブフレームの穴には、(おそらく強度を確保するためと思うが)
分厚い鉄製のスリーブが入っており、ワタシの手持ちの工具程度では加工のしようもない。結局、後者の対策を取るしかない。

一休みして頭を冷やし、冷静になったら作業に取り掛かる。サブフレームを下からジャッキで支え、固定ボルトを全て緩めて
フリーな状態に。この状態でエイヤッとサブフレームを押してやれば、微妙に動かせるはず・・・だが、重量物が搭載されている
リアサブフレームは、人間の手先だけで発生できる程度の軽いパワーではピクリともズレてくれない。それならば、ということで
スライディングハンマーを持ってくるが、それもまた結局、ハンマーを引っ掛けた部分を少し歪ませるだけに終わってしまった;

ちょっと焦りの気分が出てくるが、それこそは失敗フラグ。慌てず騒がず、ちょっと考える。手先のパワーで足りなければ、
道具を使って超人パワーを増幅させるまでよ!工具箱から、必殺・長尺ドライバーを取り出し、リコイルを打ち込む対象の
ボルト穴に軸を突っ込む。あとは、えいやっと力を掛け、サブフレームを微妙に撓らせてセンターを出す。サブフレーム全体を
一気に動かすことが出来なければ、コの字型になっているアームの端の方をわずかに動かし、あとで徐々に応力を抜けばいい。
もちろん、この行為によって支点となるネジ穴のネジ山は多少潰れるが、どちらにしてもタップを切りなおすので、問題は無い。


多少の苦労はあったものの、ともかくボルト穴のセンターを出すことはできた。あとは、リコイル付属のパイロットタップで、
ネジを切りなおす。M12 ともなると、さすがに切削抵抗が大きい。そのままタップが折れてしまうんじゃないかと心配になる
ぐらい。もっとも、あの野太い M12 のタップをヘシ折れるほどの腕っ節があるわけじゃないので、おそらくは杞憂だろう。
切削油代わりの CRC556 をぷーぷー吹きつけながらセオリー通りにゆっくりとタップを回し、ネジ山を作成。奥まで抜けたら
新しいネジ山をしっかり脱脂したのち、工具を使ってインサートを挿入し、タングを折り飛ばす。よし!これで修復完了。

さて、あとは、ボルトを元通りにねじ込むだけ・・・と思ったが、まことに残念なことに、無理やりねじ込んでいた元々の
ボルトは、見事に半分ほど山が崩れていた(汗)もはや、本来の締結力を発揮できる状態ではない。修正も不可能なので、
やむなく、たまたま予備として購入していた建築用の M12 細目ボルトを代役として利用(8T だから強度に不足はない)。
ただ、元々のボルトと長さがかなり違うことと、元々のボルトはフランジ付きで座面の面積がだいぶ違ったということがあり
大量のワッシャーを挟む必要が出てきた。そのせいかどうか、スレッドコンパウンドを塗って締め付けてみると、規定の
トルク(60Nm)がなかなか掛からない。40Nm ぐらいから少しずつトルクを上げ、なんとか規定トルクでの締め込みを完了。

・・・まぁ、そんな感じで当面の問題は凌いだものの、いつまでもこのまま、というわけにもいかないような気がする。
リコイルもまだ落ち着いている状態ではないようで、ボルトを捩じ込むときに妙な固さを感じたりもした。ある程度このまま
乗ってみて、リコイルが落ち着いた頃にちゃんとした純正ボルトに交換することを考えよう。さーて、また部品手配だー。

後片付けを終えたら、早速ボルトの注文準備。パーツリストからボルトを選択するが・・・あれ?値段が出ない。・・・廃盤?


一日の作業を全て終えた頃、また小さな蕁麻疹が、足首やら右手やらに発生。確かに、作業場の近くの地面の上を
見た目おぞましき毛虫が何匹か這い這いしてたけど、ちゃんとツナギを着て防護していたはず・・・つまり、毛虫の毒じゃなく、
自分自身の不健康さから出る蕁麻疹ってことだ。体調はかなり良くなったとはいえ、まだ完全とは言えないのかなぁ。ふぅ。

そういえば、作業を終えたあと、ボンネットの中を点検しようと思ってボンネットラッチを開けようとしたとき、恐ろしいことに
ボンネットラッチの取っ手が折れるというトラブルに見舞われる。ああ、何か、新しい世界に突入したような気がする・・・


ところで、SSD を samsung のに買い換えてそろそろ1ヶ月。今回こそは、最初からトラブルらしいトラブルは無い。たまーに
妙な遅さを感じるときもあるが、それはほんの僅かなことで、おおむね SSD らしい快適さを私に提供してくれている。現時点で
S.M.A.R.T 情報を見れば、電源投入回数は 220回、使用時間は 9時間だそうだ・・・9時間!?そんなバカな・・・おそらく、これは
実際の書き込み時間総計か、そんなトコロだろうな。他の値はすべて、購入直後から変化なし。すこぶる平和で、嬉しい。


9/22

まだ夜も明けぬような、妙な時間に目が覚める。なんだか、体が少し重い。熱は無いようだけど、なんとなく風邪っぽい雰囲気。
あー、ちょっと辛いかも・・・。もう一眠りしたら、市販の風邪薬を飲み、朝食を食べて少しうたた寝。そんな感じで体力回復に
努めていれば、11時過ぎごろになり、体調が少し回復してきた。うーん、これならば大丈夫かな。カプを駆って、外出。

外出先は、タケル邸。 本日は、いつもの不良中年メンバー(タケル氏、はっかい氏、I田氏、あさい氏)に加え、前途有望な
若手ヲタ氏2名が集まって、たこ焼きを貪り食うイベントが開催された。開始時刻近辺に到着してみれば、タケル邸の居間では
音楽に合わせて無数の光の粒が乱れ舞っている洗脳 DVD(BD?)が延々と流されている状態であり、本日の「濃さ」は折り紙つき。
昨年末と同じように、映像と音楽に合わせて旗を振ったり、タコ焼を食って腹が膨れてきたら激しく眠くなってみたり、ただひたすらに
入力 → 反射 → 出力の神経系統のみが働いているきわめて原始的なひととき、すなわち心の平穏を得る。23時ごろまでマッタリ。


帰路。京都高速をミッドナイトクルージング。こまごました修理を重ねてきたお陰か、カプの調子は絶好調を維持している。
コレなら、週末の新城ラリー観戦にも安心して向かえそう。(「そう思っていた時期が僕にもありました」とならねばいいのだが)

・・・ただ、燃料タンク交換でサブフレームを外したことが影響しているのか、ちょっとリアのアライメントがずれているような気が。
ステアリングを中立にすると、車体が左に流れ気味になっていることに気づく。路面の影響というレベルではないな。糸、張るか?


9/23

わりかし気持ちの良い目覚め。そこそこの時間に起き出し、この気持ちよさをたまには愛車と分かち合おう(?)と、
カプを洗車&ワックス掛け。ボディーを綺麗にすることにはまだ吝かではないが、どちらかといえば、塗装面の美しさより
鉄板の隙間から見える錆びのほうが気になってくるお年頃。錆止めのため、小まめに Noxudol700 を吹き込んでおいたり。
室外の清掃が終わったら、より付き合いの長い室内を綺麗に拭き、樹脂にアーマオール塗りこみ。ガラスも清掃&ガラコ処理。

すっきりしたところで、ボンネットを開けて、エンジンルームのチェック。LLC は適量・・・オイルはちょっとだけ少なめ
(でも、たぶん最初っから少なめ)、ブレーキフルード問題なし。よし・・・ついでに、キャニスターの尻のパイプに
差し込んでいた、緊急時用(?)燃料車外放出パイプを取り外す。キャニスターにガソリンが逆流したとき、エンジン
ルーム内にガソリンをぶちまけないようにするためのパイプだが、これは逆に、キャニスター内部の鉄製構造物に
錆を呼ぶ原因になってしまったような気がする(路面付近の湿気をキャニスターに吸い込んでしまう)ため。

ボンネットを閉めて、リアセクションをチェック。燃料タンクを下ろした際に着脱した燃料系ホースの繋ぎ目を
確認するが、クランプ付近からの滲みなどは特になし。健康そのものだ。あとは、車体下部を走るパイプの交換だけ。


外装をざっと確認する。塗装面の劣化はやむなしとして、「襟巻き」の端についているゴム製のキャップのうち、
運転席側がまた取れて無くなっていた。あれ・・・?おかしいなぁ。こないだ装着しなおしたところだったのに orz

ついでに、リアタイヤのトーを目視確認。目視じゃアライメントが取れないとかバカにする人もいるが、実走&目視確認で
かなり追い込めるということを知らないからそんなことが言えるのだ。実際、今回もやっぱり感覚は結構正しかったようで、
右側リアのトーが左側リアと比べ、少し強くなっているようだった。ってことは、スラスト角は若干左寄りかな。感覚と一致。
このまま放置しておいても何も変わらないので、アライメント調整。ちょうど、右ロアアーム前側のボルトが緩み気味(汗)
になっていたので、緩めて調整。左右ともにトーが同じ程度になるよう、合わせてみる。これでまた暫く走って、確認する。

リア周りを持ち上げたついでに、リアの足回りのボルトのマシ締めチェックと、サビ止め塗装の追加。先ほど発見した
右ロアアーム前側以外には、緩んでいるボルトは無いようだった。アーム付け根のボルトはたまに緩むから、油断は禁物。


9/24

蚊に刺されたような、大きな蕁麻疹が左手付け根に発生。さらに、足の腱の付近にも、小さな蕁麻疹。いずれも大した症状では
ないけど、あちこち蕁麻疹だらけなのは気持ち悪い。今のところは悪化する雰囲気はないものの・・・これもまた、自律神経が
失調しているとかどうとかいう話なのかね。困ったもんだ。あと、旅行でちょっと酷使(?)したためか、少し右足のほうに
ダメージ入ってる感じもするが、いまのところは大丈夫。週末の新城が終わるまで、悪化しなければいいのだけど。


9/25

あー。もう秋だというのに、無情に暑い日々が続く。体調はわりかし良好だが、とにかく疲れ目とか眠気がひどい。
昼間もほとんど sleep 状態。暑さのせいか、睡眠の質が問題になっているような気がする。いい生活はいい眠りから。


それはさておき、オクで落としたカプのボンネットラッチ(中古)が到着。先日、金属疲労で折れたボンネットラッチの修理用。
帰宅して飯を食って、荷物が届いていたのに気づいたのは 21時半過ぎのことだった。新城への出発は明日の朝早く・・・うーん・・・
カプのボンネットを開け、ボンネットラッチが装着してある付近の構造を観察。結果、簡単に交換できそうだったので、作業開始。

ボンネットを開けてしまえば、ラッチを外すためのボルトには簡単にアクセスできる。ボルト3本を外し、ラッチを外す。
(※ 逆に言えば、ボンネットを開けない限り、ラッチにいたずらすることは不可能な構造になっています。よく考えてある)

ラッチには、オープン用のワイヤーがくっついているので、それを外したのち、新しいラッチにワイヤーをはめ込む。
あとは、新しいラッチを元の場所に装着し、ボルト3本で締め付けて固定するだけ。なお、ラッチは、位置微調整のためか
固定穴が若干の長穴になっている。製造誤差吸収用ではなさそうなので、元のラッチと同じ位置で固定することを忘れずに。


ラッチの修理を終えたら、明日の遠征用の荷物いろいろを積み込みながら、カプの基本動作をひととおり点検しておく。
フューエルリッドオープナーソレノイドの引きがちょっと悪くなっていたことが気に掛かる。水でも入ったかなぁ;

気に掛かるといえば、自分自身の右足膝の調子が、どうも今ひとつな感じになっている。明日からの2日間、大丈夫かな;


9/26

さて、今日明日は、愛知県の新城市にて全日本ラリーが開催される。話によれば、町を挙げての大規模イベントとして
開催されるモータースポーツイベントという扱いだそうだ。我らが(?)メロン号が出場するという点だけでなく、どうしても
ふつうは反社会的(一昔前であれば暴走行為によるもの、現代であれば非エコであるもの)な存在として認識されがちな
モータースポーツが、いったいどういった形で市民に受け入れられているのか、それを知りたいという点でも興味あり。

全ての準備は昨日のうちに整えておいた。昨今は高速1000円効果により、何時に出発しても料金は変わらずということで
少し余裕のあるスケジュールで起床して朝飯を食い、出発。京都東 I.C. から高速に乗り、新名神 → 東名阪 → 伊勢湾岸 →
東名 → 豊川 I.C. という、たあいのない経路で豊川へ到着。引き続き、豊川 I.C. を降りてからすぐの交差点を東に折れ、
メインルートの R151 に負けぬほど立派な(ただし、道路の両側は耕作地)県道31号を東進。すぐに県道 499号との交差点と
信号機が現れるので、左折して県道 499号を北進。県道 499号は、ごく普通の、農業中心の地方都市によく見られるような
対面通行の快走路。信号機もほとんど現れない。都市から離れ、見通しの良い愛知県東部の農耕地を気持ちよく駆け抜ける。

豊川を小さな橋で越え、何も無い地帯をしばらく走りつづけた先で、GS やらコンビニやらが急に現れる賀茂交差に到達。
左折して県道 69号線に入り、豊川東岸の長閑な景色の中をゆるやかに走る。軽い起伏を伴った照山の麓を過ぎ、先へと進むと
やがて住宅が現れだし、新城に近づいたことを感じさせる。外畑まで進んだところで、ト字路分岐を右折。やたらに立派で
一直線に平地を貫く農道らしき道路へと入り、2つめの信号で左折。そこから 500m ほど坂道を進み、10時に特設駐車場へ。


特設駐車場は、このあたりの山岳地帯を越える軽い峠道(先ほどの坂道は、この峠道へのアプローチとなる)の両端の低い丘陵地が
開削されている限界地点・・・つまり、ADVAN の工場の向かい側の遊休地らしきところに用意されていた。そんな場所であるから、
道路から見た分には、そこが駐車場への入口であることが解りづらい。何名かの誘導員が居るから、なんとか無事に判別。

ともかく、誘導に従って駐車場に入る。山肌に沿ってしばらく走ったのち、広い遊休地の中央付近を縦貫する誘導路へ案内される。
遊休地は、横に長い区画を数枚ほど奥に向かって積み重ねたような構造をしており、奥から順にクルマを詰めているようだ。
まだ、私が到着した時点だと、奥のほうになるらしい・・・そう思って縦貫誘導路に入った瞬間、ものすごい衝撃に苛まれる。

この駐車場は、ラリーを愛する有志の方々が、未開の草叢を圧倒的な機械力(自走式芝刈り機)を駆使して開拓し、作られたもの。
そのため、未舗装であるのはもちろんのことだが、整地もまた完全には為されていない。ウチのクルマのように、無駄に足が固くて
ホイールトラベルの短い車両の場合、ゴルフボールにおけるディンプルのように無数に存在する路面の凹凸が強烈なトラップとなる。
注意を払い微速前進したとしても、嵐の夜の荒波に揉まれる漁船のように激しく突き上げられまくる。あ、ああ、腰が!コシが!(涙)
FRP に薄いスポンジと布を張ったような競技向け(競技専用)バケットシートを装着していなかったのだけは、不幸中の幸い。

指示された場所に手早くカプを止める。持っていく荷物を整理してトランクから取り出し、駐車場入口のシャトルバス乗り場へ。
乗り場には、既に長い行列ができている。最後尾に並んでしばらく待つと、グッズを持ったスタッフ(地元ボランティアかな?)が
行列に並んだ人にパンフレットを配布しながら、販売を行っていた。お酒とか、いいなぁ・・・帰りでも売っていたら、買って帰ろう。


しばらく待つと、フルサイズのシャトルバスがやってきた。路線バスの転用・・・ではないようだ。どこ所属のバスだ?



車体全体に、三菱の i やらコルトやらの図が綺麗に張りまくられている。三菱自動車の工場で使われていそうなバスだが、
今日のために装飾が施されたのかもしれない。お得意の泥系競技だからといって、気合入れ過ぎだ三菱自動車(笑)とはいえ、
のっけからこういった演出があることで、イベントへ行く気分がいやがおうにも盛り上がるのは事実。ありがとう、MMC。

並んでいた行列の殆どを飲み込んだシャトルバスは、狭い道路をゆっくりと走り、10分足らずで会場へと到着する。
豊川の東岸沿いを走っている道路沿いの平坦地にある、運動公園のような広い場所に作られたメイン会場(桜淵会場)は
多くの人で賑わっており、なかなかいい雰囲気のようだ。大きなグラウンドの真ん中には、低い囲いで仕切られた区画があり
その周りには、協賛メーカーの売店の他、ラリー車やダートラ車など泥系競技車両の展示(圧巻は、パイクスピーク仕様の
SX4 の展示だった。残念ながら走行シーンは見れなかったのだが、止まっていても漂うあの貫禄は、一体何なのだろうか)、
JAF によるシートベルトの効果体験展示、そして陸上自衛隊の車両展示などがところ狭しと並んでいた・・・って、なんで
陸自の装甲車がここに来てるの!?一瞬、基地祭に来てしまったような錯覚を覚えた。もう、なんでもありだなぁ(笑)

賑わうメイン会場を通り抜け、奥にあるはずのパドックを目指す。その間に立ち塞がるのは、フードコーナー。割と大きな
長方形状の区画には、隅から隅までキッチリと屋台が並び、その隙間の空間を来客がミッチリと埋め尽くしていた。おお、
この風景こそ、まさに祭の真髄。ここが雛見沢なら、きっと出店を端から端まで蹂躙する部活が行われていたことだろう。

部活の舞台を外側の通路で迂回した先の広場が、目指すパドック。屋根付きのちょっとした休憩所を備えていて、立ちんぼに
なりがちな観戦者にひとときの安らぎを与える優しい作りになっている。安らぎといえば、休憩所脇の通路沿いの一等地には、
地元の人たちと思しき商人が仮設の店を並べ、特産品などを販売していた。ナマモノが多いので、買うタイミングは少し悩むが、
お土産として買うものを悩む必要はないのが有難い。このラリーイベントの中で、もっとも強く地方色を出しているコーナー。



メカメカしく染まりがちな競技系イベントに、華を添えてくれている・・・華といえば、仮設店舗の中に、緑色の法被を着た
制服姿の女子高生数名が黄色い声を上げているところがあった。それも、客サイドとしてではなく、販売サイドとして。見れば、
メロブにも負けぬ濃い緑色の幟を誇らしく掲げている。そこには、鮮やかな「新城高校商業科」という文字が刻まれていた。

・・・シンシロコーコーショーギョーカ?どこのブカツよ?一瞬意味が解らなかったが、やがて「ああ、これはアレか、学校の
実地教習みたいなもんか」と思い至る。最近よくあるよね、実際にモノを作ったり売ったりするカリキュラムを組んでいるところ。
あくまで想像だけど、たぶんそんなところだと思われ。・・・しかし、なんというか、これはまた華があるね。素朴で地味な色使い、
だけれども可愛さをたっぷり残したデザインの制服は、派手な色使いのエロゲデザインの制服を見慣れすぎた目を癒してくれる。
いや、いいよいいよ、こういうモノトーンでシンプルな制服ってすっごく。しっかり脳裏に刻んで、今後の絵の肥やしにしておこう。

ついでに、かつてのマガジンやチャンピオンで見られたような、80年代的ヤンキーテイストバリバリな「新城高校工業科」
なんてのも無いかと思ったが、残念ながらそっちは存在しなかった。30年前なら、きっとそういう奴らも居たんだろうけど。


思わぬ心の癒しを受けつつ、パドックへ。今回、新城では特別なパスを買わないとパドックの中に入れない、と聞いていたのだけど
実際はそんなこともなく、完全に入場フリーな状態になっていた。いや、入場フリーどころか、パドックを囲うようなテープなどすら
あったかどうか。あれ?事前に販売されていたプレミアムパスって、結局、何の意味があるんだ?この時点では全く意味不明だった。

ともかく、パドックは完全フリー状態。逆にいえば、それ故に(?)現場の迫力というものもあまりなく。ラリーのサービスだけど、
わりかし、っていうか全くフツーな感じで、見る側としては気楽だけど物足りなさも感じたりはする。ただ、そうは言ってもさすが本番、
どのパドックも緊張感で満ち溢れており、気軽に声をかけに行くという感じではない。いちおう、我らがメロン号のスペース(?)にも
立ち寄って軽く挨拶はしたものの、邪魔になってもアレなので早々に遠巻きのポジションを取り、一般観客の立場に徹することにした。

・・・さて。そんな感じで、10時に到着してから最初の SS 観戦まで、ちょっとの時間が空いてしまったわけだが。現地に先着していた
了さん(現地に6時入り、だったそうだ)およびタケル氏とちょっと立ち話をしているうち、本日のお目当ての1つでもあったモノが
着々と準備されつつあった。メロン号のすぐ近くに設置された、メロンブックスの販売ブース。今年5月の日吉以来、イベントの度に
はるばる関東の本社からワゴン車1台で遠征してきて出店されている、神出鬼没の督戦隊・・・じゃなくて、めろん号の真・サポート部隊。

今年のラリーチャレンジの中でもっとも距離の近い新城でももちろん来られたわけで、いつものようにイベント向けグッズを揃えて
観客を楽しませようとして下さってるわけだけれども、今回は特に気合が入っている。長らく「出るんじゃね?」と噂になっていた、
めろんランサーのミニカーがグッズに追加になった。ただ、まだこの時点では量産体制には入っていなかったようで、持ち込み数が
かなり少ない模様。それを知ってから知らずか、ミニカー狙いの人たちは、少しでも確実に手に入れようと「販売開始は11時から」と
銘打たれた POP を横目に見つつブース前をウロウロ。夏冬の有明における人気サークルスペース前@開場30分前、みたいな
光景が展開されていた。その意味を知っている同士でのみスパークする、奇妙な緊張感。パドックに広がるものとはまた異なった
同人購買競技前のハイテンション空間が維持されていたことは、それを理解できる人のみが理解できたものであったろう。

ちなみに、私はそのころ、まったく油断していた。少し離れた場所でゆっくりしているうち、戦士達は既に行動を起こしていたようだ。
気づいた頃には、通路を横断して東屋のほうまで届く開場前行列(?)が形成されているデナイノ!・・・いかん!このままでは、
超人気サークルの会場限定コピー本を入手しようと思っている一般入場者みたいになってしまう!アレだ、「俺は入場行列の
先頭に並んでいたはずなのに、いつのまにかサークル前行列の最後尾になっていた」(c)ポルナレフ、みたいな!ちくしょう、イギーッ!



ザ・フールな私もようやくこの状況に気づき、慌てて行列の最後尾らしき場所に並ぶ。あとは、同じようなことに気づいた同士により
加速的に行列は伸び、東屋の全長の半分ぐらいにまで届こうとする大規模なものとなった。もはや、見た目は完全にシャッター外行列か、
企業ブース行列か。売り子手伝いさんがあわてて行列の人数を数えたりしている姿など、強いデジャヴを感じながら眺めてみたりする。
ただ、最後尾札がなかったのだけが大きく異なる点か。なんとなく行列の中で物足りなさを感じていたのは、おそらくこれが理由(笑)

しばらくして行列が動き始め、順調に販売が進む。幸いにも、少ない限定数ながらも、私の順番が回ってきた時点でもなんとか
めろん号ミニカーは残ってくれていた。まだまだ続く行列の中だったので、素っ気なくって申し訳なく思いつつも手早くご挨拶をすませ、
めろん号ミニカーとバッヂ、キーホルダー、そしてめろバスを買う。めろバスは、こうしてめろん号ミニカーを出してくださったことに
対するお礼の意味も込めて
購入。乗車チケットがついてきたので一瞬驚いたが、当時のものだった。そりゃそうか、もう運行してないね;


・・・さて。こうして無事にグッズを入手できたわけで、そろそろ本題に戻ろう。同じく購入ミッションを完遂していたタケル氏と
了さんとともに、いまいち勝手のわかってない観戦初心者同士のパーティーを結成(※ 私も、今回がラリー観戦は初めてとなる)。
シャトルバス乗り場で配られていた観戦地図の案内に従い、桜淵メイン会場を離れ、豊川と反対側にある山のほうへ。ほうらいせんSSは
この小高い山の中を走るステージとなるようで、観戦場所は林道沿いの山肌。その中を適当にあるいて適当な場所で見ろ、ってことらしい。



もちろん、一応おすすめスポットってのは存在していて、山肌を歩いて最奥まで行ったヘアピン辺りがサイコーに cool のようなので
観戦 Lv.1 の初心者パーティーは、黙々と奥地を目指す。国道を渡って坂道を登り、山林との境目にあるテニスコートの横を通り、
剥き出しの山肌を這い上がるように作られている階段を上ると、工事用の足場で作られた仮設階段が。その階段はラリー観戦用に
作られたもので、山肌の上部を鬱蒼と覆う森の中に見える踏み跡に向かって、足がかりの無い絶壁をパスできるようになっていた。

・・・ふうむ。モータースポーツを見に来たはずが、いつのまにか林道廃線跡探索みたいな感じになってきたような気がするな。

妙に、みなぎってきた。自分自身でもあんまりよくわかってない自分内の器官が、血液中にアドレナリンをブーブーと撒き散らす。
この器官はいつだってそうだ。冷静であろうとするヲレをいつだって無視し、勝手に行動しやがるのだ(仮に「たむ袋」と名づける)。

同様にアドレナリンにとり憑かれたのか、ものすごい勢いで山中に突撃する了さん。遅れを取るまいと、勝手に前に出て行く私の脚。
森の下端あたりを這うように走る道なき道を延々とトレイルしていく。これは、なんというか、とてもエキサイティングな感覚だが、
しかし・・・うは、息が上がるwww汗がダラダラ出るwww ちょ、オッサンにこのペースはきついですwww 若いなぁ、了さん・・・

とかいいつつもなんとか後ろをついていく。とんでもない傾斜の坂道をえいやえいやと越えると、やがて高度が下がり、ヘアピン前の
ちょっと開けた傾斜地に辿りつく。そこには既に、多数の観客が到着し、山肌の凹凸をうまく利用してそれぞれに居場所を確保していた。
少し遅れを取った我々に残された居住地は少ない。沢になっていて地盤の緩いところに若干の空きがあったので、そこに椅子を設置。
とりあえずこれで準備はできたので、あとは目前の道路をラリーカーがビンビン走っていくのを待つだけ・・・と・・・いう感じで。


足元をうろうろ歩き回る沢蟹を観察していると、やがて 00カーが走行。これは本当に一番最初に走る車両のようで、かなりゆっくりと走行。
このあとに走る 0カーは、結構な勢いで走行。ちょっと本番っぽい感じ。これが通過すると、見ている側のテンションも一気に上がる。

0カーが行き過ぎてしばらくすると、いよいよ本番走行。ヘアピン前に設置されたスピーカーがアナウンスを始め、ファーストゼッケンから
出走開始!静かだった谷間の向こうから勇ましい排気音が迫り・・・ブラインドカーブから現れた競技車!目前のヘアピンに突っ込み、
ザクッと曲がり、排気音を曳いて奥の山へと消えていく・・・以上!これで1台分が終了。およそ 20秒もあったか、なかったか。



見所の多いヘアピンではあるが、林立する木や険しい地形が災いして、車両が見えている時間が結構短い。どっちかといえば、
「・・・あれっ?もうイっちゃったの・・・?」って感じで、呆気なきことこの上ない。イン側が地肌剥き出しでガレガレ、なおかつ
出口付近でRがキツくなっているという面白い(=見ている側からは)コースなのに、やっぱりリスキー過ぎるのであろうか、わりと
地味にカーブを抜けていく車両が多く、見所を知ってないと、観客的には結構面白みに欠けるといえば欠けるきらいはあると思った。

我らがめろん号もその例に漏れず、こんなに曲がりにくくてリスキーな場面において無理なギャラリーサービスをすることはなく、
抑えるべきところをきっちり抑え、軽々とした動きでスイッと曲がっていった。一方、そういう作戦を取る気はなかったのか、もしくは
先行ゼッケンの車両が出口付近に大量に撒き散らしていった砂礫のことを計算に入れていなかったのか、何台かのクルマは果敢にも
ペースを上げてヘアピンに入り、出口付近で激しいオーバアクションとなって危ない目に遭っている。そのうち、何台目かにやってきた
スイフトが、ついに悪魔に捕らえられる。同じように出口付近で予想外に曲げきれなかった様子のスイフトは、必死に回頭運動するも
間に合わず、左フロントから山肌に突撃。数台前にも同じように突っ込んだ車両はいたのだが、スイフトには特に運がなかったようだ。

突っ込んだとき、遠くの我々にもはっきりと聞こえた。そう、何かが折れるような、致命的な音。必死にもがくスイフトは、しかし擱座点から
ほとんど動くこともできなかった。諦めた様子でドアを開けて出てきた乗員は、クルマを近傍の安全な場所に移動し、事後処理を手早く開始。
"OK" と書かれた小さな札を持って走ったり、非常停止板を持って走ったり。こ、これは・・・リタイヤされた方には大変に申し訳なく思いつつも、
滅多に見れないリタイヤ関連のシーンを一等席から拝見することができてしまい、ラリーを深く知りたい観客としては僥倖であった。

(その後、さらにもう一台同じようにクラッシュした車両が出てきたりして、ともかくこの場所は見所満載過ぎるポイントとなった)


クルマが近づくとともに笛の音が近づき、クルマが走り抜けていくと、追い立てるように笛の音も後を追っていく。そんな音に合わせて
リタイヤした選手も動き、危険を知らせ・・・そんな光景を無心に見ているうち、全てのクルマがほうらいせんSS を通り過ぎていった。

お、もう終わりかー。コースはクリアになったので、傾斜地から山肌を下ってコースに降り、桜淵会場へ戻る。・・・っと、その前に。
ヘアピン出口でクラッシュして停車していた車両のところへ行ってみる。1台はなんとか移動してその場を去っていったが、もう一台、
それは最初に止まったスイフトだったが、こちらは移動することも叶わない状態のようだった。ドライブシャフトじゃなくてタイロッドか?と
思ってフロントタイヤを見るが、左右ともに向いている方向は揃っているようで、問題はないように見えた。どこが壊れたんだろう?

しばらく首をひねりつつも、考えてもわからないので、やがてたむは考えることをやめた。往路とは異なり、歩きやすい平坦な道路を下る。
ついでにコース状態もチェックする。道路上には、舗装されていないショートカットポイントから拾ったと思しき礫が撒き散らされており
フツーに考えれば、こんなもん乗ったら曲がるも止まるもできないまま奈落のそこに一直線だぜベイベー、みたいな感じになっている。
信じられないだろ・・・こんなところを、全力全開で駆け抜けていくんだぜ・・・心臓はビス止め・・・血管にガソリンが流れてる・・・


山を降り、橋を渡り、坂道を下ってほうらいせんSS を離れ、桜淵会場へ。次のほうらいせんSS までは、少しばかり時間がある。
一通り捌けてしっとり落ち着いた感のあるメロンブース前に寄り、メロン箱の中を確認する・・・が、ほとんど空っぽ状態だった。
あぅぅ、ゆっくりとラリーを見ている場合じゃなかった・・・のか?(笑)ペーパーだけ回収し、東屋のあたりでしばし一休み。

しばらく呆けているうちに時は過ぎ、SS4 ほうらいせん2 の時間が近づいてきた。SS1 と SS4 の前には、新井選手のインプレッサによる
デモラン
がある。SS1 のときは見逃したので、SS4 では絶対に見ておきたい!ということで、少し早めに移動開始。今回の観戦場所は
最奥観戦地点となる、山側B。人が多く、かつ見た目的に地味な印象のあった山側A とはどう違うか。期待半分でとりあえず行ってみる。

SS1 の反省を活かし(?)今回は、普通にコース上を歩いて先へ向かう。山肌歩行だと圧倒的な年齢差・・・否、体力差を感じたものだが、
舗装路であればまだまだ若いモンには負けんワイ!軽々と歩いていく了さんに遅れずついていき、左手の山肌に作られた観戦地に到着。
家族連れの多かった山側A と異なり、山奥のここには、同年代ぐらいのおっさんばかり。おそらくは、何年もラリー観戦を続けてきた
歴戦の勇者(?)ばかりなのだろう。新参者の我々の出現には目もくれず、彼らは走行開始までの時間をまったりと過ごしている。

・・・と思っていたら、ここで突然 7時の方角から声を掛けられる。背後を取られたッ!?誰っ!?そこには、5月のタカタでお会いした
某岡山さんの姿が。お、おおおッ!?このタイミングでようやく、ラリー観戦の経験者、というか、まさに歴戦の勇者に
出会うことができた・・・ということはきっと、今この場所(山側B)にやってきたのは正解ってことなのだろう!

もう一日も終わりに近いっていうタイミングでテンション上がってきた私だったが、努めて cool な姿を装いつつ、某岡山さんとお連れさんの話に
ちょっと聞き耳を立ててみましょうかスタン〜っていう感じで、耳に全神経を集中して情報収集(?)に勤しむ。話は多岐に渡っていたのだが、
特に MoSRA についての話が興味深かった。いわゆる、モータースポーツの現場においてオフィシャル同士が連絡を取るために使う無線で、
423.000〜423.175MHz と 424.000〜424.175MHz に割り当てられている。変調形式は FM で、12.5KHz ステップのナローだから、特別な
広帯域受信機でなくても、受信改造済のヨンサンマルのハンディー機であればなんでもいい。事前に情報は仕入れていたので、念のため
大学生の頃に買ったスタンダードの C470 を持ってきてはいたのだが、有効性が不明だったのでクルマの中に置きっ放しにしていた。
だが、某岡山さんとお連れさんが持ってこられていた受信機から流れるノイズ混じりの交信を聞くと、傍受する意味はありそうな程度の
頻度と強度で通信が行われていることがわかる。うーん、よし。明日の観戦では、MoSRA 傍受を試してみることにしよう。

夕方になり、少しずつ日が翳りつつある空を藪の切れ間から見上げているうち、SS4 開始の時刻も近づいてきた。そして、お目当ての
新井インプレッサのデモランもまた・・・山の下のほうから軽い排気音が聞こえてきたかと思う間もなく、狭い視界の隅のほうから
濃紺の美しいボディーをしたラリーカーが飛び込んできた!うわ!ちょ、カメラの準備どころか、心の準備すらできてないって!

そんなことを知ってか知らずか、山側B の目の前にある道路脇の小さな膨らみに向かって、荒井インプレッサは視界一杯の大きさで
突っ込んでくる。視野に入ってきた瞬間から不自然にユラユラした動きをしていることに気づいたので、これはやるかな、と思ったら
やっぱり、小さな膨らみを利用した豪快なサイドターンを決めてきた!はっきり言おう。狭いよ!ここ、すっごく狭いよ!しかも、
片側は山肌、もう片側は崖。失敗したら大損害は免れない。観客は鈴なり。そんなプレッシャーたんまりな環境であっても、
やっぱりプロ、世界のアライはスゴイ。プレッシャー?何ソレ?なんの苦もなく完璧なターンを決め、そのまま山を駆け下りる。

・・・はぁ。ちょっとスゴクない、これ?そう思って、無意識に止めていた息を吐こうとするも、そんな暇も与えることなく
荒井インプレッサは再び山を駆け上がってきて、さっきとは逆向きに豪快にサイドターンし、そしてまた戻っていった・・・

やー、これは眼福、眼福!


(写真は、ターンし終わった荒井インプレッサがとっくに行き過ぎた跡です・・・撮れねぇ・・・)

このデモンストレーションは、予想以上に面白かった。新城ラリーに来たならば、ぜひ見るべき。そう思いつつ、本番出走を待つ。
SS1 では長く感じた待ち時間だが、一度ばかり体験しているためか、今回はそう長く感じない。少しずつ暗さを増し始めた藪の向こうから
1台ずつ、本日のシメとなる SS4 を走り抜ける競技車が上がってくる。だが、ゼッケン番号を見ていると、たまに飛び飛びになっている
ことに気づく。それはつまり、リタイヤしている車両が何台か出てきているということだ。大変に残念なことだったが、その中に、
メロン号のライバル(?)樋口鍼灸院インプレッサが含まれているようだった。その場にいた人の情報(どうやって情報を入手したのか;)
では、合郷というステージにおいて猛烈な雨が降っているそうで、そこでコースアウトしてしまったらしい。車両の状態は不明だったが、
リタイヤするほどだから、そんなに軽い損傷ではないのだろう。大丈夫だろうか・・・?不安に駆られるが、我らメロン号は無事だった。
ハマさん&ナカムラさんコンビの安定した走りで、山側B の観客席の前を駆け抜けていく。・・・この感じだと、明日も大丈夫かな?

目の前を駆け抜けていく幾多の車両に対して色々な感慨を抱きつつ、全ての車両が走り終わるまでカメラを構え、各車の走りを撮影していく。
いったい明日、このうちの何台が無事に生き残って、ゴールのアーチにたどり着けるのだろう。不思議な競技だな、ラリーってのは。


時刻は 17時を過ぎている。日の翳る速度がどんどん速くなり、人の在らざるべき場所となり始めた山の中。ライドポッドを点灯し、
闇を光と音で裂いてゆく競技車。その姿は、夜の訪れとともに少しずつ、美しく幻想的なものとなっていく・・・しかし、もうちょっと、
あともうちょっと、このまま眺めていたい・・・と思った頃、残念ながら SS4 は終了。魂が浄化されそうな世界から、現世に戻される。

斜面に張り付いていた人たちとともに、薄暗さを通り越した青黒い峠道をとぼとぼと歩いて下っていく。やがて、例のスイフトが
止まっていた場所にたどり着く。全ての競技が終わり、彼もようやく回収されていった。これから、メカさんの腕の見せ所かな。


山を下り、桜淵会場へ。日は完全に落ち、暗闇が周囲を支配していた。まだ、本日の走行は全て完了しているわけでもないようで
サービスパークは深い静けさの中にあった。このまま暫く待っていれば、いずれ競技車が戻ってきて・・・そして、もっとも面白い
夜のサービスパークが見れるはず・・・だったのだが、まったく誰も戻ってくる気配がない。どうやら、まだまだ先になりそうだ。
そして・・・問題は、タケル氏・了さん・私の3人パーティはみんな特設駐車場にクルマを止めていて、シャトルバスが無くなったら
クルマの元まで戻ることができない
、ってこと。そりゃ確かに歩いて帰ることはできようが、周囲は完全に、夜の闇に包まれている。
懐中電灯一本もない状態では、道を正しく辿ることも覚束なかろう。タクシーが通るような気配もないし・・・やむなく、撤退を決断。

後ろ髪を引かれつつ、人影も(というか、もう真っ暗で、人影があるかどうかも判らないが)まばらな会場を横切り、シャトルバスの
乗り場へ。ちょうど辿りついた頃にやってきたバスは、運のいいことに最終便だったようだ。うわ、危ない、危ない;撤退して正解。


バスは、真っ暗闇に沈んだ新城を走り、これまた暗闇の中に沈んだ特設駐車場に到着。ここで3名は別れ、めいめいのクルマの元へ。

・・・だが、駐車場を出るときにちゃんと場所を覚えていなかったため、はっきりいって私は、自分のクルマを見失った。照明の1つもない
ほぼ真っ暗な広い駐車場
で、小さなクルマを見つけるのは至難の業。こういう時に役立つはずのキーレスエントリーの隠し機能(?)
「ハザードの点滅によって自車の位置を知る」も、車両から離れすぎたこの状態ではまったく役に立たない(電波が届かない;)。

・・・結局、かなり疲れた足で駐車場を歩き回り、ようやく自分のクルマを見つけるまでにたっぷり 10分以上を費やすことになった。
そして、それだけの時間を消費して見つけた自分のクルマを見て、驚きの声を上げることになった。真っ白になってやがる・・・力石との
対戦を終えた矢吹のように。どうやら、クルマを置いていた間、駐車場付近で猛烈な砂塵が吹き荒れていた模様。ガラスからボディ全体に
至るまで、乾いた砂がビッチリと表面を埋め尽くしていた。長らく掃除していなかった屋根裏部屋みたいになってやがる。酷すぎる(;_;)
なにが酷いって、砂が酷すぎて窓から外がはっきり見えないぐらい(笑)。残念ながら乾いた雑巾しかなかったので、パンパンと叩いて
視界を確保。ふぅ・・・明日もまたこうだったら困るなぁ。ウェットティッシュぐらい、用意しておいたほうがいいのかもしれない。


窓を掃除し、エンジンを始動して暖機し、ナビのルートを設定。えーっと、今日の宿は・・・その途中、ふと、夕飯をどうしようかな・・・
あ、たまにはナカムラさんとかハマさんと夕食をご一緒できればいいなぁ、などと考えてみたりする。「チームイラストレーター」
なんていう肩書きこそあるものの、だからといってチームの人と特別仲良くしたりするってこと、ほとんど無かったからなぁ。
・・・うん、うん、そうだな。たまにはそういうのもいいかなー。そう考え、ナカムラさんに携帯メールを送ってみる。しばらくして
OK の返事はあったものの、食事を取るタイミングは遅くなりますけども、みたいな感じの内容。ふむ?どういうことだろうかな・・・。

今になって考えてみれば、会場を出る前の時点で夜のサービスは始まっていなかったのだから、その頃はサービス作業の最中だったろうし
その作業が込んで遅くなるというのも道理。だが、サービスパークを後にしてシャトルバスに乗った時点で、心地よい疲れの回復のため
アタマよりも足腰のほうに強く血液が回っていた私は、そのあたりのことに考慮がまったく及ばず、当たり前のことに気づけなかった。

取り急ぎ、何時ごろになりますかねーというメールを返信したのち、荷物をゴソゴソと整理したり、本日の最終到着点となる宿の位置を
確認してナビに打ち込んだりして時間を潰すが、返事は一向にやってこない。まぁ、いいか。とりあえず、桜淵会場まで移動してみよう。
そう考え、同じように駐車場の中で出発前の準備(埃払い)をしていたと思しき了さんと最後の挨拶を交わしたのち、駐車場を出る。

駐車場を出てから桜淵までの道は、既に1往復しているので迷うことはない。しかし、困ったのは桜淵会場に辿りついたときのこと。
脇を通る国道はまったく無駄ない幅に作られており、たとえ乗車したままだとしても、道路脇に止めるのは交通の邪魔になりそうな感じ。
まったく交通量がなければいいのだが、そうでもなかっただけにかなり困る。一時停車するたびにやってくる車に追い立てられるように
行ったり来たり逃げ惑いつつ、結局、ほうらいせんSS の入り口の上り坂が唯一、一時停車できる場所だということに気づく。

・・・とりあえず落ち着いたところでメールをチェックする。が、ナカムラさんからは返事が来た様子がない。うーん、こりゃよほど
忙しい何かがあるのかな。この時点でようやく薄々感づき始めた私は、念のために電話を入れて確認する・・・が、電話も繋がらない。
この時点でもう夕飯は諦めたが、しかしある程度の連絡がついている以上、このまま黙って場を離れるわけにもいかず。ともかく、
いずれにしても、連絡が取れるまでは残り1兵卒になろうともこの場を動かず、新城の土となろうぞ!だが、悲壮な決意を固めた私に
神は微笑みかけた。暗闇に沈む県道から大きな排気音が響いてきたかと思うと、鮮烈なヘッドライトの光が停止し、こちらを向く。
んっ!?視界が光に満たされ、感覚が奪われる。だが、光の向こうの闇にあるその影は、明るい車体色に濃い縦ライン・・・メロン号!?

警察ヘリのサーチライトに捕らえられた駆け出しの泥棒のように、轟々と響く音と強い光に包まれ、まったく感覚を失う。なにやら
大声で私を呼んでいる声が聞こえるようだが、それとてふわふわしたものだ。どうしていいかわからなくなり、とりあえず其方に
向かおうとした矢先、電話の声が。ナカムラさんか。またあとで電話します!との声とともに、メロン号らしき物体は去っていった。

・・・再び、新城の深い闇と静けさの中に取り残された私。・・・未知との遭遇?

ややあって、ナカムラさんから Tel。やはり、サービスなどの作業がまだ残っており、夕食を取るのはだいぶ後になりそうな話。
SS 終了後のスケジュールにぜんぜん考慮が至っていなかった点を詫び、夕食はまたいずれの機会で、ということで調整を完了。
いや、ホンマにすんませんでした; というわけで、ホテルに到着が遅れる旨の電話を入れてから、桜淵会場横を後にする。

ああ、それにしても。せめて、夜のサービスパークぐらいは見たかったなぁ・・・いくら競技終了時間とはいえ、今から勝手に
会場脇の専用駐車場に停めるわけにもいかないし。プレミアムチケットを買うか、折りたたみ自転車を買うかしたほうがいいなぁ。


暗闇に沈んだ新城を離れ、真っ暗闇の只中を寂しく走る県道69号を南下。朝方に通った経路を逆向きに走っているだけなんだけど、
そう思えないほど、道路から受ける印象が違う。照明(時間帯)が変わるだけで、道路なんてまったく別物に化ける生き物だ。

ともかく、こんな暗いところで暖かい食事にありつけるはずもないことだけはわかる。また、新城の町の中も、あの暗さでは
正直、期待できなさそうだ。はやいとこ R151 に出て、豊川のあたりで飯屋を探そう。そう思いつつ、ともかく賀茂の交差点まで
戻り、R151 へ抜ける。抜けた辺り(豊川 I.C. より南)が一番発展しているようなのだが、残念ながら食事処の選択肢がない。
やむなく、牧野町あたりで見かけた CoCo 壱に滑り込み(やっ、やむなくなんだからね!べっ、別にカレーが食べたくて(後略))
静かにカレー成分を補給。からっぽで仕事の無かった胃に新しい仕事を与えたら、馬場町の交差点付近で北行きに折り返し、
サークルKに立ち寄って夜食&ビールを購入。あとは、ナビの指示通りに、豊川駅付近に確保したホテルへと向かう。

駅前ということで、それなりに繁盛した町を想像していたのだが、残念ながらそんなことはなかった。これまた、暗闇に沈んだ
静かな新興住宅地と空き地ばかりが、私とカプを待ち受ける。まだまだ造成中というか、これから発展するところなのかな・・・
ともかく、やっぱり国道沿いでメシ食っておいたのは正解だったような気がする。コンビニすら、あるかどうか(汗)

そう思いながら宿に到着。残念ながら、宿の前の駐車スペースは既に一杯。フロントで話を聞き、100m ほど離れた場所にある
豊川駅前東駐車場にクルマを停める。さきほど来る途中に見つけた、どえらく立派なビルだ。ちょっとした地方デパートみたいな
ものかと思っていたら、あれがまるっぽ立体駐車場だったわけね(汗)。まだ新築したばかりのような、綺麗で大きな駐車場。
適当な場所にカプを停めたら、宿泊用の荷物一式を持ってホテルに戻り、チェックイン。ようやく、本日の日程を全て完了。


汗にまみれた服を洗濯し、風呂に入って垢を落とし、LAN の線にノートPC を繋ぎ、そして椅子に座ってビールを飲みながら
夜食をボリボリ。本日のトピックを軽くメモりながら、ラリー観戦初日の反省点を考える。正直なところ、面白かったかどうか?
と問われると、あんまり面白くなかった・・・という答えにならざるを得ない。大半の時間を山腹の斜面で過ごしたわけだが、
指定の場所に座り、目の前の一瞬で通り過ぎるラリーカーを散発的に見ただけに過ぎず、・・・どうよ?という感じでもあった。

私らはまだ「生めろん号を応援する」という気持ちがあったからよかったが、SS1 のとき、ごく近くに座っていた家族連れの中の
女性(おかあちゃんか娘かどっちだったかは覚えていない)が「競り合いないし、つまらんなー」という感想をポツリと漏らしていた
ことが非常に印象的であったし、そしてそれは真実だと思った。最近は F1 でも競り合いなんてそんなに見れるもんじゃなくなったし
きょうび、そういうのを期待しているのがそもそも違うんだろうけど(更に言えば、スピード競技はそもそも物理的な競り合いをしない;)
逆にいえば、それが無ければ一体どこに観戦する面白さがあるの?というのは、興行という側面で出てくる当然の意見だと思う。

さて。そんな中、私は明日もまた、新城の山中に出かけるわけなのだが。この問題について、自分なりに答えを出さねばならない。
観客としてラリーはどのようにして楽しむべきか?という問題について。ディープ・ソートは答えを出すのに 750万年かかったが、
私はこの答えを 12時間足らずで出さねばならない。明日は、忙しくなりそうだ・・・ラリーチャレンジのイラストを更新し、眠る。


9/27

結局、昨晩は 23時ぐらいには眠っただろうか。疲れているはずなのだが、いつものように 4時と 6時に目が覚める。う〜ん。
ちょっと寝不足な感じだが、それでも調子は悪くない。やはり、体を動かした次の日は、わりかし爽快な朝を迎えられる。

心地の良いベッドから抜け出し、細い光で縁取りされた窓を開ける。天気予報では、あまり天候が良くならないようなことを
言っていたが・・・なんということはなく、外は気持ちいい朝焼けと黄色い光で満ち充ちていた。あー、こりゃ一日大丈夫だな。
洗濯した荷物の片づけを行ったりして体を動かし軽く目を覚ましたら、本日の昼間着に着替え、6時20分ぐらいに宿から徒歩で外出。

まだ目覚めたばかりの橙色の光を浴びつつ、飯田線の脇にある宿を出て、飯田線沿いに豊川駅に向かって歩く。
ほどなく現れた豊川駅は、予想以上に大きな駅。交通量0の駅前には、大きなロータリー様の交差点と、そこから放射状に生える
3本の道が見える。このうち、どれかを先に進めば、豊川稲荷にたどり着けるはずなんだけど・・・はて・・・どれだろう・・・

人通りもない、まだ夜が明けたばかりの豊川駅前。目覚めたばかりの私が目指す先は、豊川稲荷。日本三大稲荷を語るとき、
伏見稲荷の次ぐらいに出てくるのがココ。やはり、伏見稲荷の裏の稲荷山の裏側に住んでいる私としては、豊川に来ておいて
豊川稲荷に寄らずに帰るなんてことはありえないこと。ナポリに行ったはいいものの何も見ずに死んでしまう、みたいなもんだ。

というわけで、その行動に大した意味はないけど行かずにはいられない、そんな気持ちで周りを見回すと・・・あ、あった、あった。
一番北側の道の入り口に、大きな「表参道」の立て看板。街のメインストリートと思しき駅正面の通りのほうが参道っぽいんだけど、
この狭い道のほうに看板がある以上、こっちに行かざるを得ない。進路を西にとり、いざ参道を歩き出す。まだまだ寝静まった街は
まったく静かなもんだ。観光客を迎えてくるものは、道端に立つキツネ人形ぐらいしかない。ってか、何匹いるんだ、このキツネ。



参道は、全体的に昭和レトロな雰囲気で統一されている。「強力殺虫剤 ハイアース」や「キンチョール」など、古いデザインの
看板があちこちに貼られている。これ、結構価値があるモンじゃないんだろうか。盗んでいくような不届き者が出そうで怖いなぁ。

「道参表りない川豊」と描かれた朱色の大きなゲートを2つほど通り抜けると、大きな道路に行き当たる。その向こう側が、豊川稲荷。

入り口からして何とも厳しい雰囲気を放つ豊川稲荷だが、いざ、門をくぐってみて驚いた。ひ、広い・・・とにかく、境内は、恐ろしく広い。
広い境内を縦横無尽に石畳が走り、その先にぽつりぽつりと建物が建っている。隙間は、深く茂った大きな木と大きな鳥居が埋めていた。
左手のほうに立っていた大きな境内案内看板を眺め、とりあえずざっくりと歩いて一周してみることにした。何が出るかな、かな?

まずは、一番端にある本殿(端にあるというのも変な話だが)。看板前から西に向かう巨大な通路を歩いていく。左右に立つ建物も
大きければ、途中に立つ鳥居も巨大だし、両側に座って睨みを効かせている神使もまた巨大。あぁうぅ、何もかもが大きすぎる・・・



最後の鳥居をくぐったら、スロープ状になってる上り坂を超え、本殿前へ。さらに巨大化した神使に睨まれつつ本殿へ上り、参拝。
自分自身と、周囲の人たちと、そして本日走行する2名の無事を祈る。たったの 10円で(笑)人間とはかくも欲深いものなのサ。



お参りを済ませ、深呼吸。朝の涼しい空気が肺に飛び込んでくる。ああ〜、気持ちいい。実にすがすがしい気持ちだッ!
ルンルン気分で本殿横の階段を下り、更に奥地を目指す。本殿からは、温泉旅館のような木製通路が階段に沿って延び、そのまま
おそらく入り口付近にあった寺院に向かって、空中回廊となって続いていく。この立体構造を見ていると、天理教協会本部を
思い出してしまう。幼い頃、よく祖母に連れられて参拝に行ったもんだ。巨大な参拝所がいくつも立ち並んでいて、その間は
複雑な形状の空中回廊で繋がれている。その立体的構造に冒険心をいたく刺激され、よく迷子になっていたことを思い出す・・・
あるいは、今の私も、その頃の私からあまり変化がないのかもしれない。今だって、冒険を求めて各地を彷徨っているのだから(笑)

階段を下りて先へ進む。本殿までの開けっぴろげな雰囲気とはまったく変わり、頭上にまで深く木が生い茂る、鬱蒼としたステージに。
おお、まさに1つの序盤イベントを終え、続く中盤に入ったような演出デナイノ!胸躍る巧みさだ。一体どこの演出家がこの構造を
設計したのか?と勘繰ってしまう。通路右手の木壁沿いに無数に並び立つ豊川稲荷の幟に見送られながら、さらに奥へ。

そして、深く茂った森の中をずいぶんと歩き、すっかり世俗とも切り離された感じがしてきた頃、ついに次なるステージの入り口が。



すぐ近くには、「霊狐塚」と書かれた巨大な白い石碑が、ポツンと立っている。霊狐塚・・・霊狐!?くーちゃん塚!?

おっふぉっふぉ、コイツはなにか面白いものが見られるかもしれませんねぇ。失礼にもそう思いつつ、霊狐塚に続く参道へ入る。
この道は、ここまでに辿ってきた道とは全く異なる雰囲気。幅は2人分ぐらいしかなく、道の両側には幟、その向こう側には、ただ
静かで薄暗く、どこまで見通しても同じような木しか立っていない森が広がる。一気に深まる、異質感。何か、来てはいけない
ところに来てしまった・・・そんな雰囲気すら漂ってくる。延々と続く幟に導かれた、異界への狭い道。酔ってトリップしそうな・・・

時折現れる神使の厳しい視線をジンジンと感じつつ、最奥までたどり着く。そこは小さな広場になっており、そして・・・



そこには、無数のくーちゃんが待ち構えていた。な、なんだ、これは・・・なんで、なんで、こんなにたくさんの、くーちゃんが・・・

まったく予想だにし得なかった、異質感の頂点。ぐるりを囲む茶色の森は、私を世俗から無限に隔離する。ここは現世なのか?
綺麗に手入れされた無数の狐の石像は白く輝き、突然動き出してもおかしくない雰囲気を纏っている。む、むむぅ・・・
どうにも説明しがたい、激しい恐怖感を覚えた。汗がじっとりと滲んでくる。す、すみません、もう帰ります・・・

気づいたときには、霊狐塚の入り口まで戻っていた。ここからは建物も見えるし、人の棲む領域。強い安堵を覚える。
興味本位で、静かな神域に足を踏み入れるものじゃありません。そう、窘められたような気がした; イヤ、スマンカッタデス


霊狐塚との出会いに静かな感動を覚えつつ、残る参道を歩く。複雑に入り組んだ通路は、最奥の領域を抜け、本殿から延びた
空中回廊の下を通って元の参道へと繋がり、私を出口付近にまで戻してくれた。ふぅ・・・なんという、ステキな神社だろう。

思わずニヤニヤしてしまいそうになるが、時計を見てその考えを改めた。うわっ、もう 6時50分!?そんなに時間が過ぎてたの!?
いけないルージュマジック!今日は新城ラリーの2日目、出走は結構早いのだ。8時前には臨時駐車場についてなければならない。
豊川から新城までは、制限速度を守れば 40分ぐらいかかったはず。ってことは・・・ええっ(汗)余韻をひきずっているヒマもなく、
とにかく早足で宿へと戻ったら、1F の朝食ラウンジで濃いコーヒーを1杯だけ飲み、すぐに荷物をまとめてチェックアウト。

朝日の中で輝く巨大な駐車場へと到着したら、荷物をトランクに押し込み、即座に出発。だが、静かな住宅地を抜け、R151 に出る
直前で、どうやら宿に忘れ物をしてきたらしいことに気づく。あわてて荷物をチェックするが、あるはずの大事なモノが見つからない。
(ってそれはいわゆるスケブなんだけど)ああっ、時間がないというのに・・・!!だが、放置して、先に進むわけにもいかず。
ええぃ・・・くそう!!やむなく引き返し、フロントの人に事情を話して鍵を借り、部屋をチェック。しかし、見つからない。
いくら探しても見つからない・・・なんで・・・フロントで鍵を返し、もういちどカプの荷室をチェック・・・あ、あった!!(涙)
何気ない隙間の中に、とても大事なスケブはこっそりと隠れていた。・・・ええい!なんでさっきは見つからなかったのか!!

かくして、タダでさえ豊川稲荷で遅れてしまったスケジュールが、つまらないチェックミスで致命的に遅延。何もない普通の日なら
ちょっとペースを上げて取り返すことも出来たろうが、おまーりさんが罠を張って待ち構えているのが判っているようなこんな日に
変にトバすワケにもいかない。結局、制限速度ぴったりに押さえに押さえまくって新城に向かった結果、臨時駐車場に入ると同時に
8時発のバスは駐車場を出て行ってしまった(涙)
ああ、これはマズいですよ!10分足らずでやってきた次のバスに飛び乗って
会場に向かうと、ちょうどセレモニアルスタートが行われている最中。これはもうダメか、間に合わんか・・・と思いつつも、諦めず
階段を駆け上がると、ちょうどメロン号がスタートラインを超えて、会場を出て行こうとするところだった。わっ!!

あわててカメラを起動して動画撮影するも、うまく撮れず(ガッカリ)。でも、なんとか見送りはできて、よかった(安堵)




こんな感じで、運がいいのか悪いのかよくわからない2日目の観戦が始まった。まぁ、メゲずに頑張ろう。その後、スタート地点で
しばらく待っていると、スーパーラリーで復活した樋口鍼灸院インプがやってきた。幸いにも、リタイヤの原因となったダメージは
それほど大きくなかったようだ。よかった; 無事復活して元気に走り去っていく姿を見送ったら、こちらも観戦作業に戻る。



樋口インプが行ったあと、ほどなくセレモニアルスタートは終了。メイン会場でトークショーが始まる。トラックステージの上には
篠塚さんと新井さんのツートップが並ぶ。還暦を過ぎた篠塚さんは、今年でラリー歴 43年目なんだとか。43年って・・・つまり、私が
生まれるよりも遥か前
から、ラリーをやってらっしゃるわけで・・・すごいよなあ。ただただ感動する。そして、新井さんのトークへ。
この人のトークは、とても面白い・・・というか、いい意味でめちゃくちゃだw 奴田原さんとかですらバカ扱いになる始末w

そんな感じで楽しいトークショーが終わったら、すぐにめろんブースのほうへ。めろん号が出撃していったサービスは、静かなものだった。
よし、今のうちに・・・!今日こそはしっかり、めろん箱に投入されたグッズを押さえるんだ!箱の中を恐る恐る覗き込むと、ウヒヒ、
タカタの時に動画を投稿されていたゴリバーさんの作とおぼしきステッカーが入っていた。やった!ステッカー、ゲットだぜ!

勝利の余韻に少し浸ったら、ほうらいせん SS の観戦のため、すぐにサービスを発つ。残念ながら既にコースはクローズされているようで
今日もまた、険しい斜面を歩いて観戦ポイントへと向かう。昨日は大変につらかった山肌のトラバースも、今日はなんとなく楽しい。
いや、楽しいを通り越し、快感であるというべきか。ランナーズハイというかクライマーズハイというか。こんな楽しい時間、無限に
続いてもいいや!なんて思い出したころ、観戦ポイントに到着。ああっ、ちょっぴり残念。って、本末転倒も甚だしいかw




さて、観戦ポイントだが・・・今回は、昨日と違って、スタートからの軽いS字を一直線に眺めることができる、山側A の途中の
観戦ポイントを選ぶ。ヘアピンは見れないが、昨日の感じから、ヘアピン自体はそれほどの見所ではないと判断したため。
本日の観戦ポイントは立ち木が多く、ベストポイントの選定に手間取る。しかし、人よりもより高い位置(=奥地)へ入れば、
前に立つ人の頭や、子供が持つ風船などに視界を邪魔されなくなることに気づいてからは、立ち木は我慢の対象だと判断。

場所確保完了後、今日こそしっかり持ってきた C470 で MoSRA の無線を聞きながら、観戦を開始。目の前の通路を通る車両を
俺のカメラで狙い撃ち・・・って、気分は完全に山岳ゲリラ。刻一刻と流れてくる状況報告を傍聴していると、進行の流れが
手に取るように・・・とまではいかないが、昨日の比ではないぐらい明確に理解できる。いや、これはちょっと面白いかも。

やがて、昨日と同じように出走が始まる。メロン号の走行は、かなり早いゼッケン順番。元気よく走行しているのを確認したら、
すぐに臨時陣地を撤収。走行後、すぐにサービスに戻ることが判っているので、ほうらいせんの山肌を早足で戻っていく。

とはいえ、足場が悪く、防護柵も仮設のものしかないこの現場。油断すると・・・ほら、私の前を歩いていた人のように、
斜面を滑落して肝を冷やす羽目になる(汗)うっかり柵を突き破って下に「ビターン!!」と落ちたりしたら、大事件になっちゃう;
慎重、かつ大胆に足を運び、難所のほうらいせん山肌を抜ける。ただ、この山肌、途中のところどころで、いい見所がある。
そのまま通り過ぎてしまうのも惜しい・・・ので、ちょっとだけ浮気心を出して、上からラリーカーを覗き込んでみたり。


そんな感じで軽い浮気をしつつ、とにかく桜淵へと向かう。山から下りる坂道を下りきって県道の横断歩道まで辿りつき
横断可になるのをぼんやりと待っていると、不意に 9時の方角から私を呼ぶ声が掛かる。誰・・・私を呼ぶのは、誰・・・?
そこにいたのは、めろん号応援スレでおなじみ、実質専属カメラマン氏。めろん号の姿あれば実質専属カメラマン氏の姿あり。
おおう、やはり居ましたか!今日この時間まで姿を見なかったので不思議に思ってたんですよわっはっは!・・・っていうか?
アナタ、たしか今、ほうらいせんSS のほうから来ませんデシタよね?たしか今、県道69号を南のほうから歩いてきましたヨネ?
ちょーっと待ってください?公式プログラムには、そんな方向についての情報なんて、なーんにも載ってませんでしたよね?

あなたは!一体、あなたは!今さっきの間、どこに行って、何を見て、そしてどのように満足を得て、戻ってきたのですか!
私の頭のなかをぐろぐろと渦巻く、新しい謎。しかし氏は、やだなぁ言わなくてもそんなこと判ってるでしょタムさん、といった風情で
私の顔に浮かんだはずの疑問をスルーし、これから鍼灸院インプを撮影し、サービスパークへ向かうんです、と言ってきた。
・・・ム!ムム!やるな、この男!やり過ぎるな、この男!おそらく、氏なりの経験と情報に基づき、一般には公開されない
情報を推測し、綿密に観戦計画を立て、行動してきたのだろうな!・・・まったく、ラリー観戦は奥が深いじゃないか・・・!!


ここまでの動きを見ていただいてもわかるように、昨日の反省を踏まえて「何を見るか」ということを念頭において、能動的に
行動するようになってきた私は、この時点で少しずつ「ラリー観戦の面白さは何か?」を理解しつつあった。そして、予想外の
方向から現れた氏の姿を見るに至って、ようやく理解できたような気がした。・・・これだ。能動的な行動。これが、楽しさなんだ。

ラリーは広大なフィールドで行われる競技であり、その全てを見ることはほぼ不可能に近い。しかしながら、どこか一箇所に面白さが
詰まっているということもない。だから、「何を見るか」ということを、自分で決めないといけない。つまり、受動的な観客、という存在が、
そもそもあり得ない。
観客は常に、何を見るか考え、そして、それを見るためにはどうすればいいかということを考えねばならない。
さらに、どうすればいいかを決めるため、情報を集めなければならない。その情報は事前に判るものもあるし、現地に行かねば
わからないものもある。だから、とにかく試行錯誤を繰り返さねばならない。・・・ここまでの間、「〜ねばならない」という言葉が
一体いくつ出てきただろうか?つまり、見る側も戦っている・・・見る競技に参加している、そんなモータースポーツなのだな。

心のモヤモヤが、少し消えたような気がした。氏と別れ、私は一足先にサービスパークに向かう。私は、私の競技に参加する。


辿りついたサービスパークでは、予定通り、サービスインしためろん号が停車していた。これより 20分間のサービスが開始。
ひとときの休憩を取るハマさんとナカムラさんの前で、ウマに掛けられるめろん号。損傷は特にないようなので、ルーティン的な
作業のみとなるようだ。手際よく動くメカさんによって、タイヤが外され、ブレーキのエア抜きが始まる。その作業を遠巻きに
見ているうち、ふと見慣れない影が視界の隅で頑張っていることに気づく。それは、黄色いツナギを着た、ちいさいメカニック。

そういえば昨日から、まるでチームのマスコットのように立っていた、小学校低学年ぐらいの男の子がいたことを思い出した。
その時は全然気づかなかったのだが・・・まさかその子が、このチームの正規なメカニックだったとは。戦場で、ガンダムの
コクピットから出てきたアムロを見たランバ・ラルの気持ちは、まさにこのようなものだったろうか。若い・・・若すぎる・・・

だが、彼は決してマスコットではなかった。タイヤの取り外し、エア抜き、そしてタイヤの装着、ホイールナット締め付け。
一通りの作業を、自分の体の半分ほどもあろうかという大きなタイヤを相手に、きっちりとやり遂げていた。作業の手順を
見ても、ほぼ基本に忠実にこなしている。トルクレンチの取り扱いも正しい。唯一問題があるとすれば、ホイールナットを
ハブボルトに取り付ける時に、最初から電動工具を使っていたことぐらいか。それ以外は、私のわかる範囲では問題なし。

いや、恐るべし・・・この年齢から既に、自動車のメンテナンスを・・・聞けば、どうやら彼は、メロン号のサービスを
手伝われている方のご子息さんらしく、親御さんの指導のもと、普段からこういった作業を普通にこなしているそうだ。
そういわれて見れば、メカさんの中の1人が、事細かにチェックし、指示を出している。あの人が親御さんかー。
真剣な顔つきで機敏に作業する黄色いちびメカ君を見ていると、ちょっと嬉しくなった。日本の未来は、安心だ。



サービスの終了を見届けたら、後からやってきたカメラマン氏を含め、集まってきていた何人かのめろん号応援メンバーとともに
東屋の日陰でまたーり。午前中の観戦は、なかなかいい感じに進められたな・・・あとは・・・昼からの観戦はどうしようかなぁ・・・
そんなことを考えながらボーッとしていると、ついに東条の悪魔が登場した。彼がここに来ない可能性は考えていなかったが、
しかし来る可能性もまた考えていなかった。どういうリアクションすればいいか、わからないw ともかく、遠路はるばるお疲れ〜。


しばらくすると、昼からの走行が始まる。めろん号応援メンバー情報によれば、最後のほうらいせんSS を見てすぐに戻ってくれば
セレモニアルゴールには間に合うはず、とのこと。そのためには、山側ではなく、池側から行くほうが利口だ、ということらしい。
なるほど・・・ちょうど、今回は池側から見たことがないので、最後を飾るには相応しい観戦場所。みんなでゾロゾロと山に向かう。

最初のうちは、池側に入ってすぐの辺りで見るという話をしていたのだが、なんだか気づいてみれば、ヘアピンの内側ぎりぎりに
たどり着いていた。ま、まぁ、戻るのに間に合うならばどこでもいいや。たくさんの人で芋洗い状態になったヘアピン内側にて、
なんとか立ち位置を確保し、観戦。しかし、ここはなかなかいい。山側から見るのに比べて、全体的な動きはよくわからないが
車両までの距離が圧倒的に短いため、迫力は圧倒的にある。山からだと淡々と走っているように見えたが、ここから見ると
どのクルマも必死に走っている様子が伺える。おー、昨日もコッチに来ておけばよかったかなぁ・・・ときおり巻き上がる
砂塵に吹かれつつ、そんなことを思う。やがてゼッケンは進み、めろん号の走行。安定した走りを見せ、我々の前を
気持ちよく駆け抜けて行った。・・・よし!さて!僕らも、急いで桜淵会場に戻らないとネ!いつのまにかここまで来ていた
巫女めろん&でかめろんのめろんちゃん2人組、そしてここまでの走りを支えてきたメカさんご一同と一緒に、山を降りる。

山の区間は道が悪く、歩行ペースもゆっくりに成らざるを得ない。必然的に、セレモニアルゴールに遅れる可能性も上がっていく。
舗装路に戻ってからは無意識のうちにペースも上がる。間に合うか・・・間に合うか?心配しながら桜淵会場に戻り、ゴールを見ると
ゴールしてインタビューを受けている車両の行列の中に、めろん号も混じっていた。ほっ・・・間に合った・・・勝利!勝利だ!



歩行ペースが遅くならざるを得なかったでかめろんちゃんも、めろん号がセレモニアルゴールのゲートをくぐる頃には無事到着。
いつものように、めろん号&でかめろんのペアでゴールをくぐる微笑ましい(?)光景を見ることができた。いや、よかったお〜!
今年のチャレンジ2戦目となる今回、成績は必ずしもスゴイものではなかったが、悪条件下においてもちゃんと最後まで走って
無事な姿でゴールした、という素晴らしい結果を残すことができた。これが一番大事なことなんだね。あとは最終戦!頑張れ!


というわけで、今回の総括。先ほども書いたように、ラリーの観戦は、それもまた1つの競技。見る側も、競技を楽しもう。
簡単に言ってしまえば、これが私の結論だ。そして、興行的には、それを誰もが実現できるためのサポートが必要、ってこと。
(※ もちろん、必死になって駆けずり回ることだけが楽しみ方じゃないとは思う。でも、少なくとも受動的じゃダメなのは確かだよね)

その1つが・・・競技を楽しむためには、プレミアムパスは必須だと思う。これがないと夜のサービスが見れないし、プレミアムパスを
持っている人だけ連れて行ってもらえる SS 観戦場所ってのもあるようだから。5000円するそうだが、それだけの価値はある。
あと、桜淵の裏側を通っている豊川・・・これ、少し歩いて見に行く価値は、絶対にある。すごく・・・風光明媚な、渓谷です・・・

終了後、メロンブックスのスタッフの人やいろんな人と挨拶してから、15時前に退却開始。明日は普通に仕事だ。体力温存体力温存。
悪魔のすきやき氏と一緒にシャトルバス乗り場に向かい、駐車場へ戻る。今日はもうヘマはしない。すぐにカプを見つけ、出発。


帰路は、昨日と同じ経路で・・・のつもりだったが、帰るためには給油しなければならない(もう、タカダの二の舞は!)ので、
少し変更。県道69号を適当なところまで下ったら、金沢橋で豊川を渡り、手早く R151 へ出る。少し南下したところで、いい感じの
値札を掲げたキグナスを見かけたので、ここで満タンに給油。あとは、この時間であればまだ渋滞は無いはずなので、豊川 I.C. から
高速に乗ってまっすぐ京都へ向かう・・・つもりだったが、何故か、そうは問屋が卸さない。豊川からしばらくの間、流れにのって快適に
西に向かっていたのだが、やがて電光掲示板に「音羽蒲郡-岡崎 3km 20分」という不気味な文章が表示された。へ?時速 9km?

で、でも、ま、まぁ、3km ぐらいなら・・・と思ったものの、やがて路肩に電光掲示車が現れ、そこに「火災」という表示が
出ているのを見るに至って、これはマズいことになりそうだ、と直感。用心して、左車線に入って先に進むと、次に現れた
電光掲示板は「音羽蒲郡-岡崎 4km 45分」という情報を私に知らせてくる。距離は殆ど伸びてないのに、時間が倍増・・・
ってことは、いましがた丁度、事故か何かが起きたばかりだな・・・しかも、火災ってことは、そうすぐに回復しないな・・・

このまま乗っていてもラチが開かない、と判断し、ちょうど渋滞の後端が見え始めた音羽蒲郡 I.C. で下道へと降りる。
この先しばらく、東名に寄り添うように R1 が走っているので、そのまま R1 をトレースし、岡崎 I.C. で高速に戻ろう。

今ひとつ構造がショボく、妙に渋滞している R1 に降り、西向きにノロノロと走る。その途中、VICS では通行止めの指示が出ている
R1 の新箱根入り口付近(VICS では脇道を使って迂回せよ、という指示が出ていたが、無視しても問題は無かった)において、
東行きの車線1本が規制され、そこに大量の消防車が投入されていた。東行きには、そこを先頭にして長い長い渋滞が発生。
あるいは西行きのノロノロ運転も、これの脇見が原因だったかもしれない。おそらくこの消防車は、高速で表示されていた
「火災」について対策するためのものだろう。高速ではなく、横を走る一般道に機材を投入するとは。そういう方法もあるのか。

この感じだと、まだまだ通行止(?)は解除されそうにないな。混雑しているとはいえ、R1 に降りたのは正解だったか。
R1 の流れは少しずつ回復し、そこからはさしたる時間もかからずに岡崎 I.C. へ。ここで緊張の糸(?)が緩んだのか、
うっかり、陸橋の手前側の道を左折するというミスをしでかす。高速道路への案内看板が判りにくいせいなのだが、実際は
陸橋を超えた向こう側の道を左に曲がらねばならない。過去に何度か来たことがあるはずなのに、構造が記憶にない・・・;


ともかく、岡崎 I.C. からまた高速へ戻る。その先は特に渋滞もなく、まったく快調に流れていた。取締りを警戒しつつも、
ガーッと飛ばして伊勢湾岸道へ・・・それにしても、最近のクルマはどいつもこいつも猛烈にパワーがあって困る。ちょっと
条件のいい道路だと、とにかくペースが速い速い。10年前や 15年前とはえらい違いだなぁ・・・と思ったりする。ただ、
エンジンの性能や空力が良くなっても、横風には弱いようだ。横風の凄い弥富〜川越あたりでは、みんなペースが遅い;

東名阪へ。幸い、こちらも渋滞はなく、すんなりと新名神へ。このあたりまで、ずっとハイペース。とはいえ、加減速が
少ないため、ほとんどパーシャルで走っているような状態。そんな状態だと、排気温度がかなり低い事に気づく。700℃に
行くか行かないか?そんな状態から踏んでいったところで、実用域では精々 800℃ぐらい。低すぎて困る。センサー異常?


新名神もすんなり走り終え、名神へ。瀬田 I.C. から京都東 I.C. の間はいつものように渋滞していたが、この区間は
残念ながら逃げようがない(高速を降りたところで、大津を抜けるほうが時間がかかる)ので、おとなしく渋滞に参加。
結局、自宅に到着したのは 18時。会場からほぼ3時間、ってところか。近いようで、遠いようで・・・火災のせいだな(涙)

帰宅後。急いでメロン号の絵を更新していたら、右手の先が軽く痺れてきた。おお、もうあかん。体力の限界限界。寝よ寝よ。


メモ:軽い左流れの癖は、残念ながら収まっていなかった。やっぱり、ちゃんと糸張ってアライメント見たほうがいいかな。


9/28

今日は朝から、悪天候。昨日まで、よくぞ晴れていてくださいました。さすが篠塚さん、晴れ男!

脛が僅かに筋肉痛なれど、他はいたって健康気味。やはり、適切な運動(山肌のトラバースとかw)は必要ってこった。
しかし、調子に乗っていたら・・・夜。脛の筋肉がかなり張り気味。ああ・・・筋肉痛は、いつも遅れてやってくる(涙)


9/29

睡眠不足気味なんだけど、どうしても早朝に目が覚めてしまう。気味が悪いなぁ。また、気圧が低いせいか、
体調が微妙に悪い。それでも休むわけにも行かず、とりあえず出勤。仕事中、だんだん腹が痛くなってきた・・・
うう・・・なんとなく風邪っぽい。風邪がちょっと回ってきたかなぁ。あと、向こう脛の筋肉は、変わらず軽く筋肉痛。


9/30

今日もまだ、まだ風邪が残り気味。鼻水が出たり、左手親指付け根の関節がちょっと痛んだり。症状は軽いけど。。。

思うところがあり、自宅サーバのディスク環境を容量的/速度的に強化することにした。サーバには UDMA66 の PATA ポートが
装備されているが、きょうびの大容量 HDD はみんな SATA。繋げることができない。いろいろ考えた結果、本問題の対策として
会社からの帰り道、電気屋に立ち寄ってクロシコの SAPARAID-PCI を購入。こいつが使えるか、試してみることにした。

自宅サーバが普通の自作機なら何の問題もなかったのだが、あいにく(?)COMPAQ の presario3581 という、クセがありそうな
機械。こいつがちゃんと SAPARAID-PCI の BIOS を使ってくれるかどうか心配だったが、COMPAQ はバカではなかった。カードを
PCI スロットに差し込むだけで、何の問題もなく BIOS を認識してくれた。うん・・・このカードは使えそう。しかも、FreeBSD を
ブートさせてみると、SATA ポートも PATA ポートもちゃんと認識している(SATA=ata2/ata3、PATA=ata4)。これは・・・
マザボのポートに刺さっていた HDD のコネクターを引っこ抜き、SAPARAID-PCI の PATA ポートに接続して起動。予想通り、
/ のマウント位置を指定しなおしてやれば、何の問題もなく PATA ポートから FreeBSD 7.2 をブートできることがわかった。

FreeBSD 6.x だと PATA ポート側は使えない、なんて聞いていたのだけど、全然問題ない。なんだか、すごく素直なカードっぽい。
っていうか、presario3581 がすごく素直な奴、という評価をしてやるべきなのか。まさか、ここまでノートラブルだとは。

ついでに、軽くベンチを取ってみる。dd if=/dev/zero of=... bs=1048576 count=100 と指定して、書き込み速度を測ってみる。
いとも簡単に、45MB/sec 程度の値をたたき出す。i810E 内蔵の ATA につなぐと・・・15MB/sec。違う!違いすぎるぜ!感動!


この感じだと、SATA HDD も簡単に繋がりそうだ。今すぐには買えないので、とりあえず手元にある大容量 HDD を繋いでおく。
そのついでに、dump/restore で HDD の内容を移動するが、なぜか途中で動作が止まってしまう。あれ?なんでだろ?調べてみると
freebsd-update を行うためのワークディレクトリの中にファイルが 50000個ほど存在するのだが、それの restore が全然進まない
ってことのようだ。あー、別に、これの中身は要らないなぁ。該当ディレクトリに chflags nodump を指定して、dump -h0 を入れて対策。
これで、問題なく dump/restore が進むようになった。それにしても、たった 50000ファイルぐらいで根を上げるとは・・・だらしないぞ!