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私は荒野を見たことがない。
私は海を見たことがない。
しかし私はヒースがどんなものか知っている。
そして波がどんなものかも。
      エミリー・ディキンソン「時間と永遠」





著者近影 名前 たむ
生年 1973年 性別
生息地 京都府南部の山岳地帯
職業 ソフト屋の戦闘員
趣味 クルマ(乗車/整備)
お絵かき
マンガ・アニメ鑑賞
PC関係全般
その他工作系のホビー全般




OverView

オイルショックの時期、京都にて産出される。

時代の精神が刷り込まれたのか、捨ててある電化製品を拾ってきては
直して使うという、今風にいえば「エコロジー精神」に溢れた
マニアな少年時代を過ごす。

大人になっても貧乏な、もとい、エコロジーな考えが抜けきれず、いまだに
いい道具を買うよりも、自分の能力を鍛えた方が・・・という
行き過ぎた精神論のようなものを信じる傾向にある。

特技は、京都にあるソフト屋で、心身ともに粉にして働くことと、
愚にもつかない駄文を書き散らすこと。


趣味概論

基本的に、消費的な趣味よりも生産的な趣味を好む。


お絵かき

絵を描くことは、いわゆる1つの高尚な趣味である。
(絵と言っても、油彩や水彩ではない。ペン画とかそういうのである)

既に記憶が薄くなって久しい高校時代の思い出を手繰ってみれば、商業美術部と合唱部という、文化系の2大巨頭、ともかく女子生徒の巣窟に所属し、足繁く通って活動にしっかり精を出していたことが思い出される。まったく不埒な輩だ。

閑話休題。

母方の祖父は、西陣織の職人だった。
着物の柄のドット絵とパンチ穴を、一貫して打ちつづけてきた。
薄暗い京都の長屋の中で、黒光りするジャカードの穴あけ機が奏でる機械音。
けたたましい機械音なのだけど、不思議と、心が休まる騒音だった。
祖父は忙しい人であったが、盆正月に孫が大挙して押しかけてくると、にこにこしながら、いろんな絵(似顔絵とか、機械とか)を描いてくれた。 スライドを流したり、自分で取った風景写真とかも見せてくれた。

絵で人を喜ばせることの好きな、いい人だった。今はもう、いないけど。

ともかく、私の絵好きは、祖父の影響を少なからず受けてのことなのである。影響を受けたと言っても、結局、祖父のように絵で飯を食うところまでには至らなかったが、それでも自分の描いた絵で人を喜ばせたい、という思想だけは最後まで持ちつづけるつもりだ。

だからといって、次々と煩悩に満ちた美少女系の絵ばかり描いているようでは、涅槃の祖父殿も渋面にならざるを得ないところであろうと思うが・・・許したまえ祖父殿!


マンガ・アニメ鑑賞

絵が好きな人間が、どうしてマンガやアニメを嫌いであろうか。・・・いや、世間は広い。中には、そういう方々も居るかもしれない。しかし私は恥じずに言おう。マンガやアニメも大好きである。

幼少の頃から空想が好きだった私は、ドラえもんが大好きだった(今でも好きだが)。しずかちゃんの入浴シーンも重要なポインツとして見逃すことはできないが、なによりドラえもんの所有する4次元ポケットという、全ての発想が許された仮想空間が大好きなのだ。

ほら、誰だって「トミカ タワーパーキング」が好きだろう!
地図でしか知らない土地へと出かける、旅行が好きだろう!
それと一緒だ。

文章を書くことと同じように、絵を描くということは、仮想世界を構築することに通ずる。そしてそれはマンガやアニメでも同じだし、更に言えば後者はより直接的な入り口を提供する。

スナップショットだけの絵/文章だけの小説から、絵と文章が入り混じったマンガ、そして更に動きと音が入ったアニメへの変化。進化かどうかは議論が分かれそうなところだから割愛させていただくとして、私は素直に、これら全てが段階的に作り出す心地よい仮想空間の広がりを楽しみたい。


PC関係全般

仮想空間という意味でいえば、マンガもアニメも PC も同じだ。
だから PC は好きである。

基本的に貧乏人であるが故に、近来は時代と比べてローパワーなマシンのオーナーとなりつづけている。486が流行ったころには286・386、Pentiumが流行ったころには486、PentiumUが流行ったころにはPentium。安く済むし、上を見なければこれはこれで過ごせるのでそんなに問題はない。

1984年からPC道にはまり込んで以来、所有した機は大小含めて彼是8機である。数的には少ないかもしれないが、どれもキートップが坊主になるまで使い込み、アセンブラレベルまで降りていじったことのある、かけがえのない(というわりには捨てたり壊したりしているのだが)愛機である。半田鏝を入れた機械も過半数を占める。PCから妙な線が生えていたり妖しいスイッチがついてたりするのは極々あたりまえ、という世代の旧人間にとっては、半田鏝を入れるほうが違和感がなくて精神的に良いというあたり、我ながら甚だ困っている。機械はどんどん小さくなっているというのに。


クルマ

男の子の例に漏れず、私はドライブ好きだ。

それも、高速道路を限りなく飛ばしながら走るような手合いより・・・も、窓を全開にして、土臭くて静かな田舎道を一人迷いながらくねくねゆっくりと探検していくような手合いのもののほうが良い。いや、モータースポーツは好きなのだが、財政や技術の点で(つまり、あらゆる点で)とてもじゃないけど自分ではできっこないので、ある種の醒めを持っているわけだ。

・・・と、昔は書いていたのだが、いりす大先生と再会してから、その思いは変わった。昔は、すごいお金がないとモータースポーツなんて出来ないものだとおもっていたのだけど、最近は、私のような貧乏人でも出来るモータースポーツっていうのがある、ということを知った。それが、ジムカーナ。

ジムカーナとは・・・説明すると長くなるので、割愛させていただく。JAFのページを参照されたい。

田舎道くねくねであるが、最近は GPSレシーバー(カーナビではなく、素のGPSレシーバー SONY IPS-5000)を導入したので、あまり迷うことはなくなった・・・といいたいのだが、これが曲者だ。当たり前のことであるが、

”走りながらは、地図は見られない”

ので、大方はチョークポイントを行き過ぎてからそれに気づき、GPS の威力を借りて現在地を確認しながらゆっくりと進路を修正していく・・・という動作に陥ることが多い。それでも GPS があるとないとでは大違いなので、助かることは助かっている。

しかしネがひねくれ者の私のことである。わざと GPS をつけず、住宅地に入り込んでいくような冒険心を忘れることはない。住宅地というものは不便なもので、大体の場合はロクな案内看板がない。しかも田舎の方で住宅地に迷い込んだら最後、脱出の目印となるようなビルなど、大通り沿いの構造物もない。だから、より的確な方向に脱出するためには、勘と経験がモノを言う。実は、これらを働かせる瞬間がとてつもなく楽しいのだ。そんな楽しい瞬間を機械には取られたくないので、少なくとも一度は、道には迷ってみることを忘れないのだ。

で、男の子の例に漏れず、私はメカ好きだ。

正太郎君の鉄人コントローラーに憧れ、柔王丸を動かしてみたいと思い、プラモ狂四郎の世界が一日も早く訪れてくれることを願いながら、高価な電動ラジコンを欲しがっていた少年。それが私だった。
だった?・・・いや、今でも、その心は消え失せていない。
会社から自宅への帰り道、試作中のモビルスーツのマニュアルが落ちていたりしないか、などと、ふと考えることがある。

何をいい年して、なんて自嘲しながら帰宅すると、部屋の床に「カプチーノ」の整備マニュアルが転がっている現実を目の当たりにする。
考えてみれば、希望からそう遠くない現実を手にいれたのだ。