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Cappuccino 日記(1999/3)

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3/1

ついに、
禁断のヤク、
エンジンオイル添加剤に手を出す。
エンジンオイルを多少上から抜き取り、
替わりにミリテック1を入れる。

入れた当初、確かに音が静かになったような気がした。
が、それから調子にのって山坂道をブイブイと走ろうとすると、
音のうるささが元にもどった。
いや、加速音や 90km/h ぐらいでの走行音については、
むしろ前よりもっとうるさくなった気がする。
はっきりいって、メカニカル・ノイズが騒々しくなった。
ついでに、ロードノイズも大きくなった。
タービン音や「ヒューン!」という吸気音もはっきり聞こえるようになった。

ミリテック1の注意点として

「使用後暫くしてから、摩擦感が増えることがある。
が、それは金属表面が成長している証拠なので心配ない」

という記述があったことを思いだし、
まあいいのかな、
と納得しておく。 これからどのように
フィーリングが変化していくのだろうか。
今後を楽しみにする。

3/2

昨日に続いて、
再び同じ山を同じように走ってみることにする。

力の出かたについては
はっきりしたことはまだ言えないが、
明らかに言えることは、

「エンジンノイズははっきりと減少したし、
今までならぶるんぶるん震えていたような低回転域であっても、
普通の耐え方をするようになった」

ということである。
その代わり、
高回転時は非常にノイジーだし、
回り方も幾分か重い。
これもしばらく走ると変わってくるのかな。

山を降りてから最初の赤信号で停車すると、何やら

「グログログロ・・・」

という音がかすかに聞こえてきた。
最初は排気音かと思ったが、
クラッチを切るとその音がすぱっと消えることを発見したとき、
けたたましく笑いそうになった。
そう。
今までまったく気が付かなかった
ミッションからの異音が、はっきりと聞こえるようになったのだった。
ミリテックの威力、絶大!?

でもあまり笑っていられないことに気が付き、
ちょい気が重くなる。
次はミッションオイルにも
ドーピングしてみようかと考える。

3/3

添加剤を入れて
少しばかり調子が良くなってきた。
アイドリング時の機関音は明らかに低下した。
タイミングベルトが回る音や、
クラッチにつながったミッションの
インプットシャフトが奏でるガタツキ音(涙)まで
はっきりと聞こえるのだ。
さらにこれを証明すべく、
アイドルアジャストスクリューを絞ってみることにする。
結果としては、2.5 回転絞ったところでアイドリングが不安定になったので、
それから負荷を増やしたときでもエンストしないように、
1.5回転ほど戻してみた
(本当は2回転絞りたいのだが、あまり絞ると本当に不安定になりすぎるので)。
アイドリング時の音が下がって、尚更いい感じ。
マジで効くみたい、ミリテック。

3/4

仕事中に Webを彷徨く。
たまたま某 AZ-1 のページにたどり着くと、
そこにはありがたいことに

F6A のブロー事例と、ブローに至る理由

が掲載されていた。
非常にありがたい。永久保存版の資料にさせて頂く。
あと、F6A の悪い癖と修理法も載っていた。
これも永久保存版。
仕事が早く終ったら、自分の F6Aも点検してみよう。

でも帰宅は 23:00となった。悲しい。

あと、アイドルアジャストにも3個所あることがわかった。
そのうち、整備書を見てきっちり整備しよう。

3/6

朝一番にすがすがしく(?)起床。
エキマニの遮熱板を外し、
エキマニとタービンをつなぐネジの緩みをチェックする。
ものの見事に、1つほど緩みが出ていた。

おお。資料のアレは本当だ。

感動しながら、増し締めする。

その後、どことは無しに町中をさまよう。
気が付くと、テクニカに到着していた。
何を思ったか、思わずフロントストラットバーを衝動買い。
あちゃ、慌てたかな。
でも、車で暴れた後に
ボディーから聞こえてくる強烈な軋み音は、
精神的にいつまでも耐えられる手合いのものではない。
それなりに納得してみる。

在庫がなかったので、
次の土曜までに作っておいてもらうことにする(ワンオフだそうだ)。
しばらく店のオヤジ(失礼、社長)とだべっていると、
ようやっと他のお客さんが来た。
商売の邪魔になるといけないので
早々に引き上げる。

帰り道、
某カー用品店で

「ホンダ純正 DOT4ブレーキフルード」が 500ml \800という値段で売っていた

ので、2本購入。
帰宅後、
シコシコとブレーキフルード交換に精を出す。
交換作業中、近所のおっちゃんが覗きに来る。

「いやぁ、カー用品屋とかが信用できなくて、自分でやってるんよ」

と言うと、納得された。
おっちゃんも、あまり良い印象はないらしい。
次の日、ジムカーナの練習会があるということで、
早々に眠る。

3/7

朝3時に起床。
眠くてしょうがないが、
無理やりにでも起き出す。
4時半に家を出て、
兵庫県三木市にあるジムカーナ練習会場へと向かう。

以前の経験から、少なくとも4時間はかかると踏んでいた。
ところが、今回の道の空きようは半端ではない。
以前とは違って 372号線(デカンショ街道)をひたすら西進し、
社市から 175号線を南下し、
三木市街からグリーンピアを目指す経路をたどったのだが、
これが大正解だった。
372 号線はほとんど高速道路。
100km/h 以上の速度でかっとばす。
結果、3時間ほどで到着。

到着後、すぐに雨が降り出す。
今日、ちゃんと開催されるかなぁ。
心配になりつつ、車中睡眠。
9時。雨の降りまくる中、ちゃんとジムカーナ練習会は決行された。

今回はビート乗りの人が来るんだっけかな、
と思っていると、
なんとシルバーのカプチが、

いつのまにか停っている!!

同種のクルマがエントリーしているのだ。
めっちゃ意識してしまう。

わくわくしながら、
先方の走りを見る。

すげー速い!

1,2 heat 終了後、
向うのカプチ乗りの人が
こちらを意識しながら近くを歩いてきたので、挨拶する。
うちのカプチのタイヤをしげしげと見られたのち、

「ノーマル?」

と聞かれる。
吸排気だけ替えた、と告げる。
なんかシュールな会話だ。

せっかくだから、と思って、
同乗走行させて欲しい、
と願い出る。
快諾してもらえた。とてもいい人だった。

良くみると、
氏のカプチは、なんとなく青っぽい銀色をしている。
あれ?ひょっとして・・・と思い、

「21Rですか?」

と聞く。
そうだった。
おお!これが、噂に聞く K6A 搭載の後期型か!
果たして、F6A 搭載の 11R とはどれぐらい違うのか。
それを知る絶好の機会にもなる。

自前の足拭きマットとメットを持って、
いろいろと期待を抱えつつ乗せてもらう。
出走前に話をする。
小さい車を愛好しているとか、
これが3台目(2台はもらい事故で壊してしまったらしい)とか、
知人に3人もカプチ乗りがいるとか、
色々な遍歴を聞かせてもらう。
うちにはそういう車の悪友がいないので、
最後の話はすごく羨ましく思った。

で、走行開始・・・
速い理由がわかった。
ムダな動きがないのだ。
モビルスーツの差ではなく、腕の差で速いのだ。
(実はこの速い 21R の人、ほとんどノーマルだった)

こうもストレートに現実を見せられてしまうと、もう呆然としてしまう。
悔しかった。

機械的な話では、
21R の加速感は、11R でのそれ以下だった。意外と速くない。
マフラーはビルワークスのに替えられていたが、
そのせいで低回転時のトルクが痩せているのかな?
それと、1速へのシフトがスコスコ入っていたのが羨ましかった。

あと、A氏の横にも乗せてもらう。
あいかわらず熱い走りで、楽しませて頂く。
4〜5回ほど乗せてもらったおかげで、
サイドブレーキドリフトもどきを覚えた。
Lv.2ぐらいっていう感じか。
ジムカーナ道は長く険しい。
練習あるのみ。

17時半に終了。
エンジンオイルゲージを拭って、
オイルの状態を確認・・・しようと思ったら、
ゲージを抜いた時点で、ゲージ穴から
湯気が上がっているのを見つけてしまった。
あと、泡が止まない。
もうダメ?もうダメになったの HIMECA ?
やっぱ、最低限 RS-K が必要か。
雨がごうごう降る中、
居ても立っても居られず、
死ぬ気でかっとばして帰宅。

帰り道で寄ったGSで、
カプチ乗りの店員に声を掛けられる。

緑色の 21R。

なんかすごくうれしくなってしまった。
頑張れ、社市のカプチ乗り!

到着時刻・・・20時半。
あれ?帰りもだいたい3時間だった。近い?

ミリテックの効果が切れたっぽいことを確認。
短い命だった。
ベースオイルが眠くなったっぽいので、しょうがないか。

3/8

有給を取っておいたので、
朝はゆっくりしてから起きる。

DOT4 フルードの効果は絶大。
ジムカーナと高速走行でブレーキを酷使したのに、
まったくベーパーしている気配がない。
A氏のアドバイスに感謝する。

エンジンオイルを買いに出かける。
まだ前回の交換から 900km ぐらいしか走っていないので
無駄遣いもいいとこなのであるが、
高価なオイルを入れるとどれぐらいフィーリングが変わるのか、
確かめてみたくなったのだった。

店でちょっと吟味する。
現在は、鉱物油の 10W-30 が入っている。
風の噂で、BP の Visco Beta が F6A にはベストマッチだと聞いていた。
これが、合成油で 5W-40。確かに丁度よさそうだ。
探す。ややあって現物を見つけるが、

1L で\2000 を遥かに越える値段がついていた。

カプのオイルは 3L 入るから・・・
一瞬であきらめる。

それからしばらく色々なものを見てみるが、5W-40 は見つからない。
ええい、もうなんでもいいや、と思い、Castrol RS-K を買う。
(注:決して悪いオイルではない。ただ、前もカストロだったので、
今回は別のブランドにしてみたかっただけ)
あと、ついでにオイルフィルターも買う。

帰宅後、いそいそと油を抜く。
オイルフィルタレンチを買い忘れていたので、
最初についているフィルターを取ることができない。
面倒なのであきらめる。
ちなみに、抜いた油はまだかなり綺麗だった。
前回(2000kmで交換)とは大違い。
だいぶエンジンの中も綺麗になったと見える。いい感じかな。

オイル交換作業の後、急いで運転免許の更新に行く。
が、フィーリングは変わらず。
帰宅後、ゲージを抜いてみると、
やはり少し湯気がでてきた。
泡も多少はある。
うーん。
オイルのせいじゃなかったのか・・・あうー。

ジムカーナで酷使したので、
心のなかで礼を言いつつ洗車&ワックスかけ。
そういえば、左リア辺りから、
キシミ音がするようになった。
サスのメンバーかな?ちょっと恐いなぁ。
いろいろなことを考えつつ、サービスマニュアルを読む。
すると、今までどえらい勘違いをしていたことに気が付く。
意外とミーハーな私は、密かに

「マグチューン」

をカプチに装備させていた。
が、燃料ホースの供給側につけなければいけないそれを、
うっかり戻り側につけるという大失態を演じてしまっていたのだった。

「ガソリンタンクが空になるぐらいまで走ってから給油したほうが燃費が良くなる」

という理屈も解ろうかというものだ。
慌てて車のボンネットを開け、
エンジンルームの奥の方にモゾモゾと手を突っ込み、
マグチューンを正しいホースのほうにつけ直す。
その後、軽く試走してみる。結果・・・

ふざけてるのか!と言われそうだが、
加速感が段違いに上がった(と思う)。

果たしてオイルの効果なのか磁石の効果なのか、
それとも同時期に実施した

「運転席の足の下に敷いていたマットとアクセルペダルが干渉して
底まで踏めなかったのでマットをハサミで切って干渉しないようにしたチューン」

の効果なのか、そのへんは不明である。

3/9

再び風邪を引いてしまったので、作業は何もできない。
そこで、試案だけを練る。

というのは、やはり

「油温計と油圧計は欲しいなぁ〜」

という思いがふつふつと沸いてきたからだったのだ。
カプチを買ったのは冬の入りばなだし、
今はまだ春が始まらないぐらいの季節なので、気温は滅法低い。
それなのに、必要以上に油温が上がっているような気がしないでもないのだ。
こんなことで、果たして夏を乗りきることができるだろうか?・・・
最終的にはオイルクーラーの導入が必要かもしれないが、

「F6A は油圧が低めだから迂濶にクーラーをつけない方がいい」

という話を聞いてしまったため、とりあえず先に監視体制だけを整えておき、
どれぐらいクーラーが必要なのか、それを見ながら改めて考えることにしようと
思ったわけなのだ。
ちなみに、機械式の油温計+油圧計+オイルブロックで、\30k は下らない。
さらに、ブースト計と違って、
油温計や油圧計については特にメーターへとつながる配管の取り回しが
大変であるとも聞いた。
だからこちらは電気式を使いたい。
ああ、しかしそうなると値段がはね上がる・・・

悶々としながら眠りについた。

3/11

「あの声は・・・!!(c)雪乃」

というわけで、
カプのエンジンを回してエキゾーストノートを聴く。
相変わらずいい音だなぁ。ほれぼれする。
今日はそれだけ(ばか)。

3/13

待ちに待った土曜日。
テクニカに注文していたタワーバーを取りに行く。
羽束師橋があるお陰で、1時間もかからない。
10時頃に到着。

店を覗くが相変わらず誰もいないので、
勝手に事務所まで上がって店のおやじに声をかけ、
金を払ってタワーバーを受け取る。
・・・見たところ、どうもクスコのっぽい。OEM かな?

その後、店のおやじとちょっと話をする。
ロールバー入れたいなぁ、と話をすると

「それよりさきに強化インタークーラーパイプやね」

と言われる。
ノーマルのゴムのパイピングだと簡単に圧力が逃げてしまうらしい。おやじ曰く

「あれは欠陥設計」

ふ〜ん・・・と思いつつ話を聞く。
じゃあ試しに、針金を巻いて強化するというアレをやってみようと考える。

次に、油温・油圧計が欲しいという話を持ちかけると、
トラストのオイルブロックを使うといい、という答えが得られた。
それだけで約一万円。う〜む・・・。
あと、これに電気式の計器をつけると・・・。
油温・油圧を測るのは相当の金がいるなぁと理解。

そうこうしているうち、他の客が来たので、これを頃合と見計らって退散。
店の近くの道路上で工具箱と整備書を取りだし、ストラットバーを取りつける。
帰り道で、その効果を確かめたかったからである。

・・・で、その結果は

・・・覿面!

今まであれほど悩まされていたフロントのあばれやコントロール感の不足が
嘘のように解消された。
ああ、うわさ通り、カプチにFストラットバーってのは必須のパーツだったのか。
感動のあまり、しばらくあちこちを走り回る。

近所のホームセンターにて真鍮線を30m分だけ買い、帰宅。
直後、熱くなっているインタークーラーのパイピングを取り外し、
一目散に真鍮線を巻き続ける。
約一時間ののち完成。
いそいそとパイプをつけ直し、試走。

が、あまり変わった気はしない。
ハリガネ程度の補強ではダメなのか?
本格的にやらないとダメか〜?
ちょっとがっくり。

3/14

兵庫県のセントラルサーキットで
JOKE SPEED さん主催のジムカーナ大会が行われるとのことで、
観戦しに行く。

当初は朝6時頃に起きて 372号線経由で向かうつもりだったが、
起床が2時間ほど遅れてしまったので、素直に高速道路を使うことにした。
考えてみれば、カプチに乗ってからはじめて名神に乗ることになる。
多少は気を引き締める。経路は、

名神高速東IC→名神高速吹田JCT→中国道→中国道社IC→セントラル

の予定。

朝8時の高速はがらがらに空いているので、
レーダーの警告と覆面の存在に気をつけつつ、ザックリと飛ばす。
意外とパワーがあるせいか、いとも簡単に
スピードリミッターがぺたぺたと当たる。
そのせいで、RV車ごときに追い付くのに時間がかかる。
うざったいがこれ以上速度を上げるのも
エンジンにとって良くないことだろうし、と、我慢する。

吹田までは車も少なく、順調に飛ばす。
途中で数件のレーダーに出会うが、
ことごとく RX-143 が検知してくれるので特に恐怖は感じない。
吹田を過ぎて、中国道に合流。
こちらは結構車が多い。
思ったように速度が出せない。
ううう。ちょっとストレスが溜る。

それのせいかどうかわからないが、
途中で、中国道から分岐している山陽道に間違って乗ってしまった。
気が付いたのは、偶然入った三木SAで、案内看板を見たときだった。
そのときの時刻は 9:30 ぐらい。
慌ててすぐ次の IC で降り、175号線を急いで北上。
およそ十数分のロスをかましてしまった。このロスを取り返すべく、
次は慎重にセントラルサーキットの場所を探りながら走る。

そのお陰で、今回は道を間違えずにすばやく到着。
着いてみると、もう練習走行が始まっていた。
ごちゃごちゃと準備を行っている最中に、M氏も到着。
カメラを構える位置を探しているうち、もう昼休み。
隣のサーキットコースでやっていたレースを観戦して時間を潰す。
サーキットを周回している「テクニカ」のデモカーを見掛ける。
次にテクニカに行ったときの話のネタにでもしようと、
これを記憶しておくことにする。

1時過ぎに本番を開始。
デジカメの限界を試しに来たつもりだったが、
M氏に依頼され、ビデオを回すことに。
色々やっているうちに、
ちょっとビデオカメラが欲しくなった。ううう。

3時頃にすべての走行が終り、解散。
帰りもおもわず高速を利用してしまう。快適!
しかし人間にとっては快適な高速道路も、
エンジンオイルにとっては過酷極まり無い道路だろう。
何しろ、滅多なことでは回転を 4000rpm 以下に下げられないのだから。

3/18

仕事が忙しいせいで、
此処数日の帰宅は午前様。
それゆえストレスも溜り、
平日にカプチでぶっ飛ばしに出かける理由もできる(笑)。

今日のメニューは、荷重移動とサイド引きの練習。
といっても1つの峠の往復で 10回もできないし、
やっぱり恐いから本気ではできないし、
ということで大した練習にはならない。
とりあえず、尻を滑らせる感覚と、
その時に手足が次の動作を正しく行う反射的手順を体につかませる。

ところで、カプチに乗ったことがある人ならわかるかもしれないが、
基本的にカプチとは「後輪の前に座るクルマ」なのだ。
Super7などの例外を除く普通の車は、だいたい
「前輪の前」ないしは「前輪と後輪の間」に座る。
このことから、カプチの場合、
車体の動きに対するテールスライド時の体の動きは他車と比べて必然的に大きくなり、
必要以上にドライバーの不安を扇る。
(慣れたら「わかりやすい」んだろうけど)
また、Lock to Lock が 2.9 の鋭いステアリングには、
センターの遊びがほとんどない。
しかもステアリングの初期応答性が高いので、
ダイナミックなシリ(=運転手の体)の動きに対して、
ほんの少しのデリケートな舵角だけを与え、
正確なカウンターを当てるようにせねばならない。
そうでなければ激しいオツリが待っている。

リッジレーサーで、コーナリング性能が異常に高い車を使ったときの
恐怖感と操作困難性がそのまま再現されていると言ってもいいと思う。
すなわち、上手ければ最小限の力で最大のコントロールができるが、
下手ならひどいタコ踊りを見せる、
ないしは綺麗に壁に刺さる運転となってしまう。
うーむ。

それにしても、
いきなり難しい FR 車を買っちゃったもんである。

3/20

ふと思いついて、もう一本ほどミリテックを投入する。
なぜかというと、以前に入れたミリテックの成分は、
オイル交換の際にすべて飛んでしまったと考えられるからである。
ほとんど気分的な問題なのであるけれど、とりあえず入れる。
静かさ・滑らかさはあまり変わらず。
ということは、調子は完璧ということかな。

その後、昼過ぎに市内にある友人宅へと、東山ドライブウェイを経由して向かう。
今日は少し天候が悪く、朝からずっと冷たい雨が降っていた。
そのせいかどうか路面とタイヤのグリップ力は異様なまでに低く、
普段ならタイヤが路面を「ガッチリ」とつかんでいる
堅い感覚があるはずのところが、
言ってみれば「ぬるんぬるん」といういい加減な滑り感覚でしか
表現できないものになっていた。
それは特に東山ドライブウェイの下り坂でひどく、
ほんの少しのグリップ限度オーバーで
いつ四輪がすべて滑り出してもおかしくないような、
走行中はずっとそんな奇妙なロードインフォメーションが
車から伝わってきていた。
この時は漠然と

「うわぁ、これは飛ばすとやばいかもなぁ」

と思っていただけだったのだが、
これをもっと重要視していれば、
次の日に起こった惨事は防げたかも知れない・・・

3/21

この日・・・
3/21 は、私にとって生涯忘れ得ぬ日となろう。


本日は、朝からずっと雨の降り続く、
特にオープンカー乗りにとっては不快極まり無い天候であった。
そんな状況の中、
そこそこ体重のある友人を乗せ、
最小限のエアコン使用により
狭い車内に噎せ返ってくる湿気に目眩を感じながら、
生駒にある某安売り工具屋へと出かけた。
工具屋への道および工具屋での買い物は特にトラブルもなく終ったのだが、
その後突然に

「伊賀上野に行こう」

という話が持ち上がった。
なにしろこちらは普段の残業と本日のクローズドな天候なおかげで
ストレスが溜まりまくっていたので

「よし、景気づけに、一丁行ってみるか(?)」

という良くわからないテンションを高ぶらせて、
遠征の旅と出かけることにした。

もちろん道中の路面は雨でずるずるである。
そんなところを、阿呆な私は車の能力と己の判断力を過信し、
まるで夏のドライ路面を走るような速度で駆け抜けた。
車は、昨日の東山ドライブウェイでの時と同じく、四六時中

「危ないよ!もうすこしでイッちゃうよ!」

というロードインフォメーションを投げ掛けていた。
しかしそのときの私は

「なにするものぞ!」

と、半ばムキになってギリギリのラインで車を操作し、
エアコンを操作し、
窓を開閉し、
友人との会話に没頭した。
車は、
仕方なげにそんな無体なご主人殿の無謀な運転を受け入れ、
辛うじてのところで安定を保っていた。

そんなこんなのスリルドライブであったが、
奇跡的なことに伊賀忍者屋敷遠征は無事終了し、
どうにかこうにか帰途をたどることができていた。
しかしなにしろ工具屋遠征の途中からこちらに進んだものだから、
帰り道はもうすっかり日が暮れて暗く、
これまでに降り続いている鬱陶しい雨で
白線すら満足に見れない状態での運転であった。
知らない道を走っているときは
さすがにスリルもへったくれもなく
(そこそこ)おとなしい運転を心掛けていたが、
瀬田あたりまで移動してからはもう知っている道だったので、
そこから段々とペースは上がっていった。

そして、運命の峠。

瀬田〜宇治〜山科〜五条坂と走り抜いた私は、
友人宅への近道である東山ドライブウェイを辿ることで、
今回の旅のフィナーレを飾ろうと考えた。

いつものように火葬場への分かれ道を進み、
いつものように将軍塚へ至る道へと入る。
そこでのロードインフォメーションは
それまでとはうってかわって安定したもので、
雨が降っているにも関わらず
しっかりしたグリップ感が路面から伝わってきていた。

「おお、もうそろそろ路面から雨のぬめりが消えつつあるのか」

それが故に私は油断し

「雨の日は無謀な速度を出さない」

という鉄則を破り始めていた。

将軍塚を過ぎて、1つ目の左カーブ。
すこし速度を落として軽くクリアーし、多少の減速を行いながら、
それでもドライ路面を駆け抜けるような調子で、
そのまま引き続く右カーブに向かう。
ブレーキングに対して車の速度の落ち方が緩かったので、
コーナーへの突入速度は予想より少し高い。

ちょっとまずいかな、

と思いつつ、
車線幅を一杯に使ってコーナーをクリアしようと試みる。

しかしカーブへの進入から少し経ったころ、

突然リアが流れる感覚が伝わってきた。

ウェット路面の、急な下り坂の右コーナー途中でのリアブレイク!
FFならひょっとすればそのままアクセルを踏み込めば
回避できる挙動かもしれないが、
FRの場合はどうすれば回避できるのか咄嗟に思いつかない!
ふと、いつも

「振るとこまではできるけど、まとめるのは未だできないんだよな〜」

とぼやきながらテールスライドの練習をしていたことを思い出す。

リカバリーなんて、できるわけがない!

考えているうちに、
急激にステアリングとブレーキから伝わるグリップ感が完全に消失し、
車の向きとも直角方向とも異なる方向へのGが体を襲った。
予想外の、制御不能な圧倒的パワーに翻弄される恐怖!

や、やばい!

反射的に、私はステアリングの方向をニュートラルからカウンター寄りに戻し、
アクセルを軽く踏み込んだ状態で維持し、滑りを留めようと試みた。
(ようだ。はっきり覚えていない)

すると、下手の鉄砲数打ちゃ当たる・・・
無駄なあがきが効を奏したのか、
車はコーナー外側への流れからコーナー内側への流れへと少しばかり動きを変え、
最悪の結果は回避できそうに見えた・・・
が、その瞬間、右フロントに鈍い衝撃が走った。

キャッツアイだ!

運の悪いことに、まだ体勢が崩れている車で、
センターライン上に丁寧に配置されたキャッツアイを踏んでしまった!
咄嗟に私は

「あかん!」

と叫んだ(らしい。覚えていない。助手席の友人曰くである)。
その直後、車は急激に制御と理性を失う・・・
帝国海軍の攻撃を受け、地球の重力に逆らえないまま
紺碧のインド洋に沈んでいくイギリス軍艦のように。

一瞬の後、

「ガゴンッ!」

想像を越える激しい衝撃と音が左側から伝わり、
フロントから「シュオーー」という音とともに膨大な白煙が吹き出した。
自家製煙幕で、視界は一瞬にして0mになる・・・

その間も、私の体は、意識とは無関係に
「生きるため、脊髄反射だけで必死に」車を操作していた。
一方、意識は生き抜くことを放棄し、視界を塞ぐ白煙を呆然と見つめながら

「・・・もう、終りなのか・・・この車とは・・・
たった4ヶ月だったのに・・・もう、終りなのか・・・」

と、終末のことばかり考えていた。

それからややあって、
どうやってどうなったのかは覚えていないが、
最初に衝突したのと反対側のガードレールの直前で、
車は辛うじて停止した。
車の停止とともにエンジンもストールする。

視界を埋めていた白煙は徐々に薄れていく・・・
反対車線を完全に塞ぐ形で、車は停っていた。
対向車が存在しなかったのは奇跡だった。・・・
すこし呆然となる。

しかし不思議なぐらいにすばやく我に帰る。
とにかく、反対車線を塞いでいるのはマズイ。
とりあえず自走して道端に待避できるかどうかチェックするために、
無感情にエンジンキーをひねる。
・・・始動した。
しかし、いつ停まるかわからない。
ぱっと振り向いて後方の安全を確認したのち、
急いでギアをバックに入れ、
「ガガガガガガ」と異音のする左フロントタイヤを庇う余裕もないままに
元の車線へと強引に車をねじ戻し、左に寄せた。

さっとインパネの警告灯を見るが、
どれも点灯はしていない。が、そのへんの確認はあとでもいい。
ひょっとしたら爆発の危険があるかも・・・
すぐにエンジンを停め、友人とともに車を降りるためにドアを開く。
開くか・・・!?
心配だったが、問題なく開く。
運転席も、助手席も問題なく開いた。
どうやら、横っ腹には衝撃が来なかったらしい。
ここでお互いの安否を確認するが、どちらも五体満足、痛みなしであった。
なによりだ。
衝撃で多少クラクラする頭を押えつつ、急いで車を降りて、
すばやく損害状況の確認をする。

まず運転側を見る。右側はキズ一つなかった。
あれっ?と思ったが、助手席のある左側を見る友人の口から漏れた悲痛な声で、
私は思い出した。衝撃は左から来ていたのだ。急いで左側に回る・・・
左側は、酷かった。

左フロントフェンダーとバンパーがぼろぼろに潰れて車体の角がなくなり、
後ろにずれた左前の車軸はタイヤをフェンダーに押し付けていた。
あと、左リアにも衝突痕とこすりキズがあった。
(しかしそれでも、左ドアにはキズ1つなかった。奇跡的だ)。
ここでついに、体が無事であった喜びと、

一瞬で車がズタズタになったことに対するショック

が同時に訪れた。
・・・あちゃー・・・・・・


「とりあえず、電話器のあるところまで降りよう」

という友人の声で我に帰り、自走できるかどうか確認する。
下り坂だったので、ブレーキをリリースして
転がり降りられるかどうかテストしてみる。・・・動いた。
破壊された左フェンダーとタイヤが干渉しているあたりからは
すごい音はしているが、ステアリングを回せば、車はそちらの方向に動く。
ブレーキブースターは眠っている(エンジンを切っているので)が、
ブレーキも効く。

ハザードを焚いたまま、すこしスペースのある
ヘアピンカーブの外側まで車を転がし、一度停止した。
エンジンはどうなってしまったのか?それが気になる。
再び車を降り、ボンネットを開く。
すると、そこにはいつもと変わらないエンジン、ラジエターが鎮座していた。
煙一つ上がっていない。下の方を覗くが、特に何かが漏れたような跡はない。

おや?

意を決して、車の外からエンジンを始動してみると、
あっけなく始動した。

エンジンルームに満ちる機関音に耳を済ませるが、
異音はなにも感じられない。
負圧計を見ると、いつもより少し低い(340mmHg)ぐらいの値で安定している。
水温計も安定している。警告灯は点っていない。

あれっ!?さっきの白煙は!?

よくわからないままアイドリングを続けるが、
おかしな様子はまったくない。

そのまま、タイヤの回転を邪魔する
壊れた左フェンダーの中のパーツを覗き込む・・・
と、そこには破裂したエアコンの冷媒配管があり、
漏れ出したと思しきコンプレッサーオイルの飛沫で
一面が綺麗な輝きを発していた。
・・・一気に気化したフロンだったのか・・・白煙の正体は・・・
理由の1つはわかった。
ただ本当にエンジンが大丈夫なのかはわからないので、
そのままアイドリングを続ける。

その間に、これからどういう処方をとるべきか、友人と考える。
やはりここは SUZUKI のディーラーに持ち込むのが一番なのだが、
私が知っているディーラーは西大路五条を過ぎたところにある
スズキ自販京都であり、つまるところ

京都の幹線道路である五条通りの中を、
この半身不随の可能性がある車でおもいっきり西進しないといけない。

それはとても(精神的にも)無理っぽい。
かといってJAFを呼ぶにしても公衆電話がない(私は携帯電話を持たない質だ)。

今のところエンジンはかかるし、ハンドルも切れるから、
少しぐらいなら自走はできそうである。
降り続ける雨が、体とボディーを打つ。
何もかもが冷えきっていく。
停車している横を、何台も車が通りすぎる。
ただ、こちらは車を左に寄せているので、
事故を起こしたことは通過する車から見えない。
そのせいかどうか、
どの車もハザードまでは出しているが、停まってはくれない。

・・・しょうがない。我がオヤジは
自動車事故の経験が豊富だから(誇れることではないが)、
こんなときにどうすればいいか的確な指示をくれるだろうから、
やはり電話機のあるところまでだけ自走して、そこで電話して考えよう、
という結論をひねりだした。
東山ドライブウェイを京都側に下るとすぐに、蹴上にでる。
そこからしばらく道なりに進むとホテルがあるから、
公衆電話機ぐらい一杯あるだろう、
という思惑があってのことである。

もう時間も少ないので、
ゆっくり悲しんでいることはできない。
無情にもその場で緊急手術を開始して、
左フェンダーの中でタイヤの回転を阻害する最低限のパーツの取外しを行う。
その後エンジンをクランキングし、無事に動いていることを確認する。

準備はOK。

ハザートを焚き、ゆっくりゆっくりと東山ドライブウェイを自走で下る。
車を動かしながら、いつもと違っている部分を探る。

1つは、ミッションのレバーの生えている角度が
少し運転席側にずれているという点。
そしてもう一つは、ハンドルを真っ直ぐにしても
車が真っ直ぐ走らないという点である。

どうやら、フロントサブフレームも曲がっているようである。
サブフレームが歪むとアライメントは狂うし、
サブフレームに乗っているエンジンの角度もずれる。
エンジンとミッションは直結しているので、
エンジンがずれるとミッションもずれる。
うーむ。サブフレームが逝きましたか。
被害はどれぐらい甚大なのか・・・

想像もつかないまま、ゆっくりと坂を下り、一般道に出る。
きっと一般道を走っていた一般車は、

ボコボコにへこんだ軽自動車が山を下ってくるシーン

を見て
びっくりしただろう。
なにしろ、私自身、こんなになった車が動いていることが
信じられないのだから。

しかし意に反して、
車は安定した走行を続ける。
エンジンに異常はない。
普段と明らかに異なる音もしていない。
ラジエーターにもインタークーラーにも損害がなかったということか?
さすがにブーストを掛けて走る気にはなれないので
インタークーラーへの本当の被害はわからないが、
今のところ問題はなさそうである。

こりゃもう、奇跡的だな・・・

神憑り的なものを感じながら、
ボロボロになった車を左車線の中でも目一杯左にへばり付けて走らせ、
(右側から見る分にはまったく異常のない車なのだ。
それゆえ他の車からの好奇の視線は逸らせる)
公衆電話を探す。

ほどなく、電話機が見つかる。
急いで家に電話する・・・気まずい?もちろん。
でも、これはちゃんとやらないといけないことなのだ。

「あ、もしもし?・・・ごめん。事故してしまった。ううん、自損事故。対向車とかおらんかった。僕も友だちも怪我なし・・・いや、うちに持って帰ってもしょうがないし、とりあえず SUZUKI のディーラーの前まで持ってくわ。・・・ごめん、頼むわ。待ってるし」

うちの親(父)は意外なぐらいに冷静だった。

「なに?交通事故?警察には連絡したか?相手はいるんか?なに・・・ああ、単独?じゃあ、警察への届けはいらんわ・・・うちに帰れるか?・・・そうか、ディーラーに持っていくか。とりあえず、そっちに行こうか?待っとき。」

まったく高ぶっていない。
相変わらずよくわからんが、なんと冷静な。
普段は昼行灯なんだが、こういうピンチの時には
すごい判断力と安定性を見せるオヤジだ。
(でもさすがに事故現場にトランポで駆け付けたりはしない)。

それはさておき、オヤジを待っている間はヒマである。
ここまで冷静にいてくれた、なおかつ無傷でいてくれた友人に
感謝の言葉を述べる。
一人だったらダークな気分のままで居なければならなかったろうが、
誰かが居てくれるおかげで、少しは気が紛れる。

平行して、
エンジンに異常がないかどうか見るために、
アイドリングを続ける。
異常はない。
水温も負圧も顕著な変化なし。
目立った異音も異臭もなし。
どうやら、エンジン回りには致命的なダメージは受けずに済んだみたいか?
補機類で逝ったのはクーラーぐらいか・・・
足回りはナニだけど自走はできるし、
ディーラーまで移動することはできそうである
との結論を出す。

ハザードを上げて停まっているカプチーノを見ながら、
コーヒーを飲んで気持を落ち着かせる。
・・・見れば見るほど、ひどいことになっていることがわかる。
左フロントフェンダーは全壊。
左ヘッドライトAssyは全滅。
ボンネットも少し曲がっていて、閉まらない。
Fバンパーはいたくひん曲がって、
左側は原型を留めていない。
エンジンルームを開けると、
エンジンこそセーフだったが、
エンジンの上を通っている社外品のストラットタワーバーはいくらか歪んでいる。
(これがエンジンが存在できる空間をつくってくれたことは事実だし、
さらにこれが歪んでいたことは非常に幸せなことだった)。
フロントメンバーはひどく曲がり、
エンジンルームは少なくとも四角形にはなっていなかった。
それにもかかわらずエンジンおよび補機が無事だったのは、
これらがフロントミドシップという位置に搭載されていたからだろう。
しかしながら、フロントメンバの前後にあった
インタークーラーとラジエーターまでが見たところ無傷だったのは、
奇跡としか言いようがない。
今のところ、補機類で損傷を受けたものは
エアコンのコンデンサと冷媒タンクぐらいなものである。
・・・信じられない。

しばらくして、EP82 で両親がやってくる。
両名とも、意外と落ち着いている。
それもこれも、事故慣れしているだけでなく
(くれぐれも、名誉なことではないことを断っておく)
事故の被害者が存在せず、
運転手・同乗者ともに怪我なしだったからだろう。

冷静に今後の処置を話し合う。
自走はできるので、SUZUKI に行くことは変わらない。
ただ五条通りでこのまま単独走行するのは恐いので、
先導してもらうことにした。

しかしここで、うちの親は気を遣ってくれない。
平然と 50km/h ぐらいで飛んでいってしまう。
こちらはさすがに恐いので、そんなに飛ばせない
(でも、少なくともそれぐらいの速度だと、問題なく走れていた。
少しシフトノブが傾いているのが気になるぐらいで、
本当に事故を起こしたのか?疑問すら感じるぐらいであった)。

困り果てながら、それでもなんとか後を追い掛け、
ディーラーまでたどり着く。

ディーラーはもちろん空いていないので、
前の歩道に車を止め、
降ろせるだけ荷物を降ろして、
EP82 に積み替える。
あと、つきっぱなしで消えなくなった
ヘッドライトによってバッテリーが上がると困るので、
ヒューズを抜いておく。

一息つく。
これ以上友人を巻き込むのは忍びないので、
とりあえず友人だけ家まで送りとどけ、
その足で一旦家に帰る。

もうなにも考えずそのまま寝ようと思ったが、
ヒューズだけ抜いたのは失敗だったかと思い直し、
もう一度 EP82 を借りてディーラーまで向かい、
ボンネットを開けてパッテリーのマイナス端子を抜いておいた。

帰宅。
色々とくたびれ果ててはいるが、精神的に苛まれる。
後悔と怒りと悲しみの情念が渦巻く。眠れない・・・

3/22

昨晩はさすがにまったく眠れなかった。
あれで眠れたら、逆にどこかがおかしいだろう。

朝は6時前に起床してしまう。
雨戸をあけて部屋を明るくし、朝の空気を吸い込んで眠気を飛ばす。
朝飯を食う気にもなれなかったので水だけ飲み、
親の車(EP82)を借りてディーラーに出かけた。

行き道、真っ直ぐ五条通を走って行こうかとも考えたが、
どうしても惨劇の痕を見てみたかったので、
東山ドライブウェイに向けて車を走らせる。

昨晩の雨は上がっているが、路面は水に濡れてテカテカしている。
もう同じ失敗はしないつもりだから、それなりに慎重に車を走らせる。
しばらくして、事故現場に到着した。
ぱっと見たところ、何の痕跡もない。
昨晩とは違い、静かに車を左に寄せて止め、
ハザードを上げて車を降りる。

朝の空気に包まれる。
暖房で別空間にされた車内と違い、
静かで重く、冷たい。
ふと、昨晩の冷たい雨を思い出す。
朝の金色の太陽の光に、道路は静かに黒々と照らされる。
何もかもが嘘のようだ。
穢れなき自然を穢した罪は重いか。
直線の上のほうから、丹念に石の壁を眺めていく。
十数mほど下ったところで、雲母を含んだ岩石が含まれているような、
妙にキラキラした壁が見つかる。

・・・これだ。

石壁は、車から剥がされた銀メタリックの塗装によって彩られ、
そこだけ綺麗に輝いていた。
・・・ここで、あいつ(車)は痛い思いをしたんだ・・・
なんとも言えない辛い気持になる。

いつのまにか、3月後半にしては珍しく、
粉雪が降り出していた。
金色の輝きの中で静かに舞い続ける白い雪と、
壁に残る銀色の痕。
あまりに綺麗とも言えるそれらの舞いを見ていると、
なおさら「あの事故は幻だったのか・・・」という思いが浮かんでくる。

しかし、あれは現実なのだ。

気を取り直して、SUZUKI のディーラーに向かう。
昨日に取り残した荷物をすべて降ろし、
被害状況を自分の目で確認し、
ディーラーの人に引き渡し、
修理見積もりを依頼するためだ。
いったい何時に始まるのか、
そもそも今日は営業しているのかどうかすらわからないが、
それでも行かねばならない。

ややあって、ディーラーに到着する。
そこには、金色の朝日に照らされたカプチーノの・・・

醜くなった姿があった。

ふたたび後悔の情念が起こる。
あの一瞬、ああしていれば・・・この一瞬、こうしていれば・・・
きっとこいつをこんなに痛め付けるようなことはなかっただろう。
吠えたくなる気持をおさえ、荷物整理にかかる。
続いて、被害状況のチェックに入る。
バッテリーをつなぎ、オイル漏れなどがないことを確認したのち、
エンジンをかける。・・・問題なし。機関音も排気臭も正常。
軽く吹かしてみるが、異音もなし。やはり機関部はおおよそ正常だ。
続いて、フロント下回りを覗き込む・・・
やはり、サブフレームの、シャーシ取り付け部が捻れて歪んでいた。
結構強めに足回りをヒットしてしまったのか??
ここが曲がったのは不幸とも幸運とも言えるが、
ここ以外のパーツへの力はどうなったのだろう?ゴムブッシュは?
一方、ドアおよびトランクについては異常なし。
こちらには目立ったダメージは来ていないみたいだ。
キャビンへの衝撃は相当に弱められたみたいだ。
続いて、屋根の取り付け具合いをチェックするが、
いつもより少しずれているような気がする。
ううっ、やっぱりボディーのどこかが歪んだか。まずいな・・・ ^_^;

ま、どにしろオープンだし、普通に走っていても歪むんだけどね、

と考え、それなりにあきらめる。
それより、屋根がずれている割にはほとんど雨漏りがないことを喜ぶ。
フロントガラスにも損害はないみたいだし、
ずれてるったってどうにかなるレベルだろう、と信じることにした。
あと、フェンダー内の被害を確認したいので、これを取り外す作業にかかる。
外せるネジを一通りはずすが、フェンダーは外れない。
どこか、マズッたか?
サービスマニュアルとにらめっこしながら隠しネジを探す。あった・・・
それから数分後、フェンダーは完全に剥ぎ取られ、まがったフレームが現れる。

うーむ・・・うーむ・・・(汗)。

カプチのフロントは、実はほとんど骨組みがない。
スッカスカな構造だ。
だから、正常なときでさえ、フェンダーを取ると
どこか打ち捨てられた廃工場のような風情が現れるのだ。
それがさらに衝撃によって曲がっているのだから、
それこそ戦争の犠牲になった廃工場のような、
やるせない景色となっていることは想像してもらえると思う。
それはともかく、フェンダーをはずしてじっくりと観察する。
何度も書いているが、やはりすこし、
左右のサスペンション取り付け部の位置がずれており、
左タイヤの位置もずれている。
フロントが弱いから、という、構造上の宿命的結果でもある。
最後に、割れた左ライトAssyを分解する。
(というかすでに割れてバラバラになっていた)
中からは、プロジェクターライトに使っているレンズがでてきたが、
これが驚いたことにガラス製のレンズだったのだ。
そりゃあ、このassyが高価になるはずだわ・・・ひとり感心する。

そんなこんなで色々と外しては感心しているうち、
8時半頃、社員の方が

ワークスに乗って出社

して来られた。
慌てて事情を話すと、
「本日は技術のほうがおりませんので見積もりは先になりますが、
とりあえずお預かりだけさせていただきます・・・」とのこと。
営業開始は9時半だそうだが、無理を言って一時間ほど早く中に入れてもらう。
助かった・・・。
話によると、どうもその人は事務系の方だったらしい。
それでも一応、こわれたところをざっと見てもらう。
ふと、「これ・・・直りますかね?」と聞いてみる。
すると、あっさりと

「直りますけど・・・幾らかかるかというところでしょうね」

という返事が返ってくる。そうか、直るのか・・・
すこし心強く感じる。

ホッとした瞬間、疲れが頂点に来た。
これ以上粘ると、今度は帰宅が危ない。
後のことを丁重にお願いし、ディーラーを辞する。
帰り際チラッと目線をカプチに投げ、しばしの別れを訃げる。

・・・ごめんな、カプチーノ。
絶対に元気にしてやるからな。

3/23

仕事だが、仕事にならない。
ミスの連発で怒られそうになる。

危険を感じたので、定時過ぎに退社。
3/24

今日もまた、仕事にならない。
でも頑張って残業。
帰宅すると、母から「見積もりの電話来てたよー」とのこと。
値段を聞くと、55万円とのこと。
えっ!?もっとはるかにかかるものかとおもってたのに。
(もちろん、見積もりだけだから実際の代金が幾らになるかはわからないけど)
少しだけ心が明るくなる。
3/25

見積書をもらいに行くため、半日の有給を申請。
その分死ぬ気で働く。
帰宅したらヘロヘロになる。

3/26

仕事を午前中だけ休ませてもらい、カプチが眠るディーラーへ。
見積もりを貰いにいくのと、
担当の整備士の方に顔を通しておくのが目的。

前日が午前様になっていたので、ディーラーへは少し遅め(十時過ぎ)に向かう。
途中、急ぎすぎてオーバースピード気味に交差点に飛込んでしまう失態をしてしまう。
あんな事故をしたのに、まだ懲りてないのか!
自分で自分がちょっと嫌になる。

ともあれ本日は無事到着。
ちょっと元ヤンの入った30代前半ぐらいの風情がある
担当整備士さんに会う。
よく喋る人で、見積書を前にして10分ぐらいしゃべり続けられる。
こちらは聞きたいこともあったのだけど、
まぁいいや、
と思ってとりあえず話を聞く。
それによると、車の状態は
こちらが思ったよりも深刻かもしれないし、そうでもないかもしれない、 という、曖昧な感じである。
やはり左が少し縮んでいるらしい。
(あの衝突で縮まないほうが恐いとも言える)
引っ張って直す必要がありそうだ。
さらに、基本的にフロント回りの部品はことごとく交換になっている。
しょうがない。というか、元々が構造的に歪みやすいカプチーノ、
それで問題ないレベルまで直ればある意味御の字である。
ここで一気に US バンパーとかに走る手もあるけど、
オリジナルのバンパーのデザインも今や結構気に入っているので、
そこまで無理はしないことにした。

で、いろいろと話をしているうち、整備士さんから

「前部に修復歴がありまして・・・」

という話が飛び出す。

な、なに?!そんなことはうっすらと知っていたけど
中古屋から正式には聞いていないぞ!?

と思い、具体的にどこがどうなのか現車を見せてもらうことに。
現車ってどこに置いてあるのかなぁと思っていたが、
なんのことはない、
うちのカプチはガレージの裏手のほうに露天駐車されていた。
泥汚れまで増えちゃって・・・
ますます、痛々しいなぁ・・・
あの夜の惨事が脳内によみがえり、ふたたびダークな気分に陥る。
しかしこんなところで感傷にふけっている場合ではない。
現実をしっかり見せてもらう。
すると、「ここですわ・・・ここがパテ盛りされてましてね」と、
ボンネットの塗装がめくれた部分を示された。
確かに、銀色の塗装の下に、黄白色のパテが盛られているのが見えた。

・・・これを見抜けなかったのか、中古屋!

というか、百戦錬磨の中古屋の目を抜くことができるぐらい、
今の板金技術は進化しているということか!
社会の厳しさが見える。
ま、私的には

「直っているならどっちでもいい」

んだけど。
しかしこうなったらもうナニだな、と思い、
ヘッドライトの裏に板金されてる跡がね・・・という話をすると、
「ああ、そうなんですわ」と、
下手な板金屋が作業しとりますわ〜という旨の話をされる。
ついでにこれもいくらか直してしまうらしい。
ま。ついでだし・・・
もはや金銭感覚が麻痺しつつあることを感じながら、
一応これも見積もりに入っていることを確認した。

ついでに、危ない場所もいくつか見せてもらう。
衝突の衝撃でフロアにシワが寄った個所というのもあるとのことで、
それも見せて貰う。
エンジンと車室を仕切る隔壁にちょこっとシワ
(というとちょっとイメージが違う。歪みという感じだ)
が寄っていた。
フロア、というから、もっと違う場所を想像していたんだけど。
で、気になって、

こういうへこみも引っ張ったら直せるんですか、

というと、

まぁ直ります、

とのこと。
最近の技術はようわからんほどすごくなってるね〜、と痛感する。
とはいえ、なんにしても一度変形したところだから、
強度的には弱くなっているだろう。
やはりフロントメンバーの補強は必須になりそうだ。

出社の時間が迫ってきたので、
修理の開始をお願いし、
ディーラーを辞する。

本日は夕方から宴会。
幹事長をやらされている私は出席しないわけにはいかない。

「今日は早く帰りたいんで・・・」

という申告は無視され、
逆にその理由を根掘り葉堀り聞かれるはめに。
辛い部分を笑いに変え、他人も自分も上手くやり過ごす。

2時間ほど宴会場で過ごして店を出ると、そこには、あの時と同じ、冷たい雨が降っていた・・・

一体いつまで、僕はこんな気持でいなければならないのだろう??


3/28

くよくよしていてもしょうがない。
前に買い込んでいたカプチーノのプラモデルの製作を開始した。
まず部品を洗って乾かし、サーフェサーを吹く。
天気が悪いので乾きも遅い。

平行して、前から計画していた部屋替え
(姉が結婚して家を出ていったので、今の私が使っている部屋より
2畳ほど広いそちらの部屋へと移り住む計画)
を開始することにした。
今までクルマに呆けていたからこそできなかった作業とも言えるわけであり、

物事にはなんでも裏と表があるものだなぁ、

と思った。
(そんな大げさなものではない)

プラモの方の作業も忘れてはいない。
サーフェサーが乾いた時点で、2層目を塗る。
多少厚めに塗って、あとで整形して筋彫りをやり直すつもりだ。

忘れないうちにディーラーに電話して、
「ヘッドランプAssyは中古で探すから待っててほしい」
「ボンネットは死ぬ気で板金してほしい」
「Fフェンダーガーニッシュは外してトランクに入れてあるからそれを使って欲しい」
というお願いを通しておく。

さあ、もう後ろは向くまい。
リザレクションの始まりだ!

3/29

中古部品集めを開始する。

まずはヘッドランプAssy。
カプチ関係の Web ページで「純正部品売ります」という書き込みがあったので、
その人にメールで連絡を入れる。
引き続きカプチーノ ML のほうに
「修理中で中古部品を探してます」と書き込み、アンテナを張る。

果たして首尾よく部品を入手することができるかな・・・

3/30

日が替ってから帰宅。
這々の体で食事・入浴を済ませ、メールチェックを入れる。
すると、ヘッドランプの人から返事が。
「29日一杯までに連絡を頂けなければ、他の人に返事をします」とのこと。

時計を見るまでもなく、すでに 29日は2時間ほど前に過ぎ去ったあと。

慌てて返事を書く。
間に合うかな・・・もうダメかなぁ。
自分が強運にあることを期待しよう。シクリ。

別件で、「ボンネット安くお譲りしますよ」とのメールが来ていた。
有り難し!
板金補修が不可能だった場合に是非ともお願いします・・・
とのメールを返そうと思ったが、
爆発的な眠気が襲ってきたので、そのまま睡眠。
でも、次の日の仕事中に、
「ちょっとだけ待っててもらえませんか」というメールを書いて出しておく。
もう同じ轍は踏むまいて。

帰宅してメールを読む。
ヘッドランプの人から返事が。
「発送しますので住所を教えてください」と来ていた。
どうやら、運命の女神が微笑んでくれたみたいだ。

思わずガッツポーズ。

引き続き、ボンネットの人からも「了解」との返事が届く。
ああ。ありがたいこってす。